なんだこれ?
「トーマちゃん! トーマちゃーん!!」
懐かしい夢だった。
俺──生島冬馬がまだガキんちょだった頃の記憶だ。
「トーマちゃん! トーマちゃんってばぁ!!」
子供の俺を呼ぶ、幼なじみの声。
聞こえていたのに無視するという子供らしい意地の悪さだが、過去の自分と思うと気恥しい。
「トーマぢゃぁ゙ぁ゙ぁ゙ん゙ッ!」
「────ああ、もう! なんだよ、アヤメ!」
呼び声が泣き声に変わり始めた頃、ガキんちょの俺はようやく幼なじみに振り返る。
すると、溢れそうになっていた涙は途端に引っ込み、明るい笑顔を見せる女の子。
その笑顔に胸を高鳴らせたのを今でも覚えている。
「あのね! わたしね、トーマちゃんの事がね……」
手を後ろに組みながら、モジモジと顔を赤らめる幼き日の幼なじみ。
その仕草に本当にドキドキしたんだ。
「わたし! トーマちゃんの事────!」
そこから発せられる言葉は────
「殺したいくらい大好きぃぃぃぃぃぃぃッッ♡♡♡」
「なんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」
現実の現在と全く同じ言葉で、あの日のように繰り出されたナイフの一撃。
殺意の篭った一刺しは微睡んでいた俺の意識を一気に覚醒させた。
「あ、おはよう。トーマちゃん!」
「おはよう────じゃねぇよボケが!! てめぇ!アヤメ! クソアマぁ!!」
ベッドにナイフを突き立てたまま、弾けるような笑顔を浮かべる幼なじみ──紫藤綾芽に力の限り罵声を浴びせる。
そんな怒声もどこ吹く風か、アヤメはナイフを慣れた手付きで太もものホルダーに収める。
健康的な太ももが相変わらず美しい──が、それはそれとして、だ。
「トーマちゃん、凄く幸せそうな寝顔だったからついイタズラしたくなっちゃった♡」
「なっちゃった♡────じゃねぇよ! サイコ女! なんで毎朝毎朝! 幼なじみに寝首を搔かれなきゃならねぇんだよ!!」
「え? でも今更トーマちゃんを不意打ちで殺せるとは思わないし……これくらいで死ぬようなら私もこんなにトーマちゃんの事、好きにならないよ♡」
人差し指を頬に当てて小首を傾げたり、頬を染める姿は可愛らしい。
普通に可愛いが、口にしてる内容は全くもって頭がおかしいイカレ女。
怒りと驚きで心臓はバクバクしているが、これが俺とアヤメのいつもの朝のやり取り。
最早慣れてしまった、慣れたくはなかった朝の日常的非常識なやり取り。
いつもの現実と懐かしい夢により頬の傷がズキリと痛む。
頬に残る傷痕。
幼い頃にアヤメによって付けられた傷。
この殺人鬼な幼なじみとの最初の命のやり取り。
「──────はぁ」
普通さぁ……告白って思うじゃん。
ときめくじゃん。
なのに、なんでナイフで頬っぺた、斬られんのさ。
「ふふふ♡ こんなに大好きなのに殺せないなんて……やっぱりトーマちゃんって素敵♡」
んで、なんでこの殺人鬼は目をキラキラさせて好意と殺意を向けてくるんだよ。
ガキの頃も頬を斬られて呆然とする俺に、こんな顔して──
『「私、トーマちゃんが殺したいくらい大好きッ♡♡♡」』
「うぉっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
あ、あっぶねぇ!!
思い出の中と全く同じ追撃かましてきやがった!!
「えへへ、やっぱり駄目かぁ」
「駄目かぁ──じゃねぇよ!! 朝昼夕夜でキリングチャンスは1回ずつって決めただろうが!! なんで2回目仕掛けてんだよこのバカ!ボケが!!」
「ご、ごめんね? 今日は昔の夢を見たせいか、我慢出来なくて」
しゅん、と項垂れるアヤメ。
昔の夢?
「昔、小さかった頃──私が初めてトーマちゃんに傷を付けたあの日。2人の大切な思い出……」
「大切な思い出じゃねぇよ。凄惨なトラウマだよ」
「頬っぺを真っ赤に染めて私を見るトーマちゃん……可愛かったなぁ♡」
「血の気失せて青くなってただろうが。ナイフ持って薄ら笑うお前がめっちゃ怖かったわ」
ていうか何で揃って昔の夢見てんだよ。
嫌だわ、こんなシンクロ。
「うぅ~、身体が火照って……我慢、出来ないよぉ♡ トーマちゃん、ちょっとだけ………ダメ?」
「ちょっとってなんだよ。ちょっと刺されたら死ぬわボケ」
「殺さないよ? 先っちょ! ナイフの先っちょをお腹に刺してグリグリするだけだから! トーマちゃんの血と、苦痛に歪む顔が見れたら落ち着くと思うの!」
「嫌だっつってんだろが、サイコバカ! 」
涙目で、う~う~、と唸るアヤメ。
ご主人様が構ってくれなくて寂しい犬みたいだが、言ってる内容はやはりイカれてる。
「い、いいもん! なら、無理やり殺っちゃうんだから!」
殺意を滲ませ、ナイフを逆手に構えるアヤメ。
先っちょで済ませる気ゼロじゃねぇか。
「はぁ…は、ぁ…ッ♡ トーマ、ちゃん……今日こそ……ッ────殺すッッ♡♡♡」
飛び掛ってくるアヤメ。
だが、興奮しているせいか、動きは単調だ。
ナイフを躱しつつ、ベッドに忍ばせていたモノを掴むと、アヤメの脇腹にソレ──スタンガンを押し当てる。
「はびゃびゃびゃびゃッッッッッ?!?!」
ガクガクと身体を痙攣させ、ベッドに倒れ込むアヤメ。
明るい栗色のロングヘアがベッドに広がり、朝日がキラキラと反射する。
失神して眠っている姿は間違いなく美少女なんだがなぁ。
「ほい」
「あ゙に゙ゃ゙に゙ゃ゙に゙ゃ゙ッ゙ッ゙ッ゙ッ゙!!?」
念の為にもう2回ほど電気ショックを与え、完全に意識を刈り取る。
意識が無い事を確認する為、スカートの中を覗いてみる。
白か。
見るもの見た後、ピクピクと小刻みに動くアヤメを布団でぐるぐると包装し、簀巻きにする。
頭と足元をしっかりと結び、完了。
「あぁ……たく、毎朝うるせぇっての」
頭を掻きながら、部屋を後にする。
イカレ女のせいで時間を食ったが、慌てるような時間じゃない。
身支度を整え、アヤメが用意した朝飯を食らう。
ナイフによる刺殺が好みらしいので毒殺の心配は無い。
今日のメニューはハムとタマゴのサンドイッチにサラダとヨーグルト。
実に美味かった。
殺人性癖の変態という以外はホントに完璧美少女なんだよなぁ。
「ごちそうさん」
食事を終えた皿を流しにぶち込み、鞄を持ち、アヤメが包まれた布団を持ち上げ、家を出る。
「行ってきまーす、と」
ゴミ捨て場に布団を放り、念の為にチェック。
よし、粗大ゴミの日だ。
──ア、アレ? ココドコ?
布団がモゾモゾと動き出したが、無視。
──アレ? アレェ?! ウ、ウゴケナイヨー!?
HRには間に合うだろう。
遅刻すんなよ、アヤメ。
「さっっって! 今日も頑張りますかー」
なんだこれ?(2回目)