古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜   作:黒い小説家

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三十三話 八雲紫との遭遇

 公園で二人がお互いの愛を確かめ合ってから時間が経ち、翌日になったことのこと。

 

 大和はいつも通り数時間程度朝練をしてから、朝食を作ってみんなを呼び出す。ただ呼び出すとは言っても幽々子や武尊はその前に茶の間に来るが。

 

 みんな揃ったところで両手を合わせて『いただきます』をすると朝食を食べ始める。

 

 数分後に幽々子が茶碗のごはんを食べ終えると、大和に向かって茶碗を差し出してこう言った。

 

「大和、おかわり」

 

「んっ……」

 

 幽々子から茶碗を貰うと、大和は炊飯器を開けてから空になった茶碗にご飯を盛って幽々子に手渡した。

 

「ほらよ、幽々子」

 

「ありがとう」

 

 そう言うと幽々子は早速貰ったご飯を嬉しそうに頬張った。

 

 二人のまるで夫婦のような仲睦まじい光景を見て、和生がこう口に挟んだ。

 

「そう言えば兄貴、幽々子さんの呼び方変えたんだな」

 

「………へぁ?」

 

 何を言ってるんだこいつと言わんばかりに大和は目を丸くして思わず変な返答をしてしまった。

 

 一瞬、一瞬だけだが和生の言ってることがさっぱりわからなかった。なぜそんなことを聞くのか、別にどうだって良い事ではないかと思っていた。

 

「だって前まで『さん』付けで呼んでたじゃん、幽々子さんのことをよ」

 

 呼び方なんてどうだって良い、だがなんで急に変えたのかが気になる。昨日一体なにがあったのか、あの日の内になにがあったのかが気になるだけだ。

 

 それに対して、あの日の夜の事を色々と思い出したのだろう。大和は顔を赤くしながらも、どうにかして話を誤魔化そうとする。

 

「べっ、別にどうだって良いだろう。なぁ幽々子」

 

「うん、私はその呼び方で全然構わないわよ」

 

(……この二人になんかあったんだな)

 

 二人の仲は今日も良いな〜と遠目で眺めるように見ながら手に添えていた味噌汁をズズズーと啜る和生。

 

 まぁ、こうして二人を見てみると、昨日なにがあったのかなんて聞かなくても良くわかる。恐らく兄貴は幽々子さんに対する意識を変えたのだろう。護るべき人もしくは恋人か、どちらにしても兄貴にとっての幽々子さんは大切な人だということに変わりはなくなったのだろう。 

 

 そんな話をしていると、大和は茶の間に誰かがいないことに気づいた。

 

 大和がふと気付いたこと、それは幽々子、武尊、和生の三人は集結しているのに、師匠である御巫紅虎が朝食になっても茶の間に来ないことだ。

 

「そう言えば今日、紅虎さん来ねぇよな、どうした?」

 

 最近、朝食を一緒に食べることが多かったので、いつも通りの時間に作ったのだが、茶の間に来るどころか姿形すら見せない。

 

 一体どうしたのか?医者なので体調を崩すような人でもなければ、何事も遅刻するような人でもない。もしかして何かしらの事故に巻き込まれたのか。と思いきや。

 

「あぁ紅虎さんのことなら、二日酔いで今日は来ねぇよ」

 

「紅虎さん!?」

 

「まぁ俺と一緒に飲んでたから、ぶっ潰れるのも仕方ねぇよな。」

 

 武尊と酒を飲み合うなんて、そんなことは一般人がフードファイターと一緒にご飯を全力で食べるようなもの、並の人間だったらまず肝臓と胃がやられてしまう。

 

 それにしても驚いた。あの紅虎さんがお酒を飲むなんて思いもしなかった。お酒とは縁がない人だと思っていたが、普通に誰かと一緒に飲むんだな。

 

 それを思ったのは幽々子も同じだった。紅虎さんがお酒を飲むような人とは微塵も思っていなかったのだ。

 

「紅虎さんってお酒飲むのね」

 

「それは俺が言いたいよ。あの人がお酒飲むなんて」

 

 あの人がお酒を飲む光景なんて見たこともないし、なんなら飲む姿なんて想像もしていなかった。それにしても紅虎さんがどんなお酒を飲むのかが気になるところだ。

 

「まぁ驚くのも無理もねぇよな。紅虎さんが酒を飲んだものもつい最近の話だしな。なにせ俺が飲ませたみたいなものだからな」

 

 この人は一体なにをやらかしているのか、兄弟の師匠に、況してや二十歳と言う若さで年上の人にお酒を進めるなんてどうにかしているとしか思えない。

 

 大酒豪の兄に酒を飲まされるなんて地獄そのもの、恐らく吐いては飲まされ吐いては飲まされの繰り返しになったのであろう、想像するだけでも吐き気を及ぼす。

 

 紅虎さんは二日酔いになったと言っていたが、二日酔いで済んだのならまだマシな方だと言えるであろう。普通ならアルコール中毒になってもおかしくはない。

 

 そもそも酒自体を飲みたくはないが、酒が大の苦手な大和も和生、武尊とだけは絶対に飲みたくはないと思った。

 

「大兄貴、飲むのは良いけど大概にしてくれよな」

 

「大丈夫だって、俺も吐くまでは飲ますほど鬼じゃねぇよ。ただ俺に付き合ってくれるだけで良いんだ」

 

「「それが無理だって言ってんだよ!!」」

 

 このときばかりは大和も和生も息が合ってしまった。それも無理もない、それだけ武尊の酒の飲み方は危険だと本能で感じ取っていたからだ。

 

 そんな意気投合していた二人を見て、武尊も羨ましかったのか、少しばかり落ち込んだような表情を浮かべて二人を見つめる。

 

「なんだよ二人共、意気投合しちまってよ。 良いもーんだ、みのもーんた。俺はゆゆちゃんと酒飲みに行くからいいよーだ」

 

「………えっ?」

 

 その瞬間、何かピシっと何かがひび割れる音がした。例え話でもなんでもない。本当に何かが割れるような音が聞こえたのだ。

 

「なぁ良いだろ?ちょっとだけで良いから付き合ってくれよ。俺が全部奢ってやるからさ」

 

「気持ちは嬉しいのだけど。大和がね」

 

 隣を見てみると、まるで酒を飲みに連れて行ったら殺すと言わんばかりに殺意剥き出しの視線を武尊に向ける大和。幽々子がもしも『うん』とでも言ったら本当に殺しに掛かってきそうだから冗談も言えない。

 

 他の誰かだったら誘っても別にどうだって良い、それは人の自由だ。だが流石の冗談でも幽々子だけには絶対に手を出して欲しくない、例え実の兄だとしてもだ。もし触れられたら俺も何をするのかわかったものじゃない。

 

 沸々とマグマのように込み上げてくる怒りが収まらない。冗談とわかっていても怒りが湧いてくる。それだけ幽々子のことが心配だからだ。

 

 そんな怒りに満ち溢れている大和を見て、少々冗談が過ぎたと思ったのだろう。武尊は諦めたような表情を浮かべながら、はぁ〜とため息をついてこう言った。

 

「わーかったよ。諦めるからその顔はやめろ。せっかくの上手い飯が不味くなるからさ」

 

 武尊が諦めると言うと、怒りに満ち溢れていた大和の表情が自然と穏やかになる。引き下がってくれて良かったと思っているのだろう。顔がそう物語っていた。

 

「わりぃ兄貴、少しムキになり過ぎた」

 

「少しどころじゃねぇよバーカ。それに、お前が本当にゆゆちゃんのことが好きなんだなって良くわかったよ」

 

 そう言われると大和の顔が赤くなり、武尊と幽々子から思わず目を逸らしてしまう。

 

 そうか、好きだから。幽々子のことが本当に好きなんだから本気で怒ったり憎んだりできるんだ。これが嫉妬という感情なのか。

 

「うるせぇよ、関係ないだろうがよ」

 

「はいはい、青春だね。感情豊かで羨ましいねぇ〜」

 

 そんなことを喋りながらも武尊はごはんを食べる。

 

 武尊の言い方の裏を返せば、まるで自分はそう言った感情は持ち合わせていないと言っているようなもの。しかし俺達からしてみれば普通に感情が豊かに見えるのは気のせいだろうか。

 

 それから特の何もなくごはんを食べ続けて、食べ終わると大和が食器を片付けに台所へと行く。ちなみに武尊と和生は片付けを手伝わずに外に出掛けたり、部屋に籠もったりしている。

 

 そして食器を片付け終えると、台所から再び茶の間へと向かい幽々子のところへと歩いていく。

 

「さてと、今日は何するか」

 

「たまにはお昼寝もいいんじゃないかしら。大和のお財布にも負担かからないし」

 

「それもそうだな」

 

 たまには何処にも出掛けずに屋敷でゴロゴロするのも悪くはない。

 

 しかしそれはそうと、とうとう幽々子に財布の中身を心配されてしまったか、まぁ悪いことではないが、気にしてくれるのならばもうちょっと食べる量を自重してほしいものだ。

 

「私はこれから大和の部屋でお昼寝するけど、大和も一緒に寝る?」

 

「まて、まずなんで俺の部屋で寝ようとするんだよ、自分の部屋で寝ろよな。それに一緒には寝ねぇよ。」

 

 一緒に寝ることが恥ずかしいのもあるが、それよりも寝ているときに万が一何か良からぬことが起きたらたまったものじゃないからだ。

 

 大和に断られると、頬を膨らませて可愛らしく怒ったような表情を浮かべる幽々子。

 

「良いもん、グレてやるんだから」

 

 グレることはないものの、幽々子は大和のことを知らんふりをしながら茶の間から出ていき、自分の部屋に行ってお昼寝をしにいった。

 

 幽々子がいなくなって若干寂しがりながらも、俺もこれから何をしようかと少し考える。

 

「俺も部屋でなんかやるかな」

 

 取り残された大和は久しぶりに部屋で読書でもしようかと、一人取り残された茶の間から出ていき、自分の部屋へと歩いて向かった。

 

 

 

 

 

《〜それから数時間後〜》

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

………ピンポーン

 

 と屋敷中にチャイムが鳴り響く音がした。言うまでもないが、どうやら誰かが来たようだ。

 

 最初に玄関に向かったのは自室で本をひたすら読んでいた大和だった。ちなみ武尊は何処かへ遊びに行き、和生は部屋に引き籠もっていた。

 

 一体誰なのか。俺には家を訪ねてくれる友達はほとんどいないし、さしづめ和生か武尊のどちらかの友達であろうと高を括っていた。

 

 しかし、玄関を開けてで待っていたのは恐らく武尊の友達でも和生の友達でもないであろう謎の女性であった。

 

 腰まで伸ばした金髪、頭には赤いリボンが巻かれた白いドアノブカバーのようなナイトキャップを被っている

 

 幽々子と同じくコスプレのような服を着ており、紫と白色を基準とした八卦の萃と太極図を描いたような中華風の服を着ている。

 

「誰なんだ……あんたは?」

 

「どうも初めまして、私の名前は八雲(やくも) (ゆかり)、貴方の名前も教えてくれるかしら」

 

「草薙大和だけど」

 

「そう、貴方が大和というのね」

 

 物腰が柔らかく紫は笑顔を振る舞いながら自己紹介をしていたが、大和は神妙不可思議で胡散臭い雰囲気を放つ紫から今までにない程の危険を察知しており、いつでも戦闘体勢に入れるように無意識に精神を研ぎ澄ましていた。

 

「ところでその八雲紫さんが何のようだ?」

 

「別に貴方にようはないわ、ここに来たのは私の友人である幽々子を連れて帰るため」

 

 その言葉を聞いた瞬間、大和は絶対に連れていかせるものかとさらに集中力と精神を極限まで研ぎ澄ましてた。

 

「じゃあてめぇは、幻想郷とやらから来たのか!?」

 

「えぇそうよ、ところで幽々子は今どこにいるのかしら」

 

「連れて帰るんだろ、絶対に教えてたまるかよ」

 

「そう、ならわかったわ」

 

 少しだが紫が無情の目で大和を睨み付けた瞬間、何をしたのか急に大和の足が凍りついたように動かなくなり、無理矢理にでも動こうとしても足はピクリとも動きはしなかった。

 

「てめぇ何をしやがったんだ? 足が……動かねぇぞ」

 

「さて次はどの部分の動きを止めようかしら?」

 

 恐らく大和には生涯を懸けても到底理解することは出来ないが、これは八雲紫の『境界を操る程度の能力』

 

 大和の足がまったく動かないのは、八雲紫が足の境界を弄って動かないようにしているからだ。

 

 そして八雲紫がその気にでもなれば身体はもちろん、呼吸、心臓、脳、生命活動を止めることなど造作もないこと。

 

 得体のしれない八雲紫の存在に大和は恐怖した。紅虎や武尊とは大きく異なる未知なる力と人知を超えた存在に戦慄が走った。

 

(ちくしょう、なんだよこれ? 恐ろしいよ……怖いよ)

 

 どんな能力なのかもわからなければ、何をされるのか全然わからない八雲紫の能力に大和は今まで感じたことがない耐え難い恐怖心を抱くと同時に闘う意識を失い、体を『ガタガタ』と震わせながら深く顔を伏せた。

 

「じゃあ幽々子を……連れて行くわよ」

 

 自分に恐れを成したあまりに大和が怯えて動くことすら出来なくなったとわかると、紫は何も言わずに家に上がろうとした。

 

 しかし紫が家に上がろうとした瞬間、耐え難い恐怖に押し潰されそうになっていたはずの大和から何とも言えない異常な悪寒を感じた。

 

「……れよ」

 

「……んっ? 何か言ったかしら?」

 

 急に大和が顔を上げて紫を睨み付けると、紫は大和の目を見て血の気の引いた表情へと変わった。 

 

 普通の人間ならば心が耐え難い恐怖で押し潰されそうになり苦しくて泣き叫ぶのだが大和は違った。

 

 人間の表情とは考えられない異様な笑みを浮かべて、恐怖どころか死ぬ恐れすら感じさせない狂気に満ちた異常な目をしている 

 

「幽々子を…連れて行く…前に……俺を殺れよ!」

 

 殺意に満ちた目とはまったく異なる人とは思えない程の狂い果てた眼、八雲紫もこれほどの狂気に満ちた人間は今まで見たことなかった。

 

 もしも大和の足が自由に動くことができたなら間違いなく八雲紫の喉元を狙って襲い掛かって来るだろう、その証拠に動きを封じている両足を必死に動かそうと頑張っている。動くはずがないのにも関わらず。

 

「貴方……死ぬのが怖くないの?」

 

「あぁ、死ぬことなんて微塵も怖くねぇさ。大切な人を連れて行かれるなら死んだ方がマシだからな」

 

 死ぬことを本当に恐れていない大和の何の混じり気もない言葉を聞くと、紫は少しため息を付き諦めたようなで表情で家に上がることをやめて、さっき立っていた場所にまた戻った。

 

「どうした? さっさと殺れよ」

 

「やっぱり今日はやめとくわ、幽々子を連れて行くの。」

 

 大和から幽々子を取り上げれば何をするのかさっぱりわからない。そう思った八雲紫はあっさりと幽々子を連れて帰ることを諦めてしまう。

 

 紫はそう言い残すとドアを開けて、虚空に謎の異空間を作り出してその中に入って行った。

 

「ヘヘっ……ざまぁみやがれ……」

 

 同時に動かなかった大和の足が自由に動くようになると青ざめた顔で崩れるように両膝を地面に付けて『バタンッ』と倒れ込んだ。

 

 

 

     《それから一時間後》

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 何かしらの異変に気付いて早起きしてしまった幽々子。

 

 昼寝をやめて自分の部屋から出て行き、何だか心配だったので大和の部屋に行ったのだが、大和の姿がなかったので仕方なく屋敷中を探し回った。

 

 そして何となく玄関の様子を見に行ってみると、そこには玄関の目の前で倒れている大和がいたのだ。

 

「どうしたの大和!?」

 

 倒れている大和に心配そうな表情を浮かべながら駆け寄る幽々子。

 

「……幽々子?」

 

 幽々子に問い掛けられたことでようやく目を覚ます大和、どうやら今まで気絶していたようだ。

 

「よかった。いてくれたんだな」

 

 切なさそうな表情を浮かべながら傍に寄って来た幽々子を強く抱きしめる大和。

 

 幽々子がいなくならなくて本当に良かった。もしいなくなっていたら俺はどうなっていたことか想像もつかない。

 

 大和の状態から何かを察したのだろう。幽々子は抱きついてくる大和のことを優しく抱きしめ返してくる。

 

「そう、紫と会ったのね。」

 

「あぁ、とても怖かったよ」

 

 今でも覚えている。得体のしれない恐怖と想像を絶する強大な力との対面、紅虎や武尊との覇気とは異なる今までには感じたこともなかった恐ろしさがあった。

 

 本当に死ぬかと思った。いや、もしかしたらあの時下手をしたら死んでいたかもしれない。そう思えるほどの実感した死への恐怖。

 

 今でも震えが止まらない。あの恐ろしさが忘れられない。幽々子の胸の中で大和はガクガクと震えていた。

 

「怖かったわよね。仕方ないわ」

 

 得体のしれない恐怖に怯える大和を見て幽々子は優しく接してくれた。侮蔑もしない。見限りもしない。まるでそれが当たり前だと言わんばかりに。

 

 幽々子は知っていた。あの八雲紫との対面が人間に取ってどれだけ恐ろしいものかを。それ知っていたから大和が可哀想に見えた。

 

「今日は一緒に寝ましょう。恐れが収まるまで慰めてあげるわ」

 

「あっ、あぁ………」

 

 食事も取らず、食事の準備もせずに二人は大和の部屋へと行き、深い眠りについた。そして恐怖と怯えが収まるまで幽々子は大和を抱きしめ続けたのだった。

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