ソードアート・オンライン-The scarlet princess-   作:糸田シエン

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失策

メルとアスナが風呂場に消えてから、俺はキリトと向かい合って牛乳を飲んでいた。

何が楽しくて野郎同士で牛乳を飲んでいるのだろう。俺が聞きたいわ。

「そういや、メルに勝ったんだってな」

「……あぁ、強かったよ、彼女は」

正直なところ、未だにキリトがメルに勝ったということが信じられなかった。見た目からして強そうじゃない。いや、それならメルのほうがそうだが。

「ただ俺と違うのは、彼女の強さは現実を伴ってるってことだな」

キリトの言葉に、俺は答える。

「何かまでは分からんが、世界大会で優勝したって聞いたぞ」

「世界大会!? そうか、そりゃ強いわけだ」

キリトはメルと違って現実ではさほど強くないと見た。故にその強さはゲームの中だけの話だが、それでもメルに勝つなら相当な実力がなければならない。

恐らくキリトは、仮想空間、いや、VRMMOであるSAO自体に慣れている。故に導き出される可能性は一つ。

「キリト、お前βテスターか?」

俺は例の友人から、キリトというプレイヤーの名前を聞いたことがあった。その確証もあって言ったわけだ。

「友達にβテスターがいてな。聞いたんだよ。フルダイブ酔いする奴なんだけど」

「……そういえばいたな、酔ってる奴」

その台詞は、キリトが自身をβテスターと認めた証だ。

「二人はリアルでも知り合いなのか? いや、マナー違反なのは分かってるけど、気になって」

「気にするな。俺達は初日の夜に初めて会ったんだよ」

まぁ、今思えばかなり滅茶苦茶だった気もしなくもない。

と、その時だ。外に繋がる方の扉がノックされた。しかもリズム良く『コン、コココン』と。

「やべ……! アルゴだ」

慌てているキリトに対し、俺は割と冷静だった。

風呂場の扉にもたれ掛かり、言う。

「行ってくれ」

「分かった」

キリトが扉を開ける。

「アンタが来るなんて珍しいな」

「ヤッ、キー坊。それになんでヴェル坊までいるんダ?」

どこかで聞いたことのあるようなイントネーションの呼び名に耐えながら、俺は答える。

「なんでって、風呂上がりに牛乳飲んでるだけだが?」

「ふーン、メルっちとアーちゃんはどうしたんダ? 同じパーティだロ?」

「今頃どっちかの宿でガールズトーク中じゃねぇの?」

適当に答えて、牛乳を飲む。

「この間の件だろ? で、今回は幾ら積んできたんだ?」

「そうダ。さらに値段を上げて、三万九千八百コル出すそうダ」

「サンキュッパ? 何がだ」

するとキリトが答えた。

「俺の剣が欲しいんだと。でもさ、それだけ払えるなら、俺の剣と同じのが一本作れるぞ?」

「先方には何度もそういったんだがナ。聞く耳を持たないんダ」

するとキリトが、依頼人の名前に千五百コル出すと言う。アルゴが依頼人に確認するためメールを送ると、わりとすぐに返事が返ってきた。

「教えてかまわないそーダ。もっとも、あれだけ派手に暴れて派手にやられたからナ」

派手に暴れて派手にやられた奴、と言われるとあのサボテンもといも○っとボール頭のキバオウしか思い付かない。

「キバオウか」

キリトの言葉にアルゴが頷く。

「交渉は決裂でいいんだナ? キー坊」

「あぁ」

と、その時だ。俺の背後から女二人分の笑い声が聞こえてきたのは。

「うン? なんだ今ノ」

「ポルターガイストとかじゃないかな、ラップ現象的な!」

「そんな機能実装されてたカ……? まぁいいカ。オレっちはそろそろ帰るヨ」

アルゴが席を立つ。そのまま俺の前を通り過ぎ、アルゴの手が高速で動いたかと思うと、俺の体が後方に……つまり風呂場の中に倒れこむ。風呂場の扉が内開きだったのだ。扉にもたれていた俺は当然の如く風呂場に倒れこむしかない。自分の失敗に気付きながら、俺は二人がもう服を着ていることを祈って床に背を打ち付けた。

右手で頭を擦りながら、そっと振り返った。

メルとアスナは下着姿だった。ギリギリ……セーフ? いや、なんで牛乳がかかってるんだ?

現状を理解できていなかった二人も、やがて状況を理解し始めた。その表情が羞恥と怒りに染まっていく。

ひゅっ、と音がして、アスナが消える。背後からものすごい音がして、振り向くとキリトが気絶していた。圏内ではダメージを受けないので、当たり所が悪かったのだろう。

「もう……」

そこで俺は、目を覆うなりして視界をなくすべきだったと悟る。

「ヴェルのバカーーッ!」

俺の意識は、そこで途切れた。

 




次で第一層は終了します。

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