負けるな、踏み台君!ファイトだ、悪役令嬢ちゃん!   作:サニキ リオ

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第29話 悩む主人公と踏み台転生者

 郊外演習の前日。

 緊張で眠れないスタンフォードは鍛錬場に行き、念入りに調整を行っていた。

 

「攻撃速度は問題なし、肉体強化も上限は前より上がってるな……」

 

 一つ一つの技を実戦で使用できるか入念に確認していく。

 問題があるとすれば自分の精神的弱さだ。

 スタンフォードの肉体には、ボアシティアンとの戦いで魔物に対する恐怖が刻み込まれている。

 たとえキレのある技を持っていても、実戦で身体が竦んでしまっては意味がない。

 どんなに調整を行ったところで安心などできるはずもなかった。

 

「あれ、スタンフォード?」

 

 そんなとき、誰もいないはずの夜の鍛錬場に来訪者がいた。

 

「ドラゴニル、また君か」

 

 やって来たのはブレイブだった。

 鍛錬場にブレイブがいることに対して、スタンフォードは特に驚きはしなかった。

 何故なら、この邂逅はスタンフォードが原作ファンから〝スタン先生〟と呼ばれるきっかけとなる〝スタンフォードの鍛錬イベント〟だと理解できたからだ。

 

「スタンフォードも明日の演習が不安で寝れないのか?」

「僕は万全を期すために最終調整をしているだけさ。君と一緒にしないでくれないか」

 

 図星を突かれたスタンフォードは見栄を張る。

 何度も心を折られたというのに、スタンフォードのプライドの高さは筋金入りだった。

 

「そっか、やっぱりスタンフォードは凄いな」

「何だよ、嫌味か?」

 

 自分より凄い人間に凄いと言われたところで嬉しくもない。

 不機嫌そうに鼻を鳴らすスタンフォードに、ブレイブは苦笑した。

 

「違うって。前から思ってたけど、そうやって人一倍頑張れるのってなかなかできることじゃないと思う」

「はっ、そいつはどうも」

 

 ブレイブはスタンフォードにとってコンプレックスの象徴のような存在だ。

 本人に悪気がないとわかっていても、彼の賞賛を素直に受け取る気にはなれなかった。

 

「それにしても、スタンフォードって良い剣使ってるよなぁ」

「当然だろう。この剣は王家お抱えの鍛冶職人が作った一級品なんだからね」

 

 スタンフォードは少し自慢げに剣を掲げる。

 

「魔剣ルナ・ファイ。僕の魔力を吸って切れ味を増す剣さ」

 

 使用者の魔力を吸収し、何倍にも増幅させて切れ味を増す魔剣。

 王家の血筋として申し分ない魔力の質と量を持つスタンフォードにとって、この剣はもはや自分の体の一部のように馴染んでいた。

 試しに魔力を流し込んでみれば、刃から電光が溢れ出して刃は神聖な輝きを放つ。

 

「すげぇ! ちょっと触らせてくれないか?」

「嫌だね。これは僕にとって王族である誇りのようなものだ。君のように簡単に剣を壊すような人間には、死んでも触らせたくないね」

「あははっ、それもそうか!」

 

 スタンフォードは目を輝かせるブレイブに冷ややかな視線を送る。

 ブレイブはこれまで何度も滅竜剣を発動した際に、剣が耐え切れず破損してしまうことが多々あった。

 そんな人間に自身の誇りともいえる剣を触らせたくはなかったのだ。

 会話はそこで途切れ、お互いに鍛錬に集中する時間が訪れる。

 電光が走り、光が夜の闇を切り裂く。

 魔法が止むとブレイブはぽつりと呟いた。

 

「どうして俺は光魔法が使えるんだろうな」

 

 それは独り言だった。

 しかし、いつも脳天気な調子のブレイブとは思えないほど声音に憂いを帯びていたため、スタンフォードは驚きながらも声をかけた。

 

「何だよ、藪から棒に」

「いや、俺って自分が何者なのかもわからない状態だからさ」

 

 ブレイブはスタンフォードの言葉に答えて話し始める。

 

「実は俺、ドラゴニル家の血は引いてないんだ。目が覚めたら記憶も何もない状態の俺を父さんは息子として育ててくれた」

 

 ブレイブの中にある最も古い記憶は、ドラゴニル領の山にある祠で目が覚めたときの記憶だ。

 自分が誰なのか、何故その場にいるのか。

 何もかもがあやふやだった。

 どんなに周囲に優しくされようと、ブレイブの心にはいつだって靄が掛かっているような状態だった。

 神妙な面持ちでブレイブは語り続ける。

 

「ドラゴニル家に不満があるわけじゃない。両親は暖かく俺を迎えてくれたし、領民も優しいし、妹も俺を本当の兄貴のように慕ってくれている。でも、自分が何者かわからないってのは思った以上に不安でさ」

「世界樹の巫女の末裔であるラクーナ家しか持たない光魔法を宿す存在。確かにおかしなことだらけだね」

「そうなんだ。どうして俺に光魔法が使えるのか、それがわかれば自分が何者かってこともわかる気がするんだけど……」

 

 意外だった。

 スタンフォードにとってブレイブは自分がなれなかった主人公であり、何も考えずに力を振るって生きているのだと思っていたのだ。

 ブレイブもまたこの世界に生きて、悩みながらも生きている一人の人間なのだ。

 そんな当たり前のことにすら気がつかなかった。

 スタンフォードは、初めてブレイブを〝原作主人公〟ではなく〝ブレイブ・ドラゴニル〟として認識できた気がした。

 

「脳天気な君にも悩みがあったとは驚きだ」

「茶化すなよ。こっちは真剣に悩んでるんだぞ」

「そいつは悪かったね」

 

 欠片も悪いと思っていないスタンフォードの態度に、ブレイブは珍しく不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「君は光魔法をどう思っているんだ?」

「そうだな……知らない力のはずなのに、昔から使っているような不思議な感じだ」

「だから、あんな感覚だけで使いこなしているというわけか」

「俺にもよくわからないけど、力を出し切れていないような、もっと使いこなせていたような……そんな気がするんだ」

「光魔法は過去に一度絶えた魔法だ。資料も古い文献しか残っていないみたいだし、君はまだ光魔法の真価を発揮できていないんだろうさ」

 

 正直な話、スタンフォードはポンデローザからBESTIA BRAVEのストーリーについて聞かされているため、ブレイブが何者かは知っている。

 だが、たとえ憎い相手だったとしてもそれを自分の口から言うのは違う気がした。

 

「まあ、そんなことはどうでもいい。大した問題じゃないからね」

「なっ!? お前に何がわかるんだ!」

 

 長年の悩みをどうでもいいと切り捨てられ、ブレイブは怒りを顕わにする。

 それに対して、スタンフォードは言い聞かせるように告げた。

 

「君がやるべき事は、その訳のわからない内に手に入れた力を一日でも早く使いこなして大切な人を守ることじゃないのかい?」

「大切な人を、守る……」

 

 ブレイブは、スタンフォードの言葉を噛みしめるように復唱する。

 その言葉はブレイブの心に自然と浸透していった。

 先ほどまで怒りがあっという間に霧散していく。

 毒気の抜かれたブレイブをスタンフォードは真っ直ぐに見据える。

 

「君が悩みに気をとられている内に仲間が亡くなったら、後悔せずにいられるのか?」

「それ、は」

「わかったら、さっさと寝るんだね。僕はもう寝る」

 

 また上から目線で偉そうに語ってしまった。

 ブレイブに向けて発した言葉は、その全てが自分に刺さる言葉だった。

 

「……どの口が言うんだか」

 

 ふと、口から零れ落ちた言葉は、夜風でかき消されるのだった。

 


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