ゴキブリ呪霊の存在を七海が語った事によって、ハジメ達も、光輝達も、それぞれ下にいるゴキブリ達を意識せずにはいられないが、それでも前に進む以外に方法はなく、極太の枝の通路を進む。
(話さない方が良かったでしょうか)
七海は全員に必要以上の警戒感と疑念を与えてしまった事に反省をしていた。
「あまり気にする必要はないと思うぞ、七海」
その考えを読取ったティオが小声で声をかけた
「確かに皆警戒しておるが、それは七海がいなくともできたこと。そして今ご主人様達は、お主の話を聞いた事で、より良い警戒をしておる。事前に起こるであろう予測による警戒とできていない警戒。どちらがより良いかなど、わかるであろう?…これから来る、心の準備的な意味でも…の」
最後言葉は少々死んだ魚のような目をして言うが、確かにそこには七海へのフォローが見えた。
七海は何も言わないが、ティオに感謝をしていた。
落下とゴキブリの襲撃に警戒しつつ、枝の通路を進んでいると、枝通路が4本合流した大きな足場になった広い場所についた。
「この4つの枝の通路、おそらくメルジーネのように、他にもここへ来る為の道とそれぞれ試練があったのでしょうか」
「かもしれねぇな。わざわざ確かめたいとも思わないけどな。それよか、広い場所に着いたってのに何も起こらないな」
ハジメは七海の疑問に軽く答えつつ、周囲を見渡す。特に何かあるわけでもなく、他の者達も見渡しているが、何もない。実は別の場所に行くのが正解なのではないか、まだ何かする必要があるのではないか等の意見を出し合っていた時だった。
ヴヴヴヴっ!と羽音が聞こえてくる。その音はまるで輪唱するかのようにどんどん増えていく。その正体が何かなど、この状況化でわからない者はいない
「来るぞぉ‼︎」
ハジメの叫びがこだまする。底部から来る黒い濁流のごときゴキブリの大群は、気色の悪い羽音を響かせ、こちらに向かって上昇してきている。しかし、七海から話しを聞いた時点で、既に皆対策はできていた。
「〝聖絶〟!」
鈴は速攻で障壁を展開する。結界の展開力だけはこのメンバーの中では上位に入る。だが
「っっっっっ!」
結界にぶち当たったゴギブリの群れはその結界に張り付き、蠢く。その光景に流石に今の鈴も蒼白している。尚且つ結界の構成が甘い。これもゴギブリという不快な物が迫ってきたことによる精神的なものだろう。
だが、来させなければ良い。おかげで他の者は排除に専念できる。特にユエとティオは結界の展開を鈴に任せることで、自分達は攻撃魔法を使えることにとても感謝を
「んっっっっっぐぅ‼︎〝双雷龍ぅ〟!」
「〝ブレスぅ〟‼︎来るでないわぁぁぁあ!」
する暇も精神状態もなかった。
ユエはいつもの冷静な表情を崩し、白い雷光と黒い雷光の龍を思わせる魔法の龍を放ち、ティオも落ち着きも無く、変態性を捨てたのかと思うほどのマジ顔で、近付く黒い濁流を強力な魔法の炎を放つ。
「こっち来んなですぅぅ‼︎」
「ブンカイブンカイブンカイブンカイぃぃ!」
シアはドリュッケンに搭載している炸裂スラッグ弾を滅多撃ちし、香織は涙目で分解の砲撃をしている。
「〝天翔剣十二翼〟‼︎ 」
光輝は斬撃のビームそれを12と、以前の3倍の数で放つ。しかもそれを〝操光〟で操るのだが、
「うああああああああ!」
黒い濁流が迫り来る焦りで、上手く動かせていない。確かに潰せているが、〝操光〟の制御が甘い。今の光輝なら、威力を落とさず、しかも複数回、斬撃のビームを操れるのだが、それができていない。だから
「うおおおおおおおお!〝天翔剣十二翼・
12の光の刃を1つに重ね、巨大な光の鏃となり、回転しながら相手をふっ飛ばす。
(今の自分が攻撃のコントロールができない精神であることを察していたのか、それとも無意識なのかはわかりませんが、攻撃方法を変えたんですね)
その様子を見て、七海は1人感心しつつ、ハジメから借りた、以前ウルの町で使用した物と同じロケットランチャーで黒い濁流をふっ飛ばす。
「申し訳ない、南雲君」
「いいから!撃ちまくれ!殲滅だ殲滅‼︎」
武器を借りた事に対し、律儀に謝罪を言う七海に、半分くらい発狂したようにハジメ怒りつつ、自分もロケット弾で殲滅していく。雫と龍太郎も、それぞれできる遠距離攻撃をしている。ただ、雫は「ふみぃ」と奇妙な呻き声を発しているが。
(やはり、数の暴力では…五条さんレベルの殲滅能力がなければ)
皆、それぞれ火力のある技で次々と屠るが、ゴキブリの数が多すぎて焼け石に水に等しい。
「キリがないよもぉぉぉぉ‼︎ブンカイぃぃぃ!」
「なんだか、この大迷宮に来てからこっちの精神を乱すようなものばかりなような気がするですぅ!」
香織が涙目で、シアはゲンナリしたように言うなか、ティオは「ふむ」と〝ブレス〟を出しながら考えを告げる。
「あるいは、複数の大迷宮を攻略しているのが大前提じゃからか、ここは他よりも数段難易度が上がっておるのやもしれんな」
「「冷静に分析しないで!」」
「大丈夫よ香織、シア。これは黒ゴマただの黒ゴマ。私は好きよ。特に黒ゴマプリンとか、黒ゴマふりかけとか、いいじゃない」
「「雫ちゃん[さん]‼︎しっかりして[ください]‼︎」」
晴れやで透き通った声だが、その瞳に光はなく、死んだ魚のような雫に対し、香織とシアが悲痛な叫びを上げていた。
「谷口さん!結界が!」
「っっっっ!」
七海が指摘するように言うと鈴は苦い表情をする。結界に限界が来ている。攻撃を受け続けているのもあるが、今の鈴でも多少の精神的なダメージを受けて維持が難しくなっていた。
「ここは聖域なりて神敵を通さず!〝聖絶〟‼︎」
鈴は再び〝聖絶〟を展開するが、今度は完全詠唱によって出力と強度を上げる。結界にぶつかったゴギブリは潰れるのだが、死骸から飛び出る液体が結界にこびりつき、おぞましさが増す。精神的に鈴にダメージを与えていく。
「なんのぉぉぉぉ!」
だがそれがどうしたと言わんばりに鈴は結界の維持に全力を注ぐ。
「あぁア“ア”ア“ ア“ア”ア“‼︎」
すると、鈴の全身から血が魔力と共に噴き出ていた。七海は(まずい!)と、恐れたことが起こった事を察した
「「「「鈴!」」」」
異様な状態になった鈴を、光輝、龍太郎、雫、そして香織が驚き、近寄ろうとするが
「私はいいから!敵に集中して‼︎」
「ダメです!ユエさん!」
「ん!まかせ」
「ユエさんも!この場でやるべきは、殲滅です!攻撃力が減るのは避けて!」
光輝達の心配も、七海の交代しろという言葉も、ユエの交代宣言も、全て拒否して鈴は叫ぶ。確かに鈴の言う通り、この場でユエが交代すれば、ある程度とはいえ殲滅力が下がる。数の暴力の前に、それは悪手に近い。
「私は防御だけに集中していれば大丈夫です‼︎目の前の相手を‼︎」
「っっ!」
言ってる事が正しく、この場を鈴に任せるのは戦術的に良いのもあり、僅かにユエが迷うも攻撃を再開しようとし、七海はもう一度注意と無理矢理でも交代を促そうとした時、
「お、おいあれ!」
異変に気付いた龍太郎が指す方を見た。障壁を越えようとしていたゴギブリが急に引いた。何が起こったのかと多くの者が訝しむ中、ゴキブリは空中で球体を作りそれを囲むように巨大な円環を作りその巨大な円環の中にさらに複数の円環と線を描いていく
「あれは、まさか」
「ああ、間違いねぇ」
七海とハジメだけでない。それを見た全員が理解した。今ゴギブリどもが作ろうとしているのは魔法陣であると。
『まずい』その言葉全員に駆け巡る。なんとしてでも阻止しようと魔法陣を形成しようとしているゴギブリどもに向かって攻撃するのだが、これまで攻撃に徹していたゴギブリが文字通りその身を盾にして防御する。しかもゴギブリ特有の素早さであっという間に魔法陣が完成し、赤黒い光を放つ
ドクン、ドクンとまるで心臓の鼓動のような音をだす黒い球体が出現した。
「まさか、あれは卵鞘?」
卵鞘:その名通り、ゴキブリなど一部の昆虫が卵を包むために作る、カプセル状の物だが、その黒い球体の見た目は少し違う。それが、今にも何かが飛び出そうなほどに脈打つ。そしてそれは弾けた。
(お出まし、と言ったところでしょうか)
七海はこの大迷宮の最後のガーディアンの姿が、黒沐死のような姿をしていると考えていたが、
(人型というところのみ同じで、フォルムは違う…が、大体予想通りの見た目ですね)
現れたのは全長3メートルほどの人型をしたゴギブリだ。人型と言うが見た瞬間にコレはゴキブリだと多くがイメージするフォルムをし、胴体から昆虫特有の6本の細い足というか、この場合は腕があり、その全てに鋭利なナイフのような指を備えている。
「ギチギチ、ギギギギッギギ‼︎」
人型のゴギブリは不快な音をだすと、周囲に大量のゴギブリが集まりだす。七海が予想した通り、黒沐死と同じくゴギブリを操る能力があるようで、しかも集まったゴギブリがまたも魔法陣を形成し始めるが、数が多く、しかもその中心に先程よりも少し小さい黒い球体がどんどんできている。
「七海先生の言う呪霊とおんなじかよ!」
ハジメの言った事とほぼ同じ感想を七海は抱いた。黒沐死もゴキブリを模る式神を召喚する事も伝えていたが、それと同等の物かそれ以上のものを出すつもりだろう。
させはしないとハジメとユエが魔法陣に攻撃しようとし、七海もなりふり構わず人型のゴキブリを倒そうと
「「「「「「「「「「‼︎⁉︎」」」」」」」」」」
全員が魔力を感じ、足元を見るとそこには別の魔法陣が形成され、既に発動直前だ。
〝魔力感知〔+ 視認〕〟これの(上)を以上持つほどの者程でも、発動をしてないのなら魔力を感じるのは難しい。しかも別の場所、もしくは別の者が強い魔力を放ち、魔法を行使しているなら尚のこと感じるのは難しくなる。ゴキブリ達がわざわざ見えやすいように魔法陣を形成していたのは、もうひとつの、おそらく本命の魔法陣に気付くのを防ぐ為だ。
(間に合わない!)
その魔法が発動した。
「⁉︎」
激しい閃光に七海は空中で目を塞ぎ、そのまま着地した。
(身体への異常、なし。五感もある。呪力変化もなし。何をされた?)
確実に何かしら魔法を受けたはず。七海は『まさか自分だけ魔法の効果を受けなかったのか』と思い、七海が振り返り、他の者達の安否確認をしようとしたが、
「!」
彼らを見て、七海が感じたのは、強い嫌悪。ともすれば殺意すらも生みそうな…
バチン!
と片手で七海は自分の頬を叩いた。互いに嫌悪し、殺し合いでも始まるのかと思うような悪感情を皆が抱き、それぞれ怒気交じりの声を出しそうという中で、いきなりの七海の行動に、ハジメ達は怒りよりもまず驚きがでる。
(なるほど。おそらく感情の反転)
絆を持つ者同士であれば、好意がある者同士であれば、それは強い繋がりになり、仲間同士であれば心強いだろう。だがそれらを反転された時、起きる事態は言わずもがな、仲間同士の血みどろの争いになる。その絆が強ければ強いほどに。
(まぁ、この程度の嫌悪感は、無視できる)
呪術師は人の負の感情に挑む者。呪力は感情が由来とするエネルギー。自らの感情や他者の悪意に気を取られて目的と呪力操作を忘れるようなら、七海は1級呪術師になってない。何より、
(この手の感情はよく抱いていた)
信用しているし、信頼もしいる。でも尊敬はしてない。そんな感情を持つ…
(はずの人物…だったはず…なのですが)
今の七海にはその人物への悪感情はない。もしその人物がいれば、尊敬の眼差しを向けただろう。その事実に気付き、妙な気持ち悪さを七海は感じていると
「ちょっと、こっち無視して何1人でうなってんだ」
「あんま舐めてっとブッ殺すぞ」
憎しみマシマシな瞳をしたユエとハジメがオラついてくる。
「南雲待つんだ!七海先生を傷付けるのはやめるんだ!俺なら代わりにどれだけ攻撃してもいいが、2人が争う姿なんて見たくない!」
それを見かねた光輝がハジメを止める。その瞳は七海とハジメへの親愛があり、言ってる事を要約するなら、『私はどうなってもいいから争わないで』というものだ。ちなみ同じくオラついたユエには憎しみを込めた目をしている。
全員がそれぞれ憎しみを抱いたり、ハジメで言うなら光輝の親愛の瞳でドン引きし、それによって突如表れた負の感情を落ち着かせていたりとするなかで、それよりも早く、いの一番に行動をすると決めたのは、
(いちいち相手にするのが面倒だ。
七海であった。
「そのまま結界維持」
七海は事務的に鈴に指示をした瞬間に結界を出て、ハジメの制作した呪具で空を蹴って戦闘準備中の人型ゴキブリに向かい加速する。
反転されたことで昂る感情。それらに対する平常心。更に先程の快楽の試練を乗り越えたことで、七海の呪力操作能力は向上していた。尚且つ、以前ハジメと話していた、空間魔法の知識と可能性。
ここに来るまで消費した呪力は決して少なくない。それでも、今なら、むしろ今だからこそ、決める必要があった
呪具に一時的に爆発的な呪力を与え、加速に重視し、人型ゴキブリの周囲で精製されている小型の人型ゴキブリ…半人型が出ていたが、それらが七海に反応するよりも一時的に早く動く。そこから一気に拳に呪力を集中させ、放つ
(黒閃!)
黒い閃光は、未だに戦闘態勢の整ってない人型ゴキブリの腹部で強く輝く。そして人型はバットに打たれたボールの如くふっ飛び、巨木の一部にぶつかって破裂した
「ふむ、いい感じですね」
黒閃による覚醒により、七海の呪力の出力が一時的に上昇し、減った分の呪力は、今現在のこの感情反転により、無理矢理捻り出した。
「さて…やはりですか」
七海が周囲を見ると再び魔法陣が形成されていく。おそらく何度も、何体もこの人型は生まれるだろう。
「!っぐ!」
だが周囲から半人型、更にゴキブリの大群が迫り来る。大きな相手ならむしろ七海には好都合であるが、小さい相手は少々厄介だ。まとめて倒すならそれなりに大量の呪力をぶつける必要がある。ただ、七海は何も考えず無策で結界を出たわけではない。
(彼らに助力されるのは心底腹が立つことですが、私が真っ先に動いて相手を倒せば)
そう考えが行きつく前に鈴が展開している結界の方から、威力重視の魔法と、貫通力に突貫した銃弾の嵐が飛んできて、迫り来る黒い悪魔の集団をバラバラの消し炭にした。
「私を狙ったにしては、随分と下手な攻撃ですね」
「当てないでやったんだ。借りを返すためにな」
「わざと外した。当ててもいいけど、こっちが動く為の後押しになったから、その返礼」
砲撃の主であるハジメとユエが宙を飛び、七海の方に来て言う。そして言い終わるとハジメとユエは互いを見て、
「「真似すんな、殺すぞ」」
おんなじような事を言った事が気に食わないのか、言い争いをしていた。
「仲がよろしい事で」
「「あぁん⁉︎」」
煽る為に七海が言った事に対して、ハジメとユエがキレるが、それすらどうでもいいとばかりに七海は結界の方へ行くと決めたが、その前に2人に伝えておく。
「おそらく、このゴキブリと、あの人型と半人型は、このままでは終わりは無いと思います。おそらくコレらを精製している場所があると思うので、そちらを狙ってください」
「って、お前は戦わないのかよ!」
「私ではあの大量の群勢の殲滅力は無いです。精々…シッ!」
近付いて来た半人型ゴキブリ2体を
「このくらいの相手しかできないので。あとはあなた方に任せます。まぁ、適材適所ですね」
「じゃあなんでわざわざ最初に結界を出て、攻撃したの」
イラついた目でユエは問うが、答えは大体わかっている。だからこそイライラしているのだ。ハジメも同じくイライラしている。そして、七海は答えた。
「決まってるでしょう?、アレに愛着がでて動けないなんて事にならないように、手本を見せたんです」
((イラアァ‼︎))
感情の反転は、当然視界に映るゴキブリ共にも作用する。本来なら嫌悪感と不快感が強く出るはずのそれらも、愛らしさを感じていた。味方同士は絆の深さ故に憎しみ合い、一方で嫌悪感を抱く相手には愛しさで戦意を低下させる。これが目的だろう。
事実、ハジメもユエも感情反転によってゴキブリ共に愛らしさを感じ、ほんの僅か間ではあったが、攻撃をしなかった。だがたとえこの場に七海がいなくとも、すぐに攻撃を再開しただろう。だが、それでも、自分達よりも早く、感情よりも理性で動いた人物がいて、尚且つそれを指摘されたとなれば、イラつかないわけがない。七海に対して…だけではない、自分自身にもだ。
((ムカつくが、コイツの方が正し過ぎて、何も言えない))
だからこそ、ここから先は、
「おい、チビ助。一時休戦だ。あの七三分けもムカつくが、それよりもまずはアイツらだ」
「チッ!お前に言われるのもムカつくけど、その通り。まずはあっち」
そうしてハジメとユエはゴキブリの群れと、またも出現した人型ゴキブリと半人型のゴキブリ集団を見据える。
「邪魔したら殺すぞ」
「邪魔したら殺す」
ハジメとユエは怒りの感情を隠すことなく同じ事を言う。
「「真似すんな!」」
喧嘩しながら2人はそれぞれ殲滅を開始する。ハジメは新たな《メツェライ》を出す、《メツェライマークⅢ 》コレまで出して来たビットに《メツェライマークⅡ》と同サイズのガトリング砲が3門取り付けている。高速移動をしながら3門のガトリング砲による殲滅力に、ハジメの意思で防御もできる。それを4機。更にもう以前使用した呪具爆弾(改)も取り出す。以前との最大の違いは、威力調整とホーミング機能を別に取り付けて小型ミサイルにしたこと。そしてハジメ自身も電磁加速による狙撃ができる《シュラーゲン》をだした。
「魔力のマーキング開始」
*
『マーキング?』
『ええ。これは術式にも関与することですが』
呪術についての初歩をハジメとシアに教えていた頃、七海は残穢と、それらを応用したマーキング方を教えていた。
『術式によるマーキングはおいておきますが、基本は物へ呪力を込めるのとあまり変わりはありません。これを個人、つまりは人にするには術式を除くとまずは目視による、対象の呪力を覚えておくこと。もう1つが、相手に打撃や斬撃によって打ち込んだ、自身の呪力を見ること』
『でも、それが何に役立つんです?』
『基本逃すことはないですが、逃げた相手の特定、それと南雲君で言うなら、遠距離攻撃の際の命中精度の補助ですね。これらは魔力に対しも有効です。…南雲君のその目、五条さんの六眼ほどあるのかどうかは知りませんが、対象のマーキングができると、多対1の際に便利だと思いますよ』
*
相手の人型がゴキブリを操っている、もしくはこの大迷宮内の何かによって無限に生み出されているのだとしても、魔力による影響を受けている。人型の召喚や感情の反転の魔法の魔法陣を作り上げて、それらがゴキブリから魔力の光を放っていたのが、良い証拠だ。ならそれらを全てマーキングすれば
「殲滅しろ」
ハジメは中指を立て、それをゴキブリの群れに向ける。ビットが飛びガトリング砲の砲弾を滅多撃ちする。本来なら何発かは外れてもおかしくないのだが、全ての弾丸がまるで吸い込まれるかのようにゴキブリに命中する。
本来なら、これほどの多くの相手を常時マーキングすれば、情報過多によって、いくらハジメでも頭がパンクしかねない。故にハジメはマーキングした瞬間に敵を倒し、即座に次にマーキングをするというのを繰り返す。また、情報過多で脳がパンクすると言っても、あくまでもそれを続けていたらの話で、マーキングできる数に、限界はない。ハジメが対象の位置さえ把握していれば、いくらでもできる。
「コイツもだ!」
続けて呪具爆弾が発射される。これらはピンポイントで半人型と、人型がいる場所で爆発する。当然、周囲に通常のゴキブリが多くいる場所で。それ以外の場所にいる人型及び半人型はハジメが自らメラツィで撃ち抜く。
「反吐が出るほど腹が立つが、まぁ利用できるもんは、利用させてもらうぜ!」
ハジメは感情の反転により、教えてくれた人物がこの世でもっともムカつく男である七海(女はユエ)というのに腹が立つが、悪い気はしていなかった。
ユエは王都でも使用した〝五天龍(混)〟。だが今回は事前詠唱もない。既にユエはこの魔法を無詠唱でできるように自身で調整ができていた。更に魔力石にストックしてある魔法も使用するのだが、威力はまるで落ちていない程になっている。魂魄魔法の習得による自身への理解。更に空間魔法へのより大きな理解。領域展開という自身が作れない結界の奥義を見たきっかけ。
*
『どやっ!』
以前領域展開を聞いたユエは聞いた情報だけでそれを再現した。内側の強度を高めた〝聖絶〟を展開し、その中のもの(今回はハジメが制作した案山子)に魔力によるマーキングをつけて、確実に魔法が当たるというものだ。
『全然違います』
実物を見てないとはいえ、バッサリと七海に否定されて、ユエはその時憤ったが、すぐに七海は言う。
『ユエさん、いまここに、別の世界を作ることはできますか?』
『そんなの』
できるはずがない。それがユエの答えであり、七海が否定した理由だと即座に理解した。
『呪力による、生得領域の具現化。即ち、その術師の精神世界…いえ、術式世界の形成。それは文字通りスケールの違う空間を現実に重ねるということです。ユエさんが今しているのは、再現でもなんでもない。結界内で魔法を発生させているだけです』
ユエが最初にそれを聞いた時は、領域展開の効果とどう違うと思った。
だが、トレイシーの領域を外から、そして内部も一度見て理解した。
『今の私でも、アレは無理』
*
そして、今に至る。新たな魔法への理解と発見は、彼女を興奮させた。因みにいつも通り、七海がどうやって威力を落とさないでできたかを聞いたが、理解のできない言葉だった。そして今、ストックしたのは〝千断〟だけではないこれでは極小のゴキブリを殺すのには向かない
「これも、受けてみろ」
瞬間、大気が…否、発動された場所が軋み、大爆破を起こした。空間魔法〝震天〟。王都でフリードが使っていた魔法だが、既にユエはそれを扱えた。
「威力も上々」
おまけに威力を落とさず魔力石にストックができていた。
そして5体の魔力で生み出されて龍達は、存在そのものが災害級の物体。マグマの顕現、吹雪の化身の顕現、光と闇が混ざった異行の雷の顕現など、誇張ではなく、ユエは災害と自然の脅威そのものを操り、且つ昇華させている。
当初考案していた〝五天龍〟も含めた魔法で形成された龍は、全て神代魔法の1つ、重力魔法によって顕現されているが、今彼女が使う〝五天龍(混)〟は全く異なる魔法を混ぜ込んだもの。それらをもう自由自在に操る。
領域展開とはまるで関係はない。が、ユエの真価は、魔法への知識以上に、魔法へ理解と応用。そして、新たな魔法への興味。術式の最終奥義を見た彼女は、まだまだ自分の知識では測れない、魔法の真髄があるのだと、確信にも似た物を感じた。
「それを知るきっかけがあの七三分けなのは、不快以外ないけど!」
とは言いつつ、ユエは感謝の念があった。感情が反転されているにも関わらずだ。それにちょっとだけイラつきつつ、殲滅していく。
*
一方、件の七海はというと、現在自分の短絡的な行動を反省していた。
「チッ」
ゴキブリの大群の濁流のごとき突撃。それをどうにかガードするが、黒い濁流に飲まれしまう。すぐに呪力を放出し自分の周囲のゴキブリをふっ飛ばすが、視界が開けた瞬間に人型が接近していた。鋭いナイフのような指をした手を振り下ろし、咄嗟に七海は腰につけていた大鉈でガードした当然だが呪力を込めて。だが
「ぐおぁ!」
背中にある呪具
「…ぁあっ‼︎」
だが肉を斬らせて骨を断つを身をもって体現するかのように、人型に拳をぶつけ、黒い閃光が輝き、人型が七海の目の前で木っ端微塵になる。
「しまっ!」
人型が破裂した事で、その真後ろから来たものに気付いたが、対応する暇もなかった。間違いなく魔力で強化されたゴキブリの大群の突撃によって、七海の身体は黒い濁流に飲み込まれ、そのまま大樹の太い枝にぶつかる
バァン!
ゴキブリの群が弾け飛び、血塗れの七海が空中で立っていた。この状況下でも呪力操作はできており、ハジメの呪具で空に足をつけ、更に呪力を呪具とは別に周囲に全力放出して、ゴキブリをふっ飛ばした。
(まずいな。谷口さんの張っている結界から距離を離してしまった。今の状況下で、援軍は望めない。それに南雲君とユエさんには元を断つことに専念してもらう必要がある。かと言ってシアさんやティオさん、白崎さんもおそらくこの状態と感情の反転も重なり、自分達の事で程いっぱいだろう。何より)
彼らに助けられることに、苛立ちを感じてしまう。七海はこれも感情の反転の影響であることを理解しているが、同時に感情反転をされてなくとも、そうされる立場になる自分を想像すると嫌になってくる。
「まぁ、そういうプライドなんて持ち合わせていませんが」
誰に言うべきでもない、言うつもりでもない言葉を呟きつつ、またも迫り来る存在に注視した。今度は人型のゴキブリが3体。
「っ!」
今度は
(黒閃!)
3体同時に来た人型ゴキブリのうち、中央にいた相手は咄嗟に下がったが左右の人型は間に合わず、黒い閃光と共に両断された。
回避できた人型は羽音を響かせ、奇声のような声をあげるすると周囲のゴキブリの群れがまたも突撃してくる。今度は半人型もいる。
「正しい判断ですね」
相手の行動に七海はそう呟く。標的が細かくなればそのぶん当てるには多大な呪力を放出するしかない
(大きいのはともかく、極小のゴキブリの大群は厄介……なんだ?)
半人型のゴキブリと、人型のゴキブリが黒い靄をだし、それらを七海に放出した。
(左右はゴキブリの群れによって包囲されて上と正面は得体の知れない黒い靄)
その黒い靄が何かしらの攻撃であるのはわかるが、包囲されいる状況では回避は
(否、回避はできる)
七海はあえて呪力を止めた。瞬間、七海の身体が下に落ちる。これまで呪具に与えていた呪力を断つことで、重力に身を任せた自由落下をした。
(あれは)
そして見た。黒い靄に命中したゴキブリの群れと、一部外れて幹に当たった靄。それらがどろりと溶けてボロボロと崩壊していく
(分解……いや、腐食でしょうか………まさか、ノイントと呼ばれた存在の再現?)
その可能性が浮上した時、落下する七海に高速で迫り来る人型2体がいた。
「本当にキリが無い」
再び呪具に呪力を通して空を蹴り、今度はメルドの剣を抜刀し、
「!な、に?」
ギリギリだった。速さが先程よりも更に速い。それでもなんとか確実に防いだ。確実に鋭利な爪の攻撃は受けなかった。だというのに、七海の左目と右肩から血が吹き出た。それでも渾身の力で押し返し1体は胴を真っ二つにした。そして、残った右目で飛んでいる人型のゴキブリを見ると、今度は白い膜のようなものが見える。
(そうか、空気の壁を突破し、て)
既に周囲をゴキブリの群れと、半人型に囲まれた。
(クソっ!)
死ぬと確信する突撃を、
「⁉︎」
巨大な光の鏃が消し去った。
「これ以上、お前達に傷つけさせない!」
煌々と煌めく魔力の輝きと共に、七海の頭上で光輝が宣言した。
次回で試練終了から、次の大迷宮にも繋がる為のアレコレを書きたいけど、いけるかな?
ちなみに
光輝はこの大迷宮で受けた事含めたこれまでの事がなければ、感情反転されても七海を助けてませんでした。