Battle Spirits Act of Aggression 作:えむ〜ん
それはそれとして、ついに自分自身が納得のできるスタイルでepisode 5の投稿に着手することが出来ました。亀更新ではありますが、楽しんで頂ければと思います!
言葉は天から恵まれた、人間にしか持てない特別な生命の声と言えるだろう。
太古より人は言葉を交わし合い、自分の在り方を他人に伝え、他人の在り方を見聞きし、理解することでお互いが繋がり合う。人と人との間、その初歩はそんな些細な事から紡がれてきた。
そして、その中に感じる心があるからこそ、人は誰かに好意を抱き、誰かに対して酷く嫌悪する。
意見の食い違いや自らの信じるモノの違い、どうしても譲れないものがお互いにある時……そうなった時に人は次にどんな行動に移るのか。君はそれを知っているんじゃないのかい?知りながらもそれを受け入れるしか無いのだろう。
人の本質はあの時から、1歩も前に進んではいないのだから。
自分の心が憂鬱な気分から開放されるのは、一体いつになるのだろうか……
授業の真っ只中にも関わらず、ふとそんな自分を客観視したかのような雑念が頭を通り過ぎた。それでもなお、自分の目は黒板とノートを交互に行き来し、耳は先生の声に集中。右手に持った4色のカラーボールペンは机いっぱいに広げられた白紙に色を着け、ノートの質によりハッキリとたメリハリをつけていく。
今まで通りに勤しんでいた授業を受ける自分の姿勢。変わることのないいつもの自分がそこに居る。それなのに、自分の体と行動に対して、肝心なはずの心は、それとは別の場所をゆらゆらと彷徨っているみたいだった。
カチッと時計の針が1つ、また1つと進む度に自分の胸がザワついて気分が落ち着かない。6限終了の鐘が刻一刻と迫ってきているのだ。何かに後ろから追われているような焦りと恐怖で額から汗が吹き流れる。
願えるのなら、このまま時間が止まって欲しいとさえ思ってしまうくらいに、今も尚進み続ける現実を直視出来ない。有り得ない事だと頭で分かっているが、現実逃避ぐらい、僕にだってやってしまう気分にもなる。
普段は誰もが待ち望んでいる事の筈なのに、今日の日は待ち受ける鐘の音色がこんなにも恐ろしいと思ってしまったのは、初めての事だった。
でも、決して彼女の言葉を信じていないという訳では無い。
今まで聞いたことの無かった、あれだけの言葉と覚悟を。自分も彼女の持てる強さに100%の気持ちで後ろから見守りたいのだが、どうしても先にある不確定な未来に拭え切れない不安を否定することが出来なかった。
そんな気持ちに板挟みにされて、授業に集中出来るコンディションでは無い筈なのに、それでもやらなくてはいけないことをやっている。行動と考えが一致しない不安定さ、自分が貫こうとする信念と今の自分の心情が変にぶつかり合って、とても正常では居られないくらいに気持ちが悪かった。
それを少しでも誤魔化せるようにと、頭の上にかけられた真っ白なタオルを左手で強く握り締めた。暖かくて、優しい匂いがほんのりと自分の鼻を擽る。これは総介が僕に貸してくれたものだ。
ロクに頭さえ拭けないままなので、濡れた状態で教室に入った時には教師を含めた生徒の皆からには酷く驚かれ、注目の的にされたものだ。授業に遅れた事への申し訳無さと情けない姿を晒してしまった事による羞恥心に苛まれる中、真っ先に席を立って僕の方へと駆け付けてくれたのが、総介と美緒だった。
白い目を周りから感じる中、目の前にいる3人だけが自分に対して心配の眼差しと言葉を向けてくれた事に嬉しさを感じながらも、荒んだ心を表に出さないように大丈夫と一言だけ伝える事にして今に至る。
「おい、霧衣賀。ここで5ページ、7行目からの一文を読め」
教卓に立って授業を進めている男性教師から突然呼ばれる。どうやら、いつの間にか順番が回ってきていたらしく、今がその時ということだ。
がんじがらめな思考のまま、黒板の方へと向けていた視線を少しだけ右にずらせば、一瞬だけ教師との黒い視線が噛み合った。
それにしても、随分な鋭い目と冷淡な命令口調で言ってくれるものだ。さっきまでの生徒達にはそんな振る舞いなんて一切見せなかったというのに。ここまで態度に出る程、自分という人間が気に食わないらしい。
十中八九、試験の踏み倒しの件なのだろうが、今の時点であれだけ生徒との間に自分の話が広がっているのだ。ましてや人の成績を閲覧できる教師の目と耳に入っていても、なんらおかしい事ではない、ということか。
彼の担当科目が歴史ということで、バトルスピリッツに関する出来事も触れる事もある。それもあってなのか、それを拒む自分を社会の不適合者として雑に扱おうとしているのが丸見えだ。子供も子供で……というのなら、大人もまた同じ様に俗人がいるということだ。大人にさえなれない自分も含めて……な。
「分かりました」
自分の黒い感情を押し殺して、動作に移る。目は黒板から手元の教科書の方へ、そしてページを確認する。教師が指定した一文を指でなぞりながら、軽く目を通す。
その部分は僕が昨日の空き時間に予習として見ていた、とある出来事についての事だった。
「[アイン・ザーム・カイト発足 ]……これは30年前の9月22日。Dアイランドにて起きた、宗教団体による襲撃テロ事件の総称である。
集団はアイン・ザーム・カイトなるものを主神として信仰する団体であり、突如としてその名を挙げた組織はこの島に攻撃を行ったという。
当時の自衛部隊の徹底抗戦により、これは鎮圧されるが、当時の被害は死者129名、行方不明者53名。そして、島の保有する十二神皇の5柱が戦闘により奪われ、失われてしまうという甚大な被害を受けてしまった。
以降、その宗教組織の活動等は確認されず、今日まで至るが彼等の目的と侵攻の動機は未だ不明のままに、この事件はDアイランドで起こった大規模テロとして記録されている」
謎の組織、アイン・ザーム・カイトの台頭。具体的な目的も示さず、島を攻撃し、その後に消息を絶った嵐のような宗教団体。教科書に記載される程、その団体が与えた島への影響は大きかった。
教科書だけの出来事でものを見てしまえば、その内容はいまいちパッとせず、薄っぺらいものだと感じてしまうだろう。しかし、ここで重要なのは彼等が秘匿している目的である。何故、アイン・ザーム・カイトは誕生したのか。何故島を襲ったのか……その理由がこの島にあったのか、それとも単に組織内の目的として、この島を生贄の様な事に利用しようとしたのか。
自分達の想像力が試されるところではあるが、しかし。島を攻撃出来るほどに力を持っている団体であれば、その規模も目的も過激で大きいものだろう。つまり、目的の為になら手段を選ばない組織が、ただ殺人と略奪の為だけに島を攻撃するとは考えにくい。きっと、そこには何としてでもやり遂げなければならない彼等の願望がある筈なのだ。
とはいえ、その組織の存在が今や確認出来ないままで島の調査役の大人達も解明が頓挫してしまった以上、気になって深追いする事は極めて危険だろう。結局、肝心の目的すらも分からないままという中途半端な状態でこのテロ事件の幕は閉じている訳だ。
謎が多いままの事件だが、あの死者数から考えれば、死因の分からない父も母も、このテロ活動に巻き込まれて運悪く死んでしまったのかもしれない。可能性としては有り得るだろう。だからもし、そうであったとしても、僕はきっと首を縦に振って納得出来ると思う。
「そこまでで良い。さて、皆さん。ここで理解はしていると思うが、何故我々が今の世の中になって軍備を強く施したのか、その背景にあったのがこのテロ活動により起こってしまった惨劇にある。
いつ、どこで起こるのか分からない悲劇から市民を守る為、平和を維持する為には大きな力が必要とされている。
よって、次に政府はこの島の自由を守る、正義の剣として、治安維持部隊所属 特務隊[十二騎士の神卓]を設立されたのだ」
起きてしまった惨劇、自分達の過ちを元に戻す事は出来ない。刻まれた時の過去は傷として人々の心に永遠に残り続けるものである。それでも人はその過ちから、もう2度と繰り返させないようにと考えを分かち合える術を持つ生き物だ。
[十二騎士の神卓]はこの島の守神と崇められている十二神皇と呼ばれる特別な神を運用するに値する精鋭を集結させた部隊である。と、ページ4から続く文章にそう記されているが、バトルスピリッツの軍事転用に関するものであるという事は想像に固くない。
しかし、その肝心な十二神皇とやらが、さっきのテロ事件で5柱も失われているというのがなんとも皮肉めいた話であり、情けない事にその事実を指摘されれば現在の治安維持部隊の人間達もそれを否定することは出来ない。
「ここの流れは極めて重要な項目になるので、しっかりと覚えておくように。
後、これは余談ではあるのだが、[十二騎士の神卓]のメンバーは今年に任期を迎え、現在は再編成の真っ只中だ。候補者の選定は今年卒業された各中等部の成績最優秀賞に選ばれた者に十二神皇と専用デッキ、証明書が発行されるようになっている。
もしかしたら、ここに集まっている君達の中に名誉ある正義の騎士がいるかもしれないね」
全く……物は言いようだ。まるで他人事の様に呑気なトーンで話す教師の声を小耳に挟みながら教科書に赤い色の水性ペンで、その文章にチェックを入れてから小さく溜息をつく。
十二騎士の名を高々と掲げるにしては、些か人手不足……いや、神不足なせいで名前負けをしている印象が否めないな。
だが、こういった名称というものは人々の精神的安心と島の平和を守る強い意志を象徴するものとしての所謂、プロパガンダという位置付けでメディアへ向けてインパクトがあるものを部隊に名付けたかったのだろう。市民への信頼に応えるという点に重きを置くのなら、その名前はピッタリかもしれないが、一市民として厳しく評価をしてしまえば、それはただ虚勢を張っているに過ぎない。そんな脆弱とも捉えられかねない軍隊が人々を守れる盾になるとは、僕には到底思えない。
しかも、島の上層部はその候補者を島の未来を守らなければいけない大人達からでは無く、まだ責任を果たせる力さえも怪しい未熟な子供達を選び、その重責を上から押し付けようとしている。
……巫山戯るな、それの何が名誉ある島の騎士か。関係の無い子供達を戦いの道に引っ張り出しておいて、あまつさえ島の救世主だと大いに祭り立てるつもりなら、それは祈りでも希望でも無い。それこそ身勝手な大人が我が身可愛さで子供達に課した呪いだろうに。
そうやって子供の未来を定めて起きながら、その面でどうして正義と自由の為にと胸を張って語る事が出来るんだ。
ーーーと、このタイミングで授業終了の本鈴が教室に鳴り響いた。さっきまで思考の海に沈めていた意識が不意に出た心地よい快音によって急激に釣り上げられていく。
「良いタイミングだな。内容も丁度キリのいいところまで進めたので今日はここまでとしよう。今日の授業はこれで終わりだ。担任の先生が来るまで、騒がずに下校準備をするように」
スムーズに授業が進んだからなのか、少しご機嫌な声を弾ませる教師。彼の右手の方に注目すれば、先程までに教卓に広げられていた複数冊の教材が綺麗に畳まれて、その手に収まっていた。
いつもなら長く感じてしまう授業も、今日だけは一瞬の時のように過ぎ去ってしまうようで、50分間の現実逃避も束の間だった。その後に強烈な現実感が叩きつけられると同時に、この先に待つ彼らの決闘を意識してしまう。
決して、誰も時間の針を止めることは出来ないんだ。現実から目を背ける事は出来ても、逃げ切る事は出来ないのが世の常だ。結局は、その無駄な行為が余計に自分自身の心をより多くすり減らしてしまう結果に繋がってしまう事に肝心の本人は気が付かない。
それをするのに手一杯なのだから。それが嫌だと言うのならば、自分自身で心さえも消してしまえば良いさ。そうすれば、苦しみも憎しみも、生き続けなければいけない事への辛さも感じることは無くなるだろう。
しかし、感じる心を無くした上で人間は真に幸せの舞台に立てるのだろうか……
周りは皆、下校の為にせっせと準備をしているのに自分の手は全く進まないままでいる。こんな事、今まで無かったのにな。
そう思ったのも束の間。このままだと1人教室に取り残されそうだが、そういうわけにはいかない。そんな使命感から手を動かしだして、ふと教室の窓に写る空を見上げる。
「……今日は、1日中曇りだったな」
ポツリと誰にも聞こえないように、1人で呟く。窓の外に広がる自由には、白と黒の混じった巨大な雲海が太陽の光と蒼穹を完全に遮っており、その暗がりが僕の方に影を落とし込んでいた。
自己嫌悪だった。それがまるで自分の心の写鏡の様に太陽の光に照らされることの無い自分自身の姿を表している様に見えて、反射的に目を細めた。自分はそういう人間には決してなれないのだと、現実を突き付けられた気分だった。
全てが思い通りに行けば人は不幸にはならない。でも、そんなご都合なんてものはここには無い。思い通りにならないから人は不幸になってしまうのか?
昨日の夜、彼が願っていた晴れ晴れとした空模様は残念ながら叶う事は無かった。これが、ほんのちょっとした有り触れた願い事だったとはいえ、結果として現実とはそういうものの積み重ねによって大きく直結していくんだ。
……でも、そうであったとしても、この世界には叶わない事の方が余りにも多すぎる。
「行くしかない。分かってるさ」
すっかり静まり返ってしまった教室の扉に抵抗を覚えながら手をかける。僕の手を取ってくれた彼女の姿が、その微笑みが、頭の中で淡く残り続ける。
胸に指した一筋の希望とは裏腹に、彼女への心配にどうしても心が苛まれてしまう。誰も居ない教室内の中、暗然とした気色の悪い湿気が自分の憂鬱な心を後押ししていた。
ーBattle Spirits Act of Aggressionー
大体育館は、このD3高等学校が持つ私有地をふんだんに利用して建設された、巨大な多目的体育館である。用途別にそれぞれのスタジアムが別々に分かれており、舞台演技から室内競技や球技。更にはバトルスピリッツの実習もこの1施設で行えるという万能性を誇っている。
この学校が特別優秀な高等学校と評されるのも頷けられるレベルで、ここの施設は高水準なものが多く揃っているという事だ。この島の数ある高等学校の中で皆がこの学校に入りたがるのも理解は出来る。
「外見のインパクトにも驚いたけど、こういうものってやっぱり中の施設が凄いんだよなぁ」
「本当に、こんなに大規模な体育館は初めて見ましたよ」
唐突な会話の始まりは実に緊張感の無い、呑気で有り触れた世間話からだった。僕の前を歩きながら話している蒼騎 総介が大体育館のバトルスピリッツ専用ステージの入口を見ながら感激の声を上げている。そして、それに応えるように僕の左隣を歩く天宮 美雪が白い髪を揺らしながら2回ほど頷いた。
このスタジアムには楕円型の対戦専用のステージとその周辺を取り囲むように観戦者用の座席が用意されており、尚且つ大多数の生徒がこのスタジアムで同時に対戦、観戦が出来るようにと、その組み合わせがAとBでナンバリングされた縦2列で横方向に並列されている。まるで規模を小さくしたコロッセオのようなものが大量に建設されているという、何とも現実と乖離しそうな異質さを感じさせるこの空間こそが、このD3が誇る最大級のバトルスピリッツ設備……という事らしい。
この体育館が大体育館と呼称される最大の所以もこれであり、敷地の半分以上を占めているのが、この専用スタジアムという訳だ。
「島の中だと、1番凄いのがここなんだよね!」
そして、それに便乗するかのように総介の左隣を歩く白宮 美緒が賑やかな輪の中に入っていく。
現在、自分を含めたこの4人は、天宮と日向の決闘を行うに際して指定されたバトルステージに向けて足を進めている途中である。
右を見ても、左を見ても、自分の視界に広がるのはバトルスピリッツが行われているであろうスタジアムの入口が並んでいる風景で変わりない。
目に煌めくような輝きを見せる3人の姿を影に、1つ溜息を漏らしながら彼らの背中に着いて行く。自分を含めた3人のオールド・センチュリーに対して、ネオン・センチュリーの女の子が1人という中々に異様な空間が展開されているのだが、そんな和気藹々とした3人の姿を自分はただ、少し離れた場所から黙って見つめるだけだった。
「昔からここは名門校って言われてましたからね。流石の一言に尽きますよ」
そして、にこやかな笑顔を返す天宮。
なんだか、彼等の事を違う世界の視点から見ている様で異様な距離感を覚えてしまいそうだ。
今の自分が、いつもの様に会話の中に入れるとは到底思えない。そんな気楽な気分では居られなかった。天宮の運命が今日で唐突に決まってしまう大事な試合を前に、何時もの調子で話していられる彼女の姿が気になって、僕の方が焦ってしまって仕方が無いのだ。
「どうだ、キリュウ。何か興味を引くものとか、あったか?」
いつ聞いても奇抜が過ぎる自分の渾名が両耳に違和感を残して走り去っていく。
「あ、あぁ…………そうだな。まぁ、施設の構造とか技術とか、そういうのに関しては感心出来るものがあるというのは否定出来ないな」
思考の渦に囚われたままの自分にとって、彼の口から不意に放たれたそれは非常に心臓に悪いものがあった。反射的に情けない嗚呼を零してしまったがしかし……これが続く限り、いつかは聞き慣れて受け入れてしまうのだろうという諦めは実に認めたく無いものだ。彼の素朴な質問に対して辿々しい言葉の返し方をしてしまった原因は前述のそれのせいだ。
余裕の無い心持ちに、出来ればこちらに話を持ち掛けて欲しくは無かったのだが、その言葉が口から吐き出される手前でグッと抑える。
友達だと、心の底から認め合える人達に気を遣わせたくなかった。その為に事務的に言葉を返してしまうことに内心苦しくは思うが、これも仕方の無いことなのだろう。
「結君ってば、やっぱり着眼点はそこなんだね」
「バトルスピリッツの施設という1点だけに目を瞑れば必然的にそうもなるさ」
「結君は昔っから、そこだけは変わらないよね。らしいっちゃ、らしいけど……」
見慣れた自分の姿。今も尚、変わることのない自分への呆れからか、1つ小さな溜息をつきながら少し引きつるように乾いた声で笑う美緒。
止まらない時間の流れ、変わりゆく周りの環境と人々の中。それでも、いくらの時が経ったとしても人には変わらないものがある。変わるつもりは無い。変わりたいと思ってしまっても、もう変えられないのが今なんだ。
川の流れに逆らえない、ちっぽけな魚の様に自分はそこで藻掻くことしか出来ない。過ぎ去った時を遡る事なんて、そんなものは何処かの誰かが作った、御伽噺だけのものだ。そこに残っているものは、いつだって間違った後悔だけなのだから。
「どんなものであっても、どんな場所であっても僕のそれが変わる事は無いよ」
変えられる機会は、とうの昔に過ぎ去ってしまっていたんだ。人の進む先、その前方には幾つもの道があり、僕らはそれを選び進む事が出来る。そして、その権利は誰もが持っている永遠のもの。それを生かすも殺すも自分次第だ。
この事において、自分という人間は後者であることをちゃんと理解はしている。自分の未来を潰してしまったのは紛れも無い自分自身の手によって、なのだと。
「ホントにお前らしい評論だよ。キリュウ」
「……いや、済まない」
何とも言えない妙な空気感からか、特に含みの無い謝罪が漏れだした。
別にこれが癖になっているという訳では無いのだが、この空気を作ってしまったのがあたかも自分の発言がそうさせた様に感じて、少々の気まずさを感じてしまう。
不思議そうに僕を見る蒼い視線もそうだが、やはり自分とはつくづく会話の引き出しの少ない人間である事を強く意識してしまう。
「なんで謝んのさ」
そんな中、フッと笑いながら此方に少しだけ顔を向ける総介。
「……僕の言葉で、皆を不快にさせてしまったかなって、思ったんだ」
「そんなの気にするかよ。お前は、いつでも信念を貫き通す霧衣賀 結薙でいいんだ。
今はさ、そういう気分じゃないってのは分かってるけど、こうやって聞いたのはこんなに大規模なのを目にしたら流石のお前も驚くんじゃないかなって思っただけなんだよ」
その顔に影を落としながらも最後にはいつもと変わらない軽快な声を響かせる。今回の件は僕があんな状態で教室に入ってしまったこともあって、総介と美緒に全てを自白せざるを得なかった。
経緯を話した、その時に見た2人の険しい顔が脳裏に残り続ける。悔しさと憤りが複雑に混じった感情が顕になっていた。2人があぁ言いながらも着いてきたのは、それが理由だった。彼のことが許せないんだろう。
こんな自分でも、理解して受け入れて、守ろうとしてくれる人が居る。たとえ自分の中の曇天が消える事は無くても、それでも僕は、そんな相手がいるから感じた事をハッキリと伝えられるのだろう。
「……単純なんだな。そこに間違いは無いよ」
しかし、彼の口から出た動機は意外にも子供っぽい思考のそれだったことに少しだけ呆気に取られたと同時に、柄にも無く笑みを零してしまった。
「でも、同時に思ったんだ。こんな技術があるんだって言うのなら、それをもっと他の事に応用できれば島にとっても、より良い方向に向かって行けるんじゃないかって物申したくなるけどね」
何故、島のお偉いさんはそれを行おうとしないのか。バトルスピリッツに関するこういった技術を見る度にそう思うのは、人類が自分達の技術的進化の機会をみすみす逃している様に見えるからだ。
人の上に立つ者がこの世界を想い行動する事は当然でなければならない。ならば、人類の健やかな生活や未来を保証させようというのに、バトルスピリッツよりも優先すべき事がある筈なんだ。
「……いや、僕が言ってしまうのは違うかもしれない。何も出来ないのにな」
そう考えて、しばらく経って、どうしようも無い自分と自らの情けなさを晒している事に気付く。
「そんな事言わないでください。霧衣賀さんの考え方だって島を良くしようと思っての事でしょう?」
「そう信じていたかったって気持ちも、きっと青い自分そのものなんだよ」
そう言った自分の目には誰の姿も映してはいなかった。通路の天井へと呟いた声は静かに自分の方へと跳ね返ってくる。
どうだったかは今ではもう分からない。きっと、あの時の自分は唯一の特別になりたかったのかもしれない。でも現実は厳しくて、何もかもが大人相手にとっては甘く見られていたんだろう。想像力さえ、まるで足りていなかった。
堂々と未来を語るには僕はまだ未熟な子供なんだと、それを身と精神をもって思い知らされたような……そう、皆に置いてけぼりにされたような虚無感がこんな高校生になってしまった自分の中から未だに抜けきることは無かった。
「僕の思うそれは、誰かに望まれなくちゃ意味が無い事だって、最初から分かっていた筈だったんだ。
島の未来の為にとか、この先の技術の進歩だとか。そういうのを幾ら自分の頭の中で考えて主張したとしても、最後の最後に必要になってくるのは結局、大勢の誰かの気持ちなんだ。
島の人達を見ていれば自然に分かるんだよ。彼等はそれを望んでいないんだって」
幾らその思想が誰か1人に立派だと思われようとも、所詮はそこには無い空想の世界。
これは他人から望まれて、必要とされる事で初めて意味を成す事だ。島の在り方と僕への扱い。理由は既に全て可視化されており、そこから分かる事はただ1つ……
「それに日向みたいに、こんな考え方をする僕を徹底的に排除しようとしている人間の方が多いんだ。つまり、そういうことなんだな」
自分という人間はこの島にとって必要の無い存在であるということ。そして、今まで受け継がれてきたバトルスピリッツをこれからも優先し続けるという意思表示でもある。
これを受け入れられない者は島の人間では無い。それが彼等からのメッセージであることに変わりは無いのだ。
だが、既に構築されたバトルスピリッツに対する自分の意思は、それを簡単に受け入れる様な器用さを持ってはいない。自分の居場所はもう此処にしか他は無いというのに、それを知っていながらも。
ならば、甘んじてこれを受け入れるしかないだろう。自分で自分に呪いを掛けていると言われても仕方の無い事を僕はやっているんだ。だから、ふと後ろを振り返って、そうだったとしても今の僕は、まだ此処に居なければならない。此処を出るまでの間は……自分が胸を張って前へと進められる、その日が、いつか訪れるまでは。
「それでも、どうしても変われない。変えられないものがあるんだって知ってしまったんだ。それが例え、そこにあって無いようなものだったとしても」
「霧衣賀さん……」
「すまない。さっき僕が言った言葉は全て忘れて欲しい。こんな人間には成りたくなかったんだけど、僕にはもう、これしか思い浮かばなかった」
話せば話すほど、自分は他者に哀しみを撒き散らしてしまう。その上、悲痛に沈む皆に対して自分はただ謝る事しか出来ない。
僕の謝罪を皮切りに誰もが話せなくなった重苦しい静寂が幕を開けてしまう。そんな重圧がのしかかる中、自分がやってしまった事を改めて思い返してみれば、本当に酷いものであると痛感するしかなかった。
仕組みの深さを知って、無力である事を知って変わり果てた自分。夢を見て、自分の意のままに駆け抜けようとしていたあの頃はどんな風に輝いて見えていたのだろうか。もう、そんな憧景も濁りきった心と目では、色褪せて見えてしまうのだろう。
前を向いて歩き出そうとしている人達を前に、自分は自身の中にある闇を曝け出す事しか出来ない。そして、今の自分に出来る事は何も無いと勝手に1人で絶望し諦観する。
いつの間にか、自分の懐にあったものはドロドロとした醜さに満ちてしまっていた。その事実に愕然すると同時に、自分自身に対する失望を抱いてしまう。
知る事は人を、自分自身を成長させてゆく素晴らしい事なんだ。知識を得る事で自分の出来る事、今の世界を生きていくのに必要な自分を構築出来る。それが自分のやらなければいけない事であり、自分を助け、支えてくれる人への恩返しの一部であると信じている。
だけど、こんな事になってしまうのなら、いっそ無知であった方が幸福だったのかもしれない。
……いや、最低だろう。これはヤケクソだろう。無責任だろう。一瞬、脳裏を過ぎったその思考をすぐさま黒く塗り潰す。
知りすぎる事で起こってしまう不幸。知らなければ良かった事実。それらが自分の心を酷く蝕もうとしても、それは今まで歩んできた自分の道を全て否定する破滅的な思考だと理解して、推し留めていた言葉だ。決して、自分はそこに足を踏み入れてはならない、絶対に到達してはいけない場所だ。例え今の自分がそこに近い場所に立っていたとしても、望んで知ることを選んだ自分の選択を今更になって後悔してはいけないんだ。
自分自身に釘を刺すように、その言葉を向ける。どんな事があっても逃げないように、自分の道を踏み外さないようにする為の自身の心の中に錨として打ち刻む。
変えられない事を変えようと思考した。全てが変えられなくても自分だからこそ出来る、そういう生き方をしたいと心から願った。その身勝手の結果、これが自分に課された贖罪だというのならば、厳しくて辛い現実の中で、このまま進み続けるしかないんだ。
その事で、今まで受け続けた痛みや突き付けられた言葉や気持ちを僕は死ぬまで、忘れたりはしない。
歩を進める足は止まらないまま、目線だけが自然と下の方へと下がっていく。
静けさの中、今両耳に聞こえるのは地面を蹴る4人の不協和音のみ。そんな空間がより気まずさを加速させ、居た堪れない気持ちが段々と膨らんでいく。これが自業自得である事は分かっている筈なのにな。
「でも、俺はそれでもって言い続けるよ。俺は、俺達はずっとキリュウの味方だ」
自分の左肩にそっと暖かい手が触れた。複雑な気持ちを孕んでいるのだろうか、ぎこち無い話し方に聞こえてしまうが、それを感じさせないように微笑む総介。
こんな事しか言えなくなってしまったにも関わらず、彼は前向きな言葉で僕の肩を支えてくれる。「ありがとう」と、自分のことを受け入れて隣に立って歩いてくれる彼らに純粋な気持ちでそう言いたかった。
だが、彼らは僕の顔の裏側にある本当の気持ちを知らない。それをさらけ出してしまったなら、彼らは本当に僕の目の前から居なくなってしまうだろう。
これは、彼らが今まで僕に与えてくれたもの全てを僕自身が否定して拒絶してしまうものだから。そんな、ある種の狂気的なものを内に隠しているのが、それが怖いんだろう。
こんな事を思ってしまう自分は本当に勝手な生き物だ。それなのに、自分を許してくれる彼らの優しさが余計に響いてしまうからこそ、僕は僕に出来る事を探して、実行して守れるようにしないといけない。
……それでもし、自分が彼らの隣から消えるような結果になったとしても、それでも構わないと胸を張って言えるだろう。
「え、えぇ……?なんか外の雰囲気とは全然違うよね。なんだか、急にSFの世界に迷い込んじゃったみたい。本当にここがバトルステージなの?」
天井に設置された真っ白な照明が無機質な黒1色で塗られた壁と床を怪しくも照らしている室内。外に広がる美しい世界とは乖離されたかのような、妙に異様な光景に驚愕と不安により声を震わせたのは、総介の後ろに立つ美緒だった。
かくいう自分もこの目に悪い色の組み合わせのレイアウトには思わず目を細めてしまうが、そこは最早、軍事施設の一角と言われても疑問は浮かばないだろう。心臓を上から押し潰しそうな重厚感から、まるで逃げ場の無い監獄の中にでも閉じ込められた様な気分だ。
その緊迫した空気が今にも張り裂けそうな自分の心に追い討ちをかけてくるみたいで、それがとても不愉快だった。
「正確には、バトルステージA-5の受付エリアですね。対戦前と対戦後の報告等はここで行わないといけないようです」
全生徒に支給された携帯端末を人差し指で操作し確認を行っている天宮が次に顎に手を当てながら、まるでお手本のような説明で美緒に答える。気になってしまう彼女の、その声色に緊張という2文字は全くもって無さそうに聞こえた。そのくらい、彼女の姿勢と表情は淡々としていた。
彼女の説明通り、このエリアは先程の通路とステージを繋ぐ出入口をくぐり抜けた先に設けられた、受付と選手達の待機を兼ねた場所である。[A-5]というナンバーは、シンプルながらバトルステージの番号をそのまま指し示しており、A列の5番目のステージの意味を持っている。
そして、その部屋の名の通り、正面奥のスペースには選手をステージに上げる為のリフトが2セットも設営されている。それらが他者の勝手な侵入を防ぐ為に黄と黒が交互に混ざった安全表示模様に塗装された鋼鉄仕様の棒状ゲートと、水色の透き通るようなガラス製のメインシャフトが、リフトを囲むようにして2重で閉ざしている。
「なるほど、如何にも良いもん使わせてもらってますって感じだねぇ……ここの総合成績にはバトルスピリッツの戦績も含まれるんだろ?だから、登録された勝敗が細かく反映されるようなシステムも、この場所と連携されてるってことか。中学の母校とは、えらい違いだよ」
天宮の説明を耳にした総介が値踏みするような眼差しで向こうのリフト装置を眺める。その後に大きく溜息をついた。
携帯端末のデータベース内にある、大体育館の取り扱い説明書。その内容には、バトルステージを利用して対戦を行う場合は事前にステージの管理局に具体的な利用目的を明記し、予約申請を通さないと施設内でのバトルスピリッツが行えないという厳正な仕組みが構築されている。
と、補足として僕を含めた3人に細かく説明をしてくれる天宮に無駄な丁寧さを感じるものの、自分としては、こんな事に湧いてくる興味など微塵も有りはしなかった。
しかし、情報というものは意図せずに目と耳に入り込んでくるもので、いざ聞いて見てしまえば、なるほど……などと、喉を唸らせてしまう部分もあるものだ。
広大な土地を利用した大体育館。設備されたバトルステージにも数に限りがあるし、取り合いとなれば、それ以前の問題にも発展する恐れもあるだろう。そして、なにより島の最先端技術を活かしたシステムがそれ等のステージに組み込まれているというのなら、子供達の無邪気さが招くかもしれない危険を未然に防ぐという意味でも、そのような厳重な管理が最適であり、必要不可欠であることが容易に想像出来る。
ふと、堅苦しいと思えてしまうルールの中には、それを利用する者達への確実なる安全を保証する為の緻密な考慮がなされている。
だが、殆どの人間はその本質を見抜けずに、ただ面倒な事だと無駄口を垂れ流しながら、ぐだぐだと手続きを行うのだろう。
「とは言え、こんなにも最新技術の導入を徹底している所を見せられたら、学問よりもバトルスピリッツがメインなまでありますよね」
総介の呆れ具合に同情するかのように天宮が苦笑する。
「そういう場所だから、なんだろ?こーいうのがあるんだったら、最初っから導入してくれたら良かったのになぁ」
全く、今の御時世は随分と便利になったものだ。などと、まるで老人の様な言い草で総介が付け加えてボヤいた。
中学のシステムがどんなものだったのかは、蚊帳の外であった僕には知る余地もないのだが、彼の感心と落胆からして、少なくともあの時は不便だったであろうことには想像がつく。
だが、彼の言葉がそう簡単に社会で罷り通るはずが無いだろう。人には、成長の段階においての適材適所がある。世界のルールや物事の善悪、色んなことを知り始めた今の自分達だからこそ、目の前にある施設を利用することが許されるのだ。
幼い者の手に余る代物をそう易々と玩具の様に渡す訳にはいかない。それ程までに危険を孕んだシステムだということだ。
「うわっ……蒼ちゃん何それ。めっちゃおじさんみたいなこと言うじゃん。私達って流石に同い年だよね?」
「……は?ちょっと待ってくれ美緒、おじさんみたいってなんだ?どうしてそうなるんだよ!?俺だってキリュウみたいに言ってみようと思ったのに」
まるで時が止まったかのように動きを止める総介。美緒の言葉を反復しながらショックを受けた顔で彼女に迫る。
「蒼騎さんの場合は……そうですね。言葉遣いとか立ち振る舞いとかが、そんな風に見られてしまうんじゃないでしょうか?所謂、古臭い言い方っていうんでしょうかね?」
「あ、、、スゥーーーーーーーそっかぁ……そーだったのかぁ」
だが、その無防備な背後へ天宮の客観的視点による容赦の無い感想が追い打ちとなって既に脆くなった総介の心を打ち砕いてしまう。それを真面に受け、まるで生気でも失ったかのように灰色になった総介の無機質な顔がぐにゃりと項垂れてしまう。
「あ……あぁぁぁ蒼騎さん、ごめんなさい!!」
「蒼ちゃんのライフはとっくに0ってところかな。ド直球ストレートだよ、あめみー」
「お、俺の面子が持たん時が来ているんだ……!」
ズタボロの面子を引っ提げながら、萎れた花のような総介が顔を上げる。彼の、若さ故の無邪気さが今まで積み上げてきた彼の誇り高い面子に泥を塗ってしまったような気分といったところか。
しかし、こんな馬鹿げた茶番劇もまた、彼らにとっては何気ない日常の会話に過ぎないのだろう。そして、それは僕にとっての情景でもあった。笑える時に全力で笑い、楽しめる時に全力で楽しむ。それを当たり前と思って過ごす、それこそが今の子供達のあるべき姿なのだから。
自分もそうで在りたかった。などと、今の僕が昔のことを思ってはいけないさ。僕のように、心から素直に笑うことが出来なくなってからでは手遅れなんだ。今の笑顔のままでいられる彼らに、こんなことがあってはならないんだ…………また、妙な感情を孕みながら彼らを見ていた。
いつもより深く深呼吸、キリッと気持ちを整えようとする総介。その横で、美緒が興味深くある場所に対して人差し指を向ける。皆がそれに注目する。場の空気がまた真剣なものへと移り変わろうとしていた。
「……ねぇみんな。あれが受付カウンターってところなのかな?」
自分達が今立っているところから左手に、これまた黒色の壁で覆われた大きめの窓口が設営されている。窓口の上部には緑色のインフォメーションが左から右へと止まることなく横に流れている。
「そのようですね。でも、あんな規模のものを幾つも見せられてしまったら、あの窓口がただの受付だなんて簡単には思えないですね。
個々のステージ内に動作システム等を管理する場所が同時に揃っていると考えた方が自然かと」
「なるほど、全てのステージシステムを1つの管理局で処理しようもんなら、膨大なデータ処理に追い付けなくなってオーバーヒートしちまうからな。
理にかなってはいるが、その代わりに同じものがステージの数分必要になるから機材や工事とか、その辺の準備費用は恐ろしいことになっているだろうな。資金の暴力とでも言うべきか、島のお偉いさんの方々がこの学園にどれだけの期待を入れて作り込んでいるのかが容易に想像が出来るってもんだぜ」
「随分と詳しいんですね。蒼騎さんはその手の分野が得意なんですか?」
「まぁ、自慢にはならないけどな」
「……っ!そういえば貴方の名前、蒼騎って聞いたことがあります。それってもしかして!」
「天宮さんは察しが良いんだな。それだけで俺が何者か分かっちまうなんて……でも、その話はまた今度にしようぜ」
聞き流しながら両目で映していた2人のふとしたやり取りの中に、ほんの一瞬だけ曇った総介のバツの悪そうな顔。それを微笑みの内に隠したことを僕は見逃さなかった。興味津々に目を輝かせながら質問をする天宮に気を使ってなのか、声色と笑顔を絶やさないでいるが話を切り裂いたその瞳の奥にある光は賑やかでは無かった。
「す、すみません……私、迂闊でした」
「……母の得意分野でね。隣で見ていた俺もそれに感化されちまって、そういうことが出来るようになっちまったのさ。
俺に興味を持ってくれたのは嬉しいけど、こんな俺でも複雑だと思う事もあるんだ。でも、それは仕方のねぇことだから、そんなに気にすんなよ。
んん……色々話していたら喉渇いてきたな。天宮さんも、あそこの自販機で1杯やらないか?」
自分の事で誰かを暗い気持ちにさせたくないのは、お前も同じか。無理やり話題を変えて、気まずそうな空気を賑やかにしようと努めているあたり、かなり動揺しているし気を使っているように見える。
態と喉を鳴らしながら、そんなやり方をする彼に少しだけ、硬くなってしまった表情が不意に緩んでしまう。
いつもはお調子者で、それでいて完璧すぎるスペックを持つ総介にだって、触れて欲しくない部分は当然ある。なんならコンプレックスさえ抱いてしまう程に。彼の1番の親友を名乗る者として僕はそれをちゃんと理解している。そういう所に弱くて、すぐ顔に出てしまうところは今も変わらない。
でも、絶対に忘れてはいけないのは総介は自分から知りたいと願う暇もなく、知ってしまった側になってしまった1人の……ただの少年なのだ。
「いいですね……!あの人をボコボコにする前のリフレッシュ。私、賛成です!」
「待ってよ!私も飲みた〜い!」
と、先行する総介に追いついて右隣を歩く天宮。その後ろを興味があるかのように軽い足取りで美緒が着いていく。
「ふ〜ん。スポーツドリンクとエナジードリンクが主に入ってるんだね」
「スポーツマンにとっては有難いかもな」
これは先程の受付から対局にある、規則正しく並べられたベンチとデスクを境にして並べられた赤をメインで装飾された自動販売機。ラインナップは美緒が言った通りなのだろうが自分の視線は今、そこには無い。
1度、シンプルなエリア内をぐるっと見渡してみたが対戦相手の彼は未だに来ていないようだ。その遅さがこれから彼が此処へ来る事への不安を余計に煽ってしまう。
「室内の雰囲気は堅苦しいですけど、慣れたら意外と落ち着けるかもしれませんね。
ねぇ、霧衣賀さん!霧衣賀さんは何か欲しいものはありますか?」
なんて悠長なことを彼女は今、ここで平然として言えるのだろうか。のほほんとする彼女を捉えながら自分がそう思ってしまったのも、自分の心情と状況が状況で……彼女の様にそんな余裕なんて持てないからだ。
陽気な声で自分の方へと歩み寄ってくる天宮にこんな疑問を問い掛けても、きっと愚問だと言い返されるかもしれない。無粋だと分かっていながら自分は今、こんな事をやってしまっている。
でも、自分はエスパーなんかじゃない。彼女の気持ちを自分の思い込みで決め付けられるわけがない。彼女の気持ちが……その奥にある本当の感情が分からないから、此方へ微笑みかける彼女の姿が辛く映ってしまう。自分の中にふつふつと煮える罪悪感が膨れ上がってゆくんだ。だけど、だからと言って彼女に不安だと、心配なんだと怯えて欲しくも無い。
自分は一体、こんな所で何をしているのだろうか。まるで、行き場を失った焦りが回し車に乗せられたハツカネズミのように、頭の中で回り続けているみたいだ。
そんな気持ちを皆に悟られないよう、顔に出さないようにしている僕は、卑怯なことをしているのだろう。こんなものは自己中心で一方的な気持ちだって分かっているのに、彼女にこんな事をやらせておきながら自分の心の平穏の為だけに、彼女の気持ちを確かめようとしているのだから。
「あの、霧衣賀さん大丈夫ですか?……どこか具合でも?」
黙ったまま、僕は否定の意味を込めて顔を横に振る。
情けないな。自分が彼女に対して口に出したいと思っていたことを、逆に彼女の口から自分へと向けられてしまっているではないか。
「……もしかして、ずっと私の事で気にしてくれていたんですか?」
何も言えない、言えるわけがない。そんな自分に気が付いたのか、天宮が僕の顔を覗き込むように絶えず声を掛けてくる。
彼女の気遣いにドリンクを手に持つ総介と美緒も此方に顔を向けてくるが、それさえも気にならないくらい自分の視界の殆どが眼前の彼女に支配されていた。
「それは…………」
じっと、自分を捉える宝石のようなクリアーな瞳に心の内を見透かされたのを感じて、動揺と自分自身への嫌悪で上手く返事を返すことが出来ない。あれだけの力強い彼女の姿を見たというのに、自分の心は何一つ、これっぽっちも変わっていないのだ。
彼女の蒼い瞳の中に自分の姿が写りこんだ次の瞬間、沸き上がる感情が彼女を視界から追いやろうとしているのに、それでも僕の心情を察してなのか心配させまいとして柔らかな笑顔をみせる。
それが僕にとっては、やはり心苦しいものだった。
「分かっている筈なんだ、僕にだって。でも、どうしてもこうなってしまうんだ。
こんな事になってしまったのに君は変わらず、そんなふうに言えてしまうんだって……」
「もう!私、信じてって言ったじゃないですか」
堪らず、内にあるもどかしさを吐露してしまった。罪悪感なんだ。
そんな自分にムスッと頬を膨らまし、目を細める天宮に恐怖の余り、反射的に後退ってしまった。彼女のそれが少し冗談めいた仕草なのだと、声色の軽さから頭で分かっている筈だったのに……
今の自分には、とてもそんな眼で彼女を見ることはできなかった。
「……違う。そういうつもりじゃないんだ」
1歩後ろに退けば、彼女はその傷口を埋めるかのように1歩前へ踏み出して空いた距離を埋めてくる。それが逆に追い詰められているように感じてしまって、逃げるように自分の顔を誰にも映さない黒鉄の壁へ逸らしてしまった。
情けないことに彼女が今、どんな顔をしているのか、それを見ることさえも自分自身の弱さが拒んでいた。
ゆらゆらと、その黒闇の中に醜い姿をしている自分の忌々しい顔が歪んで見える。彼との戦いを彼女に託してしまったこと。彼女の決意を、差し伸べられた手を無下にするような無粋なことをするつもりは無い。
「でも、僕はやっぱり……」
これは自分が片をつけるべき事だったのかもしれない。と思う自分が居る。自分で自分を許す事など出来るわけがない。
1歩でも良い。少しでも前に進めるようにと、現実を受け止めながら自分1人でやってきた。しかし、これは違うだろう。自分自身の事ならまだしも、彼女の事でそんなふうに割り切れだなんて簡単に出来やしない。ましてや、これを引き起こしてしまった張本人は今ここに居る自分だというのに。心の整理など、未だに出来ていないというのに目の前にある現実は、その時は、そうやって人の都合など気にせずに訪れてしまう。
それでも、ここに居る天宮という少女は、まだ事の重さを知り始める前の1人の乙女に過ぎないのだろう。心が純粋だから自分の心に誓った正義に向かって直線的に従って動いてしまうから、それが問題に繋がりやすくなってしまうんだ。
自分が理想や未来よりも現実をどうしても見てしまうようになったのは今に始まったことでは無い。天宮は自信満々に胸を張って言ってのけて見せたが、それでも自分自身がやってしまった事実と責任は……後悔は、そう簡単に自分の中から消えはしない。総介に対しても、美緒に対しても、白宮夫婦に対しても同じことだと言えるんだ。
「優しいんですね。霧衣賀さんは」
瞬間、妙に穏やかな声色が耳を擽った。不意すぎた言葉に条件反射で黒に向けていた視線を戻せば、そこにはムッとしていた顔を柔らかくしている天宮があった。
「違うさ……」
自虐的に笑いながら心に一筋の線を引いて、その内側に入ってくる優しい言葉を真っ向から拒絶する。
自分は、そんな光に照らされるべき人間じゃないことはちゃんと分かっているつもりだ。いつだって、太陽は人を照らす暖かな光だ。でも、強過ぎる光は時に人を焼いて、惨めな気持ちにさせてしまう。
誰かの為に自身を犠牲にできる人達の持つ輝きを前に何度自分の心を焼かれたことか。だからこそ、もうこれ以上はと思いながら歩き続けてきたというのに、自分は彼らに対して何かを返す事もできていない。島の目が彼らを襲うことになってしまうというのに、僕は彼らを守る事も満足にできていない。
「僕は、そんなに綺麗なものじゃないよ」
自分はそんな人間じゃないんだと頭の中で繰り返しながら言葉を紡ぐ。自分の事は自分自身が1番よく分かっているんだ。だから僕は彼女がくれた優しさを否定しなければならない。
そうしなければいけない。そうでなければ……また、弱くて情けない自分が誰かに甘えてしまうかもしれないから。
「違うことないですよ。今だって、私の事を気にかけてくれてるじゃないですか。それに……」
と、彼女が言葉を続けようとしたその時だった。
「それが本当だと言うのならアンタ、人を見る目が無いんじゃないか?」
いつも唐突に、そしてタイミングが悪い時に現れるのが彼だ。後ろから聞き慣れた、嫌な男の声が天宮の言葉を遮る。瞬間、背筋を凍てつかせられたような感覚が僕を襲った。
彼の登場に恐怖をしたのか?いや違う。彼女の運命が決まってしまう時が、ついに来てしまった。それが怖いのだ。その事実をどうしても頭が否定したがっているからなんだ。
彼の決めつけるように放たれた言葉を背中に受けて反射的に振り返って彼の顔を見る。その両眼は僕と天宮を捉えて離すことは無く、それでいて自信に満ちた笑みで腕を組んでいた。自分には、それが純然たる邪悪のように見えて、仕方がなかった。
「よう、非島民。そして期待の新人類さんよ。遅くなっちまって悪かったな。でも、アンタらがこうして逃げてなくて安心したぜ?」
「貴方はッ……!」
「いい面構えだ、ネオン・センチュリー。そうでなきゃ、今後の楽しみ甲斐がないってもんだ」
拳を強く握り、目を鋭くして日向を睨みつける天宮に対して彼は愉快に両腕を広げ、そして堂々とした態度で彼女の神経を逆撫でするかのような口調で言葉を返す。
「んで?やっぱり美緒も総介も案の定来ていたか。
しかし、今日のアンタらは外野側だ。メインの俺とネオン・センチュリーの間にギャラリーが横からしゃしゃり出てくるもんじゃないぜ」
そして、流れるように視線を変え、その先にいる総介と美緒に先んじて釘を刺し込んだ。
先程の挑発に対して何かを言おうとしていたのか、鬼気迫る勢いで身を乗り出そうとしていた美緒と総介が苦虫を噛み潰したような表情で留まった。そんな2人を見て満足したのか鼻を鳴らす日向。
「ふ、まるで狂犬のそれだな。相も変わらず、あの2人から大切にされているとは大層なご身分じゃないか。羨ましいことだなぁ?非島民さんよ」
「……僕に、そんなつもりはないよ」
「ほう?なら、今のお前は一体どんな気持ちでそこに立っていられるんだ?
初めから逃げ場なんて無いくせに、そんな自分を棚に上げてそこの女に擦り付ける。その上他の奴らにも守ってもらう。弱いくせに何も出来ない惨めなお前なんかが、よくもまぁ夢などと胸を張って嘯けるもんだなぁ?」
「そうだね。そんなことの出来る資格なんてとっくに無いものさ。
それでも自分の本質は結局の所、何にも変わっちゃいない。だから、これから起きる事から逃げられないことくらいは分かっているよ」
「そうか、ならやっぱりお前はトコトン哀れな奴だってことだ。言葉だけなら、なんとでも言えるってもんだぜ」
僕のこれが苦し紛れの一言だと思われるのも、彼の前では仕方のないことなのだろう。そう思われて当然のことを僕は今までの内で、この島でやってしまっていたのだから。
精一杯、腹の底から絞り出した彼への応えさえも、横目で見らてから軽く一蹴されてしまう。
「とっくにそんな気すらも無いんだろう。君には僕の言葉なんて何の意味もなさない……そうなんだろ?」
「島の裏切り者を信用するわけが無いだろ。信じて欲しいってのか?こっちはトチ狂って、お前のお友達になりに来たんじゃねぇんだよ。
今になって、お前の腹の中を探ろうとは思わねぇし、俺はただ目障りなお前がこの島から消えるまで嬲り続けるだけだ」
そう言った彼の瞳には僕の姿は一切映っていなかった。そしてそれは、さっきまで知っていた薄汚れた黒いモノを見下す目ではなく、まるで獲物を目の前にした獣のような、ギラギラとした純粋な感情に満ち溢れていたものだった。
「……そして、今日のこれもその一環というわけだ」
彼の視線の先に居るのは、自分なんかでは無く純白に揺れる彼女の姿。
日向は僕を裁くという名目の元、初めて出会ったであろうネオン・センチュリーである天宮と戦える事に悦びを感じている。戦いに自ら好んで赴く戦闘狂の様なあの目が、その剥き出しの感情が言葉に出さずとも、それを如実に物語っていたのだ。
「どうして貴方は同じ人に対して、そんなことを平然と言えるんですか!?」
自らの眼前に立ち、上から見下す日向に向かって天宮が対抗するように激昂を走らせた。
無言を貫かざるを得ない総介も美緒も、歯痒さからか唇を噛み、厳しい表情で眉に皺を寄せている。一触即発な空間の中で自分は彼等の様子をただ見ている事しか出来なかった。彼と彼女との間を見えない火花が走り始める。
グッと、無意識に掴んでいたネクタイを握る力が強まってしまう。今から始まってしまうんだと、胸のザワつきが加速してならないんだ。彼が僕の方へと人差し指を向け天宮に言い放つ。
「おいおい、ソイツと俺を一緒の人間として扱うんじゃねぇよ。言っておくが今アンタが守ろうとしているものは、ただの裏切り者だ。それ以上は無くてもコイツはそれ以下の屑だ。
……分からないのか?アンタはそんなヤツの尻拭いを自分から進んでやっているってことなんだよ」
「自分の未来の為に、必死に頑張っている人の事をそんなふうに言わないでください!
そうやって、霧衣賀さんを簡単に傷付けてしまう貴方がいるから!そんな貴方を許せないから私はここに立っているんです!」
「何も知らない癖に、少し知り合っただけでソイツの肩を持てるっていうのか?ソイツの為に、そんなヤツの下らない未来の為にそこまで言えるってのか?
フハハハハッ!それは、それはおめでたい。笑えるくらいおめでたい奴だよ!アンタは」
焼け石に水とは正しくこれを言うのだろう。今日のこの日、全てが日向にとって都合の良い方向に運ばれているんだ。彼女がああやって必死に正義感を振りかざしたとしても、彼にとっては逆効果でしかない。
分かり合えない者達の売り言葉に買い言葉のやり取りに最早意味は無い。お互いの敵意が膨れ上がるだけだ。だからなのだ、上位種への下克上とでも言うべきか、闘争心を刺激されたであろう彼の、煽るような声色が徐々に弾んでゆく。
「だが、その無駄なお人好しのお陰で俺もここのバトルシステムを使えるってもんだ。それで、そのお相手は俺たちよりも優れているネオン・センチュリー。
こんなに都合の良いことが度々で重なるものかね?こういうのもまた、乙なシチュエーションだと思わないか?」
「……いきなり、何が言いたいんです?」
「大昔に流行ったコミック本ってのには、悪人を裁く本当の正義のヒーローは遅れてやって来るっていう決まり文句があるらしいぜ?」
口元を三日月の様に釣り上げる日向。最後に決まったと言わんばかりに得意げな表情で彼女を見下す細い目付き。
彼のそういったところが自分から見て悪く目立ってしまうが、彼があんな振る舞いを行うのは当然、自分や自分に関することに対してだけなんだ。それを分かっていても僕は、これ以外の彼の顔を知る由も、その目的も皆無だった。分かり合う気の無い彼にとって、僕のそれが無駄だからだ。
悪人を裁く正義……か。ここにいる全員がしっかりと聞こえるように、強調してハッキリと自分の首元へと突き付けられた彼の刃。
自分の抱くそれが正しいと思える意思は自分にもあった。思いは強くなれば信念となる。たった1人のちっぽけな人間が背負う、自分だけの小さな正義が僕の中にはあった筈だった。対して、日向はこの島の大衆の総意で成り立った正義に自身の身を委ねている。それがきっと、この世間で生きていくのに必要なことなのかもしれない。郷に入っては郷に従え、それがこの島にとっての正解なのは僕にだって必然と分かる事なのだ。
僕が抱いたそれに背くような志が、彼らの正義に呑み込まれてしまうのが世の常なら、これも定められた結果なのだろう。
分かっているさ……初めから分かりきっている。自分は、この島の人達の総意によって裁かられる側に立たされた人間だということを。ならば正義とは、ヒーローとは何なのだろうか?これは彼らにとって都合の良い、耳心地の良い言葉ではないのか?
「……ッ!そんな馬鹿げたヒーローが居てたまりますか!霧衣賀さんの考え方を聴こうともしないで、一方的に否定する貴方がヒーローを名乗らないでッ!!」
エリア全体に響く天宮の怒声。自分もそうだが、予想だにしない彼女のその荒々しさに隣に居た美緒が、そして総介さえも思わず目を丸くして眼前の覇気に面食らっていた。
短い時間の中で抱いた天宮への印象……落ち着きがあり、穏やかな性格ながら几帳面で丁寧な口調で話す彼女からは想像さえもつかなかった。
まるで、彼女の中にある何かがプツンと切れて爆発したように、その内に溜め込んでいたであろう激情が声となって感情的な言葉で炸裂した。
「やかましい女だな。俺は目の前の事実を言ったまでだ。お前なら、いやお前達なら分かるはずだろ?この島のルールに従わない奴はそこの屑の様になる……それだけの話だろうが」
日向の冷徹な声が雑に吐き捨てられた。呆れたように興が冷めたように、ヒートアップしていた彼の声色も表情も氷のように急激に凍てついた。天宮の怒りを前にしても尚、物怖じすることなく淡々と話す彼の態度が、この世界の真実をありのままに告げているようだった。
これは正論だ。故にギリっと歯を噛む天宮。これらの言葉には彼の個人的な悪意や敵意も含まれているのだろう。だが前提として、これが当たり前で正しいことなのだから、それを裏切るような者をそのままにはしておけないという義務感のような、根本的に植え付けられた皆の価値観が彼をそうさせているのかもしれない。
この島がそう言っているから、これが本当のことだから自分の言っていることや、僕への振る舞いは正しいのだと。だからこそ、今ここでのうのうとしている裏切り者の僕を潰す必要があるのだと……そうやって選ばれた言葉の1つ1つが鋭利なナイフとなって既に潰された自分の心を突き刺していく。
「やめてよヒュウ君!なんでそうなっちゃうの!?こんなやり方で、こんな乱暴なことをずっと繰り返すつもりなの!?」
今まで何も言わずに留まっていた美緒が、たまらず悲痛な声を上げ日向に問掛ける。ヒュウ君と、彼女が仲の良いと思っている人に付ける渾名で。
美緒も総介も、日向とは良くも悪くも友達同士だ。仲睦まじく遊ぶ姿を僕は遠くから見ることもあった。だからこそ、こうも思う。美緒も総介も苦しんでいるんだと。
彼らは人を信じている。心から信じる事が出来る。信じて、分け隔てなく真正面から向き会おうとするから周りに多くの人が集まる。皆が友達と呼び合える大切な人達なんだ。しかし、信じる人達が僕に対してやっている事を2人はその目で見て、知ってしまった。
美緒も総介も相反する考え方の双方を理解して受け止めることのできる人だから、その者達の間に挟まれる葛藤をその身に背負っているのだ。
「この俺が繰り返しているだって?それは違うな美緒。俺のことじゃない、無駄な愚行を繰り返しているのは、そこの屑じゃないか」
「いい加減にしろよ龍也……ッ!お前の目にはキリュウがそんなふうにしか見えないのか?キリュウがやろうとしている事の大きさを、それに伴う辛さを知らずに、決め付けられた周囲の価値観で、お前が勝手に抱いた先入観で……キリュウの本当にやりたかった事を傷付けられるのか!?
そんなことだけで人を簡単に踏みにじるお前の掲げている事が本物の正しさだって、ハッキリとその口で言えるのかよ!」
総介も怒りを前に出した声で日向に相対するが、その表情は苦悩に満ちた痛々しいものだった。
彼もまた友達だというのに……と、そんな思いが彼の顔から、苦しさの混じった声から伝わってしまう。だからこそ全ての元凶である自分がこんな事を終わらせなければいけないというのに。
「本当に下らないなお前ら。ソイツの考え方にそそのかされて、自分達の周りのことさえも満足に見えなくなったのか?
美緒も総介も、ネオン・センチュリーも足りねぇ頭を使ってよく考えてみろよ。島の文化を捨てた常識外れ。今すぐにでも消えなくちゃいけないヤツのことなんざ誰も知りたいとさえ思わないぜ。
分かり合おうだなんて思いもしねぇ。そんなものはそっちから願い下げでも構わない。俺達の方が、この島がッ!正しいんだからさ!」
「お前ッ!」
「人気者の、仏陀の総介さんも昔からずっと俺の事が気に食わなかったんだろう?お前の1番の親友を虐める、お前の友達の……この俺の事が気に食わなかったんだろ!?
俺だってそうさ。島の皆がそうなのさ!霧衣賀 結薙……コイツの存在が気に食わなくて堪らないのさ。気に食わないものはトコトン気に食わない。人間ってのは昔からずっと、そういうもんだろう?
ならば、最初から力で黙らせりゃあ良かったんだよ。そこのネオン・センチュリーが俺との決闘を選んだみたいにな!」
何度もこの光景を見てしまっていた。その度に自分さえ消えてしまえば良いと思わずにはいられなかった。そうすれば、皆がこんな事をせずに幸せな日々を過ごしていただろう。
なのに、消える事さえ出来ない自分が、それ以外の方法で止められる術を見い出せていなかった。それで、こんな事態を引き起こしては関係の無い友達をあんなふうに巻き込んでしまった。
これは自分が望んでいた事を捨てきれない弱さ、中途半端に賢しい人間になってしまった自分。紛れも無い、何もかもが甘い自分が皆に辛い思いをさせてしまっているんだ。
「だったら……本当に力で分からせるしか無いみたいですね。私は絶対に貴方を許しませんからッ!」
「そうだ。この世の中は最終的に力を示した方が勝者なんだ。力が無きゃ何の意味もねぇ……だから勝てばいいんだよ。これ以上の無駄話はやめにして早速始めようぜ」
その結果が、目の前のこれだと言うのか。
一足先にリフトへ向かう日向の背中を見ながらも結局、臆病な自分は彼等の言い合いに割って入る事も出来なかった。
「何も出来ないで……僕は」
何も残されていない両手を強く握っても意味なんてない。なのに、ふと虚空へ自分のそれが漏れてしまう。
「らしくないな、キリュウ。お前は俺達と違って、可能性を持っているんだぜ?お前が持ってる理想ってのが、もし本当になったら一体この世界はどんな風に変わるんだろうな。今よりも、もっと凄いことになっちまうんじゃないかって思ったら、そんなの見てみたいに決まってるじゃないか。
だから、お前がこんな所で折れるなんてことは無いんだぜ」
「私も蒼ちゃんも、あめみーも結君のこと応援してるんだよ!
私としては、一緒にバトスピの楽しさも知って欲しいけど……でも、その気持ちは本当だよ!結君に自由でいて欲しいんだもん!」
「困った事があれば、助け合いって言うじゃないですか。それって分かり合う為の1歩だと思うんです。
霧衣賀さんに出来ない事を私は、蒼騎さんは、白宮さんは出来るかもしれない。でも、私達に出来ない事を貴方は出来るから、一緒に支え合える事が出来る。そうやって、皆で助け合って分かり合えることが出来るんだってこと、私は信じたいです」
総介の左手が右肩に優しく置かれる。続くように、美緒が僕の左手を握りしめ、僕の前に立つ天宮がグッと自分との距離を縮めていく。
彼等の優しさと暖かさに、嬉しさを感じてしまうと同時に心が締め付けられるように……痛い。あまりにも優しすぎる故に悲鳴を上げているんだ。もしこれを許してしまえば、ここにいる3人が島の敵になってしまう。
巫山戯るんじゃないよ……!こんな事を大切な人にさせてしまう僕の何処が優しいって言うんだよ。僕の我儘を、有り得ないだろう理想を受け入れてくれるお前達の方が余っ程強くて、優しい人間じゃないか……
「……僕は、あの時に我慢が出来なかった。いつも出来ていた筈だった事が出来なくなっていた。なのに僕は君が差し伸べてくれた優しい手に甘えてしまった」
「それは貴方が今まで1人で頑張ってきた証です。でも、これ以上自分で自分を追い詰めたりしないでください。
貴方は決して、ひとりぼっちじゃありません。だから……!」
天宮が僕の右手を握り、包み込む。やはり彼女の手は小さて華奢な、女の子らしい真っ白な手だ。その儚さの中に途方も無い彼女故の力強さを感じる。
天宮が微笑み両目をゆっくりと閉じた。すると、彼女の身体を中心に白く、それでいて白金のような眩い光が溢れる。なんだか安心してしまいそうな暖かさを感じながら光は瞬く間に増幅していき彼女の両手から全身を優しく包み込んでいく。漆黒に閉ざされたこの部屋でさえも彼女が発した輝きで満たしてしまいそうだ。
美緒も総介も、その光に驚きの声を上げながら思わず目を細めているが、僕はその輝きに釘付けにされてしまった。一体どうやって……?などと考える暇もなく、彼女を包んでいた光は小さな沢山の粒子となって散っていく。
僕の右手を握っていた彼女の手を見て、僕は驚愕した。それは汚れを知らぬ白い籠手に包まれていたのだ。それに気付き変化した彼女の姿を真正面から見る。
蒼のクリスタルが、まるで片翼の様に重なった金色のカチューシャがサラっとした銀髪によく似合っている。白と蒼を基調としたロングスカートとインナー、それを守るように白銀に細く滑らかな金色の装飾が刻まれた鎧を纏っている。胸部装甲の上部には並列に並んだ青く透明なクリスタルの様なものが5つ埋め込まれており、左肩の装甲板に羊……牡羊の横顔とそれを丸く囲む様に鋭利な角の絵がパーソナルマークとして金色の素材で描かれている。
今の時代には似合わないであろう、その姿に彼女が変身するまでに大した時間は要さなかったが、その事を含めて僕は驚きのあまり声を出してリアクションすることさえ忘却していた。
どんな時にも希望は残っているだと?こんな僕がそんな風に思ってしまっても良いのだろうか?こんなことが現実にあって良いのだろうか。
自分の中に渦巻く不安を否定できないまま、それを強引に吹き飛ばしてしまいそうな程、目の前の天宮は純白の残光をその身に纏っていた。
「この場は、私が霧衣賀さんの騎士として、託されたこの剣を存分に振るいましょう!!」
天宮が右手を自身の胸に添えて強く言い放つ。
……その姿を僕は知っている。彼女の言葉の如く、正に昔の、本当に昔の言い伝えに遺されていた通りの姿そのものだった。
これが大切なものの為に果敢に戦い、守り抜かんとする誇り高い、真の騎士の姿なのだ。
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