風の旋律と夏の煌めき   作:アッシュクフォルダー

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第三話 人の壁を砕いて超えろ

放課後になっても彼女に周りには人の壁が出来た。

昼休みに比べれば人は少ないもののそれでも

松野が乗り越えるには分厚過ぎる壁だった。

どうせ自分は諦めてしまったのだから関係ないのだ。

松野はそう自分に言い聞かせて席を立った。

彼女の方を見ないようにして教室を出る。

 

転校生が来ても教室が騒がしいだけで、

校庭も通学路も普段と何一つ違わない。

あまり人のいないその道を松野はひとり静かに歩いていた。

教科書が鞄の中で揺さぶられペンケースにぶつかり音を立てる。

 

「ねえ!」

 

後方から誰かの声が聞こえた。

しかし自分には関係ない、と松野は歩き続ける。

 

「ねえってば!」

 

バタバタという足音とともにまた声が聞こえる。

走っているらしく少し息が乱れているが力強い。

松野はその声に聞き覚えがあるような気がした。

 

「松野唯吹!くん!」「え、」

 

バチン、と乾いた音とともに背中に痛みが走った。

松野は驚いた拍子に前に倒れ込んでしまう。

困惑したまま振り返れば、

そこには求め続けていた人の姿があった。

 

「し、潮田、さん?」「そう、だよ、はぁ、あ……っ、」

 

彼女は乱れた息を整えようと

必死になりながらもしっかりと松野を見詰めていた。

どうして彼女はここにいるのだろうか。

どうして彼女は自分を追ってきたのだろうか。

どうして彼女は自分に声をかけたのだろうか。

疑問がグルグルと頭の中を回る。

しかしどれも口にすることは出来ず、

松野はただ彼女を見つめ返した。

 

 

「ふう……今日一日ずっと話しかけたかったのに

質問攻めが終わらないし」

 

「う、うん」

 

「放課後は少し人が減ったから、チャンスと思ったのに

本人がすぐいなくなっちゃうから、もう」

 

「……ごめん?」

 

松野はアスファルトに腰を落としたまま茫然としていた。

腰に手を当てて話す彼女は確かに潮田風夏その人だ。

ずっと声をかけたかったのは

こっちの方だと言い返してやりたい。

しかしそれすら出来ない程彼は混乱していた。

 

「全然クールじゃないじゃん。

…ほら、立って。そんなとこ座ってちゃ制服汚れるよ」

 

「あ、ありがとう」

 

伸ばされた手をそっと借りて立ち上がる。

緊張と歓喜で掌に滲んだ汗を悟られないようすぐに手を放した。

本当はもっと触れていたかったと名残惜しく思う。

 

「…期待外れだった?」

 

松野はそう尋ねて後悔した。

でも彼女はもしかしたら“クールな松野唯吹”を

期待していたのかもしれないのだ。

もしそうだとしたら自分はどうするのだろうか。

彼はそれすらもわからなくなっていた。

 

「全然? むしろ話しかけにくさが減ってよかったかも」

 

潮田がパッと笑う。

 

「これからよろしくね、唯くん」

 

太陽のように明るい笑みを向けられてはまともに

目を開けていられない。

 

松野はそっと顔を伏せた。

 

「よろしく」

 

ぽつりと呟いた言葉は彼女に届いただろうか。

潮田が歩くのに合わせて松野も足を踏み出した。

二人きりになりたかったんだろう、よかったじゃないか。

 

街路樹が、看板が、待ちゆく人が、

皆そう言って微笑ましそうにしている気がした。

松野はそれがどうにも気恥ずかしく、

潮田と並んでいる間ずっと顔を上げることすら出来なかった。

 

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