「私は犯人じゃない」   作:アリスミラー

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 栗東寮に子猫が迷い込む。捜索するがなぜか子猫は見つからない。

 子猫はどこにいるのか?犯人は誰なのか?そして犯人の狙いは?

 みたいなミステリーです。


※同作者の書いた頭のおかしな同名SSとは何の関係もございません。 
 自分なりに生き物を飼うということを考えてみました。


フジキセキ「子猫を飼う」

 タマモクロスはオフの日の夕暮れ時、寮の屋上で黄昏ていた。悩みと言うほどではないが、最近少々気になることがあったのだ。

 それはレースが大変だとか勉強が心配だ、といったことではない。

(……な~んかウチ、最近よく事件に巻き込まれるなあ……)

 そう、タマモクロスはここひと月くらいの間で3つも事件に巻き込まれていた。それも『ちょっぴり不思議な出来事を見事推理したゾ☆』というレベルではなく、割と、重めの。

(人が平気で死んだりするタイプの世界観ならわかんねん。なんで全員シラフでこんなに事件起きるんかな?)

 事件の解決のために動くことは全く嫌ではない。ただ一方で別にタマモクロスは謎を解いたりするのが好きなわけではない。

(今回はなんも事件起きんで終わってくれるといいんやけど……)

 そんなおよそ探偵役とは思えないことを考えていると、

「おーいタマ! そろそろ屋上閉めんぞ! 早く戻ってきな!」

 美浦寮寮長ヒシアマゾンに注意を受ける。屋上は毎日17時で出入り禁止となる。

「は~い。すぐ出ますよっと」

 そう言って屋上を後にする。

 

 当然この後、事件は起こるのだった……。

 

「タマちゃん! 一大事です!! 来てください!!」

 スーパークリークがそう言ってタマモクロスの部屋に駆け込んできたのは、その日の夜のことだった。

「どうしたクリーク。……もしかして事件か?」

 タマモクロスが表情を険しくする。

「そうです! 事件です! 早く来てください!!」

「わかった! 案内してくれ!!」

 その勢いでスーパークリークとともに走る。

 たどり着いた先は栗東寮ロビー。そこで彼女を待っていたのは、

「あはは……そんなに急がなくってよかったのにな……」

 寮長フジキセキであった。

 

 事件? のあらましはこう。

 ついさっきフジキセキが寮の見回りをしていたところ、小さな声でにゃあと聞こえる。立ち止まって周りを見てみると、なんと子猫が寮に入り込んでいた。追いかけるがなかなかすばしこくどこかへ行ってしまった。なんとかして捕まえるために、部屋の外にいたスーパークリーク、スイープトウショウ、カワカミプリンセスにも声をかけて一緒に捜索していたのだ。

 

「……というわけだ。捜索隊をあまり増やして騒ぎにしたくはなかったから、誰かこういうのが得意そうな人を一人だけ応援で呼ぶことになった。そこで君に白羽の矢が立ったんだ。タマ」

 フジキセキがそう言うと、タマモクロスは元気に答える。

「そういうことか! よっしゃ! ウチにまかしとき!」

 それを聞いたスーパークリークが少々驚く。

 正直なところ、いや事件でもなんでもあらへんがな!! というつっこみを予想、もとい期待していたのである。

「た、タマちゃん。今日ちょっと調子悪いんですか?」

「ん? 絶好調やで! さあ、猫探し、う゛ち゛と゛や゛ろ゛う゛や゛」

 タマモクロスは上機嫌である。てっきりまた学園の闇を見るとか、誰かの危険に立ち向かうとか、そういった物騒なことになると予想していた。それに比べれば猫を捕まえるくらいすぐ終わる! ……その時はそう思っていたのである。

 

「……見つからん……」

 それからしばらく経ったが、いまだに子猫は見つからない。捕まらない、ではない。()()()()()()()()

「なあ……フジ。ほんとに猫はいるんか?」

「うーん。間違いないはずなんだけどねえ」

 電話越しにフジキセキの困った顔が浮かんでくる。

「もしかしたらまだうちらが捜してないところがあるかもしれん」

「そうだね。ちょっと思い出してみようか」

 二人は今までの捜査を思い出す。

 

 ──45分前、ロビー

 タマモクロス、スーパークリーク、フジキセキが向かい合う。スイープトウショウ、カワカミプリンセスは猫を探しているようだ。初めに質問したのはタマモクロスだった。

「まず、猫の特徴を教えてくれんか?」

 それに対してフジキセキが手を広げる。横幅は2,30㎝といったところか。猫としてはかなり小さい。

「大体大きさはこれくらいかな。まだ小さな子猫ちゃんだよ。走り回ってはいるから大体生後3~4か月ってところかな。色は茶トラ。毛がふわふわしててかわいいんだ♪」

「……えらく詳細やな」

 普段とは違うフジキセキのふにゃっとした笑顔を横目にタマモクロスは考える。

「基本的には全員でしらみつぶしに廊下を歩けばいいと思うが、一つ懸念がある。猫が誰かの部屋に入るってことはないんか?」

 これに対してはスーパークリークが答える。

「大丈夫です。基本的に野良猫ちゃんは人や狭いところへの警戒心が強いんです。だからめったなことがない限りは部屋に入ってくることはないでしょう!」

 それに、とフジキセキが続ける。

「一応栗東寮のライングループに猫をもし捕まえたら、連絡するよう言ってある。隠そうと思っても、猫の鳴き声は隣の部屋まで聞こえるからね。他の人からこちらに連絡が来るはずさ」

「おっけーや。そんならまずスイープとカワカミを呼んでくれ。作戦を伝えるで」

 そう言ってスイープトウショウ、カワカミプリンセスを呼び戻す。ほぼジャージの3人に対して、スイープトウショウは魔女っぽいローブを羽織り、カワカミプリンセスは何やらかわいらしい寝間着を着ていた。

 

 全員集まったところで、タマモクロスが話した作戦は次のようなものだった。

 初めに出口に1人配置してから、残り全員で1番広い1階をくまなく探す。そして1階に猫がいなかった場合、次の作戦に入る。

 栗東寮は4階建てで、階段は2つである。まず2人を1階の階段前に配置する。そして残りの三人で2階、3階、4階を捜索する。こうすれば猫は、上に逃げれば最上階の4階でつまり、下に逃げれば階段前で捕獲できるというわけだ。

「わかりましたわ! プリンセスのこのパワー! 見せつけてやりますわ!!」

 と肩に力が入ってるどころか全身に力を込めているのはカワカミプリンセス。

「見てなさい! 私の魔法で迷える子猫ちゃんを見つけてやるんだから!」

 とそれならもっと早く猫を捕まえてほしいと言いたくなるようなことを言うのはスイープトウショウ。

 2人とも物理と魔術という真逆の力を駆使しようとしてはいるものの気合は十分である。

「じゃあ探すで! まずは1階からや!」

「「「「おーっ!」」」」

 

「……と言って1階の捜索をしたけど……」

「そうや。子猫を見つけることはできなかった。まあこれは想定の範囲内や」

 結局出口にカワカミプリンセスを配置し、残りの4人でくまなく1階を捜索したが猫は出てこなかったのである。

「そんでその後は……」

 

 ──20分前、ロビー

 猫が見つからなかった5人。しかしそこに落胆の色はなく、むしろこれからという余裕のようなものがあった。

「次はどうしますか?」

 スーパークリークが言うと、皆各々希望を述べる。

「ウチは別にどこでもかまへんで。まあじいっとしてるのは嫌やから、1階以外がええな」

「う~ん、私は逆に1階がいいですね。ちょっと疲れちゃいました~」

「私はどこでも構わないよ。余ったところを捜索しよう」

「私は断然4階ですわ! 猫が最後にたどり着く場所は1階か最上階である4階! であればアグレッシブに動き回れ、かつ猫を捕獲できる可能性が高い4階で決まりですわ!」

「私は1階よ! 私の魔法で1階に誘導してやるんだから!!」

 というわけで、1階の階段前をスーパークリークとスイープトウショウ。2階をフジキセキ。3階をタマモクロス。4階をカワカミプリンセスという形になった。

 互いにスマホは常に構えて置き、何か猫についての情報があれば、すぐにそれを共有するように約束をする。

 いよいよ本格的な捜索が始まった。

 

「で、みんなバラバラになったんやけど」

「結局あの後猫は見つからなかったわけだね。みんなまじめに探したのかな?」

「少なくともウチはちゃんと探したで」

 そう言ってタマモクロスが自分の捜査について話し出す。

 

 ──10分前、3階

 タマモクロスが請け負った3階に空き部屋はない。寮生が自分の部屋に猫をかくまってないということを前提にすると、捜すところは拍子抜けするほど少なかった。基本的にすることは廊下の見回りだけである。

 それでも様々な可能性を配慮して、猫の鳴き声に耳を澄ませたし、トイレの中や物陰なども調べた。

 そうしておそらく3階にはいないのだろうなと思い始めたところで、フジキセキから電話がかかってくる。

「タマ。調子はどうだい?」

「どうもこうもあらへんて。外れや。猫は他の階ちゃうか?」

「了解。そのまま巡回を続けてくれ」

「おっけーや」

 たとえ猫がいなくてもこの巡回はやめてはいけない。この捜索方法の利点はその確実性である。各人が各々の階を守り、猫を見ればその情報を全体に伝えることで、猫の動きをほぼ確実に補足できる。逆に言えばその階層に人がいない時間帯を作ってしまっては、途端に猫の居場所が分からなくなる。

 その後もタマモクロスは巡回を続ける。端の階段前から始めて、逆端の階段までゆっくりと巡回する。

 そうしてまたしばらくしたころ、再びフジキセキから電話がかかってくる。そして現在に至るというわけだ。

 

「ところで」

 フジキセキが言う。

「スイープを知らないかい? さっきから全然連絡が取れないんだが。1度目はつながったんだけど」

「知らんな。『魔法』に夢中で気づいてないんとちゃうか?」

 タマモクロスが冗談交じりに答える。

『うーん。それならいいんだけどねえ。とりあえずクリークにも連絡したから、スイープがいたら教えてよ。私もあとカワカミに連絡したら、一度1回の階段を見に行くから』

「了解や」

 そう言ったわずか数分後のことだった。フジキセキからロビーに集合の号令がかかる。その声は明らかに落胆を感じさせた。

 

 タマモクロスが、ロビーにつくとなんだかよくわからない光景が広がっていた。全体的に濡れているスイープトウショウ。それを拭くスーパークリーク。やれやれといった雰囲気を出しているフジキセキ。おろおろしながら心配しているカワカミプリンセス。でもとりあえずは……

「……どうしたんやスイープ。服着たままシャワーでも浴びたんか?」

 スイープトウショウに話を聞く。

「そんなんじゃないわよ! ……くちゅん!」

 そんなんじゃないらしい。スーパークリークがこれを受ける。

「スイープちゃん外を探してたらしいんですよ〜。それで私達が知らない間に雨が降ってきてたらしくて。ついさっき何か拭く物はないかってびしょ濡れの格好で私のところに来たんです」

 なるほど。ずっと寮の廊下にいたから気づかなかったが、雨が降っているのか。どうやらそこまで強くはなさそうだ。……いやそんなことより、

「……なあスイープ。()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

「フジさんから1度目の連絡をしてからすぐよ! 私の推理によれば猫は何らかの魔法を使って外に出たのよ!」

 魔法を前提に推理するというアクロバティックなことをしている。というかすでにローブを脱いでいるせいか、魔法使い感があまりない。より大きい問題から目をそらしながらタマモクロスはそんなことを考えていた。だが現実を見ないわけにはいかない。

「つまり、その間1階の階段下のうちの1箇所は空いてたってことやな……?」

 スイープトウショウはバツの悪い顔をしている。どうやら自分でも気づいていたらしい。

「それってかなりまずいですよね……?」

 スーパークリークの質問にフジキセキが答える。

「正直良くないね。私達の捜索方法の要は、1階の階段を塞ぐことで猫を2階以上に閉じ込めることだったからね。その前提が崩れた今、()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう、最大の問題はそこである。例えば2階に猫がいたとして、フジキセキがたまたま後ろを向いていた瞬間、スイープトウショウの守る階段を通り抜けて行った場合、もうその後の行方は全くわからない。

「スイープさんを責めないでほしいですわ……。彼女なりに自分で考えてやった行動ですもの。それに本当にもしかしたら外にいたのかもしれないし」

 カワカミプリンセスの擁護が虚しく響く。

 結局、とりあえずもう少しこの巡回を続けて見つからなかったら、外に出たと判断して、一旦捜索を打ち切る。ということになった。そう言われた瞬間、スイープトウショウはほっとしたような笑顔を見せる。自分のミスがあまり怒られなかったからだろうか。タマモクロスはなんとなく違和感を覚えながら、巡回に戻る。

 

 巡回をしながら、タマモクロスは違和感について考えていた。

(……スイープは普段から魔法がどうこう言ってるし、補習にかかったりしてはいるが、特別頭が悪いと思ったことはない。それにあれで根はいい子や)

 タマモクロスの知っているスイープトウショウなら、今回の作戦もしっかりと理解し、よくわからない理由で責任を放棄したりはしないはずだ。であればそれには必ず意味がある。

 そして順々に違和感のあった点を、頭の中で挙げていく。

(雨……脱いだローブ……濡れた服……捜査を打ち切ると言った時のほっとした顔……)

 そして、点と点が一つにつながる。

「……なるほど」

 タマモクロスは全員に電話をかける。猫の場所が分かった。全員4階に集合。それだけ言うとタマモクロスも4階へ向かう。

 

「タマちゃん。子猫ちゃんの場所が分かったって本当なんですか?」

 スーパークリークが尋ねる。

「ああ、本当や。みんなウチについてきてくれ」

 タマモクロスはそう言うと、ある場所を目指して歩いていく。他の4人もそれについていく。

 そうしてたどり着いたのは……

「屋上かい? 子猫ちゃんが勝手に扉を開けることはないはずだけど」

 フジキセキの言葉にうなづくと、雨の降る屋上をタマモクロスは歩いていく。そして屋上にある小さな小屋の軒先へ向かうと、そこには丸まった黒い布が置いてある。小屋の軒先においてあったためか濡れてはいないようだ。

 それを持ち上げると、

「……にゃあ」

 黒い布から小さな声がする。

「……子猫ちゃんですか?」

 スーパークリークの言葉にタマモクロスは小さく首を縦に振る。

「猫はずっと屋上にいた。そんでそれをしたのは、スイープ。そしてカワカミ。お前ら2人やな?」

 2人は黙って下を向いている。とりあえず雨の降る屋上から、寮内へ戻る。

 

 寮のロビーまで戻ると、フジキセキが切り出す。

「一体どうして子猫は屋上にいるとわかったんだい?」

「順を追って説明するで」

 タマモクロスが説明を始める。

「まず最初の出発点は『なぜスイープはそんなに濡れているか』や」

「どういうことですか? 外に出ていたんだから当然では?」

「クリーク、気づかんか? スイープはローブを脱いでる。なのにその()()()()()()()()んやで。今日の雨はそこまで強いものではない。あの頑丈そうなローブを着て外に出ていれば、下の服はほとんど濡れないはずやろ」

 スイープトウショウの魔女ローブはかなり本格的で厚手のものだ。

「だが実際はスイープはびしょ濡れや。つまりスイープは外に出る前にローブを脱いでいたか、でなければ外でローブを脱いだことになる」

 フジキセキとスーパークリークがうなづく。タマモクロスはそれを確認すると次の話へ進む。

「そしてもう一つ、こっちが最大の疑問や。『なぜスイープは持ち場を放棄して外で猫を探していたか』。普段のスイープならやらない行動だと思うで」

 これに関してはフジキセキ、スーパークリークも同じことを思っている。3人のスイープトウショウ像は大体一致しているようだ。

「なぜわざわざ雨の降る中、外に出て猫を探したか。実際はスイープは猫を探していなかった。であればもうスイープはただ雨に濡れに行っただけに見える」

 ここでフジキセキも合点がいったようだ。

「そうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうや、とうなづくタマモクロスに対し、ピンときていないスーパークリーク。タマモクロスは先を続ける。

「雨に打たれることのメリットはなにか。それはそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()や。元々どれだけ濡れていたとしても、改めて外で雨に打たれれば、スイープが濡れているのは外に出て子猫を探したからだとなるからな」

「ああ~なるほど!」

 スーパークリークも納得したようだ。タマモクロスが続ける。

「ではそもそもなぜ最初に雨に濡れたか。これはもう外に出たか、屋上に出たかの2択しかない。そして外に出たのを隠すために外に出る、と言うのは理解しがたい。よってスイープは屋上に出たと考えられる」

 ここで重要だったのは雨に濡れた後すぐにスーパークリークに事情を話したことだ。雨に濡れてる人を見た時、何も事情を知らなかった場合、直感的に屋上に出たのかなと思う人は一定数いると思われる。その可能性をつぶすために、スーパークリークに会いに行くのは必須であった。

「そこまで考えれば()()()()()()()()()()()()と考えられる。なぜなら濡れたくないのなら、ローブを着たまま屋上に出てそれを脱げばいいからや。それができなかったということはおそらくローブを何らかの理由で屋上に置いたうえで、屋上を歩き回らなければならなかったということが推測できる」

 タマモクロスが全員を見渡しながら言う。

「まとめれば、スイープは屋上に出た後ローブを脱ぎ、その状態で屋上を歩いた。そしてそれが誰かにバレることを避けたかったということになる。ここまでわかれば猫を屋上に隠していたと想像するのはたやすい」

 スーパークリークはさっきから黙っているスイープトウショウが気になってちらりと見る。ずっと下を向いていたようだ。どうやらタマモクロスの推理は当たっていたらしい。

 

「じゃあ事件の流れを話してくで。まずウチが来る前、4人で探してた時にスイープとカワカミは子猫を見つけた。でもそこで2人はフジに伝えずに自分たちでかくまおうと思ったんや。しかしかくまうと言っても、そう簡単に隠せる場所なんてない。自室にはもう一人のルームメイトもいるし、隣の部屋にバレる可能性が高い」

 タマモクロスが続ける。

「そこで、お前らは屋上に猫を隠すことにした。そうして何事もなかったようにうちらに合流したわけやな」

 皆黙って聞いている。ここまでは特に疑問はない。

「だが1階を捜索している時、想定外のことが起こったんや」

「想定外のこと?」

 そう聞き返すスーパークリークに、

()()()()()()()()()()()、だね」

 フジキセキが答える。タマモクロスはうなづく。

「そうや。雨はそこまで強くはなかったとはいえ、長時間雨に打たれれば猫は弱っていく。一応雨が当たらない屋根下はあったが、必ずしも猫がそこにいてくれるとは限らない」

 そんな事態にいち早く気付いたものがいる。それが……

「そしてそれに気づいたのが、入り口前を張ってたカワカミだったんや。外に最も近く、唯一雨音が聞こえる位置にいたわけやからな。ゆえに次の作戦に移行した時、()()()()4()()()()()()()。これは猫の様子を見に行くためや」

 そしてすぐに猫を見に行こうとしたが、ギリギリで踏みとどまる。あることに気づいたからだ。

「だがカワカミは屋上には出れなかった。屋上に出れば雨に濡れる。4階担当のカワカミが雨に濡れていれば、誰でも屋上に出たと思うやろ。そしてスイープと2人で話し合った結果、今回の作戦を実行することになったんや」

「スイープが屋上に行って子猫を屋根下に移動させてローブでくるんでやる。そしてその後外に出て改めて雨に打たれたというわけだね」

 フジキセキもすでに大体事件のすべてを理解してきている。

「これは急遽思いついた策にしてはよくできてる。まずこれはスイープが1階の担当でなければ成立しなかった。他の階担当であれば、外に出るため1階階段前を通ると必ずそれを他のやつに見られることになるからな」

 まずこれにより第一関門をクリア。それに加えて、

「さらにこれは思わぬ効果もあった。1階階段前という作戦の要を放棄することで、猫の行方が分からなくなる。よって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んや」

 スイープトウショウは捜索終了の話を聞いたとき、ほっとした顔をした。あれは怒られなかったことを喜んでいたのではない。猫探し自体が中止になれば、猫を守れると思ったからである。

「計画は9割がた成功していた。だが最後の最後でタマに気付かれてしまったということか」

 フジキセキが失意に沈むスイープトウショウとカワカミプリンセスを見て言った。

 

 夜のロビー。上級生3人を前にして下級生2人がうなだれている。はたから見たらお説教に見えるんやろな、なんてことをタマモクロスは思っていた。まあお説教と言えばお説教なわけだが。

 フジキセキが尋ねる。

「なぜこんなことを? ……まあ大体想像はつくけどね」

 しばらく口ごもっていたが、渋々と言った感じでスイープトウショウが答えはじめる。

「だってあなたたち、もしこの子を捕まえたら、寮で飼えないんだから保健所に連れてくでしょ……」

 フジキセキは小さくうなづいてから答える。

「そうだね。寮では生き物を飼うのは禁止となっている。基本的には保険所送りは免れない」

 わかっていたこととはいえ、それを実際に言われるとショックが大きかったようで、スイープトウショウがより一層表情を曇らせる。そしてあまり言いたくなかったであろう続きを言う。

「アタシ……昔テレビで見たのよ。保険所送りになった猫の90%以上は殺処分になるって……」

 スイープトウショウはこう言ってはいるが、実はこれは古いデータだ。現在は保健所の方の努力や、世間での殺処分に対する認知度の上昇なども相まって、およそ50%まで殺処分される猫の数は減ってきている。と言っても、50%。この迷い猫が殺処分されないかは五分である。

「それを知っててこの子を保健所送りにすることなんて、この子を殺すのと同じじゃない! だったら……こっそりアタシとカワカミで飼おうと思って……」

 見るとスイープトウショウは目に涙を浮かべている。言わずにはいられないとばかりにカワカミプリンセスもそれに続く。

「フジキセキさん! お願いします! ルール違反であることはわかっていますわ。でもせめてこの子が野生で生きていけるくらい大きくなるまででいいですの! この寮で飼わせてください!」

 野に放たれた子猫の多くは成猫になる前に死んでしまう。子猫を外に放つのもまた殺しているのと同じ。カワカミプリンセスは深く頭を下げる。しかし……

「駄目だよ。ルールはルールだ。寮で飼うことはできない」

 フジキセキはそれを棄する。フジキセキは寮生にとって厳しくも優しい寮長だ。2人はもしかしたらという気持ちがあった。その分絶望も大きい。

 しかし、フジキセキには別に考えがあった。

「でもね、この子を保険所送りにはしないよ」

「……え?」

 思わずスイープトウショウが聞き返す。そんなスイープトウショウを安心させるようにフジキセキが優しく言葉を紡ぐ。

()()()()()()。そうすればこの子が殺処分されることはないはずだ」

 里親。猫が好きで助けてあげたいと思ってくれる方に、猫を委託する制度。保健所の猫で殺処分されない猫もまた里親にもらわれていくのである。

 スイープトウショウの表情に光が戻る。だが、カワカミプリンセスの顔は昏い。ためらいながらも残酷な現実を口にする。

「……里親が見つかればそれが一番いいかもしれませんわ。でもそう簡単に見つからないのではなくって? その場合結局は保健所に送るしかなくなります」

 里親探しは簡単なようで意外と難しい。生まれたての子猫ならまだしも、完全な野良猫の貰い手はなかなかいない。ほぼ全員が寮生活をしていて、近所に猫を飼えそうな知り合いが少ないウマ娘ならなおさらである。

 しかしフジキセキはそれを聞いても余裕を崩さない。想定していた反論のようだ。

「心当たりならある。猫が好きで、お金があって、私たちトレセン学園の生徒の悩みをきちんと考えてくれる人がいるじゃないか」

 一泊置いて、全員の頭に同じ顔が浮かぶ。

()()()ですわね!」

 そう理事長である。彼女はお金を持っていることは言うまでもないが、猫好きも相当なものだ。いつも頭に猫を乗せているほどである。

「確かに理事長なら猫を飼ってくれる可能性は高いな! もし飼うのは無理でも猫を飼える里親の知り合いくらいならいくらでも見つけてくれそうや!」

 タマモクロスの言葉にフジキセキが微笑む。そしてローブの中で丸まる子猫を抱えて言う。

「そういうわけだ。私の方から理事長に事情は話しておくよ。と言ってももう遅いから、今日のところは私の部屋で面倒を見る。明日理事長のところに連れていくよ」

 そして猫に顔を近づけたかと思うと、ね、子猫ちゃん♪ とふにゃふにゃしながら言う。このようなフジキセキを見たことがない一同は衝撃を隠せない。

 しかしとりあえずのところ子猫事件は解決したのである。

 

 最後にタマモクロスが部屋に帰る前にフジキセキに言う。

「フジ、()()()()()。今日のところはしっかりお世話したり!」

 フジキセキはちょっと驚いてから、おかしそうに笑う。

「なんだ。()()()()()()()()()()♪」

 

 翌日フジキセキが理事長に掛け合う。すると、

「承知! 猫は何匹いてもいい!」

 とあっさり了承され、理事長の実家で無事子猫は飼われることとなった。

 子猫はきっとこれから先も元気に生きていくのだろう。

 しかしうれしい反面、フジキセキの心には()()()()()()()()()()()()()()

 

 ~エピローグ~

 私が子猫を拾ったのは一週間ほど前、雨が降る日のことだった。

 道端を歩いていると茶色い玉が転がっている。何かと思って近づいてみたら、それは子猫だった。

 素人の私が見てもかなり弱っているように見える。どうしたらいいかわからなくて、抱きかかえて動物病院に走った。

 検査の結果、衰弱はしているものの、それ以外に体に異常はなかった。よかった、と胸をなでおろす。そのまま放っておくわけにはいかないので、こっそり自室でお世話をすることにした。率先してルールを破るなんて寮長失格だが、そうも言っていられない。幸い私の部屋は寮長ということで、みんなの部屋とは離れているし、同室の生徒もいない。だから誰からもばれずに子猫のお世話をすることはできそうだった。

 帰り道に子猫を抱えたまま必要なものを買いそろえる。ケージ、トイレ、子猫用のフード、おもちゃなど。大荷物になってしまったが何とかばれずに私の部屋に入ることに成功したのだった。

 

 部屋に帰ると子猫は落ち着かない様子だった。とりあえず病気になるといけないから、シャワーで体を洗ってやる。だけどどこにそんな力があるのか驚いてしまうほど嫌がって抵抗してきた。ゴム手袋をしなかったことを後悔したが遅い。手が傷だらけになったが何とか洗い終える。

 その後彼女(女の子だったらしい)にご飯をあげた。すごい勢いで食べる猫を見て、思わず笑みがこぼれる。お腹すいてたんだね。その後お腹いっぱいになったのかすぐにゴロンと寝てしまう。とりあえずは一安心だ。

 獣医さんに言われたが、この子はどうやら生後4か月くらいということで、ちょうどある程度のことは自分でできるようになり、半日程度のお留守番ならこなせるようになったくらいの年らしい。もしそれよりも若いと片時も離れるわけにはいかなかったそうなので、これは幸いと言える。

 

 翌日は休日だったので、一日中子猫と一緒にいた。この子はびっくりするほど人慣れしており、出会ったばかりの私にもすりすり顔を撫でつけてくる。そんな時は心の底から可愛いなあと思う。またこの子は元気が有り余っているようで、にゃあと言うよりはぴーと言う感じの高い声で鳴きながら部屋の中を走り回っている。そんな様子もまた可愛いのだが、同時に狭い部屋にずっといるのはかわいそうだなと心が痛む。そこで私はあることを思いついたのだ。

 夜、戸締りをした屋上の鍵を開けて、子猫から手を放す。初めは戸惑っていて私のそばを離れようとしなかったが、そのうち慣れてきたのか屋上を駆け回る。走る姿は軽やかで体重がないのかと錯覚してしまうほどだ。しばらくすると疲れたのか私のそばで丸くなっているので、子猫を抱えて部屋に戻った。

 その翌日は学校があり、子猫と離れる時自分でもびっくりするほどの不安に襲われたが、断腸の思いで授業に向かう。その日は心配で、休み時間ごとに猛ダッシュで寮まで帰ってしまった。帰るたびにお利口に留守番している姿を見てほっとする。そんな日々が何日も続いた。

 

 子猫との生活に幸せを感じていたある日、もうずっとこの子のお世話がしたいなと思ったところで、ふと我に返る。

 だめだ。そんなのいいはずがない。今は何とかばれてはいないが、今後一切私の部屋に人を入れないなんて不可能だ。そうでなくとも鳴き声や物音で気づかれる可能性も十分にありうる。

 それにばれなければいいというわけでもない。いくらたまに屋上で遊ばせているからといって、この狭い部屋に押し込んでいるのは体に悪いだろう。それに平日はろくにお世話もできないし、休日だってレースや遠征の時はどうするのか。こんな生活をしていくことがこの子にとっていいこととは思えない。

 やはり私以外の誰かに飼ってもらうのが一番だろう。そこで私が思いついたのが理事長だった。

 しかしこれはそう簡単な問題ではないことに気付く。私のやっていることは元々はこの子を助けるためだったとはいえ、客観的にみれば『ルールを破ってペットを飼った上に、お世話しきれないから他人に押し付ける』というペットを飼う者として最低の行為としてとらえられかねない。

 もちろん私が事情を話せば理事長はきっとそれを受け入れてくれるだろう。だが、この事例を作ることは大きな危険をはらんではいないだろうか? 私の行為は『栗東寮はペットOK。飼えなくなったら理事長に預ければよい』という前例を作ってしまう。そんなのいいはずがない。そのような半端な気持ちで飼われた子たちのうち何匹かは確実に不幸になる。だがそれを止めようと思っても、その時私に発言力はないだろう。寮長のくせにルールを破り悪しき風習を作った張本人なのだから。

 

 そこで私は一芝居打つことにした。子猫を寮に放ったのだ。そして私は外から子猫が入ったと言いふらす。その間もう一人の協力者に出口を守ってもらう。そう、クリークだ。

 これによって子猫は私が寮に連れてきたのではなく、たまたま入ってきたものだと主張できる。

 概ねその作戦はうまくいっただろう。後は子猫を捕まえて、理事長に話をつけに行くだけだった。しかしそこで事件が起きる。猫が消えてしまったのだ。私は焦った。心配で心配で仕方なかった。そんな時クリークが言ってくれたのだ。こういう時に頼りになる『探偵』さんがいると。

 そうしてタマを加えて、捜索が始まった。

 

 しかしまさか屋上にいたとは。

 私は今日も子猫を屋上で遊ばせていたが、今日に限って鍵をかけるのを忘れてしまった。その結果捜索は困難を極めた。タマが猫を見つけてくれなかったらどうなっていたか。

 その代わりと言っては何だが、私の企みはタマにすべてばれることになった。おそらくタマは屋上の鍵が開いていたことをきっかけとして、私が普段から子猫を遊ばせるために屋上を開放していたことに気付いたのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 色々あったが、なんとか最初の計画を完遂することができた。これで子猫ともお別れだ。そういえば私はこの子に名前を付けなかった。無意識にいつか別れる時のことを考えていたのかもしれない。

 子猫は今私のベッドで丸くなっている。そんな子猫を優しくなぜる。子猫もまたそんな私の指をぺろぺろと舐める。

『飼う』というのは、養い育てることを言うらしい。私には養い育てる能力も資格もなかった。だから今日で『子猫を飼う』のもお終いだ。だが、確かにこの約一週間私はこの子を『飼って』いた。その間私は無償でいろいろなものを与えたが、それ以上のものをこの子からもらった気がする。

 私は出会った日のことを思い出す。震える体。弱々しい鼓動。この子は何も悪くない。それなのにこの子の命の火は尽きようとしている。

 ……怖かった。かわいそうだった。嫌だった。

 だから動物病院を探して走った。子猫が無事だと知った時、本当にうれしかった。

 

 私はこの子が元気で暮らしてくれるだけで幸せだ。今後私の元からいなくなっても、それは変わらない。

 ずっと子猫ちゃんに対して意味もなくありがとうと言ってきた。でも今、何に対して言っていたかが分かる。

 私は眠そうな子猫を起こさないように、優しく背中をなでながら言う。

 

「……生きててくれて、ありがとう」

 

 私の手には、確かに子猫ちゃんの温もりが伝わっていた。

 




よっしゃあ! ファルコを虐待するフジなんていなかったんだ!

というわけで、実は一昨日書いた同名SSと今回の短編は、私の中で名探偵タマちゃんシリーズの第4話を争っていました。結局前のやつはさすがに世界観に合わないと思ってやめました。

一方で話自体は抜群に面白い(あくまで自分程度のレベルで)と思っていたので、うきうきでSSとして投稿したのですが、誰からも面白いと思ってもらえず、変な笑いがこみあげていました。

本当にあの時踏みとどまってよかったと思います。

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