Battle Spirits Act of Aggression   作:えむ〜ん

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どうも、最近モチベーションが安定している者です。2話からの続きが何とか完成致しました!
今回も楽しい時間を皆様にお届け出来ればと思いますので、よろしくお願いします!


episode 3 church

「………………はぁ」

 

歩きながらも思わず口から溢れ出すのは、ある種の疲弊が籠った少し長めの溜息だった。自分でもこんなに溜息の多かった日はかなり珍しい方だと思う。

午後からの説明や校内見学は、僕達にとって初めての体験だった。目を輝かせるものがあれば、一部システムが中学校と似たようなものがあったとしても、その学校特有の雰囲気が新鮮な気持ちを引き出してくれる。夢中になればなるほど、人は時の経つスピードを忘れ、あっという間だったと感じながら入学初日に終わりを迎え入れるのだろう。

クラスの皆がそれぞれの帰路に着こうとする中、僕は1年a組の教室で総介と美緒から一緒に帰ろうという誘いを受けた。それを断って1人あの頃とは違う景色を見渡しながらその道を僕は通っている。恐らく今日に出会った人達の事を、ネオン・センチュリーの事とかを3人で振り返りながら帰ろうとしていたのかもしれない。友達と呼べる人間、家族と思える人間と一緒に過ごす入学初日の最後の締めくくりとして相応しい会話内容だろうと頭の中で想像してみるが、今は彼等とそんな話をしたり一緒に居られる気持ちでは無かった。1人で考える時間が欲しかったのだ。

次々とすれ違う老若男女に前方から聞こえる下校途中の小・中学生の賑やかな談話。赤く塗られた街並みと青空に歩道を彩る、散った桜の花弁。今朝、1度通った道でも時間帯が違えば、その景色に対する印象はガラリと変わるもので、そこに哀愁を感じさせるものがあった。家までは徒歩で15分程度の歩行距離なのに、それが自分にとってなんだか長く感じてしまうくらいその足取りは決して軽くは無かった。

ゆっくりと足を進める自分を徐々に沈みゆく太陽の最後の夕焼けが容赦無く全身を焼き尽くそうとしている。

 

「眩しすぎるな、全く」

 

立ち止まって空を見上げれば、それは自分にとって酷く輝いて見えてしまった。きっと、自分という人間には太陽の様な輝かしい物は決して似合わないだろう。何時だって、太陽の光は自分を惨めな気持ちにさせてくれるものだから。

目を細めつつ上から照りつけてくる直射日光を右手で遮る。ボーッとしながら、その虚空にぽっと出の言葉を投げつけてやった。

あまりにも純粋で眩しい光に、あの時の彼女の言葉に驚かされた事を思い出す。夢を実現させたい為にバトルスピリッツを拒んで、他人から白い目で見られていた自分を受け入れてくれた彼女の事を。

彼女が僕に言い放った言葉はどれも印象的で、しばらくは忘れそうに無いだろう。

 

「……こんな所に」

 

ふと自分の右手、その視界に公園が留まった。自然を基調とした木々の遊具に色とりどりの花が咲いた花壇。数箇所に配置された青い色のベンチが置かれた公共施設。

狭い訳でも広い訳でも無い有り触れた地区公園なのに僕は足を止めてそちらを眺めた。平日の夕方では人の影は少なく、何処か物寂しさを感じさせる場所だが自分にとってそれが丁度良く思えたのだ。1人で落ち着けそうな場所こそ、今の自分が求めているものだったからだ。

 

「良い場所だな、ここは」

 

……たまには寄り道というのも、良い事なのかもしれない。そう思い公園のベンチに腰をかけ、見た目からして硬そうな木製の背もたれに背中を預ける。こんな所に、静かに孤独に浸れる場所があったなんて知らなかった。

効率の良い、正しい生活と日々の勉学の為に普段は寄り道をしない様にしていたが、この胸の内に鳴るザワザワとした感情をあの家に持って帰る訳にはいかなかった。あの家族に自分の事で心配をかけさせたくなかったという気持ちも動機としてあったから。

それに歩きながら考えるよりも、こういう静かな場所で、時間をかけて考える方が冷静に自分の気持ちも整理出来ると思ったのだ。

 

「……まるで、夢でも見ていたような時間だったな」

 

彼女との会話をまじまじと振り返ってみれば、そんな風にも思えた。自分にとって信じられない様な事が目の前で起こってしまったという驚きが未だに余韻となって残っているみたいで、久しぶりに心の底から感じた大きな出来事だった。

 

 

 

……お前のでっかい夢、叶うと良いな!

 

 

 

前向きな言葉を送ってくれた彼女に僕はかつての総介の影を彷彿とさせてしまっていた。

彼女は人を信じる事が出来る人間だった。個人もそうだが、人間という存在に対しても彼女は真面目で誠実なんだ。

 

「もう僕は、そこまで信じられないのにな」

 

夢を持ってからでは無い。夢を皆と共有しようとした頃から僕は人を疑い、自分を疑い、未来を疑う様になってしまった。逆にそれまでの自分は無知である事に気が付かず、目の前にあるもの全てを信じ過ぎていたのかもしれない。そうだ、あの頃の僕は本当に何も知らなかったのだ。

そんな自分の目の前に映るのは、自分の持っていないものを当たり前かのように持っている彼女の姿だった。何故彼女にはあって僕には無いのかと考え込んでしまったら、彼女の持っている輝きが自分のそこへ影を落として広げていった。

人は自分が持っていないものを他人が持っているのを見てしまうと酷く妬ましく、羨ましく思い……そして、それが特に輝いて程遠く美しいものに見えてしまうのだ。皆もそういう性質を持っているんだと、自分でも分かっている筈なのに、冷静に抑えられずに思ってしまう自分に浅ましさを感じてしまった。

情けなく全身の力が抜けていき、見た目からして硬そうな木製の背もたれに寄りかかって目を閉じる。ブルーが自分の感情を支配するのはいつもの事で何も珍しいことでは無いが、厄介なのはそこに付いてくる、どうしようも無いという無力感なのだ。

 

「……らしくないな。こんな所で何やってんだよ、キリュウ」

 

突然自分の右側から声を掛けられて、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。いつも聞く、優しさの混じった大人っぽい声。それなのに子供らしさのある軽快な口調から発せられた特徴的すぎる自分の呼び方に僕は少し焦った。だが目で姿を見なくとも、その声の主が彼である事は瞬時に且つ容易に把握出来るのは僕と彼との付き合いの長さ故だ。

次に自分の右隣を横目で見れば、いつの間にかそこに高身長の男が立っていた。考え込んでいた為か彼から声をかけられるまで、その存在に気が付けなかった。

 

「総介……」

 

思考を止め総介の声がした方に顔を向ける。目と目が会う瞬間、彼は気遣わしげな表情でこちらを見つめていたが、そんな彼に対して僕は下から鋭い視線を送ってやった。

 

「なんで僕を追いかけて来たんだ?数分前、僕は1人で居たいとお前達に言ったはずだぞ?」

 

1度忠告した事を無視して、この面を下げて現れた総介を睨みつける。これでは自分が望んだ1人で落ち着く事が実行に移せない。

彼が自分を心配して追いかけて来た事は分かるし、そういう人間である事もちゃんと理解しているつもりだ。その上で冷たい対応になってしまったのは、彼の優しさに触れる前に自分の不満が先に溢れ出てしまったからだ。

 

「分かってはいるよ。それでもお前のそんな辛気臭い顔を見ると、やっぱり放っておけなくなるんだ。

俺の見ない内に何時の間にか1人で抱え込んでいるのがお前の悪い癖だ。そんなんで行っちまうから……だから、しょうが無いじゃないか……!」

 

普段の賑やかな彼の姿を見ている人からは想像は出来ないだろう。困り果てて弱々しい反応をする彼らしくない姿は別に僕の前では珍しいという訳では無い。

心配性なのか、総介は僕に何かあった時にいつも隣に来て僕の話を聞こうとする。それが例えどんな話であったとしても。

 

「お節介な奴。別に大したことじゃあないんだから、そんな深刻な顔をしないでくれよ。

……とは言っても、お前は昔からそういうのだったな。1人で考えているのに、お構い無く話しかけてくれる」

 

最近は少し度が過ぎるというか、過保護すぎるというか。そんな印象が否めない所ではあるが、自分の話をいつも聞いてくれるから僕は総介に感謝しているし、言いにくかった事も気軽に話すことが出来る様になった。

孤独だった自分に初めて出来た、心から親友と思える人間が総介だった。たった1人の僕の友達だから……だから、もし彼が傍に居なかったら僕はずっと独りぼっちのままでこの島をさまよい、朽ち果てることになっていただろう。

 

「ずっと1人で抱え込んでるお前の姿を見てきたんだから俺には分かるんだよ。

だから、お前には1人で抱え込んで欲しくないんだ」

 

「フ、そんな優しいセリフを躊躇無く言う相手は僕なんかじゃなくて美緒の方に、なんじゃないのか?」

 

「……残念だがキリュウ。今の俺は結構真面目だぜ」

 

差程大きな悩みでも無いのに、深刻な顔で極めて臭いセリフを吐く総介に僕は笑ってジョークを混じえて答えたが、返ってきたのは何時に無く真剣な表情と少し怒りが混じった声だった。

まさか、そんな返され方をするとは思っていなかったので少々面食らったが、先程の言い方は悪巫山戯が過ぎてしまったと気付いたのは彼の返答を受けた直後の事だった。

 

「すまなかった……少し、巫山戯てしまった。しかし総介の方は美緒を放っておいて本当に良かったのか?」

 

「美緒もお前の事を心配して、着いて行こうとしていたんだぜ?でも、こういう時は男同士の方がお前も話しやすいと思って俺1人で来たんだ。美緒には申し訳無いが1人で帰ってもらったよ」

 

と、少し呆れたような言い方で肩を竦める彼の姿に僕は申し訳無い気持ちに陥ってしまった。彼等に気を使わせない様にする為に1人で抜け出したというのに、逆にその行動が裏目に出てしまうことになるとは思って無かった。

もっと良い方法があったのか、若しくは考えが甘かったとしか言いようが無い。

 

「参ったな。2人に気を使わせるつもりでは無かったんだけどね……美緒、我儘じゃなかったか?ああなったら中々引かないぞ」

 

「それは思いやりなんだぜ、キリュウ。美緒もお前の事を大切に思っているって証拠だよ。

親友として、あとの事は俺に任せなって感じで言ったが、時間は少しかかったかな」

 

うっすらと笑う総介に共感して僕も少しだけ頬が緩んだ。時折頑固になってしまう美緒には僕も巻き込まれて、振り回されることが多々あり、頭を悩ませる時があったからだ。

今回は彼女にも感謝しなくてはいけない事例なのだが、僕としては些細な事でも彼と気持ちを共感できた事が嬉しかったのだ。

 

「……隣、座れよ」

 

僕の座る青い色のベンチ、その空いている左隣のスペースを2回ほど軽く叩く。

 

「サンキュー」

 

そこへ待ってましたと言わんばかりか、即座に総介が腰をかけ右足を左膝の上に乗せる。

一息ついて、満足気に寛ぎ始める彼を見て僕はつくづく彼に対する自分自信の甘さを実感して心の中で微笑した。

今の総介はあの頃とあまり変わらないと思っていたのだが、それは僕も同じだったと今さっきのやり取りで気づいた。彼に対して文句を言うも、なんだかんだで最終的には彼の行為を受け入れてしまっているのは、今まで続いてきた友情から生まれた故の甘さなのかもしれない。

 

「しかし、お前のその様子だと天宮さんとの話はあまり上手くいかなかった様に見えるが……?」

 

左手を顎に当て、不思議そうに顔を向ける。何の前触れの無い彼らしいストレートな切り出し方は回答がしやすい質問内容だ。故に時間をかけて答えを考える必要も無い。この場合は何があったかを素直に言うだけだ。

 

「そういう訳では無いさ。なんだかんだで話は丸く収まったから、彼女の事で何も気にする必要は無いよ」

 

そう言って総介の方を見返すが、彼の口はまるで珍しい物を見た時のように丸くして開かれていた。

 

「そうか……まぁ丸く治まったのなら、それは良い事だと思うよ」

 

その後にホッと胸を撫で下ろす。なるほど、総介は恐らく僕と彼女の話がより複雑になるのではないかと懸念していたのだろう。昔からトラブルに巻き込まれやすい僕の事だからと思って、尚更そう考えたに違い無い。しかし、今回はその予想の中から外れた結果を僕の口から聞かされて思わずそんなリアクションを取ってしまったと見える。

 

「でも、それなら何故にお前さんはそんな顔をしているんだ?天宮さんとの話の中で何か引っかかる事があったから、そうなってるんだろう?」

 

妙に早い切り返し方に僕は一瞬戸惑った。彼の言葉に、そんなことは無いと言ってしまえば、それは間違いになってしまう。核心に近い聞き方をする総介に胸の鼓動が少しだけ跳ね上がったような、気色の悪い感覚に襲われた。

別にこれに対してバツが悪いとか、そういう訳では無いのだが、時折変な所で唐突に勘が働いたりする彼のよく分からない性質には極めて心臓に悪いものがあった。

 

「…………彼女と話した時間は決して無駄じゃなかった。それでも、どうやったって変えられないものがある事をあの時に改めて実感させられただけなんだ」

 

真っ赤な空をゆっくりと仰ぐ。僕の言葉は空へと散ってあの赤に染るように、溶け込むように消えていった。スっと息を吐いて横目を向ければ彼は僕の方ではなく、遠くの花壇の方に目をやっていた。顔を覗こうと思い体を傾けてみたが、夕方のそよ風に紺色の細やかな髪がなびいて、その表情は伺えなかった。

 

「自分の夢を天宮さんに教えたんだな。俺もお前から夢を教えて貰って、同時に現実が簡単じゃない事も知ったよ。

その辛さを1番よく理解しているのは、お前だからな……」

 

顔は向こうのままに口を開いた彼の声は非常に重苦しく聞こえた。

 

「気持ちだけで理想が叶えば、それはもう神様だよ。でも、そんなものはここには無いから僕は今以上にこれからの事を考えなくちゃいけない」

 

気持ちだけで理想を叶えられるなら、どれ程楽だっただろうか……なんて、考えた事は無い。この世界に万能な存在なんて都合の良いものは無くて、それは所詮昔人が心の安らぎを求めた先に出来た妄想の産物に過ぎないからだ。

そんなものは一切頼りにならない。人は今ある現実の中で未来を決めなくちゃいけないんだ。

 

「茨の道だよ。お前が進んでいる道は」

 

「この先、ずっとそうさ。そうなるって事は自分自身が1番よく分かっていたから自分で考えて来た」

 

「……情けないよ。長年お前の隣に居たのに、結局は全然力になれていないなんて」

 

表情に影を落としながら、総介は静かに呟いた。彼は昔から僕の考え方を知っている。僕が現実に太刀打ち出来なくて、打ちひしがれる姿も昔からずっと見ていた。そして、それを自分の力ではどうする事も出来ない事実も理解していた。彼の性質上、他人の力になれない自分の無力さにそう嘆いてしまったのだろう。

 

「自分の問題は自分自信で解決するしかない。特に自分の未来については、他人が簡単に踏み込める領域じゃないって事は総介だって分かっているだろう?仕方が無いのさ。

……でも僕の話を聞いてくれるだけで、寄り添ってくれるだけで気が楽になれたと思ったのは、この瞬間の事だけじゃない。だから、こうして此処に座って話す時間も無駄じゃないと思えるんだ」

 

項垂れる総介の右肩に自分の左手を乗せる。僕を心配して着いて来た彼を逆にフォローしている現状であるが、その事に突っ込む等という余計な思考は、今は捨てておこう。

 

「そう言ってくれると、俺も少しだけ胸を張れる気がするよ」

 

僕の左手を右手で上から包むように握って総介は柔らかく微笑んだ。彼の手は男らしくガッチリとしていて僕よりも大きいが、その色は鮮やかなペールオレンジ色だった。そして、何よりもその手は暖かかった。

 

「……相変わらず、お前の手は暖かいな」

 

「そう言うキリュウの方は、やっぱり冷たいな」

 

眉を八の字にしてぎこち無い言い方をするのは、彼も昔から僕の手が冷たい事を知っていたからだ。

自分の手が冷たいのはずっと前からで、生まれつきの冷え症なんじゃないのかと言われていた。生まれつきなら仕方が無いと僕も、そしてこの手に触れる総介もこの冷たさと付き合ってきたが、僕の方はその認識が少しだけ変わりつつあった。

 

「生まれつきだからな。なんて言うか、確かに自分は此処に居る筈なのに何処にも居ない様な…………そう、死んでいるように生きてるっていうのが今の僕にはお似合いって事なんだろう」

 

死ぬ間際の人間の手は冷たくなるというのを聞いた事がある。大袈裟かもしれないが今の抜け殻の様な自分に当てはまっているのでは無いかと思うようになった。この手はその証なんじゃないかって。

人間は同じ生き物じゃないけど、共通する所だってある。それが僕の場合では同じじゃなかっただけで、皆の手は彼の手のように柔らかくて暖かいのだろう。

次の瞬間、自分の手が彼の肩から離れる。それを見て驚き、声を上げる間も無く自分の左手は総介の両手に握りしめられた。

 

「そういうのはやめてくれ……自分で自分をそういう風に言うのは、冗談でもやめて欲しい。お前がそう思うくらい追い詰められてるのも分かるけど、それでも自分だけはどうか否定しないでくれ……!

例え島の皆がお前の敵だったとしても、俺達はお前の味方だから……お前は、お前は絶対に独りじゃないから」

 

僕が口を開くよりも先に総介の声が耳に響いた。溢れ出そうな感情を押し殺すように話す、震える声に僕はさっきの発言を撤回したくなるくらいの罪悪感に見舞われた。

これは現状をどうしようも出来ない無力な自分への紛れの無い本心であり、それは思っていても決して他人に打ち明けて声に出してはいけない気持ちだったのかもしれない。

彼なら、そんな自分だったとしても受け入れてくれるんじゃないかと無意識の内に甘えてしまったが為に、つい口が緩んでしまったんだ。

 

「しかし……いや、すまない。そんなつもりじゃ無かったんだ」

 

これが現実なんだ。それを言いかけて止める。こんな事を皆に言わせてしまうのなら、ずっと内の中に秘めていれば良かったんじゃないか。

握られた手を見ながら半ば反射的に謝罪する。

 

「お前は何も悪くない。冷たいんだったら俺が暖めてやる」

 

僕の謝罪を弾く総介の手に少しだけ力が込められた。しかし、そこに痛みは無くて、寧ろ握られた両手の柔らかさと暖かさがより左手全体に広がっていくのをゆっくりと感じた。

 

「……また、気を使わせてしまったな。いつだって元気を貰っているのは、僕の方なのに」

 

「気にするなよ。俺の1番の親友はお前だし、親友として当然の事だぜ」

 

本当、呆れるくらい情に厚い男だよお前は。

そんな白い歯を見せる姿を捻くれて、逆の表現をしてしまえば、他人の中に見境無く入り込んで来る暑苦しい奴という事になってしまうが、こんな聖人は島中探しても彼しかいないだろう。

時折、彼の親友が本当に自分で良いのかと、突然に僕では無い誰かの所に行ってしまうんじゃないかと不安になるくらい総介は僕に優しくしてくれた。

 

「まったく」

 

彼の持つ優しさに触れて、思わず口元が緩むがしかし……僕が常々思うのは、どうしてこうも自分の周りにいる人間はあんなにも純粋で躊躇無く他人に真っ直ぐな言葉を選んで言えるのだろうか、という事だ。それが良い意味での子供だからなのだろうか?

 

「フ、笑ってくれたのは嬉しいけど何か余計な事考えなかったか?」

 

「んなわけ」

 

……そう。

 

 

 

 

……羨ましいのさ。

 

 

 

 

 

 

気が付けば公園の街灯が柔らかな光を発していた。辺りはさっきより薄暗く、上を見れば蒼穹を染め上げていた赤色が段々と黒に侵食されていくような、芸術的な絵画が広がっていた。

夜となれば日中の暖かさと比べて少しの肌寒さを感じるが、公園に吹く風はその冷たさをより強調してくれた。

 

「……しかし、どうしたものかな」

 

黙ったまま、2人で公園を見渡す時間。草木の揺れる音は暗く沈みゆく自分の心に安らぎを与えてくれる、そんな空間。そのままであともう少しの時を過ごせば良かったのに、ふと自分の口から雰囲気を邪魔する様な溜息と言葉が漏れてしまった。

 

「ん?」

 

静寂の中、僕の溜息に反応して此方を向く総介。

 

「いや……つい、声に出てしまった」

 

「わかるさ」

 

「…………将来、自分が社会に出向く人間になったら、直接島の教育委員会に殴り込んでやる。なんて事を今朝に思ってみたんだが、冷静になって考え直すと意味が無さそうだなと思ってね」

 

「あ、あ〜……」

 

朝の登校の時に美緒と話しながらも思いついた下らない事を赤裸々に語ってみたが返答に困ったのか、僕の考えがみっとも無いと思ったのか……しかし、なんとも微妙な引きつった苦笑いである。

そんな彼を見て僕も自分自身に対して、やれやれと両肩を上げながら笑った。

 

「そんな横暴な事をしても島は変わらないし、島に根付いた一方的な考え方は簡単には変えられない。分かっていたのにな……」

 

現に自分はバトルスピリッツから縛られない生きた方、これが生むメリットを言葉でしか伝える事が出来ない。

言葉だけなら何とでも言える、それだけでは人の心には響きにくい。それを証明出来る確かで革命的な実績が今の僕には何も無かった。

 

「本当にどうしようも無いというのなら、全く別の方法を試すしかないだろう」

 

「別の方法……?あるのか、キリュウ」

 

聞き返す総介に僕は首を縦に振る。この島で僕の望むやり方で皆と一緒に生きたいと願っても、それは叶えられないのだろう。

例え、この島には嫌な思い出の方が多かったとしても、此処が僕の生まれ育った故郷である事に違いは無い。思い入れだって強くあるし、何よりも此処には大切なものがあったから。だから考えたくは無かった方法を実行しなければいけないのかもしれない。それを叶えようとするのであれば……

 

「総介はあの海の先には何があるかって、考えた事はあるか?」

 

「え?いや、それは無いな。そんな質問はキリュウが初めてだぜ?」

 

「そうか……なら、気にならないか?あの先には僕達の見た事もない何かがあるかもしれないって。

もし他の島があるのなら……そこには僕にとって苦しみの無い初めての場所があるかもしれない」

 

「お前、何考えて……ーーッ!まさかお前、ここから出ようって言うのか!?」

 

察し、瞬間に焦り出す声。僕の推測を聞いた彼の表情が一気に不安に満ちて、その顔が僕の方へ近付く。張り詰められた、冷たく重い空気感をより実感してしまったのは2人っきりの夜のせいだからだろう。

とある日の誰かから言われた罵詈雑言の中に、その言葉があったのを覚えていた。嫌なら逃げれば良い……?そんな事は言われるまでも無く、とうの昔に思いついていた。それを自分から口に出せなかったのは僕にとって、それが最悪の最終手段だったからだ。

 

「嘘じゃない。保身の為に言わなかっただけなんだ。

……でも、夢の為ならそれを選択肢の中に入れざるを得ないんだ」

 

仮に、それを近い内に実行しようものなら僕は今まで得てきた物を、全ての繋がりを切り捨てなければならない。

本当の意味で自由を手にするために僕が捧げなくてはいけない代償は、今もまだ未熟な子供である自分にとって簡単には受け入れられないレベルで膨大であった。だから、今までこの手段を他人に提示する事が出来なかった。これ以外の方法を探さなくてはいけなかったのだ。

 

「そんな、お前が……」

 

「それでも、そうなったとしたら総介は僕の事をどう思ってくれる?」

 

この島から出ていこうとする自分を彼はどう思うのだろうか。正直、それを聞くにはかなりの勇気が必要だったのかもしれない。他人から気持ちを聞くのに恐怖を感じて動けなかった事は今まで何度だって経験してきた。けど他の誰でもない、今目の前に居るのが彼だからこそ、胸の内に少しの期待を込めて聞く事が出来た。

 

「……」

 

しかし、答えは直ぐには帰ってこなかった。空いていた口を紡いで顔を酷く顰めた彼は僕から目を逸らした。目の前のコンクリートの地面に落ちる視線を、その横顔を僕はただ静かに見つめるしか無かった。

 

「ん、こんな聞き方は迷惑だった、かな……?」

 

「そんな事ねぇよ、少し考えてただけだ。俺がお前だったら絶対に同じ事を言ってる。

…………ただ、俺が思うのは寂しいかな。想像なんかしたくないくらい、お前が傍から居なくなるのが怖いよ。

でも、それは俺の気持ちだ。お前がその道を決めたって言うなら、俺は応援する。どんな所に居ても俺はお前を信じているよ。

それでもし、外に出て不安になる事があったら何時でも帰って来いよ。島の風景が今と変わっていても、俺はお前の居場所で在り続けるから」

 

逸らした視線を再び僕の方に戻して彼は決意の籠った顔で熱弁した。心做しか声が湿っていたように聞こえたが、肌の上には涙は流れていなかった。

 

「これに関しては本当にどうなるかは分からないけど……総介がそう言ってくれるなら、もしそういう事になったとしても僕はちゃんとこの島に帰ってこられると思うよ……」

 

僕の事を前向きに思ってくれた事、僕が居なくなる事への気持ちを表してくれた彼に嬉しさと後ろめたい気持ちで心中を揺さぶられる。

もし、島を出るなら僕はこの暖かさを捨てなければならない。僕を信じてくれる、僕の事を思ってくれる数少ない人達を自らの判断で手放さなければならない。僕がここに居る事が出来たのは、彼等のお陰だと言うのに……

その気持ちを振り切れるのなら、自分は迷いなくそこを目指せるというのに。

 

「なら、その時が来たら出航の時も、戻ってくる時も俺が1番最初に出迎えてやるさ」

 

総介がベンチから立ち上がって、僕の方に振り返る。内に秘める寂しさをウインクする事で無理に誤魔化そうとしているのだろうが、その声はとても切なく聞こえた。

 

「……さぁ行こうぜ。もう18時だ」

 

総介が公園の真ん中に設置された丸い時計塔を指す。つられてそこに注目すれば、時計の針は17時56分を刻んでいた。確かにもう少し経てば18時……どうやら総介とはかなりの時間話し込んでいたらしい。白宮家の夕飯ももう時期といった頃だろう。

 

「そうだな」

 

こんな時間になるまでここに居るつもりでは無かったが仕方ない。それよりも帰りが遅くなって白宮家の方々に心配をかけさせる様な事は何としても避けなくてはならない。

内心少し焦りながらベンチから立ち上がって総介に同意するも、彼の方は赤黒い空を見上げて目を細めていた。

 

「どうした?」

 

「……なぁキリュウ。いきなりだが、明日はどんな天気になると思う?」

 

空を見上げたまま話を切り出す総介。さっきとは全く違う且つ、お互いにとって割とどうでも良い話題に僕は腰に両手を当てて、溜め息をついた。

 

「本当にいきなりだな……だけど、言えることは『さぁね?』の1つだよ。ニュースとか新聞で今日や明日の天気予報は見れるけど、あれは参考になるだけで実際はどうなるかは分からない。

自然なんて、人間の力ではどうにもならないんだ。そういう視線から見てしまえば人間はまだまだ小さな生き物って事なんだよ」

 

「やれやれ、やっぱりお前ならそういう物言いをすると思ったよ。変わらないな、キリュウは」

 

と、小さく鼻で笑う総介に僕は目を細めた。自分でも変わらない所や癖は自覚しているつもりでいるが、いざ他人から言われてしまうとどうも癪に障る。

 

「俺は、明日晴れるといいな」

 

「……晴れか」

 

弾けるように笑顔を見せる総介の言葉を復唱すれば、そのイメージが頭の中に浮かび上がってくる。青い空に白い雲、大きな世界に飛び立つ儚い小鳥達。そして緑色の大地を照らすのは、何時だって空に浮かんでいる、鮮やかな太陽の暖かな光。

……やっぱり僕には、それは似合わない。彼等の姿を見ているとそれが本当によく分かる。太陽は、純粋で輝く様に笑う事が出来る彼や彼女達の後ろに映るのが相応しいのだろう。

 

「お前らしいよ、総介」

 

 

 

 

 

ーBattle Spirits Act of Aggressionー

 

 

 

 

人は人の手によって人類が生み出してきた全ての繋がりを、動いている歯車を破壊する事が出来る。それをしようとした者たちの事を私は知っている。

しかし、それは幾多もの犠牲と苦難が待ち受ける航路を進んだ先に辿り着ける未来だった。

それを無謀であることを知らずに、人々はその手に櫂を持って、船を漕ぎ始めるのだろう。皆で行けばいつか辿り着ける。皆が居るから、待ち受けるモノに恐怖する事は無いと思い込むのだ………

故にそれを知る私は、そんな彼等を嘲笑えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「私はあの人に、あの子になんて顔を向ければ良いのだろうか……」

 

薄暗い小型輸送機の中。各所に設けられた小型の照明がそこを少しだけ照らしている。ふと、目の前の強化ガラスで出来た立方体のケースに手を当ててみる。ガラスの無機質な冷たさと滑らかな手触りを感じながらも1人、静かに短く呟いた。

 

「この時が、来てしまったのだな」

 

そして、徐に缶コーヒーのプルタブを開ける。孤独で静かな空間の中にカシュッと小気味良い音が響いた。湯気立つコーヒー缶、艦内に広がろうとする香ばしい香りを楽しむ前に、すかさずその黒い液体を口に流し込む。

深夜0時を少し過ぎた真っ暗な闇の中に煌めく星空の下……とは言っても、こんな場所からでは夜空を確認出来ないが、この時間帯の輸送機の中はかなり肌寒くて私の様な貧弱な体には相当堪える。故にこのホットコーヒーは身体に良く染みるのだ。舌を刺激する暖かいブラックのキリッとした苦味と豆のコク。そこに含まれるカフェインがより鋭く自分の意識を覚醒させてくれる。やはり深夜の作業をちゃんと乗り切るには、これとエナジードリンクが無いとやっていられない。いつまで経っても私という人間は、此処でないと落ち着けないらしい。

缶に入ったコーヒーを一気に飲み干した後、1つゆっくりと長い溜息をついた。コロコロと忙しなく周りの環境が変わり続ける中、激しく乱れる自分の心を唯一落ち着かせる事の出来る場所がこのガラスケースの傍なのだ。決して仕事をサボっている訳では無い。

こんなメンタルケアの方法を実施している私の姿を他人からの視点で見てしまえば、この性質に若干の奇妙さを感じるかもしれないが、人には人のやり方というものがある。故に、自分自身が心の内に思っていても、そうやって他者を否定する事は出来ない。

徐に厚めの上着の胸ポケットからタバコを1本と右ポケットからライターを取り出し火をつける。買うのは何時も吸うメーカーのもの。お気に入りという訳では無いが、変わることの無い有り触れた味に全身から少しだけ力が抜けたかのような安心の出来る浮遊感を覚える。フゥ〜っと緩んだ口の隙間からタバコの白い煙が漏れ出す。

ここに来て日もかなり長くなったと、自分の過去を振り返る日は少なくない。焦った様に慌ただしく動き、大声で怒鳴る様に命令をする外の作業員たちを見て、鬱陶しさを感じるのも見慣れた光景となりつつある。

今ではこの組織に馴染み、その中でそれなりに良い地位まで上り詰める事も出来た事を順風満帆だと感じる反面、最近では心の底から気持ち安らぐ機会は少なかったと振り返って、そう思う日々が多くなりつつあった。

 

「私の中の信仰心は、所詮こんなものだったという事か」

 

信じて進もうとする日々。組織が指し示した、来るべき日というものがいつ訪れるのかは誰にも分からない。その日に私はそこに存在しているのだろうか。その瞬間に私は立ち会えているのだろうか……

私も、あの者達も自分が行き着く先を想像出来ていない。私の中には、いつもそのような不安や不満がチリのように積み重なっている。信仰の中に救いを求めるも、その中に真の安らぎはあるのか?思想にのめり込み、更に追い求めようとする者の集団の中で私はそう思った。

私は元々、何か特定のものに対して深く信じ広げようとするタイプの人間では無かったが、この組織の存在を知り思想に触れた時、不思議にも特別悪くないと言うふうに感じることが出来た。いや、私の本質に合わせて表現するならば、寧ろこの世界の為を思うなら酷く合理的で真っ直ぐ過ぎる、実に興味を惹かれる思想だと感じた。だからこの組織が行き着く先を見たいが為について行ったのだ。

……それでも、信仰の対象である神を恨みたくなる時だってある。事態は私の知らない至る所で動き、それが回り回っていつの日か突然、自分に影響を与えに来るのだ。その時、それを皆は神の悪戯と表現する時もあるのだろう。

 

「しかし、これは悪戯が過ぎるとしか言い様がない」

 

何故こんなにも周りは慌ただしいのか。それは、この輸送機が間もなく出発する事を後に控えているからだ。そして、その行先はここより離れた小島。名は…………Dアイランド。私が生まれ、私が育ち、私が愛した昔の故郷が次の作戦が行われる予定となっている目的地なのである。

示された来るべき日を成就させる為であるとはいえ、自分がかつての故郷を実験の土台とする事に関しては良い気分であるとは言えない。だが、残り時間の少ない私には提唱した1つの仮説が本当かどうかを実際の目で確かめる為にはそれを実行するしか無かったのだ。

私は、その島に居る1人の男の子の事を覚えている。1度きりの、あの出来事を忘れられる訳が無かった。私の硬い指に触れた小さくて柔らかい手の感触。元気に甲高く泣いていて、可愛くも儚かった小さな命の手の温もりを。

仮説を初めて立てた日のその瞬間、その記憶が私の脳内に溢れたのだ。今なら丁度高校生になっている時期かもしれない。少しずつ大人に近づいていく姿を想像しながら実際に成長した姿を一目でも良いから見ていたいものだと、私はそう思ってしまった。

 

 

 

……私に、そんな資格なんて無いのにな。

 

 

 

あの子には特別な何かをしてやれた事は一つも無かった。

小さかった彼をほっぽり出して私は1人、自分の欲に流されるまま組織を追って島を去ってしまった。

今の彼がどうなっているなんて見当もつかないし、彼もまた私の存在を知っているなら、同じ事を考えているのではないだろうか。

ただ2つ、私の事を知っているか、知らないか……そのどちらだとしても、少なくとも私への印象は最悪だろう。

今更後悔した所で遅いというのは自分自身が良く分かっている事だ。私にとって、あの子が最後の血縁者の様に、あの子にとって私の存在はそうなのだ。あの時からずっと罪悪感を背負い、ここからどうすれば良いのかと自問自答を続けて来たが、結局その答えは見つからないままでいた。

 

「なぁ……私はどうすればいい?答えてくれないか、イデア」

 

強化ガラスに貼り付けられた[IDE-A]と記された金属タグを見つめて問いかけるように話しかけた。目線を上げれば、そこは特殊なガラスケース中。漆黒の闇に溶け込むような濃紺色の装甲が機内の照明でほんのりと照らされている。外見から圧倒的な存在感を放つ人型の機体は静かにそこで佇んでいる。イデアは何も言わず、ただそこで沈黙し続けていた。イデアには私の声は届かない。イデアは私に何も答えてはくれなった。

ガラスケースに背を向け、そのまま体を預けるように、もたれかかりながら床に尻をつける。先程の中身の無い缶コーヒーを傍に置き、それを灰皿代わりにして煙草の灰カスをそこに落とす。

答えが返って来ないのは何時もの事で、私がこうしてイデアに話しかけるのは単なる愛着から来ているものだ。兄の遺志を継ぎ、研究員として私は付きっきりで中途半端なイデアに出来る事の全てを注いできたからな。苦労した分思い入れがあれば、そういう感情を抱いてしまうのは当然の結果だろう。

外装、そして内部の補助システムの全てが完成した今、控えているのは本機の起動のみ。目の前に立つ、完成されたイデアの姿に清々しいまでの達成感を強く感じる反面、同時に心の中にポッカリと大きな穴が空いたような空虚な気分が後味となって私の気分を凍らせる。まるで今まで燃え盛っていた炎が小さく、段々と静かに消えていくような……そう、所謂燃え尽き症候群というヤツだ。探究心の塊である研究者としては、やはり心に来る切なさがあるというものも否定は出来なかった。

コイツに費やしたものが脳裏を過ぎていく。幾多の時間と金を掛けながら、我々はこれを切り札として、この機体の力を復元させる事に成功したのだ。組織が崇拝している、他を圧倒できる絶対無敵の力の象徴。その最高傑作だが…………

 

「いや違ったな。お前は答える側ではなく、答えを待ち望んでいる側の存在だったな」

 

そう、イデアは自らを纏い、動かせる肉体と力をコントロール出来る精神力を持った人間を待ち望んでいる。

イデアの起動が今でも控えとなっているのは、この機体の適格者を探さなければならないという極めて困難な問題が発生したからだ。真に完成では無い。この機体を人が纏いてこそ、本当のイデアの復活となるのだ。

当初、それを担う人間は組織のリーダーしか居ないと皆が思っていた。私も同じだったし、彼自身もそれ相応の力があるが故にイデアを扱える自信はあったことだろう。だが、事もあろうにイデアはリーダーである彼さえも拒み、こうして沈黙を貫いたままになってしまったのだ。

つまり、まだ1度もまともな起動さえも行えていないイデアは自らの力も示せず、本当の力を取り戻すことさえままならない状況にあった。

 

「お前は、いつまで待ち続けるつもりなのだ?イデア」

 

組織の人々は酷く落胆し、同じ研究員のチームメイト達は沈黙したイデアの前で膝をついて絶望した。機体が持つ課題を全てクリアし、念願を果たせる1歩手前で最大の問題に突き当たれば、そうなってしまう気持ちも分からない事は無い。

我々は思い知らされたのだ。真に厄介なのは、機体の方では無く機体を動かす人間側の問題だったという事を。しかも、その条件は不明であるという点で、我々は手当たり次第にイデアと繋がることの出来る人間を探さなければならなくなった。結局、組織内での適格者はおらず、思わぬ場面で足踏みを強制される事態となってしまったのだ。

組織の一定数からは、動くことの出来ないイデアをただの鉄のお荷物だと憤慨する者達も居た。また、心を折られ研究から降りるチームメイトの姿を今でも覚えている。そんな記憶の中でも特に印象的だったのは、適格者に最も近いであろうリーダーがイデアに拒絶された所を目の当たりにした時だった。その時は流石の私も無力感や絶望といった感情を感じざるを得なかった。

……しかしながら、私はつくづく性格の悪い人間である。彼には悪いと思うが、イデアの前で跪く後ろ姿を見た時に私は上記の感情をも超越して、とてつもないくらいの安心感に浸ってしまっていたのだから。

イデアは兄から譲り受け、私が主として完成させた言わば、兄弟の研究の結晶。それを何処の誰だか分からない馬の骨に簡単に取られてしまうのが癪だと思っていた自分が存在していたからだ。

とは言え、流石に動かないままで居られるのは私も困る。動いてこそ意味のあるイデアは彼等の言う通り、とんだお荷物状態だ。

 

「クハハ……私を弄び、困らせるのは楽しいか?だが、そろそろ目覚めてくれないと私の方が先に持たなくなるぞ?グ、ゲホ!ヴェホッ……!」

 

軋む身体、鉄の味が口内を染め上げる。小刻みに震える左手には赤……それを胸に当てて、私は少しだけ笑いながら、濃紺色の機体に笑えないジョークを飛ばした。

酷使に次ぐ酷使に関しては完全に私自身の責任となるが、その事に後悔は無かった。兄から託されたイデア……イデアの為につぎ込んだ私の身体と努力はこうして今、形となって目の前に顕現しているのだから。

この力は今の世界には存在しない、唯一無二のものだ。それについてはリーダーにも理解がある。自分が適格者では無いことに彼は動揺で顔を顰めてはいたが、頼もしい事に進んでイデアの起動を早めるよう手配してくれたのだ。

…………しかし、私はもう長くは持たないだろう。そう思い始めたのは確か、一昨年の冬の始まりからだった。私が生まれた始まりの島で最期の仕事を……それも悪くは無いのかもしれない。

 

「随分と探したが、やはりそこに居たか。またサボりとは関心しないな。サクマ」

 

物思いに耽っている最中、ハッキリとした低い男性声とともに私では無い規則的な足音が孤独な輸送機の中で木霊した。

 

「……人聞きが悪いな。持病持ちはもっと丁重に扱うべきだと思わないか?」

 

短くなった煙草を空き缶の中に捨て、私の正面に立つ高身長の男を見上げる。身長182.3cm、体重66.4kg。成人男性の大人びた輪郭からナイフの様な鋭い目つきの奥に光る青い瞳。黒く長い髪は首元で結ばれており、それは彼の腰辺りにまで細長く伸びている。細くも逞しい体を強調させる紺色のスーツ姿は特別な活動をする以外での彼のいつもの服装だった。

私との年齢差は10歳以上もある。そんな年上の人間にも、遠慮なく堂々たる態度を取る礼儀知らずの男に私はわざと茶化す様な軽い声色で煽り返してやった。

 

「ほざくな。メンバーからの制止を振り切って、イデアの開発に無茶を続けた結果、体を壊したのは何処の愚者( 研究主任)だ?」

 

だが男は私に鋭い視線を送り返し、両腕を組んで見せた。

 

「自業自得と君は言いたいらしいが、もう少し言い方というものに気を使ってくれても良いだろうに……誰にでも容赦の無い男だ」

 

「自己責任であると受け入れているのなら、俺はこれ以上何も言わんつもりだ。だが、電池切れと言うのなら、俺はお前とて切り捨てるつもりでいる。その事を忘れるな」

 

「威風堂々……そして孤高か。その姿勢があってこそ、ここまで組織が成長したのだな」

 

「俺は自分に手を差し伸べてくれた人の意思を継いでやっている。俺はそれを望んでいる。ならば、その道から外れることは決して許されない。貴様とて、そうであろう?」

 

「それでこそ、アイン・ザーム・カイトの在るべき姿だ」

 

淡々と表情1つも変えることなく冷酷な言葉を放つ姿にふとを笑みを零した。

……Einsamkeit、孤独の意味を成すこの言葉はそんな彼にこそ相応しいものだろう。孤独であり、孤高。神を信仰し世界を変えようとする我々の王はそう在らなくてはならない。

 

「目的の為なら冷酷にならざるを得ない。それが敵なら勿論。仲間であっても…………だが俺も人間だ。今はプライベートで良い。出発前に話しがある」

 

その言葉の後に彼の右手が私の方へ差し出される。私はそれを掴み、上へ体を引っ張られながらも立ち上がる。目線が急上昇し、彼の顔が真正面に現れた。

 

「不安は迷いを生む事になるぞ?マッケンジー君」

 

ユーリ・マッケンジー……それが両親から与えられた彼の本当の名前だ。そして先程私が呼んだ[アイン・ザーム・カイト]は我々が構成する組織の名であり、これを代表する者にこの名前が与えられる。

つまり、このユーリ・マッケンジーはアイン・ザーム・カイトを象徴する人間であり、それはすなわち彼等にとっての救い……故に彼は王なのだ。

 

「サクマ、お前の仮説がイデアの起動に繋がるかもしれないのは理解出来る。だが、あそこは敵地でもある。分かっている筈だ」

 

マッケンジーが私の左肩を掴む。私の体に気を使ったのか、それとも目的に対してリスクが多大過ぎる故にそれを嫌ったのか。何にせよ、これが彼からの最後の制止だろう。

長い事彼の姿を見てきたが、目的の為ならば排他的にもなれる彼が他人を心配する様なセリフを口にするのには、かなり意外に感じられた。

それは日々の会話や定期報告。研究等の積み重ねによる、ほんの些細な事から始まった互いの繋がりがそうさせたのかもしれないが、彼はまだ若い。若さ故に彼は人を捨て駒の様に扱えない。非情になりきれないのだ。

彼の言う通り、Dアイランドはある種の敵地でもある。この作戦には大きなリスクが伴う事も承知の上だが、それでも男にはどうしても譲れない情熱があるもので、そこに年齢は一切無関係だと私は思う。

 

「私の好きな言葉の中に背水という2文字があってね、背に水と書くんだ。リスクを背負ってこそ、人は大きく踏み出すことが出来ると私は思っている。

40を過ぎたこんな私にだって、せっかく頑固になれるものが見つかったのだ。ここで完成させなくては、私もこの組織も前には進めない。僅かでも可能性に掛けるなら、ここで臆病にはなれんよ」

 

真剣な眼差しを送る彼の最終警告を蹴って、歯を見せて笑ってやる。ここまでイデアと付き合ってきたのだ。やるなら徹底的に最後の最後までやらせて欲しい。途中で他の人間にイデアを任せてしまえば、それこそ中途半端ものだ。そんな終わりより、尽くして、尽くして……最後に真っ白に燃え尽きてしまう方がよっぽど良い。

 

「それに、こういう系統の作戦は参加人数が少数の方が小回りが利く。こちらには幸いペネロペがついてくれる。いざと言う時は彼女が守ってくれるさ」

 

ペネロペ。その人物の名を挙げた瞬間、平坦な顔で私の話を聞いていたマッケンジーの表情がさらに鋭く変貌する。

 

「彼女の精神状態は余りにも不安定すぎる。繊細な任務向きでは無い」

 

「彼女は私に懐いている。護衛としての彼女は強いし、君はそれを知っていて彼女を買っている筈だ」

 

「…………」

 

彼女の欠点を述べながらも、彼女を今まで此処に留まらせているのは彼の判断がそうさせている。私も彼も彼女の有用性はよく理解しているし、彼は私と彼女の信頼関係をよく知っている。故にマッケンジーはここで口をつむがざるを得なかったのだろう。

 

「そろそろ休憩も終わりだ。私も最終チェックに参加しなければならない。

マッケンジー、君の気持ちも理解出来るが、これが私からの最後の頼みだ……許してくれか?」

 

「……こうなった貴様は随分と頑固になる事は記憶している。ならば、もうこれ以上は止めはしない。貴様は貴様の思った事を成せば良い」

 

呆れた様に溜息を吐くマッケンジー。その表情に変わりは無いが、私に事を任せてくれる事を許可してくれた。

 

「しかし、あえて一つだけ言っておく。貴様に死ぬ事は許可しないぞ……キリエガ」

 

私から背を向けて輸送機を降りようとする直前に彼は足を止めて最後の最後に私に釘を刺した。鋭く圧をかけるように睨み付けてくるが、その声色は何時も聞く声よりも若干の優しさが籠った柔らかさを感じた。私はそんな彼に答えるように微笑みを返して首を縦に振る。

仏頂面で孤高な一面を持っているが、その中にほんの少しの不器用な優しさを見せる君は、やはり1人の人間なのさ。

 

 

 

 

 

どんな性格の人間であれ、そこにある感情には決して悪いものばかりが入っているわけでは無い。

しかし、感情のコントロールの方法は人様々なものであり、色んな感情を表に出せる器用で賑やかな人間もいれば、彼の様な不器用な人間も居る。

そんな人間達の居る世界の中で、私は前者よりも君の様な後者がより人間らしさを感じさせてくれる面白いモノだと思っているよ、マッケンジー君。

 

 

 

 

 

ーchurchー

 

 

 

 

 




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[episode 4 calling you]
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