古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
あれから時が流れて十二時が過ぎた頃、ロードワークを終えた大和がようやく草薙家に帰ってた。
オーバートレーニングをしたうえに、上下サウナスーツを着てたおかげで、大和の身体は十分に暖まっており。いつでもトップギアで戦闘が出来る状態だった。
しかし、今日はもうトレーニングはしない。朝早く起きて武術の鍛練をするために、さっさと食事を取ったあと風呂に入り、短時間の睡眠を取る。
「腹減った……早く飯食わねぇとやべぇ……」
昼に一万キロカロリー近くの食事を摂取したが、オーバートレーニングのせいですぐにエネルギーを消費してしまう。故に大和は空腹感に襲われており、腹が減って気が立っていた。
屋敷に入ろうとすると、一体いつからその場にいたのか、横から紅虎が歩いて来ると同時に話し掛けられた。
「おかえりなさい大和、身体はしっかりと暖まってているようですね」
「なんだ紅虎、何か用でもあるのかよ?」
呼び止められた事に苛立っていると言わんばかりに、大和は紅虎を呼び捨てにした挙げ句、闘争心剥き出しの目付きで睨み付けてくる。
だが、睨み付けられても紅虎は表情を崩さず、寧ろニコニコと笑顔を浮かべており、まるで大和に対して恐怖心を一切抱いていないような態度だった。
「では単刀直入に言います、私と道場へ一緒に来て頂けますか?」
「それはつまり、俺と手合わせをしたいってことか?」
「いえ、今回は貴方に制裁を加えるためです。 それと自分の貧弱な強さに自惚れるのも、そろそろいい加減にすることですね」
ここまで挑発すれば流石の大和もぶちギレると紅虎は思っていたのだろう。
しかし怒りを通り超したのか、大和は闘争心を剥き出しにするも、ぶちギレて怒鳴り散らすことはなく、喜んで相手になってやると言わんばかりに紅虎の挑戦を受ける。
「おもしれぇ、だったら道場について行ってやるよ。てめぇと勝負して白黒はっきりつけるためにな」
「では付いてきなさい」
紅虎が屋敷の中に入っていくと、それに続いて抑えられない闘争心を剥き出しにしながら大和も屋敷へ足を踏み入れる。
幸い道中で何事も起きることなく、二人は闘いの場である道場へと足を運ぶのであった。
《場所は変わり、草薙家の道場》
道場に到着したあと、二人の周りには不穏な空気と殺気が漂っていた。
大和は闘いで邪魔になると判断したサウナスーツの上着を脱ぎ捨て、動きやすい黒い通気性の良い半袖になった。
「ほう、この短期間でずいぶんと体格が変わりましたね」
食事と睡眠以外での休憩は一切取らずに、常にオーバートレーニングをしていたからだろう。一週間という短時間の中で大和の肉体は大きく変化していた。
身長は変化していないものの、全身の筋肉がかなり肥大しており、以前と比べて大和の身体は一回り大きくなっていた。おまけに顔つき、主に目付きがかなり悪くなっていた。
「御託はいいから、さっさと始めようぜ。」
「これは失礼、変わったのは肉体だけではなく精神的にもでしたね」
紅虎が口を動かしている途中、大和は瞬時に間合いを詰めると、紅虎の顔面に向かって左ジャブを数発打ち込んだ。
だが、不意打ちにも近い大和の放った数発の左ジャブを紅虎は難なく避けてしまう。
「躊躇い無く不意を突いてきたのは誉めてあげましょう。しかし、私を確実に仕留めないとは、一体どうゆうことでしょうか?」
「ふざけたこと言いやがって……」
大和は地面を蹴って飛び上がった瞬間、紅虎の顔面に向かって横蹴りを放った。
しかし、この程度の攻撃は別に大したことがなかったのだろう。紅虎は目を瞑りながら大和の飛び蹴りをギリギリの間合いで避けてしまう。
(……この程度の蹴り、当たるどころか掠りもしませんよ)
「……甘ぇんだよ!」
だがこれだけで終わりではない、一撃目の蹴りを避けられたあとに、大和は身体を捻らせて横に一回転すると、もう一度空中で蹴りを放った。
「……ほう」
空中で二回目の蹴りが繰り出されるとは思ってもいなかったのだろう。紅虎は防ぐことも避けることもできず、そのまま大和の放った蹴りが紅虎の横腹に見事命中した。
しかし、このまま蹴りを深く押し込んで、紅虎の横腹を抉ろうとした瞬間、大和は無意識にある違和感に気付いた。
紅虎の身体が異常に軽かったのだ。蹴った重みは無いに等しく、まるで宙に舞うビニール袋を蹴っているような感覚だった。
「……どうやら甘かったのは、そちらの方ですね」
それに対して紅虎は横腹を抉られそうになった瞬間、身体を何度も横回転させて攻撃を受け流すと、それと同時に身体の回転力を利用して、大和の顔面に向かって回し蹴りを放った。
「……なっ!?」
無論、紅虎の放った回し蹴りを回避する余裕と時間は刹那ほどにも無く、そのまま何もできずに大和は回し蹴りを顔面にモロに喰らい、頭が跳ね上がって意識を失いかけた。
そして、回し蹴りの威力が凄まじかったうえ、宙と言う不安定な場所にいたせいか。回し蹴りを受けた直後に大和の身体はそのまま横に向かって数メートルほど先まで吹き飛んでいった。
それから宙に舞っていた大和の身体が地面に叩きつけられたあと、追い討ちをかけるかのように壁に激突してしまう。
攻撃を完全に受け流し、更にその威力を利用してカウンターを繰り出す、もはや人間業ではない。
「まさか高級技を使ってしまうとは思いもしませんでした。私も大分衰えていますね」
紅虎の繰り出したカウンターは相手の力を最大限利用した技術であり、言わば自分で自分の攻撃を喰らったようなものだ。
いくら頑丈な大和でも今のカウンターを喰らえば完全に意識を断たれ、当分の間は起き上がってこないだろう、と紅虎は思っていた。
しかし、大和は意識を失っているどころか、まだ闘えると言わんばかりに、倒れた。自分の身体を起き上がらせようとする。
「ほう……あのカウンターを受けて立ち上がるとは、大分タフになっていますね」
「…がはっ!…がはっ! 今の技は一体なんだ?」
「今の貴方には絶対に習得できない技術です。それに、教えたところでどうもなりません。」
師匠とはいえ自分を軽視したことが許せなかったのだろう。大和は怒りのあまりに形相を変え、意地でも立ち上がってやると言わんばかりに歯を食い縛りながら全身に力を注いだ。
「図に乗りやがって」
それから立ち上がってすぐ、大和は両腕を顔の前で揃えると、上半身を上下左右に振り動かしながら、紅虎との間合いを縮めて来る。
(……デンプシーロールですか、随分と浅薄な技を使うようで)
デンプシーロールとは、ウィービング(上半身を上下左右の軌道で振り続け、的を絞らせないようにする防御法)を行い、身体が戻ってくる反動を利用して左右の連打を叩き込むボクシングの技術。
そして紅虎の予想通り、攻撃が当たる射程距離範囲まで近づいてくると、大和は左右の連打を何度も繰り出してくる。
(……やはり単調で読みやすい攻撃。この程度の技術で私を倒せると思っているのですかね)
かなり余裕があったのだろう。このとき紅虎は慢心しており、これからの大和の攻撃手段をまったく予想していなかった。
左右の連打を放っていた最中、大和はウィービングと連打を突然止めると、膝を曲げて腰を落とし姿勢を低くする。
そして、低い姿勢のまま大和は地面に両手を着けながら右足を伸ばすと、紅虎の足首を目掛けて瞬時に足払いを仕掛けた。
だが、その足払いも紅虎にしっかりと決まりはするが、またしても大和は異様な軽さと嫌な予感を感じ取ってしまう。
そして案の定、足払いをされた紅虎は転ぶことはなく、空中で何度も横に転回して、威力を少しずつ吸収してしまった。
「ちっ……またかよ!?」
完全に受け流されているせいか、俺の攻撃がまるで通じていない。
それから紅虎は自分に掛かっていた回転がある程度弱まると、何事も無かったかのように余裕を持って両足で地面に着地をした。
「しかし残念ですね、必死に鍛えてその程度とは……これなら以前闘った時の方がマシでしたね」
「なんだとっ!!?」
「これは性格の現れとも受け取れますが、動きや技術に無駄がありすぎです。いえ、これは技術と言うのも嘆かわしいですね」
「なめやがって」
自棄になった大和は何の策も考えなければ構えも取らずに、ただ大振りに拳を振るう。
それに対して、紅虎は攻撃を受け流すと同時に、疎かになっている大和の片足を軽く払った。
そして大和の体勢が少し崩れて、ガードが緩くなった瞬間、紅虎はガラ空きになった大和の腹部に向けて鎧通しを躊躇なく放つ。
「………ぐっ!!」
「そういうところですよ」
しかし以前とは違って、腹部の激痛に苦しみ吐血はするものの、大和の膝が崩れ落ちることはなかった。
常軌を逸した鍛練を行った賜物なのか、明らかに大和の肉体の耐久力が格段に上がっている。
「大和……貴方は身体的には確かに強くなりました。 ただその一方で精神的にも技能的にも劣化していることを感じます」
「ふざけんじゃねぇ!! 俺は強くなっているんだ! 力も技術も……前よりも格段に身に付けたんだよ!」
耐え難い痛みを堪えながらも、大和は力を振り絞って紅虎に右ストレートを放つ。
しかし至近距離とはいえ、大和の打撃が紅虎に当たることは決してなく、ただ哀れんだような目で紅虎に見られるだけだった。
「もう冷静な判断が出来ないのですか? 限界まで自分の肉体と精神を追い詰めて、そのまま破滅するつもりですか?」
「んなこと知ったことじゃねぇ!! 俺は強くならねぇといけねぇんだ!! もう誰にも負けないぐらい強くならねぇと………」
そうだ、誰よりも強くならなければいけない。もう誰にも負けちゃいけねぇんだ。例え自分の肉体が破滅に向かっていたとしても。
「では聞きますが、貴方は何のために強さを求めているのですか? そして何を失いつつあることを理解しているのですか? それがわからないのであれば、到底の事ながらそれ以上は強くなれませんよ」
「……なっ?」
このとき大和は何のために強さを求め、そして自分が何を失い欠けているのかわからなかった。
俺はこの一週間、強さと力だけをひたすら追求してきた。だが、何のために強さを求めているなんてわからない。いや、そもそも考えたこともない。
「忠告しておきますが大和、守る者を失い、強さのみを求めて修羅の道を歩む者の限界なんて底が知れています。 今の考え方を改めたほうが良いと思いますよ」
戸惑う大和に対して、紅虎は容赦も躊躇いもなく貫手を仕掛けた。
そして紅虎の放った貫手は鍛えようのない大和の喉に突き刺さった。
「……あがぁっ!!」
「大和……本当は自分でもわかっていますよね? 貴方に取って幽々子さんがどれだけ大切な者であり、守るべき者かを?」
「……がはぁ……がはぁ……」
貫手で喉を突き刺されたせいで、大和は上手く呼吸ができないうえ、喉に走る苦痛も尋常ではなく、今すぐ地面に倒れて転げ回りたいほどだった。
しかし、紅虎の声ははっきりと聞こえていた。そして耐え難い痛みに苦しんでいる中で、紅虎の言葉が大和の胸に深く突き刺さっていた。
さっきまで怒りの形相をしていた大和の表情は少しずつ沈んだ表情へと変わる。
「良いですか大和、失って大切だと気付いてからでは遅いのです。何故なら、もう二度と戻ってこないのですから」
「……はぁ……はぁ……そうなんですか……わかりました。 そして、ありがとうございます。 微かですけど、ようやく自分の目的がわかったような気がします」
そうだ。頭では考えもしていなかったが、俺はあのとき、幽々子さんと初めて出会った時、無意識に幽々子さんを守ろうと決めてたんだな。
それが今はどうした? その守るべき者に負かされて大恥かいて、もう二度と負けないようにと馬鹿みたいに身体鍛えて、その結果何もかも捨て去ろうとしてる様だよ。
そう考えたら、この闘いの事なんて、どうでも良くなっちまったな。紅虎さんには悪いけど、この組手で俺はもう闘わない。
「紅虎さん、申し訳ないけど止めを刺してくれ。もう俺に闘う気力も力もねぇからよ」
「安心しなさい、最初からそのつもりですよ。」
そう言うと紅虎は大和の顔面に向かって右ストレートを放った。
そして、紅虎の放った拳が大和の顎先に掠めるように当たると、そのまま大和は意識を断ち切られ、その場に呆気なく倒れてしまった。
倒れた大和を前に、紅虎は呆れたような表情を浮かべながら呟いた。
「まったく……もう入ってきても大丈夫ですよ」
そう紅虎に言われると、扉を開けて道場の中に幽々子が恐る恐る入ってきた。
自分のせいで大和が傷付き、顔合わせすることができないと思っていたのだろう。
申し訳なさそうな表情を浮かべる幽々子に対して、紅虎は優しく声を掛けた。
「怯えることは無いですよ幽々子さん、この通り大和は気を失っているので」
「大和は大丈夫なのかしら?」
「えぇ、少々苦痛を与えてしまいましたが、鍛えてたので大丈夫でしょう。 部屋で寝かせておけば時期に目覚めると思うので」
「それなら私が大和を連れて行きます」
そう言うと幽々子は気を失っている大和を軽々と持ち上げて、おんぶするように背負った。
このとき予想外の事だったのだろう。その場にいた紅虎は思わず唖然とした表情を浮かべてしまった。
「紅虎さん、どうかしました?」
「幽々子さん貴女……意外と力持ちなんですね」
「そうかしら? 私は普通だと思いますが」
紅虎からしてみれば、気を失っている人間、況してや大柄な体格の大和を軽々と持ち上げるなんて、並みの女性ができることではない。
並外れた剣術と良い、この身体能力と良い、やはり幽々子はわからないことが多すぎる女だ。
「それじゃあ、私は大和を寝室に連れていきますので」
「えぇ、後は頼みましたよ」
そう紅虎に言われると幽々子は大和を背負いながら道場を退出した。
二人が道場からいなくなると、残された紅虎は深く溜め息をつき、呆れたような表情を浮かべながら独り言を喋った。
「まったく、あの二人には色々と驚かされますね。」
特に大和の肉体の成長速度には驚かされた。短期間であそこまで力を付けるのは、並大抵のトレーニングでは出来ないことだから。
だが、ひとつだけ残念だったと思ったのが、技術面と精神面が以前よりも劣化していたところか。
「まぁ、今後の成長に期待をしてみましょう」
そう呟くと、これからの大和の成長に期待をしていると言わんばかりに、少し笑みを浮かべながら紅虎も道場を出ていった。