紅きマナリアのイレギュラー   作:ハツガツオ

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第零話 目覚め

 轟々と燃えさかる大地に、二つの影があった。

 一つは白銀の鎧を纏った男。

 もう一つは紅い鎧を纏った男である。

 炎が取り囲む中、彼らは互いの得物を手にして向き合っていた。 

 本来ならばこの様な状況など訪れることはなかった。何故ならば――彼らは親友であるから。技量を高め合う好敵手心であるから。信頼出来る仲間であるから。

 そうである――はずだった。

 炎に映し出される光景がそれを否定していた。 

 塵のように積み上げられた夥しい死体の山。むせ返るような臭気を放ちながら広がる血溜まり。倒れた者達の無念を象徴するように地面へと突き刺さる数多の武器。

 文字通りの地獄がそこには広がっていた。

 この光景を生み出したのは後者――紅い鎧の男。

 その身に纏っているのは軽装化された真紅の鎧。風に吹かれるのは腰まで伸びた鮮やかな金髪。手に握るは男を英雄たらしめる一振りの剣。

 しかし目の前の男の姿は、自身の記憶とはかけ離れたものだった。

 身体から滲み出る魔力は怖気が走る悪意を孕んでいた。靡く金髪は人の血で汚れていた。その手に持つ剣が宿す光は妖しさと禍々しさを帯びていた。

 一体何故こんなことを――。彼はそう叫びたかった。問いただしたかった。

 目指す理想は同じであったはずなのに。描いていたのは懐かしい未来であったはずなのに。どうして――――。

 だが、目の前の男は何も答えない。否、それが答えであるかのように屍の頂きに佇んでいた。

 最早男に正気というものは無かった。

 目に映るもの全てを鏖殺せんとする衝動に支配されていた。生あるものを悉く滅ぼすことが己の存在意義だと何かが囁いていた。そして、"今の自分"こそが本来あるべき姿なのだと理解していた。

 男は(わら)う。"破壊"こそが己の存在理由であると。

 男は(わら)う。"破壊"こそが己が悦に浸る行為であると。

 

 そこにはもう自分の知る彼はいない。相対するのは唯一人の敵。

 

 かつて友と呼んだ男の瞳は、紅に染まっていた――――。

 

   ◇    ◇    ◇    ◇

 

 鬱蒼と生い茂った樹木によって構成されている天然の迷宮、樹海。

 人里から遠く離れていることから人の手がほとんど入っておらず、魔物も生息していることから危険な場所となってる。

 何の知識も無い人間が足を踏み入れたが最後、出口を見失って樹木の栄養となるか魔物達の餌となるかのどちらかであるのは想像に難くない。

 そのような、大凡人が入り込むべきではない此処の一角にその小隊はいた。 

 

「ここが件の場所か……」

 

 そう低い声で言ったのは地図を手に持った男だった。フルフェイスタイプの兜と鎧を身に纏い、腰には自らの得物である一振りの剣を携えていた。

 如何にも物々しい格好にも思えるが、それはその男だけに限らなかった。男と共に居る者達全員が同じように鎧に身を包み、腰から剣を下げていた。

 彼らはこの国――マナリア王国を守る騎士団の者達であった。故にそのような格好であるのも得心がいく。

 

「はい。報告書通りならば恐らく……」

 

 男の言葉に一人の騎士が反応した。男ほどではないが男性特有の低さと若干の若さを含んだ声が兜の中から発された。

「ふむ」騎士の言葉に男は頷くかのように返した後、地図から目の前の建造物へと視線を移す。

 視線の先に映ったのは、一つの大きな建物。人が住むようなものではなく、施設を思わせる大規模な造り。壁には亀裂が走り、風で辿り着いたであろう種子が表面に根を張っていた。出来たばかりの鮮やかさを感じさせない、古びて色褪せたという表現が相応しい文字通りの廃墟だった。

 

「しかし騎士団長、この建物は何なのでしょうか……?」

「分からん。劣化具合からしてここ数年の内に建てられたものではないのは明白だ。……内部が相当に危険であるということもな」

 

 男――騎士団長は苦々しげに呟く。

 事の発端となったのは一週間ほど前の出来事だった。

 この樹海に生息している魔物達の動きが最近活発化しているという情報が騎士団に入ったことから、騎士を8名ほど派遣して調査を行わせていた。そしてその調査の際、今騎士団長達が目にしている廃墟をこの樹海の奥深くで発見したのだった。

 人の入り込まないこの樹海、それも最深部とも言えるこの場所に人工の建造物がある――。そのことに違和感を覚えた彼らは、この廃墟の調査へと移ることにした。

 そうして彼らが調査を行った結果――失敗に終わった。廃墟への侵入を試みた6名が死亡、又は重傷を負った。

 入り口で警戒を行っていた残りの2名によって直ぐさま治療室に運び込まれたものの、話を聞けるような状態ではないために詳細は不明のままだった。

 前に何者かが何らかの目的で使用していたのか。それとも、大昔の遺跡か何かか――。

 いずれにせよ、魔物の件も含めて調査するしかないだろう。そう考え、騎士団長達はここへとやって来たのだった。

 

「総員、準備が出来次第この建物へと突入する。いいな?」

「はっ!」

 

 騎士達が一糸乱れぬ動きで敬礼を返し、乗ってきた馬車から荷物を取り出し各々の作業へと取りかかる。

 その最中、先ほどの騎士が騎士団長へと声を掛けた。

 

「その、騎士団長。一つよろしいでしょうか?」

「ミランか。構わん」

 

「何だ?」騎士団長の問いにミランと呼ばれた騎士は言う。

 

「何故今回の任務に騎士団長自らが参加されたのですか? 確かに犠牲者は出ていますし場所が場所とはいえど、騎士団長が態々出られるほどでは……」

 

 恐る恐るといった風に言葉が述べられる。規律を重視する厳格な人物、というのが彼の中での騎士団長の印象だった。

 通常ならば王宮警備の取り締まりを行っているはずであるのに何故今回の任務に参加したのかが彼にとっては不思議であったのだ。

 ミランの問いに対し騎士団長は答えた。

 

「部下である貴様達にこれ以上犠牲者が出ては困るからだ。他に理由があるのか?」

 

 そう返してから騎士団長もまた準備へと取りかかるのであった。

 

    ◇    ◇    ◇    ◇

 

 それから数刻後、騎士団長と騎士達は建物の中へと入った。

 

「どのような仕掛けがあるか分からない。各員、警戒を怠るな」

 

 騎士団長から飛ばされた指示に騎士達は頷き、慎重に進み始める。

 やはりというべきか内部の老朽化もかなり進行していた。

 壁にはこの施設の象徴のようなものが描かれていたようだが年月の経過によってほとんど読み取れないほどに薄くなっていた。表面は風化によって出来たであろう傷跡が奔っており、酷い場合では骨組みが剥き出しとなっていた。

 天井にまで張り巡らされた配管には茶色い鉄錆が浮いており腐食が進んだものは途中から折れてしまっていた。一部の天井は崩落してしまって幾つかの通路を塞いでいた。

 崩落した天井から幾筋の陽光が差し込んで室内を僅かに照らしていた。だが、それでも見通しは決して良いとは言えなかった。

 進みながら彼らは感じていた。

――此処は異質だ、と。

 内部の造りは勿論のこと、彼らが通ってきた場所にはいずれも用途不明の装置が遺棄されていた。

 何かの仕掛けだろうか? そう怪しんだものの、どれもが長い年月の経過によってか機能を停止していた。連動する仕掛けも周囲には無く唯の設備の一部のようだった。

 広い通路の道すがらにガラクタが転がっているだけ。それが返ってこの廃墟の薄気味悪さを抱かせていた。 

 やがて進んだところで、彼らは一際大きな部屋へと辿り着いた。

 その部屋もこれまでに通過した場所同様酷く荒れ果てていた。だが他とは違い、その部屋には割れたカプセルの存在が目を引いた。

 それも、人一人が入れるような大きさのものが幾つも。周辺や壁際には装置が配置されておりカプセルとの接続されていた。

 騎士団長は装置の一つへと近づく。

 

――これは……計器装置か?

 

 装置には恐らくカプセルの状態を示すであろうメーターが表示されていた。

 騎士団長は特別機械に詳しいわけではない。しかし、これに似たようなものを騎空挺の中で見た覚えがあった。

 装置はやはり錆が浸食しており機能していなかった。他の装置も同様だった。

 装置の次はカプセルを確認した。部屋のカプセルは全て割れているかもしくは亀裂が入っている状態だった。

 カプセルは内部を満たしていたであろう液によってかガラスが変色していた。割れたもの幾つかには、液の残滓らしき沈殿物が砂のようにこびりついていた。

 試しに鎧越し指で触れると塵となって風化してしまった。

 騎士の一人が呟いた。

 

「騎士団長。この廃墟は……」

「分からん。だが、可能性があるとすれば……」

 

 ここは大昔の研究施設だったのかもしれん。騎士団長はそう答えた。

 五百年程前、この地がまだ"マナリア"と呼称されていなかった時代には大きな戦乱があった。それも空の世界の覇権を争ったと言われる"覇空戦争"があったとされる頃とそう離れていない時にだ。

 戦乱にせよ覇空戦争にせよ、兵器や武器の研究及び開発が行われていたとしても何ら不思議ではない。――例えそこに倫理に反する非道なものが含まれていたとしても。

 部屋に存在する幾つものカプセル。大人一人が入れるサイズのものから導かれるのは――生物兵器の類い。

 星の民が空の世界の概念や生物を"星晶獣"に改造して行使したように、空の民がそれに対抗しうる為のソレを生み出していた。あるいは人間や魔物を素体に人工の合成生物のようなものを生み出して戦乱の兵力として用いた。

 そのような線は十分に考えられる。

 当時運用されていた施設が風化しながらも今の時代にまで遺り続けた結果、後年に生えた樹木によって樹海が生み出され奥深くに居座る形となった。

 この廃墟の老朽化具合、そして場所にそぐわない設備を考えるならば間違っていないだろう。

 

「……だとしたら相当胸の悪い話ですね」

 

 ミランが吐き捨てるように呟いた。もしそれが当たっているのであれば、この廃墟には生命の冒涜の限りが詰め込まれているのだから。

 だが同時に部下にあれだけの被害が出るのも頷けた。先遣隊の被害からしてこの廃墟に何らかのプロテクトが施されているのは騎士団長も予想していた。

 仮にここが研究施設であったとすれば、侵入者を排除するための仕掛けが施されているのは当然の事。外部の人間による研究内容の持ち出しを防ぐ為に何もしていないなど考えられない。

 当時の情勢も含めるとなると、危険度は相当高いとものと見ていいだろう。

 

……いや、待て。

 

 だが、そうなると一つの疑問が浮かび上がる。何故これまでに罠の一つとも遭遇しなかったのか、という点だ。 

 崩落によって道が塞がれていた以外には道中を阻むものは特には無かった。崩落自体も人的ではなく自然によるものだと考えていた。

 道中の装置にしても装置を囮にした罠も無ければ、魔法発動の基点となるようなものも見当たらなかった。

 そう――まるで侵入者を迎え入れるかのように、だ。

 先遣隊が罠を解除していたとしてもこうも何事も起こらずに来られるものだろうか? 年月の経過による不発を考慮したとしても、ほぼ永続的な維持が可能な魔法を使用したものすら無いのはおかしくはないだろうか?

 誘導された……? そう考えて騎士団長は部屋の中を見回す。

 視界には変わらず荒れ果てた部屋模様と室内を調査する部下達の姿。そして、奥へと繋がる通路が映った。

 崩落が仕掛けによるものだったとしても態々奥に繋がる場所へと誘導するものか? 追い込むのなら行き止まりの部屋や通路を利用するのが定石では?

 それとも――――。

 

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 その問いに答えるかの様に地面が光を放った。

 

「何だ!?」

 

 騎士達が一斉に反応する。足下には床一面を覆い尽くす程の幾何学模様の陣が拡大して浮かび上がっていた。

 床だけではない。大小様々な大きさの陣が壁や空中と至る所に浮かんでおり、暗然たる室内の光源となって照らしていた。

 

「これは……!?」

 

 直後に小さな揺れが彼らを襲う。それは何かの始まりを示す胎動のような余震であった。

 何人かの騎士達が直感的に背後を振り向いた。その目に映ったのは、先へと続く通路が地面からせり上がった岩石の扉によって塞がれていく様だった。

 前を向いていた者達の瞳にも同じ光景が映されていた。自分達が通って来た道がたった今、名も姿も知らぬ門番によって閉ざされていくのを。自分達の帰る道が永劫封鎖されていくのを。

 自分達をここに来させるのが目的では、という騎士団長の読みは確かに当たっていたのだ。罠の一つも仕掛けられていないのは意図的なものであり、この部屋へとおびき寄せるためだった。

 油断を誘う造りで内へと誘い、時間差で発動するトラップで絶望の淵へと追いやる。それにより、侵入者という恥知らずは極上の餌へと変わるのだ。

 地面から現われた扉によって外部からの接続が断たれたこの部屋は一種の隔離空間となった。それは同時に、誰にも邪魔されることの無い絶好の狩り場となったことをも意味する。

 騎士達は自分達の知り得ぬ間に獣の住む檻へと放りこまれたのだった。

 獲物となるのはこの廃墟に侵入した騎士達。そして彼らを狩る側である獣となるのは――

 

「グルゥウウアアアアアウッ!!」

 

 魔法陣から呼び出される夥しい数の魔物達だった。

 

「全員剣を構えろ! 数名は扉の破壊に、残りは私と共に魔物の討伐に注力せよ!!」

 

 騎士団長の指示に騎士達は一斉に剣を抜き、魔物達と交戦する。魔物達が束となって彼らへと襲いかかった。

 室内には破砕音が響き渡る。鉄と鉄とがぶつかり合い残響となる。撃ち出される魔法が弾丸となって騎士達を鋭く照らす。

 繰り出される攻撃の数々を騎士達は躱し、打ち払い、斬り捨てた。彼らの振るう剣が魔物達の命を刈り取り断末魔が部屋の中に木霊する。

 数としては圧倒的に騎士達の方が不利であるのは明白だった。だが、彼らとて騎士団にいるのは飾りでもなければ伊達でもない。厳しい訓練をこなし数々の任務を経て今の自分がいるのだ。

 例え多勢に無勢であったとしても易々とやられるつもりなど毛頭ない。

 このまま押し切ってみせる。この場の全員がそう思いながら魔物達を討ち倒していく。

 確かにこのままなら騎士達が劣勢を跳ね返すのは現実となっただろう。

――そう。

 相手が並みの魔物であったのなら。

 

「がぁっ!」

「くっ、コイツら゛ッ!!」

 

 室内に木霊していた魔物達の断末魔、そこに今度は騎士達のものが加わり始めた。

 騎士達が魔物達を押していたのは然りだ。それは疑いも無く本当のことだった。

 だが、相手は彼らの知る魔物よりも遙かに強い力を持っていた。故に序盤の奮闘によって得られた攻勢は早くも崩れ去った。

 魔物達の強さだけではない。騎士達が戦っている場所も攻勢の転覆に一役働いていた。

 騎士達が戦っているこの部屋にはカプセルという遮蔽物が鎮座していた。剣を振るう上で邪魔でしかなく、視界すらも塞ぐ厄介な代物でしかない。

 それだけなら魔物達も同じ条件に思えた。種族が違うとはいえ人間と同じように自らの身体を使い、武器を使うものがいるからだ。

 だが、種が違えばその規範に当てはまらないのもまた道理。遮蔽物を意に介さない魔物も当然ながら存在する。

 ガーゴイルのように翼によって制空権を得た魔物からすれば陸上の魔物ほどカプセルは邪魔な存在にはならなかった。むしろカプセルという障害物を活かし死角からの急襲を仕掛けられることから利点にすらなり得た。

 エレメンタルのような存在も同様だった。奴らは六大元素の力を宿した存在であるが故に魔法による攻撃が主となる。身動きの取れぬ相手を魔法で狙うことなど容易いことだった。

 そういった一部の魔物からの攻撃を受けて隙が出来たところに他の魔物による攻撃が叩き込まれる。いくら研鑽された実力があろうとひとたまりも無いのは明白だ。

 

「チィッ……!!」

 

 舌打ちをしながら騎士団長は迫り来る魔物を斬り捨てていく。

 今すぐこの部屋を脱出しなければ――! 騎士団長の中を焦燥が支配していく。

 

「扉の破壊はまだか!?」 

「あともう少しです!!」

 

「くっ……」あともう少し。普段ならそれがどれだけ短い時間であっただろうか。だが、今は違う。こうしている間にも部下の騎士達は一人二人と死に行く。騎士団長の目にもそれが嫌でも映る。

 ギリッと奥歯を噛みしめながら魔力を纏わせた剣を魔物へ振るう。少しでも多く時間を稼がねば、そして部下の無念を果たさねば。その思いで。

 だが、それはあえなく防がれた。獣の頭と人の体躯を持った魔物――ミノタウロスによって。

 騎士団長の剣が纏っていた魔力、そして剣と斧とがぶつかり合って生じた金属同士の摩擦によって火花が散る。人よりも遙かに大きな身体の上から獣特有の横長の瞳がギョロリと騎士団長を見下ろす。

 

無礼(なめ)るなァッ!!」 

 

 腹の底からの叫びと共に剣に纏わせた魔力が強い輝きを放出し、ミノタウロスを斧ごと斬り捨てた。

――魔法剣。自らの剣に魔法を纏わせることで通常よりも威力を向上させる技能。騎士団長は剣に纏わせていた土属性の魔法へより多くの魔力を注ぎ込むことで出力を上げ、ミノタウロスを武器諸共強引に切り伏せたのだ。

 

「騎士団長! 扉の破壊に成功しました!」

「よし! 全員奥へと進め! 殿は私が努める!」

 

 そう言って騎士団長は騎士達を先に向かわせる。獲物を逃すまいと魔物達が追撃しようとするも、騎士団長の魔法剣によってそれが阻まれる。

 最後の一人が進んだのを確認した後、騎士団長は通路へと飛び込む。そして魔物達が入ろうとした直前に地面へと魔法剣を叩き付ける。

 舞い上がった砂塵と瓦礫が魔物達の視界塞いで混乱を招いた。突然の出来事に対応できず魔物達は咳き込む。

 多少の時間稼ぎにしかならんだろうがな……! この隙に騎士団長は通路の奥へと駆けていく。その最中、騎士団長は召喚された魔物達について考えた。

 恐らく、あの魔物達はこの施設で実験に使われていたのだろう。通常の魔物よりも遙かに強い力がその裏付けと言えた。

 実験による成果か、それともこの罠の為だけに作り出されたのか。

 いずれにせよ、私のミスであることに変わりない。そう胸中で呟いた。自分がもっと早く気づいていれば部下達が死ぬことは無かったのだと悔いながら。

 そうして走り続けると奥へと辿り着いた。

 

「ここは……?」

 

 そこは先ほど居た場所と同程度の広々とした部屋。室内の荒れ果て模様や構造は大差無く、異なる部分とすれば幾つもあったガラスの筒が一切見当たらないことだった。

 室内に目をやっていると先に辿り着いていたミラン達数名が彼の元へとやって来た。

 

「騎士団長、ご無事でしたか!」

「ああ、何とかな。それよりこの部屋は……」

「恐らく最奥部ではないかと思われます。ですが、通路は先ほど通ってきた場所のみ。他へと続く経路は一切見当たりません」

「行き止まりということか……」

 

 くっと歯を噛みしめた。何ということだ。このままでは……。

 

「それと、部屋にはあのようなものが……」

 

 そう云って騎士が部屋の奥へと目をやる。兜によって表情こそ見えないものの、その声色には何処か当惑のようなものが感じられた。

「ん……?」騎士団長も同じ所へと目をやった。視線の先に映ったのは陽光に照らされた、何やら一際大きな鉄の塊の様な物体だった。

 気になった騎士団長はソレの元へと足を運んだ。

 そして、目を見開いた。

 

「なっ……!?」

 

 其処にあったのは、一つのカプセル。

 先ほどの部屋にあったソレらとは違って一切が金属であり、地面へと寝かせるように据えられていた。先のものと同じように周辺には端末のような装置が埋設され、そこから延びた無数のケーブルがカプセルへと接続されていた。

 だが、その装置達は生きていたのだ。それまでに見たものと違い、明確に動作を続けていた。

 駆動音こそほとんど無いもののランプと思わしき部品は薄らと光を灯していた。――何百年も経った、今、この時も。これらの機械は絶えず動き続けていたのだ。外部からのエネルギー供給手段もないこの環境下で。 

 驚愕しながら今度はカプセルへと視線を落とす。風化に蝕まれ赤褐色の浸食が端々にあったものの、形状を損なうほどの大きな劣化というものはほとんど見られなかった。

 長い年月に晒されながらも動きを止めなかった装置に、それに繋がれたこの物体。

 これは一体何なのだろうか?

 ふとカプセルの中心部を見る。薄らと積もった埃がカプセルの表面を覆っていた。その下からは丸みを帯びた形状が見え隠れしていた。

 騎士団長は手で埃を拭う。すると、全容が光の下に露わとなった。

 

0(ゼロ)……?」

 

 正でも負でもない唯"無"を意味する基数。始まりと終わりを示す符号が所々掠れた状態で、墓標へと刻まれる埋葬者の名前のように紋章(エンブレム)として記されていた。

 このカプセルを構成する要素の一つを示す記号か。研究施設だったであろうこの廃墟において重要なものを示す番号か。将又、何かの基準となる数字か。

 不明瞭な問題に対する解答への思考が騎士団長達の脳のリソースを埋め尽くしていた。

 だが、彼らの意識は現実へと引き戻される。――数多の地面を踏む音によって。

 反射的に振り返ればこの部屋へと侵攻してくる魔物達の姿が映った。

 

「くっ……!」

「奴らめ、もう来たのか――!?」

 

 騎士団長の言葉は続かなかった。魔物達の姿に息を呑んだからだ。それは彼だけでなく部下の騎士達も同様であった。

 魔物達は血に塗れていたのだ。明らかに騎士達のものではないそれに。武器に、そして身体へと。真新しい鮮血で汚れていた。

 先ほどの撹乱によって同族へと攻撃を仕掛ける事態にまで発展していた。魔物が浴びた血はそれによるものだった。

 鉄分を含んだ生臭さが部屋へと漂い騎士達の鼻腔を突き刺した。

 

「何なんだ、コイツらは……」

 

 その異様な光景に騎士達は思わず後ずさった。

 対する魔物達は自身が血に塗れていようと気にも留めていなかった。殺めたのが例え同族であったとしても何も感じてすらいなかった。

 魔物の世界は弱肉強食が常。弱いものから先に死んでいき強いものが生き残る。

 それはどの魔物とて同じ摂理。

 同族が死んだことで一々気にするのは心というものを有した人間という種族だけなのだろう。

 魔物達にとって人間のそのような理屈など一切関係ない。

 あるのは極めて原始的な欲求――獲物を喰らい尽くし命を奪い取ることのみ。

 それが根底に植え付けられた使命によるものか。研究によって暴き出された本能によるものか。それとも僅かにあった知性というものが排除された結果なのか。最早それは本人ですら分からなかった。

 常軌を逸した異質さが場を包み込んだ。

 炎を宿した体毛の狼――パイロウルフが血走った目で騎士達を睨む。通常種よりも一回り以上大きい体躯から発せられる唸り声は地獄の番犬のような恐ろしさを含んでいた。口から吐き出される火の粉が頬の横へと燃え広がっていた。

 顔が斧と化した怪鳥であるハチェットバードは今にも獲物を斬殺したそうに顔を前後に揺らしていた。処刑人を思わせるような戦斧には同士討ちによる血がべっとりと付いていた。

 スケルトンはカタカタと髑髏を揺らしていた。肉だけが削ぎ落とされ開け広げとなった骨に上から被せた鎧同士が擦れ合って一種の笑い声として成立していた。それは面白おかしいものではない。生きる者をせせら笑い聞く者の精神を病ませる嘲りだ。

 そして集団の中から大きな体躯が一つ、ぬっと現われた。獅子と山羊の双頭を有し尾には蛇を従えた獣――キマイラ。獅子とも山羊とも取れぬ混ざり合った身体は並みの魔物を上回る体躯であり、それは通常の個体をも遙かに凌駕していた。

 獅子の口から除く犬歯は刃物を連想させる鋭さを持っていた。山羊の頭に備わる二対の角は先に分かれ相手を打ちのめす事に特化していた。尾に寄生する大蛇の牙からは毒液が分泌され垂れた地面を溶かしていた。

 騎士達は即座に感じ取った。奴は違うと。明らかに他の奴より上位存在であると。

 集団の前に姿を現した三つ頭の獣は足を止め、大きく息を吸い込む。

 そして、咆吼した。

 

「グヴゥウウルアアアアウウウウ――――!!」

 

 狩りの再開だと告げんばかりに。

 それを皮切りに魔物達は一斉に襲いかかった。

 

「う、ウオオオオオオオオッ!!」

 

 騎士達もこれに応戦した。自らの剣を抜いて。

 だがその叫び声は震えていた。まるで自分を奮い立たせるかのようなものが含まれていた。こみ上げた恐怖を覆い隠すための感情が内在していた。かろうじて保たれている自己を無理矢理つなぎ止めるために。

 目の前で仲間を失ったこと。廃墟から脱出する術が見つかっていないこと。追い打ちを掛けるように目の当たりにした魔物達の異常性。それらが彼らをここまで追い詰めた。

 敵に臆した剣をいくら振りかざしたところでどうにかなるはずもないのは自明の事実。

 騎士である筈の彼らは為す術無く蹂躙されていくしかなかった。

 

「クソッ!!」

 

 悪態をつきながらも騎士団長は剣を振るう。だが彼の剣術からも普段の鋭さは失われていた。纏っている魔法の強さも数段落ちていた。

 先の戦闘による疲労もさることながら、焦りからくる精神的な動揺が剣戟へと現われてしまっていた。

 故に魔物の一体も倒すことが出来ず、無秩序に繰り出される攻撃を只管捌くことしか出来なかった。

 

「がっ!」

 

 その最中、彼の近くで戦っていたミランが魔物に斬られた。宙に血飛沫を舞わせながら倒れるの姿が騎士団長の目に映った。

 

「ミラン! くっ、邪魔をするな!!」

 

 自身の前に立ちはだかった魔物を斬り捨て、急いでミランの元へと向かった。

 

「しっかりしろミラン!」

「騎士、団長……」

 

 ミランが弱々しい声で返した。頑強であるはずの鎧の上より肩から脇に掛けて傷口が横断していた。血の量も少なくなくを見る見る内に広がっていく。

 今すぐ手当をしなければ――! 

 だが、此処は戦場。敵が待ってくれるはずもない。

 他者を気に掛けることは美徳だが、この場合は隙を生むことと同義だ。

 ミランに気を取られている騎士団長へとキマイラが咆吼と共に駆使した岩石の弾丸が来襲していた。

 しまっ――。気づいた時には既に遅かった。防御する暇も無く真面に喰らった。

 

「ぐあっ!!」 

 

 岩石の弾丸に吹き飛ばされ装置へとぶつかった。衝突によって装置は大きくひしゃげて破損し、一部からは電流が迸った。――それによって誤作動を起こしたのかカプセルが斜めに起き上がった。

「く、ぅう……」呻き声を上げながら身体を起こす。

 その瞬間身体に鈍い痛みが走る。どうやら今の攻撃で身体を痛めたらしかった。肋骨も折れているのかあばら部分に焼けるような激痛を感じた。

 しかし今はそんなことなど気にする余裕など無かった。すぐに剣を取ろうと右手を動かす。が、何も掴まなかった。装置とぶつかった際に剣は彼の元から離れてしまっていたのだ。

 あったのは僅か数メートル先。

 取りに行こうと思えばすぐの距離――からは数多の魔物が迫っていた。

 それを目で捉えた瞬間、剣を取ろうとした筈の手は既に下りていた。

 理解したくなかった。だが、理解してしまった。最早自分達に"死"以外の未来など残されていないのだということを。

 

「こんな、馬鹿な……」

 

 怪我を負っていなければ剣を取りに突っ込むことさえも辞さなかっただろう。

 精神的な動揺も無ければ焦ること無く戦えたのだろう。

 自分が罠に気づいていれば部下達は死ななかったのだろう。

――全ては後の祭りだった。

 どうしようも無いのだと悟った。覆しようのない現実なのだと感じ取った。自分は死ぬのだと。残った部下達も殺されるのだと。 

 諦めるしか道は無かった。

 

――ふざけるな!!

 

 諦めようとする自分に渇を入れた。何も掴んでいない手に力が籠もった。

 自分が諦めれば残った部下達はどうなる? 瀕死の重傷を負って倒れているミランはどうなる? 彼らを見殺しにしろと? ――そんなこと誰が出来るものか。

 だが、今の自分に何が出来るというのだ。武器を振るうことも出来ない、どころか取りに行くことすら止めた自分に。

 逡巡している間にも魔物達はゆっくりと距離を詰めていた。

 諦めたくなかった。だが、諦めることしか道は提示されていなかった。

 希望など無かった。既に運命は決していた。

 無慈悲な事実を前に騎士団長の心が屈しようとする。

 

――どうすることも、出来ないというのか……!!

 

 とうとう諦めようとしたその時――――鈍い音が木霊した。

 

「――――!?」

 

 今の音は何だ。騎士団長は辺りを見回した。新手の魔物が出現したか。それとも何か別の罠でも作動したのか。

 しかし部屋には何の変化も起こっていなかった。

 ふと見れば視界に映る多くの魔物達が足を止めていた。自分と同じく判然としない音を聞いたように。正体不明の何かを警戒するように。抵抗していた騎士達も自分と同じように虚を突かれたようだった。

 たった一つの正体不明の物音がこの場に居た者全ての意識を引きつけたのだ。

 訪れた数秒の静寂の後――再び鈍い音が響いた。先ほどよりも大きく。より鮮明に。硬質の物に何かがぶつかる音が。――すぐ側から。

 騎士団長は音の発生源へと反射的に振り向いた。目に映ったのは――紋章(エンブレム)の描かれた蓋の歪んだカプセルだった。

 

――まさか!? 

 

 騎士団長の顔に驚愕の色が浮かんだ。

 そんなことがあり得るというのか。いくら装置が起動し続けていたとはいえ数百年も経過した今、この場で。

 カプセルから何かが目覚めようとしている――――!?

 三度目の衝突音が響き渡り――カプセルの蓋がこじ開けられた。

 吹き飛んだ蓋からは腕が突き出ていた。何かを掴むかのように空へと向けられていた。

 やがて腕は下ろされ――――"ソレ"は姿を現した。

 

 過去の遺物から現われたのは人型の影だった。

 

 男性とも女性とも取れるような端正な顔立ち。

 

 燃えさかる炎のように。されど血のように真紅の装束。

 

 そして何より目を引きつけるのは腰までかかる鮮やかな金髪。

 

「これ、は……」 

 

 騎士団長は言葉を失う。

 奴は一体何者なのか。自分達は何を目覚めさせてしまったのか。

 人なのか。兵器なのか。

 善か。それとも、悪か。

 

 答えの出ない問いに対し言葉が堂々巡りを起こす。

 

 人間と魔物――この部屋の者全てが"ソレ"に釘付けとなっていた。 

 

 光に反射して輝く金髪を揺らしながら"ソレ"はゆっくりと顔を上げる。

 

 そして――眼を開いた。




Q.こんなのリメイクじゃないわ! ただの新作よ!
A.だったら書けばいいだろ!!

 初めての方は初めまして。それ以外の方は『紅いイレギュラーハンターを目指して』のお知らせより飛んできた方とお見受けします。ハツガツオです。
 プロットの修正に取り組んだものの、設定過多及び書きたいものとかけ離れてしまったことで未完となった拙作ですが、リメイク(どちらかというとリライト?)という形でゼロ(ロックマン)とマナリアのクロスオーバー超ごった煮小説再始動と相成りました。どうしても諦めきれなかったのでどうかお許しを。
 ただし本作はプロットの魔修正による大半の設定変更によって前作とは内容が大分違うのでご注意を。尚直近に新しく登場した光属性の某キャラによって折角の魔修正プロットの一部が爆発四散した模様。おかげで現在そちらの部分を半泣きで練り直しの最中。
 後書きは前と同様、人物紹介や用語および元ネタ等の説明をしていく欄となります。
 
《人物紹介》

・騎士団長
某護衛騎士のフェイトエピソード1で出てきた人。出番はそこだけな上に立ち絵は他のキャラの使い回しだったっぽいので大半の人が覚えていない。次話あたりで個人名を設定するかもしれない。性格のイメージとしては人情に厚いシグマ隊長。

・ミラン
今回の調査に同行した騎士の一人。何処かのレジスタンスのメンバーと同じ名前と外見だが何の繋がりも無いし死んでいない。

・????
話の終盤に登場した金髪の人物。忘却された感じの研究施設らしき廃墟でどこぞのワ○リーが作ったような怪しげなカプセルで眠っていた。セリフ/zero。それはまぎれもなくやつさ。


《元ネタ解説》

・騎士団長自らが?
元ネタはロックマンX4のゼロ編『赤いイレギュラー』におけるモブハンターのセリフ「隊長自らが?」。作中ではイレギュラーハンターの隊長であるシグマの実力を思わせるセリフであったのだが、何をどうトチ狂ったのかとある笑顔動画の投稿主によってマジモンのイレギュラーMAD素材にされてしまった。今作では正しい意味で使われている。(ココ重要)

投稿ペースと文字数の関係から今回試験的に前回のあらすじを加えましたが、次話以降もあった方がいいでしょうか? ちなみに投稿ペースは月1~2話の更新を目標としています。

  • あった方がいい
  • 特に必要ない

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