ガープさんの修行を受け始めて、一年ほど経った頃。ルフィはある程度目を離していても大丈なくらい大きくなった。
だから、私はマキノさんの酒場や村の牧場でアルバイトを始めた。いい加減家事ばかりやっているよりも外で働いてみたかったのだ。前世じゃこの歳から働き始めるのはグレーだったが、こっちでは別に咎められないのがありがたい。ルフィからは寂しがられたが、心を鬼にして働くことを決意した。
そして今、マキノさんから料理を教えてもらっている。
「次はじゃがいもの皮むきよ。まず包丁の角で芽をこうやって取るの、真似してみて」
マキノさんが器用に包丁の角で芽の周りを切って、綺麗にくり抜いた。見様見真似で、片手に握ったじゃがいもに刃を入れる。周りを切って、角で根元を掘り出して……。
「えっと……こう、してっ……こうですか」
芽を取ったじゃがいもを見せると、マキノさんはにっこり笑顔を浮かべた。マキノさんってキレイな上に愛嬌があって、人あたりも良いんだよなぁ。料理も酒場の経営もできるんだから凄い人だ。いつか私も、彼女のような女性になりたい。
「上手!サーラちゃん、飲み込みが早いわね!」
「マキノさんのお手本が分かりやすいからですよ」
「ああ……フーシャ村の綺麗どころが並んでる景色ってのはいいモンだなァ」
「たしかにサーラちゃんは別嬪さんだが、ちょっと幼くねぇか?」
「いいじゃないか将来有望で!」
「あの間に挟まりたい、絶対いい香りする」
「は?」
一部のテーブルから物騒な雰囲気はするが、概ね和やか。閑古鳥が鳴いたり混雑することもなく、程よい混み具合だった。
バンッ!
そこへ、ドアが勢いよく開かれた音が響いた。入り口にいる男性は肩で息をして、顔中に汗が滲んでいた。
「かっ、海賊だ!海賊の船がこっちに向かってきてる!!」
「「「「なんだってぇぇええええ!!?」」」」
平和な村に飛び込んできたバッドニュースに、この場に居合わせた者たちの悲鳴が上がった。
「目的はなんだ!?略奪か、殺しか!?」
「飯食ってる場合じゃねぇ!」
「わりぃマキノちゃん!代金はテーブルに置いとくから!!」
「ただの補給であってくれ……!」
「村長はこのこと知ってんのか!?」
バタバタとお客さんたちはテーブルを立ち、コインやベリー札を置いて外へ飛び出していく。ついに私とマキノさんを除いて人っ子一人いなくなり、後に残されたのは倒れた椅子や
食べかけの料理やドリンクが残ったテーブルだ。
「海賊……」
大海賊時代というのだから、海賊が来るのはこの世界じゃ至って普通なのかと思っていた。この反応を見るに、やはり非常事態らしい。
「サーラちゃん、今日のアルバイトは終わりにしましょう。それよりルフィくんを探しに行った方がいいわ!」
「はッ、たしかに!ルフィは好奇心で海賊にも突撃するタイプ……!すみませんマキノさん、行ってきます!」
その言葉に、目を見開く。私もエプロンと三角巾を脱いで酒場の外へ飛び出した。
(そうだった、ルフィは好奇心旺盛かつ恐れ知らず!自分より強くて残酷な海賊にも構わず立ち向かっていく可能性が高い……くっ、マキノさんに言われてから気づくなんて姉としてなんたる不覚!
ルフィは今朝遊びに行く時、浜辺の方に行くと言ってたはず。まずはそこを重点的に探さねば!)
全速力で浜辺へ向かうと、港からだいぶ離れたところでルフィは小さなカニと戯れていた。かわいい……じゃない!早くルフィを連れて避難だ避難!
「ルフィ!」
「お?ねーちゃん!今日はもうマキノんとこで働くの終わったのか?」
「そんな暢気なことしてる場合じゃないの!海賊船がフーシャ村に近づいてきてる!危ないから早く家に……!」
私の言葉に、ルフィは目を輝かせた。いけない、ルフィの好奇心スイッチを入れてしまった!
「海賊船!?おれ見にいきてぇ!」
「危ないからダメ!気のいい海賊ならともかく、野蛮な海賊だったら殺されちゃうかもしれないんだよ!?」
「えー!!」
いまいち海賊の恐ろしさをわかっていないルフィを諭そうと四苦八苦していると、私の足元に何かがパサッと軽い音を立てて落ちてきた。反射的に、そちらへ視線を向けた。
「……麦わら帽子?」
誰かのものが風に乗って飛んできたのだろうか。赤いリボンが巻かれたそれを拾い上げて、落ちた拍子にくっついた砂を軽く払い落とした。その時だった。
「すまねぇ、そいつはおれのなんだ」
背後から、聞き慣れない男の声がした。バッと振り向き、咄嗟に腕を広げてルフィを庇う。
「おっと、悪ぃな。驚かせちまったか?お嬢ちゃん」
私の背後に立っていたのは、赤い髪の背が高い男だった。片目には爪で引っ掻かれたような傷が3本並んでいて、肩に羽織った黒いマントを風にはためかせている。
(いつの間に、こんな近くに……ルフィと話していたとはいえ、全然気づけないなんて!いや、それよりも……この男、手配書で見たことがある!)
内心焦りながらも、片手に持った麦わら帽子をそっと差し出した。
「あなたの、ものだったんですね……“赤髪のシャンクス”さん。この村には、どんな用事で?」
「この村には物資の補給のために来たんだ、略奪なんざ絶対しねぇ。安心してくれ」
私の警戒心を感じ取ったのだろう。麦わら帽子を受け取った赤髪のシャンクスは、私の目をしっかりと見て、誓いを立てるようにはっきりと告げた。
「……それは、何よりです。もしその言葉を違えたら、ガープ中将に直接連絡して来ていただくので。どうかお忘れなく」
真剣な表情から一転、私がにっこり笑ってそう言うと、たちまちシャンクスさんは表情を引き攣らせた。海軍の英雄だもんね、海賊には怖かろう。ふはは。……虎の威を借る狐だって?フーシャ村を、何よりルフィを守れるのなら、虎の威だろうがクソジジイの威だろうがなんだって借りるわ!
「うげ、ガープ!?お前ガープ中将にツテがあんのか!?」
「修行をつけて頂いている身ですので。ま、先程シャンクスさんが言ったことを破らなければいい話です。簡単でしょう?」
「なぁシャンクス!シャンクスって海賊なのか?冒険の話聞かせてくれよ!」
この日から1年、シャンクスさんの船が停泊するなんて知る由もない時の話だ。
(「サーラお前、なんでガープ中将が来る日程教えてくれるんだよ?」)
(「ルフィがあなたに懐いてるんで。それに、好き好んであのクソジジイの利になることはしませんよ」)