負けるな、踏み台君!ファイトだ、悪役令嬢ちゃん!   作:サニキ リオ

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第26話 ぼんじりとの邂逅

 ステイシーと別れたスタンフォードは昼食を取るために学食へと向かっていた。

 スタンフォードのいた廊下から学食へ向かうには中庭を経由するのが近道だった。

 中庭に出ると、談笑していた生徒達が一斉に黙り込んで移動を始める。

 

「はぁ……」

 

 他の生徒達から避けられていることは理解していても、この扱いにスタンフォードが慣れることはなかった。

 ため息をついて顔を上げると、どこかで見たことのあるような鳥が空を飛んでいた。

 

「あれは……」

 

 スタンフォードが鳥に気づくと、鳥は優雅にスタンフォードの元へと滑空し始めた。

 

「クルッポー!」

 

 スタンフォードの前に降り立った鳥――穢れのない白銀の羽毛が特徴的な鳩は、翼を折りたたんでスタンフォードへと頭を下げた。

 

「もしかして、お前がぼんじりか」

「クルッ」

 

 その鳩とは思えない知能の高さに、スタンフォードは鳩がポンデローザのペットであるぼんじりだと気がついた。

 スタンフォードの姿を確認し、王族だと判断して優雅に礼をする。

 そんな鳩離れした姿にスタンフォードが唖然としていると、慌ただしく中庭に駆けてくる者がいた。

 

「ぼんじりー! 校内を飛び回ってはいけません! またお嬢様に怒られますよ!」

「お前は……ポンデローザ様のメイドのビアンカだったか」

「す、スタンフォード殿下!?」

 

 ぼんじりを追いかけて駆けてきたのは、ポンデローザのメイドであるビアンカだった。

 ビアンカはスタンフォードの元にぼんじりがいることを確認すると、顔を青褪めさせた。

 

「大変申し訳ございません! ぼんじりが粗相を……!」

「いや、大人しいものだよ。賢い鳩だな」

「クルルッ」

 

 ぼんじりはスタンフォードの肩に飛び乗ると、顔を摺り寄せる。それを見たビアンカは驚きのあまり目を見開いた。

 

「あの誰にも懐かなかったぼんじりが人に懐いてる!?」

「……そんなに驚くことなのか?」

「天地がひっくり返ってもあり得ないことです!」

 

 そこまで驚くことでないと思っていたスタンフォードは、ビアンカの反応からいかにポンデローザがぼんじりに苦労させられているかを察した。

 

「苦労しているんだな」

「ええ、まあ……」

 

 普段からぼんじりの面倒を見ているというビアンカに、スタンフォードは深く同情した。

 

「前から気になっていたんだが、どうしてポンデローザ様はこいつを学園に連れてきたんだ?」

「それは……」

 

 ビアンカは眉間に皺を寄せ、服の裾を握りしめる。

 話すべきではない。

 でも、話すことで何かが変わるのならば。

 迷った末に、ビアンカはスタンフォードになら話しても良いという判断をした。

 

「これはここだけの話にしてほしいのですが……幼い頃、ポンデローザ様は、その、自由気ままな方でした」

「それは僕も知っている。あいつの奇行は有名だったからな」

 

 ポンデローザは幼い頃は自由奔放な性格で、落ち着きのない令嬢ということで有名だった。

 階段から転げ落ちたり、木から転落するなど、普通の貴族令嬢ならばあり得ない行動を繰り返していたことは、当時関わりの薄かったスタンフォードでも知っていたくらいだ。

 

「でも、それとぼんじりのことに何の関係があるんだ?」

「お嬢様が明るくなられる前のことです。あの方は何度も命を絶とうとしていたのです」

「なっ」

 

 告げられた衝撃の事実にスタンフォードは絶句した。

 メンタルの強さに定評のあるポンデローザが自殺未遂を繰り返していたなど、到底信じられなかったのだ。

 

「幼い頃のお嬢様は〝ニホンに帰りたい〟とよく仰っていました。階段から転げ落ちるときも、木から飛び降りるときも、これなら帰れるかもしれないからと言って、制止する私達使用人の声など聞いてもいませんでした」

 

 どうしてポンデローザが自殺を図ったか。

 それは偏に日本に帰りたいという想いが強かったからだった。

 

「お嬢様はいつも泣いていました。何を言っているのかはわかりませんでしたが、とても辛い思いをされていたことだけは確かでした」

 

 家族や友人もいて、趣味もやりたいこともたくさんあった。

 そんな人間が突然命を絶たれ、訳も分からず自分が死ぬ未来が待っている世界に転生する。

 一体どれほどの絶望だっただろうか。

 スタンフォードは同じ転生者として、胸が苦しくなるのを感じた。

 

「いつも泣き喚いて駆け回るお嬢様を慰めていたのがぼんじりでした。ぼんじりはお嬢様が泣き出すと、静かに寄り添って翼で涙を拭っていました。当時のお嬢様は、ぼんじりが傍にいないと眠れないほどに追い詰められていたのです」

「だから、こいつのせいで苦労しても傍においていたのか」

 

 ポンデローザはぼんじりは自分より賢くない人間の言うことは聞かないと言っていた。

 てっきり嫌っているのかと思っていたが、事実は違った。

 

「でも、それならどうして今はこいつに嫌われているんだ?」

「それはおそらくぼんじりが世界樹の巫女の末裔様を嫌っているからだと思われます」

「ラクーナ先輩を?」

 

 スタンフォードは意外そうな表情を浮かべ、肩に乗っているぼんじりを見つめた。

 マーガレットは動物に好かれるタイプだっただけに、何故ぼんじりが彼女を嫌っているのか理解できなかった。

 

「理由は私にもわからないのですが、とにかく世界樹の巫女の末裔様が気に入らないみたいでして……」

「それでポンデローザ様がラクーナ先輩と仲良くしようとすると、それを阻止しようとしていたわけか」

 

 自分が大切に思っている飼い主が、蛇蝎の如く嫌っている相手と仲良くすることが気に食わない。

 そんなぼんじりの行動はどこか人間臭く、とてもただの鳩には思えなかった。

 

「それにしても、どうして僕にその話をしたんだ?」

「最近のポンデローザ様はスタンフォード殿下の話を楽しそうに語られるので、噂とは違って仲がよろしいのだと判断したのです」

 

 対外的には、スタンフォードとポンデローザは犬猿の仲ということになっている。

 しかし、いつもポンデローザの面倒を見ているビアンカの目は誤魔化せなかった。

 

「そうか、あいつが羨ましいよ。うちのメイドは不愛想な仕事人間だからな」

 

 スタンフォードは自分のメイドであるリオネスのことを思い出す。

 感情のない目で言われた仕事を全うする機械のようなメイド。それがスタンフォードから見たリオネスだった。

 

「リオネス様もきっと心ではスタンフォード様のことを気にかけておられますよ」

「だといいけどね。それじゃ僕はもう行くよ。ぼんじり、もうラクーナ先輩に糞を落とすなよ?」

「クルッ……」

 

 スタンフォードの言葉に、ぼんじりはどこか不満げに鳴くのであった。

 

「それにしても、あのポン子が自殺未遂か……」

 

 スタンフォードは何度も見てきたポンデローザの素の笑顔を思い出す。

 ポンデローザは幼い頃から孤独と絶望を抱えながらも懸命に生きてきた。

 大切な友人や家族と別れ、全力で楽しんでいた趣味も全て奪われた。

 それでも彼女なりに、現状をどうにかしようともがき苦しみ、貴族令嬢の鑑とまで言われる存在になった。

 それに比べて自分はどうか。

 自分をこの世界の主人公だと疑わず、周囲を見下して尊大な態度で振る舞って生きてきた。

 前世のことなど、知識以外は不必要な記憶だと異世界転生を心から喜んでいた。

 その結果が〝王族の面汚し〟だ。

 

「あいつ、今どんな気持ちで僕に協力してるんだろうな……」

 

 何故だか無性にポンデローザに会いたくなったスタンフォードは、駆け足気味に食堂へと向かうのだった。

 


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