紅きマナリアのイレギュラー   作:ハツガツオ

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《前回までのあらすじ》

樹海深部の研究所へと調査にやって来た騎士団長達。だが仕掛けられていた罠によって魔物が召喚され、それを退けようとするも追い詰められてしまった。為す術無しと思われたその時、眠りについていた者が目覚めたのだった。



第壱話 イレギュラー

 悠久の時から"ソレ"は目覚めた。

 この場の全員がその存在へと目を注いでいた。人間も魔物も、先ほどまで争っていた彼らは一斉に手を止め停戦状態へと至っていた。

 信じられないものを見るように。闖入者たる存在を警戒するように。誰もが"ソレ"へと驚愕と猜疑心の混ざった視線を向けていた。

 "ソレ"は人の姿をしていた。永い眠りについていたとは思えないほどに若々しい外見だった。腰まで伸ばされた黄金の髪は光に反射して鮮やかに輝いていた。中性的な顔立ちは男性とも女性とも受け取れる要因となっていた。全身は赤色と黒色の装束に包まれ、腕や足には自分達とは形状が異なる軽装化された鎧を身につけていた。出立からして彼の者は戦士のようだった。

 戦士と思わしき人物は、自身が永き眠りを共にした鉄棺の前に佇んでいた。寝覚めの言葉を口にすることも、時代の変遷に眼を屡叩(しばたた)くこともせず。唯、静かに。――人間、だと……? 騎士団長が小さく呟いた。

 外見は人と何ら変わりない、どころか人そのものだ。大きくかけ離れた異形でもなければ、あの魔物達のように狂気に身を浸している様子もなかった。外見は紛れもない人そのものだ、と。

 だが、"ソレ"は人とは思えない存在感を放っていた。

 それは、『無』だ。

 端正な顔立ちに並んだ眼には一切の光が宿っていなかった。見る者全てを奈落へと引きずり込もうとする黒さを持っていた。暗く、深く――。人間の眼には見られない無機質さ。歪な無垢さ。それは最早、土塊や機械から造られた人形(ゴーレム)のモノに等しい。

 否、それは眼だけに留まらない。未だ成長過程にあるであろうその身体が、どの元素にも当てはまらぬ魔力が――彼の者を構成している要素の何から何まで全てが、人とは程遠く感じられた。

 『人の形をした人でない存在』。そう形容するかのように。

 この者は一体――。騎士団長は戦士に視線を注いでいた。その先に映る戦士は一切の反応を示すこと無く、二つのがらんどうな瞳で虚空を見ていた。

 

「グルァアアアア!!」

 

 獣の声が静寂を切り裂いた。

 パイロウルフが発する咆吼だった。狩猟本能に忠実に従った炎狼は闖入者である戦士すらも見境無く獲物として定めた。鎧をも鋳溶かす焔を歯牙に宿し戦士へと疾駆する。

「逃げろ!」反射的に騎士団長が叫ぶ。だが自身へと脅威が迫っているにもかかわらず、戦士は動かなかった。避けるどころか防御する気配すらない。距離を詰めてくるパイロウルフを平然と眺めているだけだ。

 まさか状況が飲み込めていないのか……! そう判断した騎士団長は身を預けていた装置の残骸から身を起こそうとする。が、鈍い痛みが身体を襲ってそれを阻んだ。

 当人は他人事のように無反応だった。パイロウルフとの距離があと僅かとなってもそれは変わらない。パイロウルフが戦士の喉笛を狙って地面を蹴って跳んだ。

 そして到頭、戦士は行動を起こすこと無く、無抵抗のままに喉笛を噛み砕かれた。

 

「グァッ!?」

 

 呻き声が上がった。戦士のものではない。――獣の。驚きを伴ったものが。

 呻き声の主はパイロウルフだった。戦士の喉笛を噛み砕こうとした炎狼は、逆に自らの喉元を掴まれていたのだ。戦士が突き出した右手によって。

 そして、先ほどまで虚空を見ていた戦士の眼は、今はしっかりとパイロウルフを捉えていた。 

 予想だにしていなかった出来事にパイロウルフはどうにか抜け出そうと前脚の爪で戦士の腕部を引っ掻いた。だが爪が当たるのは戦士が身につけている腕甲だった。キィキィとか細い金属音だけが虚しく部屋に(こだま)するばかりだ。

 戦士の手が緩まる様子は無かった。どころか、徐々に力が加えられていった。喉が少しずつ押し潰されていくのがパイロウルフには感じ取れた。

 気道が圧迫されるパイロウルフは真面な呼吸が出来ずヒューヒューと風が吹くような音が漏れていた。骨にも圧がかかっていく鈍い音が体内より聞こえていた。それに比例して前脚の動きが弱まっていった。

 そして次の瞬間――。

 ごきり。硬い物を折る鈍い音が室内に響いた。 

 騎士団長は言葉を失った。戦士が躊躇いなくパイロウルフを殺した事に。先ほどまで活きよく動いていた炎狼の身体は力なく垂れ下がっていた。

 戦士は右手に持っているものを邪魔な荷物のように地面へと放り投げる。炎狼の身体は宙を舞って騎士団長の前へと落ちた。死体の眼は半開きで口からは舌がはみ出していた。生気は微塵にも感じられなかった。

 呆然としながら騎士団長は死体の生産者である戦士を見やる。そして、眼が合った。――瞬間、冷たいものが背中に走る。

 そこに表情の変化というものは一切無かった。何の感情も映されていなかった。まるで日常の出来事の一つであるかのように、あるいは割り当てられた作業を事務的に進めるかのように。生命の簒奪行為そのものに酷く慣れた所作だった。

 

「…………」

 

 騎士団長を一瞥すると、戦士の眼は直ちに魔物達へと向けられた。自分へと牙を向けた集団を数秒間見つめる。

 そして何を思ったのか。――あろうことか、魔物達の居る方面へと歩き始めたのだ。

「ま、待て!」騎士団長が声を張り上げた。「一体何をするつもりだ!? 奴らの元へ行くのは危険だ!」

 騎士団長は思わず制止する。つい先ほど恐怖に似た感情を抱いたにも関わらず。だが戦士が如何様な目的であの狂った者の集団へと一人で行こうとするのだとしても、自殺以外に他ならない。故に止めずにはいられなかった。

 だが戦士は何も答えない。振り向くこともしない。騎士団長の言葉など耳に入っていないかのように歩を進めていく。それ以外の事など眼中にないとでもいう風に。騎士団長の視線を背に受けながら戦士は歩き続ける。

 魔物達は戦士を次なる獲物へと定めた。飽いた風に騎士達から意識を変えた。そして、顔を醜悪に歪める。新しい玩具を与えられた子供のように純粋に嗤った。

 戦士が歩調を変えた。ゆったりとした歩みが急ぎ足となった。魔物達は臨戦態勢へと移る。蛮勇を示す愚か者を歓待して挙って武器を掲げる。

 それに応じて戦士の足並みが速まる。大地を踏みしめ風を切って進む動作へ移行する。

 戦士が加速する。そして、地を駆ける。

 紅と魔物が衝突する。 

 疾駆の勢いと共に戦士が拳打を放った。魔物の頭部を弾き、顔骨を鼻ごとひしゃげさせて血が噴出した。横にいた魔物へと次打を撃ち込み、身体を突き上げる。宙を浮いたところに片足で蹴りを放ち他の魔物諸共吹き飛ばした。

 当然ながら魔物とてやられるばかりではない。刃向かう戦士へと魔物が武器を持ち上げ振り下ろそうとする。だが戦士は颶風の如き素早さで懐へと潜り込み、肥えて出っ張った腹部を手で貫いた。

 戦士の背後から一体が急襲を仕掛ける。手に持った刃物をギラつかせながら斬りかかった。察知した戦士は直ぐさまその方向へと首を向ける。同時に、右手を振り抜いていた。顔面を掴み込み、地面へと叩き付けた。地面へとめり込みミシリという音が聞こえた。

 絶命を確認した戦士は次なる標的へと駆け出す。突進と共に胴体へ膝蹴りを打つ。痛みで(めし)いたところへと、続く連打が二発三発と繰り出される。

 それは文字通り暴力の嵐。戦士の躯体から放たれる拳打が、足蹴が、砲弾となって魔物達へと容赦無く見舞われる。"技"というものが不純物にすら感じる、膂力から精錬された純粋な攻撃が魔物達を淘汰していく。

 あまりの光景に騎士団長は言葉を口にすることが出来なかった。理性を捨て去った凶暴な魔物達を相手に、彼の戦士が武器も使わずこうも容易く倒していく様が到底信じられなかった。それこそ今自分は幻術か魔法による罠でこのような幻を見せられているのだ、と第三者に明かされた方がまだ信じられる位に。

 だがこれは紛れもない現実だった。身体に纏わり付く痛みがそれを裏付けていた。戦士は着実に魔物の数を減らしていく。

 状況は確実に戦士の方へと傾いている。そう思われた。だが――。 

 

「ギャオォォォォォォ!!」

 

 獣の咆吼が荒れた室内に轟いた。キマイラが自身の目の前に褐色の魔法陣を展開し、幾発の岩石を戦士に向けて発射した。

 不意の攻撃に戦士は反応出来ず、数メートル先の地面へと吹き飛ばされる。

 今の一撃により、戦士には決定的な隙が生じてしまった。傾いていた形勢は一気に魔物側へと移る。吹き飛ばされた戦士へと魔物達が一斉に群がった。

 身を起こす戦士へとスケルトン達の凶刃が降りかかった。直ぐに戦士は横へと跳ぶも、別個体の刃が降りかかる。突き、斬り、払い。首や心の臓、臓腑といった致命傷となり得る箇所を的確に狙って振るわれる。

 繰り出される鋭い斬撃を戦士は躱していく。しかし完全には躱しきれずに幾発かは鎧や装束を掠めて細い筋道を生み出していく。

 戦士は攻撃と攻撃の継ぎ目を狙って反撃を試みた。目の前の個体が剣を振り切った瞬間、戦士は拳を引き絞る。そして、拳打を放った。

 しかし攻撃は防がれてしまった。スケルトンが装備していた盾によって。戦士の攻撃は威力こそ十分なれど、直線的で単純な力任せなもの。それまで散々無闇矢鱈と繰り出していたが故に軌道を読まれてしまった。

 静止した剣士へと刀剣の柄が至近距離であてがわれる。戦士は再び地に身体を投げ出される。

 追い打ちのようにハチェットバードが現われる。戦士の体躯ほどある斧が処刑人の如く垂直に振り下ろされる。

 真横へと身体を回転させることで戦士は難を逃れる。二度、三度と続けて刃が落とされる。たまらず身体を反転させて後ろへと飛び退いた。――直後に一筋の光が戦士へと落ちた。反応した戦士は顔を咄嗟に右へと逸らす。先ほどまで頭部のあった位置を紫の光が通過し、地面へと着弾した。

 光の正体はガーゴイルが撃ち込んだ闇魔法によるものだった。地上の者では手の出せぬ領域よりガーゴイル達が続々と魔法を発動する。闇の元素が弾丸となって戦士目掛けて撃ち出される。

 殺到する弾丸を戦士は駆けながら回避していく。その際に肩や太ももを魔法が僅かに触れて通過していった。絶え間なく仕掛けられる攻撃を前に戦士は防戦一方へと陥った。

 マズい――! このままではやられるのは時間の問題だ。騎士団長はそう感じた。

 だが焦燥は現実となってしまう。

 逃げ回っていた戦士の身体をミノタウロスの斧が捉えた。刃での斬撃ではなく斧頭による殴打。戦士は間一髪間に腕甲を挟むことによって直撃を免れる。だが巨体から繰り出された一撃は凄まじく、戦士の身体を大きく吹き飛ばした。戦士の身体は水平に飛翔して地面へと叩き付けられた。

 その風景を眼窩に収めたガーゴイル達が一斉に魔法を行使し始める。目前に展開した陣から闇の魔力が溢れだし、塊を形成しながら天井へと浮かび上がる。そして塊は赤紫色の光を放ちながらその場に停滞していた。

 戦士は立ち上がる。そして――目にした。夜空を照らす星々の如く、天井を埋め尽くす光群を。

 ガーゴイル達が一斉に咆えた。光が豪雨となって降り注ぐ。躱す間も戦士は飲み込まれた。室内に轟音が鳴り響き、突風と共に砂塵が舞い上がった。

吹きすさぶ砂塵と突風に騎士団長は腕で顔を覆う。やがて轟音と風は収まった。部屋には朦々と砂煙が立ちこめていた。騎士団長は腕を下ろす。戦士の居た場所の周辺は大きく抉れていた。

 あの物量を浴びては助かるはずがなかった。仮に生きていたとしても瀕死だ。そう思った。戦士の末路を見ていた魔物達は嘲笑した。愚か者の死を軽薄な様子で侮辱した。

 じきに砂煙が晴れて黒い影が浮かび上がる。誰もが戦士の酷たらしい死体を想像していた。

 だがその予想は覆された。

 砂煙の中から戦士が姿を現した。――自らの足で大地に立って。 

 信じがたい光景に騎士団長はおろか魔物ですら目を見開く。戦士は生きていた。纏っている鎧から、装束から着弾の煙を上げて。両の腕で防御することで魔法の雨から身を凌いでいた。

 驚く彼らを余所に、戦士は防御していた腕をだらりと垂らす。顔は正面を向いておらず地面へと向いていた。――瀕死の状態であるのは誰の目から見ても明らかだった。

 魔物達は嘲笑う。そして、戦士の元へと殺到する。辛うじてつなぎ止めたその命を今度こそ奪い去るために。

 距離を詰めたスケルトンが剣を大きく掲げる。筋繊維の無い下顎が笑みを浮かべるように上がる。人道に背く行為を楽しむように嗤う。

 スケルトンが垂直に剣を振り下ろす。

――戦士の顔が僅かに上がる。そして、瞳がスケルトンを捉えた。

 

 次の瞬間、スケルトンの身体は宙を舞った。戦士は髑髏の眼窩から姿を消していた。振り下ろした剣は文字通り空を切っていた。――肩から先を千切り飛ばされる形で。

 

 スケルトンの髑髏に驚愕が満ちる。一体何が起こった。何故奴が消えている? 何故右腕が無くなっている――!? と。

 だが離れた場所にいる騎士団長は目撃していた。たった今起こった出来事を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 戦士は消えたのではなかった。スケルトンが剣を振り下ろす刹那、真横を一瞬で通り過ぎると同時に素手で腕を引きちぎったのだ。死に体であろうその身体で。

 スケルトンの後ろへと回り込んだ戦士は、左手に力を込める。そして拳を放ち、宙を舞うスケルトンの頭部を射線上にあった盾諸共粉砕した。崩れ落ちた骸骨は大気へと霧散して跡形もなく消滅した。持ち主を失した鎧が地面とぶつかる乾いた音だけが響いた。

 魔物達は動きを止めていた。魔物達の間には少なくない動揺が走っていた。人間ならば既に死んでいるはずの状況に。あれだけの集中砲火を受けたにもかかわらず、戦士が平然とした様子であることに。

 一変した魔物達の様子など気にも留めること無く、戦士は再度魔物達の方へと歩き始めた。その一足一動、攻撃を受ける前と何一つ変わりない。魔物達へと向ける、無感情な瞳でさえも。

 戦士の瞳に映された魔物達は僅かに気圧される。だがそれもすぐに霧散した。未だ数で圧倒しているからか、あるいは戦士の行動を唯の悪あがきとみたのか。いずれにせよ正常な思考能力が失われている魔物達にとっては、どちらの判断を下したところで変わりはなかった。唯自らの本能に従い獲物を屠るのみ――魔物達は戦士へと襲いかかろうとした。

 その瞬間――数メートル離れていたはずの戦士の手が、魔物の頭部を地面へとねじ伏せていた。

 なっ――。魔物達が驚いている間にも戦士の手は止まらなかった。たった今殺した魔物の槍を手に取るなり、他の魔物の喉元を貫いた。鮮やかな赤が噴水のように吹き出して周囲に降り注いだ。その中を一つの紅が駆け、魔物を次々と葬っていく。

 小鬼(ゴブリン)の魔物の腹部へと拳を突き上げて小さな体躯を吹き飛ばした。側にいた魔物から剣を奪い取って首を刎ねた。そして真横の大鬼(オーク)の腹部を二度斬り付け、離れた個体へと剣を投擲した。――僅か十数秒の時間の間出来事だった。都合四体もの魔物を戦士は瞬く間に処理した。

 同族を葬っていく戦士に魔物達はようやく状況を飲み込み、反撃を開始した。不倶戴天の敵と化した戦士を誅殺するが為に。

 別個体のスケルトンが戦士へと襲撃を仕掛ける。先の個体に比肩する斬撃が戦士へと降りかかる。

 戦士は身体を僅かに反らして回避した。続く連撃を僅かな動きのみでいとも容易く避けていく。風に揺られる柳のように軽やかな動きで。

 そして回避の際の体重移動を攻撃へと転換した。片足を軸に身体を回転させて蹴りを放つ。スケルトンの露出した腰椎を砕き、上半身と下半身を分断した。その折にハチェットバードが戦士へ攻撃を仕掛けていた。

 趾で地面を捉えながら首をくねらせ処刑人の斧のようにうなじへと振り下ろす。そのまま攻撃は戦士の首を刎ねる――ことはなかった。一つの金属音と共に、斧の軌道は上へとずれ、戦士の頭上を素通りすることとなった。

 戦士は身を屈めながら斧の斧刃――刃の平らな部分――へと、()()()()()()()()()()()()()()。腕甲で刃を流すよう斜めにぶつけたことで軌道をずらしたのだった。

 自身の体長の半分をも占める斧を意図せず空振りしてしまったことで、斧鳥は勢い余って半回転してしまう。バランスの崩れたハチェットバードの胴体へと、戦士が前蹴りを浴びせる。

 斧の勢いと戦士の蹴りによってハチェットバードの身体は浮いた。慣性が生じた。そしてその先には、ミノタウロスがいた。

 他の魔物を利用しての攻撃などミノタウロスですら予想出来ようはずもなかった。驚きながらもミノタウロスは両手に持った片刃斧で迫るハチェットバードを両断した。

 その間に戦士はミノタウロスへと疾走し距離を詰めていた。気づいたミノタウロスが斧を手元で廻し接近した戦士へ横薙ぎを放つ。

 戦士は上へと跳んで躱し、ミノタウロスへの顔面に拳を浴びせた。鼻骨を砕く音とミノタウロスの呻き声が漏れた。

 地上は戦士の独壇場となっていた。だがそれは空中にまでは及んでいなかった。安全圏と化した場所からガーゴイル達が魔法を撃った。

 正確な狙いによって戦士へと攻撃が殺到した。流石の戦士も空中への対抗策は無いらしく、先ほど同様に逃げ回った。

 そして戦士は壁へと直面した。室内の壁へと。逃げ場の無い所にまで追い込まれた。

 ガーゴイル達がニヤリと嗤った。そして、一斉に魔法を撃ち込んだ。

 戦士はそれを黙って眺めていた。その顔には焦りは少しもなかった。

 右手を挙げた。ガーゴイル達を照準に合わせるかのように。

 左手を添えた。銃身のブレを抑制するかのように。

 そして、戦士の右掌に――()()()()()()()()。翡翠の、透明な魔力が。風の元素を示す魔力が。

 光は成長し、弾丸を形成した。掌を超える大きさに。

 それは魔法だった。魔力を銃弾へと変えて撃ち込むという、ごく単純な魔法。()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()

 そして、戦士はソレを撃った。魔法の雨へと。ガーゴイル達の方向へと。

 翡翠の弾丸は魔法の雨を突き抜けた。掻き消した。そしてそのまま、二体のガーゴイルを貫いて天井へと到達した。

 轟音と共に少量の瓦礫が崩れ落ち、真下にいた魔物数体を押し潰した。

 戦士は地を駆けて襲来する。

 そして、死神の如く魔物の命を奪い去っていく。

「奴は何だ」騎士団長が呟いた。絞り出されたかのような声だった。

先の攻撃は普通ならば死んでいても、跡形も無く消し飛んでいても可笑しくなかった。だが、あの者は何だ? 真正面から受けたにも関わらず、腕の一本も失ってすらいない。ましてや動きに支障すらもない。

 どころか――却って良くなっている。本能的に振るっていたものが、今や歴戦の、技を宿す洗練された動きへと変貌していた。

 極めつけはたった今発動した魔法。否、アレを魔法と呼ぶことすら烏滸がましい程の威力。最早アレは魔法では無く、唯の武器だった。それまで魔法を、魔力すらも使う気配が無かった者があのような攻撃を。

 まるで――戦闘の中で学習して身につけた、あるいは、それまで忘れていたものをようやく思い出したかのように。

 敵の攻撃を物ともしない頑強さ。敵との数の差を埋めるだけの技量。敵を確実に葬る攻撃手段。そして、それらを顔色一つ変えずに行使する姿。アレではまるで。

 "兵器"ではないか――。

 戦士の放った攻撃で魔物が地面へと崩れ落ちた。この部屋にいた魔物達は全て戦士の手によって葬られた。これにて魔物達の掃討は完遂された。

 そう。一体を除いては。

 戦士の後ろで地面を踏みしめる音が鳴った。

 戦士は振り返る。そこにいたのは、キマイラだった。他の魔物が惨殺されたにもかかわらず、王者の如く悠々と大地を歩いていた。

 戦士を見て僅かに鼻を鳴らす。そこには彼の健闘を称え、そして小馬鹿にしているようだった。

 キマイラが唸り声を上げる。空気中の塵芥と地表の砂とが混ざり合い岩石となって五発、戦士へと撃ち出される。

 戦士は右手を突き出して魔力の弾丸を放つ。岩石と弾丸が相殺し合い、爆発音と土煙が両者の間で巻き起こる。最中、キマイラの頭部である山羊が大きく口を開いた。そして、けたたましい聲を上げた。

 草食獣の哮りに呼応して戦士の周囲の地面に突如として亀裂が奔る。大地が断崖のような鋭利さを有して急成長し戦士を貫いた。戦士だけではない。周囲の死体をも巻き込み、溢れた血液を養分として真っ赤な華を咲かせた。『アースグレイブ』と呼ばれる強力な土魔法によって、このような光景を作り出したのだ。

 一際大きな大地の槍によって宙へ磔となっている戦士の死体へとキマイラは近づく。その瞬間、死体であった戦士が息を吹き返したかのように顔を上げた。身体を一回転させ、脇に抱えるようにして躱した断崖の槍を足場にし、キマイラへと跳躍した。

 キマイラとの距離を詰めて殴りつける。

 拳がぶつかる――直前、戦士がいきなり真横へと吹き飛ぶ。水平に飛翔していき、壁へと激突した。

 崩れ落ちる瓦礫に身体を預けながら戦士はキマイラの方を見る。その横には、戦士を吹き飛ばした元凶がいた。

 何もキマイラの武器は魔法だけではなかった。合成獣である自身の身体を活かした攻撃も得意としていた。自身の尾である蛇が太い躰を持って戦士に体当たりを仕掛けたのだった。

 戦士は本体とその尾を見据えながら立ち上がり、露出した配管(パイプ)を左手で引き抜いた。配管先端は鋭利になっていた。

 キマイラが口角を上げる。そして咆吼を撒き散らしながら突進する。戦士もキマイラへと吶喊した。

 キマイラが右の前脚を上空から振り下ろした。戦士は横へと躱し、配管で下から斬り付ける。キマイラはそれを避けて牙を向けた。

 配管を轡のように挟み込んで戦士は防ぐ。力が拮抗し両者は至近距離で睨み合う。それを崩そうと山羊の頭部が再び魔法を行使する体勢を取る。

 攻撃の気配を察知した戦士は配管を口から外して右拳を叩き付ける。キマイラが怯んだ隙に一足飛びに後退。直後にそれまで戦士の居た場所へと土魔法が着弾した。着地した戦士は配管を構える。

 大地の獣の王が不埒者の接近を禁じるために空へと咆える。再度地面が呼応し始める。地面が再び断崖の槍となって戦士へと牙を剥いた。

 地面が隆起すると同時に戦士は跳んだ。身体を空中で捻り、下からの槍を躱した。だが、それは先刻の行動の焼き直しでもあった。大蛇が身体をしならせて戦士を噛み砕こうと迫っていた。

 だが、戦士はこの状況にすら対応した。槍を躱すために捻った身体の勢いを利用。縦方向への回転へと変換し、大蛇の頭部へと踵を落とした。

 脳部への衝撃によって大蛇の意識は刈り取られ、接近を余儀なく中断することとなる。巨体を支える力を失ったことで、そのまま地面へと墜落した。そう――たった今先ほど、キマイラが生み出した棘山へと。

 

「ギャォォォオオウ!?」「クァアアアア!?」

 

 獅子と山羊が隠すことなく絶叫した。意識そのものは個別に有していても、一つの身体である構造上痛覚は共有している。故に大地の穂先に貫かれた痛みは二つの頭部に伝わっていた。

 戦士はアースグレイブの上へと降り立つ。断崖に大蛇が突き刺さったことで、本体への道を示す通路が舗装されていた。大蛇の身体を駆け抜けて、苦しみで悶えているキマイラへと迫る。

 激痛に苛まれていたキマイラはようやく戦士の姿に気づく。だが遅かった。戦士が頭上を抜けると共に、鋭利な配管の先で山羊の両目を切り裂いていた。

 立て続けに生じた激痛で獅子を模した頭は苦悶の悲鳴を刻む。視界を奪われた山羊は口から唾を垂らしながら頭部をひっきりなしに振り回す。

 獅子の顔には怒りが浮かんでいた。元の獣が宿していたプライドか、其れとも見下していた存在への憤怒か。炎のように感情が燃え上がっていた。

 牙を噛みしめた後、使い物にならなくなった自身の尾を噛み千切った。傷口から夥しい血液が溢れるのを無視し、怒気を孕んだ咆吼を上げた。そして、地面を蹴って戦士へと吶喊する。

 戦士は平坦な表情のまま左手の配管を握り込む。そして、一直線に駆け出す。キマイラと真正面からぶつかり合う軌道で。

 キマイラとの距離が縮まる。獅子が咆える。戦士が配管を前へと突き出す。刺突剣(レイピア)のように眼前へと。右手を根元へと添えて。

 キマイラと戦士――両者の影が激突した。

 液体が噴出する音が鳴った。生暖かさと鉄臭さを含んだモノが辺りへと散らばる。――キマイラの背中から。

 獅子の首には配管が突き刺さっていた。戦士の獲物である配管が。

 キマイラの瞳からは光が失われ、大きな音を立てて地面へと倒れ伏した。首元からは血液が流れ続けていた。勝者である彼の者は冷たく見下ろしていた。

 今この時を以て、魔物達の掃討が完了されたのだ。

 騎士団長は終始見ていることしか出来なかった。目の前の戦士が屍を生み出していく光景を。

 天井の穴から陽光が差し込む。木漏れ日が戦士を照らした。金髪を揺らして佇むその姿は神話の英雄とも思える程に神秘的に映っていた。

 だが周囲に広がる光景は真逆そのもの。足下には魔物だった残骸が転がっていた。肉塊から流された悍ましい量の血液で満たされていた。戦士が纏う鎧を同じ色に大地は染められていた。

 其れは人の所業に非ず。己が力で魔物達を滅ぼしていく姿は、戦士の在り方を正しく証明していた。

 樹海の奥深くにあった研究所。その最深部で眠っていた戦士。そして、カプセルに刻まれた"0(ゼロ)"という紋章。 

 

 様々な因果と共に戦士(イレギュラー)はこの時代に目覚めた。

 




Q.何故こんなに遅れた?
A.年末年始に予定が立て込んだ結果、今の今まで執筆時時間が全然取れませんでした。本当に申し訳ないです。

Q.書き直す必要あった?
A.ありました。中盤~終盤を魔物側視点にしたせいか残虐描写マシマシで騎士団長オイテケボリーだったので。キマイラ戦も後で見返すと何かイマイチに感じちゃって。修正に当たって残虐な描写は少し抑えた…………つもりですが結果的にはあんまり変わらんかったかも。

Q.前の話は消したの?
A.修正前の話に関してはリライト前同様旧話置き場の方に移動させましたので前の方が好きだという方はそちらにて。尤もそんな物好きな方がいるかどうかが不明ですが。


《人物紹介》

・????
 名前および年齢不詳な人物。二話目にも関わらずまさかのセリフ0。
 服装のイメージとしては、ゼロシリーズのゼロの服装をグラブルの世界観に調整(リデザイン)して人が着てもおかしくない感じに仕上げたもの。要はアルベールとかが纏っているような軽装鎧とアンダーウェアの組み合わせ。ジャケット部分はロクゼロのものより生地を薄くした上着みたいな感じで。ヘルメットは考えた末にあえて無しの方向に。

・魔物達
 しめやかに倒された。

・キマイラ=サン
 通常種どころか魔物の群れの中でも目茶苦茶強い個体、なのだが主人公には勝てず。しかも止めが鉄パイプとかいう結構惨い最後。咆吼の声はエグゼ6のグレイガとボクらの太陽DSから拝借。


《元ネタ・技解説》

・両腕による防御
 所謂アームブロック。元ネタは『ロックマンX2』にて敵として登場するゼロが使用する行動。
 技自体はただのガードなのだが、その性能は一言で言えばチート。エックスの放つバスターだろうと特殊武器だろうと将又ギガクラッシュ(システム的にはグラブルのフェイタルチェインに近い)だろうと全部ノーダメージで防いでくる。無論何のバリアも展開せずに。無印リメイク作『イレギュラーハンターX』においても敵のゼロが使用する。そちらは相方エックスとの二対一の状況も相まって相当厄介である。

・魔力弾
 ロックマンシリーズお馴染みのバスター。腕を砲身に変形させてエネルギーを撃ち出す攻撃。原作の方はロボット或いはレプリロイドであるために腕を変形させて放つのだが、今作では主人公が掌から撃ち出している。
 グラブルではスカーサハを初めとしたキャラが魔法陣から魔法の弾丸撃ち出しているため、バスターはこれで代用できるのでは? というのが原案。
 尚作者はリライトに伴い銃への変更を考えたが、リライト前の設定とかも一部引き継がせたかったのと『鷹岬版エグゼフォルテ』っぽい感じがあって割と好きなので取止めとなった。

・アースグレイブ
 四大天司の一人ウリエルが使用する技『アースグレイブⅢ』より。こちらはその下位互換程度をイメージ。
 詳細な範囲や規模は不明だがⅢのエフェクトからしてパーティ全体分の大きさだったのであちらは一個小隊~大隊なら軽く潰せる程度と判断(というか一つの軍程度軽く潰せそう)。それを基準にこちらの範囲は十数人程度を想定。

・鉄パイプ
 元ネタは『ロックマンX4』に登場した一見何の変哲もない唯の鉄パイプ。しかし赤いイレギュラーはシグマ隊長の操るビームサーベルと互角に渡り合っていた。勿論科学が発達した世界なのでパイプ表面に魔法とかを纏ってたりしない。機動戦士よろしくビームコーティングとかも一切施されていない。にも関わらず真正面から弾いていた。(ガチ)
 一説によると、パイプがあったのは赤いイレギュラーの生みの親の研究所だったことから、パイプにも魔改造が施されていたか研究の過程で生み出された未知の素材か何かで造られていたのではないかと言われている。(大嘘)
 オリ主が使ってたパイプ? ダマスカス鋼かヒヒイロカネか金剛晶で出来てたんじゃないっすかね(適当)。

投稿ペースと文字数の関係から今回試験的に前回のあらすじを加えましたが、次話以降もあった方がいいでしょうか? ちなみに投稿ペースは月1~2話の更新を目標としています。

  • あった方がいい
  • 特に必要ない

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