ルフィの育ての姉   作:津々里 述

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ほんの僅かな歩み寄り

 ダダンさんにお世話になってから、時が経つのは早いもので一か月が過ぎた。

 ルフィは言わずもがな、サボとの仲もとっても良好。呼び捨てにしてほしいってお願いされたり、ご飯のリクエストされたりと私に気を許してくれている。ハグとかのスキンシップも喜んでくれるから、もう弟にしても良いと個人的に思ってる。

 一方で、エースくんとの会話歴はこんな感じだ。まずは朝。

 

「エースくん、おはよう」

「うるせえ」

 

 夕方または昼間、帰ってきたとき。

 

「エースくん、おかえりなさい!」

「…………」

 

 食事の時間。

 

「エースくん、ご飯できたよ!召し上がれ」

「……おう」

 

 ケガをして帰ってきたとき。

 

「エースくんケガしてるじゃん!ちょっと待ってて、手当てするから……!」

「ほっときゃ治る」

 

 所感では、食事の時間の時にされる対応が比較的柔らかめだと思う。冷たい対応取られすぎて、感覚がバグっているかもしれないけど。

 例えるなら、野良猫とか劣悪な環境からの保護猫を思わせる気難しさ。お姉ちゃんはこういうタイプの子と関わったことなかったから、どうしたものか。

 

 

「うぅ〜ん……ん?」

 

 一人で洗濯物をざぶざぶ洗いながら考え込んでいると、エースくんの気配がこちらへ近づいてきた。例の山賊の件があってから、何故か30m以内なら死角にいる人の挙動もバッチリ掴めるくらい気配に鋭くなったからすぐ気づけた。主につまみ食いの阻止に役立ってる。

 エースくんは私から15mくらい離れたところにある木の陰から、こっちをジーッと見つめている。何か用事があるのかな?

 

「どうしたの?エースくん」

「ッ!?なんで気づいて……」

 

 振り返って尋ねてみると、エースくんはギョッとしてその場から飛び退いた。驚かせちゃったな、これは失敗した。

 

「私、気配にはかなり鋭いんだ。ごめんね、驚かせて」

「驚いてなんかねェ!!」

「あ、そう?……ところで、何か私に用事でもあったかな?私が手伝えることなら、できる範囲で頑張るよ」

 

 私の問いに、エースくんは眉を顰めて「お前にはいくつかききてぇことがある」と答えた。どんな質問が来てもいいように気持ちを構えて、背筋もピンと伸ばす。聞く姿勢は重要だ。

 

「まず、お前なんでもっと早くここに来なかったんだ。ルフィの奴、頼るあてがねぇって泣いてたんだぞ」

「ヒュッグウゥ……!!!」

 

 初手で撃沈した。第一球目から痛いところに火の玉ストレートを食らった。ジャブが目に親指突っ込んで殴り抜けるレベル。本当にこの件は姉として黒歴史なんだ……。

 変な声をあげて地面に突っ伏した私を、エースくんは怪訝な目で見てる。いきなり変な反応して戸惑わせてごめんね……。

 

「本当に、その件は……姉としてあるまじきことだったと思ってる!クソジジイからボコられて止められたとはいえ、弟を一人で知らない場所に放り込まれたのを、何ヶ月も放置するなんてッ……」

「クソジジイ?」

「ガープさんのこと」

 

 そう言うと、エースくんは「あぁ……」と納得したように呟いた。

 

「あの人と師弟関係にあるから、上下関係が骨身に染みついて無意識に言うことを聞いてしまっていた……!5才のルフィを夜のジャングルに放り込んだ奴だというのに……!」

「ルフィがやたらしぶといわけが分かった気がする」

 

 ちょっと気になる言葉が聞こえた。なんでルフィの極端なまでのしぶとさ知ってるの?生命力試されるような機会があったって……コト……!?

 ……後で詳しく聞くとして、とりあえず置いておこう。今はエースくんの質問に答えるときだ。

 

「それで、あと聞きたいことって何かな……?」

「……なんでおれにしつこく構うんだよ」

 

  これは真剣に答えなきゃいけない質問だな。そう確信した私は突っ伏していた姿勢から起き上がって、再び姿勢を整えた。

 

「だって、ルフィが一番嬉しそうに紹介してくれた友達だから。素敵な子なんだと思ってさ、仲良くなりたかったんだ」

「……失望したかよ、愛想の欠片もなくて」

「いいや全然!むしろ、この一か月で君の良いとこいっぱい見つけられたよ」

「は?」

 

 エースくんが呆気に取られて口をポカンと開けている隙に、私が見つけたりルフィやサボを通して知った素敵なところをどんどん言っていく。

 

「でっかい猛獣を倒せちゃうくらい強いし、思わずついていきたくなるくらい頼りがいがあって頼もしくって、ワニに飲まれたルフィを助けてくれる勇敢さと優しさだってある!私の作ったご飯をいつも綺麗にペロリと平らげてくれるところも好きだなぁ」

 

 「あとね」と続けようとしたところで、「もういい!」とエースくんが顔を真っ赤にするほど強くストップをかけてきた。もうちょっと語れたんだけど、仕方ないか。

 

「さっき話した分だけでも、こーんなにたくさん良いとこがある。エースくんはとっても素敵な子だよ!」

「うっせェ……」

 

 そう言って、エースくんはヘナヘナと力が抜けたようにしゃがみ込んでしまった。……もしかしてエースくんは、褒められ慣れてない?だとしたら、ちょっと今のは刺激が強すぎたかも。

 

「あぁ〜ごめんね!別の話しよっか!もう私から聞きたいことってない?」

「いや、ある……」

 

 話題を変えようと話を促すと、今度は相当歯切れが悪い。よっぽど言いにくいことなのかもしれない、心して聞こう。

 

 

「……もし海賊王に、子供がいたら……お前は、どうする」

「海賊王に、子供?」

 

 その言葉で、海賊王“ゴールド・ロジャー”の記憶を思い出した。物語が始まるきっかけとなった、死に際の一言で世界を動かした海賊。そんな男の子供がいたら?

 エースくんがこれを尋ねた意図はよくわからないけど、私の答えを示そう。

 

「そうだな……まず、お喋りをしてみたいかな」

「は?」

 

 またエースくんの口がポカンと開いた。え、私の答えってそんなに変?これでもまだ序の口なんだけど。

 

「どんな名前か、何歳なのか、どこに生まれて今までどんな風に生きてきたか……好きなことや嫌いなこと、将来何になりたいか。知りたいことも話してみたいことも、たくさんありすぎて困っちゃうね。気が合えば友達にもなりたいな」

「友達って……海賊王の子供だぞ、“鬼の子”なんだぞ……!?」

 

 エースくんの言葉に、私は思わず眉を顰めた。

 

(ちょっと、その発言はいただけないな。)

 

 エースくんのの目の前までツカツカと歩み寄り、膝をついて目線を合わせた。戸惑う彼の両肩にしっかり手をかけて、言い聞かせる。

 

「エースくん、もしもの話だとしても“鬼の子”なんて言っちゃダメだよ」

「だってよ……!」

「だってもへちまもありません!どこでそんな呼び方聞いたかは知らないけど……そりゃあ確かにその子の父親は間違いなく海賊だよ。でも、血を継いだからってその子に罪まで継がれるわけがない!ただの一人の、愛されるべき子どもなんだよ!!そんな呼び方するのは許せない!」

 

 エースくんの目が、丸く見開かれた。

 

「ッ!!……はなせ、よっ!!!」

「あっ……!待って!エースくん!!」

 

 しまった、熱くなりすぎた。我に返った瞬間、エースくんは私の手を振り払ってあっという間に遠くへ走り去ってしまう。

 

「ハァ……年下相手にムキになって、大人気ないな……」

 

 洗い途中の洗濯物と一緒にその場へ取り残された私は、一人でガックリと肩を落とした。

 

 

 そのあと洗濯物を干し終えて、夕食を作る準備をしていたところにルフィ、サボ、そしてエースくんが帰ってきた。内心の気まずさを隠して、3人に笑顔を向ける。

 

「みんな、お帰りなさい!今日はどうだった?」

「ただいま姉ちゃん!今日はな、スッゲーでかいの狩れたんだ!」

「サーラただいま!クマ狩ったから鍋にしてくれよ」

 

「……ただいま」

 

 最後にエースがボソリと呟いた言葉に、私とルフィたちの視線が自然とそちらへ集中した。

 

「エースくん……!!」

「どういう風の吹き回しだよ、エース!」

「うるせぇほっとけ!なんでもいいだろ!!」

「姉ちゃんとエースが仲良くなったぞ〜〜〜!!!」

 

 その日のクマ鍋は、いつもより一段と美味しく出来た。




ちょっと難産でした。

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