古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

29 / 90
二十六話 大和VS幽々子

 あまりにも予想外な出来事に、縁側で二人の闘いを見ていた紅虎と和生は度肝を抜かしていた。

 

「これは私の予想を遥かに越えた強さですね」

 

「おい紅虎さん、あのやろう今なにをしたんだ?」

 

「今のは剣道で言うところの巻き落とし。しかも一切の無駄がありませんでしたね」

 

 巻き落とし、自分の刀剣の剣先を相手の刀剣に絡めさせながら弧を描がき、腰を入れて瞬間的に相手の刀剣を強く巻き落とす技。

 

 しかもこの技術は実戦で行うのは非常に難しい。練習ではともかく、剣道の試合では希にしか成功はしない高等技術なのだ。

 

「つまりなんだ? 幽々子さんはマジで武器術を嗜んでいたのかよ」

 

「そういうことです。しかもまだほんの少し片鱗しか実力を出していませんが……」

 

 長年武術と色んな強者を見てきた紅虎からしてみれば、今の技を見ただけでも幽々子の才覚が計り知れないのは明白だった。

 

「彼女本来の才能なのか、それとも単に師の教え方が優秀だったのか、私が思うに前者だとは思いますけどね」

 

「確かに高度な達人技を使っているが、才能だったら兄貴の方も……」

 

「いえ、才能だけなら恐らく大和を凌ぐとは思います、ただ実力や技術はこれからの対決でないとわかりませんがね」

 

「だけど兄貴が本気になれば流石に勝てるだろうよ、どんなに才能があっても所詮は女だしな」

 

「残念ながら……その考えは誤りです」

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 一方、大和と幽々子はお互い一歩も引かずに打ち合いをしていた。

 

 周りには木刀と木刀がぶつかり合う衝突音が何度も響き渡り、静かになる気配は決してなかった。

 

 今ほぼ互角の闘いを繰り広げているが、このとき大和は決して手を抜いている訳ではなく、寧ろ本気で立ち向かっていた。

 

 恐ろしい人だ、本気になった俺と互角に渡り合っている。しかも幽々子さんは真剣な表情はしているものの、焦っているような気配は微塵たりともなく、寧ろどこか余裕を持っているような感じだ。

 

(一瞬でも気を緩めたら確実に殺られる!)

 

 木刀を交える度に、その衝撃がダメージとして手に蓄積される。そのおかげで両手は痺れたような感覚で包まれていた。

 

 そして、この打ち合いも長く続くことはなく、幽々子が大和の面打ちを綺麗に受け流すと、そのまま大和の木刀を地面に向かって叩き付けた。

 

「……なっ!?」

 

 これを機に大和の攻撃が完全に止まった瞬間、幽々子は容赦なく何度も攻撃を繰り出してくる。

 

 しかし、大和は闘うことを諦めることはなく、体勢をすぐさま整えて防御に転じ、全ての攻撃を木刀で受け止める準備をする。

 

 そして幽々子が放った連撃を木刀で受け止める度に、その衝撃は手だけではなく身体の芯まで響き渡る。

 

「……ぐっ!!」

 

 これは技でも何でもない、ただ単に目では終えないほどに速すぎる基本的な振り、そして攻撃の一つ一つが非常に重く、今にも木刀が折れそうだ。

 

 更に木刀を振るスピードは凄まじく、まるで木刀ではなく、竹刀でも振っているのではないかと思わせるような軽々とした扱い方。

 

(おいおい嘘だろ? 幽々子さんってこんなに強かったのかよ?)

 

 止まることはない、雨のように降り注ぐ幽々子の連打を防ぐことで精一杯で、大和は反撃をする余裕がまったくなかった。

 

 これ以上攻撃を受け続けると危ないと悟ったのだろう。耐え切れなくなった大和は後ろへと下がって幽々子との距離を空けた。

 

 打撃を防ぎ続けたことで両腕には鈍いダメージが蓄積されて残っており、さらに体力をかなり削り取られてしまった。

 

(ちくしょう……完全に甘く見てた。これなら和生を相手にしてた方がまだ良かったぜ)

 

 このまま何も考えずに突っ込んで行っても、攻撃を防ぐだけで、なんの反撃することもできずに、体力が尽きて戦闘不能に陥ってしまことは見えている。

 

 刀を両手で持つオーソドックスな剣道の構えを止めると、大和は木刀を片手で持って我流の構えに変える。

 

「型稽古は止めだ。普通に戦わせてもらうぜ」

 

 大和が自ら出した答え、それは型に嵌まった動きは一切止めて、自分本来の闘い方で挑もうとすることだった。

 

「つまり……本来の闘い方をすれば、私に勝てると言うことかしら?」

 

「さぁな、ただ型に嵌まった動き方で闘ってるよりは良いだろ」

 

 それから間もなく、大和は幽々子との距離を一気に縮めると同時に、そのまま何の迷いもなく攻撃を仕掛ける。

 

「これは不意打ちのつもりかしら?」

 

 だが不意打ちを仕掛けられても幽々子は取り乱さずに、大和の攻撃を難なく防ぐと、そのまま反撃を仕掛けようとするが、しかし。

 

「……もういない」

 

 幽々子が反撃を仕掛けようとしたときには、大和はその場にはおらず、攻撃が届かない距離まで離れていた。

 

 それからも大和は足を使って軽やかに、そして縦横無尽に動き回りながら、何度も攻撃を繰り出した。

 

 変幻自在且つ予測不可能な身動きで相手を戸惑わせようと大和は考えたようだが、最悪な事に幽々子は大和の動きや攻撃をことごとく全て見切り、一度も攻撃が当たることがなかった。

 

「残念だったわね、それはさっき見たからお見通しよ」

 

(ちくしょう全部見切られる、シャドーを見せたのが失敗だったか)

 

 一旦様子をうかがうために大和が攻撃を止めた瞬間、今度は幽々子が容赦なく攻撃を仕掛けてくる。

 

「今度は私の番ね」

 

 幽々子の猛攻に対して、大和は手持ちの木刀で防御することを止めた代わりに、横に後ろに身体を大きく反らし、パフォーマンスもとれそうな動きで攻撃を回避する。

 

 剣術の達人、況してや幽々子の洗練された剣さばきを見て避けるには、並外れた反射神経、洞察力、瞬発力がなければ到底のことながら出来る芸当ではない。

 

 だが、どれだけ幽々子の攻撃を避け続けても大和から反撃する気配はなく、まるで何かを待っているようだった。

 

 そして木刀を縦に横に振るって猛攻を繰り出す中、幽々子が一度だけ突きを放った瞬間。

 

(……これだ!)

 

 幽々子の放った突きを間一髪で避けると、それと同時に大和はその木刀を素手で掴み取る。

 

「刃物とかなら無理だが、木刀とかの鈍器ならこうゆう芸当も出来るんだぜ」

 

 こうすれば幽々子さんは木刀を振るうことはできない。つまりほとんどの攻撃方法は封じたも同然のことだ。

 

 それに俺の握力は両手平均90キロ以上はある。余程のことがなければ木刀を手放すことはない。

 

 しかし武器を封じられているはずの幽々子は焦るどころか寧ろ落ち着いており。まるで自分が有利だと言わんばかりの態度にも感じ取れる。

 

「どうして勝ち誇ったような表情を浮かべているのかしら?」

 

 そう言って幽々子が背を向けた瞬間、大和と一緒に両手で木刀を担ぐように持つと、意図も簡単に持ち上げてしまう。

 

 流石に予想外のことだったのだろう。大和は驚きを隠しきれず、いったい何がおこっているのか理解できていないような表情を浮かべていた。

 

(……おい嘘だろ!? いったい何十キロあるとおもって……)

 

 身長182センチ、体重75キロある大和の巨体を幽々子は木刀で背負うように持ち上げたあと、そのまま大和の身体を勢い良く地面に叩き付けた。

 

「……あがっ!!」

 

 叩き付けれられた瞬間、大和は無意識にも手で掴んでいた幽々子の木刀を手放してしまう。これで幽々子は木刀による攻撃を自由自在に扱うことが出来るようになってしまった。

 

 幸い意識を失っていなかったのだろう。地面に倒れてから数秒も経たずに大和はゆっくりと立ち上がろうとする。

 

「……ちっ、うぅ……」

 

 しっかりと立つことができないのか、大和の躯体が左右にフラフラとまるで振り子のように揺らぐ。

 

 それも無理はない。地面に叩き付けられた際に大和は頭を強く打って脳震盪を起こしており、身体がふらつくのはもちろん、大和の視界はどろどろに歪んでいる。

 

 手足が言うことをきかず、戦闘の構えを取ることはもちろん、立っていることすら辛い。こんな状態で闘えるのかと思えるほどだ。

 

 敵に、況してや女相手に手こずった挙げ句、満身創痍になり無様な姿を晒してしまった大和の表情は悔しさに満ちており、これ以上の屈辱はないと言わんばかりに歯を食い縛っていた。

 

 それに対して、これ以上闘いを続けると大和の身が危険に晒されると思ったのか、幽々子は心配そうな表情を浮かべながら構えを解くと、大和に対して話し掛けてくる。

 

「そんなふらふらになって闘えるはずがないわ、もう止めにしましょう?」

 

「止めるだ? ふざけんじゃねぇよ、負けっぱなしで引き下がれるわけねぇだろ」

 

 負けず嫌いと言うのか諦めが悪いと言うのか、どちらにしても大和は敗北を認めることは決してなく、戦うことも止めないらしい。

 

「わかったわ……少しの間だけ眠らせてあげる」

 

 もう勝敗を決めて終わらせるしかないと考えたのだろう。幽々子は改めて木刀を構えて大和を迎え撃とうとする。

 

「ふぅ………」

 

 それに対して大和はゆっくりと眼を閉じると、ひざを曲げて腰を落とし、姿勢を低くしながら静かに居合いの構えを取った。

 

 表情から苦痛が、気配からは荒々しさが完全に消えると、まるで集中力と神経を研ぎ澄ますように大和は冷静になり落ち着いている。

 

(……妙ね、攻撃してくる気配がまったくないわ)

 

 さっきとはまるで違い、大和から攻撃的な気配は一切消えてしまい、止まって湛えている水のように静かな気配だった。

 

 大和から攻撃を仕掛けてくることは無いと察したのだろう、痺れを切らした幽々子は大和との距離を縮めてくると同時に木刀を縦に振るった。

 

(……貰ったわ!!)

 

 しかし大和は眼を閉じて背を向けたまま、幽々子の縦振りの一撃目を難なく避けてしまう。

 

(……避けられた?!)

 

 しかし、その程度で幽々子が諦める訳がなく、それに続いて繰り出された横振りの二撃目を放った。

 

 それに対して大和は幽々子の方向に向かって振り向くと、自分に向けて繰り出された攻撃を木刀で真っ向から受け止める。

 

 そして攻撃を受け止めた瞬間、大和は巧妙で素早い手捌きで幽々子の木刀を叩き落とした。

 

 流石の幽々子も予想外の出来事だったのだろう。数秒にも満たない大和の身動きに驚きを隠しきれなかった。

 

「……嘘でしょ?」

 

「ちくしょう……まだ無理だったか」

 

 武器である木刀を手放した今、幽々子は丸腰の状態。言わなくても分かることだが、幽々子は不利な状況、それに対して大和の方はこれ以上にないほど有利な状況に立っていた。

 

 これで勝敗を決めてやると言わんばかりに、大和は幽々子に向かって容赦無く木刀を振るおうとした瞬間。

 

「二人とも、そこまでにしなさい」

 

 紅虎の言葉に従うかのように大和の動きがピタリと止まる。

 

「………うぐっ」

 

 そしてその直後、もう立っていることすら限界だったのか、大和は片膝を地面に着けて倒れそうになった瞬間、木刀を杖代わりにして躯体をなんとか持ちこたえようとする。

 

(ちくしょう……もう立つことすら出来ねぇ)

 

 もはや闘えるどころの問題ではない。さっき脳震盪を起こしたせいか、集中力が切れてから足腰に力がまったく入らなくなった。

 

 手合わせを終わり、紅虎は二人に歩いて近づいてくると、大和に向かって一言告げた。

 

「この勝負は大和……貴方の敗けですよ」

 

 紅虎の言葉に微塵たりとも納得がいかなかったのだろう。大和は血相を変えて反発するように紅虎に話し掛ける。

 

「何故ですか紅虎さん!」

 

 それも無理はない。前半と中盤は押されていたとはいえ、最後は形勢逆転してたのだから、自分が納得するような理由をしてくれなければ敗北を認めることは出来ない。

 

 それに対して大和が反発してくるのは想定内のことだったのだろう、紅虎は溜め息をついたあとに冷静な態度で大和が敗北した理由を話してくる。

 

「どうやらまったく気付いていないようですね、幽々子さんは本気で闘っていませんよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、怒りはしなかったものの大和は血相を変えながら幽々子の方向に視線を向ける。

 

「……なんだと!? 本当なのか幽々子さん?」

 

「誤解しないで大和、これには訳が……」

 

「厳密には本気を出せなかった…と言うところですか、差し詰め武器が得意の長巻や薙刀ではなかったからでしょう」

 

「どうしてそれを!?」

 

 紅虎の言ったことが図星だと言わんばかりに、幽々子は驚きを隠さずにはいられなかった。

 

「確かに剣術の腕は素晴らしかったですが……足の構えや身動きがどちらかというと薙刀術に近いものだったからです」

 

 やはり紅虎の観察力は桁外れなのだろう。常人ではまず見つけることは出来ない些細な事から、その人の本質を簡単に見通してしまう。

 

 自分の本質を見破られてしまった幽々子は返す言葉もなく、ただ紅虎に対して感服するだけだった。

 

 一方、敗北を告げられたのが余程ショックだったのだろう。大和は肩をがっくりと落として精気の抜けたような表情を浮かべていた。

 

「……まじかよ?」

 

「もし幽々子さんに本気で勝ちたいと思うのなら、あの鉄刀を使って、幽々子さんの武器そのものを無力化するしか方法がありませんね。

 ただ、あなたにそんな勇気は無いとは思いますが」

 

 紅虎さんの言う通り俺にそんな勇気はない。幽々子さんに矛先を向ける度、自分の意思とは別に何度も躊躇ってしまったことか。

 

 正直な話、もう二度と幽々子さんとは手合わせをしたくはない。肉体はもちろん、特に精神的にキツすぎるからだ。

 

 それから大和はその場から立ち上がろうとすると、足腰に力が入らず膝がガクガクと震え出し、バランスがとれなくて身体が左右に何度も揺らぐ。

 

 だが、それでも大和の躯体は倒れることなく、足を引きずりながらも屋敷の玄関に向かって歩いていく。

 

「大和……」

 

「別に幽々子さんが強くても弱くても関係ねぇよ、今まで通りなんかあったら俺が守ってやる」

 

 その場に止まらなければ、幽々子の方向に振り向かずに、大和は力の無い声でそう告げると、ふらふらになりながらも歩き続ける。

 

 このとき大和に手を貸したりする人や呼び止める人は誰一人としておらず、ただ大和が屋敷に帰る姿を見届けるだけだった。

 

 それから大和が中庭からいなくなると、それに続くように紅虎も何か考えているような表情を浮かべながら、何も言わずに二人を置いて何処かに歩き去ってしまった。

 

「まさか……大和があの領域(・・・・)に片足を踏み入れていたとは……思いもしませんでした」

 

 不完全とはいえ、あの領域に到達していたことが驚きだったのだろう。普段ならにこやか笑顔を浮かべている紅虎も、今は真剣な表情をしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。