古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
「御免くださーい」
それは突然の出来事、草薙家の正門から誰かの声が聞こえてきた。
男性と言うには声は高く、だからといって女性と言うには少し声が低い、中性的な声をしている。
正門から聞こえてきた声を最初に聞き付けたのは茶の間で大和を待っていたはずの幽々子だった。
「どなたですか?」
幽々子がドアを開けると、玄関の前にいたのは見るからに女性のような人物だった。
肩まで伸ばした黒髪のセミロング、顔は中性的且つ童顔寄りで二十代前半に見える、服装は下に白いズボンを履いており、上には紺色のシャツに白衣を重ね着している。
「えっと? アナタは一体?」
誰かわからず戸惑う幽々子、そんな幽々子を助けに来たかのように武尊が玄関にやってくる。
そして後からやってきた武尊はやっぱりなと言わんばかりに、納得したような表情で謎の人物に向かって話し掛ける。
「なんだ、やっぱ紅虎さんじゃないですか」
「あら武尊君、元気にしてましたか」
「当たり前っすよ、今日これから武芸の稽古するので、もし時間があれば見に来てください」
「そうですね、貴方に教えることは何もありませんが、時間があれば見学に行きますね」
武尊と謎の人物が仲良く会話している最中、話に付いていけず蚊帳の外にいた幽々子は武尊と話している人物が一体誰なのか気になって仕方がなかった。
「お兄さん、この方は一体?」
「この人か? この人は大和に武術を教えてる師匠だよ」
大和に師匠がいるとは聞いていたが、まさかこんな綺麗な女性が、あの怪物的な戦闘能力を持つ大和を育て上げた師匠だということに驚きを隠せなかったのだろう。流石の幽々子も驚いた表情を浮かべる。
「初めましてお嬢さん、私の名前は
「私は西行寺幽々子、大和のお世話になってる不束者です」
「あらあら、大和も隅に置けませんね」
大和に可愛い彼女ができたと勘違いしてしまったのだろう、紅虎は非常に嬉しそうにしており、まるで自分のことのように喜んでいた。
「ねぇお兄さん、この紅虎という女性が本当に大和の師匠なのかしら?」
こんな綺麗な女性が他人に戦闘方法を教えているなんて幽々子は未だに信じられなかった。
それに対して幽々子が至極単純な質問を問いかけてくると、何故か武尊は戸惑いの表情を浮かべる。
「いや、ゆゆちゃん、そもそも紅虎さんはな……」
武尊が真実を言う前に、紅虎自らが口を開いて真実を幽々子に話した。
「幽々子さんと言いましたか、誤解してるようですが、私は男性ですよ」
紅虎が男性だということが信じられず、驚きを隠せなかったのだろう。幽々子は唖然とした表情を浮かべながら、紅虎の容姿を改めて観察する。
顔、髪型、体付き、改めてどこをどう見ても紅虎は女性にしか見えない。
「そうなんですか!? てっきり女の人かと」
「ふふふ、よく間違えられるので気にしていませんよ」
女性に見間違えられても紅虎は怒っているどころか、寧ろ幽々子の驚いた反応を見て楽しんでいるように見える。
「ところで武尊君、大和は何処にいますか?」
「あいつなら台所で食器洗ってますよ、その後このゆゆちゃ……幽々子と遊びに行くとか言ってたな」
「そうですか、やはり家に来て正解だったようですね」
紅虎の表情は常に笑顔を絶やさないでいるが、その反面怒りにも似た威圧感のようなものを感じる。 まるで鍛錬をせずに女と遊ぶことが許せないと言わんばかりに。
「お兄さんそれは!」
「別に間違った事言ってねぇだろ。 それにな、もしそれで大和の野郎が紅虎さんに怒られても、それはそれであいつには良い薬になる」
とは口で言っているものの、武尊の本心はただ単に大和が説教されるところを影でコソコソと見たいだけであった。
その証拠に、武尊の表情には笑みが浮かんでおり、まるで何か良からぬこと考えていると言わんばかりだ。
「幽々子さん、これから大和に合いに行くところなんですが、どうです? 一緒に御同行するというのは」
「えぇ、ついて行くわ」
このとき幽々子は、大和が紅虎に厳しく説教され、徹底的に絞られるのではないかと予測したのだろう。 そんな最悪な状況に陥らせないために、自分も決意を固めて紅虎と行動を共にすると言った。
「それじゃあ俺はここで、また会おうな紅虎さん」
「えぇ、近いうちに会いましょう」
そう言うと武尊をその場に置いて、紅虎は幽々子を引き連れて、大和を探しに屋敷の中を歩き回った。
《〜一方大和は〜》
大和は食器を片付け終わると、幽々子がいるであろう茶の間に歩いて向かっていた。
「さてと、今日はどこに連れて行けばいいのやら」
そんなことを呟いていると幽々子と紅虎に廊下の角で鉢合わせる。
偶然にも幽々子と廊下で会うと大和は少し笑顔を浮かべながら優しく話し掛ける。
「こんなとこにいたんだ幽々子さん、茶の間で待っててくれても良かったの……に………」
しかし幽々子の隣りにいた紅虎を見た途端、大和の口調や表情が徐々に固まっていき、最終的には恐れたような表情へと変わってしまう。
「こっ、紅虎さん……なんでこんなところに?」
「食器の片付けご苦労様でしたね大和。 さて、今度は確か幽々子さんと一緒に何処か遊びに行くらしいですね? 鍛錬もしないで」
その言葉を聞いたや否や、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなった大和は全身から冷や汗をかき出す。
何故、幽々子さんにしか言ってないことを師匠である紅虎さんが知っているのか、もしかしてあの会話を聞かれていたのか、そんな色んなことが大和の頭の中を過ぎっていた。
「きょっ、今日の鍛錬は済ませたの……」
「言い訳は聞きません。 半人前の貴方には遊び呆けてる時間はないのですよ」
日々の鍛錬を怠らず、超人的な身体能力を持つあの大和が女性のように可憐な御巫紅虎に言葉で圧倒されているうえに、半人前扱いされている。
紅虎の威圧感の前に、もはや返す言葉も勇気も失ったのか、大和は黙り込んでしまい、最終的には紅虎と目を合わせることすらできなくなってしまった。
そんな大和を見て可愛そうだと思ったのだろう。幽々子はどうにかしようと紅虎の威圧感を物ともせず、紅虎に勇気を振り絞って話しかけた。
「あの紅虎さん、遊びに行きたいと言ったのは私なんです、大和は悪くありません」
そう言われると、紅虎は笑顔を浮かべてはいるものの、威圧感のある言葉で幽々子に問いかけてくる。
「それは本当なんですか?」
「はい」
「なんですか、そういうことなら早く言ってくださいよ。」
「……えっ?」
どうゆう訳なのか、紅虎から威圧感が急に消え去り、元の物腰の柔らかい気配に戻った。
「可愛らしい彼女さんの頼みとなれば、それは仕方ありませんね大和
ただ遊びに行くとはいえ、女性をエスコートするのは男として大切なことですよ、それを忘れずに行ってくると良いです」
「えっ? ……はっ、はい………」
どうゆう風の吹き回しなのか、何故許されたのかはさっぱりわからないが、取り敢えず紅虎さんに遊びに行くことを許されたらしい。
「そういう事なら善は急げです。 早く出掛けなさい」
「はっ、はい。行こうか幽々子さん」
「……えぇ、そうね」
そう言うと二人は紅虎を置いて、逃げるかのようにその場から去って行った。
そして大和と幽々子がいなくなると、一体何処に潜んでいたのか、紅虎の背後から武尊がひょっこりと現れる。
「いいのかよ紅虎さん、ゆゆちゃんが無理して嘘言ったのわかってんだろうに」
「別に構いません、可愛らしい女の子が勇気を振り絞って大和を守ったのだから多目に見てあげましょう。
それに可愛い弟子を徹底的にいじめたら可哀想でしょ?」
「相変わらず気まぐれな性格だよな、あんたは」
「別に良いじゃないですか、それより貴方の稽古を見てあげますから道場に来なさい」
「まったく人の使い方も上手いよな、尊敬しちまうぜ」
満更でもない笑顔を浮かべながら武尊は紅虎と共に草薙家にある道場へと歩いて向かう。
《〜一方、大和と幽々子は〜》
紅虎の威圧感からようやく開放されてようやく生きた心地がしたのだろう。 さっきまで身動き一つ取れなかったときとは異なり今の大和は活き活きとしていた。
そんな溌剌としている大和を見て、もう心配はないだろうと思ったのだろう。同じく紅虎からの威圧感から開放された幽々子が大和に対して話し掛けてくる。
「紅虎さんって女のような人に見えたけど、なんというか、すごい覇気があったわね」
「まぁな、俺も最初は驚いて腰抜かしたよ、あれに耐えるのは兄貴とごく一部の人間だけだな」
初めて会った時は気まぐれながらも物腰の柔らかい人物だと思っていたが、それは大きな間違いだった。 紅虎の本質は非常に厳しくて冷酷、更に笑い顔もしくは真顔で怖い発言を平然と放ってくる。
十年近く紅虎の指導を受けたが、その指導ときたら地獄そのもの、一流のアスリートでも音を上げるような内容であり、少し思い出すだけでも恐怖と吐き気が襲ってくる。
「ほんと、思い出したくもないよ」
苦痛な過去のことを思い出したのだろう、苦しそうな表情を浮かべながら口を手に当てて吐くことを防ぐ大和。そんな大和を見て幽々子は心配そうに寄り添ってくる。
「大丈夫かしら?」
「あぁ、ちょっと昔のことを思い出しただけだよ。」
吐き気が収まると、大和は気持ちを切り替えようと両手で顔をパンパンと強く叩いて気合を入れる。
「よし、気持ち切り替えてどっか遊びに行こうか」
「うん」
その後、二人は各個人で出掛ける支度を済ませると、茶の間で待ち合わせることにした。
大和は黒いロングコートにジーパンを履いている。 一方の幽々子は白色のコートを着て白いマフラーを首に軽く巻き、下は水色の長いスカートに長めの白いソックスを履いていた。
茶の間から廊下を歩いて玄関に向かう。そして廊下に到着すると靴を履いて扉を開けて外に出た。
「さてと、今日は何処に行こうか」
「食べ物屋さんはどう?」
「今さっき食ったろ、幽々子さんは食欲の権化か何かか?」
まったく、幽々子さんの底無しの食欲には呆れるどころか寧ろ尊敬してしまうほどだった。 それにしても幽々子さんが食べた食べ物の栄養は何処に消えていくのやら。
「それじゃあ何処か楽しい場所に連れて行ってよ」
「楽しい場所か………」
俺が思う楽しい場所はトレーニングジム、道場、ランニングコースとか、運動できる場所なら大体どこでも楽しむことができる。
しかし、幽々子さんが楽しめる場所なんてまったく思いつかない。 強いて楽しめる場所があると言うなら食べ物屋ぐらいか。
「しゃーねぇ、またショッピングモールにでも行くか」
「ワンパターンね」
「今回は買い物をするわけじゃねぇ、食べ歩きやらゲーセンとかで遊ぶから別にいいじゃねぇか」
食べ歩きと聞いた途端、幽々子の喜びが最高潮に達すると、頭の中に色んな食べ物が過り出し、とても嬉しそうな表情を浮かべている。 一体どれだけ食べたかったのか、食いしん坊という以外の言葉が出ない。
しかし、嬉しそうにしてたのも束の間、幽々子にはある疑問の言葉が浮かんでいた。
「ねぇ大和、ゲーセンって何かしら?」
「ゲームセンター、簡単に言えば娯楽だよ娯楽」
俺もあまり行ったことがない。 いや、生まれてこの方ゲームセンターには数えれる程度しか行ったことがないと言った方が正しいのか。なのでどんなゲームがあるのかはメジャーなやつを除いてほとんどわからない。
正直、女の子をゲームセンターに連れて行くのはどうかと思うが仕方がない、これは俺の知識不足がもたらしたことだからな。
「ゲームセンター、娯楽、とても面白そうね。」
「そっ、そうか?」
しかし、大和のネガティブな思考とは裏腹に、幽々子はゲームセンターという場所に興味を持っており、寧ろ行くことをとても楽しみにしているようだった。
幽々子の反応が意外だったのか、大和は少し驚いたような表情を浮かべてしまう。
「それじゃあ早く行きましょう。 」
一刻も早くゲームセンターのある場所に行きたかったのだろう。幽々子は笑顔で大和の手を握ってショッピングモールへと走ろうとする。
「まてっ! そんな急ぐなって。 ショッピングモールのある場所わかるのかよ」
「前行った場所なら覚えてるわよ」
このとき大和は幽々子の物覚えの良さに度肝を抜かれてしまった。 まさかこんな飄々としている人がこんなに頭がキレる人だなんて思いもしなかった。
「イデデデッ!!!」
幽々子に腕を引っ張られ、腕が千切れるような痛みに耐えながらも大和は着いていった。