迫真将棋部。   作:名取クス

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(予約投稿では)初投稿です。


伝説の始まり

その日、棋界に衝撃走る。それも3度。

 

一つ、

アマプロどころか、将棋の地方大会に出た記録さえもない棋士が、

新しいとは言えプロ(ひし)めく魔境で対戦相手を千切っては投げ千切っては投げの快勝で準タイトルを()(さら)っていったのだ。

 

二つ、

将棋界のいける伝説、名人。

別名『神』が名もなき棋士の前に破れた。

それも無名の棋士に。おまけにその棋士は小学4年生だった。

 

 

三つ、

名人が投了したのは僅か52手

名人とじっくりがっぷり攻め合い長い長い戦いの末、名人を破った猛者は少ないが確かにいる。

しかし、これは、この52手は、明らかにそれとは一線を画す棋戦であった。

余りに早すぎる決着は、おそらく名人のいかなる棋譜を調べてもこの上ない短手数だった。 

 

 

たった数日で瞬く間に轟いた小さな棋士の名は「滝ヶ原 前(たきがはら まえ)」。

小学4年生にして、『桜花』を冠する準タイトルホルダーである。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

今の私には敵がいない。

七冠達成でタイトルを独占したあの日から。

 

名人という呼び名に意外に、『神』の異名が加わり始めるとそれは一層強くなった。

 

淡々と試合に望み、当然のように勝つ。

 

熱い駒と駒のぶつかり合う音が絶え、ひどく機械的に駒が処理されていく様はいっそ寒々しいものすら感じてしまう。

それでこちらに噛みつき返してくれる手合いもおらず、少なからず失望してしまう。

 

ゆえに、私は後進が育つのを待った。

全力で、全身全霊でぶつかれる『天才』の出現に期待した。

 

しかし、待てど暮らせど好敵手は姿を見せなかった。

一方でライバルは減るばかりで、月光9段も将棋連盟会長として実戦から足を引いた。

 

やはり今の私に敵はいない。

そう思った私は未知なる相手との戦いを求めた。

 

そして動き出した『桜花戦』。

積極的にアマチュアなどの参加を煽るべく、必要な事前資格無しの広く開かれた新設されたばかり準タイトル戦。

 

そこの本戦で出会った。血肉踊る一流の棋士に。

小さな小さな、盤上の騎士。

 

名前を『滝ヶ原 前』。

師匠もいない、ただ自前の才能のみで並み居る敵を引き倒してきた小学4年生。

 

対局にはもちろん、いつも本気で望んでいる。

しかし、どこか『諦め』があったのかも知れない。

敵がいない、現れないと言う『諦め』が。

 

今の私に敵はいない、その無意識の驕りを打ち砕いたのは対局開始からわずが20手目だった。

 

対局では私が先手番だった。

私はまず金を角のそばに置き角道を開けた後、飛車先の歩を伸ばすとあちら側も角道を開け金を角のすぐ右につけたのち自陣の飛車先の歩を進めていた。

 

私の飛車先の歩が相手の角前方の歩に打ち付けれる。

もちろん相手も私の歩をとるが、私も前進した相手の歩を飛車で取り返す。

 

完全に『横歩取り』の戦型である。

横歩取りはとにかく変化が複雑な事で有名だ。

私は相手がどう打開するかを観察した。

 

しかし相手は構わず自分の飛車先の歩をこちらに進めていた。

私も、先程彼がやったのと同じように角頭の歩で相手の歩を取る。

相手の飛車も私と同じように飛び出した歩を飛車で取る。

 

まねっこ戦法を取られているようだったが、私は構わず飛車を一つ横に動かして『横歩取り』。

 

ここで彼の角が私の角に突撃、私は銀で敵の角を打ち取り角交換の形となった。

 

そこで相手も横振りと思いきや、歩を私の陣に打ち込んできた。それも私の飛車がいなくなった。銀の目の前の地点。

 

少し変化を考えたが、何も見当たらないので銀で『叩きの歩』を取り返す。

 

 

そして運命の20手目がやってきた。

彼の小さな手が再び駒台に伸びる。

掴んだのは角、打ち込んだのは私の横歩をとった飛車の左。

4四の地点。

見た事の無い、異次元の角打ち。

 

このまま放置すれば打ち込まれた角に自陣を乱され攻め駒を与えてしまう事になる。

私は再度角交換を要求、相手の角道の途中、ちょうど桂馬で取られても取り返せる場所に角を配置。

 

彼も迷わず交換に応じた。

再び彼の角が私の角に殴り込み、私の桂馬がそれを轢いた。

 

そして元々私の桂馬が居座っていた場所に彼の角が打ち込まれる。 

 

鳥肌がゾクリと立つ。

この時私は初めて私の失策を悟った。

 

この前ではどうあがいても私の形勢不利になる。

最悪、後3手で詰む。それもただ飛車取りを避けただけで。

 

私は長考に入ったが、有効打が思いつかぬまま持ち時間が溶けた。

結局私は思いつく限りの最善手で応戦を始めたが、敵の飛車にも突っ込まれ角の効きと絶妙に開けらた自陣の隙を突かれわずか52手目で詰みとなり、投了した。

 

私は敗北した。

強引な、それでいて洗練された細かい攻めに私はやり込められた。

 

しかし気分は晴れやかだった。

まだ私の知らない将棋を指す者がいる。

それだけで、胸の真ん中から熱くなる。

 

鮮やかな負けへの興奮と久方ぶりの胸の昂りを持て余しながら私は将棋会館を後にした。

 

「必ずリベンジしてみせる。」

 

まだまだ将棋の世界は奥が深いようだ。

将棋の未来はどうやら明るそうだ。




最後まで読んでもらえると、気持ちいいぜ!
読了ありがとナス!

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