古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
紅虎の制裁が終わってから数時間が経過し晩になった頃のこと。
目を開けてみると、最初に写り込んだ景色は長年見てきた自室の天井だった。
目を覚ましたした瞬間、まるで飛び上がるかのように大和はベットからすぐさま起き上がる。
そして部屋の周りを見渡すと、傍に幽々子がいることに気がついた。
突然、起き上がった大和を見て、幽々子は多少びっくりしたような表情を浮かべる。
「なんで俺の部屋にいるんだ?」
驚いている大和の質問に対して、幽々子が冷静に答えてくれた。
「私が部屋に運んだのよ、無断で入ってごめんなさい」
いや、幽々子さんが俺の部屋に無断で入ったことなんて今はどうだっていい。 そんなことよりも、どうして俺がベッドで寝ていたのか、それが思い出せない。
それから冷静になって少し間考えると、大和は自分が気を失う前に紅虎と戦っていたことを、そして敗北したことを思い出した。
その時の大和の表情はとてもしんみりとしており、悲しいと言うことが一目でわかるほどだった。
「そうか……負けたんだな俺、紅虎さんに……」
「……うん」
そう言うと、それに対して幽々子は申し訳なさそうな表情をしながら頷く。
まぁ今考えてみれば、紅虎さんに勝てるわけがなかったんだよな。
自分なりに必死で強くなったと思ったけど手も足も出なかったな、やっぱり紅虎さんの強さは次元が違いすぎるな。
二人は何も話さず、無言の時間が少し続くと、大和が口を開いてこう言った。
「その……悪かったな幽々子さん。」
「……えっ?」
幽々子から目を逸らすも、大和は申し訳なさそうな顔をしながら人差し指で頬をポリポリと掻いた。
「俺さ、昔から負けず嫌いでよ。それで……ついムキになっちまったんだ。」
長い間、師匠の紅虎さんと兄の武尊以外の相手に負けたことがなかったうえに、守るべき存在である幽々子さんに負けた自分が許せなかった。
負けを告げられたときも、俺の中には幽々子さんに対する嫉妬と憎悪が満ち溢れた。
守るべき者とはいえ、幽々子さんに負けないように、そして紅虎さんが認めてくれるように、全てを放り投げてトレーニングを必死で続けた。
「自分を忘れるぐらい嫉妬して、馬鹿みたいに鍛練して、気が付けばこんな身体になっちまってよ」
短期間で肉体は大きく変化し、力も以前より遥かに強くなった。正直、あのときは日に日に蓄えられていく自分の強さに慢心していて、誰にも負ける気がしなかった。
だが、それは誤りだった。俺の得た強さは偽りの物であり、本当に俺が欲した強さではない。 ただ自分が強くなっていると錯覚していただけだ。
とある偉大な詩人がこんな言葉を残している。『慢心は人間の最大の敵』だと。
「おまけに紅虎さんに言われるまで、俺は大切なものを失い欠けていることに気づけなかった。」
今まであまり自覚していなかったが、幽々子さんは俺にとって守るべき人であり大切な人だ。それに気付いたのは、ついさっきの事だけどな。
肉体もプライドもズタズタにされた上で負けた紅虎さんとの闘った。しかし別に何の後悔もない、寧ろ良かったと思う。
その理由は、これをきっかけに決意したことが一つだけあったからだ。
「紅虎さんを越える目標は変わらねぇ、だけど俺は大切な人を守るために強くなってやる。
それに、例えどんなことがあっても、もう二度と大切な人を裏切りはしない。」
もう二度と幽々子さんを裏切らない、そして置き去りにもしない。そう大和は堅い決意をしていた。
ようやくわかったような気がする。俺に足りなかったもの、それは掛け替えのない大切な人を、大切な人を守るために強くなろうとする意思だったんだ。
それに対して幽々子は今までの経験や発言から察して、大和が言っている大切な人とは自分の事だと気付いたのだろう。
幽々子はにっこりと優しく微笑み、大和に対して素直にお礼の言葉を告げる。
「ありがとう大和、とても嬉しいわ。」
「……へっ、そんな素直に礼を言われると、ちょっと恥ずかしいな」
見つめてくる幽々子から目を逸らすと、大和は頬を赤らめて恥ずかしそうな表情を浮かべる。
それから、大和が照れている最中に何かを思い出したのか、幽々子は落ち着きのある表情で大和に話しかける。
「そういえば大和」
「……なんだ?」
「大和の好きな人って誰なの?」
そう聞かれた瞬間、大和の顔は真っ赤になった。
何を言われるのかと思えば、いきなり自分のことが好きなのって、そんなド直球なことを言われたのは生まれてはじめてのことだった。
だが、いずれは本人言うべきこと、今吐いちまって楽になったほうが良いと思った大和は勇気を振り絞って言った。
「そっ、それは幽々子さんだよ、なんか文句あるのか?」
「ううん、私も大和のこと好きだから」
「そっ……そうか……」
そう幽々子にド直球で言われると、大和は照れると同時に心の中で安心した。 生まれてはじめてできた好きな人と相思相愛だったことがとてと嬉しかったのだ。
「幽々子さん、俺と一緒に…………」
「よぉぉっ!!! 大和!! 元気にしてるか!!?? あっはっはっはっはぁっ!!!!」
まるでムードをぶち壊しに来たと言わんばかりに酒瓶を片手に草薙武尊が何の前触れもなく大和の部屋に突入してきた。
しかもドアをノックせずにそのまま入ってくる始末、思春期の男の子には決してやってはいけないこと平然とやり遂げてくる。 それが草薙武尊である。
しかし幽々子を見た途端、武尊は急に冷静さを取り戻して申し訳無さそうにしながらも幽々子に近づいて頭を下げる。
このとき幽々子は近寄ってきた武尊から漂う濃厚なアルコール臭を鼻で感じ取ると、武尊のテンションが妙に高いのは、酔っ払っていたからだということをすぐに理解した。
「あら、ゆゆちゃんもいたのか、これは失礼………なんて思わねぇけどなぁ!!! はっはっはぁっっ!!!」
「……はぁ〜」
もはやテンションの上がり下がりがわからなくて手のつけようが無い。流石の大和も怒りを通り越して呆れ果ててしまう。
何故、こんなにも武尊のテンションがハイになっているか、それは酒をガバガバと大量に飲んでいるからである。 その証拠に武尊の口や身体からは濃厚なアルコールの匂いがプンプンと漂っている。
ちなみに大和は酒やアルコールの匂いが大の苦手であり、武尊からアルコールの匂いを感じ取った瞬間に口や鼻を上着の袖で覆って匂いを嗅がないようにしている。
「兄貴てめぇ、また悪酔いするまで酒飲みやがったな」
「うるせぇ〜な大和、まだ二十升も飲んでねぇ〜よ……ヒック」
「それが飲み過ぎだって言ってんだよ!!」
今は悪酔いしているとはいえ、この通り常人を凌駕した大酒豪の兄貴である。恐らく武尊と対等に飲み合えるのは大酒豪でお馴染みの鬼ぐらいしかいないであろう。
ちなみに俺や和生は酒に非常に弱く一切飲めない。 和生と俺はともかく、酒のことに関しては本当に武尊は同じ腹から生まれた兄弟なのかと思ってしまう。
「それで兄貴、今日はなにをしに俺の部屋にやってきたんだ?」
「理由なんて特にねぇよ、ただ一人で飲んでいるのが寂しかったから、誰かにちょっかい掛けてやろうと思ったんだよ、そしたらちょうどお前の部屋を通ったからからかってやろうと思ったらこのざまだ!! どうだ思い知ったか!? あっはっはっはぁっ!!!」
「相変わらず悪質だな」
況してや武尊には一切の悪気はないので余計に質が悪い。
絡まれるのが嫌なら追い返せば良いと思うだろう。しかしそれができれば苦労はしない、仮に無理やり追い出そうとしても、普段よりも数倍武尊は強くなっているので返り討ちにされてしまうのだ。
以前、今のように悪酔いした武尊が襲撃してきて、追い返そうとしたのだが、まじで酔拳でも使っているのではないかと思ってしまうほどに強かった。
だから武尊を穏便に立ち去らせるためには、本人の気が済むまでここに居座らせる、もしくは女の尻を追っかけ回ささせるしか方法はない。 いや、それ以外の方法があれば是非とも教えてもらいたい。
「ところでよ、なんで口と鼻を覆ってんだよ!?」
口と鼻を覆っていた上着の袖を引き剥がされ、武尊の周囲に漂うアルコール臭を大和は嗅いだ瞬間。
身体中がポカポカと温まる、それと同時に景色がドロドロに歪み平衡感覚も狂い出してきた。正常な思考ができず、逆上せたように頭もくらくらとしだした。
そう、大和は酔っ払ってしまったのだ。
和生もそうだが、大和は酒を飲むどころか匂いすら嗅げないほどアルコールに弱い体質なのである。 だから武尊が酔っ払っていたことに気づいた瞬間、匂いを嗅がないように口て鼻を上着の袖で覆っていたのだ。
何の術もなく大和は目を回しながらベッドに仰向けで倒れてしまう。 そして朝日を迎えるまで決して起きることはないだろう。
そんな変な倒れ方をした大和を見て心配したのか、幽々子は大和に寄り添って大丈夫なのか様子を見る。
「ちょっと大和、大丈夫!?」
大和は顔を真赤にして目をグルグルと回していた。 完全に酔っ払っていたのである。
取り敢えず命に別状は無いことに気づくと幽々子は一安心する。 しかしそれと同時に驚いた、まさか大和がお酒を飲むどころか嗅ぐこともできないなんて思いもしなかった。
ぶっ倒れた大和を見ながら武尊は酒瓶に入っていた酒をラッパ飲みする。
「なんだよ潰れやがって、つまんねぇな」
呆れたような表情を浮かべながら、武尊は大和の部屋から立ち去ろうとした。
「じゃあな〜 二人共、仲良くしろよ」
無論、ぶっ倒れた大和は何の反応もしない。 しかし、それでも尚、武尊は上機嫌で部屋から出ていった。
文字通り嵐のように現れてムードを無茶苦茶にした挙げ句、何の罪悪感もなく立ち去ってしまった武尊、大和や幽々子からしてみれば大きな迷惑なことだ。
「ねぇ大和、しっかりちょうだい」
しかし大和は目を覚まさない。 完全に爆睡している状態だったのだ。当分は目を覚ますことはないだろう。
すると、何かを思いついたのか、幽々子は何か閃いたような表情を浮かべると。
「そうだ。 一層のこと今日は……」
何かを良からぬことを考えたかのように、幽々子は小悪魔的な笑みを浮かべると、そのまま自分の思いついたことをすぐに実行した。
そして、それは夜が明けるまで大和は気づくことはないことだった。