古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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二十四話 京の都の旅巡り③

―――二年坂〜三年坂へ

清水寺を後にして、八坂神社へ向かう道。

石畳の道を幽々子と歩く。

 

「あ、あれ食べたい♪」

 

「………」

 

―――英世さらば。

 

「あ、あれ何? 見たい見たい!」

 

「……へいへい」

 

道の両側に、茶店や土産屋が軒を連ねている。

 

 通るたびに足を止め、店先を冷やかし、少しずつ八坂神社へ向かう道。

 

「あ、これも美味しそう♪」

 

「ほわーい、なぜーにー、あーるきつーづける」

 

「うん? どうしたの?」

 

「……現実逃避デス」

 

「うふふ……変なの。くすくす」

 

「あら?」

 

「今度はどうした……」

 

目の前にはかんざし屋。

 

うん、男一人じゃ入りたくないなこれ。

 

「ほらほら、見たいからちょっとだけ〜」

 

って、おぉいっ!?

 

と突っ込む前に、スタスタとかんざし屋に入ってしまった。

 

……やれやれだぜ。

 

「わぁ……」

 

店内には様々なかんざしの山。

 

(……へぇ色々あるなぁ。どれ……)

 

脳内シュミレーターが現状を把握する。

今現在……そして、幽々子が物欲しそうにしているかんざし。

 

あ、これ似合いそう……って、まった。

これ、買うと……ええと……

 

 間違いなく持ち金が無くなってしまう。

 

「ねぇ、これ似合うかしら?」

 

「桜が綺麗だなぁ……」

 

「ねえってば!」

 

「夢みたいだなぁ……」

 

「……えいっ!」

 

「ひでぶっ!」

 

「あれ、ちょっと。ほら、戻ってきなさいってば!」

 

「だが断る」

 

「ほら、これって似合うかな?」

 

「えっ、スルー?」

 

「あ、このかんざし、綺麗」

 

「幽々子さん、人の話聞いてるか?」

 

「うん。それでさ、これはどうかな?」

 

「……幽々子さんすまん、さすがにもう無理だ」

 

「えっ?」

 

「手持ちが全部すっ飛ぶから今日は勘弁してくれ……

 まぁ、また来る時にでも買うからさ」

 

「いーまーほーしーいー」

 

「……それ買うと、次の所行けなくなるけど?」

 

「うぐぅ……」

 

いや、流石に……。なんというか。

 

(主に幽々子さんの胃袋に消えたんだけどな実際)

 

……とは、言えない。気がする

何か負けた気分になるし。

 

「わかった。わかったよ。とりあえず近いうちに買うから、今日はもう勘弁してくれ。頼むから」

 

「はーい……」

 

何か、ものすごい罪悪感に駆られてしまった。

 

かんざしってなんでこんな高いの?男にはちょっと理解出来ない代物だと思う。

 

八坂神社へ至る道。そして。すれ違う多くの人。

 

カップルも居れば、友達同士もいる。

 

たまに外国人ともすれ違う。

 

「―――行こう。まだ魅せたい景色があるんだ」

 

「ふふっ、楽しみね」

 

今は、もう何も言えない。

ちょっとだけ、幽々子の本心を垣間見てしまった気がしたから。

 

先ほどまでのようなはしゃぎっぷりじゃなく、ゆったり流れる時間。

 

風情溢れる情景に、言葉は無粋だ。

 

高台寺、八坂神社、円山公園、そして知恩寺と。

 

桜の景色を、幽々子と二人ゆっくり巡ってく。

 

(ああ、どうせなら夜桜も良かったかもなぁ……)

ふと、そう思ってしまった。

 

また時間があったら、祇園の夜桜も見に来よう。

 

 

―――閑話休題

 

言葉少なく、ただ、桜を愛でる散策はまだまだ続く。

この際だから、もう一つ行っておきたい場所があるから。

タクシーを拾い、次の目的地へ。

少し色々考えたい。

目的地を運転手に伝え、車窓から京の町を眺めていた。

次の目的地は慈照寺。通称――銀閣寺。

もっとも目的は、銀閣寺じゃなくここからの散策。

哲学の道――

多くの文化人が、この道を歩き思想に耽ったと言われている。

銀閣寺すぐ近くにある、疎水沿いの桜並木。

幽々子と二人、哲学の道を歩いていく。

人ごみは避けたかったが、ここも人でごったがえしていた。

この際仕方無い。

どうかこのお嬢様が大人しくしていますようにと。

というか、はしゃぎまくってた気がするけど、多分大丈夫。

そこはきっと空気を読む……と信じよう。

 

「わぁ……」

 

「おー……」

 

満開の桜並木。

琵琶湖疏水分線が流れる歩道には、桜があふれていた。

 

「すごいわねぇ……」

 

「だろ? だから連れてきたんだよ。まぁその代わりちょっと人も多いけどな」

 

「大丈夫♪ うふふふふ」

 

淡い牡丹色、月白の花びら。

ところどころは葉桜も見えるけれど、

品種により絶妙に違う彩。

 

「……すげぇなぁ」

 

「本当ねー……こんな風景もあるのねぇ」

 

「俺も実は始めて来たからな……話には聞いてたけど」

 

「あら? そうなの?」

 

 それも無理はない。大和の人生は苦行と鍛錬の日々だったのだから、こんな銀閣寺に行く暇も余裕もなかったのだから。

 

「一人で来たって仕方無いだろ?」

 

「そうかしら? わたしは一人でも来たいわ。だってこんなに綺麗な景色なんだもの!」

 

「満足してくれたか?」

 

「えぇ、もちろんよ♪」

 

「そっか……そりゃ良かった」

 

人は多いけれど、歩きづらいほどじゃない。

時折、遠くからの鶯の鳴き声。

 

「あら? ウグイスが鳴いてるわね」

 

「お、ホントだ。ホーホケキョってか」

 

「…………」

 

 幽々子は唖然とした表情を浮かべる。

 

「……なんだよその顔は」

 

「無いわー、絶対無いわー。

 風流な情景が台無しじゃないの、もうっ!」

 

「はっ!?」

 

ひどい。それはちょっとひどい。

 

「〜〜〜♪」

 

サラッと毒舌な幽々子は、少し先を歩きながら。

淡い牡丹色の天蓋をくぐっていく。

 

「……やれやれ」

 

「うふふ、楽しいわね」

 

振り返りながら、桃色の笑顔の幽々子。

ゆったりと、幽雅に咲きほこる桜のように。

ひらりと舞い散る光の羽のように足取りは軽く。

疎水沿いの歩道を歩いていく。

 

「おい、ちゃんと前見て歩けよ。あぶねぇぞ?」

 

「うん! だいじょっ、 きゃっ!?」

 

甲高い声をあげて。

歩道にはみ出た桜の枝にぶつかっていた。

 

「ったく……。だから前見て歩けってのに」

 

「うー……もじもじ」

 

「ほれ、こうしとけ」

 

そう言って、大和は幽々子の左手を取る。

 

「きゃっ!? え、ちょっ!?」

 

「ほれ、とりあえず前向けって。ぶつかるぞ」

 

危なっかしくて見てられなくなったから。

天衣無縫なお嬢様の手は、春の温もりがした。

 

「うふふ……ありがと♪」

 

「………ふん」

 

手の平に帯びる熱は、俺か幽々子か。

 

「クスクス」

 

「……なんだよ?」

 

「ううん、なんか嬉しくて。

 こうして手を繋いでくれるなんて思わなかったから」

 

「…………このっ」

 

意識しないようしていた事実を口にした幽々子。

認識すると恥ずかしいってのに。

 

「うふふ……ガラじゃないことしたって思ってる?」

 

「さあな。それよりもちゃんと―――」

 

まぁいいかと思い、言葉を切った。

 

「うん?」

 

「いや……なんでもない」

 

言葉は要らない。ただ、そう思ったから。

春色の風は、穏やかに。

疎水は緩やかに流れ、舞い散る桜が水面に華を咲かせていく。

 

「本当に綺麗ねぇ……」

 

眼前に広がる牡丹色の橋。

すぐ傍を流れる疎水と、風情に溢れる散歩道。

ゆっくり散策し、思案に耽る。

今日一日幽子に桜を魅せてきたが、

楽しんでもらえただろうか、と。

 

「あら、鴨がいるわ、ほらそこ!」

 

つがいの鴨が、疎水の中を優雅に泳いでいる。

互いを毛繕いしている姿は可愛らしい。

 

「美味しそう……」

 

「うぉい!?」

 

思わず突っ込んだ。

 

「いや、あのさ幽々子さん……」

 

「うん? なあに?」

 

「……あの鴨をみて、美味しそうってどうなんだ?」

 

「うん、可愛いわね」

 

「なら何で美味しそうとか言ってんだよ!」

 

「鴨肉は美味しいのよ? 食べたことないの?」

 

「いや、そうじゃねぇよ!

 可愛いのに美味しそうとか矛盾してんじゃねえか!」

 

「だって可愛いもの! だって美味しそうだもの!」

 

全く理由になってない。

可愛いのに、美味しそうってどうなんだ。

というより、散々色々食べたのにまだ喰う気かよ。

 

「ほら、行きましょ♪」

 

言って、幽子は俺の手を引っ張って行く。

 

(ったく。まぁいっか。楽しそうだし)

 

「すーんすーんすーん♪」

 

「………」

 

相変わらずの謎の歌。もうなんでもいいや。

それよりも―――

 

(やっぱりここでも見つかりそうにないか)

 

幽々子のさがしている桜の大木。

やはりそれらしきものは無かった。

桜の名所が多い京都にあるのだろうか。

幽々子は静かに桜並木を眺めている。と、

 

「匂へども しる人もなき 桜花

      ただひとり見て 哀れとぞ思ふ」

 

幽々子は詠った。ただ、この景色をそのまま歌に詠んだのだ。

 

「…………………」

 

「うふふ」

 

満足気な幽々子。

 

不思議な感覚だ。まるで―――

 

「チラリ」

 

「ん?」

 

「んーん。なにもー」

 

何か、”在るべき物”は”在るべき場所にあるよ”

とでも言うように。

 

「え? は?」

 

「うふふふふ」

 

ご機嫌な幽々子が、教えてくれている気がした。

桜の花びらが、幽々子の周囲を飾っていく。

ふと、立ち止まった幽々子。紅桔梗の瞳。

上目遣いで射抜かれると、思考が止まる。

 

「どうした?」

 

「本当に良い場所ね。

 こうして歩いて眺めるのも、悪くないわ」

 

「ああ、そうだな」

 

静かな沈黙。

けれど、決して気まずい静寂じゃない。

心地良い温もりが全身を包みこむ。

 

「ねえ」

 

「うん?どうした?」

 

「もし―――もしもよ、大和と出会ってなければ、

 こうして私はこの風景を見ることが出来なかったのかな?」

 

「は?」

 

「だから、もしもの話よ」

 

「いや、今見てる現実が全てじゃねえか。

 何言ってんだ?」

 

「だーかーらー! もしもの話っ!もしも、貴方と出会ってなければ、私はどうしていたんだろう? って」

 

「いや、意味わかんねえし。それに、『もしも』の話は好きじゃねえんだ」

 

「そう? 私は好きだけどなぁ……もしもの話って」

 

と、幽々子は屈託なく笑った。

それこそ本当に、ただ話しているだけで楽しいんだよ、というように。

 

「あのな……」

 

楽しそうな表情の幽々子を見て言葉が続かない。

何だか一人、焦ってしまっている気がする。

 

「わたしはifって好きだけどな。

 どんな結果になるか分からないけど、

 とりあえずその時は救いがあるような気がするじゃない」

 

――ズキリ、と。

 

「……救い、ねぇ」

 

「うん、詭弁かもしれないけれど、

 詭弁でも何でも救われるならいいじゃない」

 

「…………」

 

if――もしも。

もしも、幽々子と出会っていなければ。

『たら』『れば』は、救いになるのだろうか。

もしもの話で、救われるなんて事が、あるのだろうか。

救われるなら、それはどんなに倖せなことだろう?

けれど、それは本当に倖せと呼べるのだろうか?

 

「………」

 

それを倖せと感じられるならば、それはきっと。

狂気という、感情なのではないのだろうか。

 

「―――本当に綺麗ね」

 

何が正しくて、何が狂っているのか。

狂しいほどの感情の先に、一体何があるのだろう。

 

「でもね」

 

「『もしもの話』は好きじゃ無いって言うけれど、

 私は貴方と出会えて良かったと思ってるわ」

 

「――――」

 

「だから”もしも”出会えてなければなんて、

 やっぱり考えたくないかも」

 

そりゃ何よりですねお嬢様!

 

「って、お前言ってること矛盾してるぞ?」

 

「あれ? あ、ホントだ。変なのー」

 

「いやいや、お前が言いだしたんだろうが」

 

「まぁまぁ。それよりもほら、せっかくいい景色なんだからさ。そんな難しい顔してると桜もきっと悲しむわ」

 

「いや、訳わかんねぇよ……」

 

「うふふふふ」

 

(相変わらず良くわかんない奴だな幽々子さんは)

 

けれど、不思議と落ち着いた気がする。

だから、落ち着いて今後について思案に耽った。

ゆっくりと考えをまとめたい。

幽々子に桜を魅せられる、絶好の場所を。

桜といえば日本一の名所の吉野山の桜。

古くから日本人の心の拠り所となっている桜。

和歌にも多く詠われ、歴史、その在り方は日本一と言える。

しかし―――

桜の開花は順調そのもの。このままだと満開の後、散る運命だ。

吉野山の桜も見たい。それはきっと幽々子も同じだろう。

約二百種・三万本もの桜の海。

想像するだけで世界は桜色に染まっている。

きっとそれは、この世でもっとも美しい世界かも知れない。

考えれば考えるほど、正解が遠くなる気がする。

刻一刻と、過ぎていく時間。

過ぎた時間は、無情と共に花開き、世界に色をつけていく。

俺は一人、焦燥感に駆られ始めていた。

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