88   作:柴猫侍

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Ⅴ.『その胸焦がれる幻想』

───なんだ、これは。

 

 

 

 目の前で信じられないことが起こっていた。

 眩い光が閃いたかと思えば、澄み渡るような青空にたちまちに暗雲が立ち込める。

 

 その間、白蘭を中心に膨れ上がる海を押し固めたような“卵”は、内側で暴れている炎を乱反射させていた。

 

 やがて音が聞こえる。グルグル、グルグルと。

 内部で死ぬ気の炎が渦巻く音か、もしくは生誕の時を待つ怪物の唸り声か。

 

 次の瞬間だった。

 

「刹那! ユニを守れ!」

「ッ! はい!」

「きゃあ!」

 

 眩い光の奥から“何か”が伸びてくる。

 超直感で誰よりも早く察知した綱吉さんの忠告を受け、俺は咄嗟にユニを庇った。おかげで伸びてくる魔の手からは逃れられたものの、

 

「みんなのところに……!? まずい!!」

 

 幾条にも伸びる鱗の生えた龍頭は、少し離れていた場所に立っていた者達へ無差別に───いや、明確な意志を持って襲い掛かった。

 

「ごあ!!?」

「ザクロ!?」

 

 まずは一人、嵐のマーレリング保持者であったザクロが犠牲となった。

 上半身を得体のしれない龍頭に食い千切られ、見るに堪えない無惨な死体が地面に転がった。

 パタパタと降り注ぐ血飛沫は、隣で立ち尽くしていたブルーベルの頬を濡らす。

 何が起こったのか分からず呆けていた表情だったが、ねっとりと纏いつく生温い血の臭いに現実へ引き戻され───絶望に顔を歪めた。

 

「い、いやぁあああああ!!!」

「ブルーベル、冷静になりなさい!」

「いやッ、いやぁ! ザクロがッ、びゃくらんに……!」

「何かの間違いです! 白蘭様にはきっと何か考えがおありで───ぐうッ!?」

「桔梗!?」

 

 気が動転したブルーベルを宥めていた桔梗にも、魔の手が差し伸べられた。

 GHOSTに炎を吸い取られた彼らに避ける余力なんて残っていない。ましてや、仲間の死を目の当たりにしたブルーベルは恐怖に身を竦めるだけしかできなかった。

 

───まただ。

 

 彼らが並行世界とは違うとしても、俺はもう無視できない。

 

「桔梗……ザクロ……うそ、だよね……?」

「ブルーベル!! 逃げろォー!!」

「っ! た、助け───」

 

 俺が差し伸ばした手に気がつき、泪を目尻に浮かべるブルーベルもまた手を伸ばす。

 

───瞬間、彼女の姿が血飛沫と共に消えた。

 

「っ……ブルーベルぅーーーーーっっっ!!!」

 

 ひゅるりひゅるりと落下する物体。それがマーレリングを嵌めたブルーベルの腕だと理解した時には、全てが遅かったと悟った。

 苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる俺を前に、縦横無尽に顎を開いて暴れまわっていた龍頭の一つは、唯一遺っていたブルーベルの腕さえも拾い上げて飲み込んだ。

 

 これで何一つ彼女がこの世界に生きていた痕跡はなくなった。

 無情にも、理不尽にも───彼女の未来は奪われた。

 

「くそっ……くそぉーーーーー!!!」

「刹那……」

 

 自分の不甲斐なさに憤慨していると、ユニの慰めるような声が聞こえて我を取り戻した。

 やっと冷静さを取り戻せば、不意にとある場面が目に入ってきた。頭の一つが恭弥さんに襲い掛かり、紙一重のところで躱される光景だ。

 

「無事か、恭弥!?」

「うるさいよ。……!」

「どうかしたのか? やっぱりどこか……」

「……()()()()()

「盗られたって、何をだ?」

 

 破られた学ランのポケットの中をまさぐる恭弥さんが漏らした言葉。

 その意味を汲み取れず首を傾げるディーノさんであったが、それも無理はない。皆が皆、自分の身を守ることで手一杯な状況。この蹂躙に意味を見出すには、余りにも余裕がなさ過ぎた。

 

 やがて雨で降り始め、戦いで傷を負った体から熱を奪う。

 ザァザァと。目も開けていられない嵐が来るや、今度は雷鳴が轟いた。

 一陣の稲光は大地を穿ち、大穴を穿つ。

 

 

 

「アハ♪」

 

 

 

 気づけば、()()はそこに立っていた。

 突如として雲の切れ目から晴れた空が覗く。あれだけ激しい土砂降りを寄せ付けない熱量は、近づく雨を瞬く間に霧と化し、浮世離れした幻想的な光景を生み出す。

 

 差し込む光は、さながら神が降臨したと言わんばかりに眩くて。

 けれど、悍ましいほどに白い蠢く体躯を目の当たりにした人々は例外なく恐れ慄いていた。

 

「あれが……白蘭、だと……?」

「……マーレリングの、暴走……」

 

 消え入りそうなユニの声が耳に届く。

 パッと彼女の方を向けば、恐怖に強張った表情が飛び込んできた。それが今起こっている現状の深刻さを表していることは言うまでもないだろう。

 

「暴走って……どういうことなんだ、ユニ!?」

「あくまでも、この世界の大空のマーレリングの適応者は白蘭です。今となっては力の枯渇と衰えで並行世界と繋がる力は弱まったはず……ですが彼は今、真6弔花のマーレリングとも“調和”を遂げ、強引にその力を引き出しています! ───貴方のように!」

「っ! それは……!」

 

 脳裏に過るイメージが限りなく最悪に近いと知り、上手く言葉が出てこない。

 しかし、確かに最悪は目の前に迫っているようだ。

 

 虹色に光が乱反射している。

 橙、赤、黄、緑、青、紫、藍───真6弔花諸共喰らったマーレリングからは、雨イルカの技の比じゃない眩さと共に天を衝かんばかりの火柱を上げていた。

 

 爛々と火の粉が舞い落ちる。

 幻想的だ、なんて思いもしない。

 渦巻く炎の玉座に鎮座する海の悪魔が、何よりも圧倒的な存在感と思わず吐き気を催す絶望の匂いを漂わせていたから。

 

 

 

「───やあ♪ 忌わしいボンゴレとジッリョネロの諸君」

 

 

 

 ずるり、と純白の鱗が生え揃った胴体が波立つ。

 正しく白蘭には異変が起こっていた。

 白髪はまるで(たてがみ)のように長く、額からは後ろへ向かって角が生えている。グチャリと咀嚼音を響かせる指は、その一本一本が鋭い白龍……おそらく、ミニ白龍と調和したんだろう。鋭い鼻先は爪の如く伸び、口からは仲間だった人間の血を滴らせていた。

 そして何よりも後頭部───ちょうど鬣に隠れた部分だ。そこから長い……あちこちの地面から捩れた胴体が橋のように架かっているほどに長大化していた。

 

 これじゃあ桔梗の雲スピノサウルスと何ら大差ない。

 それほどの胴体からは嵐ティラノサウルスの鋭い爪や、雨ショニサウルスのヒレも生えているのが見える。

 

 恐らくは食い殺したザクロや桔梗、そしてブルーベル……彼らとの“調和”の結果。

 捻じ曲げようのない事実を知らしめるように、白蘭の額に宿るマーレリングと、胸の肉を食い破るように六つのマーレリングが浮かび上がっては淡い光を放つ。

 

 正真正銘リング共々守護者と一つになった怪物は、これまでの張り付けた笑みが嘘のように、邪悪で悍ましい笑顔を咲かせいた。

 

「白蘭! お前、自分の仲間をよくもっ……!」

「仲間? ううん、違うよ。彼らは僕にとって7³を効率よく集める為の“アイテム”さ」

「ふざけるな! 曲がりなりにもお前を信じていてくれていたんだぞ!? お前に助けられて、忠誠を誓って……一度は裏切られても、最後まで信じようとしてくれていたのに!」

()()()? ……プッ、アハハハハハ、ヒャーッハハハハハハハハハ! 違う、逆だよ! 裏切られたのは僕の方さ!」

「……なんだと……?」

 

 何が。

 何が可笑しい?

 一体何が可笑しいんだ?

 

 わからない。

 白蘭があんなにも愉快そうに笑っている理由が。

 わからない。

 それでいて双眸の奥に怒りの炎を燃やす理由が。

 

 わからない。

 わからない。

 わからない───心の底から理解できない、しようもない。

 

 ……いや、違う。これは俺が拒んでいるんだ。

 自分で意識するよりも早く、魂は奴の心に共感しまいと拒絶していた。ほんの少しでも共感すれば、それは自分が人の心も理解できない悪魔だと公言しているようで───。

 

「道具は常に使われる側だよ! 効果を謳って、期待を煽って! そうして使わせた人間を落胆させることはあっても、その逆はまかり通ってもある訳ないだろ?」

「……っ、……!!」

「むしろ泣きたいのはこっちさ。パラレルワールドを股にかけて、これだけ手間暇かけて集めた真6弔花が碌な結果も出せないでさァ~。期待外れもイイとこだよねー。それならいっそ、GHOSTの時よろしくこっちで有用な使い道を探した方が理に適ってると思わない?」

 

 んね♪ と、道徳に唾を吐きかけた挙句、何度も踏みつけるような白蘭の言い草には、怒りを通り越して戦慄を覚えた。

 

 こいつは人じゃない。

 ましてや神でも、桔梗が謳ったような悪魔ですらもない。

 止まる事を知らない欲望に、辛うじて人の名残を感じさせる皮を被せた得体の知れない“何か”……今の白蘭を例えるのなら、そう呼ぶ他に正しい表現はない。

 

「それは筋違いというものです」

 

 身を竦める者が大勢の中、毅然とした声が澄み渡る。

 

「ユニ……?」

「白蘭、確かに貴方は真6弔花を窮状から救い上げ、その見返りとして力を使っていたのかもしれません。ですが、時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()忠誠を誓わせて! それなのにこのような仕打ちを……貴方には人の心がないのですか!」

 

 恥を知りなさい! と。

 木霊するユニの言葉に、一瞬場が凍り付いた。

 

───どういう意味だ?

 

 頭が……心が理解に苦しんでいると、にちゃりと粘着質な水音が奏でられる。

 音の方へ目を遣れば、人の身では為し得られない角度に口角を吊り上げ、底の見えない深淵を髣髴とさせるドス黒い笑みを湛えた白蘭の顔があった。

 

「白……蘭……!!」

「さっすが、聡いユニちゃんは気づいてたか。ま、だとしても世が世なら事情も違うから、全部が全部使える人間って訳でもなかったけれど……『この仕打ち』なんてのは言いがかりだよ。今から時空を超えた覇者となる僕と一つになれたんだ。感謝されることはあっても、非難される謂れはないよ」

 

 白蘭はけろりと吐き捨てる。

 

「……もう、いい。減らず口はこれで十分だ」

 

 押し止めていた炎を、もう堪える必要はないと解放する。

 

「───ああ、オレもそう思っていたところだ」

 

 綱吉さんもリングに炎を灯し、怒りに焠ぐ瞳を悪魔へ注ぐ。

 

 (ユニ)を守るように、海と貝が背中合わせになった。

 澄み渡るように透明な純度の高い大空の炎は、それだけでユニを守る鉄壁の盾となり、同時に相手を打ち滅ぼす剣ともなる。

 

「覚悟しろ! 白蘭!」

「ユニには指一本触れさせない!」

「沢田さん……刹那……!」

 

「アハハハハ! それは無理な話だよ」

 

 宣戦布告と言わんばかりの炎が拡がる。

 

「だってユニちゃんは───僕と一つになるんだから」

「「「!」」」

 

 白蘭の手が翳されれば、白龍と化した指が一斉に襲い掛かってくる。

 それだけじゃない。こちらへ波打つように爬行する間、無数に分裂して数を増やしていた。

 

「これは……“増殖”!?」

「雲の炎です! 地上に居たらまずい!」

「刹那、お前はユニを頼んだ!」

「はい!」

 

 手が空いている俺がユニを抱え、綱吉さんは白龍の群れに殴る蹴るの肉弾戦を仕掛け、一体一体を叩き潰していく。けれど、如何せん数が多過ぎる。

 

「頼む、みんな出てきてくれ!」

 

 綱吉さんと違い、身一つで戦うのに拙い俺はありたっけの匣兵器を開匣する。

 天空竜を筆頭に、雨ショニサウルスや雷トリケラトプスも雄たけびを上げ、牙を剥く白龍相手に各々の戦い方で立ち向かう。

 

「ショニー! お前の炎で増殖を食い止めてくれ!」

「キュオオオ!」

 

 雨の炎の“鎮静”なら、雲の炎の“増殖”に待ったをかけられる。

 そう踏んでの指示であったが、次々に倒されていく白龍の群れは一向に数を減らさない。

 

「なんで……いや、まさか!!」

「───そ♪ 晴の炎の“活性”さ」

 

 答え合わせのように白蘭が告げた。

 

「いくら雨の炎で相殺しようたって無駄さ。それ以上の晴の炎がある限り、白龍も僕も死ぬことはない」

「戯言だ!」

 

───バーニングアクセル

 

 X BURNERと同等の破壊力を秘めた炎が、白蘭本体目掛けて繰り出される。

 先の一戦では白拍手すらも貫通した一撃だ。これなら白蘭にも手傷を追わせられるはず───だった。

 身動き一つ取らない白蘭。不敵な笑みを湛えたかと思えば、炎は爆ぜる雷光に阻まれて散った。

 

「! 雷だとっ!?」

「七属性随一の硬度たる所以の“硬化”さ。今の君に、僕の硬化した鱗は貫けない」

「くっ!?」

「今度はこっちの番さ」

 

 蠢動する白龍の一体が口を開いた。

 荒々しく渦巻く赤い炎に悪寒を覚えた綱吉さんは距離を取るだけに留まらず、攻撃モード(モード・アタッコ)だったナッツを防御モードへ移行させる。

 

Ⅰ世のマント(マンテッロ・ディ・ボンゴレ・プリーモ)!」

「無駄だよ、綱吉クン」

「減らず口を……、っ───!?」

 

 防いだかと見せたマントが、次第に綻びを見せるように焼かれ始めた。

 瞠目する綱吉さんはすかさず翻ったが、完全に勢いを殺せなかった炎は彼の額を掠め、血を流させる。

 

 おかしい。たとえ“増殖”や“活性”の炎があろうと、“調和”の炎を宿すマントを貫くなど容易ではないはずだ。

 

 可能性があるとすれば───“分解”。

 

「嵐の炎まで!?」

「大正解♪」

「どういうことだ、お前の属性は大空だ!! 例えマーレリングを取り込んだところで……」

「だから言ったじゃないか。()()()()()()()()()()()

「っ……外道が!」

 

 つまり、大空以外の波動を有する肉体と一体化し、本来白蘭が持つ大空以外の炎を使えるようになった訳か。相変わらずふざけているし反吐が出る所業だ。

 

「そんなことの為に……ブルーベルやみんなを!!」

「『そんなこと』なんて随分な言い様だよ。僕が創造する新世界の礎になれるんだから、泣いて喜ぶべきなんじゃないかな?」

「喜ぶべき……だと? ……違う!!」

 

 『バーン』───そう名付けた天空竜を呼ぶ。

 俺に声に応じた彼は、両翼に大空の炎を纏わせながらすれ違う白龍の首を次々に切り落としながら、白蘭の下へと飛翔する。

 

「お前は奪ってきただけだ!! 並行世界のみんなから……未来を!!」

 

 明るい笑顔も、喜びに満ち溢れた明日も。

 他ならぬ白蘭に奪われてきた未来を───守り切れなかった結果を知っているからこそ、

 

「お前はここで終わらせる!! なんとしてでも!!」

「威勢だけはいいね───来なよ、はたき落してあげる」

「GRRRRRRR!!」

 

 炎をその身に纏ったバーンは、一直線に白蘭の懐を目指す。

 いくら“硬化”で固めているとはいえ、これだけの炎圧をぶつけられれば“調和”で炎を無力化し、突き破るくらいのことはできるはずだ。

 

 俺達の想いを乗せた炎竜は、尾の先端から噴射する炎で一気に加速し───。

 

 

 

「とんで火に入るなんとやら、ってね♪」

 

 

 

『!?』

 

 突如としてバーンの動きが止まった。

 その場にピタリと。まるで時間が止まったように静止しては、それ以上進むことも戻ることもできない。この光景にも見覚えがある。

 

「雨の炎……“鎮静”か!」

「きっと霧の炎で隠していたんだ! 気をつけろ、こうなった以上どこから襲ってくるかもわからないぞ!」

「わかってます!」

 

 ここまでくれば霧の炎───“構築”で目を欺いてくるのも想像に難くなかった。

 最大限の警戒を払い、次々に襲い掛かってくる白龍をいなしては、その頭蓋を全力で蹴り砕く。

 けれど、余りにも数が多い。

 “増殖”で底なしに数を増やす白龍の猛攻により、俺や綱吉さんは次第に追い詰められ、何とか加勢に入ろうとしてくれている守護者やヴァリアーに至っては近づくことさえもままならない。

 

「刹那……!」

「大丈夫、君は俺が守るから!」

 

 ユニの不安そうな声音が届き、ここが踏ん張りどころだと自分を奮い立てる。

 

 何か打開できる方法は……!

 

 

「後ろだ、避けろ刹那ぁ!」

「え?」

 

 ドウッ! と体を揺さぶられる。

 何が起こったとか、そういうことを考えるよりも前に脇腹に走る熱に、意識が遠のいていく。

熱い。のに寒い。訳がわからなくなるような感覚は、これが初めてじゃない。

 

『───! ───!?』

 

 すぐ耳元でユニが叫んでいるようだが、上手くそちらの方を向けなかった。

 重力に引っ張られるがまま項垂れれば、ぽっかりと穴が穿たれた脇腹からドクドクと血が溢れている光景が目に入った。

 

 一体誰の───って。

 

「お、れ……の」

「刹那! ダメ、気をしっかりもって!」

「ごめッ……ユ───」

 

 衝撃は再び襲い掛かってくる。

 力が入らない腕からユニを奪われ、代わりに無数の白龍が突っ込んでくる。なけなしの炎……それと気づいた雷トリケラトプスが身を挺して守りに来てくれたけれど、きっと受け止めきれないはずだ。

 

「───……っくしょう」

 

 こんな当たってほしくもない予想は、俺の細やかな期待をまんまと裏切る。

 ざまあみろ、って。そう嘲笑っているかのように口の端を上げる龍頭は───俺の胸を呆気なく貫いた。

 

 ごめん、ユニ。

 死ぬ気になったけど、ダメだった。

 最期まで君の傍に居れそうにない。目の前が真っ暗になってきたんだ。

 暗い、暗い光景が広がって……近づいてくる。

 

 なあ……ユニ。

 やっぱり、俺───。

 

 

 

 

 

 

「───刹那ァーーー!!!」

 

 悲痛なユニの叫びが曇天を衝いた。

 彼女だけではない。綱吉や守護者、ヴァリアーの面々でさえも、一人の少年が白龍に胸を食い破られた光景を目の当たりにし、絶望に彩られた表情を浮かべる。

 ただ一人何とも思っていない顔をする者が居るとすれば───それは他ならぬ元凶のこの男だ。

 

「アハハハハハ! はい、おーしまい! ゲームオーバーだよ、刹那クン! あんなに頑張って愛しのユニちゃんを守ろうとしたのに残念だったねー。ご覧の通り、彼女は僕の手の中さ……って、もう見れもしないか。アハッ、ごめんごめん♪」

「白蘭……!」

「おっと、そんな怖い顔をしちゃって。ダメダメ、みんなを幸せにしたいなら笑ってなきゃ♪」

 

 怒りや悲しみが綯い交ぜとなった泣き顔を歪ませるユニに対し、白蘭はあっけらんと言い放った。

 しかし、如何様にしたところでこの痛嘆を晴らせはしない。精々涙と共に滲ませるだけだった。

 

「フフッ、悔しいかい? そうだよね。僕もおんなじ気持ちだったよ。あと一歩で自分の望みが叶うって時に台無しにされるのはさ」

「貴方の邪な望みなんてッ……、叶えられるとでも!」

「うるさいなぁ。そう騒がないでよ」

「あぁ!?」

 

 白龍と化した指にギリギリと締め付けられるユニが苦悶の声を漏らす。

 すかさず綱吉が『やめろ!』と怒号と共に駆けつけようとするが、白龍の大群が折り重なった壁は余りにも厚く、最も余力を残した彼でさえも近づけない。

 

 焦燥が渦巻き、汗が頬を伝う。

 白蘭が真6弔花とマーレリングを取り込み、その力を我が物とした光景を目の当たりにしたばかりだ。

 それがユニにも適用されない保証はない───否、白蘭の口振りからしてこれから行おうとしているのは確定的だった。

 

 しかしながら、誰も手が出せない以上、それを止められる者はいない。

 濃密な絶望の気配が場に満ちる。

 

───止められない、この悪魔は。

 

 あと一歩で打倒せたというのに、最後の残り火で暴虐の限りを尽くし、あまつさえ邪悪な大望を遂げようとしているのだ。

 

「させないぞ!!」

「何度立ち向かったってきても無駄骨だよ。刹那クンが死んだ以上、君達に残された希望なんてこれっぽっちもないんだよ」

 

 白龍を仕向け、綱吉を仕留めようとする白蘭はケタケタと嗤う。

 一方、綱吉はちらりと地面を一瞥する。ちょうど刹那が墜落した場所だが、すでにその地点は大量の白龍に埋もれており、彼の様子を窺い知ることはできそうにない。

 寧ろああも犇めいているならば、既に───過る悪夢を振り払い、綱吉は祈るように拳を振るう。

 

「だから無駄だって。刹那クンもそうだったけれど、綱吉クンも大概馬鹿だよねェ~」

「言ってろ!! お前がいくら嘲笑ったところで、オレは絶対に諦めたりしない!!」

「他人から貰った力でよくもまあ宣うよ」

「なに!?」

「だってそうだろ? 今まで君が手に入れてきたもの、みーんな誰かに与えてもらったものばかりじゃないか」

 

 違うかい? と舐めるような視線が綱吉に浴びせられる。

 

「そんなことは!!」

「またそんな♪ ───嘘はいけないよ。だってそうじゃないか。頼れる守護者、守りたい友達や仲間、大切だって大口叩いた“この時間”だってさ。ただの中学生だった君が、たった一つでも自分の力で手に入れたかい?」

「……ッ!」

「違うよねえ? ダメダメだった綱吉クンがこんなにもたくさんの人から愛されるのは理由は簡単♪」

 

 

 

 

 

───君がボンゴレⅠ世の血を引いてるからだよ。

 

 

 

 

 

 軽薄な、それでいて冷淡な声が綱吉の体を凍てつかせた。

 動揺して動きが止まる、その一瞬。間髪入れずに白龍が死角から絡みつき、彼を捕えるに至った。

 

「しまった!?」

「アハハハ! 図星だったかな? そうだよねー、自分でも薄々気づいちゃってたんだろう? マフィアが大嫌いな綱吉クンが、そのマフィアの血を継いでるお陰で多大な恩恵を受けてるコト♪」

「違う、オレはそんなつもりなんて……!!」

「つもりもなにも、現実なんだよ。それで見て見ぬふりして利益だけ享受するなんて都合が良すぎない? さっきだってジョットクンに助けられたじゃないか。それなのに『ユニは渡さない』だ『お前は倒す』だ……夢見がちで現実を見てない子供の台詞には飽き飽きだよ」

 

 瞬間、縄のように綱吉を縛り付けていた白龍に炎が灯る。

 途轍もない炎圧の炎だ。全身が焼けるような痛みに苛まれ、綱吉は喉が張り裂けんばかりに絶叫する。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「ツナくん!」

「ツナさん!」

 

 離れた場所から見守っていた京子とハルが、綱吉の悲鳴に堪らず声を上げた。

 苦痛に晒される友達を前にしても、特別な力も何も持っていない彼女達にできることは祈るだけ。

 

 震える手を組み、涙を流しながら祈り続けるが……。

 

「ほらほら、君のカワイイお友達も『頑張れー♡』って応援してくれてるよ」

「ぐッ……うぅ!」

「それとも……彼女達を先に殺すって言われなきゃ、全力が出せないかな?」

「!!! びゃく……らぁぁぁあああん!!!」

「ハハッ、その調子その調子♪」

 

 幼子を褒めるような口ぶりで、怒りに燃え上がる綱吉の炎に拍手を贈る。

 

「───でも、終わりだよ」

「が、はぁ!!?」

 

 ゴキリ! と綱吉の体から鈍い音が響く。

 吐血する彼は、焦点の合わない瞳を揺らし、だらりと項垂れる。デジャブを感じる光景であるが、今でさえ数多もの奇跡を重ねた先に辿り着いた結果(みらい)だ。

 これ以上を求めるには───余りにも絶望的な状況である。

 

「彼女達の声なんか何の役にも立たないから、もう頑張らなくていいよ」

「ぐ……ぁぅ……」

「今までずーっと嫌なコト押し付けられてきたもんね。綱吉クンの人生は受け身の人生だ♪ 血筋もリングも守護者もぜーんぶぜーー-んぶ」

「……、ぁ」

「でも君は弱っちい癖に分不相応に優しいからねー♪ 仕方なく戦ってきた。仕方なく守ってきた。嫌だー、って言っても無理やり巻き込まれて、無理やり力を与えられて。そんでやり遂げたら『お前にはそんな力があるんだぞ』って、いい気分なところに付け入られて上手く言いくるめられたんじゃない?」

 

 そんな人生もう懲り懲りだと思うからさ、と続ける白蘭。

 

 

 

「ここで、終わりにしてあげる」

 

 

 

 答える力は───最早残されていなかった。

 綱吉とユニ。7³の大空を担う二人は、今まさに白蘭の手にかかる寸前に置かれていた。

 

「まずいぞ、沢田がやられる!!」

「つったってよ、こんな状況じゃ!!」

「10代目!! 10代目ェー!!」

 

 必死に救出を試みるが、いくら残る炎を絞り出しても近づけやしない。

 刻々と近づくタイムリミット。二人の命であり、この世界───否、全パラレルワールドの命運を分かつ瞬間は、目の前にまで迫っていた。

 

「……」

「さ♪ 遺言があるなら聞いてあげるよユニちゃん。なんせこれから長い付き合いになるんだ。後腐れはなくしておきたいしね」

「……けて」

「んー? 聞こえないなぁ、もっとおっきな声で言ってごらん」

 

 

 

「───助けて、刹那ァーーーーー!!!!!」

 

 

 

 木霊するユニの叫び。

 数秒の沈黙を置くや、ブハッ、と息が漏れるような声が響く。

 

「ハ……ハハハハハ! まだそんなことを言うんだ! 健気な愛だね~。重過ぎて刹那クンが呪われないか不憫に思えてくるよ。それにさっきのを見てなかったのかい?」

「刹那は……貴方なんかに負けない……!」

「自分が認めた守護者だから? でも残念。コンティニューはもう二度と受け付けないよ。これから僕は全パラレルワールドを支配する覇者になるんだから、いくら彼が別の世界線で生き返ったところですぐに殺してあげる」

 

 締め上げる力が強まっていく。

 次第にユニの顔に苦悶が浮かび上がり、肺からはみるみるうちに空気が絞り出され、呼吸すらもままならなくなる。

 

「か、はっ……!」

「君も大概馬鹿な小娘だったよ。───すぐに彼と同じ場所に送ってあげる」

「ぁ───」

 

 伸びゆく白龍がユニの喉に巻き付き、息の根を止めようとする。

 誰もその手を止められない。

 綱吉も、守護者も、ヴァリアーも、他の者達も。

 

 誰の手も届かない、

 

 

 

『───ユニ!』

 

 

 

 そんな時だった。

 

「っ!!? なん、だッ……この炎は!!?」

 

 白蘭を中心に地面を埋め尽くしていた白龍が、突如として噴き上がる火柱に焼き尽くされていく。

 直視するのもままならない烈しい光に目を焼かれれば、白蘭も苦悶の声を漏らして目を背ける。

 

 すれば、火柱の中より“何か”が飛び出し、囚われのユニを縛り付けていた白龍を灰にして救い出す。

 一瞬の出来事に驚愕が走る中、ユニは自分を抱き上げる温かな炎にゆっくりと瞳を開いた。

 

「これは……」

『……怪我はないか、ユニ?』

「刹那!?」

 

 白い翼を羽ばたかせる刹那が、柔らかな微笑みを湛えて宙に立っていた。

 彼の生存に喜色満面と化すユニ。

 だが、やや透き通った彼の体に気が付くや、その顔はすとんと真顔に戻ってしまう。

 

「その……体は……?」

『……ごめん、その話はあとだ』

「刹那!!」

『大丈夫! 君のことは必ず守る、だから───』

 

 次の瞬間、温かな炎が球状の結界と化してユニを包み込む。

 7³の共鳴によって引き起こされる結界は、そのまま白蘭の魔の手から彼女を守る盾と化すだろう。

 

『あとは俺達に任せてくれ』

 

 唯一実体を感じられる大空のマーレリングは、今度は迷いなく綱吉の下へと飛翔した。

 白蘭は『させない!!』と白龍を向かわせるが、牙は刹那の肉体をすり抜けるばかりで、その身を捕えることができない。

 

「何が起こってるんだ、一体……!? くそ!!」

 

 忌々し気に顔を歪めて悪態をつく白蘭は、『こうなれば』と綱吉から先に殺そうと試みる。

 少なくとも刹那の狙いは綱吉を救うこと。あの肉体が幻覚だとしても、捕えたボンゴレ10代目は紛れもなく本物なのだから、狙うとすれば後者だ。

 

「奇跡なんてもの……そう何度も見過ごすと思うかあああああ!!!」

 

 度重なる奇跡に苦渋を味わわされた白蘭は、刷り込まれた恐怖に顔を歪めつつ、全力の炎を解き放つ。

 少しでも触れれば全身が灰となるであろう炎圧。

 

「消えろ!!」

『させない!!』

 

 炎と炎がぶつかり合う。

 直後、天地を揺るがす轟音が波となって広がった。余波だけで周囲に蠢いていた白龍が消し飛ばされ、並んで生える木々も根本から倒れていく。

 

「っ……やった、か?」

「───この炎は……」

「!!!!?」

 

 悲憤に震える声が風と共に流れゆき、白蘭の顔が歪む。

 

「そんな冗談が!!」

「刹那……お前の覚悟、確かに受け取ったぞ」

「一体どうやって……はっ!!?」

 

 揺らめく炎の中に、彼は佇んでいた。

 怒りと嘆きと悲しみと。様々な感情が綯い交ぜとなった悲痛な面持ちに涙を飾るや、それは一片の澱みもない覚悟を決めた面持ちへと変貌する。

 

 掲げられる拳には、()()()()()()()()()が輝いていた。

 

「あれは……ボンゴレの紋章!?」

 

 既視感のある装飾に、ユニが声を上げる。

 十代にも渡る歴史を有すボンゴレファミリーであり、掲げる代紋は見る者を震え上がらせる威厳に満ち溢れているが、長い歴史の間に何人もの人間が疑問として声に挙げた。

 

 

 

───何故、()()()()()()()()()()()()()()()? と。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!!?」

「白蘭、オレは死んでも───お前を許さない!!!!!」

「そんな馬鹿なことが───がぼぁ!!!!?」

 

 神速の炎拳が、雷の鎧を纏った白蘭の顔を殴り抜ける。

 余りの速度、そして威力。伴った調和の炎もあってか、白蘭の焼かれた頬は晴の炎で再生することもままならぬまま、グズグズと肉が焼け焦げる音を奏でるばかりであった。

 

「ぎぎっ……ぞ、んなっ……ここ、ま゛での力が……!!」

「立て、白蘭」

「!!」

「オレ達の怒りは……こんなものじゃ済まないぞ!!」

「うぐっ!?」

 

 解き放たれる炎圧は凄絶の一言に尽き、あれだけの猛威を振るっていた白龍も、白蘭の恐怖を反映したかのように微動だにしなくなった。

 

「凄いぞ、沢田の奴! まだあれだけの底力を!」

「……いや、ちげえ」

「リボーン殿?」

「あれはツナだけの炎じゃねえ。命を賭した刹那が願いと一緒に託した……最後の炎だ」

『!!?』

 

 リボーンの言葉に別の衝撃が伝播する。

 

「そんな……では、常磐殿は!?」

「……」

「リボーンさん!!」

「みなまで言わせんじゃねえ、()()()()()()()

「!」

 

 重い声色に、認めてなるものかと食って掛かった獄寺が歯噛みする。

 一縷の望みを託し、こぞってユニの方を見遣る。

 するとそこには、

 

「っ……、刹那……!」

 

 肩を震わせて涙を流す少女の姿があった。

 

「そんな……嘘だろ」

「───『嘘だろ』なんてのは、こっちの台詞だよ」

「! 白蘭、野郎!」

 

 やっとの思いで立ち上がった白蘭は、怒りの余りわなわなと震えながら、ドス黒い感情を込めた瞳を綱吉達の方へ向ける。

 

「一体どういう絡繰りでボンゴレリングとマーレリングが……」

『───約束を果たす刻』

『───使命を遂げる刻』

「!?」

 

 聞きなれぬ女性の声と、聞き覚えのある男性の声。

 弾かれるように声の下を向けば、綱吉のリングから二人の人間がそれぞれ炎と水に投影されていた。

 

「これは……Ⅰ世!?」

「それにあの女性……まさか!」

 

 男の方は他ならぬボンゴレⅠ世こと、ジョット。

 そしてもう一人の女性は、ユニによく似た雰囲気を纏う女性であった。否応なしにユニとの関係を髣髴とさせる姿だが、すぐさま当の少女が思い出したように口に出す。

 

 

 

「ジッリョネロ初代ボス───セピラ!」

 

 

 

 ボンゴレと同じく長い歴史を持つ由緒正しきジッリョネロファミリーだが、その創設者にして初代ボスこそ彼女、『セピラ』その人であると言う。

 しかし、これに断固として否を唱える者が一人。

 

「ジョットクンだけじゃなく、ユニちゃんのご先祖も登場とは……大した奇跡だよ、ったく!!」

 

 一度は縦の時間軸の奇跡で煮え湯を飲まされた白蘭だ。

 もう一度綱吉を屠ろうと全身全霊の炎を固め、標的を焼き殺そうと狙いを定める……が、しかし。

 

(!? 体の動きが……鈍い!?)

 

 ギギギッ……、と錆びついた歯車のように白蘭の動きはぎこちない。

 不可解な現象に目を見開いていれば、今度は別に起こり始めた異変に了平が気づく。

 

「見ろ! 白蘭の体が崩れていく!」

「なに……!?」

 

 言われるがまま、自身の体に目を向ける。

 すれば彼の言葉が嘘でないと証明すると言わんばかりに、灰化した肉体のあちこちがボロボロと零れ落ちていく。

 ただならぬ事態に、白蘭の頬に滝のような汗が伝う。

 

「そんな……そんなそんなそんな!! そんなことが!!?」

『にゅにゅ~ん! ざまーみろー!』

「ッ! この声は……」

『アッカンベ~、だ! びゃくらんのバ~カ!』

「ブルー、ベルぅ……!!」

 

 無邪気で幼い声───自分が食い殺したはずのブルーベルの声が、明滅する雨のマーレリングより聞こえてくる。

 しかしこれは、実際に食い殺した本人のものではない。

 

「まさか、並行世界の!?」

『ぼばッ! その通りだよ』

「デイジー……!」

『死にかけの肉体を無理に再生させてるんだ。限界以上に活性化して命を繋ぎ止めたところで、すぐに限界が迎えるよ』

 

 晴のマーレリングからも、それまで白蘭と白龍を再生させるに至っていた炎が、今度は彼らの肉体に崩壊をもたらし始める。

 

「何故だ!? マーレリングは僕が取り込んだはずなのに……!!」

『ハハンッ、リングを取り込んだぐらいで並行世界の我々の意志までをも我が物とできると思わないことです』

「桔梗……貴様!」

『そういうことだ、バーロー。あの馬鹿が随分世話になったみたいだからよォ、メンドくせーけど張り切っちまったぜ』

「ザクロまで……うがああああ!!!」

 

 途端にそれまで自身に恩恵をもたらしていた炎が叛逆を始め、白蘭が頭を抱えて身悶える。

 

 雨は“鎮静”で動きを鈍らせ。

 晴は“活性”で肉体を崩して。

 嵐は“分解”で細胞を燃やし。

 雷は“硬化”で体を硬直させ。

 雲は“増殖”で炎を後押しし。

 霧は“構築”で五感を惑わす。

 

「みなさん……!」

「これも……刹那の力なのか?」

「ええ、きっと……!」

 

 眼前に広がる光景に漠然と呟く綱吉へ、ユニが涙を浮かべながら力強く頷く。

 そうだ、これは奇跡なんかじゃない。

 永い時をかけて……例えそれぞれがごく短な時間だとしても、確かに積み重ねてきた時間の結実。

 

 

 

 あらゆる世界に植えられた種が芽吹き、実を結んだ瞬間だった。

 

 

 

 奇跡ではない軌跡の織り成す光景の後ろで、二つの始まりは紡ぐ。

 

『海なくば貝は生きられず』

『貝なくば海は穢れる一方』

『時に反目し合い』

『時に手を取り合う』

『それこそがボンゴレと』

『ジッリョネロの結んだ』

『リングに託した誓いであり』

『リングに託した願いでした』

 

 淡く温かい炎は、共に語り合うように優しい明滅を見せる。

 すれば、微笑みを湛えたセピラが遠い子孫に目を向けた。

 

『ユニ』

「ッ……! はい」

『7³とは、この地球に生きる命を見守る為の光。そして、決して絶やしてはいけぬ希望の炎なのです』

「そのような役目が7³に……!?」

 

 告げられる言葉で、これまで『使命だから』と曖昧なまま守り続けてきた至宝の存在意義をようやく知る。

 

『そして、私は遠い未来……仮にこの世界に生きる遍く命が脅威に晒されることがあった時の為、一つの希望を残したのです』

「約束?」

『それは……元は一つだったボンゴレリングとマーレリング、二つのリングがかけ合わさり、この世界を救う希望の炎となることなのです』

「!」

 

 今まさに綱吉が手にしているリングこそ、ボンゴレとジッリョネロの残した希望。

 そう告げたセピラに続き、ジョットもまた口を開く。

 

『そして、マーレリングの力を悪意のまま使う者が現れた時、食い止める役割を背負ったのも……ボンゴレだ』

「なんだって……?!」

『長い時を経て、その誓いは途絶えてしまったが……こうしてリングに刻まれた時間が、お前の炎と共に甦った』

 

 後悔を匂わせる面持ちを湛えながらも、ジョットは綱吉に笑いかける。

 

『ふっ……重ね重ねになって済まないな、Ⅹ世』

「Ⅰ世……」

『血も、力も、時も───ボンゴレに囚われる必要はない。栄えるも滅びるも好きにすればいいと言った。この炎は……お前の覚悟に他ならないんだからな』

「……ああ、そうだ!」

『世界は……未来は、今を生きるお前達の手で掴むんだ』

 

 

 

───託したぞ。

 

 

 

 ジョットはそう言い残し、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるセピラの幻影と共に消えていった。

 

 彼らが遺したものはと言えば、この二つのリングだけ。

 

 しかし、迸る炎は高く、高く、高く───天を衝かんばかりに立ち上り、暗雲が立ち込めていた空に大穴を穿った。

 

 刹那、差し込む光が綱吉を照らすや否や、輝かしい炎をその背に背負わせる。

 

「───覚悟しろ、白蘭!!!!!」

「っ、ぐぅう!!?」

「これは俺と刹那の……覚悟の炎だ!!!!!」

 

 

───オペレーション X───

 

 

 絞り出す声と共に、綱吉の背後には極太の炎が噴射される。

 すれば、荒れ狂う波濤が現れたかと思えば、ともすれば射線軸に存在する物全てを焼き尽くさん勢いだった炎を飲み込んでいく。

 

『綱吉さん、背中は俺に任せて!』

「っ……刹那!?」

『今の俺にはこのくらいしかできないけれど……思いっきりやっちゃってください!』

「……あぁ、任せろ!!」

 

 流るる涙もそのままに、綱吉は照準を定める。

 すれば、今度は白蘭の背後にも海流の門が生まれた。それは白蘭が並行世界と自身を繋げる時に生まれるものに似通った“ゲート”であるが……。

 

「あれは一体……常磐殿はどういった考えで!?」

「そんだけツナがこれから撃つ攻撃がハンパねーってこった」

「と、言いますと……!?」

「こんだけの炎圧、白蘭をぶっ飛ばすにしても射線の上にあるもん全部消し飛ばしちまう。刹那はそれを防いでくれてんだ……次元の扉でな」

 

 ただでさえ強力なX BURNER、もしもそれが更なる力と共に解き放たれれば、この山林一帯のみならず隣町への被害も考えられる。

 それを防ぐ為だけの方法が、縦と横の時間軸が交差(クロス)した特異点に生まれた全並行世界を繋ぐ次元の狭間に他ならなかった。

 

「こんなっ、これだけの為にその力をォーーー!!!!!」

 

 幾億千を超える世界にて切望した力を見せつけられる白蘭は、崩壊を迎える体を憤怒のままに突き動かす。

 

「それは僕の力だァァァアアア!!!!!」

「違う!!!!! これは刹那の……みんなを守ろうとする、あいつの覚悟だあああああああ!!!!!」

 

 綱吉と白蘭、二人の掌に炎が灯った。

 白蘭はドス黒い怨嗟と妄念を残された炎につぎ込み、最早大空とも取れぬ黒い炎が入り混じった炎を解き放つ。

 

「消え失せろおおおおおおおお!!!!!」

 

 それを迎え撃つ綱吉の炎。

 幾星霜もの時を経た誓い、そして少年の想いを乗せた炎は───爆ぜる。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 

 

───X BURNER(イクスバーナー) OVER X(オーバークロス)───

 

 

 

 

 

 この世界を守る為に。

 好きな人を守る為に。

 何よりも熱く、何よりも澄んだ想いは───何者にも阻むことはできなかった。

 

「う、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 澱みない覚悟の炎は、立ちはだかる野望と力の悉くを灰と化して進む。

 どこまでも、どこまでも───無限に広がる海の彼方まで。

 やがて灰燼と化した白蘭の肉体は……次元の狭間、海の中へと消えていく。

 

 果てしなく広がる青い海へ、ひらひらと。

 

 

 

 そうして白蘭は───海へと還っていった。

 

 

 

 

 

 

───やった。

 

 白蘭が綱吉さんに倒されるのを見て、俺はほっと胸を撫で下ろす。

 

───これで。

 

 悔いはない。

 思い残すことも。

 ちょっぴり寂しさはあるけれど。

 それでも、本当に良かった。

 

 

 

『───幸せにな、ユニ……』

 

 

 

 俺に残された(じかん)は、あとちょっとというところまで迫っていた。

 

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