「……そうじゃ、もう一つお前に伝えなければいけないことがある。お前の……種族についてじゃ」
「種族ぅ?」
思わぬ言葉に、素っ頓狂な声があがる。種族なんて言われても、私の身体にはどこからどう見ても人間の枠からはみ出るような差異が見つからない。肌の色こそあまり見ない褐色だが、こんがりと日焼けした人たちに紛れれば目立たない程度のものだ。
「私、今まで普通の人間だと思って生きてきたんだけれど……えっ、まさか違ったり?」
「その“まさか”じゃ。それも相当に特殊なものだ」
「うへ……面倒くさいにおいがプンプンしてきたんですけど」
出生がまさか厄ネタだとは……たまらず眉間にぐしゃりと皺が寄る。ガープさんも似たような表情をしていて、いつになく厳しい雰囲気だ。
「真面目に聞くんじゃ。サーラ……これはお前の人生を左右する」
「……はい」
真剣な声色に、自然と背すじがピンと伸びる。唇を引き結んで、ガープさんの言葉を待った。
「まずはお前の母親の家系について話そう……やつの家系は代々催眠術士を輩出しておった。その理由が……先祖が“ルナーリア族”と呼ばれる種族と交わっておったからじゃ」
「ルナーリア族」
それは、どこか幻想的な響きを持つ名前だった。
「特徴は白髪に褐色肌、黒い翼と背中に燃え上がる炎。今はすでに歴史の彼方へ消えたはずの種族じゃ……しかし政府は生き残りを血眼で探しておる。ルナーリア族がいると通報するだけで、一億ベリーが与えられるほどに」
通報だけで、一億。世界政府がルナーリア族に向ける執着の悍ましさに、ぞっと肌が粟立つ。絶対に捕まったらいけないやつだと確信した。何をされるか分かったものじゃない。
「催眠術でルナーリアに近い見た目を誤魔化し、生き延びようとしたんじゃろう。それが功を奏した結果、優れた催眠術士の才を持つバルーバ家が出来上がった」
……生存バイアスをほんのりと感じた。催眠術が上手くなければ姿を誤魔化せず、政府に捕まってしまう。優秀な者が生き残ったから、自然と素養の高い一族になっていったのだろう。
「そうして市井に紛れながら代々普通の人間の血を取り込み続けた結果、子孫に継がれるルナーリアの血も徐々に薄まり、普通の人間とほぼ変わらない姿になっていった……その矢先じゃった。ルナーリアの特徴を大きく受け継ぐ“先祖返り”のヤーガが産まれたのは」
アッ!!ろくでもないことが起きる予感しかしない!!!
「うっわ……母さんが関わる人のほぼ全てに催眠術かけてたのそういうこと……?っていうか、私の記憶に残ってる母さんの姿がルナーリアの特徴と全然合わないんですが……さては私にも催眠術かけてたな」
思わぬ形で母に対する認識と実態の矛盾に気づく。どうやら私は本当の母の姿を産まれてから一度も見ることはなかったようだ。
「そうじゃろうな、いつだったか“子どもは一切悪気なく秘密を漏らすことが往々にしてあるから”なんて言っとったわ……しかし、我が子にも本来の姿を明かさぬ警戒心のおかげで無事に生涯を終えられたんじゃ。悪く思ってやるな」
「別に責めやしませんよ、それだけ種族について秘匿しなきゃならないことは理解したので……」
そうやって欺き続けることで、世界政府から自分の身を守った人なんだ。自身の子どもであっても、人の口に戸が立てられぬ以上は誤魔化しておくのが最善。
それだけ高い警戒心を持つ母を射止めた父親の存在こそ気になるが、探すアテも無いし放っておこう。ワンナイトラブの可能性だって普通にあるし。
しかし、それとはまた別に問題が残っている。
「それで、先祖返りの血をバッチリ受け継いじゃった子どもがここにいるわけですが。幸いなことにルナーリアらしい特徴は肌の色くらいですけど……中心街のような人が集まるところへ行くの、これからは控えた方がいいですかね」
「ルナーリア族についてそう広く知られてはおらんから危険性は低いが ……面倒事を避けたいなら変装するか、催眠術を鍛えるべきじゃな」
人の目が多い場所へ行くことは、それだけ情報の流出経路が増えるということ。何かしら対策を講じなければいけないのは明白だった。どうせなら血筋上、才覚がありそうな催眠術を操ってみたいところだけれど……。
「でも私、催眠術の使い方とか一切知らないんですよね」
母さんが生きている間、催眠術について教えてもらったことは一度も無い。
せめて基礎の部分くらいは学ばせて欲しかった……天才だった母さんは誰かから教えられるまでもなく催眠術を扱えたから教える発想が湧かなかったのか、もう少し私が成長してから教えるつもりだったのか定かではないけど。
「カンでやりゃいいじゃろ、仮にもヤーガの娘だし才能でなんとかなるはずじゃ。なんならワシで試すか?」
「さすがに無茶すぎると思います……」
先程までの緊迫した雰囲気から一転、なんとも適当なことを抜かすガープさんに先が思いやられてガックリと項垂れてしまう。
やり方も知らないのに無茶言うな。だいたい貴方は母さんの催眠術にも耐性あるんだから、催眠術のイロハも知らない私の術なんて効果が出ないだろうに。
「いっそヤーガの遺品でも漁るか?日記でも有れば何かしらの手がかりは掴めるかもしれんぞ」
「そうしますか、他に思い当たるところは無いわけですし。たしか遺品は箱に入れて、おじいちゃんの家にまとめて置かせてもらってたはず……」
「決まりじゃな!よし、じゃあ行くぞサーラ!」
さっそくと言わんばかりにガープさんは張り切った様子で立ち上がると、ひょいっと私を小脇に抱えた。足が地面につかないし、腕が結構腹に食い込む。
「あのぉ……ガープさ〜ん?まさかこの持ち方で連れて行こうってんじゃア゛ワ゛アァァ──────ッ!!!??」
止める間もなくガープさんは走り出し、私はガクガク揺さぶられながら運ばれる羽目になった。扱いが……扱いが雑……!!
そのまま結局ガープ式ジェットコースターに揺られて数分、コルボ山から降りた私たちはおじいちゃんの家へ向かって歩いていた。私だけが若干グロッキーになりつつ。
「人に、運ばれて……ハァ、ハァ……酔うなんてこと……っあるんすね……うぇ」
「繊細じゃのう」
「人体の強度の物差しを貴方基準で測らないでもらえますか……?」
ガープさんが平均的だったらとんだ魔境だよ、この世界。すでに充分魔境な気がするのはさておき。そんな調子で他愛もない会話をしていると、懐かしき我が家はすぐそこにあった。扉を軽くノックする。
「おじいちゃん久しぶり、サーラだよ」
その呼びかけに、中からスタスタと足音が近づいてきた。
ガチャ、と開かれた扉から出てきたおじいちゃんは相変わらずムスッとした顔つきだが、よく見ると目元の雰囲気がほのかに柔らかい。久々の再会を喜んでもらえたのだろうか?そうだと嬉しいな……。
「久しいなサーラ、どうしてここに……あぁ、ガープまでおるのか」
「わし“まで”とはなんじゃ!……まぁいい、とにかくわしらはヤーガの遺品を確かめに来たんじゃ。見せてもらえんか」
「!そうか……いずれ、こんな時が来るとは思っていたが」
「入れ」というおじいちゃんの後に続いて、久々の我が家に足を踏み入れた。部屋の中は荒れた様子も無く、普通に生活できているようでホッとした。椅子に掛けるように勧められたので、素直に腰掛ける。そうして物置を探るおじいちゃんを待っていると、木箱を抱えて戻ってきた。
「これが、ヤーガの残した遺品じゃ」
「どれどれ?おっ、日記があるぞサーラ」
「ガープ!なぜ貴様が真っ先に開けるんじゃ!」
ははは……とガープさんの自由っぷりに苦笑しながら、差し出された日記を受け取る。さっそく開いてみよう。
「……これは、手紙?」
一番初めのページには、無地の白い封筒が挟まっていた。シンプル極まりないそれには、“サーラへ”と記されている。一目で私宛てのものだと解った。慎重に封を切って中を探ると、クリーム色の便箋が一枚入っている。まずはこれから目を通そう。
“愛しのサーラへ
この手紙をあなたが読んでいるということは、私は既にこの世にいない……なんてことはなく、案外どこかで元気にやっています。あなたの成長を見届けることなく去ってしまったことを、母として中途半端な真似をしたことをどうか許してください。
あなたのそばから離れることになった理由を説明します。
実は、私たちの一族はかなり珍しい特徴を持った種族の血を引いています。世界政府が血眼になって探している種族です。私にはその特徴が大きく現れているため、催眠術で私の姿や相手の記憶を誤魔化して生きてきました。
あなたに見せていた姿も、本当の容姿ではありませんでした。「万が一あなたから私の姿の情報が漏れてしまったら」と恐れていたのです。娘に本来の姿を明かす度胸もない母親で、ごめんなさい。そうしてあなたに催眠術をかけ続けてきた結果、重大なことに気づきました。
私が扱う催眠術は広く応用が効く分、長期間使用すると術者(かける側)と対象(かけられる側)両方に負担がかかります。術者は脳を酷使するため大きくエネルギーを消費し、対象には精神的な影響(気疲れ、感覚の鈍化、意識混濁など)が現れる場合もあります。
そんなものを幼いあなたへかけ続けたせいで、あなたが成長するにつれて育つはずだった情緒を滞らせてしまったのです。
私がそばにいる限り、あなたの心に枷をかけ続けることになります。サーラにはきちんと自分の心を持って生きられるようになってほしかったから、離れることを決めました。私の身勝手に巻き込んでしまってごめんなさい。
今のあなたは、あなたの心のままに生きていますか?幸せに過ごせていますか?大切な誰かを愛せていますか?もしも全部当てはまっていたら、私にとってそれ以上に嬉しいことはないでしょう。
ろくでなしな母ですが、これからもあなたの幸せを祈っています。手紙を挟んであった日記に、教えるつもりだった催眠術のコツなどを書いておいたので参考にしてね。
あなたの母ヤーガより”
「……!」
震える唇をぎゅっと引き締めて、涙が溢れそうになるのを必死に耐えた。
冒頭でしれっと生存疑惑が浮上して「ん!?」と驚いたものの、読み進めていくたびに母さんが私に向けてくれた愛情が、丸めな筆跡を通してじわじわと伝わってくる。
思った以上に嬉しかった。遠回しで不器用な形でも、母さんから愛されていることを明確に示されたのが。同時に少し切なさを覚えた。母さんとの思い出が、どれもぼんやりと薄らいでいることに。
向かい側に座るおじいちゃんから、黙ってちり紙を差し出された。一枚取ったそれで軽く両目の涙を吸い取らせて、ぼやけた視界を明瞭に戻す。
「……日記に、催眠術に関することを残してくれたみたいです。ガープさん」
「そうか……」
「あと、母さん生きてるかもしれないです」
「……ん?」
数秒、静寂が訪れた。
「ちょっと待て!今、ヤーガが生きてると言ったか!?」
おじいちゃんがテーブルにダンッ!と両手をつき、身を乗り出して尋ねてくる。
「手紙の文面からして、その可能性が浮上してきた。母さんなら催眠術で死亡偽装くらい朝飯前だろうし」
「あ〜、あの女ならやりそうな事じゃな」
「ヤーガの奴め、娘を放っていったいどこに……!!」
平然としているガープさんに、何やら気を揉んでいるおじいちゃん。二人の様子が対照的だ……催眠術云々言って聞き返されないあたり、おじいちゃんも母さんの事情をある程度知ってたりするのかな?
その疑問は一旦置いておこう。ここに来た本来の目的は催眠術の扱いの手がかりを探すためで、それはもう達成された。母さんの行方も、気にならない訳ではないけど……。
「“案外どこかで元気にしてる”らしいし、それでいいかな」
この時私はまだ知らなかった、後々母さんが私の知らないところで立てたフラグに巻き込まれることを。