and 7【PERSONA M@STER】   作:ストレンジ.

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私について彼女が知っている二、三の事柄

 

 風にわずかになびく金髪を見ながら伊吹も『クシミタマ』も、その背中にただ付いていく。鬼たちを振り切ったあとも彼女の足は止まることなく階段を昇り、また昇り、アタシたちはあっという間に体育館から校内最上階の4階にまで逃げてきていた。

「ちょい待ち! あれはっ!?」

 伊吹の声に廊下を注視すると、100mくらい先に赤黒い後ろ姿が見えた。

「構わずに。入って!」

 その声と鬼が振り返ったのが同時だった。こっちへ向けて踏み出した足が廊下につくのを見る前に、言われるまま金髪の女性を先頭にみんなで手近な教室へと入った。

 

 そこは音楽室だった。でもなにかが奇妙というか、さっきまでいた場所と空間の雰囲気が違っている気がした。木造であることに変わりはないけど、床や壁がワックスがけされたようにツヤがある。椅子や机や、教壇横にあるグランドピアノも新品のようで、清潔感があるというよりも使用感がないと言った方がしっくりくる感じだった。

「落ち着きましたか?」

 さらりと、ことさら問いかけるような語気のない、何気ないひとことのような調子で金髪の女性が言った。

「そういえば……」

 伊吹たちを見ながら呟く。さっきまでの慌ただしさが消えたようにいつの間にかリラックスしている自分に気がついた。走りっぱなしで息だって上がっていたはずなのに、いつの間にか時間が経ったかのように呼吸は平時のリズムに戻っていた。伊吹も同じなようで、本当に不思議そうに目を丸くしながらこっちを見て困惑していた。

「隠れてはいないけど、ここは隠れ家のようなもの……外の者たちに見つかることはないわ」

「えぇ~っ……まったく本当になんなの、ここ? あのさ、今までのあれやこれやは……なに? あんたは……何者?」

 警戒しつつも、答えられるでしょうといった確信を持ったように困惑顔のまま伊吹が女性を見て尋ねてから、

「あっ、それと名前は」

 そう付け加えた。女性は微笑んで静かに言った。

梅木音葉(うめきおとは)といいます……なにから話せばいいのかしら……」

 微笑んだまま彼女……音葉さんも次に言うべき言葉に困った。落ち着けたこともあってなんとも拍子抜けした気持ちになってしまう。

「そっすね……ここは、なんなんすかね?」

 拍子抜けがてら実に軽い調子で訊いてしまった。音葉さんは背は高いけど威圧するような雰囲気や切迫した様子もなく、場違いのように清らかに佇んでいるその姿がそうさせたのかもしれない。

「あの体育館にいた、甲冑を身に付けていたポニーテールの彼女……」

「やっぱり渚ちゃんが関係あるんすか?」

「渚さんというのね。ここは、彼女の世界……と言えば伝わりやすいかもしれないけど、正確に言えば“彼女そのもの”なの」

「…………んん?」

 首こそかしげなかったけど伊吹の漏らした声はそうしているようなものだった。

「渚ちゃん、そのもの……? この学校とか、体育館とか、っていうかここ全体が……ってこと?」

「ええ。にわかには信じられないでしょうけど、ここは渚さんその人ということ。……そうね……」

 そこまで言ってから音葉さんは一度小さく咳払いをした。

「ここが渚さんの心の中、いわゆる精神世界と私が言えば、信じられるかどうかは別として、意味は伝わりますよね?」

「えっ……まあ、そう……ね。ね?」

「うん……」

「でもそれでは正確ではなくて、ここは渚さん……渚さんというひとりの人間が、ひとつの小さな世界に変容したもの……そこに私たちはいる……わかりますか?」

 優しく問いかけてくる音葉さんにはどことない必死さを感じて、アタシたちに自分が喋っていることをちゃんと伝えようとする熱意があった……が、ちょっと怖い。

「えと……渚ちゃんが……『人間』が『世界』に、変化? したのが、ここ……ってこと……っすよね?」

 アタシは音葉さんの言葉をひとつひとつ噛み締めるように考えながら言葉をひねり出した。

「ええ、ええ! 大丈夫です」

 すると彼女は探し物が見つかったときのような笑顔を浮かべた。自分にせよ他人にせよ探し物が見つかったときに笑顔になったとして、それが本当に今のこの音葉さんの笑顔のようであるかは実際のところ知らないけどなんとなくそんなときの笑顔のように見えた。

「この場所は人間という存在が、その人独自の世界ともいうべき空間と化したもの……。私は『カタリ』と呼んでいます。つまりここは“渚さんの『カタリ』”、ということです」

 「ということです」、と言われましても……というのが率直な感想だ。「ぽか~ん」というやつだ。どんな顔をして話を聞いてたらいいかわからない。

「や、あのさ。それがそうだったとしてさ」

 途方に暮れかかったところで伊吹が口を開いた。

「いたよね、さっき。渚。甲冑着てさ、いたじゃん? なんであんな格好してたか知らないけど……見たでしょ? アンタも」

 そう言われた音葉さんは困惑する様子もなく、むしろ陽気というわけではないけど明るい顔を見せて伊吹を見た。

「ええ、そうですね。この空間こそが渚さんであるなら、さっきの渚さんはなんであるのか。あれはこの世界における『仮の主体』のような存在です。私は『コロス』と呼んでいます」

「殺す……?」

「その『ころす』ではなく、カタカナで『コロス』です。『コロス』は……」

 ここで音葉さんは間を置いた。それはちゃんと伝えようという意気込みのためのように思えた。

「『カタリ』が、『カタリ』の内にあるものに能動的に干渉するために『カタリ』自身が生み出した自分の分身……アバターとでも言えば伝わるでしょうか……」

 相づちを求めたわけではないだろう、音葉さんはここでまたほんの少し間を開けた。

「『カタリ』は、その内部に干渉する際、『カタリ』それ自身、つまり『世界・自然』として関わるのではなく、“人間的に”関わろうとするのです。そのため、もとの現実世界での自身のように人間の姿を拵えて、それから自らの世界になんらかの働きかけを始めるのです……。『コロス 』=『カタリのアバター』というわけです」

 

 ………………な、なるほど。

「沙紀わかった?」

「あぁーっ話しかけないで。絶賛理解中っす」

 若干矢継ぎ早に話されて脳がひとつひとつを咀嚼して飲み込んでいくのに負荷がかかる。メモがあればよかった。書き込むヒマはなかったけど。

「そしてその『コロス』の内情というものは、現実世界を生きる人間同様不安定で、少なからず脆さを抱えています。一定程度の安定が保たれて初めて『コロス』は健全な『コロス』、ひいては『カタリ』でいられます……。では、その安定が乱れたら?」

 問いに答える者はいない。音葉さんの声以外、鬼が歩き回ってるであろう教室の外も静かで、ましてやここに入ってくることも不思議とない。それも気になっている。『クシミタマ』も彼女の話を聞いているのかわからないものの、言葉を発することなくアタシの横で浮遊したたずんでいる。

「……『コロス』は『シャドウ』になり、『シャドウ』は別の『シャドウ』を生み『カタリ』を脅かす存在となる……それが、さっきの甲冑姿の渚さんと、あの鬼たちなの……」

 どこか遠くから小川のせせらぎのような音が聞こえてくる気がする。その音は緊張を拭いも和らげもしなかった代わりにいつの間にか自分がまた焦りを感じ始めていることに気づかせてくれた。

「『シャドウ』は『カタリ』内の秩序を乱し、支配しようとする……そして、『シャドウ』に支配された『カタリ』の主は……いわゆる“廃人”となってしまいます」

 こっちを配慮してか、音葉さんは最後の部分をややゆっくりと控えめに、慎重に言った。

 

「なんて……こった……」

 混乱も交えながら伊吹が静かな驚きを絞り出した。

「渚ちゃんが……なんで? なんでそんな……突然そんなことになるんすか……?」

 そんな言葉が口をついて出ていた。悲痛というより子どもが知らないことを尋ねるような調子で喋った気がする。実際今はショックとか悲しいとか理不尽だと思うよりも、疑問の方が大きいと意識的には感じているつもりだった。

「……それが厄介なのです。いつ、誰に、なぜ、そのようなことが起こるのか……それに関しては私もまだ掴めていない……」

 誰のせいでもないゆえの申し訳なさに圧し負けたように音葉さんがわずかに口ごもりながら言った。

 泣きはすまい。不意にそう思ったけど悲しみは押し寄せてこなかった。疑問を抱く、という態度というか実感がネガティブな感情に勝っていた。なにかをしなくてはならないということも、わかっていた。

「この頃、不特定多数の人々が突然理解不能な奇行に及んで、事件として報道されていますよね?」

「え、うん。そうね」

 突然音葉さんがそんなことを言った。

「あれは『カタリ』が『シャドウ』に支配されて廃人化してしまった人間によって引き起こされているの」

「え! あれってそうなの?」

 困惑の中にも腑に落ちたような明るい声をあげてびっくりしながら伊吹が音葉さんを見た。

「廃人化した人間は社会に暴走をもたらす……それがあの奇妙な行動の数々というわけです。ただの“奇妙”と呼べる内ならまだしも、人によってはひどい錯乱状態に陥り、暴力的な行為に及ぶ場合もあり、すでに何件かそういったケースもありますね。……それを防ぐためにも、あなたの……『ペルソナ』の力が必要なの」

 伊吹からアタシに目線を移して静かに力強く音葉さんが言った。

 

「その『ペルソナ』にしても、いったいなんなんすか?」

「……理解や納得は別にしても、あなたはそれがなんであるかを知っているはず……でしょう?」

 確信を持った面持ちで音葉さんがこっちをじっと見る。知っている……知っているというか、思ったことはある。

「じゃあ『ペルソナ』っていうのは……“もうひとりの自分”ってやつなんすか? 本当に……」

「ええ。細かく言えば『ペルソナ』も『コロス』に端を発する存在のひとつです。『コロス』が昇華されたもの……『シャドウ』とは表裏一体の関係にあるもの……と私は解釈しています」

「解釈……?」

 今さら前髪を気にしながら伊吹が怪訝な顔になった。

「なにぶん私も自分の経験則から得た知識でしか話すことができませんから……。でも、すべてを知っているわけではないにせよ、少なくとも的外れではないと思っているわ」

 少し目線を落として音葉さんはそう言った。

 こんな異様な場所で出会ったこともあってか、アタシはどこか音葉さんに妖精というか、ざっくり言ってしまえばゲームで操作方法や、次に行くところややるべきことを教えてくれる案内役のキャラクターみたいな役割を自分の中で無意識に当てはめながら話を聞いていてしまっていた。もちろん彼女はそうではない。一般人とは言えないかもしれないとはいえ彼女もまた人間としてこの『カタリ』や『シャドウ』を体験したんだな……そんなことを今になって思った。

「話を戻します。『ペルソナ』は、『シャドウ』が『コロス』の調和の乱れによって生まれるものとは逆に、『コロス』がより強くというか、ある種の“集中力”を得ることによって変容したもの……。『シャドウ』が“負を増大させる存在”なら『ペルソナ』は“負を抑制する存在”……そう考えています。『ペルソナ』の力で『シャドウ』を抑制……すなわち、倒す……。そうすれば『コロス』の調和を取り戻し『カタリ』に安定をもたらし、『カタリ』の主は真人間として元の世界に帰還できます。それを達成するため……『シャドウ』を倒すために『ペルソナ使い』はひとりよりふたりの方が当然心強い……ぜひ助けが欲しいの……あなた…………」

 ここまで言ったところで、急に音葉さんがものすごく不思議そうに口を開いてアタシたちを凝視した。そして少しはにかんでから、言った。

「名前をまだ聞いてませんでしたね……」

「あぁ、はい……吉岡沙紀です」

「アタシは小松伊吹ね」

 ここでアタシたちは、お互いにお互いの名前を知っている関係になったのだった。




書いていて、書き手の説明力不足を如実に感じました……。そんなでも読んでくれた人にはマジ感謝。
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