負けるな、踏み台君!ファイトだ、悪役令嬢ちゃん!   作:サニキ リオ

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第39話 戦いを終えて

 スタンフォードが目を覚ましたとき、そこは学園の救護室のベッドの上だった。

 ふと手に温かさを感じ、目を向けるとそこには眠ったまま手を握っているマーガレットの姿があった。

 

「ラクーナ先輩?」

「……ん? あっ、スタンフォード君起きたんだ!」

 

 スタンフォードが目覚めたことに気がつくと、マーガレットは飛び起きて詰め寄ってくる。

 

「体の方はもう大丈夫なの!?」

「ええ、ラクーナ先輩の治癒魔法のおかげで傷は全回復してます。さすがですね」

 

 スタンフォードがライザルクから受けた傷は完治していた。

 ブレイブがライザルクを倒した後、駆けつけたマーガレットは即座に治癒魔法をスタンフォードへとかけた。

 許容量を超える落雷を吸収し、全身がボロボロになっていたスタンフォードは一刻を争う状況だった。

 元々ガーデルから受けた傷と、ライザルクとの戦いで負っていた傷をポーションで誤魔化して戦っていたこともあり、こうして目覚めるまでスタンフォードは三日も眠り続けていたのだ。

 

「良かった……でも、失った分の血や魔力までは回復に時間がかかるからまだ安静にしてなきゃダメだよ」

「わかってます。それより、あの後はどうなったんですか?」

 

 スタンフォードはライザルクを倒した後のことをマーガレットに尋ねる。

 スタンフォードの問いに、マーガレットはどこかやつれた様子で答えた。

 

「死者は一人も出なかったけど、異形種にやられた重傷者がそれなりにいてね。監督生達も庇いながら戦ってたから、守り切れないことが多くてさ」

 

 今回の郊外演習では、多くの異形種が出現した。

 それにより各組には被害が出ていたのだ。

 

「ルーファス様がフォローに回ってくれなかったら被害はもっと増えてたかもね。それでも、あちこち駆け回って治癒魔法使いまくったから疲れちゃったよ」

「それでも死者はいなかったんですね。良かった、本当に良かった……」

 

 スタンフォードは改めて、ルーファスを自由に動ける状態にして良かったと、自分の判断が間違っていなかったことに安堵した。

 

「それじゃあ、私はハルバード様を呼んでくるね」

 

 そう告げると、マーガレットは救護室を出ていった。

 マーガレットが出ていったことを確認すると、スタンフォードは歯を食いしばり、ベッドのシーツを硬く握りしめる。

 

「結局、僕は原作に踊らされただけか……!」

 

 自然と目から涙がこぼれ落ちる。

 今回のイベントにおいて、スタンフォードは自分がブレイブを引き立てるための存在以上になれなかったことを痛感した。

 スタンフォードは強い。

 原作のスタンフォードよりも努力し、工夫もした。

 それでも、運命を変えることは叶わなかった。

 ライザルクと戦ったときは、無我夢中でポンデローザを助けようとしていたため押さえ込まれていた劣等感が再びスタンフォードの身を焦がす。

 スタンフォードは、ブレイブが全力で戦える場を整えるくらいしかできなかった自分の弱さを悔やんでいた。

 そうしてスタンフォードが無力感に打ちひしがれていると、救護室の扉が開いた。

 

「スタンフォード、目を覚ましたようだな」

「……兄上」

 

 涙を拭うと、スタンフォードは姿勢を正す。

 救護室にやってきたのは、ハルバード、ルーファス、ポンデローザの三人だった。

 ポンデローザは一瞬だけスタンフォードに視線を移すと、扇子を広げて顔を隠した。

 よく見てみれば、その肩は小刻みに震えていた。

 

「災難だったな」

「ええ、まあ……」

 

 ハルバードの言葉に、スタンフォードはどこか気まずそうに答える。

 兄弟としての情など皆無の兄が自分を心配しているわけがない。

 わざわざ見舞いに来た目的がわからずにスタンフォードは困惑していた。

 重い空気が流れた後、ハルバードは普段と変わらない厳かな調子で口を開いた。

 

「王は常に気高く絶対的な存在でなければならない……」

「……わかっております」

 

 スタンフォードはどうしてわざわざハルバードが自分の元まで足を運んだのか察した。

 ハルバードは常々、王族としての振る舞いをスタンフォードへと注意していた。

 つまり、これはいつものお説教なのだ。

 

「敵は幻竜であるライザルク。ポンデローザは身を挺して生徒を守った。お前はその後、無謀にもライザルクに挑んだ。相違ないか?」

「……間違いございません」

「そうか」

 

 まるで処罰を受ける罪人のような心持ちで、スタンフォードはハルバードの言葉を待つ。

 すると、後ろにいたルーファスとポンデローザがハルバードに待ったをかけた。

 

「待てよ、ハルバード。スタ坊は自分の名声のために挑んだんじゃねぇ。そこのポンデローザを守るためにライザルクと戦ったんだ。きちんと滅竜剣が使えるドラゴニルを呼んだ上でだ」

「そうですわ、ハルバード様。スタンフォード殿下が駆けつけてくださらなければ、今頃わたくしはこの世にいませんでしたわ」

「わかっている」

 

 二人の言葉に短くそう答えると、ハルバードは改めてスタンフォードに向き直って告げた。

 

「スタンフォード。守るべき者達を守り切った。それだけは誇るといい」

「えっ……」

 

 ハルバードの言葉の意味がわからず、スタンフォードは固まった。

 後ろの二人も同様である。

 

「邪魔したな」

 

 それだけ告げると、ハルバードは身を翻して去っていく。

 去り際、ハルバードの口元は少しだけ、ほんの少しだけ吊り上がっていた。

 

「はははっ、あいつも素直じゃねぇな! 良かったなスタ坊!」

 

 心から楽しそうに笑うと、ルーファスもハルバードに続いて救護室を後にする。

 

「もしかして、兄上に褒められた?」

 

 二人がいなくなった後、スタンフォードはようやく自分が兄に褒められたことを自覚した。

 どんなときも厳しく、自分を褒めたことなど一度もなかったハルバードが褒めてくれた。

 その事実に、スタンフォードは埋まることのないと思っていた兄弟の溝が、少しだけ埋まった気がしたのだった。

 

「スタン!」

「ちょ、ポン子!?」

 

 ハルバードとルーファスが去ったことを確認するや否や、ポンデローザは泣きながらスタンフォードへと抱きついた。

 

「うわぁぁぁん! 無事で良かったよぉぉぉ!」

「落ち着け! 落ち着けって!」

「死んじゃったと思ったんだからね、バカぁぁぁ!」

 

 ポンデローザは激情に身を任せて泣きじゃくる。

 力強く抱きついてくるポンデローザを振り払うこともできず、スタンフォードはおろおろすることしかできなかった。

 結局、スタンフォードはポンデローザが泣き止むまで何も出来ずに固まったままだった。

 

「……ごめん、取り乱した」

「いや、別にいいんだけど」

 

 落ち着きを取り戻したポンデローザはスタンフォードから離れた位置に俯いて座っていた。

 

「いろいろ言いたいことはあるけど、今回のイベントは成功ってことでいいのか?」

 

 スタンフォードは一番確認したかったことをポンデローザに尋ねる。

 

「結果的に言えば原作通りね。少なくともBESTIA BRAVE、BESTIA HEARTのスタンフォードルートからは外れた結果にはなってないわ」

「僕がライザルクにやられて、ブレイブがライザルクに勝つ、か」

 

 世界の修正力。

 スタンフォードの脳内にそんな言葉が過ぎる。

 今回の一件、偶然が重なって原作通りの展開になった。

 もしかしたら自分の意思など関係なく、結果は変わらなかったのではないか。

 そんな思いがスタンフォードの胸中を渦巻いていた。

 

「僕が戦った意味、あったのかな……」

 

 無力感に襲われたスタンフォードは自嘲するように呟く。

 

「何言ってんのよ。あったに決まってんじゃない」

 

 スタンフォードの呟きをポンデローザは一蹴する。

 

「ベスティアシリーズはルートに関係ない人物は容赦なく死ぬわ。あたしだって下手したら死んでたし、原作でモブ扱いだった生徒達なんてもっとあっけなく死ぬわ。このイベントでは少なからず死者が出る。それをなくせたのはスタンが命懸けで頑張ったからよ!」

 

 ポンデローザはスタンフォードに詰め寄ると、スタンフォードの行動が無駄ではなかったことを力説した。

 

「でも結局、僕はライザルクに勝てなかった。ブレイブにも……本当に格好悪いよ」

「勝てないとわかってても、逃げずに立ち向かうなんて格好いいじゃない」

「えっ……」

 

 ポンデローザの言葉にスタンフォードは虚を突かれたように固まった。

 誰からも認められず、劣等感に苛まれ続けていたスタンフォードの心にポンデローザの言葉が染み渡っていく。

 

「スタンフォードは負けてない。ゲームと勝利条件が違うんだから、そこは間違えないように!」

 

 眩い笑顔を浮かべるポンデローザを見て、スタンフォードは思う。

 この笑顔を守れたのならば、自分の行動は無駄ではなかったのだと。

 

「ポン子、ありがとう」

「何よ、お礼を言うのはこっちの方だっての」

 

 二人はお互いに勝利を分かち合い、笑い合った。

 

「……お邪魔、だったかな?」

 

「「えっ」」

 

 急に声をかけられて二人が勢いよく振り向くと、救護室の入り口には果物を抱えて苦笑しているマーガレットが立っていた。

 


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