「お待たせしました」
マキノさんから借りた薪割り用の鉈を片手に酒場を出ると、開けた場所に山賊たちがひとかたまりに集まっていた。
「ずいぶん遅かったじゃねェか、弟とお別れの挨拶でもしてきたかい?」
山賊の頭は私の姿を見つけると、にやけながらそう言った。
「いや、“勝ってくる”と宣言してきました」
「ハッ、可哀想に。無駄な希望抱かせるなんてムゴいことするぜ」
その言葉に思わず、フッと笑いが漏れる。
「それはどうでしょうね。どんな結果になるなんて、誰もわからないんですから」
軽く肩や足首を回しつつ、目の前の敵をざっと分析する。山賊たちは頭も含めて約20人。殆どがサーベルを装備しており、銃持ちは少ない。
「じゃあ、そろそろ始めますか」
「やっちまえテメェら!」
「「「ウオオオオオッ!!!」」」
山賊の頭の一声で、山賊たちが一斉に襲いかかってきた。右手で無造作に握っていた鉈を両手で構える。
そして、投げた。
「「「うおぉぉぉっ!!?」」」
荒々しい雄叫びから一転、たちまち困惑と驚きが混ざった叫びがあがる。集団の中へ回転しながら飛んでいった鉈は、1人の山賊の肩口に突き刺さった。
「ギャアアアッ!!痛ぇえぇぇぇ!!!」
「あっ、危ねぇ!!!鉈を投げるなんざイカれてやがる!」
「待て!あの女はどこに行っ……グフッ!!」
言葉の途中で意識を刈り取られた山賊に続き、3、4人が次々に倒れ込んでいく。鉈に意識を取られている間に素早く懐へ潜り込み、山賊たちの顔面に、こめかみに、鳩尾に。人体の弱点や急所と言われる場所を狙って、拳を叩き込んでいったのだ。
「このアマッ!」
振りかぶられたサーベルに、山賊の肩に刺さった鉈を引き抜いて防ぐ。多対一の状況で鍔迫り合いは隙を作るだけだ。別方向からさらに切りかかってきた奴の方へ、力の勢いを流す。
「うわっ!?」
「あ、このッ!邪魔だ!!」
間合いに味方が倒れ込んできたせいでサーベルを上手く振るえず、山賊がたたらを踏んだ。その隙に手から武器を蹴りあげる。手から離れたそれは重力にしたがって落下し、カランと音を立てた。取り落とした武器を拾う暇はやらない、追撃で2人まとめて蹴りを叩き込む。
「がはっ!!!」
「うごッ……!」
呻き、地面へ沈む奴らを横目で見ながら、私はあることを実感していた。
(ガープさんより……断然遅い!)
繰り出された突きを半身になって躱し、伸び切った肘を掴んで投げ飛ばした。
(それに動きは大振りで隙が多い割に、力はそうでもない!!多分、あのジジイのせいで基準が高騰してるんだろうけどさ!)
ガープさんの拳骨は、もっと速くて、強くて、隙がない。あれに比べたら、山賊たちの動きなんて子どもの遊びのようだった。ああ、ぽんぽん転がされて受け身を取らされた頃が懐かしい。あの時は人間からボールにでも生まれ変わったかと思った。
戦っているうちに山賊たちは一人、二人と脱落していき、気づけばとっくに残り半分を切っていた。残った奴らは私から離れた位置で、攻撃を躊躇っている。
「なんだよあの女!強ぇ……!」
「ただの店員じゃなかったのかよ!?クソ、話が違ェ……!!」
ざわざわと騒ぐ山賊たちの集団を観察していると、違和感を覚えた。何か、誰かが足りないような……。
「オイてめェ、こっちを見ろ!!!」
そうだ、山賊の
「くそ、はなせ山賊!卑怯だぞ!!!」
奴の腕の中には、ルフィが捕らえられていた。細い首へ、刃を添えられて。
一瞬で、血管がはち切れるほど血が上った。
「ルフィ!!!」
「おっと、動くなよ!おれがチョイと手を動かしゃ、このガキはお陀仏だぜ」
地面を蹴飛ばして駆け出そうとした脚を、なんとか気合いで押しとどめる。ギヂ、と口の中から噛みしめた歯の軋む音がした。
腹の奥底から、ぐらりと真っ黒に煮えたぎった感情が鎌首をもたげた。
「きさま、きさま、やってくれたな、なぁ。やってくれたな、私の宝物に、ルフィに、手を出したな?」
殺意が、喉から溢れ出す。
「おー恐ェ恐ェ……だがな、テメェの負けだ」
その言葉と同時に、背後から腕が伸びてくる。怒りに囚われていたせいで、反応が遅れる。抵抗する間も無く、そのまま私は羽交い締めにされてしまった。
「クソがッ……!」
山賊どもへの怨嗟と、まんまと策にハマってしまった自分の未熟さに対する苛立ちで罵声が口をついて出た。その様を、山賊の頭は愉悦に満ちた表情で見つめてくる。
「腕っ節があろうが、しょせんは田舎の小娘だな。こういうところで脇が甘ェんだ」
「……その田舎の小娘に戦いで勝てないと踏んで、人質取ったんですか。山賊ともあろうお方が随分と弱気でいらっしゃる」
「やれ」
左頬に、衝撃が走る。殴られた。歯を噛みしめていなかったせいで、頬の内側が切れてぼろぼろだ。鉄錆の味と臭いが口いっぱいに広がる。
「オイオイ、次から顔じゃなくて腹をやれよ。せっかくツラはいいんだからな、“お楽しみ”の時に、顔面ボコボコの女じゃ興奮しねぇだろ?」
「やめろ、やめろよっ!ねえちゃんを殴るな!!」
腹に一発、二発と拳を叩き込まれる。喉に酸っぱいものが込み上がってきた。
「やめろよォ!!!」
「お前のせいだぜ、ガキ。お前がおれ達の気分を害したからこうなったんだ」
黙れ。お前らのせいだろ、山賊。
ルフィ、泣かないで。お姉ちゃん、これでも頑丈だから。
「ル、フィ……ッ!だい、じょ……ぶ、だからッ……」
「その子達を離してくれ!!頼む!!」
「!おじい、ちゃ……っ」
おじいちゃんが、片頬を腫らしたマキノさんを伴って現れた。山賊め、マキノさんにまで手を出したか。殴られて恐かったはずなのに、ルフィを守ろうとしてくれたんだろう。
そして、おじいちゃんはその場でガバッと地面に両手をつき、土下座した。
「サーラとルフィが何をやったかは知らんし、あんた達と争う気もない、失礼でなければ金は払う!!その子達を助けてくれ!!」
いつも厳しいおじいちゃんが、形振り構わず私達の命乞いをしている。その光景に胸がぎゅうっと締め付けられて、目頭が熱くなった。しかし、山賊の頭は必死なおじいちゃんを見下ろすと、愉快そうに喉の奥でククッと嗤った。
「さすがは年寄りだな、世の中の渡り方を知ってる。だが駄目だ!!なんせこの俺を怒らせたんだからな……!!」
山賊の頭はルフィの身体を抑えていた手で首根っこを掴まえて、グシャ!と地面に叩きつけた。この野郎!!!
「こんな乳臭ェ小娘と文字通り軟弱なゴム小僧にたてつかれたとあっちゃあ、不愉快極まりねぇぜ おれは……!!」
「悪いのはお前らだ!!!この山ざる!!!」
ルフィの頭上に、銀色の刃が振りかざされた。
「よし、遊ぶのはもうやめだ。もう殺しちまおうここで」
その言葉に、頭が真っ白になった。
「……やだ、やだ!やめて!!ルフィを殺さないで!!!ルフィッ!!!」
お願いだから、私なんてどうなったって構わないから!誰か、ルフィを!
「たすけて……ッ!」
「港に誰も迎えがないんで、何事かと思えば……いつかの山賊じゃないか」
久しぶりに目に映る、燃えるような赤髪。その人を、きっと私たちは無意識の内に待ちかねていた。