負けるな、踏み台君!ファイトだ、悪役令嬢ちゃん!   作:サニキ リオ

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第10話 拗らせ王子は今日も一人

 魔法学園での一日の授業が終わった放課後。

 教室は世間話に興じながら帰り支度をする生徒で溢れていた。

 そんな中、スタンフォードは誰と話すこともなく一人で淡々と帰り支度をしていた。

 スタンフォードのクラスでの立ち位置は、自分の力を過信し、周囲を見下している気にくわない王族というものだ。

 中等部では実力で敵う者は誰もいなかったが、高等部からはブレイブという規格外の存在が入学した。

 さらに、先日の異形種事件で無謀にも魔物に挑み敗北したことも相まって、彼の評価は地に落ちていた。

 王家の面汚し。

 スタンフォードは現在、そんな蔑称で陰口を叩かれていた。

 そのため、最近のスタンフォードには権力目当ての貴族すらも寄りつかなくなっていた。

 

「ごきげんよう、スタンフォード様」

 

 そんな唯一の例外が彼の婚約者であるセタリア・ヘラ・セルペンテだった。

 翡翠のような鮮やかな緑の長髪をたなびかせながらセタリアは柔和な笑顔を浮かべている。

 人当たりも良く、誰にでも分け隔てなく接する公爵家の令嬢である彼女は学園内でも憧れの的だった。

 むしろ、これほどできた婚約者がいるというのに周囲に令嬢を侍らせていたと、スタンフォードの評価はさらに下がることになっているのだが。

 

「リア、何か用か?」

「用がなければ婚約者へと話しかけてはいけませんか?」

 

 昔は自分を持ち上げてくれるセタリアのことを、スタンフォードはとても気に入っていた。

 しかし、ポンデローザから告げられた彼女の原作での立ち位置を聞いてからはどうしても苦手意識が拭えなくなっていた。

 公爵家の令嬢、セタリア・ヘラ・セルペンテ。

 ポンデローザと並ぶほど周囲から評価の高い貴族令嬢で、身分問わず誰にでも笑顔で接することのできる優しい心の持ち主。

 そして、BESTIA BRAVEのメインヒロインでもある。

 家同士が決めた婚約者とはいえ、将来ブレイブとくっつく予定の女性に今まで通りに接することなど、スタンフォードにはできなかったのだ。

 そのうえスタンフォードは生きるためとはいえ、マーガレットと恋仲になろうと画策している。

 婚約者に対するバツの悪さも相まって、スタンフォードはセタリアとは距離を置きたかったのだ。

 

「……悪いけど一人にしてくれ」

「……失礼致しました」

 

 スタンフォードがボアシディアンに負傷させられてからというもの、彼は一人で行動することが多かったため、セタリアも彼の心情を察して素直に引き下がった。

 セタリアを冷たくあしらったことで、周囲の生徒達はスタンフォードへ冷たい視線を送り始める。

 

「うわー……殿下またセタリア様に冷たくしてるよ」

「今までさんざん支えてもらっててアレはないですよね」

「この前の異形種事件の件、まだ引きずってるんだろ」

「自分は大怪我したのに、ブレイブは一撃でボアシディアン倒しちゃったもんね」

「いつもの取り巻き達からも見放されちゃって、本当に憐れだなぁ」

 

 小声でしゃべっているため、スタンフォードには周囲の生徒達が何を言っているかまでは聞き取れない。

 それでも、自分の陰口を叩いていることだけは理解できる。

 決して見ていて居心地の良いものではないが、最近ではマーガレットの攻略で手一杯だったこともあり、陰口の類はそこまで気に留めるものでもなくなっていた。

 自分の現状が情けないことは事実だったため、スタンフォードは特に注意することもせずに陰口を放置していた。

 

「あなた達、やめてくださいますか? 私の婚約者への侮辱は許しません」

 

 スタンフォードが放置すると決めた周囲の生徒をセタリアが一喝する。

 

「殿下はサーバン先生やあなた達を守るため、真っ先に行動しました。彼の骨折は名誉の負傷です。それを情けないなどと笑う権利は誰にもないはずです」

 

 まるで演説をするかのように身振り手振りを交えながらセタリアはスタンフォードを擁護した。

 

「リアの言う通りだ。俺だってボアシディアンがスタンフォードに集中していたからこそ、不意打ちで倒せたんだ」

 

 そんなセタリアに同調するようにブレイブも立ち上がる。

 いつの間にか愛称で呼ぶようになっているブレイブに、スタンフォードは複雑そうな表情を浮かべた。

 

「ここにいる全員、スタンフォードが守ってくれたんだ。それを忘れないでくれ」

 

 セタリアとブレイブの言葉を聞いた生徒達は揃って居心地の悪そうな表情を浮かべる。

 

「やめろ」

 

 しかし、一番居心地の悪さを感じていたのはスタンフォードだった。

 

「人の恥を大声で叫ぶな」

「恥だなんて私は思いません! 殿下は立派でした。ですから、殿下のためにあなたを不当に貶める方を注意したのです」

「こうして何度も異形種事件の件を掘り返される方が、聞こえない陰口より不愉快だ。余計なことはしないでくれ」

 

 セタリアに対してスタンフォードは冷たく言い放つ。

 彼にとって、今のフォローもセタリア自身の評価を上げるための行動にしか見えなかったのだ。

 

「そんな言い方はないだろ。リアはお前のためを思って言ってるのに……」

「僕のため? 僕のためを思うなら陰口なんて捨て置いてほしいものだね」

 

 ブレイブにそう言い放つと、スタンフォードは舌打ちをしながら教室を後にした。

 荷物を持って教室を出ると、そこには待ち構えていたかのように翡翠色の長髪をまとめた糸目が特徴的な男子生徒が立っていた。

 

「やあ、スタンフォード殿下。奇遇ですね」

「……ヨハンか」

「やだなぁ。そんなに怖い顔をしないでいただきたい」

 

 ヨハン・ルガンド。

 セタリアのセルペンテ家の分家に当たるルガンド家の長男で、いつも飄々とした態度で身分関係なく誰にでも親し気に接する変わり者として有名だ。

 セタリアと異なる点を挙げるとすれば、ヨハンは相手が位が上の貴族相手だろうと気さくに接するところだ。

 現に王子であるスタンフォードに対しても言葉遣いこそ敬っているが、普通に皮肉を言ったり、からかったりするのだ。

 それでいて相手が腹を立てないように毒気を抜いてしまうのだからタチが悪い。

 中等部からの知り合いではあるが、昔からスタンフォードはヨハンのことが苦手だった。

 

「今日は一段と不機嫌ですね。何かございましたか?」

「……不機嫌だとわかっているのなら気を遣うべきだと思うよ」

「ははっ、そう邪険にしなくてもいいではありませんか」

 

 言外に話しかけるなと告げるスタンフォードだったが、ヨハンは構わずに話を続けた。

 

「高等部に来てから殿下とクラスも分かれてしまい、お話する機会がなかなかありませんでしたからね。久しぶりにあなたとお話がしたいのですよ」

「僕なんかよりドラゴニルの方に行ったらどうだ。最近、やたらとあいつに絡んでいるんだろ?」

「ええ、彼には興味が尽きませんから」

 

 ヨハンは心底楽しそうな様子で口元を緩めた。

 スタンフォードは彼との付き合いも長いが、こんなにも楽しそうなヨハンを見るのは初めてだった。

 さすがは主人公様、男にもモテモテだな。と、スタンフォードは心の中で毒突く。

 

「しかし、セタリア様と仲良くされるのはあまりよろしくありませんね。何せ彼女は殿下の婚約者ですから」

「心にもないことを」

 

 セタリアの婚約者であるスタンフォードの手前、バランスをとるためだけの言葉にスタンフォードは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「ところで、殿下は二年にいらっしゃる世界樹の巫女の末裔様と仲が良ろしいと聞きましたが」

「……それが本題か」

 

 スタンフォードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 セタリアが婚約者を放って他の男と仲良くしているという話題を出した後に、マーガレットとの仲を邪推するような話題を振る。

 これは遠回しに『お前も人のことを言えないだろ。だから、セタリアを責めてやるなよ?』と言っているのだ。

 

「兄上の様子を聞いたりしているだけだ」

「ああ、彼女は生徒会に入っていましたね。なるほど、そういうことでしたか」

 

 ヨハンは納得したように頷くと、思い出したかのように告げた。

 

「末裔様といえば、気がかりなことがあります」

「気がかりなこと?」

「ええ、ラクーナ家はかなり昔に血が絶えたと聞き及んでおります。つまり、末裔様は平民の血が混じって魔力はかなり希薄になっている。だというのに、彼女は極めて強い光魔法を発現させた」

 

 この世界において魔力を持たない人間はいない。

 しかし、世界樹の巫女の宿す光魔法と王族だけが発現させる雷魔法だけは別だ。

 血が薄くなればなるほど、この二つの魔法は発現する確率が下がるのだ。

 それ故に、王族は王家の血が入っている公爵家としか婚姻を結ぶことはない。ラクーナ家についても同様である。

 確実に血が薄まっているであろうマーガレットが、強い光魔法を発現させたことは異例中の異例なのだ。

 

「別におかしな話でもない。王族の直系だからといって雷魔法が必ず発現するわけじゃないのと同じだ」

 

 王族は側室をとり多くの子を産む。

 これは雷魔法を確実に残していくためにも必要なことだった。

 そのため、レベリオン王家は雷魔法が発現した者のみが王位継承権を得ることができるのだ。

 スタンフォードにも妹や弟はいるが、彼らは雷魔法が発現しなかったため、王位継承権を持っているのはハルバードとスタンフォードだけである。

 

「要は確率の問題だ。ラクーナ先輩のは先祖返りって奴だろうよ」

「先祖返り、ですか……そうなると彼女はかなり異質な存在になりますね」

「だな。かなり苦労しているそうだ」

 

 ただでさえ平民の感覚が抜けないというのに、貴族らしく振る舞うことを強制され、光魔法を持っていることで受けている待遇から他の貴族達からやっかみを受ける。

 マーガレットの苦労は常人には計り知れないだろう。

 

「ボクはお話したことがないのですが、彼女はどんな方なのでしょうか?」

「優しい人だ。お前のように身分が上だろうと関係なく親しげに接してくれる。そうだな、お前から鬱陶しさを抜いたらああなるんじゃないか?」

「はははっ、これは手厳しい」

 

 ヨハンはスタンフォードの皮肉を笑って流す。

 

「いろいろと教えてくださりありがとうございます。久しぶりにお話できて楽しかったですよ。では、ボクはこれで」

 

 お手本のような綺麗なお辞儀をすると、ヨハンは去っていった。

 

「……やっぱり、あいつと話すと疲れるな」

 

 ため息をつくと、スタンフォードはポンデローザとの待ち合わせ場所に向かった。

 


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