ハジメとユエが戻ってきた後、香織の再生魔法による回復と少しばかりの休憩を携帯食を口にしつつ取り、ある程度心身共に回復した後、それを見越したように大樹の天井と思われる場所から淡い光がでて、それは徐々に大きくなっていき、物理的にも大きくなる
「大樹の枝が」
七海が言う通り、光を纏った枝がメキメキと音をたてて生えてきて、天井の更に上へと続く通路となる階段となる。
「さっきのが最後の試練と思いたいところだな」
ハジメの言葉に、皆同意のようだった。肉体的、精神的な回復はしても、この戦いは元より、ここに来るまでに多くの魔力、七海、ハジメ、シアは呪力を失った。まったく戦えないことはないが、先程のゴキブリ群団よりも強い魔物が出てきたら、間違いなく全滅する。
もう何も出てこないようになど、柄にもなく七海も祈るほど、全員疲弊していた。そうして枝の階段を上りきると、ここに来るまでに何度も見た幹についた洞があり、入ってみると既に魔法陣があり、全員が入るとそれが輝いて、また転移した。
「なん、だ。ここ?」
転移の魔法の光が収まると、そこは庭園があった。清らかな水が流れる水路、生い茂る芝生、ここに来るまでにあったものと比べるとあまりにも小さな木々と、それに実っている果実。庭園木々に囲まれている白い小さめの建物。そして、それよりも目に入った情報で驚くのは空の青さと広さ。地面で見るものと違い、空が近く、水平線の彼方まで青空が広がる。つまりここは
「なんともまぁ、ご主人様よ。どうやらここは、大樹の天辺みたいじゃぞ?」
慎重に庭園の縁まで移動したティオが言い、つられるように皆がそこに向かうと、広大な濃霧の海が見えた。樹海を覆うそれではない、まさに雲の上である。
「リアルジャックと豆の木かよ」
「微妙に違うような気もしますが、まぁ、そんなことよりも、飛行艇で樹海を見た時はこのような高さのある大樹など見えませんでした…間違いなく、この高度は400メートルはありますよ」
と七海が言った瞬間、ハジメも、言った七海ですらも『ちょっと待て』と頭の中で疑問の声をだす
地上で見た際も、樹海を覆う濃霧を超えていることは判断できた。だというのに、フェルニルからは、大樹が見えなかった事を、疑問に思ってなかった
「幻覚…だけではないですね。それだけなら飛行艇で見えないことに疑問を抱くはずです」
「ん。空間魔法による空間の変換と、それと魂魄魔法による魂レベルでの認識の干渉…だけとも思えない。他の、私達がまだ習得してない神代魔法も関わってるかも」
七海の考えに補足する形でユエが言うが、そのユエも、ティオも、魔法のエキスパートで、更にユエに関して言えば魔力感知能力は七海より良い。だというのに、違和感をまったく感じないまま干渉を受けていたことに、戦慄していた。
「今後、こういう罠や試練があると思うと、ゾッとしますね」
七海の言うことに否定も、舐めた言動をするものはいない。そうして気を引き締めて、先にある石版のもとに歩いていく。やはりここがゴールらしく、石版がある小島に続く煌めくアーチを通った瞬間、石版は輝き、周囲の水路に魔力の光が流れていく。魔力の残滓が蛍火のように溢れ、同時に何かが入り込んでくような感覚を感じる。記憶を精査される感触と、知らない情報を頭の中に直接送られる感覚。七海も意識がない時も含めてこれが4度目なので、ハジメ達同様に慣れていたが、「うっ」と
七海が3人に心配の声をかけ、ハジメは流れ込んできた情報から読み取った新たな神代魔法の名を口にしようとした時、石版の木がうねりはじめた。メルジーネの時のような習得後の試練か何かが起こるのかと思わず身構えていると、うごめく木々は人の顔と、上半身を形作る。容姿と顔立ちから、女性で、かつ耳の長さを考えると森人族だろう。完全に形を形成できると、その女性は瞳を開け、口を開く
《まずは、おめでとうと言わせていただきますわ。よく、数々の大迷宮とわたくしの、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。あなた達に最大限の敬意を表すると共に、酷く辛い試練を仕掛けたことを深くお詫び致しますわ》
(木を媒体にした記録。メルジーネで見た、メイル・メルジーネさんと同じようなものでしょうね)
七海が考察していると、香織がその姿と言動を見て、「王女様みたい」と呟く。木の幹でできているが、確かにリリアーナと同じか、それ以上の威厳を感じる。
そうして彼女、リューティリス・ハルツィナはこの大迷宮のコンセプトの意図、神によって歪まされたこの世界についての想いを語っていく。皆、神妙な顔で聞いているのだが、ハジメだけは焦ったそうにし、そのうちキョロキョロと周囲を見だす。攻略の証を見つけてさっさとずらかろうとしてるのだろう。七海が呆れていたが、それはハジメの態度だけでなく、そうしていたハジメを『空気を読め』とでも言うようにユエ、シア、香織に両手と腰を押さえられているのを見てだ。
そんな光景を他所に、リューティリス・ハルツィナは自分の神代魔法、〝昇華魔法〟について説明しつつ、それをどう扱うかも自由だと告げている。
《わたくしの与えた神代魔法の〝昇華〟は、
とここでつまらなそうにしていたハジメの目がクワッと見開く。『どういうことだ』と詰め寄るようである。
《昇華魔法は文字通り全ての力を昇華させます。それは神代魔法も例外ではありません。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法……これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが一段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法〝概念魔法〟に》
誰かが生唾を飲み込む。七海もそれ同じだが、
(神の御業……という事は、まさかエヒトも使えるのか?…否、使えると考えておいたほうが、色々と納得できる部分がある。実際使えるかどうかはこの際関係ない)
敵の能力の考察をしていた。リューティリス・ハルツィナはそのまま続ける
《概念魔法、そのままの意味ですわ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法なのです。ただし、この魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても容易に修得することはできません。なぜなら、概念魔法は理論ではなく極限の意志によって生み出されるものだからです》
それが知識転写ができない理由だと告げるが、極限の意識というアバウトな説明だけではわからない。
あるいは、そう説明する以外の言葉を持ち合わせてないのか。事実、解放者全員でも3つの概念魔法しか生み出せなかったと言う。そして、その内の1つを贈る事をリューティリス・ハルツィナが言うと、石版の中央がスライドし、その奥から何か出てきた。
「それは、懐中時計?いや、羅針盤でしょうか?」
ハジメが手に取ったそれを見て、七海はそう感想を告げていると、リューティリス・ハルツィナはそれが何かを告げる。
《名を、〝導越の羅針盤〟。込められた概念は〝望んだ場所を指し示す〟》
その言葉を聞いた瞬間、ハジメの心臓の鼓動が跳ね上がる。望む場所を指し示すということは…
《望めばその場所へと導いてくれますわ。探し人の所在でも、隠された物の在処であっても、あるいは、別の世界であっても》
リューティリス・ハルツィナが言う別世界は、恐らく神のいる世界のことだろうが、別世界と言うなら、ハジメの目的である故郷、地球への帰還もできるだろう。今、ハジメは自分に『落ち着け』と言い続けていた。『堪えろ、まだ喜ぶとこじゃない』と。それでも尚、押さえきれない歓喜と、より強い決意を抱く。
《全ての神代魔法を手に入れ、そこに確かな意志があるのなら、あなた方はどこにでも行けますわ。自由な意志のもと、未来を選択できるよう。あなた方の進む道の先に幸多からんことを、心から祈っておりますわ》
木でできたリューティリス・ハルツィナが、微笑んでいるように見えた。その微笑みのまま、彼女の顔は消え、後には唯の石版に絡みついた木だけが残った。
全員が余韻に浸り、今の話しの1つ1つの情報を飲み込んで収めようとし、静寂が周囲に満ち、そよ風だけが妙によく聞こえる。
「ユエ、念のために聞くが……昇華魔法を使えば……空間魔法で………………世界を越えられるか?」
ハジメが静寂を破り、ゆったりと震えるような声でユエに聞いたことで、全員の意識が、特に光輝達地球組のハッとする気配が広がった。
ハジメのその問いに対する答えは、ユエの中で既にほぼ出てていたが、その言葉の重みを知っているからこそ、彼女は必死にその可能性を探る。刻み込まれた知識と、これまでの知識。そこからでる仮説やその場ででるアドリブの考察。それら全てが、同じ結論を告げる。
「……ごめんなさい」
一言、ユエはそう告げた。
「……そうか」
ハジメも最初からわかっていたからか、ユエの一言に対して、特に気にしてないかのように、そう言う。
そもそも解放者7人が集まって尚3つしか生み出せない概念魔法を、ただ昇華しただけの空間魔法で成せるなら苦労はしない。
わかっていた。わかっていたことだ。それでも、ハジメの期待に応えることにユエは項垂れていたが、ハジメはスッと優しくユエの黄金の髪を、柔らかな櫛で梳くようになで、頬に触れる。ユエはくすぐったそうにして顔を綻ばせ、ハジメを見つめる。
「なに、問題ないさ。あわよくばって思っただけだ。必要な神代魔法はあと1つ。それを手に入れればいいだけだからな。なんにせよ、ユエがそんな顔をする必要はねぇよ」
笑って言うハジメの表情に、ユエはつい顔が赤く染まり、鼓動が早くなる。今まで何度も見てきたハジメの笑み。だが、今見せているそれは、これまで笑みのどれにも当てはまらない。あまりにいきなりその笑みを間近で見た為、ユエは言葉を失い、モジモジと初心な反応をしてしまう。そして再び2人で見つめ合う。
「お2人とも、そろそろ戻ってきて下さい」
「そうですよ。下に降りるショートカットの道も出現したんですから、早いとこイチャイチャ空間から戻ってくださーい」
七海は若干の呆れ、シアは上擦ったような声音で言うと、ハジメとユエが振り返る。そこには魔法陣が出現しており、これまで事を考えるなら間違いなく地上へのショートカットの為のものだろう。
「……いい顔をするようになりましたね」
「?」
ハジメは七海の言葉に首を傾げる。どういう意味なのかと思い周囲の者を見ると、シア、香織、ティオが、ぽ〜っとし、頬を赤らめていたのでまた首を傾げてしまう。
「ま、それはいいとして…南雲君、先程の話しの中で出ていた概念魔法とやらなら、もとの世界に帰れると思いますか?」
「ああ、帰れる」
七海の問いに、ハジメはハッキリと答えた。
「与えられた知識からくる仮説じゃねぇ、確信だ。少なくとも、転移先はこの羅針盤が教えてくれるだろう」
確かな希望がそこにある事を確信したハジメの発言に、光輝達は表情に歓喜が見られるが、すぐに唇を噛み締め、それを抑える。まだ帰還方法が確立してないことと、今現在で神代魔法を全て手に入れることができる可能性が高いのがハジメしかいないことに、遠慮があった。
「んな心配しなくても、定員制限とかその場にいる奴しか転移できないとか、そういうデメリットがない限り、全員連れて帰るさ。そういう縛りを結んでいるんだ。先生も言ってたろ?」
ハジメはチラッと七海を見て言うと「そう、か」と光輝が呟く。その自信のないような表情の意味は
「天之河君、どうやら試練を突破できてないみたいですね」
「っ!」
ハッキリと七海が告げた。あからさまに光輝は悔しそうな顔をする。
この大迷宮の攻略の最大の分岐点となった、理想の夢を見させる試練と、媚薬による狂いからの抗いと脱却。この2つを、光輝は失敗していた。
前者は鈴と龍太郎がギリギリで目覚めたが、光輝だけは結局目覚めることができず、香織の分解によって目覚めたことで、夢の内容と、自分が失敗した事を悟り、呆然としていた。
後者はあの快楽によって精神を蝕まれ、雫に僅かに触れた瞬間、気絶したのが原因だろう
最後の試練、感情の反転はおそらく合格点をギリギリ貰えたというところ。七海を助けようとする直前まで、好意の感情になったゴキブリ相手を倒そうとしていなかった。だが、感情反転の効果があったが、七海を守った。戦うべき相手と取るべき選択はできていた。実際に合格だったかは不明だが、七海そうだろうと判断している。
「これで、決まりましたね」
ビクリっと光輝は身体が震えた。
今回の光輝含めた4人の大迷宮の同行に、そもそも七海は反対だった。ハジメの思案に逆らえないにしても、受け入れたのは本心とは別に戦力の増強は確かに必要というのもあった。迷いながらも決めて、この大迷宮での結果を見て、判断をすると最初から決めていたし、ハジメにもそれは伝えてある。だからハジメも『天之河
「南雲君、他の方々が次の大迷宮に行くかどうかは各々の判断に任せ、君が承諾するなら、私は何も言いませんが…」
何か言わねばならない。そうしないと自分の中の何かが壊れてしまいそうな予感を光輝は感じた。だが、光輝は言葉が見つからない。実力差と、自分だけが不甲斐ない結果を残してしまった。唇を噛みちぎるのを必死に我慢し、死刑判決をうける被告人のような気持ちでいた光輝に
「谷口さんはこの後王都へ戻してください」
「は?」
「え?」
「む?」
光輝、雫、龍太郎が同時にそれぞれ違う感情で声を出し、ほんの僅かの間の後、鈴が声をだす。
「え、あの、七海、せんせい?」
「これ以上あなたが戦い続けるのはリスクが多すぎる。総合的に見て、あなたは王都に戻り、療養に徹したほうが」
「私の話しを聞いてください!」
大きな声を出して鈴が七海の発言を止める。「ふぅーふーぅぅ」と唸り、情緒が不安定だ。
「あー七海先生。ぶっちゃけ俺はどうでもいいが、なんで谷口だけなんだ?今回の大迷宮攻略ができなかった天之河が入ってないし」
ハジメは別にこの状況に対して思うことは正直ないし、七海が状況次第で誰かを王都に帰すことも、事前に聞いていた。だからこの発言は純粋に気になったから聞いたことだ。雫やシア達も同様なのだが、2人だけ、違う者がいた。
「まぁ、妥当と言えば妥当じゃな」
「ん。正直、大迷宮で一緒にいる時はずっと見てたけど、これ以上は私もやめた方がいいと思う」
鈴を心配しての発言……違う。単に七海がそう言うのも仕方ないだろうなという、納得感が強い
「七海先生。理由もなく大迷宮を攻略した鈴を省くのは、なんか違うんじゃねーか?」
「私もそう思います。先生、前から話してくれてない鈴のことで、何かあるんですか?…鈴も、教えてくれても」
「私から話しますよ」
と、龍太郎と雫が質問しようとしたことに、七海が答えると言うと、鈴が再び「え?」口に出す
「ちょ、ちょっと待ってください、七海先生は、喋れないでしょう?だって、私と、約束をしたじゃないですか!私の行動や、私に関することは喋らないって!術師がする約束は、裏切れない、魂にも作用する制約だって⁉︎」
「約束は、しました。が、ただの口約束です」
「……は?」
何を言われたか、鈴は理解するのに時間を要している。
「南雲君とシアさんも、いい機会なので今一度言っておきましょう。呪術師と契約する際は、縛りであるかをちゃんと明確にしておく事です」
と、ここで『そういえば』と全員が思う。これまで七海は鈴の事に関しては一貫して『約束』という言葉を使っていたが、1度も縛りとは言わなかった。
「本当なら、いつでも喋れましたし、いつでもあなたを送り返すように南雲君に頼む事もできました。しかし、あなたの今の生き甲斐を取り上げるのは、現段階で決めるべきではないと、そう判断して、縛りを結んだフリをしていたのですが」
そう前置きをして鈴の事を口に出そうとした時、七海の首を、チョーカーのような形をした円形の物体が包む。それが鈴の作り出した結界だとすぐに理解した
「!」
「それ以上口にしたら!」
「どうすんだ?」
鈴が行ったその行為に対し、ハジメが即座に動いた。目にも留まらない速さで鈴の両足を撃ち、そのまま首を持って、鈴の小さな身体を持ち上げた。
「あ、ぁぁ」
首を絞められ、鈴の意識が朦朧としてしまう。このような状態では魔法の行使もできない。
少し反応が遅れて、龍太郎と雫がハジメを止めようとしたが
「南雲君、やめて下さい。彼女にはどうせできないことです」
何事もなかったように首に巻き付けられた結界を素手で握りつぶし、七海は言う。
「彼女は、以前のような明確な覚悟がない。1000歩譲って私を殺せたとしても、自分が壊れるだけです」
「んな言葉でハイそうですかって俺が言うとでも思ってんのか?」
ハジメにとっての大切に手を出した者は何者でも殺す。そのスタンスを取る彼にとって、鈴のとった行動は許せるものではない。
「仮に、言うのがあんたじゃなくて、ユエやティオでも、こいつは同じ事をする。そんな奴を許せってか?」
「許せとは言いません。が、結果論ですが少なくとも今そのユエさんとティオさんに危害を加えていない。そして、私は許すと言ってます」
「…………」
ハジメは僅かに七海のサングラスの奥にある目を見つめ、バッと首から手を離す。バタリと地に落ちた鈴はゲホゲホと息を切らしており、雫達が寄ってくる。香織はハジメに目線で治療の許可を得ると、鈴を回復した。
「勘違いすんな。生かすか殺すかはコイツ次第なのは変わってねぇ」
ハジメは七海にそう言う。今の七海はそれだけでも充分だったのか、冷や汗を少し流し、小さく息をはく。少なくともこの場で鈴がすぐに殺される可能性が減ったのだから。そうして、鈴が落ち着いたのをみて、話しだす。ちなみに、鈴はもう諦めたのか、項垂れていた。
「ティオさんとの修行の際に、感じていた違和感。それは他意はないもののティオさんが見た、谷口さんのステータスプレートに刻まれたある技能にあります」
その技能の名は
「〝魔力操作(
「…名をきくかぎり、悪い予感しかしませんけど、どういう技能なんですか?」
「わかりません」
雫の問いに対する七海の答えは、誰も予想のつかない答えであった。が、その予想のつかない……否、予測のつかないことそのものが危険なのだろうと理解していると、七海は「しかし」とつけて続けて言う。
「魔法のスペシャリストであり、〝魔力操作〟の技能をもつユエさんと、同じく同様の技能を持ち、修行中に谷口さんを見たティオさんの考えから、通常の〝魔力操作〟同様の効果と、その人が持つ魔法を異常と言えるレベルまで引き上げる効果を持ち、代償として強い魔法や繊細な操作が必要な魔法使うたびに、本人の肉体にダメージを与えるものだと判断していましたが、どうやら当たっているようですね」
*
〝魔力操作(
*
「どれだけ彼女に負荷があるか、正直なところわからない部分が多かった。だから最初にティオさんから聞いた時に、谷口さんと相談して、療養に努めるように促したのですが、自分の考えを譲ろうとしていませんでした。私としては療養してほしい面が強いものの、そうする事は彼女の生き甲斐を奪い、精神的な負担が多くなることも見越し、縛りに見せかけた約束をしました。決してこの事を喋らず、大迷宮へ連れていく。その代わりに谷口さんは自分を必ず強くするというね」
「…ハッ。随分とまぁ、一方的だな。七海先生に利がねぇ。そんな契約がまかり通るわけがない。…普段の谷口なら気付いてただろうな」
「ええ。つまりは、それほどまで彼女が追い込まれているのと同時に、精神汚染が始まっている証拠でもあります」
ハジメは心底呆れたように言うと、七海も同意していた。ただ、ハジメのこの呆れは、鈴と、七海にもしているものであるが。
「ただ、それだけが谷口さんを王都に帰す理由ではありません」
七海は倒れ込む鈴の方に向いて、問う。
「谷口さん。あなたは、中村さんと会った際、彼女を止めると言った。殺すでも、話すでもなく、曖昧な言葉で。…あなたの中で、答えが決めきれていないんでしょう?」
「!」
「それに、気掛かりだったんですよ。どうして中村さんの本性を知って、それをすぐに受け入れたのか」
「それは、他の奴らが言ってたからだろう?」
龍太郎の言う通り、谷口は目覚めて散々言われていたが、当初は信じていなかった。多くの人に責められた事で、彼女は事実を認めた。
「だとしても、実際にその姿を見てもない谷口さんが短期間で信じるのはあまりに不自然です。つまり、なんとなくでも、中村恵里という人物の本性を理解していたんでしょう?あなたは彼女と最も近くにいる時間が多かったのですから」
周囲にいた者達が鈴を見ると、彼女は震えている。
「そして先程の夢を見せる試練の突破と、その後の言葉。自分の感じていた中村さんの違和感の齟齬に気付いて、そして…夢の中の彼女を、衝動的に殺した。違いますか?」
周囲の者が驚くなか、ゆっくりと、静かに、鈴は首を縦にふる。
「以前のあなたでは、あの試練を突破できたかどうかはわかりません。が、少なくとも、そのような衝動的な行為はしなかったでしょう。それも、おそらくはあなたの得た技能による、精神汚染が原因だと思います。加えて、君の戦う為の覚悟とその想い全てを捨てている。私は君のその甘い考えを持ちながら、現実を見ようとし、強くなろうという想いを、才能と共に、生徒達の中で最も評価していました」
異世界で戦う理由と覚悟を聞き、人を殺せるかを聞いた際、鈴は答えを出せなかったが、自分なりの答えを出そうと思っていた。
「誰かの笑顔を守る為に誰かの笑顔を奪う行為をいつかする。それを理解した上で、君は悩んで、考えながら強くなっていた。今の君は、それらを考えないようにしている。思考を放棄しているんですよ。それによって自我崩壊してもおかしくないのにです」
「私が、ダメで、光輝君がいいのは、なんでですか?」
絞りだすように鈴は自分と光輝との差を聞いた。
「色々ありますが、強いて言うなら、思考をやめていないことですね。悩み続ける事を、無自覚ながらも選んでいる」
七海のその発言に、光輝は僅かに身体が動く。
「まぁ、それでも甘いのは変わりませんが、その甘さが、嫌いになれないからでしょうね」
そう言う七海は、まるでここにはいない誰かを考えているようにハジメには見えた。
大人として、教師としての譲れないラインと、呪術師として戦い続けた者としてのライン。鈴はそれを両方とも超えてしまった。ハジメを除いた地球組の面々が聞けば、間違いなく鈴側に立ってくれる事はない。だから鈴は話す事はしなかった。
「谷口さん、あなたは戦場に立つべきではない。…自らの命を蔑ろにするだけでなく、他者に対する優しさを捨てた。昇華魔法の習得によって、その技能がこれからどう作用していくかわからない。さっきの私へ行動も、衝動的なものでしょう?そんな状態のあなた共にしていれば、他の方々にも影響する。…あなたから生き甲斐を奪うのは、悪いとは思いますがね」
そう言いつつ、七海はハジメを見る。目線を向けられたハジメはゲートを使い、鈴を王都に戻す為に〝宝物庫〟から取り出そうとしていた時だった。
「なんのつもりですか、天之河君」
鈴の前に立ち、七海を見る光輝。その瞳は、これまでのように睨むものではなく、落ち着いたものであった
「七海先生、俺を王都に戻していいので、その代わり鈴の同行を…恵里ともう一度会う機会を、許してください」
ちなみに1
七海は縛りについてかなり曖昧且つ、偽の情報を鈴に話しました。だからティオやユエが知っているのに喋らないのはそういう事なんだろうと勘違いしてました。ハジメの言う通り、原作の状態の鈴なら速攻で気付きました
ちなみに2
この場で光輝が割り込んで七海に懇願してくるのは、七海も予想外でしたが、話しの腰をおられ、且つ理屈もクソもない発言をしたことにかなりイラだってます。