負けるな、踏み台君!ファイトだ、悪役令嬢ちゃん!   作:サニキ リオ

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第20話 爆発するマーガレットの不満

 生徒会室の前に立ったスタンフォードは扉をノックをする。

 

「入れ」

「失礼致します」

 

 入室許可を得ると、スタンフォードは堂々と室内へ入っていった。その後ろを怯えながらもステイシーが付いていく。

 生徒会室では、スタンフォードの兄であり、生徒会長のハルバードが書類仕事を行っていた。

 室内を見渡せば、そこにはポンデローザやマーガレット以外にも、生徒会役員がいた。

 

「スタンフォード。何か用か?」

「生徒会に呼ばれている生徒がいたようでしたのでお連れしました」

「そうか。ご苦労だったな」

 

 書類の手を止めると、ハルバードは抑揚のない声でスタンフォードを労う。

 そこには弟への情などは欠片も含まれていない。

 あくまで一生徒として扱うというハルバードの公平性が見て取れる態度である。

 

「あ、スタンフォード君。生徒会室に来るなんて珍しいね!」

「こんにちは、ラクーナ先輩。いつもと変わりないですよ」

 

 スタンフォードを見かけたことで、マーガレットが挨拶をする。

 原作のイベントを利用する形で交流を重ねたことで、今ではすっかり人前でも親し気に接する仲となっていた。

 しかし、そんなマーガレットの態度を咎める者がいた。

 

「……ラクーナさん。スタンフォード殿下はこの国の第二王子。そのような口のききかたは失礼なのではなくて?」

 

 ポンデローザは貴族令嬢の元締めのような立場に祭り上げられてしまっている。

 礼儀作法に厳しく、誰よりも気高い公爵家の令嬢。

 それが周囲から見たポンデローザという人間だった。

 

「すみません、少々馴れ馴れしかったですね」

「気にしないでください。この学園では身分は関係ありませんから」

「表向きは、でしょう?」

 

 ポンデローザの鋭い視線がスタンフォードを捉える。

 周囲から見れば、それは敵を見るような目つきだったが、真意はスタンフォードにきちんと伝わっていた。

 スタンフォードは頷く代わりに肩を竦めると、いつものようにポンデローザに喧嘩腰で話しはじめた。

 

「さっきから随分とラクーナ先輩に突っかかりますね。彼女のことがお嫌いなんですか?」

「あら、私は親切心で言っていましてよ。この学園に光魔法を持つ特待生として入学した生徒。周囲からどう思われるかは想像に難くないでしょう?」

「なら、嫌味ったらしい言い方はおやめになったらどうですか」

「オホホ、ごめんあそばせ。嫌味に聞こえるなんて思いもしませんでしたわ」

 

 バチバチと二人の間で火花が散るように空気が張り詰める。

 張り詰めた空気の中、ステイシーはただただ怯えていた。

 実際のところ、二人の間では「合わせてくれてサンキュ!」「どういたしまして」というやり取りがアイコンタクトだけで行われているのだが。

 

「まったく、二人共相変わらず仲悪いねぇ。喧嘩するほど仲が良いってか?」

 

 そんな張り詰めているように見える空気の中、生徒会にいた一人の男子生徒が口を開いた。

 灰色の長髪を掻き上げると、男子生徒はへらへらと軽薄な笑みを浮かべる。

 レベリオン王国騎士団長の息子、ルーファス・ウル・リュコス。

 彼は幼い頃からハルバードの側近のような立場にあり、剣の腕も魔法の腕も立つ天才と言われている。

 彼もまたBESTIA HEARTでは攻略対象の一人だった。

 

「おっと、俺様のことは気にせずに続けてくれ」

「……興が覚めましたわ」

「僕は元々興なんて乗っていませんけどね」

 

 ルーファスはスタンフォードとポンデローザの口論を止めるために、茶々を入れた。

 口論の着地点を見失っていた二人もこれ幸いと、ルーファスの意図を汲み取って口論を止めた。

 そこでスタンフォードは、先ほどから縮こまっているステイシーの存在を思い出し、彼女が生徒会に呼び出された訳を尋ねることにした。

 

「それで兄上、ルドエはどうして生徒会に呼ばれたのですか?」

「お前にも関係することだ、スタンフォード」

「僕にも?」

 

 ハルバードの視線が鋭くなるのを感じたスタンフォードは、反射的に身構えた。

 身に覚えは全くないが、知らない内に何かをやらかしている可能性はある。

 嫌な予感を覚えるスタンフォードと、いまだ怯えたままのステイシーに向かってハルバードは淡々と告げた。

 

「先日、鍛錬場で高威力の攻撃魔法の乱射により被害が出た。被害者はそこにいるルドエ嬢だ」

 

 高威力の攻撃魔法という単語を聞いた瞬間、スタンフォードの背中を冷たい汗が流れる。

 

「その魔法は四大魔法である火属性、水属性、風属性、土属性のどの属性にも該当しない攻撃魔法だったそうだ」

「……つまり?」

「この学園で四大魔法以外を使用できる者は限られている。俺、マーガレット、一年のドラゴニル、そしてスタンフォード、お前しか該当者はいない」

 

 スタンフォードはさりげなく視線をポンデローザに向けてみるが、彼女は小さく首を横に振った。

 つまり、これは原作にない出来事ということになる。

 

「強力な攻撃魔法を扱わないマーガレットは除外、俺もその日は生徒会の業務で鍛錬は行っていない。となると、だ」

 

 原作にない出来事ということは、大したことのない日常の些細な出来事であるか、スタンフォードやポンデローザなどのイレギュラーな存在によって発生した出来事ということになる。

 そこまで考えたとき、スタンフォードはこの出来事が自分が原因で引き起こされたものだということを理解した。

 

「お前かドラゴニルのどちらかになるわけだが、ドラゴニルもその日は鍛錬場は使用していない。必然的に下手人はスタンフォードになるというわけだ。ルドエ嬢、今日君を生徒会室に呼んだのは他でもない」

 

 そこで言葉を区切ると、ハルバードはステイシーを真っ直ぐに見据えて問う。

 

「現在になっても被害届が提出されないのは、スタンフォードが権力を振りかざして君を押さえつけているからと耳に挟んだ。これは事実か?」

「なっ……」

 

 まさかの事態にスタンフォードは唖然とした。

 確かに彼はここ最近、レールガンの原理を利用した攻撃魔法の制度を上げるために速射の練習を行っていた。うまくいかない現状に苛立ち、鍛錬の際は八つ当たり気味に魔法を乱射していた自覚もあった。

 しかし、今日の今日までスタンフォードは自身の鍛錬によって被害が出ていたことも知らなかったのだ。

 

「い、いえ、その……」

 

 ステイシーは困ったようにスタンフォードの顔色をチラチラと窺う。

 その仕草は、まるでハルバードの言葉を肯定しているようにも取れてしまった。

 

「なるほど、やはりそう――」

「スタンフォード君がそんなことするはずないじゃないですか!」

 

 納得しかけたハルバートの言葉をマーガレットが遮る。

 突然声を荒げたマーガレットにハルバードは目を見開いた。マーガレットは普段から物静かで、人のやることなすことに口を挟んだりはしない。そんな彼女がここまで感情的にハルバードに口を挟むことは初めてだったのだ。

 驚いたのも束の間、ハルバードは淡々と告げる。

 

「この愚弟の中等部からの行動を見ていればおのずと真実は見えてくる」

「中等部までしか見ていないから全く真実が見えていないんじゃないですか!?」

「君がこいつの何を知っている? 幼い頃から天才と周囲に持て囃され、自惚れて自尊心だけが肥大化した愚か者。それがスタンフォードだ」

「違います! スタンフォード君は困っている人に手を差し伸べることができる優しい人です!」

 

 息を荒げながらも、マーガレットは必死でスタンフォードを擁護する。

 それを止めようともせず、ルーファスは楽しそうに二人のやり取りを眺めている。

 スタンフォードとポンデローザはお互いに視線を送って、アイコンタクトでこの状況をどうするか思案しており、ステイシーに至っては予想以上の大事になってしまったことで、ただただ震えていた。

 

「中等部までの彼の話は伺っています。周囲を見下し、まるで王様のように振る舞っていたそうですね」

「ああ、そうだ」

「でも、彼は変わりました。スタンフォード君は自分が調子に乗っていたことを反省して、努力しています」

「その結果がこの騒ぎだ。何も変わってなどいない。こいつは噂に違わぬ〝王家の面汚し〟だ」

「スタンフォード君は――」

 

「そこまでですわ!」

 

 先ほどからタイミングを見計らっていたポンデローザがマーガレットの言葉を遮る。

 これ以上、原作にない出来事でマーガレットとハルバードの仲が拗れるのを防ぐためだ。

 

「あなた、誰に口を聞いているかわかっていまして?」

「学園では身分は関係ありません。私達は同じ学び舎の生徒でしかないはずです。たとえ一国の王子であろうと、間違っていると思ったからそれを指摘したまでです」

 

 いつもはポンデローザに対してすぐに謝罪して引き下がるマーガレットだったが、感情が昂っているせいか歯止めが利かなくなっていた。

 

「では、あなたは無礼講だと言われたら国王相手にも無礼を働くというの?」

「無礼を働いた覚えはありません」

 

 毅然とした態度でマーガレットはポンデローザに真っ向から対立する。

 本音を言えば、ポンデローザも「もっと言ったれ!」と思っていたところだったが、彼女の立場上、注意をしないわけにはいかなかったのだ。

 

「普段は大人しくしているのに、今日はまた随分と感情的ですこと。スタンフォード殿下が貶されたことがそんなに嫌でしたの?」

 

 さりげなくスタンフォードへの好感度の確認も兼ね、ポンデローザはカマをかけてみる。

 すると、マーガレットは頭を押さえてどこか苦し気に答えた。

 

「……家族なのに相手を知ろうともしないで、一方的に決めつけることに腹が立っただけです」

「だそうだ、ハルバード?」

「我々は家族である前に王族だ。普通の家庭とは訳が違う」

 

 揶揄うようなルーファスの言葉もハルバードは淡々と受け流す。

 これで一区切りがついたと思ったポンデローザは締め括るように告げる。

 

「ともかく、ハルバード殿下に意見するなんて無礼ですわ。思うところがあっても、抑えるのが礼儀というものですわ」

「……それなら、ポンデローザ様は私に言いたいことをはっきりとおっしゃれば良いのではありませんか」

「へ?」

 

 まさか自分に飛び火するとは思っていなかったポンデローザは、つい素の状態で間抜けな声を漏らした。

 

「毎回毎回、ペットの鳩に糞を落とさせて嫌がらせなんてしないで、文句があるならはっきりと言えばいいじゃないですか!」

「ですから、それはわざとではないと何度も言っているじゃありませんの」

「あんな絶妙なタイミングで鳩が私の頭の上で糞をするなんて偶然、そう何度もあるわけないじゃないですか!」

 

 完全に置いてけ堀にされているスタンフォードはマーガレットの態度を見て怪訝な表情を浮かべる。

 普段ならこんなに周囲を引っ掻き回す人じゃないのに、どうしてここまでマーガレットは激高しているのか、と。

 

「ラクーナ先輩、落ち着いてください……」

「スタンフォード君は黙ってて!」

「あっ、はい」

 

 温厚な人間ほど怒らせると怖い。

 それほどまでに、マーガレットのポンデローザに対する不満は溜まっていたのだ。

 

「ぼんじりがあなたに粗相をするのは、わたくしの躾がなっていないからであって、悪意はありませんの」

「本当に躾ようとしているんですか? 躾ける気がないだけじゃないですか」

「何ですって?」

 

 躾ける気がない。

 その言葉は、長年運命に翻弄され続けてきたポンデローザの心に深く突き刺さった。

 ポンデローザは自分が悪いと思っていながらも、言葉を紡ぐことを堪えられなかった。

 

「わたくしだって好きでこんな状態になっているわけではありませんわ……!」

「こっちは実害が出てるんですよ! いっつも礼儀作法で注意してくるのに、自分のペットの躾もできないんですか!?」

「それは……!」

 

 この口論、どちらに非があるかと言われれば間違いなくポンデローザに非があるだろう。

 そんなことはポンデローザも理解しているが、一度火が着いた感情は止めることができないものだった。

 

 マーガレットが不満を溜めこんでいたように、ポンデローザも不満を溜めこんでいた。

 転生してから死亡する未来を回避するために必死になって行動していたのに失敗続きだった彼女もまた、堪えていたものが溢れ出してきてしまったのだ。

 この状況を止めるとなれば、鶴の一声が必要だ。

 そう思ったスタンフォードは助けを求めるようにハルバードへと視線を向けたが、彼は興味深そうに二人の口論に耳を傾けていた。楽しそうに笑っているルーファスに至っては論外である。

 もはや誰にも止めることができない。

 そんな状況の中で、突然大声を上げた者がいた。

 

「私のために争わないでください!」

 

 それはすっかり存在を忘れ去れていたステイシーだった。

 ポンデローザとマーガレットの怒りは霧散し、その場にいた全員の思考が一致する。

 

 お前は何を言っているんだ、と。

 

 全員からの視線に耐え切れなくなったのか、ステイシーは震えながらもおどけたように言った。

 

「………………な、なんちゃってー」

 

 ステイシーは彼女なりにこの場を収めようと動いたのだ。

 まさか、下級貴族の女子生徒が二人の口論に割って入るとは思わなかったため、冷静なハルバードですらも口を開けて固まっているほどである。

 

 しばしの静寂の後、ルーファスが涙を流すほど笑い転げた。

 

「あっはっはっは! あんた、おもしれー女だな!」

「ぶふっ!?」

 

 おもしれー女

 ルーファスの何気なく放った一言。それはスタンフォードの笑いのツボを的確に突いた。

 

「スタンフォード?」

 

 突然スタンフォードが吹き出したため、ハルバードは怪訝な表情を浮かべた。

 

「はっ……いえ、何でも、ないです。失礼、致しました……!」

 

 必死に笑いを堪えると、スタンフォードは表情を取り繕った。

 

「なあ、スタ坊よ。俺様は何かおかしいこと言ったか?」

「す、すみません。本当に何でもないんです……」

 

 すっかり険悪な空気が霧散したことによって冷静になったのか、マーガレットは顔を青ざめさせながら深々と頭を下げた。

 

「その、ポンデローザ様。申し訳ございませんでした!」

「いえ、この件に関してはわたくしに非があります。頭を上げてくださいな」

 

 ひとまず形だけではあるが、ポンデローザとマーガレットも場の空気に流されて和解する。

 場の空気が落ち着いたところで、スタンフォードは首を傾げながら口を開いた。

 

「あれ、何の話をしていたんでしたっけ?」

「お前の話だ。スタンフォード」

「ああ、そうでした」

 

 元々はステイシーがスタンフォードの魔法の鍛錬によって被害を受けたという話だった。

 話が本題に戻ったところで、スタンフォードはステイシーへと向き合い、深々と頭を下げた。

 

「ステイシー・ルドエさん、この度は誠に申し訳ございませんでした」

「えっ、スタンフォード殿下?」

 

 王族であるスタンフォードが下級貴族である自分に頭を下げたことによって、ステイシーは目を丸くする。

 

「知らなかったとはいえ、君には迷惑をかけてしまった。今後、魔法の鍛錬をするときはもっと周囲に気を配るよ」

「あ、頭を上げてください!」

 

 ステイシーは慌てたように、スタンフォードに声をかけた。

 

「私は気にしていませんから! わざとではないことがわかっていたからこそ、被害届を出さなかったんです!」

「ルドエ嬢、それは本当か?」

「もちろんです! 神聖なる世界樹ユグドラシルに誓って嘘偽りは申しておりません!」

 

 淀みなく堂々とした様子でステイシーがそう言ったことで、ハルバードは納得したように頷くと、視線をスタンフォードへと移す。

 

「そうか。ならば、この話はここで終わりだ。スタンフォード、お前も普段の行動には気をつけろ。今回のような話が出たのはお前の素行が原因だ」

「……肝に銘じます」

 

 再び頭を下げると、スタンフォードは改めて自分の今までの行動を反省した。

 

「ポンデローザ、先ほどのマーガレットとの件で話がある。付いてこい」

「……承知致しましたわ」

「ルーファス、マーガレット、ここは頼んだ」

 

 短くそれだけ告げると、ハルバードはポンデローザを連れて生徒会室を後にした。

 すれ違いざま、ポンデローザは小さく折りたたんだメモをスタンフォードのポケットに素早く忍ばせた。

 メモを広げてみると、そこには〝後で少し話したいから、部屋に向かうね〟と書かれていた。

 

「すれ違い通信かよ」

 

 ひとまず苦難を乗り切ったスタンフォードは重たい疲労を感じながらも、生徒会室を後にするのであった。

 


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