and 7【PERSONA M@STER】 作:ストレンジ.
自己紹介のあと、やにわに生じた少し長い間を合図のようにし、『クシミタマ』を除くその場のみんなが手近にあった椅子を今いる場所に引き寄せて座りはじめる。腰を下ろし足の力を抜くと解放感で体力が回復しだしたような、そんな気にさせられた。
「で、それはもちろん、手伝うに決まってるっすよ。渚ちゃんが廃人だなんだになっちゃうのは絶対ダメだし、そもそも解決しなきゃ気持ち的にも、物理的? にもアタシら帰れなさそうだし……っすよね?」
ずっと気になっていたことをここで音葉さんに訊いてみた。帰る方法。偶然とはいえ来たのなら帰る手段もあると考えるのが普通だけど、その普通が通用しないというか、あるにしてもこの世界の普通と元の世界の普通は違うだろうから想像も期待も容易にはできない。
「ええ……“解決”がなければここを出ることはできない……少なくとも私は他の方法を知りません。この『カタリ』の維持が不可能なほどの不均衡……“世界の歪み”を抑えることで私たちは初めて元の場所に戻ることができる。ただし“抑える方向”は帰るだけならどちらでも構わない……。シャドウが抑制され『カタリ』が安定を取り戻し、『コロス』が元の姿と言える状態になった場合と、シャドウが『コロス』と『カタリ』を掌握し、『廃人』となった場合……。どちらでも、“歪み”の矯正が一定以上果たされれば『カタリ』の主も外部の者である私たちも、強制的に現実へと帰還することになります」
「それは、音葉さんの実体験に基づいてるんすよね……?」
「はい。ペルソナ使いであることを自覚してから、いくつかの『カタリ』に訪れ、しかるべき形での帰還を果たすために行動してきました……正直に言えば、芳しい結果を得られなかったことの方が多く……単純に自分の力が及ばなかったこともあれば、伊吹さんのように偶然ここに来てしまった、対処する力を持たない人たちを護るだけで限界だったこともあります……。そうした場合でも、生きてさえいれば帰ることはできていました……」
言い終わると音葉さんはアタシたちから視線を外した。
やっぱり、きちんと帰れる道はひとつしかないと言っていいようだ。帰れさえできればいいなら、おそらくこのままここにいるだけでもいいのだろう。
「あと、この……この子? はなんなんすかね……知ってます?」
ずっと大人しく漂うばかりの『クシミタマ』を見て音葉さんに尋ねた。音葉さんの言うシャドウならたぶん襲われているだろうから、それどころか助けてくれたことを考えればおそらくは違うのだろうけど、そうでないならそれはそれで何者なのか謎だ。
「念のため確認しておきますが、伊吹さんはペルソナ使いではないのですよね?」
「うん。そうだったらよかったかもしれないんだけどね。一応さっきからたまに「出ろーっ」って念じてみたりはしてるけど、ダメだわ」
伊吹は伊吹で助けになりたいと思っているのは山々だけど、念じてなれるものではきっとないだろう。
「我ハ“四魂”……“一霊”ノ欠片ナリ」
「うわ喋った。なに、なんて言った?」
「なんとかが、なんとかの欠片とか、どうのこうの……」
「“四魂”ダ。我ラ4人ガ、“一霊”……『キャプテン』ト交ワル時、安寧ガ訪レル……仲間ヲ探スノダ……」
うっすらエコーのかかったバリトンボイスで『クシミタマ』の閉じっぱなしの右目がうっすら光ったように見えた。
「『キャプテン』っていうのは……まあ渚ちゃんのことっすよね……」
「この子の仲間を探したら渚が大丈夫になって万事OKってこと? なんで?」
「仮説ですが……」
こっちに目を合わせないまま音葉さんが話し出す。
「この者は渚さんの『コロス』の一部なのかもしれません。シャドウに支配される前に『コロス』の力の一部を分離させることによって完全に乗っ取られることを防いだ……防衛本能のような存在……」
「そういうのは、あり得るものなの?」
「『カタリ』は人間の生命の在り方の数だけその様相があり、極端に言えばなにが起こっても不思議ではありません」
「あり得るってことね……はぁーっ、なにが起こっても不思議じゃないってんなら、いきなりなにもかも大丈夫な方向に行ってくれないかね」
右手で頭をかいて伊吹は目を細めた。視線を外すと、教室のすりガラスの窓越しにシャドウが廊下を歩く影が見える。
「あいつらがここに入ってこれないのはなんでなんすか」
「それはここが私の『カタリ』……のミニチュア版のようなものだからです。他者、この場合“渚さんの『カタリ』”という大きな街の中で、安全に過ごせるよう私が建てた秘密基地……例えるならそんなところでしょうか。それがこの音楽室になります」
「そんなことできるんだ? ……って、なにが起こっても不思議じゃないんだったね」
窓を睨みながら話した音葉さんの言葉に伊吹は一瞬面食らったあとすぐ勝手に納得したようだ。
「集中力と想像力が必要ですが、“私的な空間”をイメージし、それを実体化しようと念じます……。そうすることでこのような場所を作ることができます。イメージは今いる『カタリ』との外見上の齟齬が少ないほどいいのですが、作り手の志向性に沿ったものでなければ安全な空間を生成するのは難しくなります。今回はこのように『音楽室』という、『学校』という像の『カタリ』に対して極めて自然なイメージを表すことができましたが、これは私の『音楽』にまつわるものへの志向と、渚さんの『カタリ』のビジュアルとが、偶然にも自然に成立する関係にあったことが幸いしたためです。逆に、例えば『病院』の像を模した『カタリ』に対して『カラオケボックス』という場違い極まりない像をイメージしてしまっては、空間の生成に長時間の集中を要し、また失敗することすらあり得るわけです。ここにいる間は体力や精神力の回復、シャドウたちに気づかれず身を隠せるという大きなメリットがありますから、ある程度『カタリ』の様相を把握できたら空間の生成は可能な限り早めに着手すべき事項と言えるでしょう」
アタシたちにとって都合がいい方にも悪い方にも『カタリ』という世界には、自分が今までいた世界とはかなり異質な力学が存在していることを改めて認識した。しかしイメージによって安全な空間を作り出すという魔法のような技に対して『カタリ』とイメージ像との社会・文化的ともいえるような認識上の擦り合わせの自然さ、というひどく現実的な条件を要求される点なんかは、まさに社会生活を営む人間の感覚のそれだ。それまでの常識が通用しなさそうな世界でありながら常識が参照される……正直なところインスピレーションが刺激された感触がある。それはイメージの貧困さを指摘されたようでもあった。果たさなければいけない目的が目の前にあるというシビアさの一方で、楽しみを見出だしている自分がいた。
「でもここにいてもなんにも進まないよね……。態勢が整ったら出るしかなくない?」
伊吹のその言葉で高揚感を少し冷ますことができた。そうするしかないように思える。そしてそれは、どう考えても戦闘は避けられないということだった。
「まず扉の前のシャドウたちが去るのを待ちましょう。できる限り見つからないよう……私たちが力尽きれば、伊吹さんを守れませんから……」
「そうなんだよね。あんまり自覚ないんだけど、荷物なんだよなーアタシ……ペルソナねぇ……ハッ! ……出ないわ」
「あ、出そうとしたんだ……」
「出すのになんかイメージとかあるの?」
「う~ん、あるにはあるけど、説明は難しいっすね……。一歩踏み出すような……ガラスを割るような……」
「どっち?」
「いや両方の感じなんすよ両方。踏み割るような……ッ」
「おわっ!」
と伊吹が小さく叫んだのは説明してたらアタシのペルソナが暴発して出てきたからだ。突然出てきた『ウォーホル』は当然なのかもしれないけどなにをするわけでもなく頭上をプカプカ浮いている。
「うん、やっぱ思うんだけどさ……けっこう怖くない? 見た目」
パッと見はまさに『目隠しと拘束衣で身体の自由を奪われた人』だ。逆立った銀髪姿が、どことなくアウトサイダーアート感というか、ポップなビジュアルな気がしなくもなくて悪くないと思う。
「一瞬しか見なかったけどそっちもなんかけっこう不気味というか……ねえ?」
若干の配慮で言葉を濁らせて伊吹が音葉さんを見た。
「そうですね……」
特に表情を変えるでもなく音葉さんも自らのペルソナを出して改めてアタシたちに見せた。
「ペルソナの姿はどんな形でも、それ自体がひとつの美であり、使い手を通して語られる生命の表現だと思います。私はこの『グノシエンヌ』を通して、私の身体によって語り得る世界を、指揮し、奏で、響かせるのです」
音葉さんが『グノシエンヌ』と呼んだそのペルソナは、見た目は女性のように見えた。目を閉じ穏やかに微笑み続ける薄茶色の顔には木目が見える。側面にはわずかに溝のような模様があって、木の仮面を被ったように見えるけれど人間とは違ってこれが生の顔の可能性もある。音葉さんと同じような短い金髪の上に草冠が載っている。服は、マタニティドレスのような、ゆったりした身体のラインが見えない、薄く青みのある灰がかった華美過ぎないドレスを着ている。
いちばん目を引くのは右腕で、肘から先が4本に分かれていて、それぞれにきちんと手があった。そっちとは違って普通にひとつある左腕には、
「まあ文句があったわけじゃないけどさ、アタシはもうちょい可愛い感じのがいいかな」
持つ、という言い方が合うかわからないけど伊吹はペルソナを持つような前提で言った。小物でも選ぶような気安さだ。
「なぜだか……伊吹さんもペルソナ使いになるような気がしてなりません」
「そうっすね……」
目配せしながら音葉さんと言葉を交わすと伊吹は『クシミタマ』を見て
「ってことはこの子は渚の表現ってことになるわけか。ほ~ん……わからん。ぜんぜんバスケっぽくないし」
そりゃ恐らくそういうストレートに表されるようなものでもないんだろう。その人の漠然としたイメージをなんとなくパッと感じさせるようなものがペルソナの姿形に出てくるとは限らないのはアタシの『ウォーホル』を見てもそうだ。
「アンタも戦えるみたいだし、ちょっとアタシのお守り頼んでいい?」
「ココロエタ」
「うむ、よろしく」
「コンゴトモヨロシク……」
命令するのでも頼むでもない調子で伊吹は『クシミタマ』と言葉を交わした。いつもの伊吹の面目躍如だ。ナメられない絶妙なフレンドリーさ。それが発揮されたかどうかはわからないけど『クシミタマ』は素直に伊吹の言葉を聞き入れた。サポートはこっちとしても助かる。
「……外が静かになりましたね」
音葉さんが言った。確かに影は消えていた。
*
外の気配に耳をそばだてながら扉を開けて廊下を左右に見やると、鬼の姿はない。探索再開だ。廊下を出てみんなで左に向かった。移動してなければ渚ちゃんの場所はわかるが、とりあえずは『クシミタマ』の仲間を探さないことには事態は好転しなさそうだ。実際またさっきみたいに鬼を次から次へと出されていったんじゃ数で押されてやられるのが見えている。
「探すってもさ~、ヒントとかはないんかね。その辺どうなのさ?」
気さくに軽い調子で言いながら伊吹は辺りをキョロキョロ見回している。
「我々ハ『キャプテン』ノ一部ナノダ……。善キ隣人タルオ前タチナラ、幾ラカ予想ハツカヌノカ?」
おそらく煽るわけでもなく、純粋に『クシミタマ』が逆に尋ね返してきた。
「それを言われちゃなにも言い返せないなー……」
「思ったんだけど、『クシミタマ』に会う前、教室で渚ちゃんのノート見つけたじゃないっすか。一応渚ちゃんのクラスの、渚ちゃんの席で」
言いながらお腹に挟んでいたノートを取り出して見せた。こうして今考えるとすべてが合ってるわけではないけど、ここはやっぱりアタシたちの通う学園をモデルにしているんだ。だから渚ちゃんの席……渚ちゃんに繋がりのある場所に、渚ちゃんの物があったんじゃないか。
「感ジル……『反応』ヲ感ジル……」
『クシミタマ』がノートを見ながら言った。
「ソレダ……ソレヲ探スノダ」
「ノートが他にもあるってことすか?」
「ソレハワカラヌ……ダガ、『反応』ガアル。ソレヲ集メルノダ……」
『クシミタマ』が意味ありげに言う。
「なんか渚の物を見つければいいってこと?」
「っすね……。で、ノートは教室にあったし、体育館には本人……がいたわけだから、渚ちゃんに関係ある場所を探せばいいんじゃないかな?」
「渚に関係あるとこ……ね。教室、体育館……う~ん?」
渚ちゃんの教室に、バスケ部の活動場所の体育館……ときて、他に関係が深そうな場所が思いつかない。
「案外出てこないもんすね……」
「寮は?」
「ここにあるのかな……。そもそもそこまで広いとかなり大変なことになるんだけど……」
外へは一瞬校庭に出た程度だから、学園の外がこの空間にも存在するのかはわからない。ただ、学園外も含めるならそれこそ実家とかも入ってしまうんじゃないか? 渚ちゃんの実家……愛知出身だって聞いた覚えあるんですけど……。
「とりあえず学園内に限定して探そ。それで駄目ならそれから、ってことで」
そこは伊吹に賛成だ。正直それで見つけられないのは勘弁して欲しいと思った。ただでさえ要領を得ない場所なんだ。長距離を探すだなんて、時間も労力もとんでもないことになってしまう。想像しただけで途方もない。
「そうっすね」
「で、どこよ?」
「それは、うーん……」
それがわからないんだったから足踏みしてるわけだ。意外にも思いつかない。アタシは渚ちゃんのなにを知っていたんだろう? まさかバスケのことだけではない。でも自問自答してみても“なにか”は出てこない……いや……。
「あっ! あー……」
「なに?」
ごちゃごちゃ考えてる中で急速に初歩的なことを思い出したように
「部室があったじゃん」
「部室……あーっ部室! そうじゃん!」
なんのことはない。アタシたちが渚ちゃんへの象徴的なイメージを持つ場所といえばバスケ部の部室があるじゃないか。
「お互い体育館と部室をセットで捉えてたっぽいっすね」
体育館には校舎と結ばれる渡り廊下の他にも部室棟へと続く道があった。利用する立場ではなかったからかそれが頭から抜け落ちていたらしい。部室は部によってミーティングのために整然と会議室様になってるところもあれば、大半はそうであるイメージがある気がする更衣室・休憩室として機能しているところもあれば、実質用具入れとしてしか使ってないような部のものもある。バスケ部がどれに当てはまるかは知らないけどバスケ部の部室ももちろん部室棟の一画にある。
「部室は間違いないっしょ、根拠はないけど。あとは……まあバケモノ? モンスター?」
「『シャドウ』……です。しかし大掴みに言えばモンスターという認識で差し支えありません。鬼たち……鬼でないものもいるかもしれませんが、それらは母体であるシャドウ化した『コロス』から産まれた存在ですから、母体のシャドウを抑えないことには根本の解決にはなりません。しかし倒せば倒しただけ『カタリ』内から本体への廃人化の一時的な抑制にはなります。もちろん、だからといって無理に戦うべきではありません」
諭しながらも先頭を行く音葉さんは警戒を怠らない。怠らないとは言ったけどそう見えるから思っただけで実際はわからないけど、この状況でそう見えるならそうだろう。
「ボスまで無理して戦う必要ないのはいいけど部室棟だからまた1階行くわけじゃん? アイツらとまったく遭遇しないってのは無理だろうね……」
「さすがに全スルーできるとは思ってないけど……できる限りは隠れたり逃げたりしていけばどうにかなる……っすよ」
根拠はない。これが完全にゲームの世界なら戦闘を避けてたら経験値が稼げないままボス戦に入ってゲームオーバーだけど、そんな単純な世界ではないようで、それだから苦労しなければどうにもならないわけだ。どっちみち大変なことだ、どうせなら都合のいい大変さだといい。でもそんなことってある?
「言うまでもないけど言っておくけどアタシは避けるのに専念するから。なるべく邪魔にならないように」
申し訳なさそうな顔をするでなく当たり前のように伊吹が言う。伊吹が悪いわけではないのだから問題はない。申し訳なさそうな顔をされたほうが、困るというほどではないけどなにかばつが悪い気分になるかもしれないし。アタシが逆の立場なら少しは悪そうな顔をしてしまう。
「伊吹はなるべく避ける・隠れる、プラス『クシミタマ』にボディーガードしてもらう。アタシと音葉さんが、まあなんとか頑張る……そんな感じでお願いするっす、音葉さん」
「ええ、なるべく無理をさせないよう……心がけます」
我ながら作戦とは呼べない作戦に音葉さんが真剣な顔で頷いてくれた。
*
予想していた通り1階に降りると廊下を鬼たちが周囲を見回しながらうろうろしていた。数はそれほどでもないものの、見つかればすぐにぞろぞろやって来るに違いない。
中にいないことを祈りながら手近にあった教室の扉をなるべく静かに、そして素早く開けて入り込み、そっと顔を少しだけだして様子を窺う。根気強く見ているとそれぞれ決められた場所を延々と監視しているわけではなく、侵入者とでも言うべきアタシたちを積極的に探しているようで、しばらくすると少なくとも視界からは鬼たちの姿がまったくいなくなった。
「今っすよ」
前後を確認してから小声でみんなを促して再び廊下を歩く。ちょっとでも物音や気配を感じたら即またいちばん近い教室に逃げ込む。
行き当たりばったりなものの幸い見つかることなくもう一度前の廊下にまで来ることができた。角から下駄箱の方を見ると、どうもいる気がする。姿はまだ見えないけど金属を擦ったような音が少し聞こえてくる。となれば鬼の持っていた金棒であることは予想がつく。
「……いくっす?」
薄ら笑いを浮かべてるような気がしながら音葉さんを見た。
「あなたが可能なら……。合図は任せて」
ちょっと困った顔をしながらも、身を屈めた姿勢のまま彼女はペルソナ、『グノシエンヌ』を出した。
内心ビクつきながらそれに
「準備はいい?」
「OKっす。……あ、伊吹と『クシミタマ』は待機で」
小声で素早くやり取りし、神経を前方に集中する。鳴り続けている物音以外、すべてが沈黙したように目の前の音だけが耳に入ってくる。
「…………今よ」
ひそめた声でもはっきりと聞こえた。音葉さんを隣に感じながらも前だけを見据えたまま下駄箱に向かってダッシュした。
果たしてそこにいたのはやっぱり鬼たちだった。3体。数を確認してから間髪入れずに今度は『ウォーホル』に意識を集中させた。
「ガァ──」
叫び声は頭で打ち止めだ。アタシが1体を爆破させたとき、というか薄緑色の波が一瞬だけ見えたのを認識したときにはいたはずの残り2体が見えなくなっていた。速い。アタシが1体倒すのよりも少し早く、音葉さんは2体を倒した。場馴れしてるだけあってさすがとしか言いようがない。でも場馴れしてる音葉さんから一瞬遅れた程度なあたりアタシの『ウォーホル』だってなかなかだと思う、だなんてなぜか自尊心が出てきた。
「見事に先制できましたね」
そう言った音葉さんの声はやっぱり気負いや
「ねぇーっ。大丈夫ー?」
脇から伊吹がひそひそ声で叫んできた。手招きしてこっちに来るように促すと、頭の横に『クシミタマ』を伴って近づいてきた。すっかり辺りは静寂なものだった。
「部室棟は体育館からのが近いけど……」
「いや、そりゃー……ないでしょ」
下駄箱を眺めながら言ったアタシの言葉を伊吹は当然とばかりに否定した。
もちろんアタシにしてもそれは当然のことだった。40分ほど前までわちゃわちゃしていた場所を横目に敵と出会わずに部室棟を目指すというのは、心情的に無理だろう。反対側から遠回りしたほうが安全に行ける……という保証はないけど、そうすることがほとんど確定事項みたいなものだった。
「ま、そりゃ遠回りのがマシっすよね」
ひとりごとのように呟いたけど伊吹だけでなく音葉さんもそれに目で賛成していた。
*
校舎を出てすぐ正面のグラウンドに注視しながら右に曲がって歩けばさらに広い校庭側のグラウンドにまで注意を払わなくてはならない。開けた場所なぶん敵がいれば目に留まりやすいが、それはアタシたちも向こうの目につきやすいということになる。体育館側も大概だけど、こうしてみるとこんな見晴らしのいい場所側を移動するのもリスキーだけど今さらだ。
戻って校内を移動して部活棟に近いところから外に出るのも少しは考えたけど、意外にも校庭には不審な存在はアタシたちからは見てとれなかった。ちょうどタイミングがよかったのか敵と出会うことなく、校舎伝いに一列で歩きながら途中でもう一度右に曲がって、主校舎と副校舎とを繋ぐ渡り廊下へとたどり着き、廊下を挟むフェンスを乗り越えて反対側を窺う。部室棟が見える。余計なものも見えた。
案の定、部室棟のまわりには鬼たちがうろついていた。数も多く、目に見えるものだけでも7体もいる。さっきみたいな電光石火の先制で誰にも気づかれずに全滅という流れはさすがに無理がある。部室棟の裏や各部室の中に鬼がいる可能性もある。
「どうしたらいいと思います?」
「……ごめんなさい、いい作戦が思いつきません。だから私が引きつけるわ」
しゃがみから中腰に体勢をかえて音葉さんが言った。
「私が先に出て、シャドウを引きつけながら奥に逃げます。3人は部室棟で、なにかはわかりませんが『然るべきもの』を探し出して、見つけたら合流してください。できる限り倒しておきたいところですが……あの数では難しいでしょう……」
「大丈夫なんすか? 危なすぎるっすよ」
「そうだよ、てかアタシがやる。戦力になれないし、動き回るのは慣れてるし。ボディーガードが断らなければだけど……」
「構ワヌ」
「いいえ。沙紀さんの言った通り危険な手だわ。でも、状況を前に進めるためには時に綱渡りも必要……そしてそれは場数の多い私の役目……でしょう?」
伊吹が『クシミタマ』を伴って囮役を代わろうと提案すると、物腰柔らかくも毅然とした態度で部室棟を見つめながら音葉さんが言った。
「それに渚さんを知らない私では部室に入っても探すべきものはなにか、見当もつかないでしょう。それを考えても、部室に向かうのは彼女の友人であるあなたたちでなくては……」
音葉さんはそう加えた。囮役を譲る気はないようだ。
「校内の鬼が
中腰のまま油断なくまわりを窺いながらフェンスに手をかける。優柔不断そうと思っていたわけではないけど、音葉さんは案外スパッと即断即決の人なのかもしれない。
「行きますっ……!」
彼女は少し荒い息づかいでそう言った直後にぴょんとフェンスを乗り越えた。ここから部室棟まではかなり開けていて、隠れたりできるような場所はもうなかった。
「『グノシエンヌ』!」
駆けながらペルソナを出すと、すぐそれに気づいた鬼たちの群れが音葉さんへ殺到していく。
向かってきた鬼に向けてペルソナが衝撃波を放った。先頭にいた群れのうち2体が消し飛び、他の何体かも大きく体勢を崩し、群れの動きにもつれが生じる。
「はっ!」
音葉さんが大ジャンプで跳び上がった。鬼たちの頭よりずっと高い、5mくらいありそうな高さだった。一瞬だけ音葉さんの足元が緑に光ったのが見えたあたり、衝撃波を使って自らを空中へ飛ばしたようだった。そんな使い方もできるんだ、と思ってる間に鬼たちの頭上を跳び越えた音葉さんの姿は見えなくなり、少しの間を置いてから鬼たちが一斉に振り返って奥の方へ走り出したのを見て、音葉さんが無事に着地してこの場から離れていってるのがわかった。
「……急いで済ませるっすよ」
辺りが静かになってからも用心して周囲を見渡し、やつらがいないのを確認してからアタシたちもフェンスを越えると足音を気にしながらも部室棟へと急いだ。
*
「バスケ部は……あった!」
バスケ部の部室は1階のいちばん右にあった。階段の昇降音や余分に時間をとられることを考えれば2階でなかったのは幸いだ。現実の学園でもバスケ部はこの位置なんだろうか。そんなことを思いながらも敵が部室内にいる可能性も忘れて、さっとドアノブを掴み扉を開けた。
部室内はおおよそイメージ通りというか、見慣れた感じのある光景に思えた。ロッカーが並び、その間に長椅子が置かれ、賞状やポスターが壁に吊られて飾られている。用具室や会議室のような部屋はなく、そのあたりは体育館でするのだろう、部室というより単なる更衣室だった。
「で、渚の特別そうなものは……見た目からしてあるとすれば中だよね」
いくつものロッカーが並ぶ場所であてのない探し物とくればそう考えるものだけど飾ってある賞状も気になる。そもそも目当てのものを見つけたときに“それ”とわかるものなんだろうか? 気でも感じるとか……。
「あっ、『クシミタマ』……なんか感じないすか?」
『クシミタマ』はノートになにかの反応を感じると言ってたことを思い出す。だったら口を挟んで助言してくれてもいいような気もするけど。
「場所ハ、ソウダ……ココダ。シカシ、ソレノ他ハ……ワカラヌ」
重々しく口を開いたものの細かい位置まではわからないようだ。この部室……他の部室の可能性もあれば部室棟全体ということになるけど……、ここまで絞れているならいい。学園全体、ひいてはどの程度の規模があるのかわからないこの世界中からアタシと伊吹の予想だけで探すよりは格段に話が早い。
「しゃーない、バンバン開けてこっ」
言うが早いが目の前のロッカーを伊吹が開け始めた。考えてるよりローラーした方が速いのはもっともだ。ワンテンポ遅れてこっちも手近な扉に指をかけて開けていく。鍵はどれもかかっていなかった。
「なにもなし。ここもなし……ない……あ、発見」
「こっちも見つけたっす」
出てきたものに関して議論するのは後回しにし、とにかくすべてのロッカーを確認して、見つかったものを長椅子に並べていった。ガム、縄跳び、制汗剤、バッシュ、バスケの月刊誌、日焼け止め、ハンガー、モップ、水鉄砲、接着剤、絵筆、イルカのヘアピン、食パンの袋を留めるやつ、色紙、
「……ツッコミどころが多すぎる」
無造作に並べられた物品群を見下ろして大いに同意したくなるひとことを伊吹が呟く。
「なにはさておき、この中でいちばん渚ちゃん関係のものといえばバッシュで決まりだと思うんすけど……」
黒いバッシュを指差して言った。関係が深ければ合っているということでもないかもしれないけど、自然に選ぶならそうなる。
「それはそうだけど、そもそもこのカオス加減がアタシは気になる。なに、マスタードって? どう間違っても部室に持ち込むものじゃないでしょ」
「それ言ったら鼓っすよ。音楽室か音楽系の部室でしょ、これは」
「応援用の鳴り物として借りた……とか?」
「ポンポン雅な音鳴らされてテンション上がるっすか?」
「他の楽器との兼ね合いもあるし、あり得なくはないでしょ。縄跳びはトレーニング、モップは掃除用具、接着剤は……なんか用具の補修用? ガムとか月刊誌とか制汗剤やハンガー、ヘアピン、歯みがき粉もなんとなくわかる。色紙は……寄せ書きかな? ブラジャーは……そっとしておこう。マスタードは……なに?」
「食パンのアレと水鉄砲と絵筆は?」
「わからん……。あとそれはバッグクロージャーっていうのよ。捨て忘れたんじゃない? あっ、マスタードと組み合わせればサンドイッチかなんか作ったと解釈できる……」
「隅っこに空のダンボール箱もあったっす。最悪全部持ってけばいいや」
「そうだけど、ねぇ、『クシミタマ』はどう?」
「ウヌ……コノ中ノ、ドレカトシカ……ワカラヌ……」
「アンタでも特定まではできないかー」
「全部入れて持ってった方が早そうっすね。音葉さんひとりにいつまでも頑張らせておけないし」
「やっぱそうなるよね。バッシュな気はするけど……念は入れておいた方がいいし」
やっぱりアタシも伊吹もバッシュだと思ってはいるけど外れたときに大変なことになるかもしれないことを考慮して、すべてをダンボール箱に入れて運ぶことに決めた。
「モップは一応武器にできそうだし、箱持たない方が持っとこうか」
「箱はアタシでいいっす。持っててもペルソナは出せるっすから」
「じゃあ緊急の武器としてアタシが持ちますか……あとはみんな箱行きか。縄跳びもムチっぽく使えないこともないけど。水鉄砲は……空だ。まあ水じゃ鬼は怯まないか。制汗剤……『FURERO』のアップルミントか。アタシはレモンミント派……」
「見ツケタゾオォォォォォ!」
「ぎゃああああああああああぁぁぁっ……!」
途中で理性が勝ったのか、伊吹の絶叫のボリュームは後半は小さくなっていった。
「あーもう! ビビッた……仲間だよねアンタ……」
伊吹の絶叫のもとの主は、水色の、とても……ニヤニヤした『クシミタマ』とそっくりの見た目のやつだった。
「『ニギミタマ』……コンゴトモヨロシク……」
『クシミタマ』と同じように名乗った。探していたものは制汗剤だったということだろうか。出てきたタイミングは伊吹が制汗剤を持ったときのように見えた。
「しっかしちょっとその笑顔はムッツリすぎない? 不思議と可愛げがないこともないけど……」
伊吹の言葉の通り『ニギミタマ』はとてもニヤニヤしている。目が常に“へ”の字になっていて、しかも『クシミタマ』同様白目だ。助けてくれる相手には失礼だけど、ずっとその目で見られるのは気になる……。
「とにかく目的のものはそれっす! 音葉さんのところへ行こう!」
「よろしく『ニギミタマ』!」
手早く出会いの挨拶をし、伊吹が制汗剤をポケットに入れた。ノートといい持ち運びのしやすいものでよかった。
*
外へ出ると激しい物音が遠くから聞こえてきて、それはどんどん大きくなっていった。
「申し訳ありませんっ……増えてしまいました!」
音のする方から音葉さんの声が響き渡った。そっちを確認すると、逃げる音葉さんを追いかけて背後から大勢のシャドウが迫ってきている。
「なんか違うのもいるよ!?」
伊吹が言ったように追いかけてくる鬼たちとは別に、空中を浮いて進んでくる馬のようなやつがいた。
「とにかくまずは散らすっ!」
音葉さんが近くまで来たところで追っ手の集団前方に『ウォーホル』で爆発を起こして群れを散らす。シャドウたちはある程度バラバラに散ったものの、空中にいる馬のシャドウには爆発がきちんと届いてなかったのか、即座にこっちに向かってきた。
「コゥ……ハッ!」
背中から奇声が聞こえてきた、と思ったら光の球がどこかから現れて、あまり速くはないものの馬目がけて飛んでいった。球は馬に当たると弾けて馬ごと消えた。振り返ると『ニギミタマ』のニタニタ顔が見えた。
「ありがとうっす」
助けに感謝しつつも、近くにいる鬼を片っぱしから爆破していく。倒しそびれた相手は『ニギミタマ』が光の球で追撃してくれた。『クシミタマ』は伊吹のそばをキープしながら近づいてくるシャドウに攻撃を加えている。集団が崩れたのを見て音葉さんも攻撃に転じて、鬼より機動に優れる馬を中心にシャドウを各個撃破していく。
馬のシャドウは目が赤くて体は生気のない暗い緑色で、ゾンビのような姿だ。胴から下はクラゲみたいな触手状になっていて、体当たりだけでなく体と同じような色の衝撃波も出してこっちを攻撃してくる。空中移動と離れた場所からの攻撃は金棒を使うだけの鬼よりも厄介ではあるものの、体は脆いようで音葉さんは離れた敵は衝撃波で倒しつつ、近づいてくるやつには『グノシエンヌ』が直接殴って倒していた。右腕が4本あるから肉弾戦にも強そうだ。体が拘束されているビジュアルであるアタシの『ウォーホル』では直接攻撃はできる気がしない。
馬の素早さにも負けず、アタシたちはシャドウをどんどん倒していった。形勢はこっちが有利なように思えるものの、シャドウは倒しても倒しても数が減っていかない。
「どんだけいんのよコイツらぁっ!?」
『クシミタマ』と『ニギミタマ』に守られてはいるが伊吹もちょこまか動き回ってシャドウの攻撃を避け続けていて余裕がない。アタシも延々と攻撃を続けているせいかダルいというか身体の中にある力がどんどん萎んでいってるような感じがしている。
「囮として動き回ってシャドウを引きつけたのは良いのですが、一帯のシャドウをほぼすべて呼び寄せてしまったのかもしれません……」
さすがに疲れの見える顔で音葉さんがアタシの隣に駆け寄ってきた。みんなで十数体というシャドウを倒したはずなのに、いつの間にかアタシたちは鬼たちに包囲されていて、その輪を少しずつ縮めながら馬が逃げられないよう攻撃をかけてくる。
「音葉さん……正直そろそろエネルギー切れな気がするっす……ペルソナに力を込められないというか……」
「あれだけ能力を使えば無理もないでしょう……私ももうそう頻繁には能力を使えません……機を窺ってみんなを上空へ飛ばします。沙紀さんは馬のシャドウに注意を。着地にも気をつけて。跳び越えたらまっすぐ音楽室へ……そこまではなんとか力を振り絞って……!」
音葉さんに従ってアタシたちは身体が触れ合うくらいまで密集し、ひとかたまりになる。その間にも馬は攻撃をかけてくる。今さら気づいたことだけど、やつらは返り討ちに遭うことをまったく恐れていない。ためらいがないから攻撃の手がぜんぜん緩まない。衝撃波の方は見た目よりも案外平気なものの、それでも痛いものは痛いし、今はそれより力切れの方が深刻で、それに伴う倦怠感がかなりすごい。逃げたあとも教室まで走れるかが不安なくらいだった。
「もっと私に寄って……いいですか……いきますよ……」
「ちょっと待ったぁ!!」
「……え、だれ……?」
「やっと通じたのっ……今、やっと!」
唐突に謎の声。『クシミタマ』たちの仲間かもと思ったけど、エフェクトがかかったような生の人間っぽくはない声色には共通するところがあるものの、高い。女声だ。溌剌とした女子の声だ。
「イブキちゃん! お待たせっ!」
「えっ、アタシ……!?」
謎の声は伊吹に呼び掛けていた。
「あの、どちら様ですかー……?」
声の主が誰かを知ってか知らずなのか、伊吹は冗談混じりのあるトーンで肩をすくめながら訊ねた。
「あら……ほんとにご存知ない? さっきあんなに呼びたがってたくせにぃ?」
勝手知ったる相手に応えるような調子で声は伊吹にそう訊ね返した。
「…………え、マジ?」
夢が夢じゃなく現実であることに気づいたような伊吹は、確信をもって
「マジなのっ! さあ、名前を呼んで……今なら聴こえるでしょう! あなたも“顔役”に……なるときよ!」
声が起こすべきものを伊吹に促す。その言葉はアタシの『ウォーホル』とはまるで違うものだ。使い手によって千差万別な存在であることを改めてその身で体験している。
「おおぉぉぉ…………『ペルソナ』ぁっ!! これがそうなのかあぁぁぁ~っ!!」
右足を力強く前に出しながら伊吹が叫んだ。そのまま勢いに任せて次は左足を出した、と思ったらボックスステップを踏み出した。ふざけているようだがきっと真剣だ。
「来てっ……『ファニーフェイス』!!」
そして“名前”を呼んだ。その名前はもちろん伊吹のペルソナの名だった。