古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
いつもの茶の間で大和、幽々子、武尊、和生、紅虎の5人がちゃぶ台を囲みながら朝食を食べていた。
どうして師匠の紅虎さんがいるかというと、今日は武尊と話すために俺の家に朝早く来たらしく、ついでに朝食を食べていこうということらしい。
朝食を食べていると、何を思ったのか紅虎さんが突然話し掛けてきた。
「ところで大和、今日の予定は何かありますか?」
いきなり何を言い出すかと思えば、紅虎さんに今日の予定を聞かれた。
今日の予定と言われても、とりあえずやるべき予定と言うものは特にはなかった。なのでここは普通に。
「いえ、特になにも決めていませんが、取り敢えず幻想郷の手掛かりを探しに行こうかと考えてました。」
「なるほど」
うーんと手で顎を触って何かを考える紅虎、一体何を考えているのか見当もつかなかった。
考え込んでから数分後、紅虎はなにか閃いたと言わんばかりに指を立てながらこう言った。
「それなら、今日は京都で旅巡りでもしたらどうでしょう?もしかしたら何か手掛かりが見つかるかもしれませんよ」
「そいつはいいじゃねぇか。京都は桜も綺麗だし、それをつまみに上手い酒が飲める。ってお前らはまだ飲めないか」
自分の言ったジョークに高笑いをする武尊、そんな姿を見て人生がとても楽しそうに見えた。
それにしても旅巡りか、何処かに旅に行こうなんて考えたこともなかったな。
紅虎さんの言う通りもしかしたらこの京都で何かしらの手掛かりが見つかるかもしれない。それならば行くのも手段か。
それに最近、幽々子達には内緒で色々と調べていたのだ。幻想郷の手掛かりを見つけるために京都の桜や寺のことを隈なく調べており、探しに行くとなれば培った知識が役にたつことは明白。
「そうですね、今日はそうします。」
「やったー」
京都の旅巡りに行くことがわかり、大和の隣でご飯を食べながらも大いに喜ぶ幽々子、まるで遊園地に行ける子供のようにはしゃぐような素振りだった。
五人が食事を食べ終えて大和が食器を片付けると、大和と幽々子の二人は京都で旅をするためにそれぞれ身嗜みなどの支度をした。
《〜少年少女移動中〜》
―――墨染寺にて
風情溢れる京都の町並みに、ひっそりと佇んでいる小さな寺。
通称――桜寺
隠れた名所の一つは、京阪電車、墨染駅近くにある。
昨夜、ネットで調べていて思い至り、最初の行き先をここに決めた。
西行法師。西行寺という苗字。そして、桜。
幽々子に関する何かが見つかれば。
そう思い、幽々子と二人、墨染寺までやってきた。
境内に入るとそこは、
「―――綺麗ね」
墨染寺の境内は決して広いとは言えないが、それでも見事な桜で溢れていた。
「おー……」
空を覆うような桜色之天蓋のなか、幽々子とふたり、せまい境内を歩く。
「あれ、こっちはほとんど蕾だな」
「あら、それは墨染桜ね」
「墨染桜?」
「ええ、墨染桜という品種ね」
「桜って聞くと染井吉野やら枝垂桜とか、そういうのしかしらなかったわ」
「染井吉野に比べたら開花が遅れるから、まだまだね」
「あ、ちょっとだけ咲いてるな。ほら」
「ええ」
境内に所狭しと、咲き乱れる桜の木々を見やる。
満開の桜景色は別格そのもの。
時期は春爛漫、真っ盛り。
夜桜も見れたらなと思える場所だ。
「ここは夜桜も良さそうね」
「ああ、でもここ夜は空いてねえんだ」
「それは残念」
とは言いつつ、満足気な幽々子の表情だ。
(しばらく放っておいてもいいかな)
と思い、賽銭箱のある本堂へ。
二人分の硬貨を投げいれ、手を合わせる。
(あいにく無神論者なんで勘弁してください。五百円いれたんで)
無作法かな、と思いつつ振り返ると、
「……」
襲ってきた既視感。
「っ!? ……幽々子さん?」
桜の木々を眺める幽々子を呼んだ。
ボーッとしているとは少し違う雰囲気。
出会ったとき、そして今。
桜を見ている幽々子は、声が届いていない時がある。
「お、おい幽々子さん……大丈夫か?」
余程、必死に呼びかけていたのか、幽々子の名を呼ぶ声が強くなってしまった。
「……ん? なぁに?」
ようやく声が届いた。
見れば幽々子の表情に、色が戻っていた。
今のは何だったんだろう。
今は、穏やかな春風に抱かれ、桜の花を眺めている。
まだ早いながらも、命の煌めきが感じられる墨染桜の蕾。
境内に咲き誇る桜の海は、まるで幽々子を歓迎しているように。
幽々子もまた、桜を愛でている。
「流石”桜寺”だな」
「えっ?」
「一般的には、”墨染寺”じゃなくて、”桜寺”って言われてるらしいんだ」
「へぇ……」
「京都の隠れた桜の名所のひとつだよ。まぁ見てのとおり小さい寺だけどな」
「ううん、静かで、でも桜はとっても綺麗だわ」
「だな。地元民とか満開の時期は、桜見物に訪れる観光客も少なくないよ」
有名な歌舞伎役者が来たこともある、由緒正しき桜寺なのだ。
「そう……ここが桜寺なのね」
独り言のように、幽々子は呟いた。
泡沫の夢のように浮かんで消えた、幽々子の彩。
紅桔梗の光が、陽炎のように揺らいでいる。
(……全く、仕方無いな。だけど……)
満開の桜が咲いている期間は、それほど長くはない。
大抵の場合、満開から数日後には雨に打たれてしまう。
しっとり濡れた桜の花弁は、瑞々しくあり、それは綺麗だ。
けれど、やがては雨により、風により散ってしまうのが常だ。
そんな桜を思えば、一日でも長く咲いていて欲しい。
これは俺だけじゃなく、おそらく―――
多くの人も、同じ感情を持つと思う。
―立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花―
美人を形容した言葉。
日本語には、時に様々な思いなどを花に例えることがある。
「『命短し 恋せよ乙女』か……」
桜を見ていたら、ある唄を思い出し、ふと口をついていた。
すると、
「あら?なぁにその唄」
ゴンドラの唄の一節に、幽子が反応した。
「いや、ちょっと桜をみてて、花の命の短さを思ったら、ちょっとな」
「……続きは?」
「あーと……なんだっけな――」
「朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを、だったかな」
「ふうん……素敵だけど、少し哀しい詩ね」
「かもな」
春夏秋冬・四季折々に様々な花が咲くが、咲いたあとは儚く散る運命にある。
そんな情緒に溢れる姿に、人は様々な思いを込めて詠う。
「確かに、花の一生は短いものね……。でも――それは人も同じじゃないかしら?」
ハッとさせられた一言は。
火中の立場の俺を、真実、言い当てた。
「そして私もそんな桜の下で―――」
そっと、独り言のように幽々子は呟いた。
「……ん?」
「ううん、なんでもないわ。それよりも、次は何処に連れて行ってくれるの?」
「この後は特に予定は無いけど……せっかく来たんだし、軽く観光するか?」
「ええ。うふふふふ」
微笑を浮かべた幽々子は、色んな意味で危なっかしい。
けれど放っておけないから、せめて――
(乗りかかった船だし、な……)
「わかった。それならちょっと調べる間に、休憩がてらお茶菓子でも食うか」
「お茶菓子!?」
幽々子の瞳に光が宿った。そして表情もまた然り。
「どっかで喫茶店か茶店でも入ろう。その間調べたいし休憩したいし……っていねぇ!」
「はーやーくー」
背後から聞こえた声。
幽々子は既に境内を出て、手を降っていた。
茶菓子という単語を聞いた瞬間に動いていたらしい。
食欲vs花
WINNER お茶菓子
花より団子な方程式。わかりやすいなおい。
境内をでて、駅の方へ。
思いのほか車通りが多く、気をつけないと危なかった。
「車通り多いから気をつけろよ」
「あら、大丈夫よ」
「あ、ちょっとまった。そこで飲み物買ってくる。ここで待っていてくれ。なにか飲むか?」
「今はいいわ。この後お茶するんてしょ?」
「ああ、まぁそうか。ならちょっと待ってくれな」
「ええ」
―――閑話休題
実際、京都という町は風情があり、
毎年多くの観光客が訪れる土地だ。
住んでる人間からすれば見慣れた光景でも、他府県から来た人間に違って映る。
それはきっと幽々子も同じだろう。
だから、こうして何気ない時間が、俺もきっと楽しいと感じている。
「なんか、楽しそうだな幽々子さん」
「うん!だってすごく楽しいんだもの」
「ただ歩いてるだけなんだけどな」
「ええ、とっても楽しいわ。無理言って来て良かったもの」
「そりゃ、まぁ楽しいならいいんだけどさ」
楽しんでいるようなら何よりだ。
幸いなことに、近くには観光名所なんてのはいくらでもある。
幽々子が探してる桜はさておき、京都の風情溢れる町並みを散策するのも悪くない。
「う〜いろ〜、手羽先〜、エ〜ビフ〜ライ〜♪」
「……」
名古屋名物を口ずさむ幽子はご機嫌な様子だ。
何 故 に 名 古 屋……?
「味〜噌カツ、きしめん〜、ひ〜つま〜ぶし〜♪」
「それ全部名古屋名物な? わざと言ってねえか?」
「うふふふふ」
クスクスと微笑を浮かべ、鼻歌まじりに謎の唄を歌ってる。
上機嫌なことは良いことだし、あえて突っ込む必要は無いだろう。
半歩ほど先を歩く幽々子。
その横顔には、笑顔の花が咲いている。
「ぷっくり〜ころころ〜ホットケーキ〜♪」
「……」
もはや突っ込む気にならない。
どこから突っ込んだらいいかもわからない。
ぷっくりころころホットケーキ?
いつのまにか、名古屋名物からホットケーキの唄?
になっていた。
「ノリ悪いわねぇ……ほら一緒に。ぷっくり〜ころころ〜」
「言わねぇよ!」
通行く人がこちらを見て、クスクスと笑っているのが目の端に映っていた。
馬鹿なことを言ってきたらもう無視しよう。なのに、
「ニューヨークへ行きたいかー!」
訳の分からんことを言い出した。
「ニューヨークへ行きたいかー?」
何故に疑問系……。
突っ込んだら負けだと思う。おい誰か何とかしろよ!
「さぁ、まいります。この問題。
ここは何としても、お答えいただきたい。
にわかに、頑張る、大事な、大事な、アタックチャーンス!」
誰でも良い、だから頼むから誰か助けて!
「この世で、一番美しいといわれてる人物、その名は?」
「……は?」
「310番、草薙さん。どうぞ!」
(アタック25とか平成生まれはわかんねぇだろ……)
「じー」
視線を感じる。
「ジーーー」
ものすっごい視線を感じる。
「ぢぃーーーーーーーーーー!」
これ、答えないと、ダメ?
「んもぅ!ノリ悪いわよっ! ちゃんと答えてよ!」
「………どうせ幽々子さんって答えだろうな」
「なぁにー?聞こえないわよー?」
にやにやしながら。絶対聞こえたくせに。
「……」
「さぁ、答えを、どうぞ!」
「――――西行寺幽々子」
「きゃぁー、もうっ! 恥ずかしいわっ!
このこのーっ!(バシバシ」
かぁっと顔が熱い。気がする。
てか、何で言わされてるんだ俺。
これも仕返しか?
「いや、お前ぜったい言わせたくていったよな?絶対に確信犯だろ……」
「うふふふふ。もう……クスクス」
「……ってか、どこでそんなネタ知ったんだよ」
昭和ネタに思わず突っ込んでしまった。
平成生まれの視聴者さんはググってくれ。
「テレビでやってたの!」
「テレビあんのかよ!」
「GHK(幻想放送協会)よ!テレビでやってるのを見たわ!」
「まさかのGHKかよっ!」
どうやら幽々子のテンションはストップ高らしい。
「とりあえず、楽しそうなのは分かったから、少し周りを見てくれな?」
「うふふふふふ」
ダメだこいつ、早く何とかしないと。
「じゃがいもー♪ どんだけー♪」
もう無視して、これから行く観光地を調べよう。
「えびばでぃさいこー、ブギーブギー♪」
せっかく伏見まで来たのなら、伏見稲荷大社にも足を伸ばして良いかも知れない。
「カローラⅡに乗って〜♪」
……。
「買い物に出かけたら〜♪」
何か歌ってるし。
「財布無いのに気づいて〜♪」
「そのままドライブ〜♪」大和
「そのまま奇跡ドーン♪」幽々子
「はっ!?」
「えっ?」
いや、意味わからん。
「あ〜い、わずぼーーん、とぅーーるぁーーーーびゅーーー!」
「うぃずぇーーーびしんぐびー、おぶまーいはーーー」
「って、何でそれ歌ってんだよ! つい続き歌っちゃったよ!!なんで知ってんだよ!!!」
「歌ってもらったの!」
「誰にだよっ!」
「本人よ!」
「フレディかよっ!」
「目の前で踊りながら歌ってくれたわ。はわぁ……」
……冗談だよな?
「……あー、うん、わかった。まーおちつけ」
「……?」
「……んっ?」
そう言って、幽々子の周囲を自覚させる。
「どうしたの?」
「……いや、もういい。アキラメタ」
「……? どうしてカタコト?」
「ソンナ コト ナイヨ」
「ほらー、やっぱりカタコトじゃないー。ねぇねぇ!」
「……?」
「どこ行くの? どこ行くの?」
「今さがしてるから、ちっとは落ち着け!」
「……怒ってるの?」
「怒ってねぇよ! 恥ずかしいんだよ!」
「あらあらうふふ」
「……」
付き合ってられん。
無視無視。他人のフリ他人のフリ。
「ねぇねぇ!」
「なんだよ?」
「お腹すいたわ」
「分かった分かった。すぐ調べるからちょっとは落ち着いてくれ」
「はーい。しょぼん」
「んあ? どした?」
「べっつにー。(いじいじ)」
何なんだ一体。
あれだけはしゃいでたから不気味に感じる。
「んー……」
せっかく市内まで来たから、このまま軽くどこかへ……
「ねえ」
それよりもせっかくだから清水寺の方にも行ってみるか?
「ねえねえ!」
この時期はむちゃくちゃ混むけど、アリかな?
「ねえってばー」
桜の名所は他にも色々あるけれど、
清水の舞台から見る京の町並みを、
幽々子にみせてやるのも悪くない。
「むー」
そっと横目で見ると、お嬢様は少し拗ねた表情をしていた。
流石に無視するのはやりすぎたかな……
でも、こっちは真面目に観光名所探しているのだから、
少しくらい落ち着いて町並みでも眺めていて欲しい。
「もう、そんなんだから童t……」
「違げぇよ!」
つい反射的に反応してしまった。
というか、このお嬢様は、とんでもない事言ったぞ今。
無視してたのが悪いなと思ったのが損だった。
焦って反応したのが嬉しいのか、
拗ねた表情とは違う色をつけていた。
「うふふふふ」
「……はあ」
やれやれとため息をついた。
「ホント、愉しいわね」
「俺は胃がいてぇよ……」
いや、ホント、まじめな話。
「ねえねえ、あれって何かしら?」
「アレ?」
幽々子が指差す方向には踏み切りと通過する電車。
「ああ、電車だなあれ」
「電車……? ってなに?」
「電車は電車だよ。それ以外に説明のしようがねえ」
少し先のには、踏み切りと、車、そして人。
ブレーキランプな赤色と左右交互に動く踏み切り灯。
「ああ、そいやこの少し先に喫茶店あったけど……」
「ふーん……電車……ジー……」
「―――――」
幽々子はじーっ、と興味深そうに見つめている。
なんだか玩具をほしがる子供みたいな仕草だ。
「じーーーーっ」
……いや、子供そのものだった。
というか、そんな目で見ないで欲しい。
断れないし、なんか狡い。
「はぁ……電車は乗り物だよ。まぁいいや。この際だから祇園四条まで行こう。そしたらもっと色々なところ行けるから」
「はぁーい。楽しみね」
それでも幽々子は、上機嫌なのは間違いないだろう。
出会った時の、どこか寂しそうな表情より、
今の笑顔でいる方が似合っている。
「ま、とりあえず移動しよう。そしたら店も一杯あるし、ここからならそう遠くないから。幽々子さんが食べたい物なんでも頼んでいいから」
「ホント!? ホントに何でも頼んでいいの!?」
幽々子の目が光ったのは気のせいじゃないだろう。
ま、幽々子が幸せそうな笑顔を見せてくれるなら
少しくらいならいいかと思う。
もっとも――
後になって後悔する羽目になるのは少し先の話だった。