and 7【PERSONA M@STER】   作:ストレンジ.

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The Dessert:Harmony in Blue

 

 

Can you feel me?

 

 

 スクリーンに真っ白い背景に黒字で文字が映し出されている。“Can you feel me?(私を感じることができる?)”、と。

 

 ここは……シネコンだ。なぜまたここに? アタシは……そう、寝たはずだ、自室で。シネコンに行ったのは今日の朝から昼……いや昨日? 今何時だろう? いずれにせよ部屋で倒れるように寝て、目覚めたばかりの今ここにいるのはおかしい。

 寝起きの脳をなんとか回転させながら頭を動かして回りを見る。そして目に入ってきた風景に思わず身体が強張った。

 スクリーンに照らされた青い通路、階段、座席郡……。あのとき伊吹も他の誰もいない、謎のお姉さんとふたりだけになったときの青い空間……。

 胸に嫌な気持ちが広がっていくのをはっきり認識した、その瞬間、スクリーンが画を変えた。一人掛けの真っ青なソファーに足を組んで座っている女性がこちらを見ている光景が映し出された。鮮やかな黒い長髪、目尻の下がった大らかさとミステリアスな印象の混じった瞳に、彫りの深いエキゾチックな顔立ちから浮かぶアルカイックスマイルがセクシーな美女だ。

 

「ようこそ……『ベルベットルーム』へ」

 

 彼女がそう言った。低めで艶のある優しい声。だけど現実離れした空間も相まってか画面越しと思えないような存在感を、声からも姿からも発していた。

「…………なんなん、すか? ここは……これは?」

 心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、スクリーンの中の美女にしどろもどろで思わず声をかけた。

「ここは“契約”を交わした者、あるいは交わすであろう者のみが訪れる、夢と現実、精神と物質の狭間(はざま)にある場所……」

「……はい?」

 納得のいく言葉をくれるとはぜんぜん思ってなかったが、それにしてもこんなに理解に苦しむことを言われたのは初めてだ。

「安心なさい。あなたが今、自分の身に起きていることを即座に理解できるなどとは思ってないわ。それにあなたが欲しがる答えをこの私が持ち合わせているとは限らない。そもそも今夜、この邂逅に答えなどというものはあるのか……」

 アタシにも自分自身にも言い聞かせるように、演劇の独白シーンめいた調子で美女が言葉を続ける。

「しかしこれだけは覚えておきなさい。あなたは近々“契約”を結ぶ。その先に待つ、望むも望まぬも関係なく訪れる、あるひとつの運命のために。今のこの時間は、さしずめ顔見せのようなものね」

「顔見せ……?」

「そう。近い将来、私たちと密な関係を結ぶことになるであろう、そのときのための」

「私たち……」

「そう、私たち……この慌てんぼうの従者にはもう会ったでしょう?」

 美女がそう言って視線を横にずらすと、そこにはいつの間にか、昼間シネコンで会った例のお姉さんが音もなく佇んでいる姿が映っていた。

「…………先刻は、その……申し訳ありませんでした」

 口を開いたお姉さんは、昼間に別れたときのような弱りきった感じではないものの、ばつが悪そうに言葉を詰まらせた。

「はあ、どうも……。あの、で、昼間のあれにしても今のこれにしても、なんなんすかねこれは。夢と現実の狭間とか……」

「きわめて簡潔に申し上げると、この『ベルベットルーム』は、いわゆる異空間のようなもの……ここへ訪れることができるのは限られた者のみ……それが吉岡沙紀さん、あなたというわけです」

「そしてその限られた訪問者を招くべき刻を誤ったのが鷺沢文香(さぎさわふみか)、この子というわけよ」

「……………………はい

 平静に努めようしたところに被せて美女がからかう。そんなことを言われたお姉さんは声だけでなく身体まで縮こまらせてまたしょげてしまった。

「気に病むことはないわ文香。むしろ私はこう考えている。先刻のあなたの間違いが、“契約者”沙紀の抱える運命によって引き起こされた、『予期せぬ出会い(セレンディピティ)』なのかもしれない……と」

「『予期せぬ出会い(セレンディピティ)』……ですか?」

「イエス! セレンディピティ!」

「……その出会いは、いったいなにを意味するのでしょう?」

「知らないわ!」

「…………」

「…………」

「いや、なんでそこでふたり揃ってこっち見るんすか!?」

 こっちに期待されても現状をいちばんわかってないのはアタシなのに。しかし美女が言うには、昨日のあの出来事はアタシによって引き起こされたものらしい。

「わからないというものは面白いものね、沙紀」

「へ……?」

「時をも忘れるほどの永劫を佇むに任せるこの青の部屋の住人に(まれ)なる機会を与えるは、いつの時代も数奇な運命ゆえの力を背負いし哲学者(トリックスター)……」

 美女はそこでいったん話を区切ると組んでいた足を優雅に揃え直し、ソファーから静かに立ち上がってスクリーンを見つめているアタシの目を見つめ返した。熱い。その場にいるような、生きた人の視線を確かに感じる。

「すべて哲学者は、愚者からその身を起こす。(つまず)きを(いと)わず、世界の、宇宙の、自然の……偉大なるものの内包するのその偉大さを、思考と感受、あるいは偉大なるものそれ自身からの要請によってわずか一片でも(ひら)くために力を、場を充足させようとする者。あなたは、そのひとり」

 難解そうなことをひとしきり述べ、それを成し遂げる人物はこのアタシだと美女が言う。なんというか壮大すぎて、雲を掴むような話だ。というかこっちはなにを掴んでいるのかさえわかってない。彼女たちはアタシになにを求めているのか……。

「いや~なにがなんだか。お姉さんたちの言ってること、さっぱりっす……」

「……なにかが起こります」

「え」

「ひとつ確かなことは近い未来、沙紀さんの周辺でなにか特異な……非日常的なことが起こる、ということです」

 意を決したように青い瞳でまっすぐこっちを見てお姉さん……文香さんが言った。

「……なんでそんなことがわかるんすか?」

「起こるからこそ、私たちとあなたはこうして出会ったのです……きっと」

 実に説得力のない言葉……なんだけど、文香さんにそう言われると捨て置けないものがある。嘘を言わなそうというか、嘘をつくのが下手そうな印象があるからだろうか。

「信じるも信じないも時が来ればわかること。『なにかが起こる』、今はそれだけ頭に入れておきなさい……さて、今宵はこれにてお開きというところかしらね」

 美女がそう言うと、まさに映画の終わりのようにスクリーンの映像がフェードアウトしていく。

「ちょ……これ、どうなるんすか!?」

「心配せずとも戻れるわ。日常……運命の時を控えた日常、にね」

 含みはあるが元の世界に帰れるようだ。いったいどんな原理なのかはまったくわからないけど……そうだ。

「お姉さん、名前は……?」

 暗転しきってないスクリーンからわずかに見える美女に尋ねた。

「フフッ、私としたことが名乗るのを忘れてしまっていたようね。では……それは次回に取っておきましょう」

 美女はそう言って笑うと目を閉じた。直後、画面は暗転を終えた。黒くなったスクリーンから発せられる光だけがこの青い空間を照らして……

「ヘレンよ」

「へ?」

 急に画面に再び美女がアップで映り、一言だけそう言うとまたスクリーンは急速に暗転していった。

 

「………………」

 そしていつの間にかアタシは横になって自室の天井を見るともなしに見つめていた……。どうやら『戻った』ようだ。

 

ヘレンよ

 

「……言ってんじゃん」

 かすれた声で力なくツッコむ。ご丁寧に字幕まで表示されていた。その映像の記憶も睡魔によってやがてぼやけていった──。

 

   *

 

 5/6 MON

 

 かれこれ40分くらい、なんとなく訪れた談話室のソファーでボーッとしている。

 昨夜の夢……とは言ってみたけどおそらく違うのだろう。夢と現実の狭間にあるという異空間『ベルベットルーム』、そこで再び出会った『文香』さん、そして『ヘレン』と名乗った美女、契約……なにかが起こる……。

「ひと夏の冒険の始まり……みたいな?」

 自分で言っといてなんじゃそりゃ、と思う。でも現に自分の身に、サマーシーズンに公開されるジュブナイル映画の導入のような展開が起きたのだ、そんなひとり言も出てくるというものだ。春だけど。

 

「なーにしてんの? 最終日はダラダラ?」

 不毛な考えごとを止めてくれたのは(とも)ちゃんだった。不意に現れた朋ちゃんは、『Summer Beach』と書かれたオレンジ色のシャツを着ていて、さっき考えてたことと変な連関があってちょっと笑ってしまう。

「なに? 急にニヤニヤと」

「や、ちょうど夏のことを考えてたんすよ。そこにそんなシャツ着て出てきたからクスッときて」

「ありゃ、謎シンクロしちゃったか、ってもう夏休みの計画? はやいねー。過ぎゆくゴールデンウィークを惜しんでる内に次の連休が恋しくなっちゃった?」

「そうではないんすけどね……てかそれは朋ちゃんじゃ?」

「あたしのこれは本日のラッキーカラー! それに連休中だし、バケーション感の演出も兼ねてよっ!」

 拳で胸を軽く叩いて朋ちゃんが得意気に言った。

「さらに体内にもラッキーカラーを仕込むべくオレンジジュースを買いに来たら、上の空~って感じな沙紀ちゃんが目についたってわけ」

 体内にラッキーカラーを仕込むとは恐れ入った表現だ。アタシ、そんなにぽけーっとした感じになってたのかな?

「昨日、占い師……らしき人に『近々非日常的なことが起こる』なんてことを言われたもんで。なんか夏休みシーズンにやる映画みたいな話だな~って、ぼんやり考えてたんす」

「なにその曖昧かつやたらと気になる鑑定はっ!? それに占い師らしき人ってのもなに!? 二重にうさんくさい!」

 嘘をつこうとしたわけじゃないけど、なにぶん不可解の塊のような体験をそのまま喋っても信じられない、というか信じる・信じないに関係なく込み入った話になってしまうと思った結果、占い師らしき人、なんてこれまた話を複雑にさせそうなワードが口をついて出てきてしまった。

「それってあれ? ちょっと強引な客寄せして無料で占っといて不安を煽るような結果言ってからの、詳細やアドバイスに関しては有料になりますとか、このネックレスを買うと災禍を回避できますお値段なんと今なら~って方向の話に持っていくタイプの、占いの皮を被った邪悪ななにか的なヤツ?」

 少し早口で朋ちゃんが言った。占いを愛する人間としての矜持(きょうじ)が節々から垣間見える発言だ。『占い』と『キャッチ』を結びつけたくなかった結果出てきた言葉が『邪悪ななにか的なヤツ』なんてのも朋ちゃんっぽいというか。

「いや、そういうヤツではなかったんすけど、『具体的なことはわからないけど、とにかく起こるんです』、みたいな感じでまっすぐこっち見て言われて」

 このことは文香さんにもヘレンさんにも言われたことだけど、そういうことまで説明しだすと話の腰を折ったうえに朋ちゃんとの会話に混迷をもたらすことになると思われるので、今はとりあえずミックスしてひとりの人間から言われたことにしておくことにした。

「捨て置けない言い方ね~」

「またその人が嘘つかなそうな、嘘つくのが下手そうな見た目というか空気を醸し出してて……」

「ますます捨て置けないわね~。それってその占い師……らしき人に突然呼び止められてそう言われたような感じ?」

「そんなところ……っすね」

 まあ実際は呼び止められたというか、招かれたわけだけど。異空間に。

「あとアタシが、なんでそんなことわかるのって言ったら『起こるからこうして私たちは出会ったんだ』みたいなことも言ってた」

「おお~、それはビビっとくるセリフね。うーん、なるほど……」

 朋ちゃんはそこで考え込むように遠い目をした。少し間が空いて、それからまた口を開いた。

「キャッチとかでないとすると……その人、かなりのオーラの読み手なのかも。純粋に沙紀ちゃんからとんでもないものを察知したから思わず声かけて、でも解決法までわかるわけじゃないから、とにかくなんか起こるわよってことだけ伝えて警告してくれたのかも……他になんか言われたりした?」

「えーと……なんか、哲学者はみんな愚者から始まって……うんぬんかんぬん、的な……難しすぎて忘れちゃった。なんか複雑な例え話みたいなことを。でもってアタシもそのうちのひとり、みたいなことも言われたっす」

 

「アンタがぁ~? 哲学者? 言われたの? なにそれ。教科書載んの? これからはソクラテス、プラトン、アリストテレス、サキなの?」

「うおっ」

 唐突にわけのわからない、いや、わけはわかる。ノリだけで喋ったということだ。伊吹がいつの間にか横にいた。

「ヤース!」

 謎言語による挨拶をしてから隣に座ると伊吹は、「で、なんの話?」と臆面もなく言ってのけた。まあ途中参加で内容を把握できるような話じゃないからそのあたりはいたしかたない。

「かいつまんで言うなら、沙紀ちゃんが謎の人物から意味深な警告をされたってこと……気になるわね~。あたしも探ってみたい、沙紀ちゃんの運命! ちょっと待ってて!」

 ざっくばらんな説明に要領を得ないままの伊吹をよそに、朋ちゃんが談話室を出ていく。口ぶりから占いの道具を取りに部屋に戻ったのは明白で、伊吹もそれはわかっているようだった。

「今日はどっか行かないの? もう行った?」

「んーん、予定も別に。伊吹は?」

「アタシも予定なしだけどヤバい。寝てた。さっき起きた。絶望。お腹減った」

 絶望って。まだお昼前だし出かける時間自体はあるだろう。でも連休最終日をダラダラ寝て過ごしてしまったときの喪失感はわかる。

「お昼は食堂として、出かけるならそれからっすね」

「だね。で、意味深な警告ってなによ?」

「『これから非日常的ななにかが起こる』って言われたんす」

「意味深ってより雑なだけじゃね、それ」

「まあ詳細まではわからないってのが本人の弁なもんで」

「なんなのよその人。男? 女?」

「大人しそうな女の人っすよ。歳もアタシらとそんな変わらなそうだった感じの」

「へぇ~っ。それでわざわざ話しかけたってことはホントにスピリチュアルな人だったのかな。ま、他言可能な結果だったら教えてね。気になるし」

 

「あたしにもね! 内容がわかれば細かいアドバイスできるかもだから!」

 朋ちゃんが戻ってきた。が、「もうちょい待って」と言ってまたどこへ行くのかと思ったら、談話室の隅に設置してある自販機でジュースを買った。

「さてさて、始めますか」

 ガラステーブルにカルピスのペットボトルを置き、朋ちゃんはアタシたちの対面にふたつ並んだ一人掛け用ソファーのうちのひとつに腰かけた。

「オレンジジュースはやめたんすか」

 もともと朋ちゃんはここに本日のラッキーカラーのオレンジジュースを求めて来たはず。

「沙紀ちゃんを視るからここは沙紀ちゃんのラッキーカラーの白にあやかっておくことにしたの! ちなみにあげるわけじゃないわよ?」

「あ、うん。ご心配なく」

 アタシの今日のラッキーカラーは白らしい。他愛ないやり取りのあと、朋ちゃんはショートデニムのポケットから小さな箱を取り出し上部を開けて、その中からさらにカードの束を取り出した。

「じゃ~ん! 先月発売したばかりの小さくて持ち運びに便利なポケットタロット~!」

 まるでひみつ道具を取り出したような仕草でカードデッキをアタシたちの前に差し出してみせた。

「さて、未使用だったこの子たちの記念すべき初仕事。まずは優しくシャッフルいたしまして~……」

 喋りながら手際よく朋ちゃんはデッキをテーブルに置き、そこからぐるっと時計回りにカードの束をドーナツ状に展開してから細心の注意を払いつつ無造作にかき混ぜていく。そして適当なところでその作業を切り上げカードをまたひとつの束に戻し、それを手に取ってそこからさらに数回シャッフルしてテーブルに置き直す。

 

「それでは吉岡沙紀さん。あなたの直近の運命をスリーカードにて占うと致しましょうか……」

 かしこまった口調で朋ちゃんが山札の上に右手を添えた。普段かしましい朋ちゃんが厳かな雰囲気を醸し出そうと自分なりにかしこまってみようとするこの瞬間の空気感が、わけもなくけっこう好きだったりする。

「今からめくる1枚目、これは現在のあなたを象徴するカードです。では……」

 ゆっくりとした手つきで横にカードをめくり、山札の右斜め前にそっと置いた。

「『愚者』の正位置……沙紀ちゃんが占い師らしき人に言われたことの中にも出てきたわね」

 現れたカードを手に取って眺める。左上に『THE FOOL』と表記された、古代ギリシャ、でいいんだろうか。片方の肩があらわになっている白いローブ姿に、頭にはなにかの花冠を被った、どこか呆けたような表情をした青年が、明らかに自分の身体のサイズに合ってない小さな三輪車に乗って虹を渡っているというコミカルな絵が描かれている。背景には雲と青空が広がっていて、雲のうちのひとつは青年の後ろをついていこうとする犬のように見える形になっている。ヘレンさんが言ってた『すべての哲学者は愚者から始まり~』の愚者とは、タロットカードの『愚者』のことなのだろうか?

「『愚者』の正位置の意味するところは『新しい始まり』、『旅立ち』、『自由』、『独創性』なんかね」

「『新しい始まり』って、自称占い師のお姉さんが言ってた、なんか起こるよっていうのに該当することになるんじゃない?」

 別に文香さんもヘレンさんも占い師を自称してたわけではないけど、伊吹の言うとおりタロットの暗示と彼女たちに言われた言葉は噛み合うところがある。

「とりあえず現状は例の人の言うとおりだったとして、次はその『非日常な出来事』がどういう類のものか、これを探るわよ!」

 朋ちゃんに視線で促されて、持っている『愚者』のカードを元の位置に向きも同じ正位置、つまりアタシから見てタロットの絵が逆さまになるよう戻した。

「そいやっ!」

 さっきまでのかしこまった姿勢はどこかに行ってしまったようだ。朋ちゃんは気っ風(きっぷ)のいい掛け声とともにカードを素早くめくって山札の手前、『愚者』のタロットの左隣に置いた。アタシたち3人は小さく口を開けて、その表になったタロットを凝視した。

「これって……『塔』、だよね。あちゃあ~、やっちゃったね沙紀」

 他人事のように、ってそうなんだけど、伊吹がどこか楽しそうにそう呟いた。

「『塔』の正位置……ね」

「『塔』って正位置でも逆位置でも悪い意味しかないだいぶアレなカードなんでしょ、たしか」

 “だいぶアレ”という言い方もなんだけど、朋ちゃんからタロットの話を聞いたりしてきたのでアタシも伊吹もいくつかのアルカナについてはそれが持つ意味を何個か知っている。その中でも『塔』は、向きに関係なくネガティブな意味ばかりを示すこともあって印象深いカードだった。それがここで出てくるなんて……。

「つまり、アタシが言われた『非日常的なこと』っていうのは……」

「『塔』の意味……『破壊』、『破滅』、『崩壊』、『災い』、『惨劇』……」

「うわ……なにその、ろくでもないこと詰め合わせギフト」

 なにがギフトか。そんなもの贈られた方は迷惑でしかない。というか改めて聞くとホントろくでもないことしか示してないな、『塔』。

「まあまあまあまあ! 出ちゃったものはしょうがないとして!」

 その場を取り繕うように朋ちゃんがわざとらしく大きな声で喋りだす。

「ラストのカードはこの出来事についての『対策』っ! それを導き出すわよ! 今から現れるカードの(おぼ)()しに従えば、『塔』がもたらす災いを最小限に抑えてくれるはずよ! ……たぶん

 言った。今言ったね朋ちゃん。「たぶん」って。

 なんだか思いがけず話が大きくなってきた気がして、結果がよくないのにも関わらず気分は変に高揚している。朋ちゃんに消え入りそうな声で「たぶん」と言われようともポジティブ・シンキング。よくない結果に飲み込まれまいとする心の持ちようこそが、いちばんのお守りになるのだ……たぶん。

「じゃあ……いくわよ?」

 朋ちゃんが山札の上に手を乗せる。さっきまではなかった謎の緊張感が朋ちゃんから出ている。思わずアタシもなんだか全身に力が入る。伊吹は単純にワクワクしながら結果を心待ちにしていた。

「それぇっ! ぇええぇぇぇぇええええええええええっ!?」

 カードをめくった瞬間、信じられないといったような、しかしトーンとしてはなんとも間抜けそうな朋ちゃんの叫び声が談話室を支配した。しかしそれもそのはず。

「………………は?」

 アタシも口を開けて、朋ちゃんが『塔』の隣に置いた3枚目のカードを呆然と眺めていた。それは……

「ああぁーっ! また『塔』じゃん! すごっ!」

 状況をわかっていなさそうに伊吹がアタシと朋ちゃんを交互に見ながら驚いている。

 

 3枚目のカード──夕焼けの空の下、崖っぷちに建っている古びた監視塔に雷が落ちている。見張り台の手すりには、人間の手らしきものが力なくぶらんと下がっていて、指先のあたりにはなにかが焼け焦げて灰になったものが舞っている。そこからさらに下には、仮面舞踏会なんかで用いられそうな、目の回りだけを覆うタイプの金色の仮面、なにが書いてあるかまでは判別のつかない紙の束、蓄音機、小ぶりのシャンデリア、そしていくつかの歯車、それらが監視塔から崖下へと真っ逆さまに落ちていく様子が描かれており、カードの左上には『THE TOWER』という文字──。

 

 それは紛れもなく右隣に置かれた2枚目のカードとまったく同じ絵柄だった。違うのはその向きだけ。こっちの『塔』は最初に出た方と違って、アタシから見てそこに描かれているものをそのまま素直に見ることができる向きで置かれていた。それはつまり『逆位置』を意味するということだ。

「というかなんでぇ~? なんでそもそも『塔』が2枚入ってるのおぉ~?」

「そうっすよね……」

 もはや占いどころじゃなさそうに狼狽(うろた)えながら山札を掴み取って残ったカードをチェックしていく朋ちゃん。

「え、なに? なんかおかしいの?」

 一方、伊吹はアタシたちとは別の形で困惑していた。

「タロットカードのデッキに、同じカードは普通入ってないはず……。それぞれ全部1枚きりで組まれたもの……の、はずっす」

「あ、そーなん」

 実にあっさりと理解してくれたようだ。アタシもタロットに詳しいわけではないけど、朋ちゃんの慌てぶりを見る限りではそういうことのはずだ。

「他にダブってたり、逆に抜けてるカードはなかったわ。『塔』だけが2枚入ってたみたい……」

「要は不良品ってことすか? 余計に多く入ってる分には平気だけど……」

「うん。使うのには問題ないけど……使ってみた結果はとんだ大問題ね……」

 朋ちゃんは立ち上がると手持ち無沙汰に余分な『塔』のカードを指先でくるくる(もてあそ)びながらうんうん唸っている。

 

「盛り上がってるとこ空気読めない感じでなんだけどさ」

「なに?」

「そろそろ行かない? 食堂」

 前置きしてから伊吹が少し申し訳なさそうな顔をして言った。壁に掛かった時計を見ると、いつの間にかもう正午を回って12時40分になっていた。

「あれぇ? もうそんな経ってたの? 腹が減ってはリーディングが出来ぬ。気になる続きは向こうで! しまってくるから先行ってて」

 デッキを箱にしまい、少し汗をかいたカルピスを手に取ると、朋ちゃんは先に談話室を出ていった。

「面白くなってきましたな~♪」

「面白いは面白いけど……なんかなぁ」

 占われた当事者としては腑に落ちない。事の発端に比べればささいなことだけど、そもそも事の発端があるからこそ朋ちゃんの占いが始まったのだ。

 とにかく話さないことには、そしてお腹を満たさないことには始まらない。アタシたちも談話室を後にし、食堂へ向かった。

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