88   作:柴猫侍

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Ⅵ.『忘れはしないだろう』

 炎が、蒼天を衝く。

 

 白蘭を消滅させた死ぬ気の炎は、暗雲に覆われていた大空を見事なまでに晴らしてみせた。

 差し込む陽の光に照らされ、七つの輝きが地面へと落下する。

 それまで調和によって一体化していた至宝、マーレリングだ。主が消滅して効力を失ったリングは、からんと音を立てて地面に転がった。

 

 歩み寄って拾い上げるユニは、僅かに残る熱を感じつつ、瞼を閉じて感謝を告げた。

 

「ありがとう……貴方達のおかげで世界は救われました」

 

 絶体絶命の窮状においても尚、時空を股にかけて並行世界より力を貸してくれた守護者達への言葉。それに応えるリングは二、三度淡い光を放った後───今度こそ役目を終えて沈黙した。

 

 今一度、心の底で感謝を念ずる。

 感謝してもし切れない。大粒の涙を流すユニは、幾度となく起こった奇跡を振り返りつつ、愛おしくリングを抱きしめた。

 

『───ユニ』

 

 そんな時、温かさに満ちた声に呼びかけられる。

 

「……刹那、」

『終わったよ、全部。これで平和な世界になるんだよな』

 

 清々しい笑顔を咲かせる刹那。

 しかし、ユニはと言えば込み上がる涙を抑えきれぬまま、くしゃりと歪んだ泣き顔のまま少年へと抱き着いた。

 

『っとと……泣かないで、ユニ。折角のカワイイ顔が台無しだ』

「そんなことっ、……今言わないでください!」

『……ごめん』

「謝るのも……ダメです」

 

 じゃあどうすりゃいいのさ、と困った顔を浮かべる刹那。

 そうこうしている間にも、綱吉をはじめとした全員が二人の下まで駆け寄ってきた。喜びを噛み締める者、安堵の余り涙を流す者、立て続けの窮地に疲れ切った者……三者三様の様子が窺える。

 

「刹那!」

『綱吉さん……ありがとうございます。白蘭を倒してくれて』

「う、うん……って、それより! 体……君の……」

 

 困惑を絵に描いたような表情の綱吉は、淡い橙色の炎に包まれ、半透明に透けている刹那の全身を見回す。

 見間違いではないかと何度も何度も見返しては、周りを取り囲む者の様子も合わせ、夢ではないのだと悲壮感に打ちのめされる。

 

『これ、ですか』

「そうだよ! 何がどーなってそーなってんの!?」

『見ての通りです。俺の体は……もうありません』

「っ……!!」

『ここに居る俺は実体がない……例えるなら、GHOSTみたいな“現象”です。魂を包む炎が人の形を辛うじて保ってる、そんな感じで』

 

 絶句。

 覚悟はしていたユニやリボーンを含め、いざ本人から告げられた真実を耳にする面々の多くは、白龍に大穴を穿たれた刹那の姿を思い返す。

 

 やはり───でも。

 

 そう思う者ばかりだ。

 不甲斐なさに拳を握る者も居れば、ただただ呆然と涙を流す者も居る。

 それだけ、他の者が誰も欠けずに手に掴んだ勝利の中、彼一人だけがそうはいかなかった現実が心を打ちのめしてくる。

 

「そんな……君のおかげで勝てたのに……ユニを、守れたのに……!」

『そ、そう暗い雰囲気にならないでくださいよ! 確かに体はなくなっちゃったけど、死んだ訳じゃ……いや、ここの俺は実際死んでますけど、魂だけは生きてますから』

「え? っと……つ、つまり?」

『あ、あの……ほら、言ってたじゃないですか。俺が並行世界を云々かんぬんって』

「??」

 

 刹那が言わんがしている内容を理解できず、綱吉はクエスチョンマークを頭上に浮かべる。

 すると次の瞬間、黒く小さな人影が人込みの間を縫って現れた。

 

「お前が何度も殺されたって話だな」

 

 事情を知っているような口ぶりのリボーンへ視線が集中する。

 

「リボーン!? それって……」

『リボーンさん……はい、俺は死んでも少し遡った時間軸に甦る呪いがかけられています』

「呪いって……えぇー!? そんな呪いかかってんの、君!?」

『はい。だから、死ぬって感覚が人より希薄っていうか……つまり、『死んだところで』って言いますか……』

 

 たははっ……、と緊張感のないへにゃりとした笑顔で言い放たれる。

 その空気にあてられた綱吉はホッと息を吐く───が、その瞬間に頬をリボーンに蹴り飛ばされて汚い悲鳴を上げた。

 

「ぶべぇー!? な、なにすんだよ、リボーン!!」

「まだ話はまだ終わってねーぞ、バカツナ。それだけで話が終わるほど単純な話じゃねえ」

 

 ゆっくりと、リボーンの円らな瞳がユニへと向けられる。

 

「辛いだろうが教えてくれ。お前の知っている全部を」

「……はい」

 

 頬を伝う涙を袖で拭うユニ。

 彼女を止めようとする刹那であったが、その覚えのある所作にキュッと胸を締め付けられれば、何も言えなくなって面を伏せた。

 

 それから語られたのは、呪いの全貌。

 

 刹那の世界で起こった虐殺から始まり、呪いをかけられた経緯、気の遠くなるような時間において繰り返された死に戻り……その全てが綱吉達の想像を絶するものであることは言うまでもなかった。

 

 語り終えたユニは、細く、そして長く息を吐いた。

 積もりに積もった万感の思いはそれだけでは吐き出しきれもしないが。

 だがしかし、他の者と共有するだけでも彼女の悲しみはほんの少しだけ軽くなったことは救いだろう。

 

 それでも───溢るる涙は止まらない。

 

「……白蘭が倒された今、マーレリングの力は無効化され、全パラレルワールドで白蘭が起こした出来事は過去に遡って抹消されるでしょう。しかし、刹那にかけられた呪いはマーレリングの力とはまた別物。呪いが解け、元の世界に戻れる保証はないのです」

「……そんな……」

「白蘭を倒し世界を救う為とは言え、彼は余りにも大きい代償を払っております。それこそが……記憶の抹消。彼が死んだ瞬間、その時間軸からは彼が生きていた痕跡は一つも残らなくなるのです」

 

 一斉に向けられる視線に、刹那は閉口したままだ。

 

「刹那……本当なの? その話……」

『……』

「何とか……何とか言ってくれよ!」

『───もう、終わった話ですから』

「はっ……!?」

 

 予想だにしていなかった返答に怒りすら覚える綱吉だったが、ようやく顔を上げた刹那の涙する様子に、寸前で言葉を飲み込んだ。

 

『最初から覚悟したことです。後悔はありません』

「だからって……君が忘れられていい訳ないだろ!」

『いいんです。俺は……俺はみんなを守りたかった。大好きなユニやジッリョネロのみんな、ボンゴレファミリーの人達を助けられるんだったら死んでもいいって……この呪いを望んだんです』

「っ……! けど……、っ!」

『忘れられるのは、そりゃあ寂しいですけれど……大丈夫。みんなとの思い出は、俺の宝物として胸にしまっておきますから───』

 

 

 

「そんなこと、私が許しません!」

 

 

 

 突如、響き渡る怒鳴り声に肩が跳ねる。

 誰の声だと弾かれるように振り向けば、声を発した主の正体に誰もが愕然と瞠目した。

 

『ユニ?』

「自分だけが犠牲になればいいだなんて……そんなこと、ジッリョネロのボスとして私が許しません!!」

『……けど、』

 

 一緒に居たいのは刹那も同じだ。

 けれど、それが叶わないと知っているから潔く諦めた。自身に課せられた使命は───呪いはそういうものだと。

 しかしながら、ユニの涙に濡れた顔を直視するにつれて、固めていた覚悟が揺らぎ始める。

 

「貴方も言いましたね、『(ユニ)が居ない世界に意味なんてない』と。私も……同じ気持ちです」

『……てくれ』

「貴方の居ない世界に戻ったとしても、私の世界にはぽっかりと穴が開いたまま! γが居て、太猿や野猿……みんなが揃ってのジッリョネロだから……、……っ」

『やめてくれ、ユニ……』

「貴方と一緒の時を、私は生きていきたいんです!」

 

 止まる事を知らない涙はお互い様だった。

 気づけば二人は抱きしめ合い、残された数少ない時間を噛み締め合う。刹那が元の時間軸に戻れる保証がない以上、これが最後の時になるかもしれない。

 そう思うだけで、進んでいく時計の針が憎たらしくて堪らなくなる。

 命の炎の温もりが消えてしまう前にと、熱い抱擁はいつまでも続く。

 

「……刹那」

『うん』

「私、貴方のことが好きでした。ずっと……ずっと昔から」

『……俺も、ユニのことが好きだ。今までも、これからも』

「っ……、良かったぁ……貴方の気持ちをやっと知れました」

『ずっと気づいてたんじゃないのか? ユニならさ』

「いくら心の機微に敏くても、言葉にしなきゃ伝わりませんよ……もう」

『そっか。じゃあ、次からはちゃんと伝えなきゃダメだなぁ……───』

 

 想いを重ねる度に後悔は募る。

 ああしていれば良かった、こうしていれば良かった。もっとやりようはあったんんじゃないかと───誰だって生きている上で行うように二人は省みる。

 

 つらつらと言葉にしたところで、抱いていた想いの三分の一も伝えられやしない。

 『それでも』と、この一瞬を永遠のものにせんと必死に心へ焼き付ける。だが、やがて炎の熱で涙に濡れた袖が渇く頃、ゆらゆらと揺らめいていた刹那の体が崩れ始めた。

 淡い光を放つ火の粉は次なる道筋を指し示すように、晴れ渡る空へと舞い上がる。

 足元から次第に消えてなくなる刹那。半透明だった体も、刻一刻とこの世界の居場所を失っているかのように薄く、透明に変わっていく。

 

『……ごめん、ユニ。もう、時間みたいだ』

「っ……嫌です! もっと……もっと貴方と一緒に……っ」

『俺もさ。けど……』

「うぅっ……!」

『……なあ、ユニ。最後に一つ、お願いしてもいいか?』

 

 

───俺が行ってしまう前に。

 

 

 寂しさを隠し切れぬ笑顔を湛え、涙を押し殺した声で告げる。

 

『笑ってる顔が見たいんだ。ユニの笑顔……昔から好きだったから』

「私の……笑顔?」

『うん。ダメかな?』

「っ……、いえ。もちろん……っ!」

 

 涙を呑むユニは、今は亡き母の教えを想い返す。

 

 

 

───うれしい時こそ、心の底から笑いなさい。

 

 

 

 ああ、そうだ。

 自分は今、幾星霜の時を経て同じ想いを感じ合っている。これを喜びと呼ばず何と言うのだ?

 確かに別れは悲しくはあるけれど、それが永遠の別れであるとも限らない。

 

 

 

 ならば、また会えると願い───花を贈ろう。

 

 

 

「ふふっ」

『どうしたんだ、ユニ?』

「いいえ、なんでも。それより……」

『……うん』

 

 

 

 

 

 大空の下に、虹が架かった。

 

 

 

 

 

「いってらっしゃい、刹那」

 

 

 

 

 

 心の底から綺麗だと思える虹が。

 

『……ありがとう、ユニ』

「刹那くん!!」

『っ、綱吉さん……?』

「オレ、絶対忘れないから!!」

『───!』

 

 今際の際、いよいよ炎が消えてなくなるというところで綱吉が告げる。

 

「君がここから居なくなっても……過去に戻っても!! 絶対……絶対に忘れはしない!!」

『綱吉、さ……っ!』

「だって、大切な思い出だから!! 君と過ごした時間は消えたりなんかしない!!」

 

 

───このリングがそうだったように。

 

 

 代を重ねても尚、時を隔てた記憶を蘇らせたボンゴレリングを掲げ、綱吉は涙ながらに言い切った。それに続き、獄寺や山本といった面々も同様の旨を口に出す。

 共に過ごした時間は短いけれど、掛け替えのない時間だから───皆が各々に伝えていく間、上りゆく炎を掻き分けて涙が地面を濡らす。

 手で顔を覆い隠したところで、涙は止まらない。

 今まで心を押し殺して堪えてきた分の全てを吐き出すように、刹那は唇を噛み締めながら、贈られる言葉を胸に刻む。

 

 そして───。

 

『みんな……本当にありがとう!! 俺も忘れないから!!』

「刹那くん!」

「刹那……!」

『だから───いってきます!!』

 

 雨が降り注いだ後の大空に、虹が架かるように。

 涙に濡れた顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 そうして、炎と共に少年は消えた。

 

 

 

 大切な思い出を、その心に刻み。

 

 

 

 

 

 

 天にも昇る浮遊感。

 俺は、この感覚を知っている。

 

───どこに行くんだろ。

 

 並行世界へと魂が渡る感覚は、今になっても慣れないものがある。

 ましてや白蘭を倒すっていう目的を果たした後なら、尚の事。経験則で言うなら、また俺が生きているだろう数か月から数年前に戻るはずだが、

 

───することあるかな……。

 

 ひょっとすると、永遠に呪いがかけられたままかもしれない。

 となると、似たような時代を何度も繰り返す羽目になるだろうが……。

 

───それなら、あの鉄帽子を探そうか。

 

 呪いを解くのを目標にするのなら、かけた張本人を探すのが一番か。

 並行世界では顔見知りでないとしても、手がかりくらいは知っているだろう。そうと決まれば話は早い。さっさとタイムリープしてどこかに辿り着きたいけど。

 

───?

 

 不意に、向かう先に白い光が見えた。

 あれは───翼だ。

 左右に広げられた純白の翼。まるで宗教画に載っている天使のような趣に感嘆の息を漏らそうとしたが、途中でハッと気づいた。

 

───まさか、お迎えじゃないよな?

 

 実際、ありえる話だと思った。

 いくら死に戻りの呪いをかけられたとはいえ、当初の目的を果たした時点で呪いの効力はなくなるというのもない話ではない。

 いや、待ってくれ。

 確かに後悔はないと言ったけれど! それとこれとは話が違う!

 

 待て、こっちに近づくな!

 

『アハッ♪ 大慌てじゃん、刹那クン』

 

───……は?

 

『そんな顔しないでよ。ほら、僕だよ僕。もう忘れちゃったの?』

 

 近づいてくる天使、いや悪魔はそう言って笑う。

 

───お前……白蘭!!

 

『おっと! そんな怖い顔しないでよ』

 

 俺を始末しにでも来たのだろうか。

 そう思うだけで身が強張る思いだが、辛うじて大空のマーレリングは身に着けたままだ。匣兵器がないのが懸念点だが、一対一なら何とかできるだろう。

 なんて物騒な思考をグルグルと巡らせていれば、敵意を向けられているにも関わらず、余裕綽綽といった笑みを湛えた白蘭は口を開いた。

 

『僕は案内しに来ただけさ』

 

───どういう意味だ?

 

『言葉通りの意味♪ ほら、後ろ』

 

 白蘭が指さす方向に警戒しながら目を向ける。

 すると、そこにはあったのは……。

 

───……虹……?

 

 橙色の光と共に、それ以外の六色が橋を架けるように遠く遠くへと伸びている光景が目に入った。

 

『あれが道標だよ。君が元居た世界への』

 

 思わず期待に心が躍ったが、それを告げたのが白蘭とだけあって、すぐさま興奮の熱は冷めていく。

 

───俺を嵌める気か? そうだろ、白蘭。

 

『違うんだな~、これが。でもまあ、そりゃ僕の言うことなんて信用できないっか』

 

───当たり前だろ。

 

『そっか。それならいっそ僕のことは信用しなくていいから、ユニちゃんのことを信じてあげなよ』

 

───どうしてユニが出てくる?

 

『百聞は一見に如かず。ほら、光に触れてみなよ。───それで全部理解できるから』

 

 白蘭の言いなりになるのは癪だが、確かに迫ってくる虹に悪意は感じられない。

 寧ろ、どこか懐かしいような感覚さえ覚える光に、俺は自然と手を伸ばしていた。近いようで遠い、そんな距離感の下で光を求めてれば、ようやく触れることが叶った。

 

───! ……これは。

 

『んね♪ わかったでしょ』

 

───ユニと……みんなの炎だ。

 

 それは他でもない、ユニの温かな大空と守護者のみんなの炎だった。

 似たような温もりには並行世界でも触れてきたけれど、この感触だけは特別だ。あの頃となんら変わりのない───実家みたいな温かさに、()()()()()()()()()()()()

 

───……あっ。

 

 俺は今、思い出した。

 幾度とない死の度に薄れていった、大切なファミリーとの思い出を。

 どれだけ思い出そうとしても無理だった、掛け替えのない時間が。

 

『思い出した? 君が居た世界での思い出』

 

───……ああ。ようやく……思い出せた……っ!

 

『いいねいいね、理想的なノスタルジーって感じ?』

 

───これを俺に思い出させてどうするつもりだ?

 

『どーもこーもしないって。ただ、う~ん……お礼?』

 

───お礼?

 

 お礼参りではなくお礼とは。

 殺し合う理由にこそ心当たりのある俺は、邪気のない笑みで言い放った白蘭を前に首を傾げた。

 その様子が面白かったのか、あいつはプハっと堪らず噴き出す。おい、何がそこまで面白かったんだ。

 

『ちょっとね。悪夢から覚まさせてくれたお礼』

 

───悪夢……だと?

 

『うん。そうだね……君や綱吉クンを倒して世界征服を叶えた夢さ』

 

 それのどこが悪夢なんだと食って掛かりそうになるが、その前に白蘭が言葉を続ける。

 

『でも、や~っと目的を達成したのはいいけれど、それからすることが何もなくなっちゃってさ。燃え尽き症候群? って言うのかな。生ける屍みたいな時間を永遠に過ごす夢を見てたんだ』

 

 そう語る白蘭の顔は、今までに見たことのないような表情を浮かべていた。

 あの邪悪で、享楽主義で、人を嘲笑っていた白蘭が───初めて見せた人らしい顔。蘇る不安と恐怖に肩を震わせながら、怯えた顔を浮かべていたんだ。

 

『けどさ、そんな時に『こっちだよ~♪』って呼ばれたのさ───ユニちゃんに』

 

───!? なんで、ユニが……。

 

『さあ? あれがどのユニちゃんかなんて僕は知らないけど、抜け殻みたいになった僕の傍にずっと寄り添ってくれて慰めてくれてたんだよ』

 

 きっと、魂だけを飛ばす大空のアルコバレーノの力かな? と。

 笑いながら語る白蘭を前に、俺はユニのお人好しさにつくづく溜め息が零れた。

 ユニの奴……なんだって、自分を殺した男なんかを。

 

『そんな訳で完全復活を遂げた僕なんだけど……一つ、ユニちゃんからお願い事をされてね』

 

───お願い?

 

『並行世界……時空のどこかを彷徨ってる君を探して連れて来てほしいって』

 

 ようやく俺は合点がいった。

 けれど、理解はできたところで信用はできない。なんせ相手が白蘭である以上、語られた内容が全部嘘───なんてのも覚悟しなければならない。

 睨み合いは暫く続く。

 すると、ほとほと困り果てた様子の白蘭が動き出した。

 

『───わかった。ごめんよ、刹那クン』

 

───……なんだって?

 

『謝ったのさ。もちろん、君がそれで納得するなんてこれっぽっちも思ってないけど』

 

 申し訳なさそうな顔から清々しい笑みに移るまでだったが、ほんの少しでも誠意を見せた白蘭に、僅かながら変心の兆候を垣間見た。

 

『でもさ、ユニちゃんに君に会ったらごめんなさいって言いなさいって言われたから。だから謝ったんだよ』

 

───それはつまり、お前一人だったら謝らなかったって意味じゃないのか?

 

『! アッハハ、それは盲点だったなー!』

 

 謝らなかったかも! と、いっそこちらが清々しくなるような開き直りようだ。

 何度目かわからない溜め息を零し、俺は今一度白蘭と対面する。

 確かにあの時の白蘭とは違う。邪悪な悪意も敵意も感じられない。おどけた態度こそ変わらないままだが、浮かべる笑顔にも今までにない清涼感があった。

 

───信じていいんだな?

 

『僕のことは信じなくてもいい。君はユニちゃんを信じればいいさ』

 

 その炎は嘘をつかない。

 真っすぐにこちらを見据える白蘭は、それっきり俺を見守るように佇んだまま、口を開かなくなった。

 

 どれだけの逡巡を経ただろうか。

 ようやく決心がついた俺は、今や今やと待ちかねるように揺らめいている虹の方を向いた。

 

───……白蘭。

 

『うん?』

 

───ありがとう。

 

 驚いたような息遣いが聞こえてくる。

 それだけでも仕返しとしては十分だ。

 

 けれど、一応伝えておかなくちゃな。

 

───お前のおかげで、俺は半端な覚悟を捨てられた。そこだけは……感謝してる。

 

『……まったく、君って奴は。つくづくユニちゃんとはお似合いだよ』

 

───おい、それってどういう意味だ?

 

『アハハ、別に。それよりもほら、早く行ってあげなよ』

 

 待ちくたびれてるからさ、と催促が飛ぶ。

 このままでは別の並行世界に飛ぶのもままならないと受け入れた俺は、仄かに明滅する虹を辿っていく。

 温かな光に乗れば、瞬く間に景色が線となっていくのが分かる。

 進んでいる───間違いなく、次の世界へ。

 

 

『ユニちゃんによろしく言っといてねー♪』

 

 

 遠のく白蘭の声は何とも軽薄なノリだ。

 けれど、今はほんの少し───その声にも一抹の寂しさを覚える俺が居た。

 

 

 

 そして、また気が遠くなるような時間の果て。

 

 

 

 眩い光の先へ───俺は飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 まだ彼は目を覚まさない。

 同じ時を過ごす()の一人が、かつては手を結んでいたマーレリングの保持者と本当の意味で協力し、魂を導いてくれたというのに。

 

「刹那……貴方はいつ目を覚ますのですか?」

 

 待てども待てども、彼は目を覚まさない。

 いつまでも待つ覚悟はできているが、それでも胸の中に寂しさに嘘は吐けない。

 

「貴方と行きたい場所がたくさんあるんです。お母さんが立てた孤児院にも顔を出さなくちゃ」

 

 つらつらと言の葉を紡ぐ。

 色んな町に色んな土地。自分は幼く、ファミリーも抗争中だったせいでろくに出かけられたこともない。

 しかし、平和な時を取り戻したからこそ、彼と共に巡りたい場所は数えきれないほどにあった。

 

「……早く、起きてくださいね」

 

 できるだけ聞こえるように、近くで囁く。

 ベッドの上で眠る彼の顔を覗くような体勢がしばらく続く。

 すれば、次第に彼の顔が近づいてくる。いや、これは私の方から近づいて───吸い込まれていっているのだ。

 彼の寝息が頬を撫でる。

 みるみるうちに自身の顔が火照っていく感覚を覚えるが、恥じらいを捨てて、彼の下へと飛び込んだ。

 

「刹那」

 

 お願い、と。

 

「貴方のことが……大好きだから」

 

 微かに響く口づけの音。

 永く、そして濃密な時間だった。

 

 重ねていた時は極僅かだったはずなのに、それが永遠の時のように思えたのだ。

 しかし、どうしても息が続かなくなって唇を離す。名残惜しさは拭えないけれど、それでも寂しさは幾分か和らいだ。

 

「……私ったら、なんてことを……」

 

 でも、続けざまに襲い掛かる罪悪感に面を伏せた。

 いくら彼に想いを寄せているとはいえ、意識のない人の唇を奪うなんて。

 

「伝えたい想いはたくさんあるのに……どうして叶わないんですかね」

「……」

「ねえ、刹……」

「……」

「な……?」

「……」

 

 ()()()()()()()

 誰と? ───ベッドの上で眠っていた少年と。

 

「な、な、な……」

「ユ、ユニ……おはよう?」

「っ~~~!」

「わっぶ!?」

 

 顔から火が出そうな羞恥を隠そうと───ううん、それ以上に湧き上がってくる喜びと衝動が体を突き動かし、気づいた時には目覚めた彼の胸の中に飛び込んだ。

 

「刹那! やっと……やっと……!」

「ユニ……」

「ずっと待ってました……貴方の帰りを……!」

「……うん、ただいま」

「はい! ───おかえりなさい」

 

 向かい合う二人を妨げる者なんかなくて。

 喜びと愛おしさのままに引き寄せられた私達は───もう二度と離すまいと、強く抱きしめ合った。

 

 

 

 白い蘭が運んでくれた幸せを噛み締めるように。

 

 

 

 そうして───二人の時間は、永遠のものとなった。

 

 

 

 

 

 

忘れてしまうだろう

肩につもる悲しみは

流れる星の手に抱かれ

 

ため息ひとつでリセットされる

無限のループのような日々さ

「右向け左」が遠回りでも

それでいいんだ

風が吹き付けるのは きっと

ビルの隙間を飛び交う雑音が

君に聞こえないように

 

夜空に描かれた 星を繋ぐ物語

その胸焦がれる幻想

忘れてしまうだろう

肩につもる悲しみは

流れる星の手に抱かれ

 

理由なんていらなかったあの日

指でなぞった輝きがまだ

眠りさえ忘れさせるなら

それでいいんだ

雨が降り止まないのは きっと

唇噛み 流れてゆくその涙

誰も気付かないように

 

夜空に描かれた 星を繋ぐ物語

その胸焦がれる幻想

忘れてしまうだろう

肩につもる悲しみは

流れる星の手に抱かれ

 

あの星や君の名前は知らないけど

その輝きはここからもよく見える

涙を止めるのも 夢を見るのも

それを叶えるのも

それは誰かじゃなく

君じゃなきゃ出来ないんだ

 

夜空に描かれた 星を繋ぐ物語

その胸焦がれる幻想

忘れはしないだろう

回り道に咲いてた花

泣いた跡も 傷跡も

抱えたまま歩いてゆけば良い

 

 

 

 

 

「───なあ、ユニ」

「はい?」

「昔さ……俺に花の指輪くれたろ? なんだっけか……スノー」

「スノードロップですか?」

「そう、それ! あの時教えてくれた花言葉ってなんだっけ?」

「……教えません」

「えー」

「もう憶えてなくて結構ですから!」

「えっ、そんなに怒ることか!? ごめん、ちゃんと思い出すから!」

「もういいです! ───ふふっ♪」

 

 

 

 その花が持つ意味はいくつかある。

 

 

 

 『希望』に『慰め』、そして───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『恋の最初のまなざし』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~Fin~


 形態変化(カンビオ・フォルマ)!!!(匿名設定解除)
 という訳でこんにちは、柴猫侍です。

 この度は『88』を読んでいただき、誠にありがとうございました。
 本作は自分が主催の企画『復活(リボーン)杯』の参加作品として筆をしたためさせていただいたものであります。
 久しぶりに再燃したリボーン熱……それをギュッと詰め込んで、ゴウッ! と燃やしてみせた作品であると自負しております。

 未来編の白蘭に支配された並行世界、そこからループを繰り返す少年・刹那が主人公であった本作。その生きざまに未来編一発目のOP『88』を重ねるようなストーリーラインを意識してみましたが……楽しんでいただけたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただけたのであれば、本作および復活杯を開いた甲斐があったと思えます。

 復活杯に参加していただいた作品は、他のも数多く投稿されておりますので、ぜひともそちらをご覧になって懐かしい家庭教師ヒットマンREBORN!への熱を復活(リ・ボーン)!していただければと思います!

 それでは長々と失礼いたしましたが、最後に一言。
 最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!
 柴猫侍でした~。

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