Battle Spirits Act of Aggression 作:えむ〜ん
僕は、それなりに元気に生きている者です(笑)
さて、episode 1の投稿からかなり時間が空いてしまいましたが、この間は仕事や趣味、字書きのスランプやらで色々ありました……
そんな中でも、自分が心から納得の出来る話を作る事が出来たんじゃないか?って思えるものが完成しましたので、是非楽しんで見ていってください。
皆様に濃密なお時間をお届け出来たら、僕はとても嬉しいです!
人間は同じ人種であったとしても、全く同じ存在という訳では無い。
それは今や常識であり、誰もがその事を理解して今を生きているはずだ。
にも関わらず、人間は互いの違いを認め合う事が出来ず、受け入れることも出来ず、自分らとは少し違う人間を恐れ、迫害し、傷つけ排除しようとする。
いつの時代も何も変わらない人間は、愚かで悲しき生物である事を君はもう既に知っているだろう?
お前のくだらねぇ夢なんて、この島じゃあ何の意味もねぇんだよ。捨てちまえよ、そんな夢なんかよ!
アンタだけよ?いい加減にバトスピやりなよ(笑)
全く!お前さんはそんな事に夢中になって、情けない!この島の伝統を受け継ぐ気は無いのか!!
どうしてバトルスピリッツをやらないんだ!?このままだと先生、本当に君の将来が不安だぞ。
目障りなんだよ!お前が!お前のその理想もよ!
そんなにバトスピが嫌ならさぁ、いっその事この島から1人で出て行っちゃえば?てか、出て行けよ。その方が私達も清々するわ!
…………この話をすると、昔のことを色濃く思い出してしまうのは、いつもの事だった。
心に残った傷跡を何度も抉るかのように、かつての彼等が声が、僕に吐き捨てたその一言が頭の中で響くのだ。何度も、何度も、強く、そして深く。
忘れたいと、忘れていたいと願っている筈なのに自分の心はそれを許してはくれないみたいだ。
これが所謂、トラウマというものなのだろう。
「そうか……やっぱり、ネオン・センチュリーの君でもそんな顔をするんだね。
それは、この島の理念から外れた行為を僕が行っているからか?」
空の弁当箱を布袋に片付けながら、落胆した気分で呟く。
僕の話を聞いた天宮の反応は概ね想像通りだった。オールド・センチュリーである僕と人種の違うネオン・センチュリーであったとしても元は同じ人間だ。感じ方も大差変わりないだろうという事も、初めから想像出来ていた筈なのに、こういう時の僕はどうして、こうも他人に期待してしまうのだろうか。
目の前で愕然として目を見開いている天宮に僕はいつも通りに、ゆっくりと質問を行った。
「それは、そうですよ……!だってバトルスピリッツは代々この島に受け継がれて来た人種共通の文化ですよ!?それをやってないって、いきなり言われたら誰だって驚くに決まっているじゃないですか!」
怒りが全面的に現れている声と表情で僕にとって聞きなれたセリフをぶつけてきた。
それを前にしても、以前の様に臆する事は無い。慣れたくも無いことに慣れてしまったが為に、頬杖をついて大きく溜息を吐き捨てた。
「言うと思ったよ……そういうのは昔からずっと言われてきたんだ。聞き慣れたくは無かったんだがね。全く耳にタコができそうだよ」
空を仰ぐ様にゆっくりと食堂の天井を見上げる。思わず、ハハッと乾ききった笑い声が漏れだした。
汚れの無い真っ白な天井、なんて綺麗に整備されているのだろうか。規則正しく並んだ蛍光灯の光が両目を眩しくて、僕は目を細めた。
「そういう事を他人に話すのは、これで何度目かな……」
「ちょっ……!そんな冷静に言わないでくださいよ!周りの皆は、ご家族の方は何も言わなかったんですか!?」
冷静と言うよりも、こんな態度を取ってしまえば呑気な奴と捉えられてもおかしくはないだろう。わざとこんな真似をしてしまったが、こっちは自分の気分だけでも茶化さないと、やっていられない精神状態なんだ。
ダンッと音を立てて小刻みに揺れた机。そして、うどんの汁が丼の中で波打ち波紋を描いた。現状は冷静さに欠けている天宮が鬼の形相で僕のテリトリーにまで勢い良く乗り出して侵入している。
周りからの注目を浴びかねない、そんな彼女の行動。全身から放たれた威圧感に1歩半程、椅子ごと後ろに下がった。真面目な顔で質問をするのは良いが、もう少し内容を考えてからやるべきだろう。それでは、ただの愚問だよ。
後ろに下がりつつも彼女の質問に呆れ返ってしまったのは、今の島の制度と僕の行いという2つの情報だけで簡単に理解出来るからだ。
逆に考えてみれば良いだろう。代々全世帯に受け継がれて来た伝統文化を1人だけ放棄している状況に周りが納得するか?そんな筈が無いだろう?彼等は僕の話す事に聞き耳1つ立てることも無く拒絶するのだ。
それがバトルスピリッツという名の鳥籠に囚われたDアイランドの人間なのだから。
「いいや、こんな僕を連中が放っておく訳が無かったさ。
案の定、僕がバトルスピリッツをやらないので周りから物凄い勢いで説得や説教をされ続けて、挙句の果てには批難もされたよ。
そして、その行いがエスカレートしてしまえば、一部の過激な思想を持っている人間からは酷い暴力も何度か受けたものさ」
心行くままに愚問をぶつけてくるんじゃないと言ってやりたかったが、その気持ちを抑えて質問に対する答えを自分が受けてきた差別の一部と合わせて話した。
仕方が無いとは言え、自分が島民にされてきた事を振り返りながら他人に教えるのは非常に気分が悪い。
しかし、そんな自分の心情とは別に、怒りを顕にして眉間に皺を寄せていた天宮の表情が一変した。
「……嘘、ですよね?」
疑い、若しくは恐怖に満ちた表情と言ったところか。
固く閉じていた口は開き、それを両手で覆うように重ねた。青い瞳の瞳孔は小さく、僕を写そうとしている。
「僕の言ってる事が信じられないか?でも、これは本当に僕が彼等から受けてきたものなんだ。僕の、実体験なんだ。
……具体的な内容を話すのには抵抗があるが、そうだな。中学のクラスメイトや1つ上の先輩とか。あとは家族を含めた周りの大人達だ。
兎に角、色んな人達から散々文句を言われ続けたよ。『どうしてお前は俺達と同じようにバトルスピリッツが出来ないんだ?』『バトルフォームも使えない臆病者だ!』『この島から出て行け!』なんて、まるで島民失格みたな言われ方もされたよ」
響いたのは、彼等の怒号だった……蔑んだ目に貫かれて、高く上へと上げられたその握り拳が勢い良く振り下ろされた。酷い仕打ちが、またそこで行われたのだ。
右手に拳を作って、思いっきり強く、力を込める。爪が掌の肉にくい込み、徐々に痛みが鋭く、広がっていく。もし血が出ても構わない。この感覚は自分が冷静で居られるようにする為の、慰めだ。
「でも、それでも家族は……そこまで僕に強くは言ってこなかった。それにさっきの男子、総介もお調子者だが、僕の事をちゃんと見てくれていた。あの人達は他の島民とは遥かにマシに思えたよ。
バトルスピリッツ以外は文句も言わせないくらい全て真面目にこなしてきたさ。なのに、それらの成績がいくら良かろうともバトルスピリッツをしないだけで周りからこんな扱いを受けてしまう。
そういうのが今までずっと続いて、僕が今までやってきた事は一体何だったんだ?って思うくらい追い詰められた時もあった。
そうして、いつの間にかバトルスピリッツの事も嫌いになってしまっていたよ」
フラッシュバックする過去に心を乱されそうになるも、冷静に区切りを入れる。
「あ、貴方の過去にそんな出来事があった、なんて。代々受け継がれて来た島の文化が引き金で迫害が起きてしまうなんて、そんなの想像出来ませんよ。こ、こんな事……」
僕の話を聞いて天宮は先程とは有り得ないくらい静かに、声を震わせた。
余程ショックに思ったのか、今までずっと僕に向けていた視線が初めて横に逸らされた。机に置かれた彼女の小さくて華奢な手はギュッと固く閉ざされている。
……それもそうか。いきなりこんな醜い話をされてしまえば、そういう反応してしまうのも当然の事か。
「それくらい、この島の人達はバトルスピリッツという文化に相当の誇りを持っているらしいって事だ。
皆が昔からバトルスピリッツをやってきたから、伝統だから、バトルスピリッツをやって当たり前という固定観念がいつの間にか根ずいてしまったんだろう。
それで島生まれ、島育ちの僕がバトルスピリッツを引き継がない事が気に食わなくて、こういう仕打ちをしたと思う」
彼女もこの島のバトルスピリッツの伝統を心の底から信じていたんだろう。島のほとんどの人達がこの伝統を受け継いでいるから伝統絡みでこんな問題が起きる筈がないと思い込んでいたに違いない。
いや、それこそ周りから見てしまえば、僕という人間こそが異常な存在で、この島の例外に当たる部分だから、こうなってしまったのかもしれない。
「…………1つ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
少しの間を置いて、天宮は横に逸らした視線を僕の方に戻した。
「構わない」
即答をする。僕の話を聞いて目の前の少女の内に生まれた疑問とは何なのか。それに興味を抱くのは当然だ。
しかし、今の自分は探求する側の人間では無い。彼女からの疑問に対して正直に返答をする事が今の自分のやるべき事だ。ちゃんと答えると彼女に宣言した以上、この期に及んで誤魔化す等、有り得ない。
「あの……バトルスピリッツを嫌いになる前の、それ以前の貴方はバトルスピリッツの事をどう思っていたんですか?」
……衝撃を受けた。天宮の質問にどう返そうかと想像しながら考えていた所だったが、そんな思考は彼女の一言で、一瞬の内に吹き飛んだ。
僕とした事が、柄にも無く言葉よりも先に純粋な驚きが表情と態度に出てしまったのだ。
「そ、そんなにビックリする事ですか?」
あんぐりとしてしまった僕に対して、天宮は控えめに苦笑いを浮かべている。
「ん……あぁ、僕の事でそんな風に聞いてくれたのは総介達の次に君が初めてだからね。島の皆は、まともな会話もせずに僕の事を否定するだけだから、もう話を聞いてくれる人は誰も居ないんじゃ無いかって思っていたんだ」
まさか、ここまで天宮が話を聞いてくれて尚且つ深いところまで質問をしてくるとは思っていなかった。
彼女も島のルールに準じている人間であり、彼等と同じ様に何時以下なるタイミングで話を切り捨てられるかもしれないと心の中で身構えていたからだ。
「否定だけって、そんな酷い事をあんなに優しい方々がするんですか……!?」
「2度も言わせないでくれ。このDアイランドはバトルスピリッツをしないだけで僕みたいな扱いを受ける。オールド・センチュリー、ネオン・センチュリーが一緒に生きる島だが、ここは昔から、そういう島なんだよ」
彼女の言葉を遮るように、食い気味に言葉を返す。
優しい島民か。島の言いなりになってバトルスピリッツを続けていたから、島民から普通の扱いを受けていたから彼女はそんな事が言えるんだ。
彼女と僕の島民に対する感情は真逆だった。彼女には虐げられた人間の気持ちは理解出来ないだろう。それは他の島民にも言える事だ。僕の苦しみも、僕から見た他人への恐怖も分からない。
決して同情を求めている訳じゃないが、疑う様に言った彼女の言葉が少しだけ自分の癪に障った。ぐちゃぐちゃと煮える様なこの感情は、周りから優遇されていた彼女への嫉妬、なのだろうか。
「んん……で、僕はバトルスピリッツに対する気持ちを話せばいいのかな」
話題を戻す為の導入として、半ば強引に咳払いをする。少し荒々しくなってしまったが、今話すべき本題は天宮からの質問【僕のバトルスピリッツに対する気持ち】についてである。本来話すべき事を話さず、その方向を逸脱したまま関係の無い話をダラダラと話すのは嫌いだ。
椅子の背もたれに預けていた背中を起こし、少し前のめりになる。机に両肘を付き、両手を指と指の間に通して絡ませながら天宮へと真っ直ぐな視線を送り返した。
「はい……お願いします」
硬い表情のまま、天宮は頷く。
「フン、まぁ僕もバトルスピリッツ自体は周りの人達と同じ評価って所かな。
人と人が繋がれる手段としては簡易で優秀な物だし、それらを今日まで引き継がれてきたという点に置いても素晴らしい事だと今でも僕は、そう思える」
この言葉に嘘偽りは無い。自分の本心から出たバトルスピリッツに対する気持ちの1つであり、バトルスピリッツが人間に良い影響を与えている事も分かっているつもりだ。
「そう、なんですね。貴方もバトルスピリッツの事、良く思っていたんですね……」
と、鳩が豆鉄砲を食らったかような顔をする天宮。
バトルスピリッツを嫌っている人間が掌をひっくり返すかの如く、こんな事を言っているのだ。彼女にそんな表情をされるのは、想像に難く無かった。
「意外だったのかい?どんなものでも、良い所があれば悪い所があるもんさ。そういうのに関してなら、僕は素直だよ」
「だったら……どうして貴方はバトルスピリッツに触れてこなかったの?そう思えるなら、貴方にだってバトルスピリッツが出来るんじゃないんですか?
それに今日から周りの環境も変わる事ですし、高校学校生活の始まりなんですから、ここで新しい関係を築いてバトルスピリッツに触れる選択肢もあると思いますよ?」
彼女の言葉は正しいだろう。ここまでの話を聞いただけなら、僕にだってバトルスピリッツが出来る道理があるというのは、否定出来ない。
それに、周りの人間関係が問題だと言うのなら、それらを全て変えてしまえば事は早く済む。新しく出会った人達と心機一転して一緒に前に進めるかもしれない。
そう思えたのなら、今すぐにでも実行に移すべきだろう。彼女の提案したやり方は実に現実的で手っ取り早い手続きだった。
……しかし、それが可能なのは僕が"それだけ,,の事情で済んでいたらである。そして、そうではない僕は彼女が提案した意見を素直に受け入れる事は出来ない。
「なるほどな……それなら、こんな僕にでもそんな選択肢はあったのかもしれない。そういう未来があったのかもしれない。
でも、たとえその道が僕の選択肢の中にあったとしても、それを選ぶ訳にはいかないんだ」
彼女の意見を受け入れた上で右の掌を前に差し出す。そして、そこへ更に言葉を付け加える。
「さっき言った通り、僕はバトルスピリッツに対して肯定的な感情は抱いてはいる。
それは紛れも無い事実だが、僕にとってバトルスピリッツというのは不要な物でしか無いんだ」
「え、バトルスピリッツが不要な物……!?あんなにバトルスピリッツを良く思っていたのに……」
「100%良く思っている訳では無い。個人的評価と需要は必ずしも一致する訳では無いって事だ」
「じ、じゃあ何か他に理由があるんですか!?バトルスピリッツが必要じゃない理由があるんですよね?」
交わり続ける言葉の中、一滴の汗が天宮の頬を撫でる。緊迫した表情が逃がすまいと接近する彼女の焦燥に駆られた行動に、自分の心臓が鼓動を早め始めた。
軽く唇を噛む。周囲に漂う、まるでピリピリとした空気感が極めて不愉快に思ったのは、自分の余裕が徐々に無くなってきているからなのかもしれない。
そう、此処に来て僕は愈々引き下がることが出来ない領域まで話してしまった事を強く意識したのだ。ここまで話してしまったら、言うしかないのだろう。自分が今まで願っていた理想の未来というものを……
「もう1つ、ちゃんとした理由がある……いや、済まない。色々と遠回しになってしまったけど、これから話す事こそが僕の根本的な動機になると言った方が正しいな」
心を落ち着かせる為、ゆっくりと1回、息を吐いてから彼女と向き合う。
「…………こんな僕にも夢があったのさ。僕はね、昔からバトルスピリッツをしない、縛られることの無い生き方をしたいと思っていたんだ」
不安という2文字を胸に抱えながら、自分が望んでいた生き方を彼女に打ち明けた。
黙って話を聞く天宮の眉が急に上がったのは、彼女の内から何かしらの感情が湧き出たからだ。それが何なのかは、彼女のみが知る事であり、その事がより一層僕の中の焦りを掻き立ててくる。
彼女が僕の言葉に一体何を感じたのか、余計でネガティブな考えが脳裏を横切るも、今此処で言葉を今絶やす訳にはいかない。
「人間は色んな可能性を持っている。だから、バトルスピリッツをしなくても人は充分にその人生を謳歌する事が出来るだろう。
バトルスピリッツは確かに、人と人とが繋がりやすくなるツールである事に間違いは無い。それを授業でやる事も、コミュニケーション能力を高める一環となっている事だって理解出来る。でも、言ってしまえば、それだけの存在になっているんだよ。そこに見いだせる技術の新発見や革命は無く、それはただの娯楽の一部でしかない。
この島の皆は夢中だけど、彼等とは違ってもっと別の物に色んな視点から捉える事で周りの人とは違う世界が見えてくるし、今まで以上に新しい発見を見つけ出せるんじゃないかって考えたんだ。
それを現実のものにしたいと思いながら、今まで僕はバトルスピリッツに触れること無くここまで来てしまったんだ」
「それが霧衣賀さんの……あ、だから貴方はその夢を叶えようとして、皆さんから差別を受けてしまったのでしょうか?」
察しの良い天宮は、僕の過去を点と点を線で繋ぐかのようにして、言葉を返してきた。
「……君の言う通りだよ。最初に話した彼等の行為は僕の夢に対する回答だ。
そうやって、自分の生き方を他人から一方的に否定され続けてきた。僕の声は誰にも、唯一頼れる大人達にも届く事は無かった。
……大人なら、子供の目標に背中を押してくれる。そんな風に応援してくれるものじゃないのか?今を生きる、未来がある子供の願いよりも、過去の栄光に縋り続ける方が正しいのか?
誰もが気づくはずだ。気づいて、欲しかった。こんなやり方は間違っていると……
だが、周りはバトルスピリッツをグローバルなコンテンツと誇り、伝統だと言って推し進めているだけだ。こんな同調圧力を決して伝統とは言わない。もはや、呪縛と言った方が正しいだろう」
「伝統が呪いに……」
「そうだ。伝統だの文化だのと、聞こえや容姿は綺麗で心地よく見え聞こえするだろう?でも捉え方を変えてしまえば、それは伝統なんかじゃなく自由である筈の人間の人生を縛り続ける呪いに変わるんだ。
自由に生きたいと願っても、こんな事で縛られて動けなくなるなんて本当に耐え難い屈辱を感じざるを得ないよ。そうさ、こんな所で僕はッ……」
ここまで言ってしまえば、もはや中途半端に包み隠す必要は無いだろう。心の中の葛藤を割り切りながら、幼少期から抱き続けて来たことをありのままに全て伝えた。
彼女にとってはどうでも良い話かもしれないが、そこまでしなければ僕の気持ちや、あの時の熱意は伝わらないと思ったからだ。
色んな事に興味を持ち始め、夢を抱き、純粋に誇りを持って突き進もうとしていたあの頃の自分の姿を思い出す。
それは黒く塗り潰された小さな自分の後ろ姿だ。皆のエゴがそうさせた。僕をこんな人間に仕立て上げたのは、アイツらだったんだ。
……目線を下に落とす。さっきまで冷静に話が出来ていた筈だったのに、いつの間にか感情的な話口調になってしまっていた。
「それが……貴方がバトルスピリッツをやらない理由。いえ、夢なんですね」
「あぁ……今この椅子に座って居るのが、あの頃の自分ならもっと胸を張って言えていたんだろうが、もうそれに対する情熱も時間と共にいつの間にか冷めきってしまったよ。
こんな夢は叶わない事くらい自分自身が1番よく分かっていたけど、情けない事に負けたく無いって思ってしまったんだ。自分の掲げた思いが、志が皆から弱いと思われたく無かったんだな。
要するに、自分のプライドの為にずっとこれを信じて、皆から何を言われようとも貫き通してきたって事さ」
そう、これは全て自分の思いの為にやった事だった。
大多数の人から否定をされようとも自分の考えた事が、その行いが正しいと思いたかった……誰にも認められなかったから、せめて自分だけでもそう思いたかった。
そんな一欠片の自尊心が今までの自分を突き動かす一部になっていたのだ。夢を無くした自分が、今でもこんな中途半端な事を続けるのは、あの頃の自分を未だに捨てきれていないからだ。
……そうね、大人になれていないんだな。
「これで、僕の口から話せる事はもう何も無いよ。この話をどう受け取るかは君次第だし、周りの人達と同じように僕の事を許せない、愚かだと思うのならそう言えばいい。そして笑えばいいさ」
最後に僕は自虐的に嘲笑した。叶わぬと分かって進んできた道。ふと振り返ってみれば、そこに残っていたのは他人からの否定しか無かった事を改めて思い知らされた。
そして、会話の主導権は天宮へと切り替わった。僕が語ったこの話に納得出来たのか否か、その最後は彼女が決める事であり、どんな事を言われようとも、それを受け止めるしか無い。
心の臓が張り裂けそうな、気持ち悪い気分に苛まれる。まるで僕は最終判決を受ける直前の被告人の様だ。
「笑えませんよ!そんな……人の大切に思っている夢を笑える訳ないじゃないですか!!
確かに、霧衣賀さんの今やっている事は、この島からしたら受け入れ難いものかもしれないですけど……それでも人の抱く夢は、それに向かう為の努力は自由であるべきだと、私は思います!」
……腕時計の秒針は何周したのだろうか。長く感じてしまう、ほんの数分の時を経て天宮から放たれた言葉は驚くべき事に自分の行いを、かつての夢を肯定してくれるものだった。
驚きで情けない声が一瞬出てしまったが、こんな事を言われて驚かない訳が無い。
ほんの少しだけ、目頭が熱くなる。その後に胸の内にじんわりと込み上げてくる嬉しさと温かさを感じた。こんな気持ちになったのは、随分と久しぶりかもしれない。
……だが、それは束の間の喜びで、その直後に感じた別の感情は心に酷く刺さる悲しみと虚しさだった。
自分の両肩がストンと崩れ落ちていく。力なく机に落ちた両手が掴む物は何も無く、それらはただ虚無を触っているに過ぎなかった。
僕の感情を支配しようとするそれは、さっきまでの喜びを完全に無に還していた。
……敵わない現実を知ってしまったから、どうしようも無いという事を理解させられてしまったから、こんなにも酷い無力感に打ちひしがれてしまったのだ。
時に過去は、重い足枷となって今を、未来を望めなくさせるんだ。
「霧衣賀さん……」
悲しみを纏った表情だった。天宮は今、こんな僕を見て何を思ったのだろうか。僕の夢を否定しなかった、寧ろ肯定的に捉えてくれた彼女は、こんな筈では無かったと思っているのだろうか。
送られたあの言葉は、本当に……本当に心の底から嬉しく思えた。これまで自分の話を聞いてくれた人間は、総介以外に誰もいなかったのだから。
でも、そんな事で現実は変わらない。夢を見ていた様な、酔いしれた感覚から一気に現実に引き戻されてしまうのが酷いオチである事を僕は知っていた。
「正直驚いたよ。初対面でこれを話した僕に、そんな言葉をかけてくれた人は、この島では右手の指の数にも満たなかった」
絡めた指を解いて、右の掌を見つめた。数十万人以上の人が住んでいるDアイランドで色んな人と出会ってきたが、僕の事をちゃんと受け入れてくれた人は本当に極僅かだった。
「でも、仕方の無い事なんだよな……この世界は多数決で、少数の人間が考えている事なんて、多数派の波に押し潰されて揉み消される運命にあるんだ。
そういう人達に自分の理想を幾ら聞かせた所で、最後には彼等の肯定が必須になる。彼等が僕の意見に肯定を示してくれなければ、今までの頑張りは全て無意味な結果に終わってしまう。
受け入れざるを得ない事だ。受け入れなければ人は、僕は1歩も前に進めなくなってしまう。
受け入れた上で、どうやって自分の信念を貫き通すかを考えた結果、1人でそれをやって見せるしか無いという結論に至ったんだよ。
多分だけど、近いうちに僕のこんな考えも一切通用しない日が来るだろう。人の世界っていうのは夢や理想ばかりで成り立つ物じゃない。目の前の現実を見なくちゃいけない。理想の対となるのは、いつだって現実なんだから」
なんとも……なんとも無力で情けない男の話なのだろうか。思想を持っているだけで、実際にそれ等を実行する為の何もかもを自分は持っていないのだから。
理想を語るだけ語って、その後は何も出来ないこんな自分は道化以外の何者でもないだろう。周りから馬鹿にされ、距離を取られ、笑われてしまうのも客観的に少し考えてしまえば当然の結果であると理解出来てしまう。
「ま、待ってください!霧衣賀さんはまだ高校生になったばかりなんですよ?私と同じ年齢なのに、それなのに……そんなに張り詰めないと、いけないんですか!?」
ブレザーを胸元で強く握りしめる天宮。僕が話す事の内容は理解している様だが、その動揺が顔や仕草に現れている。彼女は今、自分と未来の見据え方の違う僕を見て、混乱しているのだ。
……そうだ、皆が同じ道を通るはずが無い。バトルスピリッツをやろうとも、それを拒もうとも、進む先の未来と通り過ぎていった過去は皆それぞれ異なるものであり、それらをもって人間は自分自身の心と体を成長させていくのだから。
彼女の成り立ちは不明瞭だが、あんな事を口走る辺り、僕とは何かしらの決定的な違いがあると思われる。少なくとも、彼女はごく普通の生活を送っている事は容易に想像出来るが……
「誰もが皆、同じ道を通って大人になるはずが無いだろう。辿ってきた道が全く違うであろう僕の話を聞いたから、君は僕に対して違和感を感じているんだ。
周りから自分を否定され、要らない物を強要され、従わなければ最後には差別をされる。それをあの時から経験し続けて、今の僕が出来てしまったんだ。人間の汚さと社会の残酷さ。真に平等なんてモノは存在し無いってことを知ってしまったんだよ」
「こんな事って……!」
「そうさ、こんな事が起きてしまうのが人間なんだよ。人種なんてものは、些細な違いに過ぎない。
命を持つ者、皆が同じ考えを持つ訳が無いって事は君もよく分かっているだろう?だから、その違いを互いに認め合う必要があるのに、人はいつの間にか自分達とは少し違う考えを持つ人間に戸惑い、警戒し、攻撃するようになってしまった。
ほんの些細な考え方の違いだけで人間はこんな事を平気で出来てしまうんだ」
制服を握ったまま、俯いて弱々しく話す彼女に吐き捨てる。彼女の気持ちも理解出来ない訳では無い。自分も天宮と同じ気持ちで夢を持っていたからだ。
……でも、そんな無邪気だった自分は、もうここには居ない。
どんな時であっても必ず現実を見なくちゃいけないんだから、夢を抱いて歩んだとしても、その内現実に阻まれる事は遅かれ早かれ誰もが理解する事なんだ。
僕の場合、それが彼女よりも早かった。皆よりも早かったのだ。
「笑ってしまうよな?さっきまで人間の可能性を語っていた筈なのに、人間ってこんなにも小さくて、哀れな生き物だったのかなって思う時があるよ」
目の前には、返す言葉を失ってしまった天宮が俯いたままになっている。僕も、もうこれ以上言葉を付け加える気も無く、黙るしかなかった。
……訪れたのは暫くの静寂だった。周りの生徒達は気分が弾むくらい、楽しげで温もりを感じられそうな雰囲気であるのに僕と天宮の、この2人の間だけは凍りつくかの様に暗く、重い空気が広がっている。
少しだけ表情を伺えば、何か言葉を出そうと、しかし上手く表現出来ずに口元が震えているのが見える。青い瞳は白い前髪で少々隠れてはいるが、左右しているのがここからでも見て分かる。
「そ、それでも人はそこで終わりじゃ無いと思います。
だって、そこで終わったら、あまりにも悲しいじゃないですか」
俯いていた顔を上げる天宮。小さくて、言葉に詰まりながらも訴えかけるその姿は非常に脆い印象を僕に抱かせた。あまりにも弱々し過ぎて虚しささえ感じてしまう程に。
そんなんじゃ、他人に自分の気持ちを投げかけても、その声は決してその心には届かない。
「き、霧衣賀さんはさっき、人には色んな可能性があるって言いましたよね?
……それは皆が持っているこの先の不確かな未来があるから見いだせるもの、ですよね」
意外にも小さな声は途切れ途切れになりながらも続く。たとえ、目の前にいる人間に一雫を見せてたとしても、その青い光は希望を求める天宮の意思なのだろう。
「未来を信じる気持ち、諦めない気持ちを持ち続ければ、その可能性を広げていけると私は思います……!
人の気持ちは……力になるんです。それを成し遂げたいって心の底から生まれる強い思いがあるから、人はそれに向かって進めるんじゃないんですか?」
だが、僕は彼女の言葉に賛同する事は出来ない。絶対に賛同してはいけなかった。
もし彼女の問いかけに肯定の意を表してしまえば、それは自分が自分で未来の可能性を狭めている事を認めてしまうからだ。僕は、決して自分でそうした訳じゃない……
湧き上がる怒りの感情に深く俯いて、強く歯を食いしばった。今の自分は彼女に対する憎悪で顔を歪ませているだろう。
天宮はきっと、その言葉の裏側にある意味も理解せずに自分の感情に身を任せて言ったのだろう。僕がどんな気持ちでそれを捉えているのかも知らずに。
ただ、そこに悪意は無く純粋な気持ちがそうさせているのだという事は、彼女の態度で分かる。これは、捻くれ者の自分の心が巡らせた思考なんだ。
「思いがあるだけでは、人は目の前に立ちはだかる現実を越えて目的を達成する事は出来ない。
その目的を達成する為には、現実に負けない強さが必要になる。君に、そんな力があると言えるのか?
でないと、いつかは僕みたいに現実に阻まれ、自分の無力さを呪う事になるぞ」
感情的になっているのは、僕も同じだろう。声のトーンを何時もより数段低くして天宮に重圧をかける。
僕と彼女の違いは、ここ数分のやり取りで嫌でも理解出来た。現実に打ちひしがれた自分と、未来を強く願って進もうとする天宮。精神的にも彼女は僕よりも強く、ポジティブな思考で未来を見据えようとしている。
それを頭で理解しても尚、自分が天宮を睨みつけたのは、上記を本当に彼女がやって見せる事が出来るのかという不明瞭な点が残っていたからだ。
何が起こるか分からない。やってみなければ、どんな結果になるかは分からない。そんな未来だからこそ、付きまとう数々の不確かな要素に真正面から向き合える、説得力のある彼女の姿勢を見なければいけなかった。
「分かってます!!でも、それで立ち止まったら何も進まないじゃないですか!
私も自分の可能性を信じてみたいって思ったんです!夢を持って前に進みたい……貴方がそうしてきた様に!」
反発するように発せられた天宮の回答が胸に突き刺さる。やはり、どうしても指摘に聞こえてしまう言葉に不快感を感じざるを得なかった。
でも彼女の声に迷いは無く、自分を映す瞳も、その全てが真っ直ぐであったことも同時に感じる事が出来た。
唯一、彼女の発した言葉の中に僕の存在があった事に驚きを隠せなかったが、彼女の持つ芯の強さが垣間見えた瞬間であった事は確かだ。
「だから……貴方にも諦めて欲しく無いんです。こんな事、私から言える資格は無いですし簡単に言ってる様に聞こえるかもしれません。私の独り善がりだって事も分かっています。
でも、大きな夢を持つ霧衣賀さんが、それを語っていた貴方の姿が私より1歩も2歩も……いえ、それ以上に前に進んでいる様に見えたんです。
本当に貴方が凄いって思ったから、もう一度貴方に信じて欲しいんです」
両手を強く握りしめる天宮。諦めない気持ちを、信じる気持ちを取り戻して欲しいと僕に求めてきた。
「ご、ごめんなさい……!!私の勝手でこんなこと、言っちゃって」
夢を無くした僕の為に、もう一度前に進めるようにと彼女は今、自分の言葉で僕の背中を押そうとしてくれている。
「……天宮さん」
しかし、残念な事に、それらの言葉を聞いた所で僕の心がそう簡単に動く訳が無い。
立ち止まらないように、諦めたくない気持ち一心で1人でこんな事を続けた結果がこの様なのだから。
彼女の言うそれが簡単に実れば、苦労はしないだろう。そんな風に考えられる周りの人間達を見て、何度羨ましい気持ちに、妬ましい気持ちで心が押し潰されそうになった事か。
渦巻く憤りが自分の頭を悩ませる。結局、こんな話をしても自分と彼女の差を判らされてしまうだけだった。彼女の強さを実感し、自分の無力さに、また嘆く。
自分には彼女の様に強い精神で現実に立ち向かえる力を持っていなかった。彼女に出来ることが僕には出来ない。いや、出来る筈なのに、いつの間にか出来なくなっていたのだ。
「頭を上げてくれ、天宮さん。君の気持ちはよく伝わったよ。
なら君は、その強い心のままでいればいい。そして、君は自分自身が持つ可能性を信じて真っ直ぐに向かって進むんだね」
自分の中の黒さを隠して、無理やり笑みを作る。
だが、自分の作った微笑みとは反対に彼女の顔は不安一色に染め上がっていた。
「霧衣賀さんは……ど、どうするんですか?」
怖々と話す天宮への答えは既に自分の中にあった。彼女との会話を通して自分の中で出来ることを改めて探してみたが、それはたった1つしか無かった。そして、それが今までと何も変わる事も無かった。
「今の僕には君の様な強さを持ち合わせていない。もう、立ち向かう事が出来なくなってしまったんだよ。
人には出来る事と出来ない事があって、僕と君は完全に正反対の精神を持っている人間だって事が話してみて分かったんだ。
だから、今までと何も変わらない。来るべき時が来るまで、僕は1人で抗い続けるだけさ」
そう、これが僕の回答だ。何も変わらない、いつも通りの事をやり続ける。今の僕には、それしか出来ないのだ。
「そんな、霧衣賀さん……」
ポツリと青い瞳から雫が1つ、真っ白な机に零れ落ちた。
目の前の少女の期待に応えられず、泣かせてしまった事。全く関係の無い筈なのに僕の背中を押そうとしてくれた彼女を拒絶してしまった事。そんな自分の行いに罪悪感で居た堪れなくなりそうだった……
彼女からの視線が耐えられなくて、反射的に逃げる様に目線を横に、逸らしてしまった。
「せっかく君が背中を押してくれたのに、期待に応えられなくて、すまない。
理想を掲げるのに、夢を持とうとしても、それに付き纏ってくる現実をどうしても強く意識してしまうんだ。
知らず知らずの内にその考え方が頭の中に刻み込まれてしまったんだろうね。
…………今の僕には、それが乗り越えられないんだな」
何をどうやったって、絶対に乗り越えられないものがある。自分の頭に染み付いた考え方を、現実を今すぐに変える事なんて出来る訳が無い。人はそう簡単には立ち直る事は出来ない。
仮にそれが出来たとしても、またあの時の様につまづいてしまうだろう。また同じ苦しみを味わう事になってしまうだろう。
それが怖いから?それが無駄だと分かっているから?
……だから、今の自分には夢や希望が、無いのだ。
「現実は、単純なものじゃないって事を知ってしまったんだよ。自分の目の前に広がっている物や目の届かない物、そして目では見えない物。色んなものが複雑に絡み合って、そのシステムが成り立っている。
そんな世界に僕達は振り回されながらも存在し続けているから、夢を持って進むことが出来る人間とそれが出来ない人間が生まれてしまう」
「でも、それだと霧衣賀さんは!!」
「……これでいいんだよ。そもそもの話、これは僕が覚悟を持ってやってきたことだから、どんな最期になろうとも僕は一切の後悔無くそれを受け入れるつもりだ。
だから、これ以上僕の事で気に病む必要は無いよ、天宮さん」
これは自分自身の問題だ。自分が正しいと思いたい為に自分の思想に拘って、意地を張り続けるという、子供じみた事をしている自分の問題であり、この事に天宮が関与する必要は無い。
僕が彼女に気をかけたのは、全く関係の無い自分の内側に入ろうとする彼女の思いやりに申し訳無いと感じたからだ。
制服の左胸のポケットからハンカチを取り出して彼女の方へ差し出す。
「僕は頑固で、意地っ張りで捻くれ者で、そんな厄介さをこの歳で拗らせてしまった面倒な人間なんだ。
こんな事に君を巻き込んでしまって、本当に申し訳無いと思っている。事の発端は、あの時にちゃんと理由付けをしなかった僕なのだから」
思い返せば、これは不器用なやり方だったのかもしれない。それでも、これが自分の出来る、自分なりの謝罪だった。
そして、これはこれ以上天宮の心を苦しめさせないようにする為の〆としての意味も同時に込めた。
「もう辞めよう。最終的な結論は出たし、これ以上こんな話を続けても得られるものは何も無い。
……この日の、この会話は全て忘れよう」
「え、え……?」
しかし、両目に小さな涙を貯めたまま、驚いた顔の天宮はこちらを見た状態で固まってしまった。
「何、言ってるんですか……そんなの、今更になって無理ですよ。こんなのを聞いて忘れられる訳無いじゃないですか……!!」
僕の言い方は、天宮にとって逆効果だったみたいだ。顔を酷くしかめて、納得の行かない様子の彼女は差し出したハンカチを拒んで、両手で涙を擦った。
涙の跡か、少しだけ目元が赤くなっていた。
「……あの試験の時から、どうして貴方がバトルスピリッツを拒んだのか、ずっと気になっていたんです。
この島で生まれてバトルスピリッツを拒む人を見たのは、初めてでした。だから、何か深い理由があるんじゃないかって……その理由を知りたいって思っていたんです。
驚かせてしまったかもしれませんが、あの自己紹介の時に私が霧衣賀さんに声をかけたのも、貴方からその理由をどうしても聞きたかったから、そうしたんです」
彼女が一体どんな気持ちで僕の事を知ろうとしていたのか。その心情を彼女の口から聴いて理解した時、僕は言葉を失ってしまった。
自分が思っていた以上に彼女の行動に対する思いは強かったのだ。
「霧衣賀さんは、ずっと苦しいままで、自分の夢の為に今まで頑張ってきたんですよね。私、そんなの全然知らないままで……」
「いや、他人の素性を初めから知っている人なんて何処にも居ないよ。
知らない事があるからこそ、人は知りたいと心から思うことが出来る。そう思えたなら、僕達は話し合って、お互いを理解しようとするんだ。だから君の行動は正しいよ。
でも皆がそれぞれの価値観を持っているから、さっきの僕達のように意見がすれ違ってしまう事もある。
…………寧ろ、分かり合えた事よりも分かり合えなかった事の方が多かった」
皆に自分の事を分かってもらいたい為に、ずっと他人に会話を求めて話してきた。だから、考えの相違は誰にだって起こりうるくらいの事は昔からよく知っていた。
天宮には天宮の価値観があり、僕には僕の価値観がある。それらが時に人と人との間に大きな溝を作ってしまうが、それでも人は話をしなければいけない。
そうでなければ、僕達はお互いのすれ違いにさえも気付くことが出来ないのだから。
「だけど、これが皆の事を知る為の方法ですよね。話し合う事が出来たから、私は貴方の事を知る事が出来ました。
でも、これは私の想像力不足です……こんなに話が大きなるなんて、思っていませんでしたから。
自分の理想とか目の前の現実とか、そういう話を誰かとしたのは、初めてだったんです」
「普通に学生生活を過ごしていれば目の前の事に夢中になるのが当然だろう。親や教師に言われて、ふと意識し始めるものだと思うよ。
僕達にとっては少しだけ先の、未来の話だ。でも、いつかはその未来を自分が決めなくちゃいけない時が来る。
学び舎での生活っていうのは、それに備える為の準備段階なのさ。僕達の様な、今が子供である内は、な?」
「大人、なんですね。やっぱり貴方は皆より先に進んでいますよ。だって、そんな考え方も言い回しも、同い年の子達から聞いた事無いですもん」
…………大人か。自分自身をまだ子供だと評価している分、反応に困る事を言ってくれるな。
「霧衣賀さんのお知り合いの方からも、そんな風に言われた事ありませんか?」
「え?いや、似たようなニュアンスで言われた事はあるけど、面と向かってストレートに言われたのは君が初めてだよ。
……そうか、僕が大人か。そう見えるかい?でも、僕はまだまだ青いよ。大人になったつもりでいるのさ」
天宮の不意打ちで僕は思わず、吹き出しそうになった。
まさか目の前で不思議そうに目を丸くしている女の子から、そんな事を言われるなんて思って無かったもので、今でもこんな子供っぽい事をしている自分が大人びていると言われたのが可笑しくて、面白かったのだ。
前屈みになっている体を椅子の背もたれに預けて楽な姿勢で言葉を返す。自分の未熟さを分かっているから、そんな言い草を吐くことが出来てしまう自分自身への皮肉……
いつの間にか心に芽生えてしまった強烈な自己否定が言葉となって漏れだしてしまったのだ。
「大人のつもり……ですか」
自分としては軽い気持ちで、別に意味深に話したつもりでは無かったのだが、天宮の方は気難しそうな表情で僕の言葉を復唱し、心呑気に寛いでいる所にその眼差しを向けている。
「ん、そんな不安そうな目をしないでくれよ。さっきも言っただろう?深く気にする事では無いって。
今の僕はそういう人間だって事を軽く分かってくれれば、それで良い」
生真面目に考える天宮に少し笑いながら補足する。
さっきまでの話が気も抜けないくらい緊迫した、堅苦しすぎる内容だったから、その流れでそう捉えてしまうのは無理も無い事だろう。
「そんなアバウトで良いんですか?」
「内に抱え込みすぎるのも良くない。自分にとって必要だと感じた情報だけを頭に残しておく位が丁度いいのさ。無理をしてキャパオーバーはナンセンスだよ」
自分の右側頭部を人差し指で2回ほどつつく。
「容量良くって事ですよね」
「堅苦しさだけでは、人は生きていけない」
僕はその言葉にゆっくりと1回だけ深く頷いた。
「さて…………所で少し気になってはいたんだが、君は僕の事よりも、そちらのうどんの方を気にするべきなんじゃないのか?」
話に一段落ついたのを感じて、さり気なく話題を切り変えて天宮に問い掛けてみた。天宮の手前にあるお盆、そこに乗せられた丼を指差す。
無言だった空間へのアプローチ。正直、彼女のうどんの事なんて、どうでもいいと思っていたが、少しでも彼女には楽な気持ちで話して欲しいと思い立ったが故の行動だった。
「……話し初めてから、結構経っていると思うけど」
対する天宮は、目を数回パチクリさせた後、視線を自分の丼へと向けた。先程まで美味しそうに漂っていたうどんの湯気は綺麗さっぱりと消えてしまっていた。
「あ…………これは完全に伸びてますね。あはははは」
丼の中のうどんを眺める天宮の乾いた笑いが切なく響いた。今それに気が付いたとしても、残念ながら時すでに遅しだろう。青ざめつつも、引きつったその顔がショックの大きさを物語っている。
「で、でもっ、うどんは伸びていても美味しいんですよ!ほら、見てください。油揚げだってこんなに汁が染み込んでいるんですよ!」
と、伸びたうどんに対して熱弁し始める天宮。
……彼女はうどんが好物なのだろうか。確かに箸で持ち上げられた油揚げからは、大量の汁が溢れ出ているが、しかしなんと哀れな姿かな。
僕目線で彼女の姿を見てしまえば、それはうどんが伸びてしまった事のショックを何とかして誤魔化そうとしているようにしか見えないのだ。
「あ、あぁ……そうだな。確かに、、、ちょっと美味しそうだね」
伸びたうどんを急いで啜り始める天宮に僕がかけた言葉は、フォローにもならない同情にも似た言葉だった。
いや、まさか……自分で切り出した話の流れで、自分自身がその手の話の回答に詰まってしまうとは、なんて間抜けな様なのだろうか。情けない……
苦笑いを浮かべて曖昧な事を言ってしまったからこうなるのだ。ほら見ろ、僕を見る天宮の表情が徐々に鋭く変貌していくではないか。
「うぅ、本当にフォローのつもりで言ってますか?それになんだか、話の切り方が雑すぎな気がします」
青が……細いな。察しの良さは彼女が自分よりも先へ行った存在、ネオンセンチュリーであることも関係してくるのか?
そんな事を思い浮かべながらも、こうして僕の泣け無しの誤魔化しは意図も容易く看破されてしまった。
「ふぅ……流石に気付かれてしまうか」
「幾らなんでも、露骨過ぎですよ」
彼女の視線を痛く感じてしまうのは、自分へのツケが回ってきているからだ。見切り発車で会話を進めてしまった自分の不備を勿論意識している訳なので、その言葉がより鋭利なものとなって突き刺さる。
……まるで、言葉の刃のようだ。
「そうでもしないと、いつまでたっても暗い話のままじゃないか。お互いの心が持たんよ」
「それは……そうですけど、んん。さっきも感じたんですけど、霧衣賀さんって意外とバッサリする感じの人、だったりするんですか?」
目は細いまま……そう、所謂ジト目というもので僕を見続ける天宮。
少しだけ、恐る恐るに質問をするのは、彼女なりの配慮なのか。
「違うね。逆にそういう考えで行動する人は、あまり関心はしないかな。
全ての物や行動には意味がある。その意味をしっかりと捉えて僕は答えを出したいと思っている。だから、常日頃から僕は効率と最適解の2つを意識して過ごしているのさ」
右手の人差し指と中指の2本をゆっくりと立てる。
効率的に物事を考えて実行に移す事を常に意識している僕にとって、天宮の言うバッサリ……言い方を悪くすると、いい加減な行動をする。というのは、自分のポリシーから外れる、極めて許し難い行動なのである。そして僕が前者の行動を意識するのは物事には必ずその理由やメリット、デメリットが存在しており、それらを吟味し、1番良い結論を出す事で自分の成長に繋がると思っているからだ。故にそれらを適当という、あやふやな考えを持って片付けたく無いのだ。
要するに僕はその時の直感に頼ったり、何も考えずに体から動くような人間では無いという事だ。
「じゃあ、さっきの露骨な言い回しは貴方が導き出した最適解って事ですか?」
「少なくとも今の雰囲気の方が話しやすいと思うけど、君は違うのかい?」
「あ……いえ。そんな事は無いです。むしろ、私も霧衣賀さんと同じ気持ちで話せてます」
「なら、それに越したことはないよ」
「……!なるほどです。ちょっとだけですけど、貴方がどういう人なのか分かってきた気がします」
天宮が納得した様子で口を開いた後に小さく微笑んだ。暗かった彼女の表情に微かな光が差し込んだ気がして、僕の方も気分が少し軽くなった。
「……そう、今はそれだけで充分さ」
キーンコーンカーンコーン
突如として食堂全体に鳴り響いた予鈴に体がピクリと反応する。そして周りを見れば、それを聞いた生徒達が次々と席を立っている。
椅子と床の擦れる音が至る所で鳴り始めており、次の授業に間に合わせる為に我先にと教室へ足を急がせる男女がよく目立つ。
「……鳴っちゃいましたね」
と、両手で空の丼を撫でる天宮が静かに呟く。いつの間に食べ終わったのかと、空の丼を見て彼女の圧倒的な食べる速度に心の中で少しだけ関心する。
お互いが落ち着けたタイミングでの予鈴に終始緊張で硬くなっていた肩を降ろしながら、一息ついた。安堵の溜息だった。
「始まるまでには余裕がある。それを片付けてからでも、遅くは無いはずだ」
布袋に包んだ弁当箱を片手に持ち、僕は天宮より先に席を立つ。
「今日は、ありがとうございました。色々ありましたけど、貴方とお話出来て良かったです」
……こう言う時、自分も同じようにありがとうと言葉を返すのが普通かもしれないが、向けられたその言葉を自分は素直に受け取る事が出来なかった。
話さなければならなかった、しかして何とか収まる所に収まった話ではあったが、今日初めて話した天宮に辛い思いをさせてしまった事に対する罪悪感は今も尚、僕の心を締め付けていたからだ。
「礼を言わないといけないのは僕の方だ。君には辛い思いをさせたし、迷惑もかけた。
それに……こんな僕の話を聞き入れてくれただけでも、本当に嬉しいと思えたんだ。だから、ありがとう天宮さん」
お互いの為に最後の最後に伝えなければいけないことはちゃんと伝えないと後悔が残ってしまうだろう。だからこそ、僕は最後に謝罪と感謝の気持ちを伝えた。
当初の僕は、天宮がネオン・センチュリーという理由で自分の中で渦巻いていた探究心を満たす為だけに、向かって来た彼女を利用しようという思惑で会話に望んだ。
だが、今はそんな邪な気持ちは一切無かった。言い切れる自信は無いけど、彼女との会話で知らず知らずの内に生まれていた小さな信頼が、その思考を上書きしたのかもしれない。
さっきまでの自分を思い返してみれば、会話というものは自分の認識を、他人の認識を変えてしまう力を持つ事をしみじみと実感させられる。
「では、僕はお先に失礼するよ」
自分の言いたかった事は、全て彼女に伝えた。それが出来たのは、彼女が僕の話を拒むこと無く聞いてくれたからだ。
この話で僕の未来を変えることなんて出来ないが、それでもここでした会話には充分な価値があったと思いたい。
「あ、あの……!霧衣賀さん」
立ち去ろうとする直前、突然高い声を上げた天宮に僕は呼び止められた。
反射的にそちらの方に顔を向ければ、彼女は何かを言いたげな様子でぎこち無く口を開けては閉じを繰り返している。話したくても、話しにくい。そんなもどかしさを感じさせる彼女の仕草に僕は腰に左手を当てた。
「……ま、また貴方とお話、出来ますよね?私もっと霧衣賀さんの事、知りたいです!」
少しの間を経て天宮の口から絞り出された、その誘いは僕にとって予想外の行動だった。
また僕と話がしたいか。僕の話を聞いて、また話したいと思う人間がいるとは、彼女はこんな僕に興味を抱いてくれたのか?
嬉しいと思う反面、彼女に期待しすぎではないかと思う所はあるが、その誘いを断る理由は無い。
こんな僕にそんな事を言ってくれるなんて、彼女は少し変わっているかもしれないけどな……
「これからはクラスメイトだし、話し相手なら何時でも付き合うよ」
そう思いながら、快く彼女の誘いを引き受ける。僕のような人間でも暇潰しの話し相手になれるのなら……
「っ!ありがとうございます!!」
最後に見たのは、天宮の満面の笑みだった。その表情は、余りにも暗すぎた一時の間で見た表情の中で1番安らぎに満ちていたと思う。
真っ白で美しいと思える外見故に、それが瞼の裏に焦げ付く程、強烈に印象的だった。
この日の出来事を僕は忘れる事は無いだろう。すれ違う日々の中で出会った一時の濃密な会話。
彼女が最後、僕に言ってくれたあの言葉が少しだけ耳に残って、ゆっくりと消えていく。
結局は、すれ違ってしまった僕と彼女の意見……また分かり合えなかった。
でも相手との会話を途絶えない限り、分かり合える道を広げていくことが出来る。
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