88   作:柴猫侍

4 / 6
Ⅳ.『君じゃなきゃ出来ないんだ』

 白い人影が宙を舞う。

 

 

 

 少年の振り抜かれた拳を貰い、体勢を整える間もなく地面を滑る。パタパタと地面に落ちる音だけが響いた後は、その衝撃的な光景を前に誰もが固まっていた。

 

「や、やりやがった……あいつ」

 

 驚愕と興奮が綯い交ぜになった面持ちを湛える獄寺が呟く。

 土をつけた相手は、死ぬ気で修行を重ね、縦の時空軸の奇跡にて原型のボンゴレリングを取り戻した綱吉でようやく立ち向かえるようになった存在だ。

 それをボンゴレリングすら持たない───正確に言えば、白蘭と同じリングを嵌めた少年が成し遂げたというのだから、驚くなという方が無理な話である。

 

「……立ちな、白蘭」

 

 騒然とする中、振り抜いた拳を引き戻す刹那が言い放つ。

 

「今のはほんの小手調べだ。……これでようやく自分の全力を知れた。次は手加減なしだ、覚悟しろッ!」

「───プッ、ハハハハハ!」

 

 狂った笑い声が反響する。

 間もなく立ち上がる白蘭は、狂悦に歪んだ眼を湛えながら参入したプレイヤーを歓迎するかの如く両腕を広げた。

 

「なんてこった! とんだイレギュラーだよ、キミって奴は!」

 

 本当に楽しませてくれるね、と嗤う白蘭であるが、途端に声のトーンが下がる。

 

「しかし……どういう訳なんだい、それは? わざわざ僕のマーレリングに似せて作るなんて、悪趣味もいいところだな~」

「違うな、これはジッリョネロの……ユニが持つべきだったリングだ! お前のリングなんかじゃない!」

「それはこっちの台詞だよ、刹那クン」

 

 白蘭の瞳が細められる。

 鋭い眼光と共に送られてくる敵視の念は、暗に目の前に現れた存在を認めないと言っているようだった。

 

「GHOSTをさっき見たろう? 並行世界間の移動は最先端の技術を以てしても不可能なんだ。さっきの口振り……ちょうど彼が居た並行世界からやって来た風だったけれど……ありえないんだよ、そんなこと」

 

───あっちゃならない。

 

 語気を強めた言い方は、そう告げていた。

 

「奇跡でも起こらない限り、ここに居る君は並行世界からやって来たタイムトラベラーでもなんでもない。そういう風に思い込んでしまった、可哀そうな異常者だよ」

「白蘭!」

「違うかい、刹那クン? 例え君が本当に並行世界からやって来たとしても、こっちのユニちゃんは君の居た世界のユニちゃんとはま~ったくの別人なんだから! アハッ、健気だねェ! それでいて滑稽極まるよ!」

 

 なんてムダな覚悟を燃やしているんだ!

 と、少年の存在を真っ向から否定する白蘭に、綱吉の怒りを孕んだ叫びが響き渡る。

 一方、当人はと言えば動揺をおくびにも出さず討つべき仇敵を睨みつけていた。否、そもそも動揺など、元よりしていないだろう。

 

───覚悟は疾うに決めた。

───なら、やり抜くだけ。

 

 固く握られた拳に古の誓いを宿し、刹那の炎は尚も烈しく燃え盛る。

 

 

 

 

 

「───その奇跡が起こっているのです、白蘭」

 

 

 

 

 

 瞬間、澄み渡る声が鼓膜を揺らす。

 

「ひ、姫……!? もう起きて大丈夫なのか、あんた……」

 

 狼狽するγの前に佇む人影。

 ジッリョネロファミリーの紋章でもある五花弁が刻まれたマントを靡かせ、年不相応な威風堂々たる居住まいを見せつけるのは他でもない、ユニだった。

 命を懸けてまで炎を燃やしてからそう時間は経っていない。

 

「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます、γ」

「……姫?」

「少し……行ってきます」

 

 違和感を覚えるγを置き去りに、ユニが結界の下まで歩み寄る。

 その間、刹那は食い入るように彼女を眺めていた。すれば、記憶の中よりフラッシュバックされる姿と一挙手一投足が重なる。

 

「……()()()()()?」

「……お久しぶりです、()()

 

 心の底より嬉しそうな笑みがユニに咲いた。

 感極まる余りほんのりと涙こそ浮かんでいるものの、視界にはしっかりと少年の姿を映している。

 

「う~ん? ユニちゃん、どういうつもりかな。まさか同情の余りに一役演じてあげてるとかじゃないよね」

 

 そこへ聞こえる怪訝な白蘭の声。

 目の前に居るユニに違和感を覚えているのは彼も同じであった。

 しかし、俄かには信じがたい現象に確証を得られず、必然的に水を差す疑問を投げつけただけだ。

 

 やおら、ユニの視線が白蘭を射抜く。

 感じられるのは───敵意だった。つい先刻よりも鋭く、隠し切れない怒りが覗いている瞳。

 

 確かに苦悩と覚悟を湛えた()()()()()()とは違うらしい。

 そこで白蘭は一つの推測に思い至った。

 

「まさか……チョイスの時に話していた力のことかい?」

 

 その通りです、とユニは頷いた。

 劇薬を投与され、一時は物言わぬ体にされた彼女が言い放った『遠くに避難していた』『私も他の世界へ翔べるようです』といった言葉の数々が脳裏を過る。

 

「ふーん……それが本当なら興味深い話だね」

「今は眠りに落ちたこの身体を借りているだけ。こちらの世界の私がそうしていたように、我が身から抜け出し、幾千の世界と幾星霜の時を経て……そして今、彼の起こしてくれた横の時空軸の奇跡が、私をこの世界に導いてくれました」

 

 涙を拭い、凛然とした居住まいに戻ったユニが白蘭を見据える。

 近しい者にしか分からぬほんの微妙な雰囲気の違いだが、それこそが今この場に居るユニが、この世界線のユニでないことを示す確かな証拠であった。

 

「ご覧になったでしょう、先のマーレリングの輝きを」

「あー、あれね。あれが一体何の関係があるって言うんだい?」

「こちらの私がお教えした通り、『(ボンゴレ)』が縦の時間軸を象徴する一方、『(マーレ)』は横の時間軸の在り方を象徴しています。それは大空のみならず、守護者たる六人の持つリングにも通ずるものがあります」

 

海はその広がりに限りを知らず

貝は代を重ね その姿受け継ぎ

虹は時折現れ はかなく消える

 

 三つに分かたれた7³の引き起こす奇跡を唄った詩は、それぞれの大空の在り方を示している。

 だからこそ、ボンゴレリングは初代ファミリーの意思を受け継ぐことで原型のボンゴレリングを取り戻した。

 片や白蘭は、大空のマーレリング適応者として、並行世界に生きる自分自身との知識と記憶の共有する力を得た。

 

 だが、何も奇跡は大空だけに引き起こされるものではない。

 

「沢田さんの守護者の方々が真のボンゴレリングの姿を取り戻したように、本来マーレリングを保持する守護者にも同じ力が働きます。それこそ───並行世界の守護者と想いを繋ぎ、結び、遠い世界へと渡らせる力」

「ハハハ、面白い冗談だなァ。でも、その御伽噺には同意しかねるよ。だって、無数のパラレルワールドの中でも僕の守護者にそんな力を持った人間は現れなかったからね」

「それはあなたが守護者を蔑ろにしたからです」

 

 歯に衣着せぬ物言いに、白蘭の眉が顰められる。

 しかし、浴びらせられる威圧感に物怖じしないユニは毅然と続けた。

 

「本来、適応者がリングを継げば、自然と守護者の者にも恩恵はもたらされる……それをできない───いえ、()()()()()()のはあなたが私利私欲の為に力を使うが余り、守護者の目にすら触れぬよう扱ってきたからに尽きます」

「……言ってくれるね。それなら逆に質問なんだけれど、僕が適応者なのは間違いないとして、どうして彼がその力を使えるんだい? 少なくとも彼は適応者じゃないはずだ」

 

 そう言って刹那をねめつけた。

 白蘭にも誇りや自負はある。それは全ての並行世界を支配するに相応しい力であり、何よりもその野望を叶えさせるに足る大空のマーレリング適応者であるという事実だ。

 

 だからこそ許せない。自分以外に適応者が居るなどと。

 

「───単純な話です。リングが彼を認めたのです……自分を持つに相応しい継承者であると」

「はあ?」

「『優れたリングには魂が宿り、魂があれば感じるところもある』と……私が彫金を頼んだ御方は仰っていました」

「うーん、要領を得ないなあ。つまり、何を言いたい訳?」

「リングの魂は、あなたよりも彼を……常磐 刹那を大空のマーレリングを保持するに相応しい適応者と選んだ。そう言っているのです」

 

 恫喝するような物言いに白蘭に対し、ユニはそう言い切った。

 その言葉を受け、刹那は全身に震えるような感覚を覚えていた。ジンと熱くなる胸の内。自然と握った拳を当てれば、次第に景色が霞んでいく。

 斯様な視界の中でも、左手に輝くリングは穢れない輝きを見せつける。

 

「俺を……選んでくれたのか?」

 

 言葉は返ってこない。

 だがしかし、噴き上がる炎がほんの僅かに揺れた気がした。優しく包み込んでくれるような温もりを抱え、炎はどこまでも広がっていく。

 

「───刹那」

「ユニ……」

「私が魂だけとなり彷徨っている間、あなたがあらゆる世界を渡り歩く姿を見てきました。時に苦しく、時に辛い旅路だったでしょう」

「! ……かも、しれない……」

「けれど、今だからこそ言えます。その旅路は決して無駄ではなかったと。あなたが積み重ねてきた行いは、現にこうした形で返ってきています」

 

 その最たるものは、並行世界のマーレリング保持者から送られてくる炎。

 世界が違えば守護者として選ばれていた彼らが、たった一人の少年の手によって幸いにも不幸な人生を避けられた世界線───炎はそこよりやって来ていた。

 

「なんとなく……仔細は耳にしました。転移した世界線で死ねば、呪い……7³の力によってその世界線からあなたの存在が消えてしまうことを」

『!!?』

「白蘭の力に対抗するにはそうするより他ないと、呪いをかけた御仁は考えたはず」

 

 そうだ、と刹那は首を縦に振った。

 並行世界の知識を共有する力に対抗するには、そもそも自身の痕跡を万人の記憶からすっぽりと消さなければならない。それを覚悟の上で呪いを受けたのだ。

 

 けれども、ユニは憶えている。

 遠い並行世界からマーレリングを通して力を貸してくれた面々も、本当ならば自分のことなぞ忘れているはずだった。

 

「だったら、なんで……」

「それもまた、奇跡です」

 

 困惑する刹那へ、ユニが満面の笑みで告げる。

 

「7³が引き起こす現象は人智を超える……あなたの時空に干渉する呪いも、7³に起因する代物です。だから、あなたがより強い覚悟で7³に働きかけたなら───きっと、この奇跡は必然としてもたらされたのでしょう」

 

 リングに選ばれた刹那の『守りたい』という覚悟。

 そして、守護者の『助けたい』という想い。

 

 二つの意志が点と点を結ぶように、世界を超え、繋がり、失われた記憶を呼び覚ましたのだとユニは言う。

 

「誇って、刹那。これであなたへ心置きなく贈ることができます」

 

 この時を待っていました、と。

 そう、祈るように手を組んでいるユニは表情で伝える。好きだからこそ巻き込ませたくないと突き放していた少年が、永い時を経て心身ともに成長を遂げ、本来自分が継ぐべきであったリングに選ばれた。

 

これほど嬉しいことがあるだろうか? ───ユニは涙ながらに続ける。

 

「本当ならこう呼んでしまったら、お母さんやおばあちゃん……歴代のジッリョネロボスの方々に怒られるかもしれません。けれど……貴方をこう呼ばせてください」

 

 お願い、と。

 

 

 

 

 

「大空の───(アルコバレーノ)の守護者」

 

 

 

 

 

 何ら変わらぬ声音で、少年へ告白する。

 

「私を……守ってください!」

「───ああっ!!!」

 

 ゴウッ!!! と炎が雄たけびを上げた。

 

(早い!)

 

 瞠目する白蘭に遅れる形で、全員が炎の軌跡を追った。

 既に刹那は標的の目の前。振り上げる脚は炎を噴き上げながら、大気を突き破る音を奏でる。

 

「白蘭ッ!!」

「大した速さだ……ねっ!!」

「おおおっ!!」

 

 寸前で腕をクロスする白蘭が、迫りくる蹴撃を炎の盾と共に防ぐ。

 瞬間、爆発音が轟く。

 それが刹那の履くFシューズが挙げた唸り声だと気付いた時、白蘭は大きく後ろへ弾き飛ばされていた。

 

「アハッ、よくやるよ! よくもまあ量産型の匣兵器でそんな速度を出せる! 褒めてあげるよ!」

「お陰様でな!! Fシューズ(こいつ)の上手い使い方は……俺が一番よく知っている!!」

「それなら僕が試してあげるよ!」

 

 ドス黒い翼で羽搏く白蘭に対し、刹那はFシューズによる空中移動で立ち向かっている。

 ミルフィオーレのリング保持者であれば支給されているであろう装着型匣兵器、Fシューズ。原理はXグローブと同じで、死ぬ気の炎を噴射して飛行を可能とする兵器だ。

 使用者は数多く、それこそ白蘭や真6弔花すらも使用している。

 使い手の練度によれば、それこそ綱吉レベルの三次元戦闘を可能にする代物であるが、

 

「……フッ」

「気づいたのか、リボーン」

「オレを誰だと思ってんだ」

 

 端的なやり取りの中に、リボーンとラルが歴戦ともいえる観察眼で見抜く。

 

()()ツナじゃできねえ真似だな」

「ああ、Xグローブじゃああはいかん」

 

 FシューズとXグローブ、両者の違いは炎を放出する部位にある。

 前者は足裏、後者は掌。移動に着眼点を置けば、後者は腕の可動域に応じて様々な方向へ炎を噴射できる分、柔軟な三次元の動きが可能だ。

 攻撃手段という点から見ても、本来武器として想定されていない前者と、炎を纏い、放つこともできる後者とでは天と地ほどの差もある───かに思えるだろう。

 

 しかし、少年の戦い方を見れば自ずと理解できる。

 

「常磐の奴、直撃する寸前で足裏の炎を吹かしてる。あれで蹴りの威力を高めるとは考えたな」

「余程鍛錬しない限りタイミングを掴むのも難しいだろうに」

「それこそ、死ぬほど特訓したって訳だろう」

 

 ああ……、と含蓄に富んだ応答を見せるラル。

 戦闘においては知識よりも、実戦でのセンスが問われる部分も少なからず存在する。現実は残酷だ。どれだけ知識を育み特訓を積んだところで、天性のセンスを持ち合わせた人間に敵わないなどざらにある。センスのない者は一生かかっても天才には追い付けない。

 だがしかし、例え凡人であろうが弛まない───それこそ狂気染みた努力を重ねれば、天才にも追い縋ることは叶うだろう。

 

 最初から適応者であった白蘭。

 最期にて適応者となった刹那。

 

「そもそも土台が違ぇんだ」

 

 だからこそ、

 

「───今のあいつは死ぬほど強ぇぞ」

 

 三度、炎が弾けた。

 

「がっ……!!」

「白蘭様!?」

 

 血の尾を引くように墜落する主の姿に、桔梗が悲痛な声で叫ぶ。

 

「馬鹿な……あのような偽物如きに!」

「驚くのはまだはえーぞ」

「っ、アルコバレーノ……!」

「あいつの真価はこっからだ」

 

 冷や汗を流す真6弔花へ、リボーンは死闘の次なる展開(ステージ)へ目を向けるよう促す。

 

「───雲スピノサウルス(スピノサウロ・ヌーヴォラ)!」

「あれは……!?」

 

 匣兵器の登場だ。

 しかも、桔梗の修羅開匣と同じ種類の匣兵器。違いはと言えば通常の匣兵器同様にモチーフとなった生物そのものを繰り出すか、体内に内蔵するかであった。

 刹那の匣兵器は前者だが、桔梗の修羅開匣にも負けず劣らずの増殖速度で増えるスピノサウルスが白蘭へ押し寄せる。

 

「うーん、我ながら壮観壮観♪」

 

 動物(アニマル)型を遥かに凌ぐ戦闘力を有する恐竜(ダイナソー)型匣兵器。雲スピノサウルスよりも一回り小さな雲ヴェロキラプトルでさえ、最新装備を備えた一個師団を根絶やしにする戦闘力は、開発の根幹に関わった白蘭のお墨付きだ。

 

「でも、残念。君は大事なことを忘れてるよ」

 

 牙を剥き出しにし群がる恐竜を前に、白蘭は右手を構える。

 瞬時に収束される死ぬ気の炎。渦を巻いて唸るエネルギーは、間もなく恐竜の群れのど真ん中へ隕石の如き衝撃波を伴って解き放たれた。

 それにより雲スピノサウルスは、炎に焼かれ、あるいは砕ける地面の破片でバラバラな肉の塊と化していく。

 

 その光景を目の当たりにした味方は絶句し、一方で白蘭は実に愉快だと言わんばかりに腹をゆすって哄笑してみせた。

 

「はい、匣兵器やぶれたり~♪」

「……」

「悔しくて声も出ないかい? そりゃそっか。せっかく愛しのユニちゃんに頼られてやる気いっぱいだとしても……大空の炎で無理やり開けた匣如きで僕を倒せるだなんて思わないことだよ」

 

 これが綱吉の天空ライオン(レオネ・ディ・チエーリ)であれば話は別だった。

 波動・リング・匣兵器、全ての属性が揃ってこそ匣兵器は真価を発揮する。大空の七属性で唯一全属性の匣を開ける大空の炎も、正しい属性と比較すれば引き出せる性能は十全とは程遠い。

 故に桔梗が開匣した雲スピノサウルスよりも、刹那の開匣した個体は性能において劣っている。

 

「───本当にそうか?」

「っ……なに!?」

 

 

「ギャオオオ!!!」

 

 

 足元ににじり寄る影に白蘭が飛びのいた。

 すぐそこに迫っていたのは他でもない、先ほど渾身の炎で木っ端微塵にしたはずの雲スピノサウルスではないか。

 

 これに異を唱えるのは桔梗だった。

 

「何故だ!? 例えあの炎圧でも、大空の炎では雲スピノサウルスの増殖能力をああまでも引き出せることは……」

「案外てめーらの目も節穴だな」

「なんだとっ!?」

「本当に大空の炎だけかよく見てみな」

 

 顎で指し示すリボーンに促された者達は目撃する。

 大空の炎を纏う恐竜の額に、仄かに紫色の炎が揺らいでいる光景がそこにはあった。

 

 この時、複数人が思い至ったのは獄寺に通ずる()()()()()

 通常、一人につき強い波動は一つまで。その他は微弱ながらも流れているケースがほとんどでおり、実戦にまで利用できるケースは稀だ。

 複数の波動とそれに応じたリングさえあれば、雲スピノサウルスの十全な増殖能力にも説明がつく。

 

「ちげーな。もっと細々とした小細工だ」

 

 しかし、それを否定するのはリボーン。

 

「あいつの戦い方を忘れたか?」

「……そうか、バッテリー(ボックス)だ! 例えほんの少しでも正しい属性の種火がありゃあ、あとは大空の“調和”で炎を補える!」

 

 一度してやられた経験を持つ獄寺が導いた結論に、大勢が得心した。

 正解だ、と口角を上げるリボーンはさらに補足する。

 

「それも今回はとびっきりの上物……純度100%の炎だ。ほんの小さな種火だろうが、“調和”によって膨れ上がりゃあ、正しい属性をぶち込まれたのとなんら遜色ねえ炎に育つはずだ」

 

 現に雲スピノサウルスは驚異的な増殖速度で白蘭の足元を埋め尽くしている。

 個々の力は自身に大きく劣るとしても、こうも群がられれば心理的にも生理的にも受け付けない。

 

「成程、大した匣戦術だ。弱い者なりの浅知恵らしくて目頭が熱くなるよ」

 

 嘲る白蘭に、四方八方から伸びる雲スピノサウルスの顎が集中する。

 が、黙ってやられるほど寛容な相手ではない。瞬きする間に生えてくる無数の腕が、グロテスクに竜頭を握り潰し、一山いくらの肉団子を量産してみせる。

 

「でも、勘違いしていないかい? 綱吉クン達のボンゴレ匣と違って、君が使うのはあくまでもミルフィオーレ産。つまり、僕も開発関係者の一人♪」

「それがどうした?」

「『底が知れるよ』って話さ」

 

 屍の山と化した雲スピノサウルスを足蹴に、白蘭が飛翔する。

 向かう先は───当然、紛い物の大空。

 

「マーレリングも匣兵器も、所詮は全部僕の既知の範疇。だからこそ親切心で教えてあげるよ……君は僕のお膳立てがなければ、そもそもこの場にすら立てない凡百の一つさ!」

「白蘭、お前!」

「君の力はぜーんぶ借り物! ただの一つでも君が作ったものなんてあるかい?」

 

 侮辱する物言いに激高する綱吉を余所に、白蘭の指に嵌められているマーレリングより炎が迸る。

 捻じれるように渦巻き、収束し、貫通力を高める必殺の一撃は、目にも止まらぬ速さで宙に立つ少年の胸を貫いた。

 

「───だからこんなにもお粗末な結末を迎えるのさ」

「……あるさ、たった一つだけな」

「うん?」

 

 ちゃぷん、と雫が零れる音が木霊する。

 怪訝そうに振り返る白蘭であったが、次第に脱力する身体に『してやられた』と察した。既に突き殺した少年の姿はなく、さらさらと砂のように消えていく。

 

「ごぽっ……」

 

 水中で喋れない白蘭は、音もなく背後に現れた幻影と魚影───否、目玉と魚竜の影を見た。

 

───霧蛾(ファレーナ・ディ・ネッビア)

───雨ショニサウルス(ショニサウロ・ピオッジャ)

 

 不気味な目玉模様から妖しい光を放ち、振り撒く鱗粉で語感を狂わせる霧蛾。

 膨大な量の雨の炎の水により、鎮静させた相手を溺死させる雨ショニサウルス。

 強力な匣兵器二つを組み合わせ、白蘭を脱出不可能な雨の炎の牢獄へと閉じ込めた刹那は、悠然とその手に炎を湛えていた。

 

「なっ……常磐殿は一体いつ開匣を!?」

「雲スピノサウルスをけしかけてた時だろ。あれだけの数だ。小さい蛾一匹開匣したところで気づくのは困難。しかも、目玉を見りゃあ幻覚をかけられると来た。あとはそのまま雨ショニサウルスを出したってとこだろ」

「そんな……しかし、それを誰にも気取られずなど……」

「その為に両手が空いてんだろ」

 

 驚くバジルへ、さも当然とリボーンが説く。

 

「ツナとの明確な違いは、肉弾戦を脚に任せて()()()()()()()()()()点だ。だから、どんな状況でも使いてー匣を即座に開けられるって寸法だ」

 

───まあ、誰にも気取られずにってのは本人の練習の賜物だろうがな。

 

 ボルサリーノを被り直すリボーンは、ツバの陰に隠された笑みを深くする。

 

「さ、こっからが見ものだぞ」

 

 言うや否や、空が赤色に染まる。

 目を向ければ既に一つのバッテリー匣を開き、もう一つの匣目掛けて橙と赤が入り混じった荒々しい炎を注入する刹那の姿が見えた。

 

「───待ちに待った出番だ。積もり積もった鬱憤……お前が代わりにぶちまけろ!!」

 

 開かれたのは匣などではない。

 凶暴な怪物を閉じ込める堅牢な“檻”。

 

 

 

嵐ティラノサウルス(ティランノサウロ・テンペスタ)!!!」

 

 

 

GRAAAAAAAAAAAAAAAAR(グァァァァァァァァァァオ)!!!!!

 

 大気が震えるけたたましい咆哮。

 大地を揺るがす重厚長大な足音。

 腹の奥底に重く圧し掛かる威圧感は、まさしく恐竜の王に相応しい恐ろしさを兼ね備えていた。荒々しい恐竜の皮膚(ダイナソースキン)で荒ぶる嵐の炎は、触れるものみな“分解”にて塵も残さない凶暴を体現した権能。

 強靭な顎を大きく開く嵐ティラノサウルスは、水の中に浮かぶ餌を目の前に、腹の音とも判別つかない重く低い唸り声を鳴らす。

 

 腹を空かせた暴君へ、大空が諭す。

 

「暴れろ、レックス!!」

「GRAAAAAAAR!!!」

 

 鬨の声を上げる暴君が嵐炎を纏った尾が振り抜く。

 一閃が水の牢獄を難なく切り裂いた。丸太よりも太い超重量による一撃は、鞭の如く撓り、破城槌よりも強烈。

 回避もままならない白蘭に命中した瞬間、雨ショニサウルスの雨炎プールは嵐炎の膨大な熱エネルギーと急速なる分解能力により、大爆発と見間違う弾け方を見せた。

 

 当然、囚われの身であった白蘭もただでは済まない。

 無防備なところへの一撃は重く、そして鋭い衝撃を腹部へと叩き込み、後ろに広がっていた炎の結界へ匣兵器の創造主たる男を吹き飛ばす。

 翼で受け身を取ることもままならない風圧。

 故にそのまま結界へと叩きつけられる白蘭へ、暴君は更なる猛追を仕掛ける。その巨体に相応しいナイフのような牙を剥き、嵐の炎が混じった気炎を吐きながら、地に落ちる白蘭へと飛び掛かった。

 

 轟音、轟音、轟音───。

 絶えず地響きを轟かせて現人神を自称する男へ襲い掛かる様は、まさに神をも恐れぬ所業。

 

「よ、容赦ねえ……! 白蘭をああも一方的に!」

「やったか!?」

「……いいえ、まだです」

 

 決着を期待していた獄寺と山本に対し、骸が怜悧な瞳を光らせた。

 直後、野太い悲鳴が空を衝く。

 

「GRAAAAAAAR……」

「甘い甘い♪ まさか、そんな匣兵器で僕を仕留められるとでも?」

 

 白蘭の右腕から伸びる龍───白龍(しろりゅう)に締め上げられる嵐ティラノサウルスは、間もなく限界を迎えて崩れ落ちる。

 味方内では、彼の暴君の猛攻でさえも白蘭を仕留められなかった事実に愕然とする声が広がっていた。

 

 しかし、刹那は嵐ティラノサウルスを匣に戻しながら憮然と返す。

 

「思ってない。寧ろ、これでやられたら拍子抜けだったところだ」

「ふゥん、強がりはよしなよ。持ち逃げした匣兵器の中でも、特にその子は一番パワーがあったんじゃないのかな?」

 

 白龍は白蘭が自分だけの為に創らせたワンオフの龍型匣兵器。龍という神話に登場する生物をイメージに創り上げられた通り、性能は恐竜型匣兵器を大きく上回る。

 刹那が収奪した匣兵器は、性能の不安定さから正式採用を見送られた試作品。チューンを重ねに重ねた一点ものに勝てる由もない。

 

「さて、お遊びはここまでだよ。乱入者(イレギュラー)としては随分と楽しませてくれたけれども、いい加減ご退場願いたいな。ヒーロー気分に酔い痴れるのももう十分だろう?」

「……ヒーロー、か」

「そ♪ お陰様でユニちゃんは消えないでくれたし、僕としては望外の僥倖ってわけ。これでも君には感謝してるんだ」

 

 でもね……、と睨め付ける白蘭が翔ぶ。

 

「守護者だとかなんだとか……砂糖を吐いちゃいそうな甘ったるい覚悟にはほとほと反吐が出るよ!」

「刹那、加勢するぞ!! ナッツ、形態変化(カンビオ・フォルマ)……」

「来ないでください、綱吉さん!!」

「「!?」」

 

 加勢しようとしていた綱吉も、加勢を身構えていた白蘭も驚愕する。

 傍からすれば正気の沙汰ではない。白蘭は決して侮ってはいけない相手であることを、彼が一番よく知っているはずだ。

 それにも関わらず加勢を拒む理由に見当がつかず、綱吉の目には困惑の色が浮かぶ。

 

 一方、白蘭は嘲笑するような面持ちを湛えながら加速する。

 もうすぐ標的は白龍の間合いに入るだろう。そうなれば自分が優位に立てる……そう確信していた。

 

「なんだい? まさか、この期に及んで僕を一人で倒すつもりかい? ハハハ、だとしたらホント」

「なにをヘラヘラ笑ってる」

「? ───……っ!!」

 

 瞬間、白蘭の笑みが凍り付く。

 見せつけるように刹那が取り出した匣───黒百合があしらえた装飾の代物。一見、何の変哲もない一つの匣であるが、中に封じ込められている存在が放つ威圧感は隠せない。

 

「まさか、それは……!」

「気づいたな……けど、問題はないさ。俺が今からすることはたった一つ───真っ向からお前を打ち破る!! それだけだ!!」

 

 正々堂々受けて立つ宣誓と共に匣を掲げる。

 対する白蘭もまた、彼らしからぬ好戦的な笑みを湛えて炎を迸らせた。

 

「───いいね、乗ったよ!! これではっきり勝負がつく!! 君と!! 僕と!! どっちがこのリングに相応しい所有者であるかがね!!」

「ああ……その通りだ!」

「ユニを奪うのは……」

「ユニを守るのは……」

 

 

 

「この僕さっ!!」

「この俺だっ!!」

 

 

 

 二人のリングから蒼天を上塗りにする大空の炎が広がる。

 

「ワーオ、眩しっ。変態クジャクオカマ先輩、ちょっとグラサン借りますね」

「ちょっとフラン、あなた!?」

「ぐ、ぅぅう……!? なんという炎の応酬だ……!」

 

 緩いやり取りを繰り広げるフランとルッスーリアの隣で、レヴィが苦悶の声を漏らす。

 尋常ではない炎圧に比例した瞬きは凄まじく、反射的に瞼を閉じたとしても、炎の光が瞳の奥を焼き尽くさん勢いだった。

 

「これほどの炎……! 次に奴らがぶつかるとすれば」

「決着がつくだろーな」

 

 霞む瞳を見開いて悟るラルに、リボーンも頷いた。

 

 揃える条件はほぼ互角。

 同じリング、同じ炎圧、共に匣兵器を構えていた。

 

「「開匣!!」」

 

 同じタイミングで炎が注入される。

 白蘭の匣から登場するは当然の如く白き龍。清廉な白でその身を鎧いながらも、凶悪と呼ぶ他ない力を遺憾なく発揮せんと顎を開く。

 

 対して、刹那の開匣した匣の深淵からは鋭い双眸が閃いていた。

 目の前に迫りくる標的を見定めんと瞳は揺れ、直後に舌なめずりする水音が響くや、大空の炎の混じった吐息が匣の外へ溢れ出す。

 

 低く腹の底を揺らす唸り声。

 解き放たれる炎とは裏腹に、背筋が凍り付くような殺気と共に、匣という殻を破り───()は羽搏いた。

 

「───GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR(グルルルルルァァァアアアアア)!!!

 

 大空の炎を吐きながら現れる巨影。

 恐竜によく似た鱗の鎧を纏う怪物は、神話の生物目掛けて迷いなく爪を携えた翼を振り下ろし、真っ向から受け止めてみせた。

 

「あ、あれは……!?」

「白蘭と同じ……龍だと!?」

「いいや、違ェ!」

 

 白龍と互角の戦いを見せる匣兵器を目の当たりにし、率直な反応が飛び交う。

 だが、興奮が入り混じった様子の獄寺が決定的な一石を投じる。

 

「ありゃあ……()()()()()だッ!!」

 

 恐竜によく似たシルエット。

 しかし、鋭利な爪を生やした腕を備えながらも翼も有す恐竜等存在しない。

 

 あれもまた神話の生物。

 そしてミルフィオーレの技術を総結集し、複数の恐竜のDNAを組み合わせることによって生み出されたキメラ型匣兵器の集大成でありながら、莫大な炎とAランク以上のリングより生成される高純度の炎でしか開匣できぬという理由から、白蘭の匣兵器の座を白龍に奪われた者の一人。

 

 

 

 その名を、

 

 

 

天空竜(ドラゴ・ディ・チエーリ)!!!」

 

 

 

 彼もまた、人々の記憶から忘れ去られようとしていた存在であった。

 

「GRRRRRRR!!!」

「ガアアアア!!?」

 

 細長い体躯を生かし、嵐ティラノサウルスの時と同様に締め上げる白龍。

 しかし、天空竜の爪が頭部を掴んだが最後、鋭利な爪を食い込ませる。血飛沫が上がるや、鈍い音が響いては白龍の拘束が緩んだ。

 それを見逃さぬ天空竜が標的を組み伏せる。

 そのまま戦場を空から地面へと移せば、手足を持たぬ白龍はただの蛇同然。

 足掻く標的。すかさず首根っこを踏みつける天空竜は、鋭利な牙を覗かせる口腔に大空の炎を収束させる。

 

 大空の炎の特性は───“調和”。

 

「GRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!」

「ガアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 炎に焼かれたが最後、調和によりて炎となり灰と化す。

 猛威を振るっていた白龍も息絶え、残るは白蘭ただ一人。それぞれ炎を噴射して加速する両者は、真っ白な輝きを放つリングを嵌めた拳を振るう。

 

「おおおおおっ!!!」

「ハアアアアッ!!!」

 

 火花、と呼ぶには壮絶な炎の余波が吹き荒れる。

 ギリギリと歯を食いしばる間、ぶつけ合う拳はじりじりと炎に焼かれていた。それだけの熱量、それだけの炎圧。()()を持たぬ者が割って入れば、瞬く間に塵と化すであろう熾烈な激突だった。

 

「一体どっちが勝つんだ……!?」

「馬鹿を言え、極限に常磐が勝つはずだ!!」

「るっせえ、芝生頭! 今はそういう話じゃねえんだよ!」

 

 無論、ボンゴレ側は刹那の勝利を信じている。

 しかしながら、今日ここに至るまでの戦闘による疲労は無視できない要因だ。死ぬ気の炎とは生命エネルギー。炎が尽き果てる時───それ即ち死を意味するが、刹那の体力は限界寸前のはずだ。

 策と匣兵器を弄し、優位に立って戦いを進めるならばともかく、全員から死ぬ気の炎を収奪した白蘭相手に真っ向からぶつかるなど下の下策。場合によっては援護も辞さないという考えも中には出てきていた。

 

「刹那……!」

 

 そんな中、祈るように手を握る少女が固唾を飲んで見守る。

 

「あいつが心配か?」

「……リボーンおじさま……」

「無理もねえ。オレの目から見ても、あいつはとっくに限界を迎えてやがる」

 

 世界最強の殺し屋へ、ユニは静かに耳を傾けていた。

 自分は戦いなどさっぱりだ。その点、リボーンの言葉ほど信用できるものはない。が、だからこそ聞いていた者達の中から動揺する者も現れる。

 額面通りに受け取れば、それは刹那の敗北を意味する。

しかし、最も彼の身を案じているであろうユニはと言えば、凪いだ水面のように静穏な面持ちのままだった。

 

「……かもしれません」

「……フンッ、言うまでもなかったか。お前の目はあいつの勝利を疑っちゃいねえ」

「はい」

 

───信じていますから。

 

 万感の思いが込められた一言に、浮足立っていた面々も水を打ったように静まり返る。

 そこでリボーンが告げた。

 

「死ぬ気の炎も無限じゃねえ。それこそお前とγみたいに限界以上に放出すりゃあ死にかけることもある」

「……はい」

「───が、それでも勝つのは常磐だ」

 

 ゴウッ!!! バキバキバキバキ、バリリリリリ!!!

 

 耳を劈く破裂音に萎縮すれば、あれだけ堅牢であった炎の結界に罅が入っていた。

 その原因を作る双翼はと言えば、

 

「おおおおおっ!!!」

「な……にィ!!?」

 

 ほんの僅かながら───刹那が押し始めていた。

 瞬間、フッ、とリボーンが一笑する。

 

「死ぬ気の強さは覚悟の強さだ。真の守護者に目覚めたあいつの死ぬ気が破られることはそう易々とねえ」

 

 根性論? ───上等だ。

 “死ぬ気”とは、その究極に位置する概念なのだから。

 

「守る覚悟ってのは、本当に守りたい相手を背負った瞬間に決まるもんだ。恐怖や刷り込みで誓わされた忠誠なんかじゃ、真の死ぬ気には目覚めやしねえ。ましてや一度でも手をかけられようとしたんだ。後ろに居る奴が怖くて最後の最後を踏ん張れるかよ」

「はいっ……!」

「その点、ユニ……お前はあいつに二つの覚悟を決めさせてくれた」

「え?」

「守護者としての覚悟。それと───男としての覚悟だ」

 

 自身を超える炎圧を放つ相手に、白蘭の体がみるみるうちに反り返していく。じりじりと……それこそ肌身を焦がす熱量を持った炎に炙られ、白蘭の顔には汗が滲み上がる。

 堪らず苦悶の声を漏らす白蘭。

 だが次の瞬間、眼前の橙色が拡がり薄れて消え去った。

 

「なっ……!?」

 

 (かくご)が、(やぼう)を突き破った。

 

 その光景を目にし、満足そうにリボーンが続ける。

 

 

 

「男ってのは単純な生き物でな───惚れた女の目の前じゃ、信じらんねえほど意地を張るモンなんだぞ」

 

 

 

「ぉぉおおお───っらあ!!!」

「がぁ!!?」

 

 振り抜かれた拳は、真っすぐに白蘭の頬を貫いた。

 鋭く木霊する殴打の音を置き去りに、白蘭の体は地面へと激突する。綱吉が脳天へ踵落としを喰らわせた時とは比にならない、全身全霊の炎を纏った状態での一撃だ。

 地面に仰向けに倒れる白蘭はピクリとも動かない。リングに灯っていた炎も、やがては風に吹かれて消えていった。

 

 それから灯ることは───なかった。

 

「白蘭様!?」

 

 唯一桔梗が呼びかけるものの、尚も反応は返らず───。

 

「や……やりやがった、あいつ!」

「白蘭を……!」

「倒したぞ!」

 

 ワッ! と歓声が沸きあがる。

 

「僕の獲物だったのに」

「クフフ、強がりは止しなさい」

「まーまー、お前ら。こんな時まで喧嘩すんなって」

 

 一部つまらなさそうにする面子も居るが、すかさずディーノがフォローに入って一触即発を免れた。

 

 

 

「刹那!」

「ユニ!」

 

 

 

 しかし、周りの目を気にしない者達はこちらにも居た。

 

「ンマァ!」

「黙れオカマ」

「ちょっと、ベル? 当たり強くないかしら!?」

 

 オカマの上げた黄色い声はさておき、地面に下りた刹那に向かって、ユニが全力で駆け寄っていき、最後にはその胸へと飛び込んでいった。互いに心の底から愛おしそうに抱きしめる姿には、人目を憚らない行為を目の当たりにした照れよりも安堵が込み上がってくる。

 

「二人共……よかった」

 

 綱吉もまた抱きしめる二人に優し気な眦を送っていた。

 超化(ハイパーか)を解いて元の顔つきに戻れば、じわじわと視界を侵食する涙をぐしぐしと拭い始める。

 

「本当にッ……よかったぁ……!」

 

 誰も死なずに済んだ。

 その事実だけで綱吉は涙があふれる想いだった。

 

 一時はユニとγの死を覚悟した。

 平和な過去に戻る為に必要のない犠牲だ───使命感に駆られながらも、死に怯えていたユニを止めることすらできず、祈るように拳を振るうしかできなかった。

 けれど、彼が運命を変えた。

 真の覚悟より生まれた炎が、消える寸前だった灯火へ炎を注ぎ込み、二人の命をこの世界に繋ぎ止めてくれたのだろう。

 

「奇跡でもなんでも……みんなが生きててくれただけで……」

「いつまでメソメソ泣いてんだ」

「ブヘェッ!!?」

 

 感動に浸る暇もなく、家庭教師の容赦ない飛び蹴りが炸裂する。

 

「リ、リボーンお前なあ!!」

「男が人前で泣くもんじゃねえぞ」

「誰に泣かされたと思ってんだ!!?」

 

 『なんだ、この差は』と恨めしい目を浮かべたところで、結果が変わるはずもなく、頬はジンジンと痺れるような痛みを発するだけ。

 しかも、途端にドッと疲れが溢れる。

 ───いや、これはリボーンの蹴りで張り詰めていた緊張の糸が切れたのだ。白蘭に何度も殺されかけたのだ。緊張していない方がおかしいとも言える。

 

「ったたた……、毎度のことだけど乱暴すぎるだろ!」

「今のお前にはこんくらいがちょうどいい」

「戦い通しでボロボロなのに!?」

 

 理不尽だー! と綱吉の悲鳴が響く。

 

 スパルタ、ここに極まれりといった具合のやり取りを見せる二人に、普段の日常を垣間見たようで呆れる者も居れば、ホッと胸を撫で下ろす者も居る。

 

「チッ、カス共が……!」

「スクアーロ? どこ行くんだよ」

 

 ズカズカと重傷を押して突き進むスクアーロへ、山本が首を傾げる。

 

「決まってんだろぉ! 今のうちに敵の親玉の首を切り落とすだけだぁ」

「なッ!? いくらなんでも……」

「甘っちょりィこと抜かすんじゃねえぞお! こいつにどれだけの人間が殺されたと思ってる?」

 

 先頭を行くスクアーロに続き、ぞろぞろとヴァリアーの面々が白蘭の下へ歩み寄る。

 目的は単純明快、敵の首魁の息の根を確実に止める為だ。

 例え綱吉や刹那が勝った相手とは言え、白蘭が強大な力を持った殺戮者である事実に間違いはない。マフィアとしてのボンゴレの面子、そして自警団としての成り立ちを持つ側面からも、斯様な享楽主義殺人鬼は一時も永らえさせる価値もない───それがヴァリアーの言い分だ。

 

 あくまでも殺人集団を自称していない綱吉達とは違い、ヴァリアーはれっきとした暗殺部隊。殺しこそが生業であり、組織───延いてはボンゴレがもたらす統治を維持し、裏社会による市井の人々への被害を食い止めることが使命だ。

 尤もそこまで純粋な思想を持った隊員は居ない。ただし、ボンゴレの持つ強大な力の意味を理解してはいた。

 

「手を出さねえなら黙ってそこで見てろぉ。こいつは俺達の仕事だぁ」

「……」

 

 スクアーロの背中を見送り、山本は拳を握る。

 恨んでいない訳ではない。寧ろ、未来にて父親を殺されたと聞いた時から、拭いようのない怒りが腹の奥底で沸々と煮え滾ってはいた。

 

 でも、でも、でも───。

 

「やっぱり、だからって殺すのは……」

 

 違う。

 胸の中で見つけた不快感の正体に見当をつけた山本が手を伸ばす。

 

 

 

 

 

「ア゛

 

 

 

 

 

 身の毛もよだつ呻き声を聞いた。

 

「ッ……白蘭!」

「ユニ、下がって!」

 

 もぞもぞと蠢く人影に綱吉は超化し、刹那はユニを背中に隠す。

 

「まだ立つのか……!」

「潔く負けを認めろ! これ以上みんなに手を出すつもりなら命の保証はしない……!」

 

 臨戦態勢に入る二人を前に、血みどろの白い物体は赤い(あぶく)を吐き出しながら身を起こした。

 

()()()()()()だってぇ? ───ア゛ッハ、実にナンセンスな脅し文句だ! ()()()()()()()()()()! クヒッ、ヒヒッ、お腹が捩れて死にそうだよ、アハハハハ!」

 

 狂ったように天を仰いで笑う白い悪魔に、場の緊張が一気に張り詰める。

 しかし、直ちに複数の影が動く。

 

「しししっ! トドメは頂くぜ」

「ぐっ!」

「! ヴァリアー!?」

 

 鋭利なナイフが白蘭の体に突き立てられる。

 今度こそ白蘭はその場に蹲るように伏せて動けなくなった。聞こえてくる掠れた息遣いと刻一刻と広がる血の海は、最早彼の命が風前の灯火であることをありありと表していた。

 

 誰もが白蘭の敗北を疑わない。

 しかし、蹲った背中がビクリと跳ねる。

 

「───ククッ、ククク……あー。僕思うんだけどさぁ、ゲームとかに出てくるボスって本当に不憫だよねー」

「あん? こいつ、まだ死なねーの……?」

「どれだけ頑張っても主人公は幾度となく復活しては、こっちをやっつけるまで挑みかかってくる。やってらんないよねー。本っっっっっ当に不平等甚だしいよ」

 

 ズルリ……、と血の海に沈めていた顔面が浮かぶ。

 すれば、紅い水面に白蘭の顔が反射した───次の瞬間、人外染みた形相を浮かべる()()が大空の三人を覗き込んだ。

 

「君達は随分と綺麗事が好きなようだから、取るに足らない些細な出来事にも大仰な名前をつけていくんだもんね。例えば───『奇跡』なんてさァ!」

「白蘭……!」

「そうだもんね! そりゃあ土壇場で自分に都合のいいことが起こったらそう言いたくなるもんだよ! ホント、救いようのないお花畑な脳味噌だ! 夢見がちな少年少女としては百点満点の戯言だ! 花丸をあげたくなるよ!」

 

───グチッ、ズリュ……ジュグ……。

 

 怨嗟を地面へ吐き捨てるようにして白蘭は叫び続ける。

 その間に聞こえてくる謎の粘着質で不快な音。耳にすれば、思わず本能が嫌悪を訴えてくるようだった。

 

「どうやらこの世界は僕にとって不都合な『何者かの意志』が働いてるみたいだね……だから君達ばかりに奇跡が起こる。だからさぁ、僕思ったんだよ」

「───!!! ゔぉ゛おい!!! 今すぐ白蘭を止めろォ!!!」

「『何者かの意志』なんてものに負けない覚悟───君達の起こす奇跡なんかじゃあ絶対に覆りようのない絶望で、世界を埋め尽くしてあげようって!!!」

 

 スクアーロの怒号よりも早く───ヴァリアーの攻撃が飛ぶよりも早く───蹲る白蘭の胸から眩い橙色の炎が溢れ出す。

 迫りくる遍く攻撃を弾き返す炎。

 ともすれば、自身をも焼き焦がす───否、現に炎に焼かれている白蘭は、血塗れの胸へと右手と匣を押し込む姿を見せつけるように立ち上がった。

 

 無理やり埋めている所為か、白蘭の胸からはひっきりなしに血が流れ落ち、純白だった戦闘服をみるみるうちに赤く染め浸していく。

 

 その血も炎と化し、肉はやがて灰と化す。

 自傷行為にしか見えぬ行動に困惑する者が大勢居る中、リボーンが悟ったように目を見開いた。

 

「……こいつはやべーな」

「一体何がです、リボーン殿!?」

「大空の炎の特徴を忘れたか?」

 

 大空の権能、それは“調和”。

 全体の均衡が保たれ、矛盾や綻びのない状態を指し示す力は、環境に合わせて炎を浴びた存在を周囲と同化させることもできる。

 石城やビル群に囲まれていれば石化し、逆に何もなければそのまま炎と化し、灰となって消える───そういう力だ。

 

 それを今、白蘭は匣を己の体に埋め込むという所業に出ている。

 大空の炎は、白蘭の肉体を焼き、匣兵器の白龍を焼き───そして一つの存在へと調和させていく。

 

「まさか……あれは!!?」

 

 気づいたところで、もう遅い。

 

 

 

 

 

「修 

 

 

 

 

 

 広がる、海が。

 固まる、炎が。

 やがて現れた炎の卵は───刹那の前に海の悪魔を産み落とした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。