and 7【PERSONA M@STER】 作:ストレンジ.
爆炎が晴れると鬼たちは消えていた。一片の欠片もなく。あったら怖いけど……。倒した、ということでいいんだろうか。この場所にしても鬼にしても、さっきまで追われてた緑色の変ななにかにしても、存在が謎だけに消えたからといって問題が解決した感じはしてこない。
「沙紀……上、うえぇ~……」
横でうずくまったままの伊吹が力なくアタシの上へ視線を向けている。そこに浮かんでいる存在……。
「ペルソナ……『ウォーホル』」
特別さを感じるでもなく、馴染みのない言葉が口をついて出てきた。その言葉の指す存在は、襟を立たせた白い拘束衣に身を包み黒のレースの目隠しをし、ふわっと銀髪をゆるく逆立てた、平常ならざるファンタジーな姿でアタシの頭上を浮いている。背丈は3mはありそうで、人間を模してはいても尋常でない存在であることは見れば伝わってくるのは伊吹も同じようだ。
「怖いかもしれないけど、味方……というか、アタシ……なんすよ?」
我ながら言い淀みが激しい。仕方がない。自分自身急な心持ちの変化で『ウォーホル』がアタシであるかはともかく、自分に近しい存在、親しみのあるものであることは感じ始めてはいるものの、どこか白昼夢というか幻想的な淡いものという意識もあってグラグラしていて、その感覚を抱えたまま、しかも説明というほどの理解は全然できていない状態で伊吹に説明しなければならない無謀さ。なにひとつ自信を持って話せる要素がない。
「意味わかんない。アンタではないでしょ……」
依然落ち着きを取り戻せてはいないものの、もっともなことを伊吹が言う。
「つまり、あれっす……“もうひとりの自分”的なやつ! 能力! ペルソナっていう」
「なに言って……いや、……そう……そう、かぁ……」
「え?」
それだけ言って、口を半開きにしたまま伊吹はしばらくペルソナを眺めた。
「まあ変な話、ここがなんなのかとか、今までいた鬼とか、さっき追いかけられてた薄汚れた抹茶色のスライムみたいなやつとか見たわけだし、不思議な力ってやつがあってもおかしくはない……いや、おかしいんだけど……納得は、できた……かも」
アタシと同じぐらい伊吹も理解に苦しんではいても、一応の納得を得た、というより自分にそう言い聞かせることができたようだ。お互いの言葉の説得力のなさに力が抜けてくる。ひと安心してアタシもその場にしゃがみ込んだ。
「あははは……どうしよう? これから」
場違いはわかっていても安堵感からか笑ってしまう。
「とりあえず……解除? したら、“それ”」
「えっ……わっ」
伊吹に言われて解除なんてできるんだろうか、と思ったらあっという間にペルソナは消えた。まさに超能力といった趣だ。
「で……なんだっけ」
「んー、と……ああ、体育館。行くんだったんすよ」
いろいろありすぎてそもそもの目的を忘れかけていたけど、なにはともあれ渚ちゃんを探すのが第一だ。危険な存在がいることも確定してしまったし大至急見つけなきゃいけない。
「ミツケタ、ミツケタ……」
「うわ、出た!」
まさに得体の知れないものを見たこのときにふさわしい言葉だ。振り返ると下駄箱にさっきまでアタシたちを追いかけていた、伊吹言うところの“薄汚れた抹茶色のスライムみたいなやつ”が浮かんでいた。なぜか笑顔でウィンクしていて、しかもその表情を崩さない。不気味だ……。
「沙紀! さっきのあれ! あれ出してっ!」
相手の顔に気をとられていたところを伊吹の声で我に返る。さっきの鬼に比べてこいつは強そうには見えないものの油断はできない。
「出てっ、『ウォーホル』!」
早くもペルソナをふたたび発現させる……させるっ……させようとしている……。
「出ないっ!?」
「ぅえっ!? なんで!?」
「知らない!」
そうとしか言えない。出ない! 回数制限とかクールタイム的なものがあるのか?
あたふたしてる間に抹茶スライムがこっちに向かってきた!
「…………」
「……あれ?」
向かってきたスライムはアタシたちのまわりをグルグル回る。それ以外はなにもしてこない。
「……ミツケル」
「え?」
「仲間ヲ、ミツケル。我ラノ、仲間」
スライムがそんなことを言った。追ってきたのはアタシたちを襲うのではなく、仲間か誰かを探すよう頼みに来た……ようだ。
「……敵、じゃないのかな?」
「うーん……怪しいけど、違うんじゃない?」
鬼はいきなりこっちを攻撃してきた。そうしないということはこいつはアタシたちに敵意がないのかもしれない。隙を窺っているという可能性もあるけど……。
「ならいいけど……なに見つけるって?」
「仲間……? あと3人って……あっ」
「なに?」
「アタシたちと同じなんじゃない? どこかからここに飛ばされて、みんなとはぐれた」
「ああ、なるほど……人間では、なさそうだけどね……」
伊吹の言うとおりではあるけど、この際そこを考えるのは置いておこう。人間ではなくとも境遇が同じなら……得体の知れないものへの不気味さは払拭しきれないものの、協力した方がいいかもしれない。
「アンタ……名前は? ある?」
伊吹がスライムに尋ねた。伊吹もまたアタシと似たような気持ちなのかどことなく警戒してるような素振りを隠せずにいた。それは普通なことだ。そう考えると、むしろいきなり追ってきて協力を頼んできたこのスライムは度胸がある。それか、アタシたち以前に人間と会ったことがあるのか……。
「ナマエ、『クシミタマ』……コンゴトモヨロシク……」
スライム改め『クシミタマ』が言った。なんだか日本語がちょっとわかる海外の人のような言葉遣いだ。そう思えば少しはこの不思議な存在に親しみが湧いてこないこともないかもしれない。
「よろしく……っても、この子の仲間なんてどこにいるか、渚以上に手がかりなんてないんだよね」
「とりあえず元々の目的の体育館っすよ。探し回ってみなきゃ見つからないし……いいよね?」
『クシミタマ』は相変わらず貼りついたようにウィンクした笑顔のまま静かにうなずいた、というか全身を前に傾けた。
*
体育館は下駄箱の横の出入り口から渡り廊下を通った先にあった。闇雲に走る伊吹についていってここまで来たけど結果としては目的の場所に向かっていたわけだ。あたりを警戒しながら入口まで来ると、窓という窓が暗幕用の遮光カーテンで遮られていて中の様子がわからない。
しかし音は聞こえる。周囲への注意を払い続けながらしばらく耳をすませる。ほとんど一定のリズムで地面に何度も物が叩きつけられている。弾力性のある、くぐもった低い音。それはときどき硬い響きにもなった。いずれにしてもゴムをイメージさせる質感……。あるいは『キュッ、キュッ』と、これまた床の上でなにかが擦りつけられているような甲高い音……。なにが行われているかはそれらを聞けば中を見ずともわかった。
「バスケ……してるよね、これ……」
アタシの確信を再確認するような伊吹の呟き。なぜ中を見えないようにしてるかはわからないけど伊吹の言葉への答えは明白で、その答えは半ば自動的に渚ちゃんの存在をこの体育館に示していることになる。
未だ謎のこの場所、鬼や『クシミタマ』のような危険な、あるいは不思議な存在、そしてアタシに芽生えたらしい力、『ペルソナ』……。わからないことだらけな事柄への不安や警戒心を忘れたわけではないけど、
体育館の中は、予想通りの光景と思いもしなかった光景とで錯綜としていた。
まず中には渚ちゃんがいたし、元気そうだった。それはいい。探していたんだから。問題はそこからだ。渚ちゃんはなぜか甲冑姿だ。甲冑。よろい。武士の。戦国時代な感じのやつの。鎧で、バスケ。普通に器用にドリブルをこなして相手のディフェンスを華麗に抜いていく。そしてその相手というのは、さっきアタシたちが戦った鬼なのだ。
鬼たちはアタシたちが遭遇したときと同じように薙刀型の金棒を持っている。鬼が金棒を持っているのは普通というか、まあイメージ通りなわけだけど、バスケ中なのである。金棒を持ってバスケしてる鬼……おかしい。なにもかもが、おかしい……。そんな異様な場を、アタシと伊吹は目撃している。
「誰カ止メロォッ!」
「コノママデハ予選敗退ダ! 鬼ノ名折レゾッ!」
「サセルカ! 全国レベルノ鬼一族ノディフェンス力ヲ見セルノダッ!」
鬼たちは言葉を交わし合うと、渚ちゃんを待ち受けていた2体がなんのためらいもなく金棒を振るった。
「甘い甘いッ!」
渚ちゃんもまたそれを当たり前であるかのようにかわし、ドリブルを続行しゴールに向かっていく……。
そして、きれいなフォームから放たれたボールは渚ちゃんからゴールへとアーチを描いてネットをくぐった。
「ヲヲヲヲヲヲアァ……ッ!」
金棒を落としその場にへたりこむ鬼たち。泣いているかどうかはわからないけど、そこかしこから嗚咽のような声が聞こえてくる。
「……本選出場は、貰ってくよ」
渚ちゃんがいちばん近くにいた、力なく四つん這いになっている鬼に向けて静かに声をかけた。勝利に酔いしれず、敗者を慮り静かにコートから去っていく……。
「待テ……」
声をかけられた鬼が立ち上がり、渚ちゃんの背中に語りかけた。
「……勝テヨ」
絞り出すように一言そう言った。
「……うん」
渚ちゃんも一言で応えた。そして振り返ると鬼の元へ戻っていく。
「勝つよ、絶対……ッ!」
鬼に向けて右手を差し出し、決然とした調子で言った。鬼は少しの間を置いて、差し出された手を握った……。
「……なんなの、これ」
ためらいがちに伊吹が言った。お互い決して今までのこの様子を冷ややかに見ていたわけではない。スポーツマン同士の譲れない闘い、勝者と敗者の熱い心の対話……というやつだったんだとは思う。でも、
① 何度も考えていることだけど、まずここはどこなのか?
② 鬼は危険な存在のはずではないのか?
③ ていうか渚ちゃんにもモロに金棒で攻撃してた。
④ それに適応してる渚ちゃんもなんなのか?
⑤ なぜ甲冑姿なのか?
⑥ これは本当にバスケットボールなのか?
際限がない。頭にいろいろな『なぜ?』が浮かんでは脳を圧迫してくる。
「……わかんねっす」
謎すぎる状況に気力を削がれて、ほとんどささやくように伊吹にそう返した。
「それで、そこにいるのは……次のチームかな?」
振り返った渚ちゃんがこっちを見て言った。アタシたちに気づいていたらしい。
「キャプテン……!」
いち早く渚ちゃんの声に反応したのは『クシミタマ』だった。
「トイウコトハ、我ラノ相手ダナ!」
どこからともなく、今まで渚ちゃんと試合? していた鬼とは別の鬼たちが現れた。
「観戦させてもらうよッ!」
いっしょに対戦していた鬼たちとコート外に出てベンチに座り、熱い視線をこっちに向ける。渚ちゃんを探しに来た手前、回れ右で出ていくわけにもいかないので嫌な予感しかしないままにとりあえずコート内へ伊吹と『クシミタマ』と共に足を踏み入れる。
「デハ……試合開始ダアァッ!」
コートの真ん中で互いに並び合ってからわずか8秒で鬼の一体が金棒を振り下ろしてきた。
「やっぱりこうなるじゃあぁぁぁん!」
叫ぶ伊吹と後ろに跳んで攻撃をかわした。開き直ってるのかこうなる雰囲気を伊吹もバチバチに感じていたのか心なしか余裕があるように見える。
「だああああいっ!」
奇声を上げて伊吹がこっちに背中を見せた状態で手を振って招く。そりゃあ逃げるしかないよね……。でも渚ちゃん、どうしよう?
「ガル!」
さらに違う叫び声。振り返ると『クシミタマ』が鬼の前に立ち塞がるように浮かんでいた。一瞬空間が歪んだように見えたあと、3体いる鬼のうちの1体が後方へ吹き飛ばされた。どうやら『クシミタマ』は戦えるらしい……いけるかもしれない。
「今度は……出てっ、『ウォーホル』!」
足に力を入れて床を思い切り踏み鳴らしながら強く念じたら……出てきた!
「いけっ!」
要領を得ないまま目の前の2体の鬼に集中すると『ウォーホル』は手をかざし、次の瞬間には前と同じ青白い爆炎が鬼たちを覆った。
「補充!」
『クシミタマ』に吹っ飛ばされた鬼が叫んだ。その瞬間、どういう原理なのか、コート内に黒い
「ガル!」
また『クシミタマ』がそう発すると緑色の衝撃波のようなものが“補充”された鬼の目の前に発生して、1体を吹っ飛ばした。
残った1体が『クシミタマ』を狙おうと動き出したのを見て、今度はそいつをアタシが『ウォーホル』で爆破する。
「補充!」
1体がさっきと同じように叫ぶとまたコートに
間髪入れず、新しく現れた3体が動き出す前にそこに向けて意識を集中させる。狙い通りに爆発が起きる。散らばった2体のうちの1体を『クシミタマ』が再度攻撃して再び鬼は孤立する。力量的にはアタシたちの方に分があるようだ。
「補充!」
そして残りの1体がまた例の叫びを上げる。また新しい鬼が現れる……流れはわかった。減ると増える。一掃しないといけないわけだ。
「補充!」
「補充!」
「補充!」
「………え?」
理解したと思ったとたん、予想だにしてないことをやられた。増えたばかりの鬼までが、いきなり“補充”を行ってきた。あっという間にコート内には11体の鬼がひしめく光景が出来上がった。
「そんなんアリぃ!?」
たまらず伊吹が言った。そもそもルールがあるのか怪しいところとはいえ言いたくもなる。
「ええ。メンバーの補充はシーサイド条約で50人まで可能です」
事も無げに審判役の鬼が言った。どうやらルールはあるし、適用内らしい。シーサイド条約……『愛野“渚”』だから……?
「反撃イクゾォー!」
「オーフェンス! オーフェンス!」
「イッポンカエシテコー!」
仲間内で声をかけ合い押し寄せる鬼たち。今までどこかアトラクションに興じるような気持ちがあったのが急に焦りで頭がザワザワする。11体……11体も、いる……!
「うあぁっ!」
うろたえてるのは承知で鬼を意識する。それでも『ウォーホル』は目の前に手をかざして集団に爆発を起こしてくれた。
でもそれだけでは群れは一掃できない。『クシミタマ』も衝撃波で攻撃してくれるけど『ウォーホル』の爆発ほどの規模はなく、1体を吹き飛ばし、そのそばにいたもう1体を少し押し戻すので精一杯のようだった。
再度爆発を起こしても数を削り切れず、4体の鬼がアタシたちの目前にまで到達した。走ってきた勢いそのままに金棒を振るう。伊吹の前に立って、心得はないけど『ウォーホル』で防御の構えをとる。
「卵のように、軽やかに……『グノシエンヌ』」
少し離れたところから知らない声が聞こえた。声のした方向へ向こうとするよりも速く、風のような波のような……黄緑色のオーラが鬼たちの足下からフワッと舞い上がると、つられたように鬼たちも舞い上がり、体育館の天井に叩きつけられ消滅したのに釘付けになった。
「速やかに外へっ」
もう一度声が聞こえた。今度こそそっちに顔を向けると、ステージ上に金髪の女の人がいるのが見えた。
直後彼女の頭上に“存在”が発生し、それがオーラを飛ばした。薄黄緑色に透けたオーラは一反木綿のようにひらひらと、しかし素早く体育館入口扉の前まで舞ってからパッと消えると、勢いよく扉が開いた。
「説明は後で。今はついてきて!」
優しい声ではあるものの有無を言わさない鋭い調子で彼女は言った。形勢の不利を悟っていたのかアタシも伊吹も、ひとつ間を置いて『クシミタマ』も流れるように追従して入口へ向かった。
入口を出る直前、後ろを振り返った。“補充”されたんだろう、鬼たちが再び数を増やしてアタシたちを追ってくるのが見えた。しかし渚ちゃんは動く様子がない。やきもきしながらも今は金髪の優しい声の人についていくこと、それしかできない気がしてアタシと伊吹はまた息を切らして走った。