Battle Spirits Act of Aggression 作:えむ〜ん
事態というのはゆっくりと着実に変化しながら進行していくものだ。例えその事に誰もが気がつくことがなかったとしても、動き出した歯車は止まることなく回り続ける。
この世界の複雑な仕組みのように、歯車と歯車はかち合い、そして全てが繋がり広がっていく。
そんな複雑な仕組みの中で私たちは知らない内に争いと滅びの道を歩もうとしてしていた。
いや、その道を誰かに導かれるように歩いてしまっているのかもしれない。
はるか遠い、遠い地平線の彼方へと続いているであろう草原。その中にいつの間にか自分は立っていた。辺りを照らす太陽の日差しの暖かさや草花を撫でる、優しい風の心地良さに浸ることは……出来なかった。
その代わりに自分が感じたのは、謎の浮遊感や少し頭がボーッとするといった目眩に近い感覚だけだった。
どうして自分はここにいるのだろうか?と言う思考に至る前に、頭の中に男性と女性の入り交じった声が響いた。ごちゃごちゃとしていて、鬱陶しいと感じる反面、微かに聞き覚えのある優しさに満ちた声をしていた。自分の父と母の声だった。
いや、正確には父と母の声がどんな声なのかを自分は知らない。2人とも自分が物心着く前に原因不明の事故で亡くなっているからだ。しかし、自分でも何故だか分からない。父と母の声も知らないのに今脳に響いているこの声を反射的に、直感的に父と母の声と思ってしまったのだ。
結薙……!結薙……!!
非現実的な死者の声。次は脳内では無く、自分の後ろから呼びかけられた。
振り向けば、自分の背後3、4m先の草原の中に2人の人間の姿、男性と女性が寄り添いながら立っていた。
父の昔からの友人に見せてもらった写真の姿と同じ姿の男性と女性は真っ直ぐに自分に視線を向けてくる。この人達が自分の父と母。自分を産んでくれた本当の家族。
「……父さん、母さん?」
自分がこの言葉をこの人達に言うのにはかなりの戸惑いがあった。実の父、母との対面なのに、自分はまだこの人達が本当に両親なのかという疑問があったからだ。
しかし、こんなぎこち無い呼び方でも2人は優しさに満ちた笑みでこちらを見てくれていた。
「いや………でも、違う。貴方達は違う。違うんだ。
貴方達が本当に僕の両親だとしても、貴方達はもう死んでいる人間だ。もうここには居ない人達だ。
僕を誘うな……僕を惑わすな……これは全てが幻なんだよ」
そう叫んだ瞬間、自分を中心に大地が割れ、草花を散らす赤黒い炎が舞い上がった。
赤黒い炎は瞬く間に全てを飲み込むかのような海の様に草原に広がっていき、立ち込める黒い煙が太陽の光を遮り、暗い闇が訪れる。
その中で向こうにいる父と母の幻は苦しみの声と絶望の表情で炎に飲み込まれてしまった。
「それでいいんだ。僕は………ッ僕は生まれた時からずっと、1人ぼっちだったんだ」
炎に燃える地獄のような場所に取り残されたのは、自分1人だけだった。2人が炎に飲まれた時、父と母が死んでいる事を伝えられたあの日の事がフラッシュバックして心が締め付けられるかのように痛く感じた。
立ち尽くす景色は徐々に歪んでいき、自分自身の視界も真紅で包まれてしまった。
鳥のさえずりとカーテンの隙間から射し込んだ太陽の光で僕は一気に目が覚めた。自分の視界に広がるのは薄暗い自室の天井だった。
「………また、同じ夢を見るようになってしまったというのか」
掠れた視界のままベッドから身体を起こし、窓のカーテンを開ける。パッと自分の部屋全体に太陽の日差しが入り込み、薄暗かった部屋は一気に明るくなった。
「はぁ………良い天気が逆に憎いくらいだよ」
窓からの景色を覗けば、そこには雲一つない真っ青な世界と美しく並ぶ、十二十色の住宅が広がっていた。さらにその向こう側には天を貫かんとする高層ビルが無数にもそびえ立っているのが、目が少し不自由な僕でも捉えることが出来る。
自分の今の気分とは真逆で、今日の天気の気分はご機嫌麗しい様であると言ったところだろうか。電柱で羽休めをしている白い鳥達が一斉に青空に向けて羽ばたき出した。
「今日から高校生か……まぁ別にいいんだけど」
自分には将来の未来図や夢、目標なんてものはまだ想像がついていない。しかし、自分の将来の為にやらなくちゃ行けないことは必ずあって勉学はその1つであり、社会に出る為の土台作りの様なものだと自分なりに定義している。自分自身を成長に導いてくれる素晴らしいものだと分かっているので、そこまで勉学に対して苦の感情を抱いたことは無い。しかし、一部を除いてだが。
今日の行事予定はその高校の入学式。新しい場所で新しい生活が始まろうとしている。そこには一体どんな人間がいるのだろうか。
ふと、そんな事を気にかけながら茶色のクローゼットから綺麗に畳まれた新品の紺色の制服と長袖の真っ白なワイシャツを取り出し、急いで汗で濡れた着心地の悪いパジャマを脱ぐ。いつまでもベトベトとした感触に全身を抱かれるのはゴメンなので。
ついでに勉強机に置いている黒縁の楕円形の眼鏡を付ける。掠れていた視界がクリーンなモノに一瞬で変わった。いつの時代も眼鏡は便利な物だ。
「うわ……汗臭っ。お気に入りだったんだが、こいつはもう洗濯機直行ルートだな」
右手に持った汗だくのパジャマを鼻に近づけ、少しだけ匂いを嗅いだ僕はパジャマから発せられる、とんでもなく酷い激臭に多分顔が大きく歪んでいるだろう。
反射的に自室のカーペットにそのパジャマを投げ捨て、急いでワイシャツの袖に腕を通す。こんな臭いパジャマ如きで自分の生活リズムを狂わす訳にはいかないし、早くこれを洗濯機に入れないと、家族にも迷惑をかけることになる。
「……厄介なものだな」
自分の気のだるみが体に残っているのは、あの夢が原因だろう。夢の内容というのは、曖昧ですぐに忘れてしまうケースが多いが、何度も同じ夢を見てしまうと流石に脳に焼き付いてしまう。
もういない人間であると分かって割り切っているつもりでいる筈なのに、何故か引きずり込まれそうになってしまうのは、もしかしたら自分の心の中に本当の家族の暖かさを求めているのかもしれない。自分にまだあの家族の事で未練がある証拠だ。
しかし、あの2人の事で気がかり事があって、その内容は2人の死亡原因である。父の友人であり、今の自分の保護者である
「あぁ…………本当に厄介だ」
クローゼットの右隣に立てかけた全面鏡で赤色の横一本線の入った黒いネクタイの位置を整え、1つ溜息をついた。
血の繋がりの無い自分を本当の家族であるかのように扱い、ここまで育ててくれた事に関しては頭が上がらない程感謝している。しかし、両親の死亡原因を頑なに話してくれない事に少し不信感を抱いているというのが現状である。今の自分には言えない何かしらの複雑な事情が絡み合っているのだろうか?直の遺族である身としては財産を……とまでは行かないが、せめて両親の死因くらいは知りたかった。
ちなみに両親の財産は
とは言っても、10年以上の前の事を今になって掘り返しても仕方が無い訳だし、管理出来る歳になったからこっちに渡せとそんな阿呆な事を実行に移すことは出来ない。しかし、その霧衣賀 佐久馬とは今までコンタクトを取った事が無く、現状行方不明であると伝えられているので、僕の家族ぐるみは謎に包まれている。
「さて、邪念は払って出発といきますかね」
予め昨日の夜に準備していた物が入っている黒色の鞄を左手に持ち、部屋の扉をゆっくりと開ける。もちろん、汗だくの汚ったないパジャマも忘れはしない。
キィィィ……っと木製扉の鈍い可動器具の音が廊下にまで響く。
ここは元々倉庫だったスペースを白宮 和正が僕の部屋用に無理矢理改装して作って貰っているので所々の設備がぎこち無い箇所があるが、不便は特に無い。
「おはよっ!
部屋を開けて、早速隣から元気な挨拶をかけてきた僕と同年代と見て取れる若々しい容姿の女の子が駆け寄ってきた。名前は
ということで彼女の今の姿も白いワイシャツの上に紺色のブレザーを羽織っており、紺色のスカート、黒色のニーソックスを身につけている。そして極めつけはキメ細やかなブラウンがかった髪。それは彼女の肩までスラッと伸びていて、彼女の第一印象を美しく形作っている。
「おはよう美緒。早速なんだけど僕の名前は霧衣賀 結薙だ。結薙って呼んでもらわないと……」
挨拶を返しつつ、美緒のよくやってしまう癖の訂正を行う。
いつもそうだ。彼女は僕の事を[結薙]とは呼ばず省略して[結]と呼んでくる。彼女にとっては呼びやすい、あだ名という認識かもしれないが、僕としては、ちゃんと名前を言って欲しいと思っている。
「う〜ん……今までずっとそう言ってきたしなぁ。これからも結君って呼びたいんだけど、ダメかな?」
僕との距離をより一層詰めてきた彼女は身長差によって見上げるように僕の事を真っ直ぐ見つめてきた。所謂上目遣いというものであるのだが正直な感想を述べあげると、思春期の男性にそんな事をするんじゃないと思ってしまった。狙ってこんな事をやっているのか、それとも彼女がただの天然なのか……
それはそれとして、これ以上僕から訂正と反省を促したとしても彼女はずっと僕の事をあだ名で呼び続けるだろう。そうと分かって、このまま訂正を促し続けるのも流石に面倒に感じてきた。
「…………わかった、わかったから。僕の負けだよ。君の好きな様にしてくれ」
根負けした僕は渋々それを承諾した。決して彼女の上目遣いに圧倒されたからでは無いし、僕の意思が弱い訳でもない。先程も言った通り、そのやり取りが面倒で非効率だと思ったからだ。
「えへへ、ありがとう結君!」
と光り輝く様な眩しい笑顔を見せる美緒。
明るく、元気ハツラツでいつも前向きな性格の女。というのは僕から見た彼女の姿であり、この笑顔もその側面の1つでしかない。10年以上の付き合いだが、僕も彼女もお互いの全てを知っている訳では無い。
「さて、話の続きは1階でしよう。朝ご飯も食べなくちゃいけないし、僕に関してはこのパジャマを洗濯機に入れる仕事もあるんだ」
今、僕と美緒のいる場所は2階の廊下で僕の部屋の右隣が美緒の部屋。そして、廊下を跨いだ向こうの部屋が、美緒の父と母の寝室になる。そして、その左隣に父専用の書斎部屋がある。
こんな所でグタグタと話をしていたら、朝ごはんを食べる時間が無くなってしまう。
「うん!」
僕の提案に対して元気に頷いた美緒はドタドタドタと、騒がしい音を立てながら1階へ降りていった。
「………美緒らしさと言えばそうなってしまうのか。でも、もう少し落ち着きというものを得て欲しいものだよ」
彼女に聞こえないように、そっとその言葉を自分しかいない廊下に残して僕は1階へ続く階段へと足を運んだ。
「ふはははははは!!そうか、そうかぁ〜!美緒も結薙ももう高校生か……!10年って結構長い時間の筈なのに、なんだか早く感じるもんだなぁ」
僕の正面に座る、紺色のビジネススーツを来たガタイのいい男性が、穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
この人が両親を失った僕を拾い、今まで育ててくれた命の恩人の1人、白宮和正である。街のIT企業に勤めているビジネスマンで、心優しく広い器を持つ反面、時折見せる厳しさと豪快さを兼ね備えたユーモア溢れる人だ。
「そうね〜いつの間にか、2人とも立派になって……お母さん感激だわ!」
そして、その横に立つのは白いエプロンを着たポニーテールの大人びた落ち着きを持つ女性。
この人の名前は
「そう言われれば、本当にいつの間にか私達高校生だよね」
焼きたてのハムエッグをつつきながら、美緒はそう呟いた。
「僕もそれは実感しているよ。友達や家族みんなといる時はとっても楽しくて、夢中になるから時間の流れがあっという間で短く感じてしまうんだ。でも、カップラーメンが完成するまでの3分は何故だか妙に長いと感じてしまう。
時間の感じ方っていうのは、人間共通でそういうものなんじゃないのかな?」
「相変わらず、結君は難しく言うなぁ」
「フフ、そこが結ちゃんの良い所よね〜」
「全く、聡明な男よ!」
「父さんに母さんまで……わ、悪い事では無いはずだ!!」
食卓が笑い声と笑顔で包まれた。仲睦まじい食卓を囲む4人。血の繋がりの無い自分に3人はまるで、本当の家族のように迎い入れてくれた。白宮夫婦に至っては2人を父、母と呼ぶ事にも進んで首を縦に降ってくれる程に。それがいつの間にか、いつも通りの光景になっている。なのに最近の僕はなんだか少し違うように感じてしまっている。
もしも自分の本当の両親が生きていたのなら、きっとあの2人と一緒にこの様な笑顔で溢れる食卓を囲んでいたのだろう。
「う〜ん……でも、高校からは[オールド・センチュリー]と[ネオン・センチュリー]が一緒に通うことになるんでしょ?それって大丈夫なのかな……」
ふと、美緒が不安を募らせた表情でそう言った。
「[オールド・センチュリー]、[ネオン・センチュリー]……か」
[オールド・センチュリー]と[ネオン・センチュリー]というこの固有名詞は、この世界において無くてはならない存在になってしまったものである。
いつからだか分からないが、この世界の人間は大きく分けて2つの人種に分類される様になってしまった。
現在、世界全体の人口約60%をしめているのが、古来から現代までの生と死の歴史を積み重ねてきた普通の人間。それに対し、その人間の歴史の中で突然と進化した人類が生まれ、繁殖し世界の人口約40%をしめるようになったのが今までの人類を1段階を超越した新人類。
それらを区分する為に前者を古い人類[オールド・センチュリー]と呼び、後者を新たに生まれた次世代の人類[ネオン・センチュリー]と呼んだ。
ここまでが、現在の地球で生きる人類の概要である。ちなみに僕と白宮家は普通の人間、オールド・センチュリーに分類される。
「大丈夫だよ美緒。ここ[Dアイランド]はずっと平和な島だ。人種の違いなんて、誰も気にしないさ」
美緒の不安を拭う為に父は笑った。
父の説明に出てきた[Dアイランド]というのは、今僕らが住んでいる大きな島の名前である。複数の区画に別れており、大都会でありながら自然との調和が取れた美しさがあり、オールド・センチュリーとネオン・センチュリーが共同で暮らしを築いている。
種族間の違いはあるが、そんな事を気にする人間は少なく、大きな争いも無い理想郷と言っても差支えの無い島だ。
「……そうだといいな。私も新しい場所で友達作りたいし!」
「結薙はどうなんだ?」
美緒の話を聞いた父は、次に僕の方へ目線を合わせてそう言ってきた。
「僕?僕は…………………」
父への返答に僕は戸惑った。会ったことも無い新しい人類に対して、まだ何も理解していない古き人類の僕にどうだなんだ?と、そんな事を言われても分からないに決まっている。
美緒と同じ様にネオン・センチュリーに対する不安も無い訳では無い。ただ、それでも分からない事があるからこそ、相手を理解したいという好奇心はあった。
「分からない…………僕には、分からないです。でも、彼等がどんな人間なのかは興味があります。実際に彼らにあって、話をして……そして深く、理解してみたい。今はそんな感じです」
「相手を理解することはとても大切な事だよ、結薙。しかも人種が絡んでくれば尚更だ。
お前達2人には相互理解、人種の壁なんか関係なく、お互いを認め合える人間になって欲しいと俺も母さんも願っている。これから通う高校はその練習と言ってもいいかな。頑張れよ、お前達!」
にこやかな父の表情が真剣な眼差しに変わった。それを見た僕は、やはりそういう事なんだと感じる事が出来た。
そうだ……人類全部が互いを理解し、協力し、認め合える訳じゃない。それはここに居る全員が分かっている事だろう。でも、そういう人間が1人でも増えるようにと父はそうやって僕と美緒に教えてくれたと思いたい。
春の代名詞とは言っても過言では無いくらいに並木道の桜が美しく咲き乱れ、舞い散る通学路。
中学校の時の通学路とはまた違う道を歩いているので、とても新鮮な気持ちになる。
「あ〜あ!折角の入学式なのに、お父さんもお母さんも仕事だなんて!ホント残念だよね、結君」
僕の右隣を歩く美緒がそう言って項垂れている。高校の入学式という人生に1度しか訪れることの無い特別な晴れ舞台に父と母が来ないという事実が彼女のメンタルに相当響いているのが見て理解することが出来る。
残念ながら、父も母も最近は仕事が忙しいらしく、朝は一緒でも帰ってくるのは2,3ヶ月前の時と比べてかなり遅くなっている。
「……そうだね」
「え?どうしたの結君。今日は珍しく元気無いね?」
僕の答えに心配そうな表情で美緒が近付いてきた。どうやら自分の気分の下がり具合が知らずのうちに声に出てしまっていたようだ。彼女に必要の無い心配をかけさせてしまっている。
「いや、ごめん。美緒が気にかけるような事じゃないんだ。ただ最近になって同じ夢を何度も見るようになってしまっただけさ。決して良い夢では無いんだけどね」
僕は少し焦りながらも笑って彼女に説明を行った。こんな些細な事でこれ以上彼女に心配をかけさせたくは無い。
「そうなんだ……じゃあ、私とバトスピして気持ち切り替えようよ!」
……は?いやいやいや、なんでそうなるんだよ。
美緒は極めてポジティブな思考回路を持っている。僕が彼女と一緒に居た中で、しょんぼりとしている彼女を見た回数は少ない。それはそれで、彼女の良い部分なのだが、あまりにも強引な切り替えの仕方故に僕は心の中で反射的にツッコミを入れてしまった。
しかし、気持ちの切り替えというアドバイスはとても助かった。バトルスピリッツは別としてだが。
「ありがとう美緒。気分転換はいいアイデアだから試してみたいと思うけど、バトルスピリッツは遠慮しておこうかな。今の僕にとって必要なのは国語、数学、英語、理科、社会の5科目とその他バトルスピリッツを除く副教科の知識であって、それは不要な物だよ」
「ちぇ〜!連れないなぁ……名前の呼び方は許してくれたくせに!」
と頬を膨らます美緒。彼女もそうなんだが、何故こうも島民の人達はバトルスピリッツとかいう紙と青い石ころを並べるだけのくだらないゲームに拘りを持っているのだろうか?
また嫌な事を思い出してしまった。小さい頃からバトルスピリッツを拒否し続けてきた自分。その頃から家族を含めた周りの人間から耳にタコができるくらいバトルスピリッツを行うことを強要され続けてきたというエピソードがある。結果として、僕はバトルスピリッツを嫌いになってしまった。
「美緒、それとこれとは話は別だよ。僕のあだ名、呼び方についてなんだが実際な所、僕にこれといった影響は特に無いし、逆にたかが些細な人の呼び方1つで何回も同じような言い合いになるという事こそが時間の浪費と無駄に繋がる。僕がその呼び方を許したのはそれが理由だ。
でも、その一方でバトルスピリッツは全然違う。僕はそのゲームに興味なんて全く無い訳だし、それなのに1試合10分から20分もかかる遊びに付き合わされるんだ。その時の為だけに嫌でも動かなければいけない僕側のことを君は考えた事があるかい?」
「えっとそれは…………ご、ごめん。でも結君、中学校の担任の先生にも将来の為にバトスピは習得しとけって散々言われてたじゃん!!
結君めちゃくちゃ賢くて、成績もトップクラスだったのに、結局3年通しでバトルスピリッツの教科だけは学年最下位だったんだよ!?ある種の問題児だったんだよ!?」
僕のお気持ち表明が心に刺さったのか、美緒は口篭りながら、少し怒気を効かせた声で口答えをしてきた。
そう、この島は何故だかよく分からないが中学校からバトルスピリッツという謎の必須科目が追加され、それを学び習得する事が義務化されている。
そして彼女の言う通り、僕は中学校を通してバトルスピリッツの科目をまともに受けず、その時間だけ仮病を装って図書室に篭っていたが為にバトルスピリッツの科目のみ点数に0が付いている。担任の先生から強烈な説教を受け、父と母を含めた4者面談を行い、厳しく注意を受けた事もある。結局は他の成績の高さが優秀だったのもあって、バトルスピリッツに関して白宮夫婦は何も言わなくなった。思ったよりあの2人は結構甘いのかもしれない。
「バトスピは大事な事だよ……絶対にやった方が将来の為になるよ!」
だが、それとは反対に美緒はネチネチとしつこく僕にバトルスピリッツをさせようと迫ってくる。そんな事を何度言った所で僕の気持ちは変わらないのに。
無駄な事を何度も繰り返している彼女に僕は哀れみさえ感じてしまっている。
「先生の言葉も今のここの仕組みも正しくないよ。だって、なにもバトルスピリッツの有無で人は生きていくことが出来ないという訳では決して無いし、それが本当に必要か必要で無いかどうかっていうのは結局その人次第であって、僕はその後者に該当する人間ってだけの事だよ。
なのに、そんな人間にまでバトルスピリッツというその人からすれば、無駄な知識を強制的に学ばされる、取得させられるということはどう考えたって間違っている。
例え、バトルスピリッツという文化が今まで紡がれてきた伝統だったとしても、それが無駄なものとなれば僕達はそれを排除しなくちゃいけない。でなければ、この先のオールド・センチュリーもネオン・センチュリーも進化する事、変わる事も出来ないと僕は思っている。こんな閉鎖された、まるでトリカゴの様な所に閉じ込められている僕達はバトルスピリッツに縛られてはいけないんだよ」
「どえぇぇ………結君、今の今までそんな事考えてたんだ。じゃ、じゃあ将来は政治家にでもなるつもりなの?」
僕の話を聞いて、ドン引きしてしまった美緒の口から将来は政治家という、まさかまさかの言葉が不意に出てきたので、思わず吹き出してしまった。
「プフッ!ハハハハハハハッ!なるほど、僕の将来は政治家か!それは良いね。全然悪くないアイデアだよ。でも、そんなに深く考えないで美緒。これは僕なりの考えを述べただけなんだから。
実際に世界を変えるだなんて、そんなとんでもない芸当をやって見せるなら、全世界の皆を屈服させる程の強大な力と頭脳が必要になってくるし、そんなもの僕は持ち合わせてはないから、今までの僕の言葉は一般人の戯言と捉えてくれて構わんよ」
バトルスピリッツに縛られない生き方。これは僕が本当に、本気で夢に描いていた理想の未来地図だった。しかし、それを実現させる為には、あまりにも遠すぎるものであるという事は自分自身でも分かっているつもりだし、それが叶わないものであると充分に理解していた。
それなのに、こんな事をベラベラと述べているのは単に今まで積み重なってきた私怨によるバトスピを拒否する為の建前に過ぎないからだ。自分の理想を伝えれば、周りは諦めてくれるだろうという甘い考えを実行するしか他に思い浮かぶ方法がなかったのだ。
「だって……声がガチだったんだもん。マジでやるって感じの声だった」
「ふ〜ん。なら、本当に政治家を志してみようかな。[世界からバトルスピリッツを抹消しようの党]とかどう?美緒は支持してくれる?」
冗談交じりに声を弾ませて、僕は美緒に提案してみた。
「う〜ん…………私は支持しないかな。今までの伝統っていうのもあるけど、バトスピを通じて色んな人と出会って繋がれたから私はこれからも大切にしていきたいって思う」
しかし、彼女はまるで渋柿を誤って食べてしまったかの様に眉をひそめて、僕の提案をキッパリと否定した。
「やっぱり、美緒ならそう言うと思った。結局こういう仕事に就いたとしても、島全体の人間がバトルスピリッツの教育制度やその特筆したグローバルな有用性に賛成しているんだから僕のような少数意見を持つ人間の敗北は目に見えているようなもんさ。非常に残念だけど」
散々これを否定してきたが、個人的に悔しいことに、バトルスピリッツというコンテンツは彼女が言ったように1つの強烈で非常に優秀なコミュニケーションツールになる。
対人によるゲームシステムである以上、人はカードを通じてコミュニケーションを取ることで、その輪は次第に大きく広がり、やがて世界という巨大なコミュニティの中でその力が発揮されていくようになる。
島の政治家や教育委員会もそこに着眼点を置いて今の制度を作っているのではなかろうか。
それでも僕はバトルスピリッツを否定する。大学進学後に社会人となったら、せめてもの仕返しを繰り出そうと思う。
そうだな……島の教育委員会に殴り込める程度の力は身につけたいところだ。
「あ、話は変わるんだけど、そろそろ学校に着くよ」
僕は遠くにある施設を指差す。正面の門から繋がっているのは2、3m程の塀が広く内部の建物を囲っている。そして、注目すべきはドーム状に建てられた大きな体育館。ひと目でわかる程目立つため、目印には持ってこいだ。
「あそこだよね。試験の時にも行ったけど、本当に大きいね〜
今日から私達、あそこの生徒なんだよね」
「あぁ、僕達の新しい場所だよ」
「んふ、そうだ!」
美緒が唐突に僕の右手を掴んで走り出した。体が彼女に引っ張られ、危うく転倒しそうになった。
「な、なにを!?」
彼女との歩幅とタイミングが合わないまま、おぼつかない足取りの中で僕は困惑して声を上げた。
「一緒に校舎を見て回らない?入学式が始まる前にさ!」
僕を見て、にこやかに微笑んだ美緒。突然思い付いたアイデアという訳か。しかし、それも悪くは無い。初めての場所で迷子になるよりかは先に行って構造を把握しておけば、遅刻の原因を潰すことが出来る。
猪突猛進な彼女にしては、珍しく効率的な案を出すじゃないか。
「分かった!了解した!そのアイデアには賛成だ!でも急に僕を引っ張って走り出すんじゃない!」
しかし、自分でもこの状況と言動は情けないと思ってしまった。とは言ってもお世辞にも自分の運動神経は良いものでは無く、目の前を走る彼女の背中を追いかけるように走るしかなかった。
前途多難かもしれない1日の始まりである。
ここが僕の運命を変える場所となるのだろう。この世界で2つに別れた存在が交わる時、そこに何が生まれるのだろうか。
それは過ぎ去った道をふと振り返った時に自分が得たものを、失ったものを強く心を抉るかの様に実感させられるものであるという事をこの時の僕はまだ知らない。
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