オリジナル:現代/ノンジャンル
タグ:オリ主 足音 不審者 通報 騒音 狂気 停電 ブレーカー 玄関 エアガン 歩道 ベランダ ナイフ 公園 リュックサック 懐中電灯 スマホ 固定電話 自転車 熱帯夜 帰宅 ワイヤートラップ あおり歩行者 一人称
俺は帰宅途中、些細な事から不審な男に嫌がらせを受けた。それは次第にエスカレートして……
ノンジャンルですが、ある意味ホラーです。
例によって、タグで遊んでいます。
まえがき
くにむらせいじです。
横書きで、PC版を基準に書いています。スマホは横向きが良いかもしれません。
マウスオーバーで脚注が出ますが、ウィンドウの幅によっては右にはみ出して切れます。
ウィンドウをディスプレイの幅いっぱいに広げるか、文の幅ギリギリまで狭めるかすれば、全部見えるはずです。
熱帯夜。
俺は駅から自宅へ歩いていた。肌着が蒸れて不快だ。
大通りの歩道を歩く。ここは、歩行者と自転車の通行する部分が、線で仕切られている。*1 だが、多くの自転車が行き交うここでは、歩行者の後ろから近づき脇スレスレを走り抜けていく自転車がいる。*2 ベルもしょっちゅう鳴らされる。*3
加えて、スマホを見ながら自転車を片手で運転する恐ろしい輩もいるし、横に並んで会話しながら走る連中もいる。*4
以前、自転車が歩行者に追突するのを見た。あろうことか、追突した自転車の側が『急に前に出るんじゃねえ!!』と、歩行者を怒鳴りつけていた。
俺は、歩道の端に寄って歩き、対向車ならぬ対向者が来た時や、路駐の車を避けて歩く際に、振り返って後方を確認する癖がついてしまった。*5 情けない話だ。
交差点の手前で、いつものようにチラッと後方を確認すると、自転車はおらず、代わりに男が俺を追って歩いていた。やせ形で、かっちりしたベストに半ズボン、白髪交じりの短髪。男はうつむき加減で、一瞬見ただけでは表情が分からなかった。
しばらく歩くと、背中にプレッシャーを感じた。足音が近い。再びチラッと後方を見た。男は、なぜか俺との距離を詰めて来ている。ツカツカと歩き、いら立っているように見えた。
これは、“あおり歩行者”ってやつか? ……この時、俺はまだ事態を軽く考えていた。
先に行かせよう。俺は少し歩くスピードを落とした。
男は俺を追い抜いて行った。妙に大きい真っ赤なリュックサックを背負っていた。ベストと半ズボンも含めて、奇妙な格好だ。お世辞にもセンスの良いファッションとは言えない。
男は、次の信号で大通りを渡って行った。……俺の向かう方と同じだ。
コンビニに寄って、軽食と飲み物を買った。いつもの習慣だ。
少し坂を上ったところで、公園に入った。LEDの鋭い光を放つ街灯がある。
この公園を突っ切ると近道ができる。20年以上止まったままの噴水のそばを歩いた。
「おい、ナニ見てやがった」
遠くの自動車の音や虫の声に混じって、中年らしき男の低い声が聞こえた。
噴水の向こうのベンチに座る人影があった。そこは木が街灯の光を遮っていて暗く、服装や人相は分からなかった。
「ナァニ見てやがったぁ」
ここからベンチまでは10メートルほどある。声は小さく、俺が話しかけられているかは分からない。無視して歩いた。
「オメーだよオメー」
感情を抑えて見下すような、不気味な声だった。
「無視すんじゃねえバァカ」
まともに答えるのは危険だ。かといって、走って逃げるほどの状況とも思えない。走れば犬みたいに追って来る可能性もある。無視して公園を抜けた。追って来る気配は無いが、振り返ってはダメだ。
コンッ! と肩に衝撃。頬にビチャッと水滴が飛び、カラカラっと足元に何かが転がった。
頬を拭うと、甘酸っぱいフルーツの匂いがした。転がったのは、グレープソーダのアルミ缶だった。子供が好みそうなソフトドリンクだ。
缶ビールよりタチが悪いな……シラフでこんな行動をする不良中年は、本当にヤバい奴だ。
ナイフで背中を突かれるのを想像した。ありえない飛躍思考だが、世の中危険な奴もいる。
振り返らずに、早歩きで逃げた。
しばらく歩いて角を曲がり、チラッと振り返ると、誰もいなかった。背中を冷や汗が流れた。
住宅地を通る急な階段を上る。
後ろから、トッ、トッ、トッ……っと足音がした。
振り返ったが、誰もいない。足音が遠ざかっていくように聞こえた……気がした。遠くは暗くてよく見えなかった。
……気のせいだ。俺は疲れて過敏になっているんだ。
階段の最上段に右足をかけようとした瞬間、足首に痛みが走った。
「ぐっ!!」
俺は前のめりに倒れた。体重をかけてしまった。
「かはっ!!」
アスファルトに手をついたが受け身はとれず、肩を打ち付けた。
バッグの中身は無事だろうか…………なんて、ぼーっとしている場合ではない。
右の足首にワイヤーが引っかかっていた。細い金属線をより合わせたもので、自転車のブレーキワイヤーのようだった。
トラップ? 誰が? 何のために?
ワイヤーはどこに張られていた? 転落防止の柵だろうか。暗くてよく見えない。
悪質だ。下りようとした人が階段を転げ落ちる可能性もある。
ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。警察に…………
…………画面が真っ暗だった。電源ボタンを長押しても、全くの無反応。
バッテリー切れ? 電車で見た時は30%ほどあった。残量ゼロでも起動するはずだが……故障か? こんな時に! モバイルバッテリーは持っていないし、近くに公衆電話は無い。
ワイヤーを切らなければ、また被害者が出るだろう。しかし道具が無い。近所の家のインターホンを……と思ったが、俺が不審者扱いされそうだ。
ワイヤーをガシガシと踏みつけて、強引に地面の高さまで下げた。応急処置だ。さっきのコンビニよりも俺の家の方が近い。早く帰って警察に通報しなければ。
右足を引きずるように……というのは大げさだが、足をかばいながら歩いた。背後から近づく、聞こえない足音を気にしながら。
マンションの部屋にたどり着いた。玄関の明かりをつけると、靴に傷があるのに気づいた。まあ安物だし痛くはないな。部屋の明かりをつけて床に座り込んだ。右の靴下を脱ぐと、足首の皮が切れて出血していた。こっちは痛い。倒れた時についた手のひらと肩も痛い。半袖シャツの肩から胸にかけて、グレープ色のシミが点々と付いていた。
ドンドンドン!!
玄関のドアを叩く音が、異様に大きく響いた。
心臓が止まるかと思った。
「ヴォらぁーー!! べもにぃヴぉれーー!! バぁかやろうがぁーーー!!」
何を言っているのか聞き取れない、怒り狂う大声。
ドンドンドンドン!!
ドアを激しく叩いている。
「わぁべもにヴぉれーー!! びらえれーわぁ!!」
ドンドン!! ドンドンドン!!
何があいつを怒らせたんだ……俺が視線を向けて、無視しただけで、家まで追って来たのか?
ガンッ!!! ボゴッ!!!
ドアを蹴ってやがる!
普通は、激高しても少し時間が経てば冷める。だが、あいつは怒りを反すうしてヒートアップしている。話しかけてなだめようとしたら、火に油を注ぐだろう。
受話器を取った。…… 1…1…0 ……
……呼び出し音が鳴り続けた……
「なぜ出ない!? すぐに繋がるはずだろ!!」
ブツッと音がして、電話が切れた。
……俺は……思考停止した。
「ぐがァーーっ!!」
玄関の方から、豚の鳴き声のような、鼻を鳴らすような、奇妙な声がした。
ジャリ……タッタッタッタッ……っと、足音が遠ざかって行った。
静かになった。
俺は、インターフォンの子機をモニター画面にした。これで玄関の外が映る。
……誰もいない。
また来るだろうな……あるいは、どこかで待ち伏せしているか……。
エレベーターの扉が開いた次の瞬間、男と目が合い、ナイフで腹を刺され……。
……そんな映像が頭に浮かんで、思わず腹を押さえた。
もう一度警察に電話を……
プツン! と明かりが消え、真っ暗になった。
停電か!? また心臓が止まるかと思った……。
室内が見えない。明かりは、窓から差し込む光だけだ。
俺は、緑色に光る蓄光シールを頼りに懐中電灯をつけ、玄関の配電盤を照らした。
配電盤のスイッチは全部上がっていた。オンオフしてみるも無反応。
電話の受話器を上げたが、案の定、無音だった。留守電のランプも消えている。
停電しても繋がる場合があるらしいが、ダメだった……。 *6
懐中電灯で机の上を照らし、ノートパソコンを立ち上げた。起動が遅くてもどかしい。
クソッ! キーボードが見えない!
…………なんだ? エラー? LANが切れてる?
設定いじってもダメか……停電でルーターが落ちてるんだ……。
スマホも固定電話もダメ、ネットにも繋がらない。
モバイルバッテリーがあったはずだが、真っ暗で場所が分からない。それに、スマホの故障ならバッテリーを繋いでも無意味だ。
火災警報器に蚊取り線香の煙を……いや、それは別の意味で危険だ。暗闇でそんなことしたら本当に火事になるだろう。焦ると判断を誤る。冷静に考えろ。*7
あいつは、この部屋には入って来られない。入り口は玄関と……
ベランダに出て、外を確認した。ここは3階だし、壁に登れるような突起は無い。
周囲の建物の窓は明るく、街灯も点灯している。停電はこの建物だけだ。
まさか……あいつがブレーカーを?
偶然だ! 偶然切れただけだ! 主電源がある場所に部外者は入れない。外の電線を切るのも無理だろう。
大声で叫んで助けを求めるか? ……危険だ。あいつを刺激しかねない。
ベランダの仕切りを壊して、隣の空き部屋へ移るか? ……それは俺の方が犯罪者だ!
……いっそのこと、諦めて寝てしまおうか。
突然、強烈な赤い光 が見えた。まぶしさで目を閉じ……
パチン!
「ぅあっ!!」
右目に何かが刺さり、顔を覆った。
痛みで声が出ない。眼球にガラスが刺さったみたいだ。
パパパッ!! パパパパパパッ!!
パチパチパチパチパチ……。
遠くの連射音と、すぐわきの壁に弾が当たる音。同時に、腕や腰に痛みが走った。
覚えのある感覚だ。子供の頃遊んで痛い思いをした……
室内へ逃げ込み、窓を閉めた。
パチパチ……ガラスに弾が数発当たって、音が止まった。
「はあ、はあ……」
窓にひびが入っていた。普通、エアガンでガラスは割れないだろ……。
右目が開かない。キリキリ痛む。眉毛のあたりを触ると、熱く腫れているのが分かった。指を見ると血が付いていた。まぶたの裏……奥の方にBB弾が入ったかもしれない。取り出したいところだが、下手に触ると失明するかもな……。*8
ヒリヒリ痛む腕を懐中電灯で照らした。蚊に刺されたような腫れが三つあって、皮がむけて血がにじんでいた。威力が強く連射も速い。バネやモーターを強化しているのだろう。
疑問だらけだ。あいつはなぜ俺がベランダに出たことに気づいた? おそらく長物であろうエアガンをどこから持って来た? 短時間でどうやって移動した? 複数犯なら、玄関から去って行ったのが解せない。
しばらく、不気味な静けさが続いた。
……今のうちに外へ……管理室には誰かいるはず………………
玄関のドアノブを握った次の瞬間、コツ、コツ、コツ……と音がした。足音とは思いたくないが、そう聞こえた。
ドンドンドンドン!!
再びドアを叩く音。暗闇と心臓によく響いた。
戻って来やがった……。
「ヴォラッ!! でーてこいやァーー!! あがのぅガラァーー!!」
再び意味不明な怒声。『あがのぅガラァーー!!』は、『開けろコラ!!』か?
ガンッ!! ガキンッ!! ガンッ!!
力任せにドアを蹴っている。
うちのドアは古くて薄い。そのうち蝶番とラッチが壊れるだろう。
武器になりそうなものは……ダメだ!! 暗くて見えない!! 素人が暗闇で包丁を振り回しても、無意味だろうが……。
ドンドンドンドン!!
「でめっ!! ゴージでやるるるぁーーー!!」
ガゴッ!! ガゴッ!! ドンドンドンドン!!
巻き舌が入ったな。『ゴージでやらぁー!!』は『殺してやるー!』か?
笑えてきた。誰か警察を呼んでくれ……。
ガンッ!! ガンッ!! ガゴンッ!!
俺は風呂場へ逃げ込んだ。袋小路だ。
次はなんだ? ナイフか? 包丁か? あるいは……『バールのようなもの』か?
「ぅうごあァーーーーヴぁッ!!!」
べキッ!! ドゴッ!!
人間とは思えない叫び声と、耳が痛い騒音が続く。
今夜は眠れそうにない。
バキッ!!!
何かが割れる音がした。
眠れそうにない?
ガゴンッ!! べキベキベキ……。
玄関のドア枠はアルミだったか? と、しょうもない事を考えた。
永遠の眠りにつけるかもな。
おわり
あとがき
読んでいただきありがとうございます。
この後、主人公が反撃に出るのですが、面白くないのでカットしました。
実はこれ、筆者の実体験と、映画『激突!』をミックスしたものです。あれが究極のあおり運転ですね(?) あの映画は、トラックドライバーの顔を映さないのが不気味で良いです。
[ 初投稿日時 2021/10/10 ]