古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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二十五話 幽々子の秘密

 京の旅巡りが終わってから数日のこと、大和は早朝に鍛錬を励み、幽々子は大和が鍛錬をしているところをずっと眺めていた。

 

 それからお昼の時間をまわり、昼ごはんを食べたあとに大和は剣術の稽古を実家の中庭で始め、幽々子は縁側で大和の稽古を眺めていた。

 

 シャドーボクシングのように仮想の敵を想定しながらも大和は軽やかに動き回っては縦横無尽に木刀を振るう。

 

 大和の動作は我流の剣術と動きであり、到底のことながら剣道とは呼べない代物だった。

 

 軽やかに足を使いながら木刀を振るのは体力の消耗が非常に激しく、常人なら二分から三分持てば上出来なところを、大和はペースを落とさなければ、休憩も一切せずに三十分以上は続けていた。

 

 もしもこれが実戦であれば、相手は大和の変則的且つ俊敏な動きについていけず、そのまま袋叩きにされてしまうだろう。

 

 一時間以上動き続けた後、大和は稽古を止めて深呼吸をすると、休憩をするために歩いて縁側の方へと向かった。

 

「ふぅ……良い汗かいたわ」

 

「休憩しないで、あんなに激しい運動しているのに、息ひとつ乱さないなんて、いったいどんな体力してるのかしら?」

 

「そうか? あの程度の動き普通だと思うけどな。それに、あれぐらいで息乱れてたら紅虎さんには到底勝てねぇよ」

 

 幼い頃から毎日毎日馬や牛のように走り込みをしてきたんだ。こんなことでバテていたら一生涯掛けても紅虎さんには勝てない。

 

 紅虎さんを倒すためには、体力や身体能力を人間の限界まで鍛え上げ、ありとあらゆる武術や技術を磨き上げることが絶対条件、あとは精神力の問題だろう。

 

 そのためにも近い将来、肉体と精神力を鍛えるために、山籠りなどをしてオーバートレーニングをしなければな。

 

 縁側に来てみると、そこには真剣な表情をしている幽々子がいた。

 

 そして、ふと幽々子さんの隣にあるお茶や茶菓子が乗ったお盆を見てみると、どうやら幽々子さんは俺が稽古している間に茶菓子やお茶に手を一切つけてなかったらしい。

 

 その証拠に湯飲みに注いでいたお茶は冷め、茶菓子に至っては袋すら開けた形跡すらない。

 

 あの食いしん坊な幽々子さんが用意した茶菓子に目もくれずに自分の稽古を真剣に見ていたことが大和にしては珍しかったのだろう。

 

 手に持っていた木刀で肩を軽く叩きながらも、大和は感心したような表情を浮かべながら幽々子に話し掛ける。

 

「茶菓子を食わないなんて珍しいな幽々子さん、俺が鍛練しているところを見てて楽しかったか?」

 

「うん、特に退屈はしなかったわ」

 

 それにしても食べることよりも優先するなんて普段の幽々子さんではありえないことだ。

 

 このとき大和は、自分の中で一つの疑問が生まれると、すぐさま幽々子に対して質問を問いかけてくる。

 

「前から気になってたんだけど、もしかして幽々子さん、何かの武術を学んでたのか?」

 

「そんな訳ないじゃない。それとも私が武術を嗜んでる光景が想像できるのかしら?」

 

「そうだよな、やってる筈がねぇよな……あはっ、あははは………」

 

 どうやら俺の勘違いだったようだ。だいたい幽々子さんが武術を身に付けてると思う自体がおかしい話だしな。

 

 そんなことを話していると、自分達がいる縁側に向かって歩いてくる二人の足音が聞こえてきた。

 

 足音が聞こえてくる方向を見てみると、そこには弟の草薙和生と師匠の紅虎がいた。

 

「よぉ兄貴、暇だったから見に来てやったぞ」

 

「こんにちは大和、相変わらず鍛練に精が出てるようですね」

 

「あら紅虎さんに和生君、二人ともお揃いでやって来るなんてどうしたのかしら?」

 

「どうでも良いことだけど、なんかとんでもない面子が集まってきたな」

 

 鍛練をしてる際に幽々子さんがいるのは最近では日常的になっているが、師匠の紅虎さんに弟の和生が並んでやって来るのはとても新鮮な光景だった。

 

 このとき和生は大和から滝のように流れ出る汗を見ると、呆れたような表情を浮かべながら大和に話しかけてくる。

 

「怪我も完治して普段通りの稽古してるのかよ、相変わらずの回復力だな、恐れ入ったぜ」

 

「ようやく元の感覚と肉体を戻したところだ、これから更に力を付けるところだよ」

 

「もうそれ以上強くならなくても良いだろ? ただでさせ化物染みた強さなのに、それ以上化物になってどうするんだよ?」

 

「てめぇ和生、俺が化物だって言いてぇのか?」

 

「違うのかよ? 兄貴みたいに化物染みた強さを持つ高校生は日本中探してもいないと思うけどな」

 

 確かに俺みたいな怪物染みた高校生は日本中どころか、世界を探してもほんの一握りしかいないだろう。

 

 和生の正論にも近い発言に大和は怒りを通り越して寧ろ呆れてしまい。思わず大和の口から溜め息が漏れてしまう。

 

「そう言えば和生、お前我流で武器術とかやってたそうだけど、調子はどうなんだ?」

 

「なんで兄貴がそんなこと知ってるんだよって……今はそんなことはどうでも良いか……

 まぁそうだな、言われてみれば最近木刀とか触ってないし、まずトレーニングとかやってねぇし」

 

 最近の和生は学校をサボって街に遊びにいくことが多々あり、そのせいか鍛練やトレーニングをちょくちょく疎かにしている。

 

 ある程度、力をつけるために身体を鍛えても良いが、流石に兄貴みたいなオーバートレーニングをするのは絶対に嫌だな。

 

「なら一戦交えるか和生? ちょうど相手が欲しかったところだしよ」

 

「別に構わないぜ、今までの屈辱を洗いざらい晴らしてやるからよ」

 

「やれるもんならやってみろ、あとで吠え面かかしてやるからよ」

 

「おう上等だ、腕が鈍ったうえに弱くなった兄貴に負ける気はしねぇけどな」

 

 そう言われると、大和は近くに置いてあった木刀を手に持ち、そのまま和生に向かって軽く投げた。

 

 そして自分に向かって放り投げられた木刀を和生は簡単に受け取ると、瞬時に自己流の構えを取って大和を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 残された幽々子と紅虎の二人は大和と和生の一戦を観戦することになった。

 

 お盆に乗ったお茶の入った湯飲みと茶菓子を隣に置いて幽々子が縁側に座っていると、近くにいた紅虎が話しかけてきた。

 

「お隣よろしいですか?」

 

「えぇ、どうぞ遠慮なく」

 

 そういわれると紅虎は幽々子の隣でゆっくりと腰を下ろし、中庭で闘う大和と和生をじっくりと観察するように眺めた。

 

 しかしその数秒後、何か違和感を感じた紅虎はふと隣を見てみると、幽々子は茶菓子に手を一切つけず、真剣な目で大和達の手合わせを観察するように見ていた。

 

 対面することもあれば会話したことも度々あったので、幽々子がどうゆう子なのか、紅虎はある程度わかっていれば、また新たな一面を発見することができた。

 

 だからこそ、それを見た紅虎は感心したような表情を浮かべながら幽々子に話し掛けてくる。

 

「やはり幽々子さん、武術に精通していますね」

 

「なぜそう思うんですか?」

 

「大和の稽古を真剣な目で見ていますからね、それに普通の人ならまず見ることはない場所に視線を向けてますから」

 

 武術を学び理解している者でなければ、そんな事は到底のことながら出来ない。

 

 それに、いつも幽々子は飄々として柔和な雰囲気も醸しているが、たまに驚くほどの洞察力を発揮したり頭が切れたりすることがある。

 

「別に隠さなくても大丈夫ですよ、女性で武道を学んでいることは素晴らしいことなんですから」

 

「流石は紅虎さん、全てお見通しと言うわけね……」

 

「ふふふ、これでも人に武を教える身ですからね、これくらいの洞察は当然ですよ」

 

「紅虎さんの言う通り庭師から武を学んでました。ただ私が扱う武術は主に武具を扱うものですけど」

 

「ほう……それは興味深い、素手ではなく武器を扱う武術を学んでいたのですか」

 

 武具とは言っても、刀や太刀、槍や薙刀など、武器の種類は沢山あるので、幽々子がどういった武器を扱うのかは正直わからないが。

 

 それを聞いた途端、紅虎は微かに何かを企んだような笑みを浮かべると、幽々子に対してある提案を出してきた。

 

「幽々子さん、もし宜しければ貴女のお手並みを拝見させてもらえませんか?」

 

 そう言われると幽々子は一瞬だけ驚いた表情を浮かべるが、すぐに落ち着きを取り戻して紅虎の話に対して答えを出す。

 

「別に構わないけど、もしかして紅虎さんが相手になってくれるのかしら?」

 

「とんでもない。幽々子さんの相手になってもらうのは大和です」

 

 大和にとって幽々子がどういった存在なのかは少なくとも理解している。

 だから紅虎は自分の言動がとんでもない事だということは十分にわかっていた。

 

 それに対して幽々子も紅虎の言動に戸惑いの表情を隠しきれず。どう答えれば良いのか迷っていた。

 

「もしかしたら迷惑かけるかもしれないし、大丈夫かしら?」

 

「やりたくなければ無理強いはしません。 ただ大和にとって良い経験になると思っただけです」

 

 大和と手合わせしようかどうか幽々子が迷ってると、こちらに向かって来る足音と和生の呆れたような声が聞こえてきた。

 

「……あぁ~あ~畜生、負けだ負けだ。」

 

「だけど和生、以前よりも動き良くなってたぞ、本当に鍛練サボってたのか?」

 

「そんなお世辞はいらねぇよ、それよりも兄貴も兄貴だ。衰えるどころか前よりも強くなってるんじゃねぇかよ」

 

 長い戦いになると思いきや、意外にも短時間で決着がついたのだろう。一戦を終えて草薙兄弟が幽々子達のいる縁側に向かって歩いてくる。

 

「ほら、あちらも終わったようですよ」

 

「……えっ? そっ……そうですね」

 

 それから二人が歩いて縁側にやってくると、大和は額に汗をかきながらも清々しい表情を浮かべている。どうやら良い一戦が出来たのだろう。

 

 それに対して和生の方は呆れたような表情を浮かべながら手に持っている木刀で自分の肩を何度も叩いた。態度や表情から察するに気に食わないことがあったのだろう。

 

「久々に一戦交えてどうでしたか?」

 

「どうしたもこうしたもねぇ、最初から兄貴にペース握られて、そのまま何もできずに勝負ありよ。

 まったく……あれが実戦なら今ごろ袋叩きにされてたぜ」

 

「そうですね、動きもあまり生き生きしていませんでしたし………やはり鈍器では本領を発揮できませんか……」

 

 最後の一言を紅虎は小さな声で言うと、それに対して聞こえなかったのだろう和生は喧嘩腰の態度で紅虎に話し掛けてくる。

 

「あぁ? 紅虎さん今なんか言ったか?」

 

「いえ、何も言ってませんよ。それよりも大和、ちょっと幽々子さんと手合わせしてもらってもよろしいですか?」

 

「……はっ? 俺と幽々子さんが手合わせ……ですか?」

 

 あまりに突然な提案に大和も戸惑いの色を隠しきれず、況してや相手が幽々子というのもあり動揺もしていた。

 

「はい、何か不満でもありますか?」

 

「すいません紅虎さん、幽々子さんは女性ですし、況してや武術の経験もないんですよ。

 そんな相手と手合わせなんて到底のことながら出来ませんよ」

 

「何を知ったような口を聞くのですか? そんな事はまず手合わせをしてから言いなさい」

 

 笑顔を浮かべ普段通りの口調だが、それとは裏腹に紅虎の雰囲気には威圧感があり、周りにいる人達が恐怖を覚えるほどだった。

 

 それから周りが恐怖で凍りついている中でも関係なく、紅虎は和生に向かって話しかけた。

 

「では和生君、木刀を幽々子さんに」

 

「あっ、あぁ……」

 

 紅虎の言う通り、和生は自分の手に持っている木刀を幽々子に手渡すと、幽々子も頷きながら木刀を手に取る。

 

 どにらにしても幽々子さんと手合わせをしなければならないらしい。もし紅虎さんに逆らったら後が怖いし。

 

 半強制的だが、こうして大和と幽々子の手合わせが始まることになった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 大和と幽々子の二人は手合わせをするために中庭で対立し、お互い得物である木刀を構えていた。

 

 幽々子は真剣な表情で正統派(オーソドックス)に木刀を構えている。普段なら決してお目にかかることはできない光景だ。

 しかし、それに対して大和は木刀は構えているものの、やる気や闘志がまるで感じられなかった。

 

「なんでこうなるんだよ?」

 

 女性、況してや自分が守るべき人が相手になるなんて思ってもいなかった。

 

 幽々子さんを傷付けたくない、しかし手を抜いて紅虎さんに叱られたくはない、その二つの考えが頭の中でぐるぐると回り続け、大和の心は戸惑いの気持ちでいっぱいだった。

 

「ねぇー大和、準備はできたかしらー?」

 

「あっ…あぁ…… こっちは大丈夫だぞ」

 

 気持ちが落ち着かないまま大和は返事をする。それが命取りになるとは知らずに。

 

「それじゃあ……行くわね」

 

 そして真剣な表情で幽々子が右足を前に踏み込み、大和との距離を一気に縮めた瞬間。

 

 

………カランッカランッ

 

 

 大和の手に持っていたはずの木刀は地に落ちると同時に、大和の目の前には幽々子が手に持つ木刀の切っ先が至近距離で突き付けられていた。

 

「……えっ?」

 

 幸いな事に幽々子さんは丸腰の俺に止めをさしてこない、もしこれが真剣勝負であり、何の躊躇いもなく攻撃を仕掛けられたら間違いなく勝負あっただろう。

 

 いったい今なにが起こったのかわからなかった。気が付いたら自分の手に持っていた木刀は地面に落ちていた。

 

 それに対して幽々子は木刀を構えているだけで攻撃を一切加えず、寧ろ余裕があると言わんばかりに大和に声を掛けてくる。

 

「まだ続けるのかしら?」

 

「……はっ!」

 

 声を掛けられ気が付いた大和は地に落ちた木刀を瞬時に拾うと同時に、背を向けて幽々子との距離を空ける。

 

 技と身動きが速すぎて、いったい何が起こったのかさっぱりわからなかった。

 いや、まず技を掛けられたのかすらわからない。

 

 程度の距離を開くと、再び大和は幽々子の方向を向いて戦闘の構えを取る。

 

(……何だったんだ今のは? 木刀が俺の手から突然離れやがったぞ)

 

 それだけではない。気付けば俺の顔面に向かって幽々子さんが木刀を突き付けていた。

 

 別にぼんやりしていた訳ではない。寧ろ相手の身動きや出方をしっかりを観察していたほうだ。

 

 しかし、今の幽々子さんの身動きがまったく見えなかったうえに、どうゆう技を仕掛けられたのか全然わからない。

 

(もしかしたら俺が思っているよりも、幽々子さんはとんでもなく強いんじゃねぇか?)

 

 幽々子さんの力量が把握できていない今、迂闊に攻撃を仕掛けることはできない。

 

 相手の出方を見てから動こうと大和はこれからの戦略を考えるが、幽々子は計画通りには進ませてはくれない。

 

「どうしたの? 背を向けてまで私から逃げるなんて大和らしくないわよ。

 それに私の先手を見てから動こうなんて考えないほうがいいわ」

 

「………なっ!?」

 

 何時から気付いていたのか、俺の計画が完全に読まれている。幽々子さんは読心術にも長けているとでも言うのか。

 

 つまり俺は勘違いをしていたようだ。目の前にいる幽々子さんは自分に劣る格下ではなく、自分の力量を越える強者なのかもしれない。

 

「流す程度にしようと思ってたが、そうもいかねぇようだな。 出来るだけ怪我させないように戦ってやるぜ」

 

 相手の幽々子が自分よりも格上だとわかり、完全に気持ちが吹っ切れた大和、果たしてこれが吉と出るか凶と出るのか。

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