負けるな、踏み台君!ファイトだ、悪役令嬢ちゃん!   作:サニキ リオ

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第18話 茶をしばきながらも作戦会議

 マーガレット達と別れた後、スタンフォードは近くで待っていたレモンヌと合流した。

 

「マジでごめん! あたしのせいだ!」

「いや、フォローに来てくれて助かったよ、ポン子」

 

 学園街の先にある平民街の喫茶店に入ると、席に着くなりレモンヌ――変装したポンデローザは顔の前で手を合わせて深々とスタンフォードに謝罪した。

 

「まさか、ハートとブレイブのイベントが併発するとは思わなかったわ……」

「やっぱりそういうことだったのか」

 

 本来、BESTIA BRAVEにマーガレットは登場しない。

 彼女がいないIFの世界がBESTIA BRAVEだからである。

 この世界にはマーガレットが存在するため、今回のように二作品のイベントが重なるという事故が発生してしまったのだ。

 

「てか、ストレートパーマかけたのか?」

 

 スタンフォードはさらさらの髪をポニーテールにまとめたポンデローザをマジマジと観察する。

 普段の竜巻の如く巻かれた巻き髪は、流れるようなストレートヘアーになっていた。

 

「元々こういう髪質なの。普段の髪型はメイドのビアンカがセットしてくれてるわ」

「あれ、毎朝セットしてたのか……」

「そりゃそうよ。あそこまでの巻き髪が天然物なわけないでしょうが」

 

 普段の巻き髪が天然パーマだと思っていたスタンフォードに、ポンデローザは呆れたようにため息をついた。

 

「おや、レモンヌちゃん。彼氏かい?」

 

 テーブルの上に紅茶と茶菓子が置かれるのと同時に、初老の男性がポンデローザへと気さくに話しかけてきた。

 

「もう、違いますよー。ただの友人です」

「ほっほっほ、そうかい。まあ、ゆっくりしていきなよ」

 

 それに対して、ポンデローザも笑顔を浮かべて親しげに対応する。

 男性がカウンターの奥に戻っていく背中を眺めながら、スタンフォードは不思議そうに尋ねた。

 

「あの人は?」

「この店のマスターよ。気晴らしにこの格好でよく来てたら、いつの間にか常連になっちゃってね」

 

 ポンデローザはヴォルペ公爵家の令嬢であり、この国の第一王子の婚約者だ。そんな彼女は公私共に完璧な令嬢であることを求められる。

 しかし、本来のポンデローザの性格は、自由奔放で興味のないことにはどこまでも無関心の勉強嫌いな性格だ。

 見栄や格式、世間体で雁字搦めになった貴族社会が彼女に与えるストレスは計り知れないものだった。

 そのため、ポンデローザはこうしてガス抜きのために変装をして平民街で自由に過ごす時間を作っていたのだ。

 この喫茶店は、ポンデローザの好きな紅茶の銘柄バロネットルドエという日本にはなかった銘柄の茶葉を扱っていることもあり特に気に入っていた。

 

「やっぱり、普段から完璧な令嬢として振る舞ってるとストレス溜まるのか?」

「まーね」

 

 ポンデローザは茶菓子をつまみながら気怠げに返事をする。その姿は初めて会ったときよりも、心なしかふっくらしてきたようにスタンフォードは感じた。

 

「ポン子、もしかしてお前……太った?」

「んなっ!? けほっ、けほっ!」

 

 ポンデローザは驚愕のあまり茶菓子を喉に詰まらせてしまった。そのまま苦しそうにせき込んだあと、優雅さの欠片もない所作で紅茶を一気に飲み干して叫ぶ。

 

「そんなわけないじゃない! 運動だってしてるのよ!」

「消費した分を上回る量食べてたら太るだろ」

「さっきから太る太るって、女の子に体重の話したらダメだってお姉ちゃんから習わなかったの!?」

 

 デリカシーの欠片もないスタンフォードの発言にポンデローザは激高する。

 それに対して、スタンフォードは怪訝な表情を浮かべて答える。

 

「うーん、姉さんが体重を気にしてるとこみたことないからなぁ。ダイエットもしてた様子ないし」

「違う、そうじゃない……」

 

 どこかズレたことを言うスタンフォードに、ポンデローザはこめかみを押さえる。

 

「あんた、コミュ力どころかデリカシーもないの?」

「あると思うか?」

「ないわよね……」

 

 深いため息をつくと、ポンデローザは冷たい視線をスタンフォードへと送った。

 

「ていうか、ニートだったならスタンこそ太ってたんじゃないの?」

 

 ポンデローザは、メガネをかけた太った男性がポテトチップスを貪りながらベッドで寝ている様子を思い浮かべていがなら問う。

 

「体重とニートは関係ないだろ。むしろ俺の方はかなり痩せてたぞ」

 

 両親と顔を合わせた日には決まって腹を下していたスタンフォードにとって、栄養失調による体重減少は日常茶飯事だった。決して健康的な痩せ方ではなかったが、太っているよりはマシだと本人は思っていた。

 

「前世で私が太ってたみたいな言い方やめてくれる? 確かにちょっとぽっちゃりしてたとは思うけど……」

「自称ぽっちゃりって大体ぽっちゃりどころじゃないよな」

「殴るわよ」

 

 悪役令嬢らしい凄みのある表情を浮かべるポンデローザに、冗談だと謝罪しながらスタンフォードはフォローを入れる。

 

「肉体年齢的には十代なんだし、今から食生活を改善すれば大丈夫だろ」

「そ、そうよね。まだ十代だものね! 十代、だものね……」

 

 スタンフォードのフォローに対して、ポンデローザは自分に言い聞かせるように言った後、脇腹の肉を摘まんでガックリと肩を落とした。

 そんなポンデローザを横目に、スタンフォードは先程のセタリアの様子を思い出しながら紅茶を飲んでいた。

 普段から優しく、ポンデローザと並んで賞賛されるほどの公爵令嬢セタリア・ヘラ・セルペンテ。

 誰にでも優しい自身の婚約者の姿を思い浮かべたスタンフォードは、怪訝な表情を浮かべて問う。

 

「そういえば、ハートの方のスタンフォードルートだとリアはどうなるんだ?」

「マーガレットとの仲を見て、気を利かせて自分から婚約破棄をするのよ。セルペンテ家もミドガルズとの戦いに大きく貢献したってことで、さらに地位が向上するわ。ラスボス戦への参加は結構重要みたいね」

 

 少なくともスタンフォードのルートに入ってセタリアが不幸になることはない。

 王子との婚約が白紙になったところで、地位がきちんと保証されている。

 それを再確認できたスタンフォードは、安心したように胸を撫で下ろした。

 

「あれ、ポン子はどうなるんだ?」

 

 原作の大まかな流れについてはポンデローザから聞かされている。

 各キャラクターの細かい行く末までは聞かされていなかったため、それぞれがエンディングを迎えた後にどうなるか気になっていたのだ。

 

「普通にハルバードとそのまま婚約続行で幸せそうにしてたわ」

「他の攻略対象相手だと絶対死ぬのに?」

「言ったでしょ、あなたには可能性があるって」

 

 得意げな表情を浮かべたポンデローザはまだ話していないスタンフォードについての秘密を打ち明けた。

 

「覚醒したスタンはベスティアシリーズにおいて覚醒したブレイブ君と並んで最強クラスって公式が明言してるの!」

「えぇ……」

 

 まさか公式設定でそんな潜在能力を秘めているとは思いもよらず、スタンフォードは困惑する。

 自分本来のポテンシャルを発揮できれば最強になれる。

 可能性があることについては嬉しくないわけではない。

 だが、ポンデローザから寄せられる期待がスタンフォードには重かった。

 

「僕が覚醒できなきゃポン子は生きられない、か」

「そゆこと。ま、あんまり重く考えなくてもいいわ」

「え?」

 

 自分の命が懸かっているというのに、ポンデローザはおつかいを頼むような感覚で告げる。

 

「自分が助かりたいから頑張る。そのついでにこの女も助けてやっていい。そのぐらいに思ってくれればいいわよ」

「何で、だよ。生きるか死ぬかが僕次第なんだろ。僕が死ぬ気で頑張らないとポン子は死ぬんだぞ?」

 

 死にたくない。

 その一心でポンデローザは今日まで生きてきたはずだ。

 なのに、どうして。

 理解のできないポンデローザの行動にスタンフォードは困惑した。

 

「てい!」

「あだっ!?」

 

 そんなとき、責任感とプレッシャーで強ばっていたスタンフォードの額に衝撃が走った。

 突然の痛みに瞑った目を開けると、そこにはデコピンの構えをしているポンデローザがいた。

 

「バーカ、もうあんたにそこまで背負わすつもりはないっての」

 

 そう言うと、ポンデローザは呆れたように肩を竦めた。

 

「人の命ってのは重いもんなの。そんなもん一方的に背負わせるなんて真似しないわよ」

「ポン子……」

「確かに期待はするけど、あなた一人に背負わせるつもりはないわ。そのための〝当て馬同盟〟じゃない。だから一緒に頑張ろ?」

 

 ポンデローザの言葉が心に染み渡っていく。

 スタンフォードの前世において、心の支えになっていたのは昔と変わらずに接してくれた姉だった。

 その姉からも見放されたと思ったまま、死後に異世界転生を果たした。

 地位と権力に加え、周囲とは一線を画す魔法を持ち、調子に乗った。

 そして、増長したプライドをブレイブという主人公によって粉々に砕かれた。

 打ちのめされても、また立ち上がれるようになったのはポンデローザのおかげだ。

 

「……ああ、ありがとう」

 

 それをスタンフォードは強く自覚するのだった。

 

「さて、今後のことを話し合いましょ」

 

 空気を変えるように両手を叩くと、ポンデローザは話の本筋を今後の方針へと戻した。

 

「次のイベントだけど、時期的に校外演習での異形種事件になると思うわ」

「ついに戦闘イベントか……それってBESTIA HEARTの俺のルートでもあるのか?」

「ええ、雷竜に挑んでボロボロになったところでブレイブ君が登場してぶった斬るっていう感じ。戦闘パートがないだけで概ねBESTIA BRAVEと変わらないわ」

「ライザルクってどんな竜なんだ?」

「見た目的にはユニコーンとドラゴンを足して二で割ったような感じね。ギザギザの角と雲みたいなモコモコの毛が特徴よ」

 

 ベスティアユーザーにとって最初の関門とされるボス、雷竜ライザルク。

 ポンデローザはゲームでの見た目を、前世の記憶を頼りにスタンフォードへと教えた。

 ライザルクは、竜の頭と前足、尻尾、そして馬のような胴体と後ろ足を持つ竜だ。

 雷雲と共に現れると伝承にも記されている古代の竜なのだ。

 

「竜成分強めの麒麟みたいな奴ってことか」

「キリン?」

「動物園にいない方な」

「あっ、そっちか」

 

 首の長い動物の方を想像しているポンデローザに、スタンフォードはすかさず補足する。

 ポンデローザと一緒に過ごす内に、スタンフォードはすっかり彼女の思考を理解できるようになっていた。

 

「ライザルク戦はハートとブレイブのどっちにも存在するイベントなら、まず確実に発生すると見ていいだろうな。問題は生徒に出る被害だ」

「そうね。ムワット森林は広いから被害を最小限にするためには生徒会の協力が不可欠だわ」

 

 スタンフォードはポンデローザから原作のストーリーの概要を聞いてからいろいろと対策を考えていた。

 ライザルク戦が発生する場所は、魔法の合同演習で行く予定の〝ムワット森林〟だ。

 演習内容はいくつかのチームに分かれて魔物を狩り、魔物のランクに応じて点数が入るというものである。

 この演習では、教師だけでは監督役の人数が足りないため、上級生からも人員が駆り出される予定だ。

 生徒会からも何人か監督役を決める予定のため、ポンデローザは監督役に志願する予定だった。

 

「にしても、ムワット森林て……名前まんまじゃん」

「ベスティアシリーズというか、制作会社のcre8あるあるね。割と地名はそのまんまだったりするのよ」

「変な苗字にならなくて良かった……」

 

 ベスティアシリーズの制作会社であるcre8では、ゲーム内に登場する地名が日本語や擬音語をカタカナにしただけの地名が度々登場する。

 スタンフォードは、王子であるため国名がきちんとしたものになっていることに安堵した。

 

「ポン子だけじゃ事前に避難させることは難しいだろ。ライザルクの出現ポイントだってわかってないんだろ?」

「そこは何とかなるわ。ライザルクが出現するのはスタンとヨハンのいるチームだもの」

「僕とあいつが目印なのかよ……」

 

 スタンフォードの脳裏ににこやかな笑顔を浮かべたヨハンの顔が過ぎる。

 露骨に顔を顰めたスタンフォードは、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

 

「でも、原作通り俺とヨハンが同じチームに配属されるとは限らないんじゃないか?」

「そこなんだよねー。もしチーム分けが原作とバラバラになったら当たりが付けにくくなるのよ」

「一応、僕とヨハンが分かれたらポンデローザがヨハンの方を監視するって方法があるけど……」

「確実じゃないんだよねー」

 

 原作での出来事はあくまでも大きな指針程度にしかならない。

 既にスタンフォードとポンデローザ、マーガレットとブレイブの共存というイレギュラーな存在がある以上、細部まで原作通りになるという保証はどこにもなかったのだ。

 そんな中、スタンフォードはある案を思いついた。

 

「なあ、ラクーナ先輩をこっち側に引き込めないか?」

「えっ、マーガレットを?」

「あの人なら深い事情も聞かずに力を貸してくれるんじゃないか? あの人がいれば多少の被害なら光魔法の治癒でカバーできると思うんだ」

 

 マーガレットの光魔法による治癒は異常な回復力を持つ。

 肉体の欠損すらも治癒できるマーガレットさえいれば、多少の被害はないのと同義だ。

 

「あー、それは難しいと思うわ」

 

 しかし、ポンデローザは残念そうに首を横に振った。

 

「だって、あたし嫌われてるし」

「何でだよ」

「スタンと当て馬同盟を組んだとき、あたしが何でボロボロの格好してたか覚えてる?」

 

 スタンフォードはボアシディアンに腕の骨を砕かれた後のことを思い出す。

 

『言うことを聞かないペットの鳩を追い回していたら木から落ちたんですの……』

 

 ポンデローザとは、彼女が土埃に塗れてボロボロの状態で出会った。

 そのときは気にする余裕がなかったため聞かなかったが、今思えばかなり不自然な状況である。

 

「確か、言うことを聞かないペットを追いかけてたんだっけっか?」

「そうよ。あたしのペットの鳩がマーガレットの頭によく糞を落とすの。名前はぼんじりっていうんだけどね」

「待って、情報量が多い」

 

 何故ペットの鳩がマーガレットの頭に糞を落とすのか。

 何故こんなファンタジーの世界で名前がぼんじりなのか。

 疑問は多いが、スタンフォードはそれらについては一旦捨て置くことにした。

 

「で、それが何でラクーナ先輩に嫌われることになるんだ」

「ぼんじりが粗相をする度に謝ってはいるんだけど……あたしって公爵家の令嬢だから人前で簡単に頭を下げる訳にはいかなくてね。そんなことが入学時からずっと続いてるから、あたしからの嫌がらせだと思われてるみたいなの」

 

 原作において主人公であるマーガレットが選択肢を間違えた際、ポンデローザの鳩が頭上に糞を落としてくるという演出があった。

 その名残なのか、ポンデローザの飼っている鳩は度々マーガレットの頭上に糞を落としていた。

 

「じゃあ、そのぼんじりにやめるよう――まさか無理なのか?」

「あの子、自分より頭の悪い人間の言うことを聞かないのよ。あたしもしょっちゅうバカにされてるわ」

「じゃあ、ケージにでも閉じ込めておけばいいだろ」

「いつの間にか勝手に開けてるのよ。普段はメイドのビアンカが面倒を見てくれてるんだけど、マーガレットといるときになるとどこからともなく飛んできて糞を落としていくの」

「嫌がらせに特化しすぎだろ」

 

 無駄に賢いぼんじりの行動に、スタンフォードは呆れたようにため息をついた。

 

「あたしだってマーガレットと仲良くなろうと思ったわ。でも、あの子がいつも邪魔してくるのよね……」

「何ていうか、ご愁傷様……」

 

 ポンデローザはやるせない表情を浮かべてため息をついた。

 ぼんじりは彼女なりに思い入れがあるペットだった。

 そのうえ、原作に登場するキャラクターであるぼんじりを学園から遠ざければ、どのような影響が出るか判断できなかったこともあり、下手に対応が取れなくなってしまったのだ。

 

「まあ、誤解があるようなら俺が解いておくぞ」

「解けるといいんだけどねー……」

 

 深いため息をつくと、ポンデローザはすっかり渋くなってしまった紅茶を一気に飲み干した。

 

「ま、くよくよしててもしょうがないか! そもそも原作のこのイベントでマーガレットは直接的な介入はしないし大丈夫でしょ!」

「立ち直り早っ!」

 

 ポンデローザは紅茶を飲み干すのと同時に元気を取り戻した。

 先ほどまで落ち込んでいたというのに、この立ち直りの早さ。

 スタンフォードは、いかに彼女が転生後に逞しく生きてきたかを垣間見た気がした。

 

「どんなメンタルしてんだよ」

「友達からはよく形状記憶合金メンタルって言われてたわ」

「そこは鋼メンタルでいいだろ……」

 

 一体どんな感性の友達だったのか。

 きっとポンデローザに似て、自由人なんだろう。

 そんな友人がいることを羨みながらスタンフォードは席を立つ。

 

「今日はフォロー助かったよ」

「いいってことよ!」

「それじゃ、先に帰るよ」

 

 会計の半分の額を置くと、スタンフォードは店を出ようとする。

 そこでふと、思い出したように足を止めた。

 

「ああ、そうだ。その恰好、似合ってるな」

「にひひっ……そういうことはマーガレットに言いなさいな」

 

 貴族令嬢らしからぬ人懐っこい笑顔は、普段のポンデローザが人前で見せる笑顔よりも一段と魅力的なものだった。

 


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