次々とウマ娘たちは犯人の牙にかかっていく。
犯人は誰なのか?犯人の目的は?そして犯人の動機は?
みたいなミステリーです。
※一応ゲームのハロウィンパーティの後のストーリーですが、読んでなくても何も問題ないです。
読んでない方も「へえ、そんなのあったんだ」くらいに思っていただければと思います。
※
ライスシャワーです!
今日は美浦寮と栗東寮合同のハロウィンパーティーの日です!
ブルボンさんが実行委員長、タマモさんとクリークさんが衣装係で、ライスとロブロイさんもお手伝いしました。
色々あったけど、結果は大成功!
名残惜しいけどそろそろお開きのムードとなってきました。
「今日は楽しかったね! ロブロイさん!」
「そうですね! ライスさん!」
ロブロイさんはライスの同室です。元々仲良しだったのですが、今回のハロウィンパーティでもっともっと仲良くなれた気がします!
ライスたちがそのままおしゃべりしていると、ハロウィンパーティの終了の時間となりました。楽しい時間はすぐに過ぎるものです。
「おーい! ライス! こっち来てくれ。片付けするで~」
ライスに声をかけたのは先輩のタマモさん。タマモさんとも、このハロウィンパーティの準備でいっぱいお話できました!
ライスはタマモさんのところに行く前に、ロブロイさんをお誘いします。
「ロブロイさん、一緒に片付けしよう?」
「ごめんね、ライスさん。私、クリークさんと一緒にあっちのお部屋のお掃除しなくちゃ」
でも断られてしまいました。全然いいよ! お片付け頑張ろうね! と言って、ライスはタマモさんのところへ向かいます。
それからしばらくお掃除をしていたところ、
「きゃあ──────!」
クリークさんの叫び声が、美浦寮に響き渡りました。
「どうした! クリーク!」
そう言って駆け出したタマモさんを、ライスも慌てて追いかけます。
そうして、クリークさんの声が聞こえた部屋に着くと、すでに人だかりができていて……
「……ロブロイさん……?」
その中心には、ロブロイさんが横たわっていました……。
結局、ロブロイさんはそのあとすぐに保健室に運び込まれました。幸い特に体に異常はありませんでした。
保健室の先生はただの貧血だ、と言っていました。でも周りにいた私たちはそうは思えなかったのです。なぜなら、ロブロイさんの首筋にはうっすらとですが、
『吸血鬼事件』。
ハロウィンの日に起きたこの出来事は、そう名付けられ学園中に広まっていくことになったのです。
〇
「『吸血鬼』、ねえ……」
周囲が朝から『吸血鬼事件』の噂で浮足立っている中、タマモクロスはつぶやく。
「もうすっかり噂になってますねえ」
やれやれといった感じで返事をするのは第一発見者のスーパークリークだ。
「誰がこんな噂流したんか知らんけど、大したことやないで」
とぼやくタマモクロスに、
「話聞く限りは、なかなか面白そうだけどな」
そう言うのはイナリワン。彼女は事件が起こった美浦寮所属ではなく、栗東寮所属なので事件のことを詳しく知らない。
「ホンマにただロブロイが疲れて貧血起こしただけやと思うで。それをライスのやつが首筋に傷があるとか言い出したのと」
タマモクロスがスーパークリークをジトっと見つめる。
「こいつが開口一番悲鳴なんて上げるから、人が集まってきて事件っぽくなっただけや」
スーパークリークの耳が少ししおれる。
「すみません……あの時はびっくりしちゃって……」
「まあ、そう責めんなタマ。いいじゃねえか噂が流れるくらい。ロブロイもなんもなかったみたいだしよ」
タマモクロスはふうっと息を吐いてから言う。
「それはそうやな」
スーパークリークがまとめるように言った。
「まあまあ。このまま何も起きなければ、そのうち噂はなくなりますよ!」
※
「いただきます!」
夜ご飯を食べます。今日もとってもおいしいです。
「本当にいい食べっぷりですわね」
そう言ってメジロマックイーンさんが笑います。マックイーンさんは同じチームの仲間です。いつも一緒に練習していて、夜ごはんもいつも一緒です。
「えへへ……練習の後はおなかがすいちゃって……」
もうすぐ秋の天皇賞です。練習にも力が入ります。マックイーンさんも去年の雪辱を晴らそうと頑張ってます。
二人でお話ししながら、楽しくご飯を食べます。マックイーンさんが笑顔でいてくれるとライスもうれしくなります。
「ごちそうさまでした」
食べ終わりました。お腹いっぱいです。
「ではまた明日会いましょう」
食器を片付けると、マックイーンさんはそう言って栗東寮に帰っていきます。ライスもまた明日! と言って美浦寮に帰ります。
寮の入り口から入り、階段を上ります。
そのまま廊下を歩いていくと……後ろから人の気配の気配を感じました。
なんだか気味が悪くて振り向こうとしたその時です!
「痛っ!」
首筋がちくりと痛みます。何だろうと思った次の瞬間、全身の力が抜けていきます。
ちらりと離れていく人の後ろ姿が見えます。
そこでライスの意識は途絶えました。
気が付くとライスは横になっていました。
白い天井とライスを心配そうにのぞき込む人たちが見えます。
「みんな、どうしたの? ここはどこ?」
前後の記憶がありません。体を起き上がらせようと、上半身に力をこめると
「あ……痛い……」
首筋にちくりとした痛みが走ります。すでに絆創膏が張っているようです。
「ライスさんを発見したのは私です。あなたが寮の廊下で倒れているのを見つけて、保健室に運びました」
そう言ったのはブルボンさん。ライスは廊下で倒れていたらしいです。さらにこの首筋の痛み……。もしかして……
「ブルボンさん……ライスの首の傷って……」
ブルボンさんが答えます。その表情はいつも通りかと思いましたが、若干曇っているようにも見えます。
「……
〇
ライスシャワーが横になっている保健室に二人の葦毛の少女が飛び込んでくる。
「おい! ライス! 大丈夫か!」
そう言ったのはタマモクロス。ライスシャワーに駆け寄る。
「倒れたと聞いて、急いできたんだ。無事か?」
同室のオグリキャップも来ていた。
「うん……とりあえず大丈夫です。保健室の先生が言うには、首筋の怪我以外特に外傷はないし、体調も悪くはなさそうって」
ライスシャワーは廊下で倒れていたものの、首の怪我以外は一切危害は加えられておらず、また持ち物などが取られたということもなかった。
「ライスシャワー。『吸血鬼』の仕業っていうのは本当なのか?」
オグリキャップが聞く。しかしライスシャワーは言いよどむ。それを見たミホノブルボンが代わりに応える。
「おそらくそうだと思われます。ロブロイさんの時と手口が全く同じです」
なるほど。手口は同じか……。だが、
「それだけでは同一犯とは考えられん。ロブロイの時の
元々タマモクロスはゼンノロブロイが倒れた時も『吸血鬼』の存在については懐疑的であった。ライスシャワーの件はこの機に乗じた犯人によって、犯行が行われたと考えている。
「とりあえず犯人をちらっとでも見たなら、その特徴を教えてくれんか?」
タマモクロスが聞くと、ライスシャワーは何とか思い出そうとする。
「あんまり覚えていないんだけど、色は栗毛、かな? 髪は長めだったと思います」
栗毛の長髪。それだけでは全く絞り込めない。
「手詰まり、だな……」
オグリキャップがそう言うと、4人の周りには暗い雰囲気が漂った。
※
そうか……。ライス、『吸血鬼』さんに噛まれたんだね。
変だね。ハロウィンの日はライスが吸血鬼だったのに。……コスプレだけど。
ライスがそんなことを考えていると、3人の議論に熱が入ってきます。
「だから今考えるべきは、犯人の狙いや。犯人はライスの首にケガさせた以外一切危害を加えていない。いったい何が目的だったんか。それとも目的のない愉快犯か。それを考えることがウチは先やと思う」
「いや目的とかはいいから、とにかくその時の状況を詳しく調べて、犯人を絞り込めばいいんじゃないか?」
「ロブロイさんの事件のことをもう一度洗い直すべきだと考えます。きっと照らし合わせることでわかることがあるはずです」
皆さん、ライスが倒れたことについて、色々話してくれてます。でも……
「待って……皆さん」
ライスは皆さんの話を遮ります。今優先して話し合うことは
3人がこちらを向きます。ライスは話し始めます。
「確かに、『吸血鬼』さんが誰かは大事だと思う。でも、今考えるべきことは『
そうです。ライスは幸い噛まれて倒されただけで済みました。でも、もし次に狙われた人がそうじゃなかったら……。
「たとえ犯人がわからなくても、犯行を起こさないようにすることはできると思う……な」
3人が静かにライスの話を聞いてくれています。そして、
「……その通りだ。ライスシャワー。まずは対策から考えよう」
オグリさんがそう言ってくれます。
そこからみんなで、話し合いました。
〇
翌日、ライスシャワーが『吸血鬼』にやられた、という事実はまたたく間に広まった。ゼンノロブロイの『吸血鬼事件』の時は半ば都市伝説のような捉えられ方をしており、なんとなく浮ついた雰囲気があった。しかしここに来て本当に事件が起こったということで、えもいえぬ緊張感が漂っていた。
昼食を食べながら、オグリキャップ、タマモクロス、スーパークリーク、イナリワンの4人は話し合う。
「で、結局どうなったんですか?」
そう聞くのはスーパークリークだ。どうなった、とはどう対策するのか、ということだ。
「単純やが、それなりに効果的だと思うで」
そう言ってから、タマモクロスが話しだした作戦は本当に単純なものであった。
基本的に寮にいるときは2人以上で行動する。用事がないときは部屋から出ない。
「まあそれくらいしかできることはねえかもしれねえが、悪くはないんじゃねえか?」
イナリワンの言う通り、この作戦はあながち意味のないものでもない。二人でいる、というのは互いが互いを守り合う、というためだけではない。犯人の単独行動を諌めることもできる。さすがの犯人も二人でいるときに事件は起こせないし、あからさまに一人で行動しようとする者は真っ先に疑われることになる。
このような取り決めが100%守られるということはないことは、話し合った4人も承知の上だが、犯人目線ではかなりの心理的な抵抗を生むことができる。
「これならそう事件は起きないやろし、起きてもかなり犯人を絞り込むことが可能なはずや」
うふふ、とスーパークリークが微笑む。
「タマちゃん偉いですね〜。いい子いい子してあげます♡」
ヤメロヤ〜といつもの反応を返すタマモクロス。
スーパークリークは拒絶されてもめげない。
「じゃあ代わりにオグリちゃんをナデナデしてあげますね〜」
「ク、クリーク……恥ずかしいよ……やるなら人目につかないとこでやってくれ……」
なんでお前はちょっと受け入れとんねん! とタマモクロスのつっこみが食堂に響く。
※
みんなで考えた対策は今のところ上手く行っていて、あれから3日経ちましたが、事件は起こっていません。
「なにもないならいいのですが……またライスさんが狙われたりしないか心配ですわ……」
今日もマックイーンさんと一緒に夜ご飯を食べています。マックイーンさんは『吸血鬼』さんに噛まれたライスを本当に心配してくれます。悪いなあと思いながらも、その気持ちが嬉しかったりします。
「大丈夫だよ! ありがとう。マックイーンさん」
マックイーンさんが心配そうにしながら、微笑みます。
「ライスさんが大丈夫と言うのならいいのですが」
その後もご飯を食べ続けて、二人とも食べ終わりました。
「マックイーンさん! 食器はライスが運ぶよ!」
「え……? いや悪いですわよ」
「大丈夫大丈夫!」
ライスがマックイーンさんの食器も持って席を立ちます。
マックイーンさんはこの前脚を痛めました。練習中も痛そうにしています。それでもどうしても秋の天皇賞は出たいと言って、練習を続けています。最近はトレーナーだけでなく、メジロ家お抱えの専属ドクターも練習に帯同しています。
ライスは優しいマックイーンさんが大好きです。だからライスも少しでもマックイーンさんに優しくしてあげたいのです。
食器を片付けて、寮へ帰ろうとすると食堂の入り口にマックイーンさんがいました。
「色々とありがとうございますわ、ライスさん。ではまた明日」
それだけを言うために、ライスを待っていてくれたようです。やっぱりマックイーンさんは優しいです。
「また明日!」ライスもそう言って寮へ帰ります。
そして……
「ブルボンさん……。私がしっかりしていなかったばっかりに……」
ライスが保健室に入ると、ニシノフラワーさんが泣いていました。フラワーさんはブルボンさんと同室です。
「いえ……『吸血鬼』に誘い出された私がうかつでした……」
ブルボンさんが悔しそうにそう言います。
「ブルボンさん……それで、何か被害は……?」
「いえ、とりあえず何ともありませんでした。ニシノさんがすぐに駆けつけてくれたおかげです」
ブルボンさんはその時の状況を語り始めました。
フラワーさんとブルボンさんが自室に戻ろうとすると、怪しい人影がちらりと見えたようです。
フラワーさんにはその場で待っているようにと言って、ブルボンさんはそれを追いました。そして廊下の角を曲がったとしたところで……『吸血鬼』さんに咬まれました。
そして、ブルボンさんは驚くべきことを言いました。
「私を襲った『吸血鬼』は
『吸血鬼』は二人いた……? でもそれはおかしいです。ライスを襲った『吸血鬼』は確かに一人だったと思います……。
「私もすぐに見に行ったのですが、すでに犯人はいなくなったあとでした……」
ニシノさんが言います。どういうことでしょうか? 全く事件が分からなくなってきました。
私たちが頭を悩ませていると、少し遅れてタマモさんとオグリさんが来ました。
ブルボンさんが改めて事情を話すと、二人とも黙って聞いてましたが、キツネにつままれたような顔をしていました。
〇
「めちゃくちゃ、だな」
イナリワンが言う。彼女の言う通り事件は混沌を極めていた。
第1の事件。スーパークリークと作業していたゼンノロブロイは、スーパークリークが少し部屋の外に出た瞬間に、一人の部屋で襲われた。彼女に前後の記憶はなく、誰にやられたのか、そもそも犯人がいるのかすらわからない。
第2の事件。一人で自室に帰ろうとしていたライスシャワーが襲われた。確かに犯人にやられたようで、栗毛の長髪だったらしい。
第3の事件。怪しい影を追って走って行ったミホノブルボンが襲われた。二人組に組み伏せられ、首を噛まれた。二人の犯人の特徴は1人は栗毛、もう1人は芦毛、身長は普通くらいだったらしい。
そして、すべての事件に共通することが……
「犯人は、
タマモクロスが頭を悩ませているのはそこだった。
犯人が、同一犯か同一犯でないかはとりあえず置いておいて、犯人の狙いが全く分からない。
「被害者が気づいてないだけで、実は物が盗まれてたり、大怪我させられてたりってことはねえのかい?」
「ないな」
イナリワンの疑問をタマモクロスが一蹴する。
「ものが盗まれてないってのは3人が3人とも証言してることや。全員が気づかなかったってことは考えにくい。怪我とか病気についてだが、かなりしっかり保健室の先生が全身をチェックしたみたいだが、何も異常はなかったみたいや」
トレセン学園の保健室の先生は普通の学校とは違い、先生とは言っても医者である。その人がチェックしてないというのなら、本当にないのだと考えられる。
犯人の特徴がバラバラな上に、他の人に話を聞いても有力な情報は出てこない。では犯人の狙いから絞っていこうと思っても、意図が全くつかめない。
動機、証拠、両方の面から犯人が分からないとなると、いよいよ手詰まりとなってきた。
「こうなったら、全員の手荷物検査でもするしかねえんじゃねえか? そうすりゃもしかしたら盗んだものが出てくるかもしれねえし、犯行に使った道具なんかも出てくるかもしれないだろ」
「美浦寮だけで何人おると思てんねん。抜き打ちでやったとしても、もしチェックの後半のほうに犯人がいたらいくらでもごまかせるやろ」
と言ったところで、
(……いや、待てよ。
閃く。そうだ。なぜ気づかなかったんだ。
(……だとすると、犯人はあいつか……?)
「……どうした? タマ」
「……犯人が分かった。だが標的と動機が全くわからん」
イナリワンはタマモクロスの突然の言葉に驚きつつも、次のことを考える。
「動機が分からねえ以上、問い詰めたって躱されるのがオチだ。それは得策じゃねえな」
「ああ、そうや。イナリ、人を集めるで。交代で犯人を張る。そんで手の空いてるやつで動機と標的を探る。それが分かる前に犯行に及んだ場合は仕方がないが、現行犯で捕まえる」
「がってん!」
二人が動き出す。事件もまた終わりへ向かっていくのだった。
※
今日もマックイーンさんとご飯を食べます。
マックイーンさんは今まで以上にライスを心配してくれます。
「本当に、本当に大丈夫ですの? これで事件は3件目。危険なんじゃ……?」
ライスはマックイーンさんに安心してほしくて、明るく振舞います。
「大丈夫だよっ! 確かにブルボンさんは『吸血鬼』さんに噛まれちゃったけど、一人にならずにちゃんと二人一緒に行動してれば、きっと『吸血鬼』さんも怖がって襲ってこれないよ!」
そうです。今まで噛まれたロブロイさん、ライス、ブルボンさんはみんな
「わかりましたわ。でもくれぐれも気を付けてくださいまし」
マックイーンさんは仲間思いです。ライスもそんなマックイーンさんが大切です。
二人でご飯を食べるこの日常がずっと続けばいいな、と思います。
さて、夜ご飯を食べ終わりました。食器も片付けたので、いつもならここで「また明日」と言い合って分かれるのですが……
「ライスさん。私、あなたを美浦寮のあなたの部屋まで送り届けますわ」
マックイーンさんがそんな提案をしてくれました。
「だ、だめだよ! そんなことしたらマックイーンさんが危ないよ!」
気持ちはうれしいですが、そんなことをしたらマックイーンさんが一人になって『吸血鬼』さんに襲われてしまうかもしれません。
「大丈夫ですわ。私は栗東寮の所属ですし、周りをしっかりと警戒して、すぐに帰れば問題ないです!」
マックイーンさん……。
マックイーンさんのやさしさがライスの胸に広がります。とても暖かいです。
「ラ、ライスさん。泣かないでくださいまし!」
ライスは泣いてました。もちろんマックイーンさんの気持ちがうれしかったのはありますが……
「ライス……怖かったの……。毎日一人で自分の部屋に帰るまで。また……噛まれちゃうんじゃないかって……。だから、なんかほっとして」
そうです。噛まれたときの痛み。力が抜けていく感覚。今思い出しても恐怖がわいてきます。
「大丈夫です。何があってもライスさんは私が守りますわ……!」
マックイーンさんがそんなことを言ってくれます。ありがとう……ライスも絶対マックイーンさんのこと助けるからね……。
そうして今日は二人で美浦寮に入っていきます。まだ遅い時間じゃないのに、廊下には誰もいません。3度も事件が起こったせいか、みんなしっかりとルールを守っているようです。
「ライスさん。私が前を行きますわ。ついてきてください」
マックイーンさんがそう言って警戒しながら、ライスの部屋まで案内してくれます。
そんなマックイーンさんの背中はいつもより大きく見えて……。
私は後ろから抱きしめます。
「ちょ、ちょっと、ライスさん!?」
マックイーンさんの体温を感じます。とっても温かいです。
強く強く抱きしめて……
「そこまでや……。マックイーンから離れろ」
凛とした声が廊下に響きます。この声は……タマモさん……?
「まさか……『吸血鬼』さんが近くにいるんですか!?」
そんな……いつの間に……? 周りを見渡しますが、ライスたち以外に人は見当たりません。
「もういい。謎はすべて解けた」
タマモさんがライスをまっすぐ見据えます。そして、
「
はっきりと、そう言いました。
〇
3人の間に緊張が走る。沈黙を破ったのはメジロマックイーンだった。
「ライスさんが犯人ってどういうことですの!? ライスさんは
メジロマックイーンには自分が襲われそうになった自覚がない。タマモクロスに反論する。
「待て。順を追って説明する」
タマモクロスがそう言うとメジロマックイーンは黙る。
「今回の一連の事件は、めちゃくちゃやった。犯人像はバラバラ。動機は不明。そんで犯人がやることと言えば、ただ被害者を眠らせるだけ。……だが今回の事件、このうちの一つに焦点を絞ることで一気に謎が解けていく」
ライスシャワーもまた黙っていた。目からは光が消えていた。
「それは
『吸血鬼事件』、唯一共通していたのが、「首に噛みついて気絶させる」ということであった。これにタマモクロスは注目する。
「ミステリを読んだりテレビなんかを見てると、当たり前に犯人は被害者を眠らせたりする。だがそんなことは本当に可能なんか?」
それを受けてメジロマックイーンが答える。
「確かに、首の後ろたたいたり、お腹を殴ったりで気絶させられないというのは聞いたことがあります。でも超高圧のスタンガンを使ったり、薬品を使ったりすれば可能なのではないですか?」
いまや首トンっが危険というのは有名な話である。だが実はそれ以外の有名な方法も現実には難しいとされてきている。
「まずスタンガンに人を気絶させる効果はない。もちろんショックや痛みで気絶させることは可能や。だがそれは相手に依存する。次に薬品だが、例えば有名なクロロホルムなんかは肺をいっぱいにする必要がある。そのためにはおよそ40秒くらい嗅がせる必要があるんやて。その間相手が無抵抗なんてありえん。他に麻酔薬を大量に注射するってのも方法としてなくはないが、今回に関してはそういう薬物は体から検知されなかった。そもそもどうやって手に入れるんかって話やしな」
つまり、とタマモクロスは続ける。
「まとめると、
「……なら2つ目の事件はライスさんの
メジロマックイーンの質問にタマモクロスが答える。
「そう考えるのが自然や。ライスは気絶した前後の記憶はないの一点張りやった。具体的な方法を言わなかった。実際は気絶したふりだけして、先生に本格的に調べられる前に自分で起きた風を装ったんやろ」
タマモクロスはライスシャワーのほうを見るが、うつむいていて目が合わない。
「では、ブルボンさんの事件はどうなんですの? あの事件が起こった時、ライスさんは私といましたわ。……まさか……それも……?」
「当然
ミホノブルボンもまた自演で気絶させられたふりをしていた。ということは……
「なら、1つ目のロブロイさんの事件も……」
メジロマックイーンがタマモクロスに聞くが、
「ああ、
あっさりと否定される。メジロマックイーンは訳がわからなくなっていた。
「……どういうことですの?」
「とりあえず事件全体の流れだけ、整理しよか」
そう言ってからタマモクロスが話始める。
「まず第1の事件。ロブロイが部屋で倒れてたやつやな。あれは
「……貧血?」
ゼンノロブロイは前日までハロウィンパーティのために奔走し、当日も忙しく働いていた。疲れが出たのだろう。
「そう、貧血や。だが、それなのに
ハロウィンパーティの始まる前、ライスシャワーはゼンノロブロイに噛みついて、『眷属』にするという冗談をしていた。首筋の傷に気付けたのは、傷つけた本人だったからである。
「ライスはその時すでに、『吸血鬼』による連続犯行という事件の大筋を思いついていたんや。と言ってもその時点では『吸血鬼事件』はただの都市伝説やった。だがハロウィンパーティ当日ってこともあって面白がるやつも多く、噂は瞬く間に広まっていった」
メジロマックイーンは黙って聞いている。それは納得しているからではない。ライスシャワーが犯人でない可能性を探そうとしているのだ。
「そして噂が十分広まり、かつ飽きられていないホットなタイミングに、自演で第2の事件を起こした。そんでこの時点でつながってたブルボンに第1発見者をまかせ、保健室に運ばせた。その後ウチとオグリが保健室に来たってわけや」
たとえライスシャワーが倒れたとしても、誰からも気づかれなかったり、その場で起こされたりしたら『吸血鬼事件』ではなくなってしまう。そこでミホノブルボンは、
「あの時お前は、事件の犯人探しに躍起になるウチらを遮って、
「待ってください。そんなことして何の意味がありますの?」
メジロマックイーンが当然の疑問を口にするが、
「それは後や。黙って聞いててくれ」
タマモクロスはそれには取り合わない。
「そして第3の事件や。これに関してはブルボンの単独犯行や。ライスと事件を遠ざけるためのな。ここまでですでに『吸血鬼』に襲われたらとりあえず保健室に運ぶ、という流れはできていた。だから特にライスが協力しなくても、ブルボンはちゃんと被害者になれたんや」
同室がしっかりもののニシノフラワーだったことも大きい。彼女は起きてしまった事件にショックを受けながらも、きちんとミホノブルボンにしかるべき対応をしたのだ。
「この第3の事件は、美浦寮の生徒の『
ミホノブルボンは純粋な筋力で言えば美浦寮で3本の指に入る。そのブルボンが犯人にあっさりと負けてしまった。非力なライスシャワーが不意打ちでやられたのとは意味が違う。
「この事件の影響力はかなり大きかった。実際今廊下を出歩いているものは一人もおらん。……そしてここまでが
「……
メジロマックイーンの表情が変わる。聞き返してはいるが、この後の話は想像がついた。それでもライスシャワーを信じようとしている。
「『吸血鬼』の
メジロマックイーンは動揺しながらも頭を回す。
「待ってください! 今日私がライスさんを美浦寮まで送り届けたのは自分の意志ですわ! とても計画的なものでは……」
「今日……か。それはなんでや? マックイーン」
メジロマックイーンがその時のことを思い出す。
「だって……3度も事件が起きて……ライスさんは1人で寮まで帰らなくちゃいけなくて……それでも気丈にふるまうライスさんが健気で……守らなきゃって思って……」
タマモクロスが非情にも言い放つ。
「
メジロマックイーンが絶句する。そして祈るようにライスシャワーを見る。
「そんな……嘘ですわよね……ライスさん」
ライスシャワーは……
「もちろんだよ! マックイーンさん! だってライスには動機がないよ!」
それはあまりにも自然で、それゆえに不自然な笑顔だった。
「動機がないのにどうしてライスがマックイーンさんに噛みつく必要があるの? どうやって『吸血鬼』さんみたいに気絶させるの? それに気絶させたところで何をするの? ライス今何も持ってないよ?」
メジロマックイーンは少しでも安心しようと、ライスシャワーの言葉の表面だけをなぞろうとする。だが普段と違う彼女に不気味さを感じてしまう。
タマモクロスが質問に答える。
「お前の狙いは、『
血の気が引いているメジロマックイーンと笑顔が崩れないライスシャワーに、告げる。
「『
メジロマックイーンは初めて向けられたかもしれないライスシャワーからの悪意に、耐え難い苦痛を感じていた。だが、その動機が『自分を助けること』……? 考えようと思っても、頭が回らない。
「……助……ける……? 一体どういうことですの?」
なんとか言葉を絞り出し、聞いてみる。ライスシャワーの表情から笑顔は消えていた。
「マックイーン、正直に言ってみ? おまえ、相当
メジロマックイーンの表情が固まる。
「そ、そんなことありませんわ……。確かに怪我はしてますけど、秋の天皇賞には間に合うはず……」
「嘘や。今イナリが裏取りに行ってる。おそらく間違いない」
二の句が継げなくなったメジロマックイーンにタマモクロスが言う。
「つまり事件の真相はこうや。お前は去年の秋天の惨敗を引きずってる。だから今年はどうしても勝ちたかった。しかしお前は……脚にけがを負ってしまった。それも選手生命にかかわるほどのな」
ウマ娘の足への負担は人間のそれとは桁違いだ。オーバーワークは簡単に選手寿命を刈り取っていく。
「そのことにライスは気づいていた。だからトレーナーに今すぐ休ませるように言ったはずや。だが……」
トレーナーはメジロマックイーンの思いを優先した。これはスポーツの世界では珍しくない。二度と走れなくなってもいいというメジロマックイーンの覚悟は、トレーナーの教育者としての倫理をねじ伏せた。
「お前はわざわざ専属のドクターを雇ってでも学校にそのことを隠したかったんや。学校の医者に相談して学校にバレれば、出場停止になることは目に見えてるからな」
そしてそんな中、第1の事件が起きる。
「倒れたロブロイが速やかに保健室に運ばれたのを見て、ライスは閃いたんや。
ライスシャワーはうつむいている。表情は見えない。
「そして、ブルボンをなんとか説得して、『吸血鬼事件』を起こし、
誰も目撃者のいない寮で、二人きり。かつメジロマックイーンはどこかに隠れているかもしれない犯人を警戒して、ライスシャワーへの意識が薄れている。この状況なら……
「ウチはさっき人を簡単に気絶させる方法はない、と言った。しかし
その方法はあまりに原始的で野蛮だった。優しく可憐なライスシャワーに、悲しいほど似合わないやり方。それは……
「
タマモクロスは言わなかったが、おそらくミホノブルボン相手に極まるギリギリまで練習したのだろう、と考えていた。たとえ素人でも、それを成す筋力と反復練習があれば、人を絞め落とすことはできる。
「そうして無事マックイーンを保健室に連れて行けば、あとはどうとでもなる。気絶する瞬間にひねってたからまず脚から見てくれ、なんて言って脚さえ見てもらえれば、ここの先生なら一発でその怪我の重大さに気付くやろ」
すべての謎解きが終わった。
最後にタマモクロスはライスシャワーに言う。
「お前の気持ちはよくわかる。マックイーンのことを思うあまり、こんな手を使うしかなかった気持ちが。だがな、ライス……」
そこまで言ったところで、
「わかったような口利ないでよッッ!!」
ライスシャワーが吠える。
その眼には鬼が宿っていた。
「マックイーンさんはこんなところで終わっていい人じゃない!! 走るのが怖かったライスに……私に勇気をくれた。私が走れるのはマックイーンさんのおかげなんだ!!」
ライスシャワーの体が揺らめく。消え入りそうな細い体から、自らが炎となっているかのような熱がほとばしる。
「そのマックイーンさんがもう二度と走れなくなるかもしれないのに、トレーナーはそれを受け入れて、チームのみんなも仕方ないみたいな雰囲気を出してる。……なら私がやるしかないじゃないか!! そのためなら私は『吸血鬼』に……『鬼』になる!!」
ライスシャワーの体がわずかに沈む。
まずい……! タマモクロスが思った刹那、
「邪魔しないでッ!!」
そう言ってメジロマックイーンにとびかかる。それを……
「……ライスさん……もうやめてください……!」
それを組み伏せたのはミホノブルボンだった。すでにスーパークリークによって説得され、この場に来ていたのである。
「何で止めるの! 私に協力してくれたじゃない!!」
「落ち着いてください。正面から組み合えばマックイーンさんの脚はさらに悪化します。……それにこんなやり方はやはり間違っていた……」
ミホノブルボンもまた怪我に泣かされるウマ娘であった。それでも彼女が今走れているのは、休養期間をとったからである。『吸血鬼事件』に協力したのは、親友のライスシャワーの力になりたいと思ったから、というだけではない。ステイヤーとして最高の脚を持つメジロマックイーンが、無理をすることでその全てを失うのが耐えられなかったのだ。
ライスシャワーは暫くは抵抗していたが、筋力体格ともに勝るミホノブルボンに敵う道理はない。とうとう完全に動けなくなってしまった。
「……マックイーンさん……マックイーンさん……」
身動きを封じられ泣きじゃくるライスシャワーは、小さな子供のようであった。
彼女はそんな小さな体に罪と業を背負って、自らを鬼と化そうとしていたのだ。
もはや力を失った『吸血鬼』に、
「ライスさん……」
メジロマックイーンが話しかけた。
「ブルボンさん……。ライスさんから手を離してあげてください」
メジロマックイーンがそう言うと、ミホノブルボンが警戒しながらライスシャワーの拘束を解く。
しかしライスシャワーは起き上がらない。
そんなライスシャワーに寄り添うように、メジロマックイーンはしゃがんでから話し出す。
「……本当にすみませんでした……。私のために……」
ライスシャワーは下を向いている。床に落ちた涙はライスシャワーの陰に隠れ、光に照らされるのを拒否しているようであった。
「……私にとって秋の天皇賞は特別な意味がありますの……」
一年前の惨敗。それはただの敗北ではない。斜行による降着、つまり反則負けであった。
競技者として、そして誇り高きメジロ家として最も許されない行為であった。
「汚名をそそぐためなら、脚の1本や2本惜しくはない、そう思っていましたわ」
メジロマックイーンもまた、並々ならぬ覚悟を持って秋の天皇賞に向き合っていた。
「だから、絶対に秋の天皇賞を諦めるわけにはいきません」
静かな言葉だった。だがそこに込められた意志は固く、もはやだれにも動かせるものではないと周囲に悟らせるには十分な言葉であった。
「……マックイーンさん……」
ライスシャワーがうわごとのようにつぶやく。メジロマックイーンの言葉とは対照的な、消え入りそうな思い。それはライスシャワーの魂そのものだった。
「だから……私、決めましたの」
メジロマックイーンがライスシャワーに向けて語りかける。それはライスシャワーに対しての決意であり、自分に向けての楔であった。
「来年、再来年、何年たっても、諦めません!
ライスシャワーが顔を上げる。
「……それって……?」
メジロマックイーンは
だがそれはつまり、今年の秋シーズンを諦めるということである。ウマ娘の全盛期は短い。いつが全盛期なのかもわからない。
そんな中で長期休養を決断し、年に1人しか勝者のいない戦いに挑み続けることをメジロマックイーンは宣言した。
それはある意味、今年ですべてを投げ出すよりも重い覚悟である。その言葉はその場にいる全員の魂を震えさせた。
ライスシャワーが起き上がる。膝をついたまま頭を下げる。
それは祈りの姿に似ていた。
「……マックイーンさん……ごめんね……。誰よりも……今年の秋の天皇賞にかけてるって知ってて……。でも……私……どうしても……ずっと……一緒に……走りたくて……」
ライスシャワーの言葉は懺悔であった。もしかしたら自分はメジロマックイーンの邪魔をしているだけなのではないかと何度も思っていた。
それでもメジロマックイーンにはこれから先も走ってほしいと思った。
「いいんです……。いいんです……。こちらこそありがとうございました……」
メジロマックイーンがライスシャワーを優しく抱きしめる。その目からは涙があふれていた。
目的不明の冷血な『吸血鬼』が始めたと思われた事件の結末。それは暖かなやさしさに包まれたものであった。
〜エピローグ〜
このあと、結局誰が『吸血鬼』だったかは、皆さんの優しさで誰にも言わないでくれることになりました。
このような事件を起こしたことは本当に申し訳なかったのですが、皆さんが気にするなと言ってくださり、マックイーンさんも、前まで通り仲良しでいたいと言ってくれて、徐々にではありますが、これまでの日常に戻りつつあります。
そして大変恐縮ですが、今年の秋の天皇賞に私が出場することになりました。
今はその猛特訓中です! マックイーンさんはチームのお手伝いをしてくれています。
「あ、痛っ!」
しまった。転んでしまいました。ちょっと腫れてるけど大丈夫かな? と思っていると、
「ライスさん! だめです! 今すぐ冷やして、今日は休んでください! 天皇賞まで時間がないんですわよ!」
マックイーンさんに注意されてしまいました。
ライスが足を冷やしているとマックイーンさんが話しかけてくれます。
「私にあんなこと言っておいて、自分は無理しようとするなんてだめですわ!」
「えへへ……ごめんなさい」
ライスのことを心配してくれてるみたいです。ちょっとくすぐったい気持ちです。
「ライスさんに限らず、無理をしようとしてる人がいたらどんどん噛みつきますわ!」
マックイーンさんが元気よくそう言います。あれ?でも、それって…
「噛みつくってなんだか吸血鬼みたいだね!」
吸血鬼は噛みついて、噛みついた仲間を新しい吸血鬼にします。でもあの事件で、『吸血鬼』のライスが実際に手を下したのはマックイーンさんしかいません。
マックイーンさんが微笑みます。
「それはそうです! だって私は……」
ライスも嬉しくなって笑います。
「2人目の『吸血鬼』なんですから!」
変わった一人称使ってるキャラが本気になった時に、『俺』とか『私』とか言い出すのがたまらなく好きです。
今回はそれをどうしてもやりたくて書きました。