負けるな、踏み台君!ファイトだ、悪役令嬢ちゃん! 作:サニキ リオ
「世界は誰もが〝役〟に填められる。どんな聖人も大罪人も、イレギュラーな存在である〝異世界からの転生者〟だって例外じゃない」
星降る月夜の中、窓から封印の解かれた世界樹ユグドラシルを眺めならミドガルズオルムの転生体ヨハン・ルガンドは誰に告げるでもなく独り言ちる。
「獅子のベスティアという運命を捻じ曲げる力を持ち、イレギュラーな存在だったはずのニールでさえ、結局は彼の語る原作通りの役に填められてしまった」
皮肉なものだね。
ヨハンは苦笑すると月光に照らされ輝く大木を見つめる。
世界樹ユグドラシルの封印が解かれた。それはこの国が破滅に向けて動き出したということ。周期を考えれば世界樹が実りに実ったレベリオン王国を食らい尽くすまでに時間はない。
あれを放置すればやがて世界は滅びに向かうだろう。
「この国を滅ぼす役なんざ譲ってやるものか」
ヨハンは拳を握りしめると、そのまま窓を開けて夜風を全身に浴びる。
その際、室内に吹き込んだ風によって自分の背後で空間が歪むのを感じた。
「盗み聞きは趣味が悪いと思うな。ガーデル」
誰が来たのかわかっているヨハンはゆっくりと口を開く。
「守護者の血を引く風魔法の使い手の肉体を持つあなた相手に隠れるのは至難の業ですな」
風魔法による隠形を解除すると、大気が歪みガーデルの姿が浮かび上がった。
「いや、気流で乱れるまでこのボクが気がつかなかったんだ。誇っていいさ」
「それはそれは……お褒めにあずかり光栄ですよ」
ガーデルは口ではヨハンに感謝しているが、その態度は慇懃無礼そのもの。
それに対しヨハンは特に気にする様子もなく会話を続ける。
「スタンフォード殿下には感謝しているよ。何せ、レベリオン王国建国前から続いていた運命の楔を噛み千切ってくれたんだ」
それはヨハンの本心だった。運命に囚われていたのは何もスタンフォード達だけではない。
ラスボスであるミドガルズオルムの分体であり、原作では本体に吸収されるラスボスの前座的存在。精神はミドガルズオルムの最初の転生体であるヘラ・セルペンテの頃から続いているが、その役割は結局のところラスボスの起動装置に過ぎない。
自分の未来を諦めていたポンデローザとは違う。彼はそうあることに疑問すら浮かんでいなかったのだ。
「ハッ、元主は随分と人たらしのようで」
「ははっ、ボクを人として扱うか」
人。他人が自分に対してその言葉を使うことが奇妙でならなかった。
自分は人間という生き物ではない。それはヨハンが一番わかっていることであった。
だが、今はそう呼ばれることがどこか心地良い。
「やれやれ、ボクもセタリアのことをとやかく言える立場ではないね」
そうあるべきと疑わずに、自分の意志を持たずにただミドガルズオルムの分体としてただそう在った。
自分の意志と思っていたものは、所詮本体であるミドガルズオルムの妄執でしかない。
「役に填められはしない。ボクはボクの意志でやりたい役に就く」
ヨハンは覚悟を胸に、運命に抗ってくれる
「君はどうなんだい?」
「そうですなぁ……」
ヨハンに尋ねられ、ガーデルは顎に手を当てて考えこむ。
しばらくそうしていたがやがて、ゆっくりと口元を吊り上げて笑みを浮かべた。
「俺も自分のやりたい役をやらせてもらおうじゃねぇか」
それは悪戯を思いついた悪童のような笑みだった。