ルフィが5歳、私が13歳になった頃、ガープさんがルフィに修行をつけにちょくちょくやってくるようになった。毎度ひどく扱かれているようで生傷が絶えず、修行がある日は救急箱の中身の補充や、かかりつけ医への事前の連絡が欠かせなかった。獣とタイマンさせるとか手加減しろバカ!
本当は止めたかった。手ずから育てた人懐っこくて素直でかわいい弟が、ボロボロになって帰ってくる修行なんて。だけど、ルフィは「じいちゃんのシュギョーはこえーけど、強くなりてぇ」と意思を固めていた。ルフィの望むことを無闇に妨害するわけにもいかず、渋々見送るしかなかった。そんな風に、意思を示さず中途半端でいたせいでアレは起きた。
その日は、修行がある日だった。いつもは夕方くらいに帰って来るのだが、音沙汰ないことに不安は募っていった。耐えきれず村中を探すと、ガープさんだけは見つかった。その近くに、ルフィの姿は見えない。
「あの、ガープさん……」
「お?サーラちゃんか、どうしたんじゃ?」
嫌な予感しか感じられなかった。それでも恐る恐る、尋ねた。
「あの……ルフィが見当たらないんですが、今、どこに居るか知りませんか?」
「あぁ、ルフィならジャングルに放り込んで来た」
絶句した。カコン、と下顎が落ちるほどに口が開いた。そのまま数秒フリーズしたあと、頭に浮かんだ五文字を発するため私は深く息を吸い込んだ。
「ひとごろしィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
少女の大声に、内容の物騒さもあって駆けつけた村の大人と海兵たちが見たものは、急所を押さえて蹲りながら罵倒される海軍の英雄と、おでこにたんこぶを作って涙目で在らん限りの罵声をぶつける少女だった。
「バカバカあほたれスカタンボケナスおたんこなす!!!ノータリンのアッパラパーのあんぽんたん!!!なんなの頭わたあめなの脳みそマシュマロなの!?よくそんなことできたな人でなし!!」
「イヤ、本当に……その、すまん……」
「謝って済んだら海軍も警察も要らないだろぉがよぉおおお゛ッ!!!!!」
「おっしゃるとおりで……」
状況の不可解さとあまりの剣幕に、場数を踏んだ海兵すらたじろいでいた。姉は強し。
後になってメソメソ泣き出した私と回復したガープさんから話を聞いた者たちは、異口同音に「そりゃガープ中将が悪い」と言った。村中に私のルフィに対する溺愛っぷりと仲の良さは知られていたし、私とルフィのことをよく知らない海兵も“幼い弟をジャングルに放り込まれたと聞いて取り乱さない者はそうそういない“と意見していた。
そこから様々なやりとりを経て、結果的に私は海軍の船に乗り、ルフィが放り込まれたジャングルがある島へ捜索しに行くことになった。やりとりの詳細は省くが、それはそれは盛大な泣き落としを決めたとだけ言っておこう。
物置の隅っこで膝を抱えている間、ずっと嫌な想像ばかりが脳裏をよぎった。
(ルフィが熊に殺されたら、虎に食われたら、毒キノコを食べてしまったら、谷底に落ちたら、底なし沼に沈んだら……)
ルフィが死んでしまうのが怖くて、助けに行けない無力な自分が悔しくて、涙が次から次へと頬を滑り落ちていく。いくら拭いても止まらなくて、拭っていた両手がびしょびしょに濡れていた。そんなとき、コンコンとドアがノックされた。開けてみると、目つきが悪い海兵さんがいた。ガープさんに真っ向から意見していた海兵さんだ。何故か片手にマグカップを持っている。
「あ゛〜……大丈夫、じゃなさそうだな」
「……すみません、いつまでもめそめそして……うるさかったですよね」
いい歳して泣きやめない情けなさと、迷惑をかけてしまっている申し訳なさに縮こまると、海兵さんはただでさえ鋭い目を三角にした。
「ンな文句言う野郎がいたらおれがブン殴る……大事な弟なんだろ、無理もねェよ。あと、コレ……飲んどけ。泣きっぱなしで水分足りねぇだろうが」
そう言ってズイと差し出されたマグカップには、ホットミルクが入っていた。白い湯気が、ほこほこと立ち上がっている。そのぶっきらぼうな優しさに、思わず鼻の奥がツンとした。視界が滲んで、だけど海兵さんが狼狽したのが分かった。
「いや、余計泣かせるつもりじゃ無かったんだ。悪ィ……」
「かっ、勘違いしないでください!あの……今のは悲しくて泣いたんじゃないんです。海兵さんが優しくしてくれたのが、嬉しくて……嬉し涙、出ちゃって」
咄嗟に弁解すると、誤解は解けたらしく彼の動揺も収まった。
「ありがとうございます。ホットミルク、嬉しいです」
お礼を言いながら精一杯浮かべた、だけど引き攣って下手っぴな笑顔は海兵さんにため息をつかれてしまった。もらったホットミルクは、彼と同じくらい優しい味がした。
「ル〜〜〜〜フィ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「ね───────ちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!」
ルフィが放り込まれたジャングルのある島に到着し、捜索が始まってから程なくしてルフィは見つかった。傷と葉っぱと泥に塗れて、それでも元気な姿で見つかったことがこの上なく嬉しくって、私の胸に飛び込んできたルフィを迷いなく抱きしめた。治療のためすぐ離れることになったが、終わったあとは二人とも一緒にご飯をご馳走になった。
「ルフィ、姉ちゃんほんっと心配したんだよ。無事で良かったぁ……」
「おれは姉ちゃんいなくてさびしかった!でもな、ジャングルですげー冒険したんだ!聞いてくれよ!」
「うん……お姉ちゃん、ルフィのお話いっぱい聞きたいなぁ。教えてくれる?」
「おう!あのな!」
「これで一件落着じゃな」
「ガープさんが言わないでください。あと、次の修行から私も参加します。弟を守るのは姉としての責務ですので。弟より弱くて守れるはずありませんから、私だって鍛えます」
「ほう、そりゃいいわい!」
「待て嬢ちゃん、考え直せ!」
こんなわけで私も扱かれるようになりました。さっそく軍艦の上で受けた修行の感想は控えめに言って拷問、ありのままに言って地獄。過酷な分成果が伸びまくるからタチ悪い。
特に個人的にお世話になった海兵さんには、フーシャ村に着いてからお礼のお手紙とカスミソウの花束を贈った。花屋で売られてた白くてふわふわな花を見かけたとき、海兵さんの白に近い銀髪を思い出して無意識に買っていた。
「ありがとうございました。これからも、お仕事頑張ってください!応援してます!」
「……ありがとよ、大事にする」
この時、やたらと周囲からヒューヒュー囃したてる声が聞こえた。解せぬ。
「それじゃあ、またな」
「お元気で!───スモーカーさん!」