古今西行寺恋奇譚〜恋愛と闘いの幻想物語〜 作:黒い小説家
朝食のために何時もの茶の間にやってきた幽々子、しかし今日は時間になっても大和が来る気配はない。
茶の間にいると、同じく朝食を食べに来たのだろう。武尊がやってきて幽々子に話しかけてくる。
「あっ、ゆゆちゃんじゃねぇか、こんなところで一人何してんだよ?」
「武尊さん、大和を待ってるのよ、でも来ないのよね」
「鍛錬ならとっくに終わってる時間だぞ、屋敷にいないってことはまだ外にいるってことだよな」
普段ならとっくの間に稽古を終わらせて朝食を作っている筈なのだが、屋敷に大和がいないということはつまり、まだ稽古をしているか、それとも山にでも失踪したのかのどちらかである。
単純でアホな大和が普段とは異なる行動をしているということは、また何かやらかしたに決まっている。
「まーた何かあったな。 ゆゆちゃんなんか知らないか?」
「多分恐れを感じてるのよ、また自分を責めてると思うわ」
恐れを感じて自分を責めている。あの大和が、俺や紅虎さん以外の相手だと並大抵のことでは動じることが無いはずのあいつが恐れを感じたとでも言うのか。
それはありえない。あいつは腐っても俺の弟だ。もし相手に恐れることがあるとするのなら、それは鬼や妖怪などの化け物に出会った時以外他はない。
「つまり大和のやつはまたゆゆちゃんを置いて性懲りもなく鍛錬に行ったと」
「うん。たぶんそうね」
「あいつも、その、何だ? 馬鹿と言うか真面目と言うか、本当に救いようがねぇな」
馬鹿で真面目なやつだということは知っていたが、まさかここまで馬鹿だったとは思ってなかった。今のままではいくら自分を追い込んでも何ともならないと言うのに。本当に学習能力のないやつだな。
しかしあれだな。大和が稽古でいないということはつまり幽々子は今暇をしているということ、それはもしかしてチャンスではないのか?
「ということはゆゆちゃん、今暇ってことだよな?」
「そうね、大和もいないから」
飯食い終わったら街に行ってナンパしようと思っていたが、ゆゆちゃんをこのまま置いて行くのも癪に障るな。特に独りで屋敷に置き去りにするのはとてつもなく可哀想だ。
これも乗りかかった船だ。大和の代わりに幽々子を楽しませるのも一興。たまにはそういうのもいいだろう。
「まぁ何かの縁だ。遊びに連れて行ってやるよ。 もちろん大和には怒られない程度の遊びだけどな」
「いいのかしら?」
「俺は構わねぇよ。女の子と遊ぶのは嫌いではないし。 それともゆゆちゃんは大和と一緒じゃないと遊びに行きたくないのかな?」
「そんなことはないわ。 でも……」
遊びに行きたいのかそれとも行きたくないのか戸惑いの色を隠せない幽々子、武尊から目を逸して悩んだような表情を浮かべている。
幽々子の違和感にすぐさま気づいた武尊は何故そうなっているのかを理解する。それをわかった上で幽々子に問いかけてきた。
「でも何だ? ははーんわかったぞ、まさか俺がゆゆちゃんのことを狙っていると思っているのか」
「……………」
やはりそうだ。どうやら自分を狙っていると思われたらしい。まぁ無理もないか、今までそう思われる様なことを何回もしてきたのだから、思われても仕方がない。
「まぁそう思われても仕方ないよな。 大和から聞いているだろ? 俺が女好きだってことを。」
「えぇ、聞いてるわ」
そんなにドストレートに言われたら流石の俺も傷がつくよな、まぁ真実だから受け止める他にないけど。
はぁとため息をつきながら頭を抱える武尊。そして思っていることを素直に言った。
「あのな、流石の俺もそんなことはしないぜ。況してや大事な弟の大切な女を寝取ろうなんて、そんな外道なことはやらねぇよ」
「そうなの?」
「あぁ、ただ、もしもゆゆちゃんが誰のでもなかったら俺は猛アタックしていただろうな、こんな上玉の女逃がす理由が一切ねぇからな」
ウブな大和とは違って恥ずかしがることも申し訳無さそうにもすることなくナチュラルでストレートにそう言ってくる武尊、どうやら嘘ではなく本心で言っているそうだ。
俺も沢山の女と出会って遊んだりしてきたが、ゆゆちゃんみたいな綺麗な女は滅多にお目にかかることはない。恐らく一生の内に数回出会えるかどうかのレベルだ。
そう考えてみればゆゆちゃんと出会った大和は幸運な男だとつくづく思う。羨ましい限りのことだ。
「まぁそんなことはどうでも良いや。取り敢えず何処かに出掛けようぜ。面白いとこに連れて行ってやるからよ」
「えっ、えぇ……」
幽々子は出掛ける支度をするために部屋を出ていき、歯磨きをしたり身嗜みを整える。
数十分経過して出掛ける支度を終えると、もう一度部屋に戻って武尊の元へとやってきた。
「お待たせしました」
これから出掛けるというのに武尊の服装は和服のままだった。どうやら和服のままで外を出歩くらしい。
今までずっと和服を着ていたので違和感はなかったが、現代入りしてからは現代の生活や服装がしっかりと定着しており、出掛ける身嗜みとしては武尊の服装が違和感でしかなかった。
「もしかして、その格好で出掛けるんですか?」
「まぁな、こっちのほうがしっくりくるし」
「どうして、大和達とは違う服を着るんですか?」
「なんでって言われてもな、俺は和服が好きだから着ているだけで、理由は特にないんだよな」
中学生のときからだったか、家にいる時も外に出掛ける時も俺は和服でずっといたからな、寧ろTシャツやズボンと言ったものを着るのが違和感があって嫌なんだよな。
自分で言うのも何だが、どうやら俺は生まれてくる時代を間違えた人間のようだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいいや。 取り敢えず出掛けようぜ」
「そっ、そうね。(やっぱり変わってる人なんだな)」
二人は屋敷を出ていき。外へと出かける。
《〜街中〜》
二人が外へと出掛けるとそれは意外な出来事が起きるものだった。
「よっ、タケちゃん。 可愛い女の子と一緒で、デートかい?」
「はっはっは違う違う友達友達。 誤解しないでくれ」
「武尊さん久しぶり、今度一緒に飲みに行きましょうよ。」
「オーケー、明日でも明後日でも誘ってくれたら行くぜ」
「よぉ、タケちゃん。 昼間から飲みに来ないかい?」
「悪いな、今日は夜になるまで飲まないって決めてんだよ」
話しかけられる度にまるで聖徳太子のように聞き分けながら話す武尊、日頃から話すタイプなんだとつくづく思う。
隣にいた幽々子は色んな人と話し合っている武尊を見て、あまり人と喋ることがない大和と本当に兄弟なのかと心の中で思わず思ってしまった。
「お兄さんって色んな人と喋るのね」
「あっ? まぁな。日頃飲みに行ったりナンパしてたりしてたら嫌でも知り合いになるさ。 まぁそこんところは大和じゃあ到底できないことだな」
あいつは俺と違ってかなりの奥手だからな、見知らぬ人と話すことができないことはわかっている。
だが、それでも人とのコミュニケーションは取って欲しいとは思う、知っている限りだとあいつは人との関わりがほとんどないからな。もしかしたら本当に友達とかいないんじゃないのかあいつ。
「どうかな。 大和なんか放っておいて俺と付き合うとか」
可愛い弟の彼女を狙わないとは言ったものの、アタックはする武尊、本当に何を考えているのかわからない。
確かに大和とは全く違う魅力がある武尊、しかしそれでも幽々子はあることを心の中で密かに誓っていた。
「いえ、遠慮しとくわ。私は大和が好きだから」
「まぁ、だろうな。もしかして初めてのキスの相手は大和だったりする?」
それを聞いた瞬間、幽々子は顔を赤らめてしまう。そして飛びかかるように武尊に向かって話しかける。
色んな意味で良い雰囲気だったから気づかなかったが、あの公園にまさか武尊がいたのか、もしかして自分達が愛を確かめ合っているところを見られたのか、幽々子の頭の中は若干パニックを起こしていた。
「もしかして見てたの!?」
「あっはっは、偶然だよ偶然。 飲みに通りかかった公園にお前らがいたからな。あれは良いもの見せて貰ったよ。」
顔を真赤にして慌てる幽々子をからかう武尊、これでは怒られて殴られたりしても仕方ないだろう。
あの日の夜は良いものを見せてもらった。弟の恋愛が成就したところを見ることなんて一生見ることなんてないと思っていたからな。
「しかし、ありがとな、大和を愛してくれて。 あいつ馬鹿だけど、俺の大切な弟だからな」
「でも、大和はお兄さんのことを憎んでいたはずよ」
「そりゃあそうだ。 あいつに憎まれるようなことを沢山してきたからな」
本気で喧嘩したり、あいつを強くするために無茶な難題を突きつけたり、大和にとって悪いことを俺は沢山してきた。それで憎まれても仕方がないことだろう。
だが、それで構わない。どんなに恨まれようとも、どんなに憎まれようとも、あいつが自立し強くなってくれればそれだけで良い。
そのためなら、俺は悪になっても良いと思っている。
「さてと、そんな辛気臭い話は終わりだ。 なんか美味いものでも食べに行こうぜ」
「本当に!?」
食べ物と聞いた途端、目を輝かせる幽々子。本当に食べることが好きなお嬢様だ。
「あぁ、好きなもの選んでくれ。 ゆゆちゃん食うの好きだろ?」
「うん。 でも何でそれを知ってるのかしら?」
「いつも家で大和の飯を美味しそうに沢山食ってるだろう? そのくらい見ればわかるさ」
誤算だった。美味しいとはいえ、まさか大和の家でごはんを沢山食べていたとは気付かなかった。
武尊だけではない、同じ食卓を囲んでいた和生や紅虎さんもそれは知っている。幽々子が大食らいってことは既に知っていることだ。
「しっかし、大和も大変だな。 もしゆゆちゃんが嫁さんになったら、あいつ一生飯炊きに苦労するぜ」
「どうゆうことよそれ!」
怒って武尊の背中を幽々子は叩こうとしたが、まるでそれを見透かしていたかのように武尊は簡単に回避する。
「あっぶね。」
「もう、避けないでよ」
「悪い悪い、つい癖で。攻撃が来ると無意識に避けちゃうんだよ」
「おもしろい癖ね。 まるで攻撃が来ることが最初からわかっていたかのような反応だったわよ」
「それはどうかな。 はっはっはっは」
笑いでお茶を濁す武尊、どうやらその事に関してはあまり触れてはいけないような感じだった。
「そんなことはどうでも良いだろ。 取り敢えず飯だ飯。朝食ってないから腹減ってるだろうに」
「それもそうね。 それじゃああそこに行きたい」
「よし、行こうか」
このとき武尊は自分の財布が悲惨な目に合うことも知る由もなかった。