「私は犯人じゃない」   作:アリスミラー

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 ※登場人物の年齢について
 
 マックイーン 中2
 ドーベル、ブライト 高1
 ライアン、パーマー 高2
 アルダン 高3

 という考察に則り、

 マックイーン 4歳
 ドーベル、ブライト 6歳
 ライアン、パーマー 7歳
 アルダン 8歳

のイメージで書きました。
よろしくお願いします。


メジロアルダン「できたら愛してください」

 

〜プロローグ〜

 

 

 メジロアルダン   

 得意なこと:包帯を綺麗にまくこと

 苦手なこと:喧嘩、揉め事

 

 

「なあ、アルダン。お前のプロフィールの得意なことと苦手なことな」

「あら、なにか問題がおありでしょうか?」

「いや、いいんだけど、なんというかとっつきにくいというか、可愛くないというか」

「心外ですね。正直に書いただけなのですが」

「まあさ、せっかくだし、なんか別なのも書いてくれよ。キュートなやつをさ!」

「そうですわね、じゃあ私が2番目に苦手なものでも書いておきますね」

「よろしく頼む」

 

 そうして私は、苦手なことの欄にさくらんぼを追加したのだった。

 

 

 

 1.

 

『どうしていじわるするんですの!?』

『そんな……わたくしは……ただ……』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさ……』

 

『ねえ。聞いて。マックイーン』

『……え?』

 

『……──……』

 

 

「……夢ですか」

 

 私はふかふかのベッドから出て、顔を洗いに行く。

 ここはメジロのお屋敷。

 普段はトレセン学園寮で暮らす私たちであるが、週末はこの屋敷に帰ることもある。

 私やアルダンさん、ブライトなんかはほぼ毎週帰ってくるが、ドーベルやパーマーはめったに帰ってこない。ライアンはその中間と言ったところか。

 

 身支度を整えると、食堂へ向かう。

 

 その間になんとなく今朝の夢のことを考える。

 毎年この時期になると見てしまう。

 それは遠い日の記憶なのだろうか。

 だが詳細を思い出すことはできない。

 

 

 2.

 

「みなさん、おはようございます」

 

 食堂に着くとすでにみんな食事をとり始めていた。

 今日は珍しいことに、普段トレセン学園にいる娘たちも屋敷に帰ってきている。

 

「おはよう! マックイーン!」

 

 明るく快活なライアン。

 

「おはようございますですわ~」

 

 おっとりとしてマイペースなブライト。

 

「ごちそうさまでした。じゃあ私もう部屋に戻るから」

 

 繊細でクールなドーベル。

 

「え~もう行っちゃうの? せっかくだしもっと話そうよ!」

 

 元気で楽しそうなパーマー。

 

「まあ、いいじゃないですか。でも」

 

 そして──

 

「私ももう少しお話したいです。ね? マックイーン」

 

 そう言って微笑んだ顔は、透き通るように美しい。これは決して身内びいきではないと思う。

 

「そうですわね。──アルダンさん」

 

 メジロアルダン。この中で一番の年上で、私の大好きなお姉さまだ。

 

 

 3.

 

 今から10年ほど前。

 トレセン学園に入るまで、私たちは皆メジロのお屋敷に住んでいた。

 両親は違えど、本当の姉妹みたいに過ごしていた。

 

『しつれいします! はいってもよろしいですか?』

『いいですよ』

『おじゃまします!』

 

 全員本当に仲が良かったと思うが、特に私はアルダンさんに甘えていたように記憶している。

 アルダンさんは当時から病気がちで、あまり一緒に遊んだりすることはできなかったのだが、それでも私はわざわざ自室にいるアルダンさんの元へ行っていた。

 

『もう! パーマーもライアンもきらいですの! おにごっこのとき、いつもわたくしばかりねらってきて……』

『うふふ。そんなこと言わないの』

 

 話す内容なんてなんでもよかった。ただ綺麗で、聡明で、優しいアルダンさんとお話ししたかっただけだ。

 今思えば、アルダンさんは私のあこがれだったのかもしれない。あるいは今も。

 

 それで、あの時は何だっただろうか? 

 確か、次のお休みの日の話になって……

 

『そういえば、アルダンねえさまのすきな──……わたくしがんばって──……』

『それは──……ですね。ぜひ──……』

 

 だめだ。記憶にもやがかかったように思い出せない。

 私は朝食を食べながら、ぼんやりと記憶をたどりつづける。

 結局思い出すことはできなかった。

 朝食は、おいしかった。

 

 4.

 

 私たちは朝食を終え、自室に戻る。

 その途中、廊下の真ん中で後ろから、がばっと抱きしめられる。

 

「えへへ~。マックイーン捕まえたっ!」

「もう、なんですのパーマー」

 

 朝から元気なこの娘はメジロパーマー。

 私はなんとなく鬱陶しいようなポーズを取ってみるが、内心そんなに嫌ではない。

 

「あはは! なんか昔みたいで懐かしいなって思ってさ」 

「ええ。ほんとにあなたは昔から変わりませんわね……」

「むっ! マックイーンだって変わらないじゃん! 小さい時からすごい負けず嫌いでさ! 『ぜったいにつかまえますわっ!』って……」

「そんなの忘れましたわ!」

 

 当時のことをからかわれるとちょっと弱い。1番の年下の私を、みんなは本当の姉のように面倒を見てくれた。特に外で走るのが好きだった私は、パーマーとライアンの後ろを一生懸命ついていったものだ。

 そのせいで、手のかかる妹のような私のエピソードを、あの2人は無数に持っている。

 

「コ、コホン! そう言えばパーマー。私ちょっとあなたに聞きたいことがありますの」

「なになに? どったの?」

 

 このままからかわれ続けるのを避けるために、話題を変えてみる。

 せっかくだし、あの夢のことを聞いておこうか。

 

「そう言えば、10年前くらいの、ちょうど今くらいの時期ですわ。詳しくは思いだせないのですが、何かとてもつらいことがあった気がして……。確か全員いた気がしますの。何か、覚えていませんか?」

「あはは! 何だろうね。よくわかんないや! おばあさまに怒られたとかじゃないの?」

「ち、ちがっ! そんなことではありませんわ! 何かもっと……」

 

 そこまで行ったところでパーマーが立ち止まる。

 いつものお気楽そうな顔を崩さないまま、その眼は私の奥を見ていた。

 

「忘れなよ。いい? 忘れな」

 

 それだけ言うと、また歩き出す。

 その雰囲気に押され、私は言葉を紡ぐことができない。

 

「じゃあ、私は部屋でだらだらしようかな! じゃあね、またお昼に!」

 

 気が付くとパーマーの部屋の前まで来ていた。彼女はそのまま自室へ入る。

 

「ええ……また後で」

 

 私の声が届いていたかはわからなかった。

 

 

 5.

 

 私は自室で勉強をする。でも、集中できない。

 どうしてもあの夢が引っ掛かる。

 

 外は雨。雨の音が途切れず聞こえている。

 

 そう言えば、あの日もこんな風に雨が降っていた気がする。

 

『どうしたの? マックイーン。そんなにおめかしして』

『ドーベル! わたくし、いまからまちにおでかけしますの!』

 

 そうだ。確かあの日、私は朝からどこかに出かけていた。 

 雨の中、爺やに車に乗せてもらったのを覚えている。

 

『ふーん。だれと行くの?』

『じいやと、おかあさまと、●●といっしょにですわ!』

 

 あれ? ●●とは誰でしょうか? たぶん子供ではなかったはずだが。

 

『そう、じゃあいってらっしゃい』

『いってきますわ!』

 

 それにしても、ドーベルは当時からこんな性格だったのだろうか? 

 子供なら、私も行きたい! とか言ってもいいと思うが。

 というか、今でもパーマーあたりならついてくるかもしれない。

 

「マックイーン、ちょっと」

「うわっ!」

 

 突然話しかけられ、驚いてしまう。振り向くと、そこにいたのはドーベルだった。

 

「ノックくらいしてくださいまし!」

「したよ。でも、全然返事がないから」

 

 どうやら物思いにふけっていて、ノックを聞きもらしたらしい。

 

「で、なんですの?」

「装蹄道具かしてくれない? 寮に忘れてきちゃって」

「構いませんが、爺やに言えば準備してくれるのでは?」

「いいよ。新しいの用意してもらうのも悪いしさ」

 

 あまり屋敷に帰ってこないドーベルは、屋敷の使用人たちと少しばかりよそよそしい。もちろん彼女が生来の人見知り、というのもあるが。

 

 装蹄道具を鞄から出して、手渡す時、せっかくだからあの夢について聞いてみようと思った。

 

「そう言えばドーベル。10年ほど前。ちょうど今くらいの時期に何かあった気がするのですが、覚えていませんか? 今日みたいな雨の日に」

 

 それを聞いたドーベルは、小さくため息をつく。そして言った。

 

「知らない」

 

 ドーベルが私の部屋を出ていく。

 それ以上話を聞くことはできなかった。

 

 

 7.

 

 昼食。

 

 私は再び食堂へ向かう。

 起きた人から順次食べていく朝食と違って、昼食は時間を合わせて食べる。

 

 おばあさまが一番の上座に座っているため、あまり大声で話すことはできない。

 粛々と食べていく。

 

 そう言えば、昔よく嫌いな食べ物を残そうとしておばあさまに怒られましたわね……。

 

『マックイーン。好き嫌いはいけません』

『でも、どうしてもにがてで……』

『許しません。一口でもいいからお食べなさい』

『……はい』

 

 テーブルマナーや礼儀作法については、あまり口を出さなかったおばあ様だったが、好き嫌いについては毎回厳しい注意を受けた。

 意外に思う人もいるかもしれない。だが、おばあ様はそれだけ好き嫌いをしないということを重要視していた。

 

 小さい時は食べ物がもったいないからだと思っていた。少し大きくなって、栄養が偏るからだと思っていた。そして今、私はこう思う。

 

「苦手な物から簡単に逃げるように育ってほしくない」

 

 幼い時分において、苦手な食べ物というのは、ある意味生まれて初めて直面する壁なのかもしれない。それを乗り越えることはできないかもしれないけど、挑戦もせずに避けてはいけない。

 実際、私が頑張って一口食べたら、おばあ様はことさらほめてくれたものだ。私はそれがうれしくて、気が付けば苦手な食べ物はなくなっていた。

 

 

 8.

 

 昼食が終わると、おばあ様から退席する。

 ぽっかり空いた席。

 ……空いた、席。

 

 記憶がよみがえる。

 私の嫌な記憶とここから見える景色はリンクする。

 そうだ。私はあの時、食堂にいた。そこにはアルダンさんがいて、ライアンがいて、パーマーがいて、ドーベルがいて、ブライトがいて、爺やがいて……おばあ様がいなかった。

 

 でも、どうして? なぜあの時みんな食堂に集まっていたのか。食事時だったのか? いや、でもそれならおばあ様がいないのはおかしい。一体、なぜ? 

 

 考えても、答えは出ない。

 私もまた食堂を出ていくのだった。

 

 

 9.

 

 あの日私は何をやっていたのだろう? 

 午前中、何かを買いに街へ出た。でもその後、午前中のうちに家に帰ってきて、昼食をとったと思う。では私の記憶はその時のものなのか? いや、それだと、おばあ様がいなかったことの説明がつかない。

 

 確か、昼食を食べて、少し食休みをした後、私は……

 

『あら~マックイーン。どこいくんですか~?』

『ブライト! いまからわたくししょくどうにいきますの!』

『ほえ~まだおなかすいてるんですかあ?』

『ち、が、い、ま、す、わ!!』

 

 そうだ。私はあの後食堂に向かったのだ。そしてその道中でブライトと話した。

 でもなぜだろう? お腹が減ったから、ということはないだろう。なにせ昼食を食べたばかりなのだから。

 ということは……

 

「あら~マックイーン。どこいくんですか~?」

 

 私の思考はのんびりした声によってかき消される。

 

「ぶ、ブライト! びっくりしましたわ!」

「ほえ~」

 

 突然話しかけられてびっくりしてしまった。今日はそう言うの多いですわね……。

 それにしても、回想と全く同じセリフで驚いた。

 

「どこに行くか、でしたわね。そうですね、ちょっと食堂に」

 

 どこに行く気もなかったが、せっかくなので私もあの時と同じ言葉を言ってみる。意趣返しだ。

 

 だが、そこからのブライトの言葉は私の想像していたものと違っていた。

 

「あら、厨房に行くんですか?」

「……え?」

 

 厨房? 確かに食堂と厨房は隣接しているが。普通食堂へ行くと言った相手がその隣の厨房へ行くと思うだろうか? 

 

「ええっと、多分行きませんが、どうしてそう思いましたの?」

「なぜって、昔よくマックイーンはアフタヌーンティーのお菓子を作ってくれたじゃないですか~。私あれ好きだったんですよ~!」

「……!」

 

 そうだ。なぜ忘れていたのだ。私は昔からスイーツが大好きだった。それで好きが余って厨房に行って、爺ややコックに見てもらいながら、スイーツを作ってみたりしていた。それをアフタヌーンティ―の時間に出したこともあったじゃないか。

 あの日もそうだったのか。いやそうだったに違いない。そう考えれば、午前中の買い物にも合点がいく。私はきっと、食材を買いに行ったのだ。すると爺やとお母様の他にもう一人いた人物。あれはメジロ家のコックだったのだ。

 

「ブライト! ありがとうございますわ!」

「ほわぁ?」

 

 ブライトはなぜ感謝されたかわからないだろうが、まあいいだろう。私はそのまま食堂に向かう。

 いや、その前に聞いておくか。

 

「そう言えばブライト。10年ほど前。ちょうど今くらいの時期に何かあった気がするのですが、覚えていませんか? 今日みたいな雨の日に。食堂で。多分嫌な思い出だとは思うのですが……」

 

 それを聞いた時のブライトの動揺は大きかった。黙って目を伏せる。つぐんだ唇はかすかにふるえていた。

 

「い、いえ。言いたくないならいいんですの。ただ何かあったのか、そうでないのか。それだけ教えていただければ……」

 

 私のそんな言葉に対して、かろうじて返事を返す。

 

「……思い出したく、ありません」

 

 それだけ言うとブライトはどこかへ行ってしまった。

 私はそれを黙って見つめることしかできなかった。

 

 

 10.

 

 再び食堂に着く。うん。間違いない。あの夢の出来事はここで起こったのだ。

 それもアフタヌーンティ―の時間に。

 

 アフタヌーンティ―は大人は大人と、子供は子供とで行われる。

 おばあ様がいなかったのはそう言うことだ。

 また本来アフタヌーンティ―は庭で行われるのだが、あの日は今日と同じ雨。故に食堂で開かれたのだろう。

 ここまで推測が進むと、徐々に記憶もよみがえってくる。

 

『きょうはマックイーンがつくってくれるんだね! たのしみだなあ』

『まかせてくださいライアン! いまがたべごろのフルーツをつかったスイーツですの!』

 

 そうだ。確か、私はそのお菓子をずっと作りたかったのだ。ようやく旬を迎えた、その果物を使ったお菓子を。

 

『きょうはわたくしひとりでつくりましたの! わたくしパティシエですの!』

『すごいや! マックイーン!』

 

 当時はまだ私は3歳か4歳くらいだった。そんな私が一人で作った? でも、考えてみれば確かに一人で頑張ったような気がする。

 

『じいや! はやくきりわけてくださいまし!』

『少々お待ちを。お嬢様』

 

 そうだ。確かのその後、爺やに切り分けてもらって、全員に配り終えて、

 

『ああ! なにするんですの!?』

 

 ……違う。

 違う。違う。

 私は確かに配った。でも、行き渡らなかった。

 

 誰に? 

 アルダンさんに。

 なぜ? 

 ……思い出した。

 

『これもーらい!』

『それはあなたのぶんではありませんわ! やめてくださいまし!』

 

 ライアンが食べたのだ。アルダンさんの分まで。

 私は、それが悲しかったのだ。

 

『どうしていじわるするんですの!? ライアンなんて、だいきらいですわ!!』

 

 ライアンの悲しそうな顔が浮かぶ。

 あそこまで言わなくてもよかったのかもしれない。

 

 

 11,

 

 なるほど。これが真相か。

 ようするに、私はライアンのちょっとした茶目っ気に本気になって怒ったのだ。

 

「うーむ。これは……」

 

 これは、私が悪いのだろうか? 

 

 確かに私は大人気なかったかもしれない。でも、幼い私が怒る理由もわかる。ライアンのやったことは悪気はなかったのかもしれないが、私の心を強く傷つけるものだったのだ。

 

「どうしたの? こんなところで独りで」

 

 振り返ると犯人がいた。

 ライアンだ。

 

「いえ。ちょっと考え事を」

「ふーん。そっか」

 

 気を使ってぼかしてみたが、よく考えたらライアンに隠す必要はないのではないか。

 せっかくだし、話してみよう。

 今なら笑い話になるかもしれない。

 

「ライアン。覚えていますか? 10年位前のアフタヌーンティ―ですわ。私の作ったお菓子を、あなたアルダンさんの分まで食べようとしましたわよね? あの時は私本当にショックで……」

 

 そこまで言ったところで気づく。ライアンの表情の変化に。

 憂いをおびた悲色に。

 私は思わず口を止める。

 そんな私を見ながら、ライアンは静かに、でもはっきりとこう言った。

 

「何も、なかったんだよ……」

 

 

 12.

 

 ライアンがいなくなり、1人になった食堂で私は思考していた。

 

 どうして、ライアンはあんなに……。

 

 いや、ライアンだけじゃない。パーマーも。ドーベルも。ブライトも。みんなひた隠しにした真実。

 本当にあれが真相なのだろうか? 

 

『忘れなよ』

『知らない』

『思い出したくないですわ……』

『何も、なかったんだよ』

 

 ……待て。

 なにかおかしい。

 

『知らない』

『何もなかった』

 

『忘れなよ』

『思い出したくない』

 

 この4人の言葉。一見みんな同じようなことを言っているように聞こえる。

 だが、違う。明確に2組に分かれる。

 これは偶然なのか? 

 思い出せ。答えは記憶の中にある。

 

 

『うわああああん!』

 

 

 泣いている。誰かが。これは私? いや、違う。これは……

 

『泣かないで、ブライト。ほら、一緒に部屋に戻ろう?』

『……パーマーさん……』

 

 ブライトだ。私が怒った姿を見て、悲しむライアンを見て、ブライトは泣いたのだ。

 そして、そんなブライトと一緒にパーマーは食堂を出た。

 

 これだ。これが原因だ。

 

『忘れろ』『思い出したくない』と『知らない』『何もない』は明らかに違う。前者は『事実があったことは認めている』。後者は『事実そのものを否定している』。

 これは明らかに起きたことに対して認識の差がある。そして、後者は前者に比べて、より隠したいという強い意志を感じる。

 

 つまり、まだ、あの日の出来事は終わっていない。

 私の思い出せない悪夢は、ブライトとパーマーがいなくなった後に起こったのだ。

 

 

 13.

 

 アフタヌーンティ―。午後に紅茶とともに、お菓子を楽しむ時間。

 本来は2段か3段のケーキスタンドに3種類のケーキを準備して作法に従って食べていかなければならない。だが、私達にとっては単なるおやつの時間だ。

 用意してくれる色々なお菓子を楽しみながら、おしゃべりをする。

 

「アタシ今度また障害出てみよっかな! 気持ちよく爆逃げ出来る気がすんだよね!」

「いいんじゃない? 今から鍛えれば絶対いけるよ!」

「ほわあ♪ おもしろそうですわ~。わたくしもぜひ~」

「あんたはやめておきなさい」

 

 レースのこと。勉強のこと。他愛のない話をする穏やかな時間が流れる。

 私もいろんなことを話したが、あの夢の話はとてもじゃないができない。

 

 そうこうしているうちにアフタヌーンティ―が終わる。

 すでにお菓子は食べきってしまった。

 そろそろ解散という流れだ。

 

「おいしかったね!」

「ほんとほんと! 爺やありがとう! ごちそうさまでした!」

 

 口々に言って席を立つ

 アルダンさんは私たち全員が立ち上がったところで、言った。

 

「ごちそうさまでした」

 

 瞬間、あの日の記憶がよみがえる。

 

『ごちそうさまでした』

 

 ……これはアルダンさんの声? 

 どういうことだ? アルダンさんの分はライアンがとってしまったのではなかったか? 

 

 私の用意したお菓子を食べたのか? 

 でも、それならなぜ今この記憶は封印されたのか? 

 

『苦手な物』

『ぜひアルダンさんにたべてほしくて』

『好き嫌いはしてはいけません』

『ひとりでつくりましたわ!』

『いまたべごろのフルーツをつかったスイーツですの!』

『じいや、はやくきりわけてくださいまし!』

 

「……まさか。……いや、そんな……」

 

 私の頭に浮かぶ最悪の映像。

 これだけの情報で、それが起きたと断定することはできない。

 だが、それはこれが推理だった場合の話である。

 

 この想像が現実であってほしくないという私の思いは、記憶によって否定される。

 封印は解かれた。幼い私が私を守るために賭けた心の鍵。

 だが、今それに向き合わなければならない。

 

 私は、アルダンさんの部屋に向かうのだった。

 

 

 14.

 

 

「失礼します。入ってもよろしいでしょうか?」

「いいですよ」

「……お邪魔します」

 

 部屋に入ると、いつものようにアルダンさんはベッドで本を読んでいた。

 私はベッドまで歩くと、少し迷ったが、腰かける。

 

「あらあら、昔みたいですね」

「だめだったでしょうか?」

「いいえ。全然」

 

 外の雨は止むことを知らず、今もなお振り続ける。

 私は少し時間が欲しかった。このまましばらく黙っていようかとも思った。

 でも、一度この雨の音に甘えたら、もう私から話始めることはできない気がして。

 気づくと、口を開いていた。

 

「覚えていますでしょうか? 今から10年位前のことですわ」

 

「私は朝から張り切って、アフタヌーンティ―に出すスイーツの準備をしていましたの。ぜひ、みんなに食べてほしくて」

 

「町まで買い物に行って、爺やとコックに付き添ってもらって、午後いっぱい使って準備しましたわ」

 

「そして振るまいましたの。手作りのチェリータルトを」

 

「ライアンはあなたに渡したタルトを食べようとした。私は怒りました。ブライトは泣いて、パーマーと一緒に部屋を出て行って。ドーベルもどうしていいかわからないと言った感じで。それで、あなたはタルトを食べたんですわ。場を収めるために」

 

 私は、この話をして、アルダンさんにどうしてほしいのか。

 赦してほしいのか。責めてほしいのか。ただ聞いてほしいのか。

 わからない。それでも動き出した口は止まらない。

 

「そして、あなたは倒れた」

 

「……」

 

「異常免疫反応。つまり、アレルギーですわ」

 

 これが、私の思い出したくない記憶の正体だった。

 

 

 15.

 

 あの日、私は私の作ったお菓子を食べて、アルダンさんに喜んでほしかった。いじらしい話だ。大好きなお姉さまに褒めてほしい。ただその一心で、幼い娘が朝から奔走したのだから。

 

「でも、得られた結果は真逆のものでしたわ」

 

 脳裏に浮かぶ、苦しそうなアルダンさんの様子。

 顔は紅潮し、呼吸は乱れ、咳が止まらなくなり、最終的には意識を失った。

 大人たちが集まってきて、あっという間にアルダンさんはどこかに連れていかれてしまった。

 

 そして思ったのだ。私のせいだ、と。

 幼い私はその精神的苦痛に耐えられなかった。

 だから記憶を封印した。

 

「このようなことが起こってしまったことには、いくつか理由があると思っていますの……」

 

 理由は、4つ考えられる。

 

 1つ。アルダンさんにアレルギーの知識がなく、かつそれを隠そうとしていたこと。

 アレルギーは実際に症状が出るまで気づかないケースが多い。人によっては成人してから発覚する人もいるくらいだ。アルダンさんの身近にアレルギーを患っている人はいない。故にその体調不良の意味が分からず、むしろ隠そうとしてしまったのだ。

 

 2つ。アルダンさんが元々体が弱かったこと。

 幼い時からアルダンさんはよく体を壊し寝込んでいた。だから周囲の大人もさくらんぼを食べるということと、体調不良の間に因果関係を見いだせなかったのだ。もちろんわかりやすい症状が出れば、判明したかもしれないが、さくらんぼなど大量に摂取することもないし、アルダンさん自身が隠そうとしたこともあり、誰も気づくことはなかった。

 

 3つ。ライアンの存在。

 アルダンさんはおそらくわかっていたのだ。さくらんぼを食べると、体に異変が起きることに。そしてそれを1番年が近いライアンにだけは話していた。それから、ライアンはことあるごとにアルダンさんをフォローしてきたのだろう。あの日も、きっとそうだ。ライアンは私にいたずらしたかったのではなく、アルダンさんを守ろうとしていた。

 

 そして4つ目。

 

「あの時、あなたはアレルギーの症状が出ないと思っていたはずです。これは推測ですが、あなたは以前チェリータルトを食べたことがあったのではないですか?」

 

 チェリータルトは5,6月の代表的なお菓子だ。それを全く食べたことがないということはないと思う。

 何より当の私が大好きで、食べてほしいと作ったものだ。

 同じ家に4年長く住んでいるアルダンさんが知らなかったはずがない。

 

「通常、チェリータルトはさくらんぼを熱してジャムにして、それをタルト生地に入れて、オーブンで焼き上げます。このような過程を経た果実に対し、アレルギー反応が起こることはめったにありませんわ」

 

 これは熱されることによってタンパク質が変性し、抗原性が変化するからだ。

 これを正しく認識していれば、こんな事件は起きなかった。

 だが、当時のアルダンさんにそんな知識はない。よって次のように理解していたのだと思う。

 

『タルトやパイに入っているさくらんぼなら、少しくらいは大丈夫』

 

 今思えば、ここが引き返す最後のチャンスだった。この認識の差が事件を起こしてしまった。

 

「あの日、私はひとりで作ることにこだわったんですの。普段は大変なところや危ないところは爺やにやってもらっていたのに。でも、あの日はとても、張り切っていましたの」

 

 あなたに、褒めてほしかったから。

 

「でも、4歳の子供が一人でタルトを焼き上げることなんてできませんわよね? いくら何でも危なすぎる。だから、爺やとコックは考えたのです。私が一人で作っても危なくない料理を。包丁も火も使わないタルトを」

 

 なんてことはない。4つ目の原因は私。私がほんの少し背伸びしようとした。

 それが、最後の引き金だったのだ。

 

「私が作ったのは、熱を通さない、いわゆる『焼かないタルト』でしたの」

 

 

 16.

 

 焼かないタルト。市販のクッキーを砕いてパターを入れてもむ。整形して、果物を並べて、冷やしたら完成。

 

 私は普通のタルトではなくこの焼かないタルトを作ったのだ。

 根拠もある。時間がそれを物語っている。

 

「私はあのタルトを作るのに、午後いっぱいを費やしましたわ。当時の私にとってはそれが精一杯。やり切ったという気持ちもありましたわ」

 

 子供ならそうだろう。でも、本当のお菓子作りはそんなに甘いものではない。

 

「でも、本当にタルトを作ろうと思ったら、実際にかかる時間はその程度では済みませんわ」

 

 本来タルトは、前日から生地を用意し、当日はジャムを作って、生地を成型し、焼いて、冷やして、ようやく出来上がる。

 午前中買い物に行って、のんびり食事をとって、その上でアフタヌーンティ―の時間までに作るというタイムスケジュールでは絶対に間に合わないのだ。 

 

「私が作ったものは確かに『タルト』でした。でもそこには火の通っていない生のさくらんぼが大量に入っていた」

 

 そして、あのようなことが……。

 

「……私のせいですわ」

 

「私があの日、お菓子を作りたいなんて言わなければ」

「一人で作りたいなんて言わなければ」

「癇癪を起さなければ」

「……褒めてほしいと、思わなければ」

 

 これが、全てだった。

 

 

 15.

 

 話し終えた私に残っていたのは、とてつもない徒労感と、ほんの少しの達成感だった。

 過去に向き合った。たったそれだけのことで、わずかな救いを得ている自分が嫌だった。

 

 思えば、私がこの話を始めてから、アルダンさんの声を聞いていない。

 ただ私の話を聴いてくれた。

 でも、だからこそ怖い。

 私は今から何を言われるのだろう? 

 

 この話をした時、他の娘の反応は様々だった。

 

 パーマーは言った。忘れろ、と。

 ドーベルは言った。知らない、と。

 ブライトは言った。思い出したくない、と。

 ライアンは言った。何もなかった、と。

 

 アルダンさん。あなたはなんて言うのですか? 

 

 アルダンさんが私を見つめる。

 美しい瞳だった。澄んだガラスのような瞳。

 そして、ゆっくりと口を開く。

 

「ねえ。聞いて。マックイーン」

 

「あの時のタルトね」

 

 

「ありがとう。本当においしかったわ」

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ああ。そうか。そうだったのか。

 

 私の最後の記憶が蘇る。

 

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』

『ねえ。聞いて? マックイーン』

 

 わけもわからず謝り続ける私にアルダンさんは言った。

 呼吸もままならない状態で、体中の空気を押し出して生まれた言葉。

 

 その時すでに、私は救われていたのだ。

 

 

『ありがとう。本当においしかったわ』

 

 

 アルダンさんが微笑む。

 それはあの日と同じ笑顔だった。

 

 

 

 ~エピローグ〜

 

 マックイーンがアルダンさんの部屋を出ていく。

 表情は見えないが、きっと決着がついたのだろう。

 

「入りますよ」

「ライアンですか。どうぞ」

 

 穏やかな表情で窓の外を眺めるアルダンさんのそばへ行く。

 

「あんなに、自分を責めなくていいんですけどね」

「……そうですね。あれはマックイーンのせいじゃない」

 

 幼い頃に起こった事件。マックイーンは悔いているが、誰が悪いということはない。

 少なくともマックイーンにどうこうできた話ではないと思う。

 

「アタシがちゃんと止めてればよかったのかな……」

 

 結局のところ、アルダンさんがタルトを食べさえしなければよかったわけだ。なら、責任は私にあるかもしれない。

 だが、アルダンさんははっきりと言い放つ。

 

「いいえ。あなたに止められても、私は食べていたと思います」

 

 その妙に確信めいた言い方に、少し引っかかる。

 

「どうして言い切れるんですか?」

「……そうね」

 

 アルダンさんは目線を私に向けると、ゆっくりと話し出す。

 

「ねえ、ライアン。目の前に1番嫌いなものと、2番めに嫌いなものがあったらどっちを取る?」

「……は?」

 

 なんだろう。いきなり。

 そんなの決まってるじゃないか。

 

「2番目に嫌いなもの、です」

「うふふ。そうよね。私もですよ」

 

 一体何が言いたいのだろう。

 

「私にとって、さくらんぼは2番めなんです」

「2番目?」

「そう、2番目」

 

「私ね。みんなが大好き。パーマーも、ドーベルも、ブライトも、マックイーンも。もちろんライアン、あなたもですよ?」

「……」

「だから、みんなには仲良くしてほしい。みんなが仲良くしてるのを見るのが好きなんです」

 

 ああ。そうか。

 あのときのアルダンさんが選んだ2択は、さくらんぼを食べるか食べないか、じゃなかったんだ。

 

 

「私、喧嘩と揉め事が、一番苦手なの」

 

 

 




いや、タマちゃん不在で草。

最初はマックイーンとタマちゃんの2人の会話で進めるSSだったのですが、絶対今の形の方が収まりいいなと思って、メジロ家大集合になりました。


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