ある日、朝ごはんの片付けが終わったあとにエースから鉄パイプを渡された。
「行くぞ」
「どこに!?」
エースよ、さすがに説明無しはお姉ちゃんでもキツいです。
「お前、ジジイから修行受けてるって言ってたろ?戦えんなら狩り手伝えよ」
「でも、ダダンさんから家事任されてて……」
「ちょっとくらいサボったって大丈夫だろ!ほら、早く来い!」
「わッ、エース!?待って待って!」
エースは私が二の足を踏むのもお構い無しに、強引に腕を引いて駆け出していく。つられて駆け足になって外へ飛び出すと、サボとルフィが私たちを待っていた。
「お、今日はサーラも来たか!」
「ああ、連れてきた」
「姉ちゃんも狩りすんのか?面白そうだなー!」
飛び入りにも関わらず、サボとルフィは私を歓迎してくれて少し驚いた。男の子たちが楽しんでるところに、年上の女が入ったら空気を壊してしまいそうだと思っていたから。
それに、3人の輪の中に招いてもらえたのがちょっと嬉しい。
(それにしても、ダダンさんのお叱りが飛んでこないな……?)
てっきり止めに来るかと思ったけど、そんな様子は家の中からちっとも感じられない。叱られないに越したことはないから、それでいいとしよう。
「いいの?私も参加して」
改めて確認すると、3人は一緒に「うん」と頷いた。
「サーラはここに来てからずっと料理と掃除と洗濯ばっかりしてただろ?でもルフィから山賊を余裕でノせるくらい強いって聞いてたから、一緒に狩りと手合わせしたいって思っててさ!」
サボの言葉で、やっと私は誘われた理由を理解できた。期待されているなら、久しぶりに本気で身体を動かさなければ。あんまり感覚が鈍っていないといいけれど……。
できれば、ほぼ毎日狩りに出かけてる3人の足を引っ張らないようにしたいところだ。
「そういうことなら、精一杯頑張るよ」
「姉ちゃん!姉ちゃんは狩りしたことねーだろ?おれが教えてやるよ!」
「ルフィ、お前だってまだまだだろうが!ワニに丸呑みされたこと覚えてるからな?」
「あれはうっかりしてただけだ!」
ルフィ、ワニに丸呑みされたことは足を滑らせた感覚で語るもんじゃないから。
「うっかりで呑まれちゃ、お姉ちゃん心臓がいくらあっても足りないよ……行く前に、軽く素振りさせてくれる?間合いを掴みたくって」
「サーラは鉄パイプ持つの初めてか」
「ガープさんの修行の一環で、副官の人から竹刀握らせてもらうことはあったんだけど……機会が滅多に無くてね。こういう武器の扱いは慣れてないんだよ」
あの修行は基本的にガープさん自身が直接教えるから、格闘と基礎能力は伸びても他がからっきしだ。思い出したように副官のボガードさんから剣術を教えてもらう程度。
とりあえずバットのように横へ振ったり、地面に振り下ろしたり、下から振り上げてみたりと色々な動作を試してみた。やっぱり竹刀とは材質も長さも違うから、重みや振る時の感覚もかなり違う。手近な木を相手にパイプが当たる距離感を掴んだところで、待たせていた3人に向き直る。
「ある程度感覚は掴めたよ」
「じゃあ行くか!!」
こうして、私の初めての狩りが始まった。
「今日はあのキツネ狙うか」
エースの視線の先には、穴ぐらの前で鹿を食う巨大なキツネ。それが木々の隙間から見えた。
「今は食事に集中してるね、私たちには気づいてないよ」
「気配に鋭いサーラが言うんなら間違いないな」
「キツネはまだ食ったことねぇから楽しみだ!」
そういえば、今まで野牛や猪や熊とかは料理したことあったけどキツネはなかったな。
「肉食だからしっかり血抜きして、臭み消すために牛乳に漬け込んで……カレーかシチューだな」
「んまそ〜」
持ってこられる獲物が獲物だから、気付けば私はジビエにやたら造詣が深くなっていた。初めは扱ったことのない肉ばかりで戸惑ったが、料理ができると言った手前でまずいものを振る舞う訳にはいかないので、コルボ山の麓に住む猟師のおじさんから下処理や調理方法を教えてもらったのだ。ジビエは早めの血抜きと臭み取りが命。
「よし、今日はキツネカレーだ!」
「おれはシチューがいい!」
「どっちもうまそうだ!!」
エースはカレー、サボはシチュー、ルフィはどちらもと口々に食べたいメニューを主張しながらキツネに飛びかかっていく。その声で私たちの存在に気づいたキツネは食べかけの鹿を放り、牙を剥いた。
お互いが、臨戦態勢に入る。
すると、キツネがその場でグッと脚を溜め、高く跳び上がった。
「おぉっ!?跳んだ!」
「高ぇッ!」
気配から、キツネの敵意がルフィとその近くにいたエースに向いたことが肌で分かった。咄嗟に二人へ指示を出す。
「ルフィ、エース!右に避けて!」
「おう!」
「おっと、あぶねっ」
上から食いつくキツネの牙が、直前までルフィたちがいた場所を噛んだ。
「おらぁッ!!!」
攻撃が空ぶったキツネの横っ面に、サボが鉄パイプを叩き込む。キツネは「ギャン!」と一瞬怯むが、鋭い視線がギョロリとそちらへ向く。今度はサボへ標的を変えた。
「コン!コォン!!コォオ゛ン゛ッ!!!」
「うぉッ!?とっ、おりゃッ!!」
間隔を刻んで繰り出される噛みつきを、サボは後退しながら鉄パイプで受け止め、払い、殴り返して対応していく。サボにターゲットが集中している隙に、私とエースたちはガラ空きの脚や胴体を狙いにかかった。私は腹部へ、エースたちは後ろ脚に殴りかかる。
「「どりゃあッ!!」」
「やあッ!!!」
振り抜いた鉄パイプがゴスッ!と鈍い音を立ててキツネを捉えた。ルフィとエースの攻撃も直撃し、キツネの足元がふらつく。それでもキツネは踏ん張り、尻尾を勢いよく振って後ろ脚を攻撃した二人を振り払おうとする。
「っと、そうくるか!」
「っぶ!!」
エースは屈んで避けるが、ルフィは尻尾に弾かれてしまい近くの木にぶつかった。しかし、ゴムゴムの性質上ダメージはなさそうで、すぐに「ちくしょー!」と悔しげに起き上がった。
その間に何度か鉄パイプで横っ腹を殴っていると、肌がピリッと痺れるような感覚が訪れた。今度は、私へ敵意が向いた。素早い身のこなしで私を真正面から捉えると、鋭い牙で私を喰らおうと大口を開き、突進した。
急いで飛び退くと、先程まで背にしていた木にドシン!とキツネの鼻面がぶつかった。それに面食らっているのをいいことに、その頭へ鉄パイプを振りかぶる。
「おりゃあッ!!!」
キツネの脳天に、全力で鉄パイプを叩き込んだ。ガンッ!!と音が響き、硬い頭蓋骨を叩いた反動で腕に痺れるような衝撃が走る。キツネの目が、ぐるんと上向いた。
「くらえっ!!!」
さらにサボが別の方向から飛びかかり、後頭部を追撃。ドゴッ!と抉り込んだ一撃がとどめとなったのか、キツネは完全に白目をむいて地面にのびた。念のために顔のあたりを小突くが、沈黙したままだ。
初めての狩りは、無事成功した。ムクムクと膨れ上がる歓喜と達成感が胸の中がいっぱいになり、戦闘後の興奮も相まって思わず私は近くにいたサボを抱き上げてぐるんぐるん回した。仕方ないじゃん嬉しいんだもの!!!
「サボ!やったやった!うまくいったねサボ!!やった──っ!!!」
「サーラ!?ちょっ、落ち着けって……これ結構楽しいな!!」
キャーキャーはしゃいでいると、目を丸くしたエースとキラキラした目で見つめてくるルフィが視界に入った。
「ルフィもエースも来て!!もう3人まとめてぶん回す!!!」
「いいのか!?じゃあおれもやるー!!!」
「お、おれはいい……」
そっと逃げようとしたエースだが、逃すわけがない。ルフィとサボを抱っこしたまま詰め寄り、ガバッと腕の中に閉じ込める。
「問答無用!捕まえたーッ!!」
「なんッで二人も抱えてんのにおれに追いつくんだよ!?」
何故かと聞かれたら、そりゃあ……。
「お姉ちゃんだからだよ!!!しっかし3人ともなると重いね、さすが成長期!!」
「関係あるのか?それ」
「多分ある!」
「姉ちゃんすげ〜〜〜ッ!!」
そんなやりとりをしつつも、両手に弟な現状が素晴らしすぎて、私は表情がふにゃっふにゃに緩んでしまう。
「あ〜ッ……私めちゃくちゃ幸せだ!!こんなかっわいい弟3人もいて!!!サイコーッ!!!」
たまらず3人への愛を口に出すと、エースとサボが一瞬硬直した。
「弟ぉ!?おれらが、サーラの!?」
「お、お前の弟はルフィだろ!なんで知らない間におれたちもそうなってんだよ!?」
「前々からずっと二人のこと弟みたいだな〜って思ってたんだよ!もう私が認めちゃった以上、二人がなんて言おうが私の弟だからね!!」
タガが外れたテンションが落ち着くまで、私は弟たちをぎゅうぎゅうに抱きしめ続けた。
「いや〜悪いね、ついついテンション上がっちゃって……巻き込んだお詫びにキツネカレーとキツネシチューどっちも作るから」
帰り道の途中、エースとサボに謝った。さすがにあのおかしいテンションに付き合わせたのは申し訳なかった。まだ若干二人から距離を取られてる気がする。私は悲しい……。
「ちっ、仕方ねェな……カレーいつもより辛口にしろよ」
「するする、おまけにエースの分にはスパイス追加するから!」
エースの要望に私は二つ返事で答える。流石にエースの好みに完全に合わせたカレールーにすると他の人が全員食べられなくなるからやめておいた。だってエース、ししとうに時々混ざってるめっちゃ辛いやつを喜んで食べるレベルの辛党だもん。
「別にいいけどよ、本当にびっくりしたぞ!あんなサーラ初めて見た」
「しししっ、姉ちゃんが間違ってお酒飲んだ時と似てたな〜!おれ、あの時の姉ちゃんも面白くて好きだ!」
「えっ何それお姉ちゃん記憶にない……」
しれっと弟から衝撃の事実を知らされた。初耳なんだけど?いつそんなことあったの?
「シャンクスが姉ちゃんにジュースあげたと思ったら、かくてる?って酒だったみたいでよ!副船長のこと、おれの名前呼びながら抱きしめて頬ずりしてたぞ」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!?」
「うるせえ!!!」
思わず叫んだらエースにベシッとしばかれた。痛い。
……っていうか、酔った私は何をやらかしてるんだ!?ベックマンさんとルフィの共通点とか、黒髪の男ってところしかない。認識がガバガバすぎる……!
「シャンクスもすげー笑ってたな〜あの時!」
どうしよう、ルフィを助けてくれた恩人なのにあの人を猛烈にしばき倒したい。すると、ルフィが「あっ」と呟いた。
「これ、内緒にしろって言われてたんだった!今のなし!」
「いやガッツリ聞いちゃってんのよ、ルフィ」
とりあえずシャンクスさんに再会したら髭を全部剃り落とすことにした。そう心に決めたところで、拠点が見えてきた。そこには、協力して洗濯物を干しているドグラさんとマグラさんがいた。そういえば今日、家事とか丸々放り出して来たんだっけなぁ……。
「あ、お前ら帰ってきたか……って、今日はサーラも狩りにいっティたのか!?どこにもいニーから心配したぞ!」
「あはは、すみません……只今帰りました。代わりに洗濯してくれてありがとうございます」
「まーまー、元々は俺たちもやってたことだからなぁ。気にするな」
怒られないかヒヤヒヤしていたが、案外そうでもなく拍子抜けだった。何も言わずに仕事を放棄したんだから、何か文句のひとつやふたつ言われるくらいは覚悟していたけれど、取り越し苦労だった。でも、さすがにダダンさんには叱られそうな気がする。
そう思いながらドアを開けると、さっそく囲炉裏の前でダダンさんがくつろいでいた。フラグ回収が早すぎない?
「あっ、ダダンさん……すみません!今日の家事、さぼっちゃって」
「……いいよ、別に」
「へ?」
ダダンさんの言葉に、目を瞬いた。
「ここしばらく働き詰めだったろう、サーラ。たまの息抜きを咎めるほどわたしゃ鬼じゃないよ」
……この人、山賊なのに山賊らしくないなぁ。いい意味で!
「ダダンさん……ッ!ありがとうございます、大好きです!!」
「だっ、大好きだってェ!?そっ、そんなことホイホイ言うモンじゃないよ全く!!!」