古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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一話 不思議な少女

 翌日のこと。

 

 トレーニングを終えてジムから外に出る少年、空はすっかり日が落ちて紺色に染まり、町中にある電灯がすでに光を灯している。  

 

「さて、走ろうか」

 

 もうこんな時間かよ、と日が暮れた空を見上げ、軽やかにステップを踏み出し、すぐに地面を軽く蹴ってランニングのように走り出した。

 

 走る理由は別に急ぎの用事があるからではない、ただ単に足腰を強くするためと体力を付けたいからだ。

 

 そのためなのか少年は真っ直ぐ自宅には帰らずに歩道や坂道を走るのはもちろん、街中や公園を横切ったりしてひたすら走り回る。

 

(今日のトレーニングはこれで最後だな)

 

 思えば今日は一日中休まずに動き回っている。

 

 さっきまでジムでウエイトトレーニングなどをしていたが、実はその前に別の場所の格技場で自重トレーニングをしていた。

 

 また別の日には道場やジムでボクシングや空手など様々な格闘技や武術を休憩時間を割き、寝る間も惜しんで取り組んでいた。

 

 この常軌を逸したトレーニングは昨日今日始まったわけではなく、かれこれ中学に入る前からずっと続けている。

 

 厳しいトレーニングを続ける特別な理由なんて何も無い。ただ誰よりも強くなりたい、どんな相手だろうと負けないためにひたすら力を付ける。至って単純な理由だ。

 

 ただ、何故強くなりたいのか、と言われるとそれは良くわからない。

 自分よりも強い奴等にいじめられないため? 自分よりも弱い人、困ってる人を助けるため? ……いや、どれも違う。

 

 今までどんなに考えこんでも、俺は強くなりたい理由が良くわからない。ただ唯一わかっていることは、自分の中で何かが欠けていることだけ。

 

 だが、その自分の中で欠けているものが何なのかは、未だにわからないままだが。

 

(まぁ…考えるだけ無駄か)

 

 そんな事を思いながら走っている最中、小腹が空き喉が乾いたことに気づいた。

 

(そういえば腹減ったな)

 

 このまま我慢して道端で倒れたり、脱水症状になっても本末転倒だろうと思い。少年は仕方なく近くにあったコンビニに立ち寄り、大量の食べ物とデカイ飲み物などを買った。

 

 コンビニを出ると袋いっぱいに詰め込んだおにぎりやお惣菜、そしてコーラをカバンの中に入れて再び走り出した。コーラが振られていようが気にはしない。

 

 

 ※※※

 

 

 それからも少年は自宅には帰らずにランニングを続ける。一体どれだけの距離を少年は走ったのか、正確に測ってはいないが少なくとも数十キロ以上の距離を走っていることは確かだ。しかし少年は汗は流しても息を切らすことがなければ乱すこともなく常に走り続けていた。

 

 空腹と喉の乾きを我慢しながら、あと少し、あともう少しと走り続ける少年。もはや我慢強いとしか言いようがない。

 

(もう少し走ったら帰るか)

 

 もうちょっと走ってから今日はこれで終わりにしよう。そう思った少年はギアチェンジして走るペースを少し上げようとした瞬間、ふと視界になにか捉えてしまい、少年はその場で思わず足を止めてしまう。

 

(……何だあれ?)

 

 少年の視界に思わず止まったもの、それは通り掛かった公園で如何にも困った表情をしている少女が多数の男達に囲まれているところだ。

 しかし少年が重要と思う問題点はそこではなく、それだけでは少年の興味は直ぐに別の方向へと行ってしまっただろう。問題は別にあった。

 

 男達の人数はおよそ六人、年齢は見た目からして約二十代前半、容姿も至って普通の一般人だ。

 

 しかし一番の問題なのが少女の方だ。

 

 歳は見た感じだと少年とほぼ同じ、もしくは一つ二つ上ぐらいだろう。雪のような白い肌に綺麗な桃色の長髪、そして見惚れてしまいそうな美しい顔立ち。頭には水色の三角巾帽を被っており、服装は水色を基本色として所々に桜の花びらの模様が入っている変わった着物を着ている。

 

 少年からして見れば少女の着ている服が普段着などとは到底のことながら考えることができず、まるでコスプレの衣装のように見えた。

 

 少女の格好が変だということは誰が見ても普通にわかるが、男達に絡まれている根本的な事情はわからない。しかしこの状況を見て穏やかではないことは確かだ。

 

「ちっ、仕方ねぇ」

 

 こういった光景は毎度毎度見飽きているが、このまま見知らぬ振りをして自宅に帰っても後味が悪いうえ、沸き上がってくる怒りが収まらない。

 

 面倒くさそうな表情で溜め息をつきながらも少年は少女を助けに行こうと男達に向かって自らの足で近づいていく。

 

 

 ※※※

 

 

 用具などはほとんどないが周りが自然で満ち溢れている人気のない公園。外灯の光が少ないせいか、ここら辺は夜になると一際暗く感じる。

 

 一体何時からこうしているのだろう、ずっと見知らぬ男達に囲まれ続けて少女は嫌そうな表情を浮かべていた。

 

 それも無理はない、どれだけ誘いを断っても男達は懲りずにまとわりついてくるのだから。

 

「あの……これ以上……私に関わらないでもらえるかしら?」

 

 コスプレのような衣装を着ている少女が冷たい態度で何度もそう言うものの、男達は諦めることがなければ女性の言葉に聞く耳も持たず、ニヤニヤとしつこく口説いてくる。

 

「だからそんな固いこと言わずにさぁ、俺たちと遊ぼうぜ、お嬢ちゃん」

 

 男達は女性を逃がさないよう取り囲んでいると、誰かが一人の男の肩を後ろから軽く掴んでくる。

 

「……ん? なんだおま--」

 

 その男は後ろを振り返ろうとした、その瞬間に顔を思いきり殴られた。

 

 飛んできた拳が顎辺りにクリーンヒットすると、男の体は天高く宙を舞った後、そのまま為す術もなく地面に落下する。

 

 顔面を思い切り殴られたうえ、地面に体を強く叩きつけられたことで脳震盪を起こしたのだろう。男は倒れたまま動かなくなった。

 

「……えっ?」

 

 突然、見ず知らずの誰かが助けてくれたことが予想外だったのだろう、コスプレのような格好をした少女は少し驚いた表情を浮かべる。

 

 それに気付いた男達も一斉に振り向くと同時に自分達の背後に立っている少年に向かって鋭い目付きで睨み付けてきた。

 

 少年は黒髪で身長は180㎝以上あり。服装は黒い半袖にジーパンを身に付けており背中にはカバンを背負っている。また肉体はかなり鍛え込まれており腕や首元から無数の古傷が見える。

 

 意外にも切り替えが早く男達の表情から少女を口説いている時のような表情は一切消えて、まるで今から喧嘩をするような威圧のある面構えだった。

 

「なんだてめぇ? 俺達に何の用だ」

 

 仲間がやられたことに怖気付くことなく、男達は闘争心を剥き出しにし、今にも喧嘩を始めそうな雰囲気が漂う。

 

 しかし少年は複数の男達に威嚇されたり睨み付けられているのにも関わらず、恐れることがなければ微動ともせず、常に落ち着ていて冷静な態度だった。

 

「嫌がってんじゃねえか。やめてやれよ」

 

 女性を口説いているところを邪魔されたのが気に障ったのか、苛ついていた男は威嚇するように少年の胸ぐらを思いきり掴み上げると、逃げられないように複数の男達が少年を取り囲んでくる。

 

「てめぇには関係ねぇだろ、さっさと俺達の前から失せねぇと殴んぞ」

 

 しかし男に胸ぐらを掴まれて脅されても少年の態度や表情は微塵も変わらず、寧ろ呆れたような表情を浮かべている。少年の対応はまるで男達を最初から相手にしていないように見える。

 

 男達は自分たちの方が強いと思っているのか、それともただ単に冷静沈着を気取っているだけなのか、どちらにしても少年は態度を変えず男達に向かってゆっくりと口を開いた。

 

「ならやってみろよ」

 

 嘗めきった少年の態度と言葉が引き金となり、男達の堪忍袋の緒がプツンと切れると、男は躊躇なく少年をぶん殴ろうとする。

 

「上等だ、覚悟しろよ!」

 

 男は手加減や容赦などは一切考えず、相手を殺すぐらい殺意と強い闘争心を感じさせる。恐らく今から止めようとしても既に遅いだろう。

 

 そして胸ぐらを掴み上げていた男が躊躇いもなく少年の顔面を思いきりぶん殴った瞬間、鈍い音が周りに響き渡る。

 

「………!!」

 

 しかし顔面を全力で殴られても鼻血や痣は付くものの少年は痛がる気配どころか表情一つ変えない。寧ろ殴った方の男が手を押さえながら踞ってしまう。

 

 それに気付いた他の男達は仲間が痛がる素振りを見て困惑する。

 

「………!?」

 

「おい、どうした!?」

 

 殴り掛かった仲間の驚きに男達は少年を凝視する。

 

 その場にいたコスプレ衣装のような服を着ている少女も同じように驚いた表情を浮かべていた。

 少年は鼻から垂れる血を気にせずにその場に立ち尽くす。攻撃や反撃など自ら暴力を振るう気配は一切ない。先程のは牽制だったのか。

 

「なんだ、やっぱこの程度かよ」

 

 一発の攻撃を受けて良くわかった。こいつらは単に威勢が良いだけで喧嘩は特に大したことはない。いや、寧ろこいつらにしてみれば良く頑張った方か。

 

 相手が弱すぎるあまりに少年は反撃や攻撃をする気は微塵たりともなく、呆れ果てて思わず思ったことを口から滑らせてしまう。

 

 そして火に油を注ぐように男達の怒りは最高潮に燃え上がり、もはや喧嘩を止めることが出来ないほどまでに達してしまう。

 

「このガキ絶対にナメくさりやがって…!!」

 

「絶対ぶっ殺してやる」

 

 自分達を侮辱されたことはもちろん、殴られた仲間の仇だと言わんばかりに怒りを剥き出しにしながら男達は再び少年に向かって一斉に殴り掛かってくる。

 

 一番初めに殴られのびている男と負傷した手を押さえてる男を非戦力と除いて相手はあと四人、これぐらいの人数の敵なら苦戦もしなければ追い込まれることも絶対にないだろう。それに幸いにも相手は素手で刃物や鈍器などの武器を持っている気配はない

 

「くたばりやがれガキ!!」

 

 まず最初に一人の男が拳を握りしめながら少年の顔面に向かって殴り掛かってくると、それに対し少年は自分の顔面に向かって繰り出された攻撃を難なく避け、それと同時に足を引っ掛ける。

 

 案の定、男は体のバランスを崩してそのままド派手に転んでしまう。

 

「うおわっ!」

 

 ただ足を引っ掛けただけでこのザマだ。はっきり言ってこいつらを相手にすること自体がバカバカしくなってくる。

 

 とはいえ喧嘩はまだ始まったばかりだ。自ら繰り出した攻撃の勢いで男が転んだと思えば、今度は三人の男達が一斉に囲ってを殴りかかってくる。

 

「……おっと」

 

 驚いたような素振りを見せながら男達の拳をギリギリの所で避けるが、少年は焦ったり動揺もしなければ、寧ろどこか余裕を持っているように感じる。

 

 それからも男達は何度も繰り出してくるが、少年の軽やかな回避力に男達は少年にダメージを与えるどころか掠り傷一つ付けることもできない。

 

「この野郎ッ!」

 

 どうやら自分達の攻撃が少年に全然当たらな過ぎて、男達は完全に頭に血が上っている状態の模様。これでは何時まで経っても攻撃は当たることはないだろう。

 

 だがそう考えていたのも束の間、もはや単純に殴り掛かるだけでは勝てないとようやく気が付いたのだろう。

 

 さっきまで転んでいた男が起き上がり、少年を背後から忍び寄って取り押さえてくると、その隙を突いて三人の男が殴り掛かってくる。

 

「……!」

 

「へっ、これで終わりだぁ!ガキィ!」

 

 これでようやく少年を袋叩きにできると言わんばかりに、背後から取り押さえてくる男は勝利を確信したような面で少年に向かって話しかけてくる。

 

 それに対して少年はこんな状況に至っても冷静なままだった。

 

「それはどうかな?」

 

 そう言って少年はガッチリと取り押さえられた締め付けから、静かに音もたてず消えるようにすり抜けると、その場から少し離れて殴り掛かってくる男達の攻撃をギリギリで避ける。

 

「嘘だろ?」

 

 避けられた男達の攻撃は少年の背後にいた仲間の顔面に全て命中してしまい、仲間に殴られた男は鼻血を吹き出しながら倒れ込んでしまう。

 

「…ゴフッ!」

 

 誤って仲間を攻撃をしたことに気付いたときには既に遅く、男達は予想外の出来事に戸惑いの色を隠しきれなかった。

 

「おい大丈夫か!?」

 

「こいつ一体何者なんだよ!?」

 

 考えてみれば、男達の方は何度も攻撃を繰り出しているのにも関わらず少年に対してダメージ一つ与えていない。しかしそれに対して少年は一人の男を一度殴っただけで、既に三人を戦闘不能にしている。

 

「ふぅ~危ねぇ危ねぇ」

 

 男達は未だに余裕なまま佇んでいる少年を見て、とんでもない相手に喧嘩を売ってしまったのではと思い始めてきた。

 

 男達から威勢がなくなり、もう終わりなのかと言わんばかりに少年は呆れた表情を浮かべる。

 

「まだやるか?」

 

 戦う気力があるのなら相手になるが、本音を言うと明日に備えて色々な準備をしたいし、何よりも腹が減ったので早くこの喧嘩を終わらせて家に帰りたかった。

 

 だが三人の男達の面構えを見てみると、このままやられっぱなしは自分達のプライドが許さないのか降参をする気配は微塵たりとも無かった。

 

「……ったく、諦めの悪い連中だな、まぁ嫌いじゃねぇけどよ」

 

 あまり気が向かないが相手がやる気なら仕方がない、一刻も早く決着をつけて喧嘩を終わらせよう。出来るだけ男達に大きな怪我を負わせないように。

 

 そして玉砕覚悟で挑もうと言わんばかりに、残った三人の男達は立ち向かってくる。

 

 まず最初に一人の男が少年の身動きを封じるために右の手首を全力で掴んでくると、その隙に残りの男達が殴り掛かってきた。

 

「へへっ、油断したな!!」

 

 男はこれで多少なら少年の身動きを封じれるだろうと思ってたのだろう。しかしそれは大きな間違いだった。

 

「……よっと」

 

 少年が掴まれている自分の右手首を軽く捻った瞬間、一体何をしたのか男の身体はゆっくりと宙を舞って一回転した。

 

「んあっ?」

 

 そして、受け身も取れないまま男は地面に頭を叩きつけると、脳震盪を起こして気を失ってしまう。

 

「さてと、次は…」

 

 もはや自分から攻撃をしないとこの喧嘩が終わらないと思ったのか、少年は鋭い眼光で睨みながら無言で近づく。

 

 そして残った男達が攻撃を繰り出してくるよりも速く、少年は戦闘の構えを瞬時に取ると同時に素早く攻撃を仕掛けてくる。

 

「遅ぇよ…」

 

 一人は鳩尾を抉るように拳で叩き込み、もう一人は顎先を掠めて典型的な脳震盪を起こさせる。無論どちらとも地面に倒れ込んだのは言うまでもない。

 

 周りからみれば少年の動きが余りにも速すぎて何が起こったのか分からなかっただろう。しかし唯一はっきりと言えることは少年が三人の男を地面に沈めるのに数秒も掛からなかったことだ。

 

「……ふぅ~」

 

 相手が戦意喪失、戦闘不能になったことがわかると少年は構えを解いてリラックスし、倒れている男達を上から見下ろしながら一言だけ言う。

 

「お前ら、相手が俺で幸いだったな」

 

 誰も聞こえていないと思うが一応言っといた。この喧嘩を機会に男達が懲りてくれたら、当分の間は身を潜めて大人しくしてくれるだろう。

 

 こうして少年と不良達の間で繰り広げられた喧嘩は、少年が圧勝したことによって幕を降ろした。

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