古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
御巫紅虎との戦いが終わってから数日が経過し、休日になったことのこと。
特に何も茶の間で寛いでいた大和と幽々子、そして珍しく部屋から出てきて読書をしている和生。
日課である鍛錬も終わり昼飯も食べ終えた。 今は特にやるべきことはなく、至って平凡な時間を過ごしている。こういう時間を過ごすのも別に悪くはない。
しかし平凡な時間はいきなり終わりを迎える。真剣な表情をして武尊が茶の間に現れると、すぐさま大和に向かってこう言った。
「おい大和、ちょっと稽古に付き合えや」
それは突然のことだった。
よく見てみると武尊の姿は黒い袴に白い道着を着ており、これから鍛錬をすると言わんばかりの格好だった。
一体どうゆう訳なのかわからないうえに、急にそんなことを言われても俺の方は色々と準備が整っていない。 だからと言うか当たり前というか、大和は普通にこう答えた。
「いきなり何だよ? せっかくゆっくりしてたのに」
「俺がお前に退屈を与えると思うか? いいや与えないし与えるつもりはない。 それにお前には拒否権はない、なぜなら俺のほうが強いからだ。」
今始まったことではないが、武尊の言ってることは滅茶苦茶なうえに横暴すぎる。 それに自分が強いから相手の拒否権が無くなる理論はマジでわからない。
だが、ここで俺が無理矢理でも拒否して武尊が実力行使してきたら止められないのは事実、況してや和生ならともかく幽々子さんに被害が出るかもしれない。
「わかったよ、稽古付き合うから少し待っててくれ」
「おう、それじゃあ道場で待ってるからな、すっぽかしたら只じゃおかねぇからね」
そう言うと武尊は茶の間から立ち去って道場へと歩いていった。
そして武尊が茶の間いなくなると、大和はため息をついた後に幽々子に向かって話し掛ける。
「と言う訳で悪いけど幽々子さん、今日は和生と一緒にいてくれないか?」
「えっ?」
「あぁっ!? なんでそうなるんだよ」
和生が怒るのも無理はない。 せっかくの休日を潰されるようなものなのだから、いや、こいつに関してはずっと休日みたいなものか。
「頼むよ和生、頼れるのはお前だけなんだ」
イライラしている和生に向かって大和は改めて深々と頭を下げて頼み込んだ。
大和からしてみれば幽々子を一人にするのは心配なうえに、今頼れるのは和生しかいない。
そんな自分に向かって頭を下げてくる大和を見てしょうがないと思ったのか、和生は呆れた表情で深くため息をつきながらこう言った。
「わーかったよ兄貴、幽々子さんの面倒見てやるから取り敢えず頭上げてくれよ」
和生にそう言われると大和は頭を上げる。
これで心配事は無くなった。 あとは武尊との稽古をするために道場へ行くだけだ。
「ありがとな、礼は今度する」
「いらねぇよまったく」
嫌々ながらも和生はその場から立ち上がると、茶の間から立ち去ろうとする前に幽々子に対して言った。
「と言う訳だ幽々子さん、さっさと着いてこい」
「えっ、えぇ……」
あまり話したことが無い、況してや凶暴な一面がある和生と行動するのが少し不安だったのか、幽々子は少し戸惑いの色を見せる。
しかし今日の大和は忙しくて傍にいることはできない。それを理解したうえで幽々子はその場から立ち上がると和生に着いていく。
「さてと」
幽々子と和生の二人が茶の間からいなくなると、大和も武尊との稽古の準備をするためにその場から立ち上がって茶の間を出ていく。
《〜少年移動中〜》
◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大和が向かった先は自分の部屋、そこには本やベッドがあるのはもちろんのこと、道着や武器、鍛錬器具などが置かれている。
何故、自分の部屋に行くのか、それは稽古をする前に心の準備をするというのもあるが、何よりも身嗜みや武器を調達するためである。
自分の部屋に入ると、まず大和は着ていた服を脱いで袴と道着に着替える。 道着に着替えるのは武尊と稽古をするのに私服で行くのはご法度だからだ。失礼と云うのもあるが何よりも武尊がブチギレてしまう。
「よし、あとは……」
着替え終えると次に壁に掛けていた刀袋を手に取る。これは昔からずっと使っている古株の武器である。
刀袋の紐を解いて黒い木刀を取り出す。 稽古のために武器を使うのはオーバーだと思うが、俺としては武器を手にしてギリギリ対等になれると思っている。
武器を手に取り深呼吸をする大和、まるでこれから殺し合いに行くと言わんばかりに真剣な表情をしている。
武尊の稽古に付き合うのは数カ月ぶり、正直、今の武尊の実力がどのくらいなのかはわからない。 しかし、少なくとも俺を下回っているというのは微塵もありえないことだ。
正直、武尊の戦闘能力だけを見れば俺の師匠である御巫紅虎さんと然程変わりはない。 俺が知る限り最強の実力者の一人である。
そんな相手にどう勝つのか、いや、勝機なんて最初から無いようなもの、殺し合いであれば間違いなく死は免れないであろう。俺が考えるのは勝つ方法を見出すのではなく如何にして生還する方法を見つけるかどうかだ。
実のところ言うと、俺は武尊との稽古を幼い頃から何度もやっている。 今まで勝ったことは一度もない、中にはあまりにも過激過ぎて本当に死にかけたことさえあった。
だから稽古だからと言って油断はできない。 いや、寧ろこれは稽古ではなく殺し合いと思ったほうが良いのか、それぐらい気を引き締めなければいけないという事だ。
「さてと、それじゃあ行くか」
改めて袴の帯を締めたあと、手に持っていた武器を強く握り締める。
そしてゆっくりとリラックスしながら深呼吸をすると、大和は部屋から出ていき、武尊が待っている道場へと歩いて向かった。
《〜少年移動中〜》
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
部屋を出てから数分後のこと、大和は道場の前に到着した。
扉を開けて道場の中に足を踏み入れるとそこには。
「おっ、やっと来たのか」
道場の真ん中で武尊が退屈そうにしながらも待っていた。これなら稽古だと言うのに随分と余裕な素振りを見せている。
両手や腰を見ても武器は持っている気配は無い。どうやら素手で武器を持った大和と闘うつもりだ。
しかし武尊の言葉に大和は何も反応しない。いや、反応できないと言った方が正しいのか、それぐらい精神を集中しているということだ。
そんな大和の真剣な面構えと集中力に気が付いた武尊は見透かしたような目でこう言った。
「ほう、面構えも良い、精神も統一している。」
余裕を持って喋る武尊に対して、大和は何も言わずに木刀を構えて戦闘態勢に入る。
大和が持っている木刀を見て武尊は物珍しそうな表情を浮かべる。 初めて見る武器だったのか。
「へぇ〜武器を使うのかよ、こりゃあ良い稽古になると思いたいね」
そろそろ始めるかと言わんばかりに武尊も構えを取り戦闘態勢に入る。 しかし、真剣な表情をしている大和とは異なり武尊は笑みを絶やすことなく、余裕を持った態度をしている。
「行くぞっ!!」
そう言うと大和は大地を蹴って武尊との間合いを一気に詰めると同時に、木刀で縦に殴り掛かる。
間合いを詰めてからの攻撃にかかった時間は実に数秒足らず、常人な反応できずに大和の攻撃をまともに喰らうであろう。
しかし相手は草薙武尊、常人でなければ凡人でもなく、超人的な身体能力を持つ怪物である。
奇襲にも近い大和の攻撃を武尊はその場から動かずに紙一重で難無く避ける。
「ちっ!」
「それ結構重そうだな、当たったら一発で御陀仏になりそうだぜ」
命の危機を感じている割には余裕な態度をする武尊、本当に当たったら死ぬのかと疑問に思ってしまうほどだった。
一撃目の攻撃が避けられても大和は諦めない。
続いて下から掬い上げるように木刀を振って武尊の顔面に向かって攻撃を繰り出した。
「おっと」
しかしこの攻撃もその場から動かずに避けられて当たらない。武尊は見透かしたような目をしている。
「くそ、避けやがって」
今度は重い木刀をまるで竹刀のように軽々と扱い、縦横無尽に連打を繰り出してくる。
横に振り縦に振り、斜めに振ったり突きを繰り出すなど、あらゆる方法で武尊に向かって攻撃を繰り出した。
だが無慈悲にも全て紙一重で避けられてしまう。当たらなければ掠りもしない、まるで繰り出される攻撃が全て見通されているような感じだった。
避け続けられれば避け続けられるほど大和は冷静さを失い、更に攻撃も徐々に大振りになって防御面が無防備になっていく。 これは昔ながらの大和の悪い癖でもある。
そして悲劇が幕を開ける。
横に大振りに木刀を振るったことによって大和の腹部は無防備になり、攻撃をまともに喰らってしまう状態になる。
そしてその隙を突いて武尊は冷酷な鋭い目つきをしながら大和のがら空きになった懐に潜り込んでくる。
このとき武尊の鋭い目付きを見た瞬間大和は悟った。 もう避けるだけではなく、反撃に出てくるときだと。
「大振り過ぎるんだよ」
「やべぇ!!」
武尊の反撃のスピードは凄まじく、並外れた動体視力を持つ大和でさえも反応できないほどの速さだった。
まず一撃目は腹部、厳密には鳩尾に肘打ち、二撃目は顎を砕くようなアッパー、三撃目は横腹に膝蹴りをまともに入れられる。
「あがっ!!」
ほぼ同時に入れられた強烈な攻撃に耐え切れず、大和は悲痛な表情を浮かべると同時に、躯体は膝から崩れるように倒れてしまう。
それも無理はない、連続で入れられた三度の攻撃、しかもまともに喰らってしまったので、そのダメージは計り知れないのだから。
握っていた木刀を手から離し、激痛が走る腹部を両手で抑えながら蹲る。
腹部の痛みに藻掻き苦しむ大和を前に武尊は冷酷な視線を向けながらこう言った。
「さっさと立てよ、まだ終わりじゃねぇぞ」
その言葉に一欠片の慈悲も無い。 あるのはもっと死ぬ気で闘えと言う命令だけだった。
しかし大和は立とうとしても立てない。 腹部を、厳密には鳩尾を深く抉られて呼吸困難に陥っているのだから。
だが武尊からしてみればそんなのは関係ないし、理由にもならない。 何しろ何も考えずに腹部を無防備に晒した自分自身が悪いのだから。
「さっさと立ち上がれっ!!」
言っても全然立ち上がってこないので、痺れを切らした武尊は蹲っている大和の腹部を蹴って地面に転がした。
するとようやく大和はゆっくりと起き上がり、ふらふらとしながらも立ち上がった。
まだ腹部がかなり痛む、それに顎や横腹にもダメージがまだ残っている。 この状態で武尊と闘うのは正直厳しい。 だが相手は待ってくれないだろう。たとえ気絶しても無理やり叩き起こされて戦闘を続行させる。そういう奴なのだ草薙武尊という人物は。
それを見てようやく起き上がったのかと言わんばかりに武尊は無慈悲で冷徹な視線を大和に向ける。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「だらしねぇな、もう息が上がってやがる。 もう止めにするか?」
武尊は一気に間合いを詰めて、大和の顔面に向かって右ストレートをお見舞いする。
幸いにも大和の集中力はまだ切れていなかった。 咄嗟に腕を顔面で交差させて攻撃を防ぐ『十字受け』の構えを取り、放たれた右ストレートをなんとか防いだ。
まともに喰らっていたら完全に終わっていた。防いでも尚、ダメージを完全に吸収することはできず、その威力は両腕の芯にまで響き残っていた。
「まぁ、止めるつもりは毛頭ねぇけどな」
がら空きになった腹部に向かって重い前蹴りを入れられる。
再び大和の身体は地面に伏して後ろへゴロゴロと転がっていき、また蹲ってしまう。
今度のダメージは浅かったので何とか立ち上がるが、気が付けば目の前には武尊が立ちはだかっていた。
「おせぇんだよ」
胸倉を掴み上げて大和を倒れないようにする。そしてそれからは顔面に向かって右ストレートを何度も何度も叩き込んだ。
道場に鈍い音が何度も響き渡る。 一体何回殴られたのか? 十発?二十発?いや、そんな数える暇はなかった。ただ気絶しないように意識を保つだけで精一杯だったからだ。
だが、そんな俺でもやれることはある。 武尊は俺にはもう反撃する力は残ってないと思っている。 だからその隙を突いて奇襲を仕掛けるのだ。
(……今だ!!)
武尊の攻撃が止まった瞬間、大和は股間に向かって思い切り蹴りを入れようとする。 しかし
予測していたのか、大和の渾身の金的攻撃は意図も簡単に片手で止められてしまう。
「なん……だと?」
「まだそんな力残っていたのか、ならもっと気合入れな!!」
元気があることがわかった途端、武尊は思い切りぶん殴って大和を後方へと吹き飛ばした。
ゴロゴロと地べたに転がって蹲る大和、まだ意識があるということが奇跡だとしか言いようがない。
かなりのダメージが蓄積しているにも関わらず再び立ち上がる大和、倒れては何度でも起き上がる、相当なタフガイと言えるだろう。
「……はぁ……はぁ……」
そんなボロボロになりながらも何度でも立ち上がってくる大和を見て、武尊は思わずため息を漏らす。
「流石は俺の弟だな。 その耐久力だけは褒めてやる」
並の人間なら最初の三発で意識を完全に断っていただろう。 だがこいつは俺の弟である草薙大和、この程度で終わるというのならそれは草薙家の血が薄いということだ。
だが大和は良くやっていると言うべきか、本気を出してないとはいえ、武尊の攻撃を何度も喰らっても立ち上がろうとする。並の精神力では到底のことながらできないことだ。
すると突然何を思ったのか、武尊は一つの提案を出してきた。
「お前のタフネスに免じて、今からお前の攻撃を全部受けてやるよ」
「えっ?」
「良いから早く全力で攻撃してこい、お前と俺の格の違いをみせてやるよ」
完全に舐めている。だが、それも無理はない。 劣勢に立っているのは俺自身なのだから。
それを聞いた途端、大和は笑みを浮かべる。 まるでその提案が惨劇の始まりだと言わんばかりに。
それなら良いだろう。全部受けてやると言うのならば望み通りやってやる。 俺ができる限りのありったけの攻撃を叩き込んでやる。 もしそれで倒されても別に文句は言えないよな。
大和は戦闘の構えを取ると同時に間合いを一気に縮める。それと同時に武尊の目の前に来た瞬間に高くジャンプする。
そして飛んだ勢いを利用しながら武尊の顎に向かって全力で膝蹴りを繰り出した。
予告通り武尊は大和の攻撃をまともに喰らう。 並の人間なら顎が砕かれると同時に完全に意識が絶たれて、その場で何もできずに倒れるだろう。が、しかし。
「何だ? この程度かよ?」
「……何……だと?」
ノーダメージだと言うのか? 大和の攻撃をまとめに喰らっているのにも関わらず武尊は平然としており、まるで通用していないと言わんばかりだった。
確かに手応えはあった。全力で叩き込んだし、確実に決まってもいた。だが何で効いていないのか? それがさっぱりわからず大和は困惑していた。
だが困惑している余裕も暇もない。 今ありったけの攻撃を、考えつく限りの攻撃をしなければならない。
ジャブ、右ストレート、フック、ボディーブローのアッパー、前蹴りや横蹴り、回転蹴りや膝蹴りなど、あらゆる打撃方法を武尊に叩き込んだ。
しかし全ての攻撃を受けても尚、武尊は平然と涼しい表情をしており、効いている様子はない。まるで大和の攻撃は蚊に刺された程にも感じないと言わんばかりの態度だった。
頑丈とかタフネスとか言う次元ではない。この草薙武尊は異次元の耐久力の持ち主であった。
今まで打たれ弱くて、ただ避けるのが非常に上手いと思っていたがそれは勘違いだった。 こいつは神懸かり的に避けるのが上手ければ異次元の耐久力もあるやつだった。
恐らく俺の攻撃は何も通用しないだろう。 正直、木刀をまともに喰らわせたとしても倒れるかどうかわからない。 いや、こいつのことなら木刀で殴られても平気なほどの耐久力は持ち合わせているだろう。
それから数十分の時間の間、できる限り、考えつく限りの攻撃を全て繰り出した結果、案の定、武尊には何のダメージも入らずに終わった。
正直絶望した。 毎日鍛錬を積んでいたのに、こんなにも実力の差が広がっていたなんて思いもしなかった。
草薙武尊は本当に強い、恐らく総合的に見ても師匠の御巫紅虎さんと同等レベルの戦闘能力を持ち合わせている。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「打撃の筋は良かった。 戦法もまぁまぁ上出来だ。 俺や紅虎さんが相手じゃなかったら大抵のやつには勝てるだろうよ」
そんなこと言われてもまったく嬉しくはない。 格上の相手とはいえ、目の前にいる相手を倒すどころか、一切のダメージも与えられないのに、そんな助言何の意味があるのか。
だが、今はそんなことはどうでも良い。 一番気になったのはどうして俺の攻撃を全てまともに受けたのかだ。 耐久力に自身があるとは言え、普通に考えてみれば武尊に取って何のメリットも無いというのに。
「何で俺の攻撃を受けたんだよ」
「何でかって? んなの簡単なことさ、普通にやってればお前の攻撃が
「それはどうゆうことだよ!?」
「今のお前にはわからないことさ。 いずれわかる。 お前が今まで以上に強くなりたいと思うのならな」
言っていることがさっぱりわからない。 なぜ避けることが強さに直結するのか、そして一体どこから絶対に当たらないという自信がやってくるのか、わからないことばかりだった。
「さてと、話は終わりだ。 そろそろ本稽古始めるぞ」
そう言うと武尊は戦闘の構えを取る。 恐らくこの先からは攻撃を仕掛けてくるし、自分の攻撃をまともに喰らってくれる優しさは無いだろう。
武尊に答えるように大和も気を改めて戦闘態勢に入る。 考えるのは後だ、今は稽古という名の戦闘に気合を入れよう。
お互い大地を蹴って距離を一気に縮めると、いきなり激しい攻防戦に持ち出した。
打撃を放ってはすぐさま避けて、防いではパンチや蹴りなどの打撃を放つことの繰り返し、お互い一歩も引かずに、寧ろ前に出ていく。
大和が右フックを放つと、武尊は難無く避けてすぐさま前蹴りを放って反撃する。 反撃された大和は蹴りをギリギリ左手で防いでから武尊の顔面に向かって右ストレート放つが武尊は難無く避けてしまう。
武尊には絶対に当たらない、どれだけの攻防を繰り広げても掠るどころ一発も当たりもしない。 まるで大和の攻撃が全てわかっているかのように。
「言っただろ? 全て視えてんだよ」
両者互角の攻防戦を繰り広げていると思いきや、そういう訳ではなかった。
完全に攻撃を避けている武尊に対して大和はちょくちょくと攻撃をまともに喰らっていた。
攻撃を食らう度に大和のダメージが少しずつ蓄積していき、集中力が切れ始めてきた。
それから数分も経たずに大和の集中力が切れてしまい、それと同時に武尊の攻撃を避けたり防ぐことができなり、ほとんどの攻撃をまともに喰らってしまうことになる。
顔面に右ストレートをまともに浴びせたあとに、腹部に重いボディーブローを叩き込むと、大和は何の術もなくその場に倒れ込んでしまう。
しかし、まだ終わらない。 いやまだ終わらせないと言ったほうが正しいのか、武尊は倒れ込んだ大和に向かってこう言った。
「ほら立てよ、まだ終わりじゃねぇぞ」
そう言うわれると大和は苦しそうな表情をしながらも立ち上がろうとする。 身体が重い、足がまったく動かない、こんな状態で闘えるのかと思えるほどだった。
それから数秒後に何とか立ち上がると、ふらふらになりながらも大和は戦闘の構えを取る。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
肉体に蓄積されたダメージはほぼ限界に近い、だが今更もう闘うことは出来ないなんて許してはくれないだろう。 もはやここから気力の勝負だ。 身体が完全に動かなくなるまで続けるしか無い。
もう一度集中力を研ぎ澄ましながら深呼吸をする。 身体中にズギズギと鋭い痛みが襲ってくるが、そんなことを何時までも気にしていてはまたやられるだけだ。
間合いを詰めて攻撃を繰り出す、今度は大和が先手を取った。
だが、やはり避けられて武尊には攻撃は当たらない。そして反撃を仕掛けられる。
仕掛けられた武尊の攻撃は素早く、避ける時間が無い、このままでは喰らってしまう、と思った次の瞬間だった。
なんと武尊の繰り出してきた右拳がスローに見えたのだ。まるでスローモーションの世界に入り込んだような感覚。これは幻覚でも錯覚でもない、本当にゆっくりと見えるのだ。
それに身体が今までにないほど軽くなり、自分の思い通りに身体が動くような感覚だった。
これを期に大和は難無く攻撃を避けると反撃の時、今度は武尊のボディーに向かって右ストレートを繰り出してくる。
大和は気づいていないが、動きはもちろん繰り出した右ストレートのスピードは格段と早くなっていた。
しかし、動きが断然早くなったとはいえ武尊が避けることに変わりはなかった。
「……ほう」
武尊は大和に起こっている異変に気づいた。
まさか
わかるのも無理はない、今大和に起こっている現象は、等の昔に武尊も体験したことのあることだったからだ。
「動きが格段に早くなったな、もしかしてスローモーションの世界にいる気分か?」
「……………」
完全にバレていた。 何も言っていないのに、まるで心を読まれたかのようにバレてしまった。
だが、バレたとしても大和は反応せず無言のままだった。 無駄なことを考えず、ただ闘いに集中すること、それが今自分ができることだという事を理解していたからだ。
超集中力『ゾーン』、他の思考や感情、周囲の風景や音などが意識から消え、視覚や聴覚などの感覚が極限まで鋭くなり、活動に完璧に没頭することができる特殊な意識状態のこと。
その効果は時間感覚が物凄く歪み、イメージ通りの最高のパフォーマンスができるようになるなど、心身の動作と感覚が別次元の領域に到達する。
このとき大和はゾーンに入りつつある。 ダメージによって肉体が限界を超えて、無駄な思考や感情がなくなり、果ては苦痛さえ取り払われている。
「へっ、闘いの中で成長したか、やっぱりお前は面白いよ」
最速の左ジャブを大和の顔面に向かって放った。
普通なら避けられるはずの無い武尊の左ジャブを大和は紙一重で避ける。
そして反撃の時、大和は相手に追撃させる隙を与えずにがら空きになっていた顔面に向かって右拳を走らせた。
だが意図も簡単に防がれる、しかし唯一今回違うのは避けたのではなく、初めて武尊がガードをしたということ。
続いて武尊が蹴りを繰り出してくる、が大和にしっかりと防がれ、更に反撃で腹部に向かって攻撃を仕掛けてくる。
再び激しい攻防戦に持ち掛けられる。しかし今度の大和は以前とは異なり、一切の攻撃を受けずに防いだり避けたりしている。
前蹴り、横蹴り、回し蹴り、膝蹴り、肘打ち、上段突き、中段突き、下段突き、手刀、サマーソルトなど、今まで自分が会得してきたあらゆる技を出し惜しみせずに全力で放った。
だが武尊は全て防いだり避けてしまう。 初めて繰り出す技でさえも、まるで最初から知っていたかのように意図も簡単に防がれ避けてしまうのだ。
「やるな」
しかし動きのスピードもキレも今までとは違った。余裕な素振りを見せていた武尊も今では真剣な表情を浮かべ、顔から汗を流している。
数十分にも渡る攻防を交える度に連れて二人はこの闘いがとても楽しいものだと感じていた。この時間が長く、もっと長く続けば良いのにと闘いの最中に思っていた。
だがそんな時間も長くは続かなかった。
大和の集中力が切れつつあった。 時間感覚が徐々に元に戻り、体感もいつもの通りに戻ってしまったのだ。
更に不幸は引き起こる。 大和の身体は急激に重くなり、自分の思うように身体が動かない。 また身体に蓄積されていたダメージと痛みが呼び起こされ、耐え難い激痛に襲われたのだ。
しかし武尊は関係ないこと、一瞬動きが鈍った大和の顔面に向かって右拳を走らせる。
無論、大和はまともに喰らってしまう。 そして崩れるようかのように倒れ込み、その場から動かなくなってしまった。
意識はあるものの、もう完全に動けなくなってしまった大和を見てそろそろ限界だと感じたのだろう。 武尊は呆れたような表情でこう言った。
「今日はこの辺にしとくか」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「前よりは強くなったな大和、これからも頑張れよ」
反応は無いが、もう闘えないことに変わりはないと思ったのだろう。 武尊は倒れた大和を置いて道場から出ていった。
結果的に負けたが悔いはない。 闘いの中でとはいえ自分は強くなったのだから、しかもまだ伸び代はある、ということはまだ強くなれるということだ。
それにしても身体が重いうえにまったく動かない。 それに全身に鈍い痛みが走る。これでは当分の間は動けそうにない。
一時間程、大和は道場の真ん中で身体が動けそうになるまで休憩をする。 稽古でかなりの無理をしたんだ。 ちょっとくらい休んでもバチは当たらないだろう。
これを期に大和は少しでも武尊や紅虎に近づくために、もっと強くならなければいけない、もっと稽古を積まなければいけないと思うようになった。