古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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三十話 護る者として

 翌日のこと、時間にして朝の四時半くらいに大和は目を覚ました。

 

 酔っ払って爆睡したおかげか眠気が無い。今回はまるで十時間熟睡して目覚めたかのように目が冴えている。

 

「今日はなんかぐっすり寝たな〜って、ん??」

 

 起き上がってからすぐに自分の寝ていたベッドから普段とは異なる異変に気が付いた。

 

 それは布団の中から自分のとは全く違う、別の温もりを感じたのだ。

 

「なんか……妙に布団の中が暖かいな」

 

 自分の眠っていた布団の隣に何かいる。 そう思って大和は恐る恐る布団を捲って見ると、そこには何故か眠っている幽々子がいたのだ。

 

「……………っ?!?!?!?!?」

 

 大和の心臓の鼓動は飛び跳ねるように高鳴り、顔を真っ赤にして驚いた。 それも無理はない。知っている人物とはいえ、自分のベッドに女の子が寝ていたのだから無理もない。

 

「なんで!? なんで俺のベッドに幽々子さんが!?」

 

 状況がまったく理解できなかった。 唯一わかることは何故か幽々子が俺のベッドで一緒に寝ていることだけだ。

 

 冷静になれ俺、思い出すんだ。確か昨日の晩に俺は酔っ払った武尊の馬鹿野郎にアルコール臭を嗅がせられてぶっ倒れたんだ。そこからの記憶は微塵も残っていない。 だが、恐らくはそのまま爆睡していたのは確かだ。

 

 だが、わからない。どうして幽々子さんが俺のベッドにいたのか、俺がぶっ倒れたあの後なんで自分の寝室に戻っていないのか、それが一番わからない。

 

 取り敢えず冷静になって落ち着くと、大和はベッドから脱出するように抜け出して、幽々子を一人で寝かせる状況を作った。

 

「もしかして夜這いってやつか? でもなぁ」

 

 俺も幽々子さんもしっかりと服を着ている状態だし、況してや幽々子さんがそんなことをするような人とは思ってもいない、それは有り得ないことだろう。 いや、俺は酔っ払ってたのだからもしかしたら。

 

 そう考えると大和は物凄い罪悪感に襲われる。 自分は取り返しのつかない、とんでもないことをしてしまったのだと、ひどく自分を責め立てた。

 

(………俺のバカ野郎が、なんてことしたんだよ)

 

 落ち込んだ表情を浮かべながら大和は部屋から出ていく、そして向かった先は茶の間の隣にある縁側だった。

 

 少しでも罪悪感を消すために朝日を見つめて気を紛らわそうとしたのだ。 そうすれば心も和やかになると思うし、余裕が生まれると思ったからだ。

 

 そして案の定、朝日を見つめているとなんだか嫌なことも忘れれるような気がした。 昨日武尊がやってきたことも、幽々子さんがどうして俺のベッドで寝ていたのかも、そんなことはなんだかどうでも良くなってきた。

 

「なんか……朝日が綺麗だな」

 

 茶の間の隣にある縁側で立ち昇ってきそうな朝日を見つめていると、襖を開けて和生が茶の間にやってきた。

 

「よう兄貴、朝っぱらからなに黄昏れてんだよ」

 

「和生、お前も起きてたのか、珍しいな」

 

「あぁ……酔っ払った大兄貴がよ………俺の部屋に来たんだ」

 

「……あっ(察し)」

 

 どうやら和生も俺と同じく武尊の犠牲者になったらしい。

 

 後々聞いた話だと、俺がぶっ倒れたあのあとに武尊は両手に酒瓶を持って和生の部屋に襲来してきたようだ。 どうして酒瓶が増えているのかは気にしないでおこう。

 

 それからはいうまでもなく、和生は武尊から漂う濃厚なアルコール臭を嗅いでぶっ倒れたらしい。 こいつは本当に俺の兄弟なんだなって改めて思った。

 

「大兄貴のあの悪い癖、どうにかならねぇかな? 毎回やられるとこっちの身が持たねぇんだよ」

 

「絶対に無理だろうな、馬鹿が死んでも治らないように、あれも死んでも治らないことだ」

 

 と何かを悟ったような口調でそう言ってくる大和。

 

「それもそうか、考えた俺が馬鹿だったよ」

 

 酒を馬鹿みたいに飲む癖は決して治らない。 何を言おう武尊は大の酒好きで、禁酒が大嫌いだからだ。例え天変地異が起きようとも武尊は酒を飲むことを決してやめないだろう。

 

 大和も和生も完全に諦めていた。 この屋敷にいる限りは武尊の悪酔いとずっと付き合わなければならない。 正直どうにかして欲しいが、これは災害だと思って我慢するしか方法はない。

 

「ところでよ兄貴、何で朝日なんて眺めていたんだよ?」

 

「うん、色々とあったんだ……ほっといてくれ……」

 

「そっ、そうか……兄貴も大変だな」

 

 何か澄ましたような顔でそう言ってくる大和を見て察したのだろう。和生は余り深入りはしてはいけないと思い、それ以上は何も聞かなかった。

 

「さて、朝日を見てさっぱりしたことだし鍛錬するか」

 

「大丈夫かよそんな状態で、本当に鍛錬できんのかよ?」

 

「良いんだ。 身体動かせば忘れると思うから」

 

(本当に何があったんだよ兄貴)

 

 鍛錬をするために、その場から立ち上がって縁側から出ていく大和、無論向かった先は外だった。終始澄ましたような表情だったが、本当にあの状態で鍛錬できるのかと、和生は若干心配していた。

 

「俺も部屋に戻って本読むか」

 

 そう言って和生も茶の間からいなくなり自分の部屋に歩いて戻っていくのであった。

 

 

 

 

     《〜少年鍛錬中〜》

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 数時間後、なんとか鍛錬が終わり、いつものようにみんなの朝食を作って茶の間に用意する大和。

 

 そして間もなく朝食の匂いに釣られたかのように幽々子がいち早く欠伸をしながら茶の間に歩いてやってくる。

 

「おはよ〜大和」

 

「おっ、おはよう幽々子さん」

 

 幽々子から目を逸しながらもあいさつをする大和。

 

 それも無理はない。今の大和としては幽々子と話すどころか目を合わすことすら気不味かった。こうして顔を合わせていることが奇跡とも言える、正直大和は今すぐこの場から走って逃げ出したいと思っていた。

 

 大和の異変にすぐさま気付いた幽々子は何の躊躇もすることもなく質問してくる。

 

「どうしたの?」

 

「なっ、何のことだ?」

 

「惚けないの、なんか様子が変よ」

 

 俺の様子がおかしいことが完全にバレている。もはや言い逃れることも逃げることもできないだろう。 感が良いというか察しが良いというか、幽々子さんの洞察力は侮れないことに気付いた。

 

 もう隠すことは諦めたのか、深くため息をついた後、覚悟を決めたかのように大和は素直に話した。

 

「ごめん幽々子さん」

 

「何で謝るのかしら? 何か悪い子としたの?」

 

「意識がなかったとはいえ、俺幽々子さんに変なことしちまったかもしれない。」

 

 嫌われる前提で素直に言った。だがこれで嫌われても無理はないだろう、俺は人としてやってはいけないことをやったかもしれないのだから。

 

 そう言うと、大和の様子が妙に変だった理由を察したのか、幽々子は微笑みながら大和を見つめ直してこう言った。

 

「なんだ、そういうことなのね」

 

「……えっ?」

 

「大和は別に何もしていないわ。 あのあとぐっすり眠っちゃったから」

 

「そっ、そうなのか?」

 

「うん、だから変に気に病まないで。」

 

 そう言われると大和は安心すると同時に、身体の力が一気に抜けて両膝を地面に付けた。 どうやら安心して気が抜けたようだ。

 

 それは良かった、俺は幽々子さんに対して何もやっていなかったのか、それならそんなに気に病まなくても良かったじゃないか、今思うと本気で罪悪感に浸っていた自分が馬鹿みたいだ。

 

 悩み事が一つ消えてなくなると、次に疑問になったことが生まれた。 それは……

 

「なんで幽々子さん、俺のベッドで寝てたんだ?」

 

「そっ、それわねぇ……」

 

 大和から目を逸し、言葉が詰まる幽々子。

 

 言えなかった。まさか大和と一緒に寝たかったなんて口が裂けても言えない。況してや自分のせいで何かやらかしたと思って気に病んでいたから言えないのは尚更だった。

 

「もう、別に良いじゃないの。それとも私の寝るのが嫌だったのかしら?」

 

「いや、そういう訳じゃ……ねぇよ」

 

 顔を朱に染めてそういう大和、どうやら幽々子と一緒に寝ていたことは満更でもなかったようだ。

 

 別に一緒に寝るのが嫌ではない。寧ろ最初は驚いたとはいえ、冷静に考えてみれば好きな人と一緒に寝れたのだから、これ以上に嬉しいことはなかった。

 

 顔を赤くしている大和を見て面白いと思ったのだろう。幽々子はニコニコとイタズラ顔を浮かべながら上目遣いで大和を見つめてくる。

 

「なんで顔を赤くしてるのかしら?」

 

「なっ、何でもねぇよ」

 

「本当かしらね?」

 

「あぁ、それより飯にしようぜ、腹減ってるだろ?」

 

 話をどうにかして逸らそうとする大和。このとき本当に恥ずかしくて心臓が張り裂けそうになってしまいそうだった。

 

 これ以上いじわるしても大和が可愛そうだと思ったのだろう、それにお腹が減っているのもの事実、幽々子は上手く避けられたなと言わんばかりに納得いかないような表情を浮かべながら言った。

 

「それもそうね、頂こうかしら」

 

 朝食を食べるためにちゃぶ台の前に座る幽々子と大和、今日も色とりどりの料理が置かれており、大食である幽々子の胃袋を満足させるには十分な量があった。

 

 二人は両手を合わせると。

 

「「頂きまーす」」

 

 箸を片手に持ち、もう片方の手にはご飯が盛られた茶碗を持つ。 二人は誰に邪魔されることもなく平和に朝食を食べるのであった。

 

 

 

 

 

       《〜少年少女食事中〜》

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 数十分後、二人は朝食を食べ終える。

 

 ちゃぶ台の上には皿や茶碗のみが置かれており、ごはんやおかずを一つも残すこともなく綺麗に食べられていた。

 

「「ご馳走様でした。」」

 

「幽々子さんは寛いでいてくれ、俺は食器片付けるから」

 

 朝食を終えると大和は食器を片付ける。 そして食器や茶碗を洗うために両手で食器を持ちながら茶の間を出ていき、台所へと歩いて向かった。

 

 台所へ到着すると両手に持っていた食器や茶碗をシンクに置いて食器を洗い始める。

 

 黙々と食器を洗っていると、何時からいたのかはわからないが、突然背後から誰かの気配を感じ取り、すぐさま大和は後ろを見た。

 

 大和の背後にいた人物、それは師匠である御巫紅虎だった。一体何時屋敷に入ってきたのかそれはわからない、だが神出鬼没はいつもの事のため突然現れても余程のことでなければ別に驚きはしない。

 

「なんだ、紅虎さんか」

 

「おはよう御座います大和、お元気そうでなによりです」

 

「おかげさまで、この通りピンピンしてますよ」

 

 まるで何かを見定めるように大和のことを見つめてくる紅虎。どうやら昨日と比べて精神的に安定しているのか、その変わりようを見ているらしい。

 

「どうやら守るべき者を見定めたようですね。」

 

「はい。」

 

「良いですか? もう一度だけ言いますが、愛しい人、大切な人から決して手を離してはいけません。 失ってからでは遅いのです。 それを忘れずに肝に銘じておきなさい」

 

 ニコニコしている笑顔とは打って変わり、真剣な表情でそう言ってくる紅虎。その言葉は非常に重みがあり、到底のことながら口を挟むことなんて決してできないことだった。さらには重圧も感じ、常人なら目の前にいるだけで身動きが取れないほどだった。

 

 今までであれば重圧で押し潰されて何も言えなかっただろう、だが今の大和は違う、自分の言うことは既に決まっていた。

 

「もう大丈夫です。 俺は幽々子さんを守る、例えこの命に変えても、そう心に決めましたから」

 

 何の混じり気もない大和の純粋な言葉に嘘は微塵もなく、文字通り愛する者、大切な人のためなら本当に命を投げ出しても構わない、と言わんばかりの真剣な表情と真っ直ぐな心だった。

 

 そんな大和の言葉を聞いてもう大丈夫だと安心したのか、紅虎から放たれていた重圧は消え去り元の笑顔へと戻った。

 

「それなら良いんです、その言葉を忘れてはいけませんよ」

 

 そう言うと紅虎は大和に背を向けてこの場から立ち去ろうとする。恐らくもう自分から言うことは何も無いと思ったのだろう、そう背中が物語っていた。

 

「………成長しましたね大和」

 

 そう呟くと紅虎は歩いて台所から立ち去っていた。

 

 しかしその呟きはあまりにも小声で聞こえづらく、大和には雑音程度にしか聞こえなかった。

 

 しかし嬉しかった。珍しく紅虎さんが俺のことを肯定してくれんだから、普段なら口答えは許さず、何なら説教してくるのに、今日は久々に俺のことを褒めてくれたのだ。

 

 大和は再び食器を洗い始める。今日は何をしようか、幽々子さんと何処に行こうか考えながら。

 

 

 

 

 

      《一方、武尊の部屋では》

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 大和が台所で食器洗いをしている最中、紅虎は武尊の部屋に訪れ、大和に関する情報を早速伝えていた。

 

 部屋は和室で他の兄弟たちの部屋とは異なり床は畳である。寝床である布団があるのはもちろんのこと、壁には日本刀や脇差し、長巻や薙刀、和弓や手裏剣など主に古武術で扱う様々な武器が飾られていた。

 

 床には数十本はあるであろう、大量の一升瓶が無造作に置かれており、部屋の主の酒豪振りがよく分かる。

 

「私が思ったとおり、大和は守るべきものを見つけましたよ」

 

「そうか、大和も変わっちまったか」

 

 師匠である紅虎は弟子が成長したことに表情では表さないものの、心のどこかでは嬉しいと感じていた。一方、兄の武尊は弟が変わってしまったことが嬉しいような悲しいような、どうにも表せない複雑な感情を抱いていた。

 

「どうですか? 変化した大和は貴方に勝てそうですか?」

 

「紅虎さんも人が悪いな、あいつは俺には勝てねぇよ、例えあんたの技術を全て叩き込んでもな」

 

 慢心でもなければ自惚れている訳でもない、それは変わることのない事実だ。あいつがどれだけ変化しても、どれだけ強くなっても、俺には決して勝てない。

 

 武尊の揺るぐことのない自信と自分が持つ膂力への絶対的な信頼、それは紅虎も理解していた。残念ながら弟子である大和はどんなに力や技術を付けても武尊はもちろんのこと自分には勝つことはできない、そう確信していた。

 

 しかし同時に気になった。どうすれば武尊に勝てるのか、どうすればこの男を打ち負かすことができるのか、紅虎はそれが気になった。

 

「それじゃあ貴方を打ち負かすには、どうすれば良いんですかね?」

 

「簡単なことさ、あんたみたいに何でも真似できれば勝機はある。 まぁ、あの不器用にはできないことだけどな」

 

 俺の心技体は大和を遥かに凌駕している。故に俺の技術をあいつは時間を掛けて習得することも瞬時に真似することも出来ない。もしできる人物がいるとすれば、それは御巫紅虎ただ一人のみ。

 

「大和なんて端っから認めねぇし眼中にもねぇよ、俺が認めているのは紅虎さん、あんただけだ。」

 

「それは買い被りではありませんか? 私はただの医者であり、小さな武道の指導者ですよ」

 

「今更惚けんじゃねぇよ、俺と同じ領域(・・・・・・)に足を踏み入れているやつが普通な訳あるかよ、それにあんたの強さは俺と同等……いや……それ以上のものを持っているはずだ。」

 

 自分で言うのもなんだが俺の強さは比類なく、怪物的な身体能力を持っている。その証拠に『怪童』と呼ばれている弟の大和を軽々とあしらい、倒すことができるのだから。

 

 その俺と同等、もしくはそれ以上の能力を秘めている御巫紅虎は本物の化け物と言える。恐らく対等に闘えるのは俺以外だとこの世には存在しないだろう。

 

「そう言うことにしておいてください。 ただ、貴方が思うよりも私は弱い人間ですよ」

 

「はぁ? どうゆうことだ」

 

 何故強い能力を持っているのにも関わらず、自分は弱い人間だとはっきり言うのか、武尊にはその意味がさっぱりわからなかった。

 

 武尊と話している最中、紅虎は腕時計をふと見てあることに気がつく。仕事の時間が迫っていたのだ、あと数十分後には自分の仕事場である御巫医院を開かなければいけなかったのだ。

 

「これから仕事があるので、私はこれにて失礼します。」

 

「あぁ、情報ありがとな紅虎さん」

 

 お辞儀をしたあと紅虎はそっとドアを開けて部屋を出ていく。

 

 そしてドアが閉じ、紅虎が部屋からいなくなると、武尊はニヤリと笑みを浮かべながらこう呟いた。

 

「そうか、あいつも強くなったか。これは見ごたえがありそうだな」

 

 闘う相手としては眼中には無いが、成長することには期待はしている。なにせ血を分けた兄弟だ。強くなって貰わなければ兄として困る。

 

 期待に胸を膨らませながら武尊は思った。 弟の大和は確実に強くなる、そして、いずれ俺達と同じ障壁にぶつかることを予感していた。

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