負けるな、踏み台君!ファイトだ、悪役令嬢ちゃん!   作:サニキ リオ

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第63話 剣を振る理由

 男性陣が風呂から上がったとき、女性陣は既に風呂から上がっていた。

 

「おっ、女性陣はもう上がってたみたいだな」

「何故、あなた達の方が長風呂になっているのですか」

「いやぁ、思ったよりサウナが気持ち良くてな。こりゃ一部の貴族がハマるのも納得だ」

 

 ルーファスは笑顔を浮かべ、用意されたコーヒー牛乳を一気に呷った。

 ちなみに、スタンフォードはフルーツ牛乳、ブレイブは普通の牛乳を選んでいた。

 

「ポンデローザ様、こちらの味もいかがですか?」

「あら、ありがとうございます。いただきますわ」

 

 ミガリーがポンデローザにルドエ領の牧場でとれた牛乳から作られたジェラートを渡す。

 

「……いやいやいや」

 

 あまりにも自然すぎて見逃しそうになったが、その光景にスタンフォードは突っ込まざるを得なかった。

 

「一体いくつ食べたのですか、ポンデローザ様」

 

 ポンデローザの横に積み上げられたジェラートが入っていたであろう容器。山のように積み上げられたそれを見れば、彼女がどれだけ大量のジェラートを食したかがわかるだろう。

 そんな光景を間近で見ていたマーガレットとステイシーはただただ苦笑していた。

 

「これも調査の一環ですの。こうしてルドエ領がいかに国にとって重要な地であるか舌を持って確かめているのですわ」

「その言い訳には無理があるでしょうに。というか、そんなに食べたらお腹壊しますよ」

「あら、わたくしは氷の魔導士ですわよ? 冷たいものには耐性がありましてよ」

 

 ポンデローザは得意気な表情表情を浮かべると、さらにジェラートに手を付けた。

 

「太っても知りませんよ」

「オーホッホッホ! サウナで汗を流したからゼロカロリーですわ!」

「絶対プラマイゼロになってない……てか、浮かれすぎだっての」

 

 スタンフォードは、旅行気分でどこか浮かれているポンデローザの様子に呆れたようにため息をついた。

 そんな普段より素の部分が顔を出しているポンデローザをルーファスは厳しい目つきで見ていた。

 

 

 

 鍛錬の疲れを癒し、全員が就寝した頃。

 スタンフォードは一人、外に出て夜空に輝く星を眺めていた。

 前世では都心に住んでおり、星など見たことがなかった。

 転生してからは自分の力の研究に没頭し、この世界の景色を楽しむということもしなかった。

 段々と周囲にも気を配れるようになり、遠くない未来に戦いの日々が来ると知った今。

 スタンフォードは、僅かな平和な時間を噛み締めていた。

 

「よぉ、スタ坊。眠れないのか」

「ルーファス様、いつの間に……」

 

 ただのんびりと夜空を眺めていると、音もなく現れたルーファスがスタンフォードの隣に腰掛けていた。

 

「迷ってんのか」

 

 そして、唐突にそんなことを言ってきた。

 

「何のことですか?」

 

 質問の意図が分からずにスタンフォードが聞き返すと、ルーファスはニヒルな笑みを浮かべて告げる。

 

「今日のお前の剣筋を見てりゃわかるっての」

「……腐っても剣豪一家最強の男なだけはありますね」

「おいおい、俺様は腐っちゃいねぇさ。腐ってんのは周りの方だ」

 

 ルーファスは珍しく遠い目をすると、話題をスタンフォードの悩みへと戻した。

 

「それで何に悩んでんだ?」

「らしくないじゃないですか。あなたはそんな風に僕を気にかけたりしてこなかったでしょう」

 

 ルーファスとは守護者の家系の者の中で最も付き合いが長い。

 彼は幼い頃から第一王子であるハルバードの傍についていた。

 スタンフォードとも顔を合わせたことは一度や二度ではない。

 しかし、スタンフォードとルーファスは特段親しかったわけではない。

 すれ違えば会釈をする程度の間柄。それがスタンフォードとルーファスの関係だった。

 

「そうだな……ずっとスタ坊は才能を腐らせてるつまんねー奴だと思ってた」

 

 ルーファスは苦笑すると、初めて自分の胸中を吐露した。

 

「俺様はガキの頃から()()()()ことばかり考えてた。家の言いなりになってただ言われた通りになろうとしていた。そんな自分が自分で嫌いだったよ」

 

 家名を背負い必死に剣を振るってきたルーファス。

 彼は自分の意志で剣を握っていたわけではない。そして、無心にならねばと思いながらも、ずっと自分のあり方について悩んでいたのだ。

 

「スタ坊、お前は他とは違う気がしたんだ。才能も実力もあって、あの完璧人間のハルバードでさえ敵わないと内心思うくらいにはすげぇ奴だった。そんなお前が堕ちていく姿を見て、俺様は心底ガッカリした。また一人、おもしれー奴がつまんねー奴になっちまったってな」

 

 スタンフォード以外の誰かを思い浮かべながら、ルーファスは吐き捨てるように言った。

 

「俺様は心底思ったね。こいつらみたいにはなりたくないってな」

「そう思われても仕方ないですよね……」

 

 ルーファスの言葉に、スタンフォードの胸が痛む。

 どうしてもっと早く自分の愚かさに気づけなかったのか。

 そうすれば、もっと多くの人間を味方に出来ていただろうに。

 俯くスタンフォードに対し、ルーファスはどこか寂し気に呟く。

 

「ま、俺様も結局はつまんねー奴の仲間入りしちまったがな」

「え?」

 

 常に自信家で傲岸不遜な態度のルーファスらしくない意外な言葉に、スタンフォードは驚いたように彼の顔を覗き込んだ。

 そこに浮かんでいたのは、彼らしくないしおらしい表情だった。

 

「学園じゃ自由に振る舞っちゃいるが、結局はガキの抵抗ってやつさ。俺様は自分の意志で生きてるって叫びたいだけなんだ。卒業後は予定調和のように騎士団長を引き継いでハルバードと共にこの国を支える人間になるだろうよ」

「兄上に仕えるのが嫌なんですか?」

「あいつは数少ない俺様の理解者ではあるが、面白みの欠片もねぇからな。嫌いじゃねぇが剣を捧げたいかと言われれば、首を横に振らせてもらうさ。どうせ剣を捧げるならこいつのためなら命だって惜しくないって思わせてくれるような奴に仕えてぇってだけだ」

 

 ルーファスほどの男がそこまで思えるような人間はそうそういない。

 そもそもハルバードという欠点のない未来の絶対的な王を超えるような人間など、この世に存在するのかも怪しいと考える人間の方が多いだろう。

 

「で、それが僕を気に掛ける理由とどう関係するんですか?」

「鈍い奴だな。最近のスタ坊には期待してんだよ」

 

 スタンフォードはルーファスが剣を捧げるに足る人間に成りうる。

 そう遠回しに告げられたスタンフォードは驚きのあまり絶句した。

 

「お前は変わった。そのきっかけはポンデローザなんだろ?」

「それは――」

「ははっ、わかりやすい奴だな。全部表情に出てんぞ」

 

 乱暴に頭を撫でると、ルーファスは楽しそうに笑った。

 

「お前が悩んでるのは、あいつのことなんじゃねぇのか?」

「ええ、まあ」

 

 全部お見通しだったようだ。

 ため息をつくと、スタンフォードは観念したように白状した。

 

「ポンデローザ様――ポン子はブレイブの実力に打ちのめされて自分の運命に絶望していた僕がもう一度立ち上がるきっかけをくれたんです。だから、彼女の力になりたいと思っています。思っているんですが……」

 

 ポンデローザは原作に固執しすぎて人の感情を無下にするところがある。

 それも仕方のないことだとスタンフォードは理解していた。

 自分の命が掛かっており、何とかしようと幼い頃から奮闘し、悉く原作の修正力に阻まれてきたのだ。

 

 だから彼女は原作に固執する。

 周囲をただの駒としか見れなくて孤独を味わおうとも前に進むしかないのだ。

 そんな彼女の心を救えないことをスタンフォードはずっと悩んでいた。

 

「一つだけ言っておく、俺様はあんな人を人とも思わない氷の女は信用できねぇ。あいつは俺達に真剣に向き合っているようで、俺達じゃない誰かを見ていた」

「確かにそうかもしれません……でも、本当はポン子だってそんな人間じゃないんです! あいつは誰かのためなら自分よりも人を優先するようなお人好しなんです。でも、それを環境が許してくれないだけで……一番苦しんでるのはポン子なんです」

 

 ライザルク戦でポンデローザはスタンフォードのために命を懸けて戦ってくれた。

 それはスタンフォードが同じ転生者という立場だったからこそ、正しく人として向き合えたからだと理解していた。

 

「わーってるよ。あいつがやけ食いしてるときは昔から辛いことを忘れようとしてるときだったからな。ここ最近、やけに明るいのだってそういうことなんだろうよ」

 

 頭を乱暴に掻くと、ルーファスはぶっきらぼうに告げた。

 

「救いたいってスタ坊が思うんなら迷うこたねぇさ。あいつの氷をお前が溶かしてやりゃいい」

 

 ルーファスは拳でスタンフォードの胸を叩くと、心底楽しそうに笑った。

 

「明日からはもっと厳しくいくぞ。俺様を失望させんなよ?」

「上等です!」

 

 真っ直ぐな瞳で自分を見据えてくるスタンフォードを見て、ルーファスは心が高揚するのを感じていた。

 

 こいつはおもしれー奴になりそうだ、と。

 


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