ルフィの育ての姉   作:津々里 述

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久々の投稿。


ガープ襲来!

 弟たちと盃を交わしてしばらく経った、ある日のこと。空は快晴、爽やかな風が吹き抜ける昼下がりを謳歌していた私たちのところへ、突然“嵐“はやってきた。

 

「サーラ!なぜお前がここにおるんじゃ!フーシャ村に残るようにわしは言ったはずじゃぞ!」

 

 鼻歌を歌いつつ洗濯物を干していた私の耳を、聞き覚えがありすぎる怒鳴り声がつんざいた。冷や汗が頬をつたう。騒がしいセミの声が、まるで非常事態に鳴り響くサイレンのように思えた。

 ……現実逃避はここまでにしよう。

 

「っげえぇ!!なんでガープさんいるの!?」

 

 間違いない、これは罰としてきっつい特訓やらされる流れだ。これまでの経験から大体予想はつく。ならば、逃げるしかない!スニーカーの靴底にぎゅっと体重を乗せる。踏みしめられた小石と砂が、ザリッと音を立てた。直後、押さえつけられていたバネが勢いよく跳ねるように、私は駆け出した。

 

「コラ待つんじゃサーラ!!」

「待ちません〜!どうせ怒って殴るじゃないですか!!」

 

 森の中へ走る私を、ガープさんが猛追してくる。あの人が通るには邪魔な木の枝が、バキバキ折り飛ばされる音が背後から迫るのがその証拠だ。

 

(パワーもスピードもあっちは規格外だけど、こっちには地の利がある……!どうにかうまいこと逃げよう!)

 

 10分後、スタミナも考慮に入れるべきだったと反省した。私の首根っこを掴んだガープさんは息を乱す気配もない。足場が悪く、高低差もある森を休まず駆け抜けた上に、乱入してきた猛獣をワンパンKOしておいて。

 これで全盛期じゃないとか嘘だろと言いたくもなる。

 

「さて、なぜお前がここにいるのか聞かせてもらうぞ」

「だって仕方ないでしょう、弟が心配だったんですから」

「開き直るんじゃないッ!」

 

 ゴチン!!

 強烈な拳骨が脳天に降ってきた。脳が揺れるような衝撃、遅れて来た強烈な痛みは、しばらく声すら出せないほどだった。

 

「……いっ……たァ〜〜〜〜ッ!?暴力反対!体罰なんて今どき流行りませんよ!!」

「体罰じゃない、わしの愛じゃ!受け止めろ!」

「ウエーン横暴だーッ!!!大体アンタ、言い訳したらしたで怒るでしょうよ!」

 

 こんな調子でギャースカ騒いでいると、遠くから小柄な気配が三つ近づいてくるのを察知した。間違いない、弟たちだ。

 

「ルフィー!エースゥー!サボォー!ここは危ないから引き返して!!」

「!ほう、見聞色の覇気か……」

 

 弟たちまで理不尽ジジイのスパルタ訓練に巻き込むわけにはいかない。その一心で叫んだ。

 

「どうした姉貴!?……げっ!ジジイ!!」

「おいッじいちゃん!姉ちゃんをいじめるなよ!」

「エース!ルフィ!まさかアイツがお前らのジジイなのか!?」

 

 しかし私の思惑とは裏腹に、心配させてしまったせいで弟たちは駆け寄ってきた。ジーザス。弟たちが優しいのは嬉しいことなんだけど……!

 

「ちょうどいい、お前ら四人まとめて稽古をつけてやるわい!」

 

 結果は……まぁ予想はつくだろうがメッタメタにされたよ、見事に。

 相手は手加減してても現役バリバリの海軍本部中将(実力は大将クラス)、こちらは未だパンピーの域を出ない女子供。そりゃあ張り合えるわけもなかった。

 

「……ガープさんって本当に人間ですか?」

「正真正銘、生まれた時から人間じゃ」

 

 ぶっ倒れたまま尋ねると、すぐに答えが返ってきた。なるほど、ならばこれが人類のバグというものか。

 

「人間の可能性の幅、広すぎやしませんか」

「鍛錬を長年続けていれば、お前たちもいずれこうなるわい」

「ほんとぉ……?」

 

 少なくともガープさんはほんの一握りのケースだと思われる。そうじゃなかったら、強者はびこる海軍の中で“英雄”だなんて呼ばれてないだろうに。そんなことを考えていると、私のすぐ近くにあった倒木にガープさんが腰掛けた。

 

「しかし、お前さんがこの歳で見聞色の覇気に目覚めたうえ……エースから姉貴と呼ばれるとはな。血は争えんということか」

「……私の血統が、何か関係あるんですか」

「そろそろ話してもいい歳か……お前の母親、サン・ヤーガについて話そう」

 

 やけに思わせぶりなことを言うものだから突っ込んでみると、懐かしい名前が出てきた。

 サン・ヤーガ。随分と昔に亡くなった、今世の私の母。その人が、一体どう関わってくるのだろうか。

 

「……先に弟たちをダダンさんのところへ運んでからでもいいですか」

 

気絶して地面に伸びている弟たちを放置したままでは、話が頭に入ってこないだろう。

 

 

 弟たちをダダンさんのところへ運んで手当てをしたあと。私とガープさんは海が見える崖で二人きりになった。先にガープさんが適当に近くの木を背にしてどっかりと胡座をかいて、私はその向かい側に生えていた木の前に座り込んだ。

 

「サン・ヤーガ……昔はバルーバ・ヤーガと名乗っておった。やつはかつて“蜃気楼の魔女”としてグランドラインの都市伝説になった、稀代の催眠術士じゃった」

「催眠術士ィ?」

「あぁ。それも、世界一の催眠術士と言えよう。ヤーガは光を用いて“意志を持つもの全て”の精神に思うまま干渉できる、とんでもない技量を持っていた。やつは自身に関わった者全てに催眠術をかけて、“バルーバ・ヤーガ”という人物の核心を掴ませないように働きかけていた……しかし、一部の者を除いてな」

 

 催眠術と言われて真っ先に眉唾物な印象を感じたが、話を聞くうちに「もしかして私の母親、相当ヤバい存在だったんじゃないか?」と思えてきた。使い方によっては、国を傾けることくらい容易くできそう。

 そんなとんでもない母の『例外』になった存在に対して、興味が湧いてくる。

 

「その一部の者って?」

「まず挙げられるのは、ポートガス・D・ルージュ……エースの母親じゃ」

「ッエースのお母さん!?」

 

 まさかの情報に、思わず身を乗り出す。

 しかし、こんなものはまだまだ序の口と言わんばかりにガープさんは話を続けた。

 

「二人は同郷で、大層仲が良かったらしい。互いに“姉妹のような存在”と言っておったわ」

「世間って、案外狭いものなんですね……」

 

 目を丸くした私に、「そうじゃの」としみじみ答えるガープさん。まさか母同士まで、家族のように仲良しだとは。

 

「ヤーガが催眠術をかけず自ら関わりを持っとったのは、ワシの知る限りその女くらいじゃ。あとの者は催眠術のかかりが甘く記憶を消しきれなかったから、なし崩しに交友関係を結んだようだ」

 

 先程告げられた母に対する評価のヤバさを思い返し、虚を突かれて「えっ」と目を見開いた。

 

「母の催眠術の腕前でも? 」

「やつの操る催眠術は最高峰のものじゃったが、それでも耐性を持つ者がおった。強靭な精神を持つ者、非常に疑り深い者、そして覇気を高いレベルまで鍛えた者……そういった者には“バルーバ・ヤーガ”に関する記憶が割と残っているようじゃった」

「……耐性あっても“割と残る”程度なんですね」

「記憶なんて元々不確かなものじゃからのう」

 

 それもそうか、記憶って案外いい加減なところもあるし。

 

「……ところで、覇気ってなんですか。話の中でたまに出てきましたけど、何も説明されないのが気になって」

「言っとらんかったか、わし?」

 

「はい」と迷わず頷いた。そしてガープさんから教えられたのは、覇気という技術がこの世界にあるということ。見聞色、武装色、覇王色の三つに分かれていて、それぞれに特色があり……と概要も説明してもらった。

 どこか聞き覚えのある内容だと思ったら、前世でこの世界を作品として読んだ頃の記憶で一致するものがあった。もう十数年前の記憶だ、相当に風化が進んでいる。

 

「催眠術士は精神に深く関わるから、見聞色の覇気を熟している者が多い。お前の母もそれを使いこなしておった……もしかしたらお前にも、催眠術の才能があるかもしれんな」

「へぇ……母がどうやって催眠術を操っていたか覚えてますか?たしか光を使うとか言ってましたよね?」

「仕組みはよく分からんが、杖の先端に飾られた水晶を光らせとったわ。そこから放たれた光を浴びると催眠術にかかる」

 

───時を遡り12年前、“南の海”バテリラにて。

 

 一軒のこぢんまりとした民家の中で、二人の女が向かい合っていた。彼女たちの名はポートガス・D・ルージュとバルーバ・ヤーガ。この島で生まれ育ち、親友となった二人だ。

 

「ルージュ、あなたは本気なんだね?」

「えぇ……絶対に産みたいの。彼の子を」

 

 窓から吹き込む潮風を受けてふんわりと宙を踊る、淡い金色の髪。袖の膨らんだ真っ白なワンピース。タレ目がちな目元。ルージュを構成する多くの要素は柔らかく儚さを感じさせるが、両目に宿る光は揺らぎもしない。

 

「生まれてくる子に罪はない。それでも難儀な生を送らせることになるよ」

 

 決意に満ちたルージュを見つめ返すのは、ぞっとするほど鮮烈なシアンブルーの瞳。人間離れした色合いを持つヤーガの目に、憐憫が透けて見えた。

 ルージュの腹に宿る命は、海賊王ゴール・D・ロジャーの血を受け継いでいる。生前には大暴れを重ね、死に際に放った一言で大海賊時代を生み出した男。その血が身体に流れているというだけで、どれほどの困難や理不尽が子どもに襲い掛かることか。ヤーガの脳裏に浮かぶのは、何通りもの悲壮な生涯とバッドエンドばかりだ。

 

「それでも……ッ私は、この子に産まれてほしい。この子を諦めたくないッ……!ヤーガお願い、あなたにしか頼めないの……!!」

「……わかった、引き受けよう。それがあなたの願いなら」

 

 ルージュはテーブルの上で組まれたヤーガの手に、藁をも掴むような必死さで縋りつく。母として彼女は諦められなかった。自身の中に芽吹いたばかりの命を、愛した彼の子どもを。そんな親友を、ヤーガは見捨てられなかった。

 

 程なくしてルージュの家を後にしたヤーガは、人気のない丘へ向かって走っていた。潮風に煽られて彼女の豊かな白髪が大きくうねり、さらさらと巻き上げられる。

 

「ったくあのデカ髭野郎、ルージュを誑かしたんじゃ飽き足らず……最期まで散々好き勝手やらかして!尻拭いひとつせずにとっとと逝くなんて!」

 

 「恨むよ!」と顰めた眉や呆れたように瞑る目とは裏腹に、紅を引いた口元はニンマリと心底愉快げに吊り上がっていた。

 死してなお、無二の親友の心を奪って離さないところが気に入らぬ気持ちは未だある。しかしヤーガとて、あの破天荒な男が嫌いじゃなかった。なんせ、ロジャーにはたっぷり面白いものを見せてもらったから。

 タッタカ軽快な足取りで彼女は小高い丘を駆け上がり、頂点で立ち止まった。その場でクルリと振り返る。幼い頃ルージュと一緒にここへ来ては、何気ない語らいをしたことを覚えている。

 島全体を見下ろせる、とっておきの場所。丸ごと催眠術をかけるにはもってこいだ。右手に携えた杖を天へ掲げる。

 

「地獄から見てろよロジャー、良いもの見せてくれたお代くらいは支払ってやろう!

────“思い込み(ドクサ)“」

 

 ぴかり。たった一回瞬いた閃光が、島にいる人間全ての意識を塗り替えた。

 

 

「……そうしてルージュがエースを妊娠していた間、やつは海軍の目を騙してルージュを含めバテリラにいた妊婦を赤子狩りから防いだとか話しておったわ」

「母さん……!」

 

 エースがロジャーの血を引いていたとか、島中に長い間催眠術をかけ続けたとか、衝撃的な話がいくつもあった。その中でも何より重要に思えたのは、母がルージュさんを守ってくれたおかげで、私はエースと出会えたことだ。

 何か運命的なものを感じて、目尻にじわりと涙が浮かぶ。しかし間を置いてから、「おや?」と疑問に思う点が出てきた。

 

「ん?海軍を騙せたんなら、なんでガープさんがその話を知って……」

「わしゃ覇気を鍛えておるからのう、効きが悪くてな。じゃからヤーガにこうして詳しい経緯を聞くことができたんじゃ」

「あぁ、それで……ガープさんはエースが生まれたのを知ってたんですよね?それなら……なぜ、エースを見逃してくれたんですか?」

 

 私の問いかけに、ガープさんの目が懐かしみを帯びる。

 

「ロジャーから押し付けられたんじゃ、おれの息子を頼む!なんてな」

 

 まったく、と呆れたようにこぼす割には、なんだかガープさんは嬉しそうだった。

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